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+ 信念と雷光の鋭槍エリオット
「もーいーかい?」

「もーいーよ!」

 楽都『アルモニア』の裕福な家庭に生まれ、優しい両親の元で何不自由なく育てられる。
 戦争や犯罪といったものは言葉の上では理解していたが、目にするどころか、全く縁の無い幸せな暮らしを続けていた。

 夕食の後に母といつものようにかくれんぼ。
 その日は床下に隠す形で設けられた地下室に隠れ、暗がりの中でハラハラというか、ドキドキというか、そんなくすぐったい感情を楽しんでいたことを覚えている。

――ガタンッ!

「な、何!?」

「おい……大きな音がしたが――だ、誰だお前は!?」

 それは突然やってきた。
 何かを蹴り付けたような大きな物音。
 騒ぎを聞きつけてやってきたのであろう父の声。
 外の様子が気になった自分は、扉の隙間から差し込む光に目を凝らした。

「うぉあああああ!!」

「ぐぁあ!!」

 男がいきなり家に飛び込んできたようだ。
 野獣のような雄叫びの直後に聞こえた父の悲鳴。

「どうか……どうか命だけは……!」

 赤い大剣。
 それから、その前に立つ母の脚。
 狭い視界の中から少しでも情報を得ようと顔を動かし隙間をなぞる。


「うぅ……がぁあああああ!!」

 肉が断たれる生々しい音。
 ドサッという音と共に、光が遮られた。
 隙間から滴り落ちてくる温かい液体は、直感で母の血であるとわかる。
 地下室の扉を塞ぐように倒れた母は、自分を護ろうとしたのだと思う。
 いつも自分を探し当てるのに時間がかかっていたのに。
 ずっと手加減をしてくれていたのだ。

 口を塞いで震え続ける事しかできなかった自分。
 息を荒くしながら去っていく男の気配。
 直後、聞こえてきたパチパチという音。
 しばらくして、臭いと熱のおかげで家が燃えていることに気が付いた。
 恐らくその時、地下室の上は既に火の海となっていたはずだ。

 もはや自分には膝を抱えて蹲る他なかった。
 火が何もかもを焼き尽くすまで……



 再び扉の隙間から光が刺した。
 朝になったのだろう。
 恐る恐る地下室の扉に触れると、炭となっていた扉は簡単に崩れ落ちた。
 頭を出してみると、そこにあったはずの屋敷は無く、炭と灰の山だけが残されている。
 家も、財産も、肉親も、何もかもを失い途方に暮れた。
 それでも自ら命を絶とうとは思わなかった。
 討たねばならない悪がいるから。
 成さねばならぬ正義があるから。

 それから数日、生きていくことの辛さを知った。
 たった一夜の内に、自身を取り巻く環境がこうも変わることを予期できようか。

 求人の張り紙を頼りに仕事を求めるも全て門前払い。
 ひとまず食べる物と寝るところだけでも確保しようと、家族で頻繁に利用していたホテルを訪ねたが、自分の顔を見るや否やしかめっ面を向ける主人。
 結局、取りつく島も無く追い払われてしまう。
 途中、通りかかった路地裏に目を向けると、寝床を持たない人間たちが、新聞を布団代わりにして横になっている姿が見える。
 とてもじゃないが真似できないと思ったものだが、今の自分にそんな選択肢はあるのだろうか。
 食料は皆一様に宿屋や飲食店の裏口にあるゴミ箱を漁って手に入れているようだった。
 空腹に耐えきれず、自分もゴミ箱を覗き込んではみたものの、腐りかけた食物の臭いは耐え難いものだった。

 欲しいと口にするだけで何でも手に入った過去。
 数日とはいえ、自分が如何に恵まれた生活をしていたのか痛感するには十分な時間だった。

 また朝日が昇る。
 あれから何日経っただろう。
 極度の空腹のためか、目まいに襲われ、そのまま人形のように地べたに倒れ込む。

――あなた、大丈夫?

 消え入る意識の中で、誰かに声をかけられた気がした……



――ン~♪フフフ~ン♪

 歌が聞こえる。
 昔、母が自分を寝かしつけるためによく歌ってくれていた子守歌によく似た……

「――お母さん……?」

「あら、お目覚めかしら?ざ~んねん。アタシはあなたのママじゃないわよ!」

「……え!?」

 聞き慣れない声に慌てて身を起こすと、見知らぬ部屋のベッドの上にいた。

「あなたは……?ここはどこですか!?」

「ここはアルモニア音楽騎士団の宿舎。そしてアタシは団長。あなた、街で行き倒れていたのよ?覚えてないの?」

「あ……あぁ……」

 徐々に思い返される記憶。
 あのまま気を失ってしまったのか。

「あんまり良い気分ではないみたいね。ところで、この手を離してくれるかしら?」

 寝ている間に伸ばしたであろう自分の手が、隣に座っていた団長と名乗る人物の手を握っている。

「え?あ……ご、ごめんなさい!」

「ま!そんなに慌てて離さなくってもいいのに」

 そそくさと手を離すと、少し残念そうな笑みを見せた。

「そうだ!まずはご飯にしましょ!お話しはその後ゆっくりと……ね」

 そう言って、目を覚ました自分を支えながら食堂まで連れていくと、温かいご飯をたらふく食べさせてくれた。
 周りで食事をしながら談笑している男女は皆、鎧なり武器を身に着けている。
 薄汚い恰好の自分があまりに場違いで恥ずかしくなったが、どうやら気にしている様子はない。

「さて、何があったのか話してみなさい。話したくなければ別にいいけど?」

 生きることに行き詰っていたことや、恩人に何の事情も説明しないのは気兼ねしてしまうこともあり、ひとまず事件の事を話してみることにする。

「なるほどね~……なかなかヘビィなお話だったわ」

「…………」

「で……その男に復讐したいってわけね?」

「え!?」

 確かに事件については全て正直に話したが、復讐を考えていることだけは話していない。

「あら……バレてないとでも思ったのかしら?」

「ご……ごめんなさい……!」

「ん?なぜ謝るの?」

「いや……だって……」

「怒られると思った?それとも嫌われると思ったのかしら?」

 両方だ。
 自分にとって復讐が正義だとしても、考えてみればそれが正しいことなのかどうかは不安があった。
 それにせっかく自分に親切にしてくれた人に嫌われたくないという気持ちも正直ある。
 だから意識的にその事だけは悟られないように話した。
 それを全て見透かされた。

「その先をどう受け止めるかは自分次第ってことになるけど、復讐そのものを全部否定しようとは思わないわ。やられたらやり返すくらいの気概は男ならねぇ……」

「……はぁ」

「そうだ!どうせ行く当てもないんでしょ?だったらうちで働きなさいよ~!雑用係が抜けちゃって、誰か代わりを探してたの!衣食住だけは約束するわよ?」

「何で……僕なんかを……?」

「だから雑用係がいないと困るのよ。あ、それから……男が自分なんかなんて口にするんじゃないの。わかったわね?」

「は、はい……!」

 こうして自分は流されるままにアルモニア騎士団の雑用見習いとなった。



 それからというもの、僕の生活は劇的に変化した。
 毎朝、朝日が昇る頃に料理長に叩き起こされ、朝食の準備の手伝いと買い出し。
 昼前には昼食の準備を手伝った後、宿舎中の掃除。
 夕方までにやっと掃除を終えても、すぐに夕食の準備。
 夜には帰還してきた隊員の装備の手入れが待っている。
 ヘトヘトになって床に就いても、すぐに朝日が昇りまた叩き起こされ、同じ日々の繰り返し。
 団長が雑用を欲しがる理由もよくわかる。

 楽とはお世辞にも言えなかった。
 だが、満たされるものを感じていたのも事実だった。
 生きているということ。
 そんな経験したことのない充実した日々は、どん底にあった暗い気持ちすらも徐々に晴らしてくれた。
 何より、団長や隊員達と関わりを持つ内に、エリオットという一人の人間の居場所があると思えることが嬉しくて堪らなかった。

「エリオット!卵と塩……それから肉をしこたま買って来い!!」

「わかりました!」

 今日の買い出しの品目をメモし、買い物かごを片手に宿舎を飛び出す。
 充実した日々の中で、自分の目的が少しずつ少しずつ薄れていった。

 その時までは……

「おじさん!良い肉入ってる?」

「あぁ……どれくらいご入用だ?」

「えっと……」

 身震いした。
 財布を覗こうとした自分の背後を通りかかった人影。
 視界の端にチラッと映っただけだったが、十分だった。
 事件の日、目に焼き付けた唯一の手掛かり。
 あの赤い大剣。
 『奴』だ……

「あ……あ…………」

「あん?どれくらい必要なんだ……?」

「……いや……ちょっと……用事を思い出した……」

 竜の鱗だろうか。
 ノコギリを思わせる刺々しい刃の大剣と、身に着ける鎧の節々に赤く光るそれ。
 如何にもな顔つきと、鍛え上げられたであろう肉体。
 気取られないよう注意しながら『奴』の背後をつける。

「はぁ……はぁ…………」

 走ったわけでもないのに息が乱れる。
 薄れつつあった生きる目的が息を吹き返し、鼓動を早くする。
 騎士団の財布を預かる身を案じ、団長が護身用に持たせてくれていた槍。
 背中に刺していたそれをゆっくりと抜き、機会を伺う。

「……!」

 『奴』が歩調を変えず、細い路地へと入っていった。
 好機だ。
 路地の曲がり角に身を伏せ、ゆっくりとその姿を再確認しようとすると……

「さっきから追ってきてるのは分かってる。俺は逃げねぇから、出て来いよ」

 誰にでもなく発せられた声だが、それが自分に向けられたものだとわかる。
 気付かれていた。
 しかし、ここで怖気づくわけにはいかない。

「……覚えているか?お前が殺し……家を焼いた……この街の夫婦を、覚えているか…?」

「!?」

 姿を『奴』の前に晒すと、その瞬間、確かに男が動揺したように思えた。

「……っ!!」

 隙有りと見て、手にした槍を思い切り突き出す。
 が、それは意図も簡単に躱され、逆に『奴』の抜いた剣が自分の喉元に突き付けられる。

「……早く殺せよ」

 隙なるものが本当にあったのかどうかはわからないが、さも当然のように切り返された。
 本格的な武術の心得を持たない自分でもわかる実力差。

「早く殺せよ!」

 せめてもの抵抗として、殺してやりたいという思いを込め『奴』を睨む。

「もっと強くならねぇと、俺には勝てねぇぞ……」

 何を言っているのだろう。
 まさか自分の命を狙った人間をこのまま見逃そうとでも言うのだろうか。
 剣先をゆっくり下げた男は、そのまま背を向け去っていく。

「…………」
(いまさら善人ぶるつもりか?それとも僕が斬るに値しない人間だとでも?)

 何だろう、この感情は。
 怒りの奥底に感じる微かな喜び。
 まさか自身が無事だったことに対するもの?

「……違う!」

 これは、再び『奴』を殺す機会を得ることができることに対する喜び。
 今に見ていろ。
 そう強く念じながら、その背中が見えなくなるまで男から視線を外さなかった。



 幸か不幸か、再度手に入れた復讐の機会。
 戦い慣れしているであろうとはいえ、ああも簡単にあしらわれるとは思ってもいなかった。
 ただ闇雲に向かって行っても勝てない。
 何かしら勝つためのヒントがないか、男の素性を調べてみることにした。

 調査は難航するかと思いきや、街で男の風貌を伝え、少し聞き込みをするだけで多くの話を聞くことができた。

 男の名は『グラフィード』というらしい。
 伝説の傭兵と呼ばれ、騎士団の人間を三十人返り討ちにしたドラゴンを仕留めるなど、いくつもの逸話を持つ武人。
 如何にも正義の味方といわんばかりの人物だが、ならば何故そんな男が自分の両親を手にかけたのだろうか。

「え……?」

「だから、グラフィードの親父が死んだのは、この前の事件で家を燃やされた奴隷商のせいだって話だろ?」

「奴隷商……?」

「あぁ。あんまり大きな声じゃ言えねぇが、街の人間の中には鬱陶しく思ってたやつは多いと思うぜ」

「その奴隷商が……グラフィードの父を殺したの?」

「どうだかな。まぁ、そのグラフィードが復讐のために家を燃やしたんじゃないかって専らの噂だぜ」

「そんな……」

「そういや、その奴隷商の息子だか娘だかはどっかで生きてるって話だな。そういや坊主、お前さんどっかで見た顔だな……」

「……気のせいだよ……ありがとう……」

 考えもしなかった。
 被害者だとばかり思ってた自分の両親が、実は奴隷商を商っていて、しかもグラフィードの親を殺していようとは。
 あの優しい笑顔の裏で両親がそんなことを。

 何もかもがわからなくなった。
 グラフィードの立場からすれば、復讐を考えるのも頷ける。
 今の自分と同じ想いなのだから。
 ならば、自分がグラフィードに復讐を考えるのは間違っているのだろうか。
 否、自分にとってはかけがえのない大切な家族だった。
 しかし、それではやはり自分もグラフィードと同じ道を辿ることになる。
 果たしてそれでいいのだろうか。
 正しい選択はどれなのだろうか。

 正義とは何なのだろうか……



 あれだけ楽しかった日常が酷く色褪せて感じる。
 事実を知って以来、自分が何のために生きているのか、何をするべきかを完全に見失ってしまった。

「エリオットちゃん。最近、元気ないみたいだけど、何かあったのかしら?」

「団長……僕は…………僕はどうすればよいのでしょうか……」

「……ま、話してみなさい」

 自分の様子を見かねたのか、団長に声をかけられた。
 いつもそうだった。
 困ったときや、悩んだときは必ず進んで相談に乗ってくれる。
 エリオットはグラフィードとの一件や、自身の身の上の話など、包み隠さず全て打ち明けてみることにした。
 人に相談していいものかと少し躊躇したが、もしそれで団長が自分を見放すことがあっても、受け入れようと決めていた。
 それほどに参っていたのだ。

「ふ~ん……それは困ったわね」

「え……ま、まぁ……」

「言っておくけど、アタシは答えを教えてあげるなんて一言も言ってないわよ?」

「それは……そうですよね……」

「あ~違う、違う!教えてあげないんじゃなくて、教えてあげられないの」

「……?」

「そりゃそうよ。どう生きるべきかなんて自分にしかわかるわけないし、それが正解かもわからない」

「団長にもわからないことがあるんですね……」

「神でも何でもないただの人間ですもの。まあ女神ではあるかもしれないけど」

「でも、団長は僕を助けてくれました」

「それはあくまで生きようとするあなたに手を貸しただけ。導いたのではなく、支えてあげたのよ」

「僕は騎士団の人間でもなければ……嫌われ者の……奴隷商人の子供で……団長は知っていたんじゃないですか?」

「……ま、正直に言うと知ってたわ。それについてはアタシにも色々思うところがあったのよ」

 その時の団長の顔は、これまで見たこともないような深刻な、思いつめたような表情だった。

「アタシのことはいいの。今、あなたにはもっと考えなきゃいけないことがあるでしょ?」

「……はい」

「前にも言ったけど、復讐の善悪はアタシにはわからないわ。悩んでもいい。立ち止まっても、いつかまた歩き出すための糧にすればいいの」

「それがやっぱり間違った道だったら?」

「また立ち止まって悩めばいいじゃない。そしてまた歩き出すの。迷っても、後戻りすることになっても構わない。それが人生ってものよ」

「いつか見つけられるでしょうか……?正しい道を」

「それは坊や次第ね。進むべき道が見えるまで探し続けて、その先に納得できる道があればそれでハッピーよ!」

「……はい!」

「エリオット。あなた、騎士団に入りなさい」

「ぼ、僕がですか!?」

「立ち位置が変われば見えるものも変わるわ。答えはゆっくり探せばいい。まだ若いんだから」


 面倒な身の上だけでなく、問題事まで抱えているエリオットに対し、団長は何故こんなにも親身になってくれるのだろう。
 やはり先ほど言葉を濁したことに理由があるのだろうか。

「僕、やってみます……!」

「うん。それでいいのよ!」

「はい!」

 アルモニア騎士団に身を寄せること一年。
 エリオットは、団長の下で改めて騎士団員として働くこととなった。
 団長への恩に報いるため。
 何より、自分の進むべき道と、正義とは何かを探すため。



 とはいえ、すぐに戦場へというわけにもいかなかった。
 まずは団長を始めとする騎士団の猛者たちを相手に槍の腕を磨く日々。
 エリオットはここで団長さえも予期していなかった才能を発揮。
 無我夢中で自分を鍛え、力をメキメキと付けていき、その実力は団長含め、騎士団内の注目の的となる。
 そして、僅か二年で実戦への参加を果たすこととなった。

「「うぉおおおおおおおおおおお!!」」

 ぶつかり合う大勢の魂。
 初めて戦場の土を踏んだ。
 理解していたつもりが、命のやり取りの現場を直に目にし、足がすくむ。

「はぁ!?なんでガキがこんなとこにいやがんだ!?」

「ぼ、僕は……」

 自分を見つけた敵兵と対峙したが、男を前にして震えが止まらない。
 鍛錬ではもっと強い団長や、歴戦の兵ともやり合ってきた。
 そのはずなのに、その敵がとてつもなく大きく見える。

「戦士ごっこならお家でパパとやってるんだな!ここは戦場なんだぜ!!」

「うわぁ!?」

 襲い掛かる刃が頭上を掠める。
 勢い余って尻もちをついたエリオットの視界に、幾人もの敵を薙ぎ払う団長の姿が見えた。

「そうだ……僕は……」

「けっ……ガキを斬っても寝覚めが悪いだけだぜ……さっさと帰んな!」

「ま、待て!!」

「……あ?」

「僕を……僕を子ども扱いするな!僕だって騎士だ!」

「……度胸は良いが、あの世で後悔することになるぜ?」

「う……うわぁあああああああああ!」

「馬鹿が!!」

緊張でうまく体が動かない。
それでも必死に刃を切り結ぶ。

「ぬ!?こ、の、ガキ……!」

「……!?」

 それは間もなく訪れた。
 一太刀、また一太刀と槍を振るう度、何かが徐々に払い落とされていく感覚。
 防戦一方だったはずの立ち合いが少しずつ自分へと傾いていくのがわかる。

「ふっ!」

 剣を盾で受けた直後、横に払うと男がバランスを崩した。

「しまっ――」

「はぁああああ!!」

 返す手で突き出した槍。
 切先が男の体を貫く感触。
 命を奪う実感。

「か……はっ……!」

 間も無く動かなくなった兵士。
 見下ろすエリオットは想う。
 きっとこの男にも探すものや、守るものがあったのだろう。
 戦場とは、それを奪い合う場なのだ。

「すまない……僕にも成すべきことがあるんだ……!」

 エリオットが齢十を迎えた年のことだった。



 その後も幾重もの戦場を潜り抜けたエリオット。
 飛ぶ鳥を落とす勢いで出世していった彼は、入団数年にして二番隊隊長に就任。
 見事、騎士団を支える柱の一本となる。
 十二歳という歴代最年少での隊長就任に騎士団は大きく沸いた。
 未だ答えは見つけられず。
 だが、あの時の団長の言葉を信じ、彼は邁進し続ける。

「遠征ですか?」

「えぇ。ラキラから救援要請がきたの。恐らく帝国軍との戦闘になるわね……」

 エリオット率いる二番隊に、ラキラへの遠征命令。
 近頃、帝国が各地の街を占拠しているという話は耳にしていた。
 今回はその手がラキラに伸びる。

 早速、現地へと赴いた二番隊。
 到着したラキラは、それは美しい街だった。
 色とりどりの花が咲き乱れ、その幻想的な光景は観光所としても有名だ。

「お待ちしておりました。エリオット隊長」

「状況は把握しているか?」

「はっ!」

 先遣隊と速やかに合流し、現状把握に努めるエリオット。
 既に街の北外縁部には帝国軍が展開し、今か今かと戦の準備を整えている模様。
 その数は目算で数十程といったところだろうか。
 エリオットの部隊だけでも十分に対抗できそうに思える。
 しかも、今回の戦には、ラキラの呼び掛けに応え、各地から傭兵や警備隊が参戦。
 隊が到着した後も、続々と集まってきている。

「勝てるな……!」

 確信に近いものを感じつつも、エリオットは念のために部隊を四つに分け、街を哨戒するよう指示した。

「見慣れない装いの者も多いな」

「ええ。かなり遠方からも援軍が駆けつけているようですね」

 男達が数人から十数人、あちこちで円を囲い、何やら作戦の打ち合わせをしているようだ。
 流石というべきか、その表情に油断の色は微塵も無い。
 その光景に少し安心感を覚えていると、次の瞬間、目に映ったある男の姿に緊張が走る。

「あれは……!!」

 忘れるはずもない。
 あれから数年の時が経ったが、ますます歴戦の猛者を思わせる雰囲気を放っている。
 一人で噴水に腰かけ、剣の手入れをしているその男に近づくと、エリオットはおもむろに声をかけた。

「グラフィードさんですね?少しお時間を頂けませんか?」

 グラフィードはエリオットを一瞥すると、何かを察したように口を開いた。

「仇が打ちてぇのは分かるが、俺に勝てるようになったのか?」

「あの時の僕とは違います。あなたを倒す為に、僕は強くなりました」

 ずっと迷っていたはずなのに。
 グラフィードを前にすると、自然と心が決まった。
 自分が選んだ道。
 やはり、自分はこの男を討たねばならない。
 迷いの消えたエリオットの瞳は、真っ直ぐ彼を見据えて微動だにしない。

「…………」

――ドォオオオン!

 グラフィードが何かを口にしようとした直後、響き渡る爆発音が開戦の狼煙を上げた。

「悪ぃな。急用が入っちまった。俺は帝国のヤツらに好きにさせたくねぇ。お前はここで待っててもいいし、俺を後ろから襲ってもいい。お前の好きにしろ」

 そう一言だけ言い残し、煙の上がった方へと姿を消す。
 本当なら今すぐ斬りつけに行ってやりたいところだったが、今の自分には使命もあれば、部下達もいる。
 あの男なら簡単に死ぬことも無いだろう。



「二番隊!整列!!」

 隊をまとめながら、改めて戦場を測るように観察。
 敵対する帝国兵は百人足らず。
 対して、ざっと見積もっても延べ数百人にも上る友軍。
 しかし妙だ。
 経験から言って、これほどの戦力差があれば数十分で決着は付くはず。
 そもそも帝国が勝ち目の無い戦を仕掛けるのもおかしい。
 均衡するどころか、押され始めている前線が違和感を裏付ける。

「第一分隊は前衛左翼。第二分隊は右翼。第三分隊は負傷者の救助と他方からの急襲を警戒!!」

「「はっ!!」」

「進めぇ!!我らアルモニア騎士団に勝利あらんことを!!」

「「おぉおおおおおおおおおおお!!」」

 前線へと近づくにつれ、悲鳴や怒声が大きくなっていく。
 その中に混じる異質な声。

「グォオオオオオオオオオオオオ!!」

「やはり魔物か……!!」

 最前線で暴れていたのは帝国兵ではなく、見たこともない魔物の群れだった。
 帝国兵に操られているであろう魔物は、数人がかりで群がる味方兵士を簡単に蹴散らしていく。

「この野郎ぉおおお!」

「ぎゃぁあああああああ!」

「はぁ!!」

 前線が押されるのも頷ける。
 十数人がかりでやっと一体倒したところで、次々と湧いてくる。
 数では圧倒的に勝っているはずだが、戦況は目に見えて帝国側へ傾く。

「陣形を崩すな!連携を重視し、互いを守り合え!」

 数多の戦場を踏破してきたであろう傭兵達や、腕自慢の集まる自警団は戦線をなんとか維持。
 街に被害が出ないように踏ん張り続けている。
 だが、どうしようもなく生じる綻びから連携は崩れ、エリオットの部隊も徐々に機能を失い、部下達は散り散りになりつつある。

「くそっ!後退しつつ隊を整えろ!!」

 隊へ指示を出すため、背後に視線を向けたその時だった――

「グォオオオオオ!!」

「しまっ――」

 魔物が振り下ろす巨爪。
 反応の遅れたエリオットに死の影が迫る。

「おらぉあああああああ!」

「あなたは!?」

 土煙の中から現れたグラフィードが、魔物の爪を腕ごと斬り落とした。

「ったく……ぼさっとしてんじゃねえぞ。小僧」

「な!?子供扱いはやめてください!!」

 傷付きながらも立ち上がろうとしている魔物に、とどめの槍を突き立てながらエリオットが吼える。

「心遣いは無用です!!」

「そりゃ悪かった……目に入ったもんでな!」

 後に続く魔物達を次々と斬り伏せていくグラフィード。
 やはり強い。
 改めて自分との力の差を実感させられる。
 経験を積み、鍛錬を続けてきたが故に、その技術の高さがよりわかるようになった。

「ここはもうダメだな……下がるぞ」

「あなたの指図は受けません!」

「強情なガキだぜ、まったく……好きにしな」

「だから、子供扱いはやめてくださいと言っています!」

 とは言うものの、もはや前線は壊滅。
 再び陣を整えているであろう後衛に下がるのが正解だ。

「くそっ!」

 構えは解かず、警戒しながら後ろに下がる二人。
 そんな二人の頭上にチカチカと光が見えた。

「っち……!!」

「魔術!?」

――ドン!ドドドドン!ドドン!!

 雨のように降り注ぐ魔弾。
 魔物達の後衛に控えていた帝国兵から放たれたものだ。

「くぅ……!」

 盾を傘にし、必死に耐えるエリオット。
 爆風により土煙が巻きあげられる中、グラフィードも大剣を盾にし、何とか凌いでいるのが伺える。
 が、そんな彼の背後を狙い、魔物が再び牙を向ける。

「グラフィードさん!!」

 手にした槍を思い切り投げつけ、魔物の胴体を貫く。

「馬鹿野郎!!」

 何かに気付いたグラフィードはエリオットに飛び掛かり、体当たりでエリオットの体を突き飛ばす。

「ぐ!?な、何を――え!?」

「グゥアウウウ!」

 同じくエリオットの隙を狙っていた魔物。
 その牙がグラフィードに深々と突き刺さっている。

「ぐ……あっ……!」

「くそぉ!!」

 すぐさま槍を拾い、魔物を斬り捨てるエリオット。

「大丈夫ですか!?」

「ドジっ……たぜ……!」

 噛みつかれる瞬間、剣を盾にすることで致命傷だけはギリギリ免れていた。
 とはいえ、それでも十分すぎる重傷。

「今はこの場を離れないと……!」

 幸い、魔術攻撃により発生した土煙が目隠しになっている。
 そのままグラフィードを背負い上げたエリオットは、近くの廃墟へと身を隠した。

「他人を助けておきながら、自分が大けがを負っていれば世話無いですよ!」

「お前も俺を助けてんじゃねぇか……」

「貸し借りなんて冗談じゃない……絶対に助けるから死ぬんじゃないぞ!」

 敵に察知されていないかを確認した後、すぐにグラフィードの応急手当に取り掛かるエリオット。

「俺に死んでほしいんだろ……?」

「違います!あなたは僕が殺すんだ!あなたにはそれまでは生きる責任がある!」

「へっ……そうかい……」

 複雑な心境で治療を進めるエリオット。
 間もなく手当てが完了する頃、辺りから勝鬨が上がり始めた。
 直前の戦況を考えれば、恐らく帝国兵達のものだろう。

「大局は決したな……いつまでもここにいるのはマズい……」

「そ、その傷で立ち上がれるんですか!?」

 簡単に立ち上がったグラフィードに素直に驚く。
 平然、とまではいかないまでも、とても重傷を負っているようには見えない。

「鍛え方がちげぇんだよ……一番近い門まで走るぞ」

「だから、僕に指図しないでくださいよ!」

 一時的にではあるが、協力し合い、街からの脱出を試みることとなった二人。
 見つからぬようにコソコソと行くより、ここは短時間で一気に駆け抜ける方が正しいということで意見は一致した。

「よし……行くぜ!!」

「だから――あ~、もうっ!!」

 廃墟を飛び出した二人から門までの距離おおよそ二百メートル。
 通常なら三十秒もあれば十分な距離だが、グラフィードは負傷しているうえ、残党狩りや、門を見張る帝国兵と遭遇する可能性は高い。

「ん?おい!残党がいたぞ!!」

 案の定、門の前に待機していた帝国兵に発見される。

「突っ切ります!!」

 グラフィードの正面に躍り出るエリオット。
 二人の体を隠すように盾を構え、真っ直ぐ突き進む。
 門まで残り百メートル。

「えぇい……構わん!撃て、撃て!!」

 次々に放たれる矢。
 身構えた盾で全てを弾きながら、駆ける足を前へ出し続ける。

「ぬぅ……奴らを止めろ!!」

 その声に応え、門前に立ちふさがる一頭の巨大な魔物。

「そのまま行けぇえええ!!」

「指図するなと言っているでしょう!!」

 真っ直ぐに駆けてくる二人に目がけて振り下ろされる魔物の尾。

「ぐぅううう!!」

 盾でその一撃を受けとめ、小さな体で足を踏ん張るエリオット。

「よくやった小僧!うぉらああああ!!」

 攻撃直後の隙を逃さないグラフィードが魔物の胴体を真っ二つに両断。
 残る障害は門前に控える帝国兵数人のみ。
 しかし、グラフィードの前で盾を構えていたエリオットの身体が崩れる。

「ぐぅ……しまった……!」

 魔物の攻撃を防いだ際に、無防備となったエリオットの足を、一本の矢が深々と貫いていた。

「この野郎ぉおおおお!」

「ぐはぁ!!」

「うぎゃぁああ!」

 次の矢を番える前に帝国兵を斬って捨てるグラフィード。

「小僧!走れるか!?」

 うずくまるエリオットに視線を向けると、その背後に、事態を察知した帝国兵達が駆け寄ってきているのが見える。

「く……あなただけでも逃げてください!」

「あぁ!?馬鹿言ってんじゃねぇぞ!!」

 グラフィードはエリオットの元に駆け寄り、乱暴に担ぎ上げた。

「無理です!このままでは二人とも……!」

「黙ってろ!!」

 よしんばこのまま門を抜けられたとしても、この足ではすぐに帝国兵に追いつかれ捕縛される。

「もう僕を助ける理由はないでしょう!?」

「お前にもやることが残ってんだろうが!そんなもんかよ!?お前の覚悟は!?」

「それは……」

 なんとか門を抜けることには成功した二人。
 しかし、そのすぐ後方には敵の手が迫っている。

「くそがぁ……!」

 もうダメかと諦めかけた二人だが――

「隊長!ご無事ですか!?」

 前方から馬を駆り近づいてくる一団。
 アルモニア騎士団の生き残りだった。

「お前たち……!」

 しかも、その後ろには撤退戦の準備を整える友軍が陣を築いている。
 その光景を目の当たりにして、帝国兵達の足は止まり、すごすごと門の中へと引き下がっていった。

「命、拾っちまったな……」

「そのようですね……」

 救護班が控える荷馬車までエリオットを運んだグラフィード。
 簡単な治療を受け、彼はその足で街を後にしようとエリオットに声をかけた。

「じゃあな。またどこかで会うこともあるだろう……」

「待ってください!」

「あん?」

 荷馬車に横になったまま、グラフィードを引き留めたエリオットは、大きく深呼吸した後、静かに切り出す。

「一つ聞いておきたい。あなたにとって『正義』とは何ですか?」

「いきなり何だ?」

「ふざけてはいません。答えてください……」

 真剣な眼差しを受け、グラフィードも同様に大きく息をつき、語り出す。

「俺にとっての正義とは『信念』を持って自分が選択した道だ」

「ず、随分と勝手な考えですね……単純すぎて羨ましくは思いますが……」

「まぁな。正義を貫くって言葉をよく聞くだろ?そういう連中は俺と似た考えの連中さ。自分の意思を貫き通してるだけだ」

「僕はあなたに刃を向けたあの日からずっと、自分がなすべき道、正義について考えてきました」

「ほぅ……で、答えは出たのかよ?」

「えぇ。今日、出たところです」

「聞かせてみな……」

「正しい行いを成した結果の先にある理想こそが『正義』だと考えます」

「おぉ……随分と難しい答えが返ってきたな……」

「あなたの考え方は危険です。結局はただのエゴだ」

「ハハッ!違いねぇ……でもよぉ、人それぞれ違う捉え方をするのは当然だと思うぜ?」

「いいえ。この世界には『正義』を確固たるものとして定義できる者がいないからこそ、個人での認識に差が生まれているだけに過ぎません」

「お前の言う正義と、俺の言う正義は同じもので、ちょっと行き違いがあるだけだってことか?」

「そうです」

「なら、俺がお前の両親を殺したことと、お前が俺に復讐しようとすることは元々どっちも同じ正義ってことかよ?」

「それは違います。そこに正義は存在しません。あるのは善悪だけです」

「……人の勝手さをどうこう言えたもんじゃねぇな」

「正義とは崇高なものであり、比べたり、並べて考えるものではありません」

「善と善を比べて、勝った方を単に正義としているのかもしれないぜ?悪と悪を並べて、より被害の小さい側を正義と呼んでるのかもしれない」

「そんな単純なものではありません。そもそも今の世に正義を謳うことを許された者などいない。まだ今の世には正義なんて存在しないんですよ」

「あるのは善悪だけか……ただの言葉遊びだろ?俺は自分が善だと思ったことを正義と呼んでるだけだぜ?」

「自身のエゴを正義だなどと……正義とは理想です。誰の元にも存在し得ない善の集合体。それを追い求め、善を積み重ねていくのが正しい人の在り方だ!」

「そうか。なら、そんな理想はありえない」

「善と悪は存在するでしょう?野盗に襲われる民の命を救うことは善。私欲のために圧政を敷く独裁者は悪だ!」

「野盗になった連中には、明日生き残るための手段がそれしかなかったのかもしれない。一人の犠牲で何十人という人間が明日を生き残った例を俺はいくつも知っている」

「……何の話ですか?」

「独裁者は国の財政難を解決するため、国という存在を守るために仕方なくやった事かもしれない。国が滅びれば何人の命が消えると思う?」

「そんな、もしかしたらの話をしているのではない!」

「いいや。大事な事だ。民の命よりも国を護りたかった独裁者も、他人を犠牲にしてでも仲間と明日を生きたい野盗も、各々が信念を貫いた結果だ。俺に言わせりゃそれは正義の元に成した事!」

「詭弁です!罪のない者の犠牲の上に成り立つ正義などあってはならない!正しくない!!」

「おまえの眼前に火に包まれる村と街があったとしよう。村には五十人、町には五千人の人間がいる。もし、どちらかの頭上に雨を降らせる力がお前にあったならどちらを救う?当然、両方を取ることは不可能だ」

「そ、それは……」

「考えたままを言えよ。街の五千人を救うだろう?たくさん人を救うことは良い事だ」

「しかし……」

「そう。おまえは村の五十人を見捨てたことになる」

「どちらかしか救えないなら、より多くの命を救うしかない!」

「おいおい、都合がいいな。見捨てられた村の人間達はお前のことをどう思う?見殺しにされたと思うんじゃないのか?」

「見殺しにしたいわけじゃない!」

「人を救いたいという思いがあれば、例え犠牲を出してもそれは善なのか?いいや、そこで言い訳をしてしまったならお前の行動は正義でもなければ、善ですらない」

「勝手すぎる……!!」

「そうさ。いい加減で、自分勝手だ。一部に恨まれようとも構わない。言っただろう?『信念』を持って進んだ道こそ正義を名乗ることが許されるんだよ」

「僕が動かなければどちらも救えなかった!片方を見捨てたのではなく、片方を救うことができたんだ!そして、両方救うことができたならそれは最善だ。同じ思いが多く集まれば、両方を救うことのできる大きな力となり、いつかそれは正義となる!」

「都合のいい時だけ『正義』を隠して、その場の恨みの念から目をそらすのか?お前の言う正義とやらは、まだこの世に存在しないから今は諦めてくれ、と」

「亡くなった人達がいることは残念に思うし、自分の非力さを悔やみもします。しかし、追い求めなければ実現できぬ理想もある。仕方ないと諦めるのではなく、できる限りの最善を尽くし続けることは必ず正義に繋がるはずだ。そうでなくては、ただ永遠に取捨選択を続けていくことになる」

「わかってるじゃねぇか。人生は終わりなき選択の連続さ。正義を執行した人間は、自分が片方を捨てた悪であることもまた理解しなければいけないのさ。言い訳せずに受け止めろ」

「ならば言い訳なんて必要無いくらい力を付けますよ!いつか、まだ届かぬ理想を掴むために!」

「『信念』を持ってやり遂げるならそれも良いな。だが、高すぎる理想は挫折しか生まねぇんだ。お前の言う正義にはいつまでも手が届かず、ただの妄想止まりで終わっちまうかもしれないぜ?」

「無理だと決めつけ、追い求める努力をしない人間にはなりたくない!あなたのように!現状に甘んじ、出来ないから仕方ないと片づけてしまう人間には……!」

「その理想に賛同してくれる人間がどれだけいるもんかねぇ……」

「ならば我々は何の元に集い、志を共にしている?今、この戦場に集まった者達にも共通の理想があるはずです!」

「集団における正義か……そりゃ結局、複数の個人の正義をかき集めて、大局を占めた方が正義だと謳ってるだけのまやかしさ。多数決と同じだよ」

「……エゴの塊にすぎないと?」

「別にこの世に絶対的な正義なんて無くてもいいじゃねぇか。俺は小難しいことをずっと考えていられるほど頭は良くないんだ。自分の行いさえ、今日は正義と称えられても、明日は悪と蔑まれるかもしれない。だが、それでいい!」

「……理解できない考え方です」

「それもいいさ。俺は復讐を悪だとは思わない。例え不意打ちだろうが、お前が向かってくるなら相手になるぜ。俺は、ただ俺の『正義』を通す。どうする?今すぐ向かってくるか?」

「今、この場であなたに挑んでも返り討ちになるだけでしょう……僕は僕の『信念』を貫きます。高すぎる理想だったとしても、僕は諦められない!必ず成し遂げます!それまでは、みすみす命を投げ捨てたりはしない!」

「そうかい……次に会った時は、また面白い話ができるかもな」

「必ず会いに行きます。それまで死ぬなんてこと、僕は絶対に許しませんよ?」

「ハハッ!やっぱりお前も十分自分勝手だと思うぜ」

 もしかすると間違った道なのかもしれない。
 それでも進んでみようと思う。
 人は立ち止まっても、道に迷っても、また再び歩きだすことができるのだから――
+ 粗暴なる守護者ヴィーネル
 大陸中央部より南西に位置する街、夜蛍の都ミール。
 この街には工芸品を作る職人が大勢おり、特に魔力を込めたランプ産業が盛んな職人の街である。

 王国の協定に加盟はしているものの、王都から離れた場所に位置するために、街には兵団などの大きな組織は存在しない。

 ミールでは夜になると街中のランプに明かりが灯り、柔らかな炎の光は街を幻想的な雰囲気で包みこんでいく。
 初めてミールで夜を迎える人は、例外なくこの光景に驚き、圧倒され、感動を覚え、その息を呑む。

 ミールに住む人々は装飾品として小さなランプを使用している。
 この小さなランプはミールの人にとっては特別なものであり、婚姻の際に男女はランプの交換をする習わしがある。

 それは、『離れていても互いが常に互いを照らし続ける』という想いが込められたものであった。
 そのため、この街で生まれ育ったすべての者は13歳のときに自分の手で一からランプを創り、完成をもって初めて成人として認められる。

 静かで平和で幻想的な街ミールは、おおよそ喧騒とは縁遠いはずであったが…

「おい!ヴィーネル!今日こそはテメェに礼儀ってもんを教えてやる!」

「ハンッ!お前らみたいな半端モンにアタシがやられるかよ。また池に投げ込まれたいのか?」

「ちげえねぇっ!まだまだ寒くて…泳ぐには早いと思うけどなっ!ギャハハハッ!」

「ぐぬぬぬぬ。テ、テメェら……」

 街の大通りで対峙する二つの集団。
 それぞれの集団のリーダー格であろう者が挑発と舌戦を繰り広げていた。
 一人は頭を剃り上げ、ドクロの入れ墨を施したスキンヘッドの大男。
 もう一人は眼光鋭いヴィーネルと呼ばれた女の子であった。

「どくろハゲーっ!どくろハゲーっっ!」

 ヴィーネルの集団からだろう、どこからか飛んできた野次は大合唱に変わり、罵倒を浴びせられた大男は体を震わせながら…遂にキレた。

「このクソガキどもがっ!全員ギッタギッタにしてやるっ!」

 開口と同時にヴィーネルに向かってタックルを仕掛ける大男。
 それを合図に二つの集団は大乱闘を始める。

 街の大通りで白昼に始まった抗争は、静かで平和なミールの街を喧騒の渦に巻き込んだ。
 半刻の時がたち、一つの集団が勝利の雄叫びをあげる。

――勝利の軍配はヴィーネル達に上がった。


 いつからだろうか?ヴィーネルは親や周りの大人に反抗して、不良街道をまっすぐに進んでいた。

 街の不良たちとツルみ、毎日を喧嘩に明け暮れるヴィーネル。
 持ち前の面倒見の良さから不良仲間が増えていき、また、腕っぷしの強さは不良たちの間では伝説と化していた。

 いわく、一人で1000人を相手に戦って勝ったとか、西の都が滅んだのはヴィーネルの怒りに触れただとか…眉唾物の話でも不良たちの間では、噂がまことしやかに囁かれている。


――ある日の事だった。

 ヴィーネルはミールの領主に呼び出される。
 何事かと思いながらも領主の館に向かい話を聞くと、領主の話は自警団についてだった。

 ヴィーネル率いる不良集団を丸ごと自警団に編成したいと。

 だが、すぐさまヴィーネルはそんな組織に入る気はないと断る。
 領主もその言葉を予測していたかのように、次の言葉を続けた。

「ヴィーネル、私は君達の腕を買っているんだ。この街には軍隊はおろか兵団もなく、小さな自警団があるのみだ。近頃は魔物達も増えて凶暴化してきている。このままでは、いつ魔物に街が襲われるか…君達が自由や仲間を大事にしているのはよく分かっている。だから、故郷を守るためにも自警団に力を貸してくれないか?」

「自警団なんてガラにもない…。アタシはうっとおしいのはキライなんだよ!」

「まあまあ、とりあえず見るだけでもどうだ?私の話だけでは自警団がどういうものなのかもわからんだろう。それに、私が聞いた噂では…君達と対立していた不良たちはことごとく君達に倒されたのだろう?」

「…よく調べたな、その通りだ。ここいらでアタシらに逆らおうって奴らは皆無だな」

 ミールの領主はヴィーネルのその言葉を聞き、満足気に笑う。

「はっはっは。さすがだな。それならば…手持ち無沙汰ではないのか?せっかくの腕っ節がなんともったいない…。自警団ならば好きなだけ暴れられて、さらに給料も出るぞ?」

 ヴィーネルは領主の言葉に耳を傾け思案する。

 確かに領主の言うとおりだ…近隣でアタシらに対抗していた奴らは軒並みシメてやった。
 次の目標も特に決まっていないが……。

「イヤだったら…すぐに辞めるからな?」

 ヴィーネルが答えを出して話は決まった。
 決断を促したのは、ヴィーネル含めた全員を自警団にという領主の強い意向であった。

 ウチには…チンピラじみてて、喧嘩しか能がないやつもいる。
 当分は大きな喧嘩もないだろうし、遊ばせておくには確かにもったいないな。
 それに、給料が出るなら全員の職が決まったようなもんだ。
 イヤなら辞めればいいしな、とりあえずウチの連中に伝えるか。

 ヴィーネルは領主の館を出て、ブツブツと心の内でつぶやきながらいつもの溜まり場へと向かっていく。


――その翌日

 ヴィーネル達は、期待を胸に抱いて前途洋々と自警団の駐屯地を訪れる。

 昨日の事だった、ヴィーネルは皆に領主から受けた話をしたところ、ヴィーネルの決定だからと誰も反対の声をあげなかった。
 なにより…自警団へ入るということは自分達が認められたんだ!と喜ぶ者さえいた。

 ミールの自警団は数人の傭兵で構成されている。
 わずかな戦力だったが、誰もが精悍な顔つきをしており歴戦のツワモノを思わせる雰囲気を醸し出す。
 自警団のリーダーは赤髪の男、名をレッズと言った。

 団長室のドアからコンコンとノックが部屋に鳴り響く。

「…どうぞ。空いてるぜ」

「失礼する」

 赤髪の男、レッズは入室してくる集団を見回し、そしてヴィーネルの姿に目をやる。

「今日から自警団に加わることになった。よろしくな。アタシの名はヴィー……」

「…話は聞いている。お前さんがヴィーネルだろ。相当腕が立つんだってな?」

「あ、ああ。まあ……」

 レッズはヴィーネルの返事を待つことなく話を続けていく。

「だがなぁ…ここは自警団だ。分かっているのか?魔物を相手にするんだぜ?ガキの喧嘩でいくら鳴らしてようが、チンピラなんて使えないだろう。まして…」

 そこまで喋ったところで今度はヴィーネルがレッズの話を遮る。
 ヴィーネルの表情は怒りに満ち溢れていた。
 レッズの胸倉を掴みながら眼光鋭く睨む。

「オイ…誰が使えないって?」

 今にもレッズに襲い掛かりそうなヴィーネルの怒気であたりが緊張感に包まれる。

「ふんっ…」

 バッ!と胸倉を掴んでいたヴィーネルの腕を振り払いレッズは言葉を続ける。

「元気だけはあるようだな。だがな、何度でも言うがここは自警団だ。魔物と戦って死ぬこともあるんだぞ?ガキの遊び場じゃねぇんだよ!」

「ああん?上等だよ!魔物がどんだけのもんだよ!アタシのくぐってきた修羅場はなあ…半端じゃねぇんだ!」

「ほう、相当な自信だな。そこまで言うなら…そうだな、あの山が見えるか?あの山に、魔物が出没するって情報なんだが…お前たちだけで倒せるか?」

「ハンッ!そんな魔物なんて、アタシらにかかれば楽勝だ!」

「ふふ…いい根性だ。朗報を待っているぞ」


――魔物退治

 レッズとの口論の後、ヴィーネルはすぐさま仲間を引き連れて山へと向かい魔物を探す。
 程なくしてすぐに魔物は見つかり、ヴィーネル達は魔物との戦闘へ入る。

 生と死が隣り合わせで背中に張り付く感覚。
 そこいら中に響く仲間の悲鳴と怒号。
 …確かに街でチンピラ相手に戦う感じとは違う。

 ヴィーネルはレッズの言っていた言葉を思い返す。

『魔物と戦って死ぬこともあるんだぞ?』

 それと同時に、ヴィーネルはニヤッと口元に不敵な笑みを浮かべる。

「上等だよ!アタシが魔物なんかにやられるもんか!オラッ!テメエら!逃げたらはっ倒すぞ!気合い入れてブチかませぇぇぇ!」

 ヴィーネルは声を張り上げて仲間全員を激励する。
 その声を聞いて、右往左往としていた者たちも一斉に魔物へと立ち向かい、連携のとれた動きで魔物を翻弄して徐々に追い詰めていく。

 魔物が見せたほんの一瞬の隙をヴィーネルは見逃さなかった。
 ヴィーネルの放った槍は魔物の喉元に突き刺さり、魔物は断末魔の咆哮とともに崩れ落ちる。
 勝利の軍配はヴィーネル達に上がり、勝どきと歓喜の声があたりに響く。

 パチパチパチ…拍手の音が聞こえる。
 音の鳴るほうに全員の視線が注がれ、その先からは意外な人物が姿を現す。

「見事だな、ヴィーネル。お前たちの実力と根性は確かに見せてもらった。入隊を認めよう。自警団はお前らを歓迎する」

「レッズ…アンタそこでずっと見ていたのか?」

「ああ。危なくなったら助太刀にはいるつもりだったが、どうやら必要はなかったみたいだな」

 ヴィーネルの中でふつふつとした怒りの感情が舞い起こる。
 ナメやがって…こいつは、まったくアタシらを信用していなかったのか?

「はぁ?なんだその偉そうな態度は!自警団なんか願い下げだ!誰が入隊なんかするかよ!テメエら行くぞっ!」

 初めての魔物との戦い、命のやり取り、高揚した胸の鼓動…
 何か全部をバカにされた気分だ。

 レッズに向かって吐き捨てるかのように声を荒げ足早に去っていくヴィーネル。
 そして、その後を動揺しながらも追いかける仲間達がいた。

 1人ポツンとその場にはレッズのみが取り残される。

「…やれやれ」


――数日後

 街の大通りで不機嫌そうに1人で歩くヴィーネルの姿があった。
 冷静になって考えてみることで、ヴィーネルにも先日の件は理解できていた。

 分かっているさ。
 レッズ…アイツはなんだかんだで、アタシらの事を心配してくれていたのは。

 魔物との戦いは喧嘩じゃない、ホントに死ぬ。
 生死を賭けている戦いって事を学んだ…。
 けど、お守りをされているなんて真っ平ゴメンだ。

 結局、奴はアタシらに勇気があるか?覚悟はあるのか?って事を試したかったのだろう。

「けっ…アイツは何様のつもりだ!」

 ゴンッ!とヴィーネルは路上に置かれたカゴを勢いよく蹴り上げる。
 カゴにレッズの顔を思い浮かべて不満と鬱憤をぶつけながら…。

「た、たいへんだーっ!ま、魔物が現れたぞっ!」

 角の路地に差しかかろうとしたその時、仲間の大声がヴィーネルの足を止める。

「ヴィ…ヴィーネル!大変だ!そ、外に魔物が!見たこともない大群が街に向かって…!」

「…!?なんだって!」

 ヴィーネル達は大急ぎで街の外に向かう。
 そこにはレッズを筆頭に魔物と交戦する自警団の姿があった。

 続々と現れる魔物たちに自警団の旗色は決してよくはなかった。
 1人に対して相対する魔物は5~6体以上を数えている。
 いくら精鋭といえど、こんな戦い方は無理があるようにしか見えない。

「おい!緊急招集だ!他のヤツラを呼んで、武器を持たせてここに集合させろ!」

 ここまで一緒に来た仲間にそう告げると、ヴィーネルはレッズの元へと走り出す。

「おい!バカか?なんで人も呼ばずにこんな少人数で戦っているんだよ!」

 レッズの背に向かって襲い掛かろうとしている魔物を槍で突き伏せてからヴィーネルは怒鳴った。

「ヴィーネルか!よくきたな!ここを突破されたら、街に魔物が入るかもしれんだろ?絶対に…絶対にここは死守する!」

 レッズの返答にヴィーネルは衝撃をうけた。
 ミールの自警団は数人の傭兵で構成されている。
 傭兵だぞ?自分が可愛くないのか?自警団だからって街を守るために命を賭けるのか?

「ヴィーネル、立ち止まるなっ!」

 ヴィーネルを狙って魔物の戦斧が振り下ろされようとした刹那、レッズの剣閃は魔物の腕を切り落とす。

「くっ…」

「まだまだだな?戦場では一瞬の気の緩みは死を招くぞ!」

「う…うるさい!アタシに指図するな!」

 互いに背を守りながらヴィーネルとレッズは魔物たちを斬り伏せていく。
 自警団か…意外に悪くないかもな。
 共に戦うことで、ヴィーネルは自分の心のわだかまりが解けていくことを感じていた。

「うぉおおおおおおーーーっ!」

「魔物なんて怖かねぇぞーっ!!」

 遠くから砂埃を巻き上げ、武器を手にした集団が鬨(とき)の声をあげてやってくる。
 緊急招集を聞きつけた仲間が助けに来てくれたのだろう。
 自警団と連携しながら、めいめいに近くの魔物に襲い掛かっては蹴散らす。
 そして、分が悪いと悟った魔物達は一斉に退却を始めた。

「ふぅ…追い払えたようだな。ヴィーネル、怪我はないか?」

 魔物達が遠くに走り去るのを確認してから、レッズはヴィーネルに向き合い声をかけた。

「フンッ…あんな魔物なんかに、アタシがやられるかよ」

 ヴィーネルはレッズに悪態をつく。

「はっはっは。どうやらそのようだな。ああ、お前には礼をしないといけないな」

「待て…礼なんかいらない。それより、アンタら自警団はいつもこんな戦いをしているのか?」

「ん?ああ、いつもは各個撃破が基本作戦なんだが、今日は少し魔物の数が多かったな」

 サラリと話をするレッズ。
 自警団はミールの街を守るために、いつもこんな戦いをしているのか…。

 お守りをされているのはイヤだという考えが頭をよぎる。
 街を守ってもらうのもそういうことだろう?いいのかそれで?
 自問自答をし、ヴィーネルの闘争心に火がつく。
 ヴィーネルは何かを思い立ち、レッズに詰め寄る。

「おい、レッズ…アタシも自警団に入るぞ!礼の代わりだ。イヤとは言わせないからな?」

「ヴィーネル…ああ、ありがたい。歓迎する!」

 こうして、ミールの自警団は新たな仲間を迎えた。


――団長レッズの夢

 ヴィーネル達が自警団に入隊してから数年が経った。
 自警団での生活は充実していて、特攻隊長のようなヴィーネルに作戦指揮を執るレッズ。

 レッズの作戦立案はとても見事であったが、達成難易度が高く、多くはヴィーネルの腕を必要としていた。
 対して、ヴィーネルもレッズの作戦があるからこそ大いに暴れることができ、その腕を存分にふるえる。
 二人のコンビは、いつしか下の団員達から最強コンビと呼ばれていた。

 あるとき、二人は作戦のすりあわせを行う為に団長室で会議をしていた。
 議事はすんなりと進行して、一息つけようとレッズが席を立つ。

「ヴィーネル、俺はこの窓から見えるミールの街が大好きなんだ」

 レッズは団長室の窓からミールの街を一望する。
 外は夕暮れ時に差し掛かっており、ぽつぽつとミールの街にランプの灯りがともる。

「いきなりどうしたんだ?」

 ヴィーネルの問いには答えずにレッズは話を続ける。

「お前が入ってくれたおかげで自警団はすごく助かっている。ミールの街はこんなにも穏やかで平和だ。だがな、俺は世の中すべてをこのミールみたいに平和にするのが夢なんだ。その為に戦っているし、これからも戦い続けてやる」

 レッズが語った突然の言葉にヴィーネルは困惑したが、すぐにその真意を汲み取った。

「ああ、そうだな…」

 確かに自警団の働きでミールの街は平和を保っている。
 だが、いまだに魔物たちの動きは活発で、その被害が聞こえない日はない。
 この二人だけの会議は、その魔物対策を話し合う場でもあった。

「変に熱くなっちまったな…すまん。続きの議題を片付けようか」

「ああ、そうしよう」

 夢は世の中すべての平和…不意に心情を漏らしたレッズの言葉をヴィーネルは心に刻む。


――発端

 ある日の事だった。
 ミールの街に大型の魔物が攻め込んできた。
 それも、魔物の大群を引き連れて…。

 大型の魔物は見たこともない巨大な四足獣で、魔物の大群を従えて街を目指し、一直線に突き進んでくる。

「くそっ何だこいつら!応援だ!もっと応援を呼んでこい!」

 レッズ、ヴィーネルら自警団も応戦するが、わらわらと湧き出てくる魔物の群れに手を焼いて防戦一方となっていた。

「グウォオオンンン―!」

 巨大な四足獣があげた咆哮と共に魔物の一団が動きはじめ、自警団の一角をめがけては突撃を繰り返す。

 このままではまずい…あの大型の魔物は咆哮を使って群れを統率していやがる。
 やつを何とかしなければ…このままじゃ全滅しちまう!
 くっそ、どうすりゃいい!?

 レッズは考えると同時に魔物の群れを駆け抜け、巨大な四足獣の前に躍り出る。

「ヴィーネルっ!聞こえているだろう!?今から、俺がコイツの足を止める!お前の槍で…こいつを貫けぇっ!」

 戦場は人も魔物も入り乱れて混戦をきわめていた。
 レッズはヴィーネルの姿を一度も見つけていない。
 だが、戦場のどこかで戦っているヴィーネルに対して大声を張り上げた。

「レッズ!戻れっ!1人で無茶をするなぁ!」

 戦場のどこからかヴィーネルの張り上げた声が響く。

 巨大な魔物を相手に大立ち回りを繰り広げるレッズ。
 単身で戦うレッズの奮闘により、魔物の群れには足並みの乱れが生じていた。

 ヴィーネルは自警団の一隊を率いながら、間隙を縫って巨大な魔物の前へと進む。

「加勢するぞ、レッズ!無事か!?レッ……」

 だが、目にした光景はヴィーネルには耐え難いものであった。
 巨大な魔物の前で倒れこんでいるレッズ。
 剣は折れ、鎧はボロボロ…息遣いも絶え絶えに、変わり果てた…レッズの姿があった。

 ヴィーネルの全身に衝撃が走る。
 そして、あらわしようのない激情がヴィーネルの身体を支配していく。
 槍を手にし、ギュッと強く握る…荒ぶる怒りと深い悲しみの行き場はなかった。

 一心不乱に巨大な魔物に向かって槍を奮う…。

 そして、半刻後だろうか…ヴィーネルが我を取り戻した時には、周囲には巨大な四足獣をはじめとした、おびただしい数の…魔物の骸が横たわっていた。

 その後、その場にいた自警団の仲間達は、その時の話を一切話そうとしない。
 ヴィーネルに脅されても、誰にせがまれても口をずっとつぐむままだった。


――自警団『レッドピース』の誕生

 あの戦いの後、レッズの葬儀を自警団のみで厳かに執り行った。
 元々は傭兵であったレッズに身寄りはなく身内と呼べるものも居なかった。
 その為、必然的に自警団の仲間達のみが参列者となる。

 葬儀後、ヴィーネルは自らの髪の一部を赤く染めた。
 いつだったか、ミールの街を望みながらレッズが語った平和への思い。
 その思いと意志を受け継ぐ事をヴィーネルは染めた赤髪に誓う。

 1人、また1人…日を追って自警団の連中も髪の一部を赤く染めてくる。
 皆それぞれが、レッズの思いを受け継ぐ事への意思表示をする。

「てめぇらっ!最高に上等だぜ!」

「うぉおおおおーーー!!」

 ヴィーネルの声にあわせて歓声が巻き起こる。

「いいか!ようく覚えとけ!今日から…アタシらはレッドピースを名乗る!」

「うぉおおお!総長ーっ!イカすぜーっ!」

 ヴィーネルは自警団全員を集め、駐屯地に高台を築いて声高らかに宣言を行う。
 自警団の駐屯地は熱気と興奮に包まれていた。

 レッズのシンボルであった赤髪とレッズの夢であった平和。
 ふたつをあわせてレッズの意志を継ぐ自警団“レッドピース”と名づけた。

「団長はレッズだけだ…アタシは総長として団員をとりまとめる!テメェら、アタシについてこい!」

「総長ーっ!総長ーっ!」

 自然と沸き起こった総長コールはいつまでも鳴り止まずに駐屯地の空へと響き渡っていった。


――ヴィーネルの旅立ち

 自警団『レッドピース』結成から数年後。
 大陸中を駆け巡る事件が起こっていた。

 帝国軍が進軍を開始する。
 大陸各地を侵攻し、瞬く間に勢力図を塗り替えていく帝国軍。
 戦乱に焼け出された人々は平和と安全を求めて、このミールの街にもやってくる。

 ヴィーネルは1人で思案に明け暮れていた。

「レッズ…今、帝国軍は大陸中を荒らしている。アンタの夢だった平和がこうも踏みにじられているんだ。レッズ…お前なら一体どうする?」

 部屋の片隅に転がるカゴをレッズに見立ててヴィーネルは問いかける。

「帝国の進軍は戦乱を呼び込む、アタシもレッズもそれは望んでいない。…決まりだな!」

 自問自答を繰り返した末にヴィーネルは反帝国組織に入る道を選び、ミールの街を出る決心をする。
 固い決意を胸に秘めて、ミールの街の郊外へ向かう。

 その第一歩を踏み出すと同時に、見知った顔がヴィーネルの前に姿をあらわす。

「おいおいおいおい!総長!待ってくれよ!」

「どっどくろハゲ?ど、どうしてここに?」

「総長!水臭いじゃないですかっ!1人で行こうたって、そうは…問屋が三枚卸ですぜ!」

「バカっ!そうは問屋が卸さない!だろうがっ!」

 頭にどくろの入れ墨を施した男は、過去にヴィーネルと対立していた不良集団の頭であったが、今は自警団『レッドピース』の団員である。
 ぞろぞろと現れる団員達は口を揃えて総長に付いていく!と言いはじめる。

「お前ら…その気持ちは嬉しい」

 胸にグッと来るものを押さえ込み、ヴィーネルは言葉を繋ぐ。

「だけどな…お前らが付いてきたら、一体誰がミールを守るんだ?今や、魔物だけじゃない。帝国だって…アタシの、いや、総長としての命令だ。街を…ミールの街を守れ!」

「そ、総長…わ、わかりました。了解です!」

 大勢の団員達を背にヴィーネルは旅立つ。
 数奇な運命を辿って前途多難な旅路が今始まろうとしていた。


――ラキラで起こった事件

 反帝国の勢力が集まっているとの噂を耳にしたヴィーネルは、とりあえず商業都市イエルへと向かう。
 旅の道中、花園の都ラキラに寄ったところで事件は起こる。

 花園の都ラキラは、その名の通り美しい花の咲き乱れる街であった。
 だが、ここにも帝国の魔の手が伸びていた。

 花を一輪、身体に装飾としてつけている女性は、見た目からしてラキラの者である事が読み取れる。
 その女性は口を封じられながら、帝国兵に乱暴に担がれ運ばれていた。

「あれは、帝国兵…?」

 身を隠し、声を殺しながら…ヴィーネルは帝国兵の後をつけていく。
 帝国兵に担がれている女性がヴィーネルに気づいて救いを求め、涙ながらに目で訴える。

 人気のない森へと運ばれた女性。
 ここまで運んできた帝国兵は女性の服を剥ぎ、乱暴をしようとする…その瞬間だった。
 帝国兵の首をヴィーネルの槍が掠める。

「な、なんだ貴様は!我々を帝国軍と知っての狼藉か?」

「去れ…アタシはなあ、あんたらみたいなのを見ると虫唾が走るんだよ!」

「ふんっ…正義の味方気取りか?くくく…これを見てもその態度が続くかな?」

 帝国兵が指輪を掲げると同時に、目の前の空間から異形のモノが現れた。

「はっはっは!どうだぁ?冥界の魔物を召喚してやったぞ!貴様など、こいつに食われちまえ!」

 一瞬、驚いた表情を見せたヴィーネルだったが、すぐさま持ち直して槍の一突きから魔物と帝国兵を串刺しに貫く。

「…救いようのないやつだ」

――事件の翌日のことだった

 ヴィーネルがとった宿は大量のラキラ兵と帝国兵に囲まれ、投降を呼びかけられていた。
 投降しなければ宿に火を放つぞ!…帝国兵は外でそう怒鳴る。
 怯える店主を前にして、ヴィーネルは迷惑をかけられないと投降せざるを得なかった。

「まあ、悪いことはしていないんだ。少し道草になるが…しょうがないか」

 この時点で出したヴィーネルの判断は、後に甘かったことを思い知らされる。
 裁判が始まり、罪状が読み上げられる。
 帝国への侮辱罪、窃盗罪、不敬罪、動乱罪…などなど、まったく身に覚えもなければ名前も聞いたことのない罪が言い並べられた。

 助けた女性さえも姿を現さず、下された判決は死刑…時を待たずして、その日に処刑が執行される運びとなった。

「はあ…まさか、こんなところがアタシの死に場所になるのか?これじゃ、アイツらに顔が立たないな。クッソ…」

 ヴィーネルは観念したかのようにぽつりとつぶやく。
 悔しさが胸をついた。
 この理不尽さは何だ?アタシが小さい頃に反抗してきたものそのものじゃないか!
 ヴィーネルは心の内で声を張り上げていた。


――ラキラの大司教

 処刑台へ連行されようとしていたヴィーネルだったが、ラキラの大司教に呼び止められ一室へと案内されていた。

「そなた、ついていなかったな」

 開口一番の大司教のセリフだった。
 ヴィーネルは頭に血が昇るのを必死で抑えて聞き返す。

「なんだと?一体どういうことだよ!」

 大司教が語るには、帝国の息がかかったラキラの裁判では無罪であろうが、罪のなすりつけや罪の捏造などが日常茶飯事に行われている為、有罪は決して免れないとのこと。

「だがな、ワシならそなたを救えるぞ?お前が助けた女性からな…そなたを助けて欲しいと願いがきておる」

「え…そうなのか?」

 ヴィーネルが助けた女性はラキラの出身である。
 裁判にかけられれば有罪を覆すことは不可能だと知っていたからこそ、ラキラの大司教にヴィーネルを救う事を願い出たのだろう。
 それにより、大司教は全ての事情を把握していた。

「冥界の魔物を呼び出した帝国兵を倒したと聞いておるが、ワシはその実力を買いたいのだ。そなたの処刑は偽装しておく。そのかわりといってはなんだが…」

 大司教はヴィーネルに交換条件を提示した。
 処刑を偽装してヴィーネルを助けるが、そのかわりに娘リリアの護衛兼教育係をして欲しい…と。

「はぁ?なんでアタシがガキのお守りをしなきゃなんないんだ?」

「ふむ…だがな、そなたを助けるにはこの条件を飲んでもらわんとな。いくら無実であろうが、有罪の決まった者…まして死刑囚だ。大司教がその処刑を偽装して死刑囚を助ける…何も知らぬ世間の者は承知しないだろう?ワシにもリスクがある。だからこその交換条件じゃ」

「む…」

 ヴィーネルは次の言葉がでなかった。
 確かに大司教の言う事は正論である。

 女性からの願い出があったとはいえ、ヴィーネルと大司教は今日はじめて会ったもの同士だ…そんな間柄では危険を冒してまで助ける義理など本当はないのだろう。

 処刑されるか、護衛兼教育係になるか…脅しとも取れる二択に、ヴィーネルは渋々ながらも交換条件を承諾した。

「やるよ。アンタの娘、リリア=ラキラだったか?その子の護衛兼教育係…」

 ヴィーネルの返答に大司教は顔をほころばせた。

「おお!よくぞ決心してくれた!ほっほっほ。ワシはそなたを失うには惜しかったのじゃ」

「…こんな脅迫みたいな交換条件を出す大司教様が何を言っているんだか」

 ヴィーネルが皮肉の言葉を投げつけるが、大司教は意にも介さない風であった。

「ほっほっほ。まあ、そう言うな。今日からそなたはワシの娘リリアの教育係じゃ。身内も同然だからのう。ワシも帝国の横暴には許しがたい思いを感じているのは、そなたと同じじゃよ」

 ヴィーネルが護衛兼教育係を引き受けることが決まると大司教は嬉々とした表情を見せる。
 そこには娘を案じる1人の父親の姿があった。

 もう身内だからと大司教はヴィーネルに対し反帝国の志を語っていく。

 元より、ヴィーネルの目的は反帝国勢力に参加する事である。
 そのために、反帝国勢力が集まっているとの噂を聞きつけて、商業都市イエルへと向かう旅を始めたのだった。

 最初は、ガキのお守りなどできるか!と思っていたが、大司教の志を知った今では、特に反対する理由もなくなっていたことに気が付く。


――リリア=ラキラ

 ラキラの大司教家は代々ラキラを束ねてきた権力者である。
 そのなかでもリリアは太陽の力を持ち、光の剣を操ることで屈強な剣士でも敵わない腕を持っていた。

 護衛兼教育係としての初日の事。
 大司教家の大広間から廊下を歩き、階段から2階へと昇る。

「大司教の娘…か」

 ヴィーネルはつぶやいた。
 大司教より、教育の為ならば多少の無茶は問題ないと言われている。
 それがどういう意味を持っていたのかを、後にヴィーネルは理解することになる。

 2階に入ってすぐの突き当たりにリリアの部屋はあった。
 ドアには可愛らしく“りりあの部屋”と書かれたプレートが垂れ下がる。
 ヴィーネルが数度ドアをノックすると、中からどうぞ~という声が聞こえる。

「失礼します…」

 だが、部屋に入るとリリアの姿はなかった。

「ん…、お嬢様?どこにいらっしゃるのです?」

 ヴィーネルは部屋を見渡し、リリアの姿を探すが見つからない。

「……そこかぁっ!!」

 ヴィーネルは部屋に転がっていたカゴを手にし、勢いよく天井へ向けて投げつける!
 ドスンッ!大きな音を立てて天井から人が降ってきた。

「い…イタタタ。あ、アタシの擬装はカンペキだったのに…どうしてっ?なんでわかったの!?アンタ…一体何者なのよっ!?」

 ドレス姿で、頭には小さな宝冠をのせ、ひまわりの花一輪をつけた女の子。
 これがリリア=ラキラか…すぐにヴィーネルは全てを理解してニヤッと口元を緩ます。

「はじめまして、お嬢様。ヴィーネルと申します。今日から、お嬢様の護衛兼教育係を承っております。どうぞよろしくお願いいたします」

 姿勢を正してうやうやしく、ヴィーネルはリリアに挨拶をする。
 これは張り合いがありそうだと、ヴィーネルは心のうちで秘かに喜んでいた。

『教育の為ならば多少の無茶は問題ない』

 大司教が言いたい事が分かった。
 それと同時に、どうしてもヴィーネルを教育係にしたがっていた大司教の気持ちを理解する事ができた。


 後日、大司教家の広い庭ではいつものやり取りが聞こえてくる。

「お嬢様?何度言えば分かってくれるんですか?」

「ヴィ、ヴイーネル…ちょっと怖いよ?」

「何をおっしゃいます。今はちょっと…怒っているだけですよ?」

「きゃーっ!ご、ごめんなさーい!!」

「あっ!お嬢様っ!?ええぃ…逃がすかぁっ!」

 大司教家では日常に見られる光景になったヴィーネルとリリアの追いかけっこ。
 広大な敷地では今日も元気な声が響いていた。

 だが、大司教家を囲む柵の外では二人を怪訝そうに見守る数人の男達の姿があった…。

「おい、なんで総長はあんなガキの相手をしているんだ?」

「まさか、総長は騙されて…」

「何言ってんだ!あの総長だぞ?きっと何か深い事情があるに違いない!」

「そ、そうだな!俺としたことが、危うく取り乱しそうだったぜ」

「お前は、総長のことになると見境がなくなるからなぁー」

「て、テメェだって!」

 今にも殴りあいの喧嘩を始めようとする二人を、他の男がなだめる。

「まあまあ、やめとけって。俺達の想いを忘れたのか!みんなで誓い合っただろう?総長に何かあったら…俺達が総長を守るんだ!」

「そ、そうだ!」

「ああ…喧嘩してる場合じゃなかったな」

 ガシッと握手を交わしてから、男達は全員で円陣を組んだ。

「生きるも死すも総長と共にッ!!」

 男達の叫び声は天へと昇った。
 まだ明るい日の内だったが、空からは目に見えない流れ星がキラリと一筋、東へと流れていった。


+ 祭夜を舞う魅惑の翼リリヴィス
「何で私までこんな格好しなきゃいけないの……お祭りなら一人でやればいいじゃない?」

「ハロウィンよ。ヴィレスに住んでた頃、毎年やってたわよ?」

「大陸の外の祭りなんでしょう?私たちには関係ないじゃない」

「私には関係あるの!いいから付き合いなさいよ!!」

「ちょっ……勝手に脱がさないでよ!!」

「団長も……きっと普段と違う私達を見てくれるわよ?」

「ぐっ……そ、そうなの……?」


 ロングブーツにロンググローブ、あとは殆ど裸のような状態なのは変わらないが、黒を基調としたカラーは確かに普段のリリヴィスよりも大人っぽく見えるかもしれない。
 燭台のような槍にカボチャのついた盾を持ち、自前の羽にはペイントだろうかシールだろうか、コウモリが描かれている。

 毎年この時期になると袖を通すこの衣装。
 少しずつサイズは合わなくなり、手直しする度に時の流れを感じさせられる。
 メアリに用意した衣装を無理やり着せようとすると、リリヴィスにとっての初めてのハロウィンの記憶が蘇る……。



「リリヴィス!やっぱりやめよう!恥ずかしいよこんな格好!!」

「お菓子いっぱいもらえるんでしょう?レンは欲しくないの!?」

「ん~……お菓子は欲しいな……」

 海に近い獣境の村『ヴィレス』は、大陸の内外の両方から影響を受けることにより、独自の文化を築くガルムの集う土地。
 狐のガルムであるレンとは、いろんな遊びを考えながら毎日を過ごしていた。
 ある日、どこからか『ハロウィン』という祭りの話をもってきたレン。
 それは幼子であった自分の興味を強く惹く内容だった。

「子供たちが魔女やお化けに変装するんだ!そして、村中の家をイタズラして回って、許してほしかったらお菓子をよこせ~!ってたくさんお菓子を貰うお祭りなんだよ!」

「お菓子がいっぱいもらえるの!?やるしかないわね!!」

 で、いざとなって仮装が恥ずかしいとレンが渋りだしたわけだ。

「もう!男でしょ!!いいから早く着替えるの!!」

「ちょっ……勝手に脱がさないでよ!!」



 こうして無理やりレンを着替えさせたリリヴィス。
 さあ、いよいよハロウィンの始まりだ。

「まずはこの家ね!」

「待って!ここはまずいよ!リリヴィス!!」

 小さな二人の前にそびえ立つように門を構えるお屋敷。
 村でも有数と名高いある貴族様の家だ。

「こんなに大きな家に住んでるんだからきっと大金持ちよ!食べたことないお菓子だっていっぱいもらえるはずだわ!!」

「貴族にイタズラなんてしたら捕まっちゃうよ!!」

「貴族は偉いんでしょ?偉い人はみんなの笑顔を守る義務があるってママが言ってたわ!きっとわかってくれるわよ!」

 忍び込んだ屋敷の中。
 何やらいい匂いが漂ってくる。
 そういえばおやつの時間がそろそろだった。

「期待できるわよ……レン!」

「なんか僕もやる気が出てきたよ……リリヴィス!」

 匂いを辿り、部屋を覗き込むとテーブルにケーキと紅茶が用意されているのが見えた。

「レン。あれを勝手に食べちゃうのがイタズラってのはどう?」

「イタズラをされないためのお菓子を貰うというのは間違ってないけど、その流れを楽しむのがハロウィンだと思うんだけど?」

「ケーキを食べるのはイタズラで、貰うお菓子はまた別でしょ?」

「それ、もはやお化けというより追剥ぎみたいだけど平気?」

「ん……ん~……それはちょっと……」

「おい……誰だお前たち?ここで何をしている?」

「「え!?」」

 廊下でイタズラの内容を相談するお化けは流石にマヌケすぎた。
 恐らく屋敷の者だろう。
 綺麗な身だしなみに、美しい白い羽の生えた少年に背後から声をかけられ、慌ててその場を立ち去ろうとする二人。

「リリヴィス!逃げるよ!」

「ま、待ってよ!レン!!」

「怪しいヤツらめ!逃げられると思うなよ!!」

 屋敷から逃げ出し、村中を走り回ること半刻。
 なんとか逃げることはできたものの、結局ケーキもお菓子も手に入れられず仕舞いだった。

「何よ、まだガキんちょのくせにあのアホ鳥!!」

「ちょっと……口が悪いよ?僕らよりも年下なのに随分としっかりしてたね……さすがは貴族様」

「いいわ!次のターゲットはあそこよ!!」

「え……?いやいやいやいや!!あそこは絶対ダメだって!!」

「逃したお菓子の分までたっぷり頂いてやるのよ!!」

「ちょ!?まずいってば!!」

 リリヴィスが次の標的に選んだのは、この地を治める国王の家。
 すなわち王宮である。

「じゃ!頑張ってね!僕、夕ご飯のお手伝いをしない――と!?」

「待ってよ!私も……一人じゃちょっと……」

「ほら!まずいってわかってるんじゃん!!」

「だってお腹空いてイライラしてたんだもん!!」

――ゴゴゴゴゴゴ

 入口で騒ぐ二人に中の者が気付いたのか、二人の眼前にある巨大な扉が重厚な音を立てながらゆっくりと開く。

「やばいよ!!と、とにかく頭を低くするんだ、リリヴィス!!」

「え!?あ、うん!!」

「んん?おやおや。こんな所に可愛らしいお客さんが二人もいるではないか。どうしたのかな?」

 地に頭をこすりつける二人の頭上からかけられた静かでいて、優しい声。
 その温かさに安心したのか、面を上げる二人だったが……

「「!?」」

「んん?どうかしたのかな?」

「「うわぁあああああああああああああああああああ!!」」

 あの日、幼いながらに覚えた恐怖は忘れることはないだろう。
 本気で頭から食べられると思ったものだ。
 その人物こそが、ヴィレスの王だったと知ったのはそれからだいぶ後の話だ。

 ――――

 ――

 ―


 メアリの髪に櫛を通しながら、懐かしさに更ける。

「ふふ……」

「何がおかしいのよ?」

「ん?あぁ、ちょっと思い出し笑いをね」

「人を無理やり着替えさせといて、他人事なのね……」

「まぁまぁ!ところで……なんか無理させちゃったみたいね」

 それは殆ど壁と言って良いだろう。

「……どこ見て言ってるの?」

「なんか……ゴメンねぇ」

「……どこ見て謝ってるの?ねぇ!?ちょっとアンタ!!」



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最終更新:2017年07月28日 17:08