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「おい、早くしろ!グズグズしてっと置いていくぞ」
山道を歩いている盗賊の親分は、後ろを振り向いて新入りに向かい大きな声を上げていた。
「おやっさん…少し待って下さいよ…この箱重たすぎて…」
汗だくになった新入りは、何も運んでいない親分の背中を見つめながら、両手に抱えた盗んだ金品の入った箱を地面へと降ろした。
「まったく…最近の若造は根性がねぇな!ダラダラしてると日が暮れちまう!“夜の鍵”が出たらどうすんだ!?」
「ははは…おやっさん…流石に俺でも、そんな子ども騙しは通じないっすよ」
この大陸に住むものならば一度はその名を耳にした事がある。
どこから出た噂なのか、実際に見た者もいない都市伝説のような組織。
“夜の鍵”
世の中で起こる、説明することができない事件。
神隠し、密室の殺人、謎の突然死。 これらが起こると、必ずその名が噂として囁かれていた。
「バカ野郎…本当にいるんだよ…あいつらは…!仲間が何人もいなくなってる…!次はお前かもしれねぇぞ!」
突然、生ぬるい風が山道を吹き抜ける。
直後、どこからとも無く、怪しい女性の声が聞こえてくる。
(もしくは、あなたかもしれないわねぇ~?)
「だ、誰だ!?」
新入りはとっさに辺りを見渡す。
後ろを振り返るも、歩いてきた山道が続いているだけで、特に変わった事はなかった。
「なんだよ……気持ち悪ぃな……すんませんおやっさん、早く…」
前に向き直ると、さっきまでそこにいた親分の姿がない。
「あれ…おやっさん…どこ?ちょっと…おやっさん!?」
いつの間にか生ぬるい風は止んでおり、一人残された新入りは盗んだ箱を捨てて逃げ出した。
急いでアジトに戻った新入りは、自分の身に起こった事を兄貴分に報告しようとドアを開ける。
「みんな大変だ!!おやっさんが……」
アジトの中には、火が掛けられた鍋がコトコトと湯気を出している。
しかし、人の姿はどこにもない。 新入りは目の前に飛び込んできた光景に戦慄する。
「よ…夜の鍵…本当に…あぁああああ!!!」
アジトから飛び出した新入りは全力疾走で駆け抜ける。
どこに向かっているかなんて分からない。 しかし、今はこの場から逃げなければ、自分も殺される。 何の証拠も根拠もないが、それだけは間違いない。
突然、新入りは足を止めた。
目の前が何も見えない。 自分の身に何が起きているのかは分からない。 しかし、確実にやばい事だけは確信できた。
「うわああああああああ!!!!!」
「リリヴィス。アジトへの案内が終わったのならさっさと消せばいいのに、何故逃がすの?」
銀髪の少女は、発生させた闇の中に冷徹な目を向けたまま話しかけている。
リリヴィスは少女に笑いかけると、頬に手をあてて口を開く。
「だってぇ…怖がってる子ってかわいいじゃない?そ・れ・に、メアリちゃんの手柄も少しは残してあげようと思ってね」
メアリと呼ばれる少女は表情を変えずに、手に持った弓をゆっくりと下ろして続ける。
「同意し兼ねるわ。早く目的のモノを回収しましょう」
「もう…連れない子ねぇ…でも仕事にストイックなのは評価してあげるわ」
2人は盗賊のアジトに入り物色する。
地下室の片隅に鍵の掛かった箱を発見してこじ開ける。
「この魔石ね。さぁ戻りましょう」
メアリはただの石ころに見える黒い塊を手に取ると、リリヴィスに渡した。
アジトを出ると、2人は闇の中へ消えていく。
――黒の森
誰も立ち入らない筈の、闇に包まれた森の中を歩くリリヴィスとメアリ。
ふと心地の良い闇の気配を感じると、すぐさまその場にひれ伏した。
「ご苦労だったな。リリヴィス、メアリ。目的の物は?」
暗闇から聞こえてくる声に一切顔を向けず、地を見続ける。
リリヴィスは頭を下げたまま両手を前に出し、奪ってきた魔石を差し出した。
「こちらです。団長」
黒いコートの裾がリリヴィスの目に入る。
手に乗っていた魔石の重みが無くなるのを感じた。
「2人共よくやってくれた」
リリヴィスは手を下ろす。
「勿体無いお言葉。全ては御心のままに」
メアリがその後に続く。
「御心のままに」
暗黒組織「夜の鍵」はここに存在していた。
しかし、組織の規模や目的はリリヴィスやメアリさえ知る事はない。 団長から下る命を実行する。 それが、団長が団員に求める全てだった。
「次の指令は少し長期間になるかもしれない。良く聞くのだ」
――イエルへの街道
リリヴィスとメアリは団長の命に従い、商業都市イエルへと足を運んでいた。
帝国を潰すための準備。 確かに帝国は王国を攻め落とす程の力を蓄えた。 それが何故、夜の鍵の敵となるのかはリリヴィス達にはわからない。 街道を南に進みながら、頭の片隅でそんな事を考えているリリヴィスとメアリの目が合う。 考えても仕方のない事だと頭を振ってから、リリヴィスは口を開く。
「そういえば、メアリはどんな経緯でこの組織に入ったの?」
組織に長く属しているリリヴィスだが、メアリの事は殆ど何も知らない。
魔石調達の任務で初めて顔を合わせた少女は何者なのか、気にならないと言えば嘘になる。 その第一印象は、あどけない少女のようだが、とても生者とは思えない青白い顔と、闇を司る力を振るう姿から、到底普通の人間には見えない。 ほとんど変わらない冷徹な表情を見る限り、心の深い闇を感じ取る事ができた。
「死ぬ筈だった私を団長は救ってくれた。私に自由をくれた。だから、あの人が求める物ならなんでも差し出すわ。たとえそれが、私の命であっても」
眉一つ動かさずに淡々と話すメアリから出たのは、12、3歳の少女から出てくる言葉ではなかった。
「それは頼もしいわね。あの方に尽くせる想いがあるなら、私とも仲良くできそうだわ。でも…あの方がそれを望むとは思えないけど……。」
「そう…。あなたは何故組織に?」
「そうね…あなたと同じようなものかしら。あの方は私を人として扱ってくれただけじゃなくて、私に自由を与えてくれた、2人目の人だったから」
「2人目?もう一人は?」
少し遠くの空を見つめるリリヴィス。
随分前のような、ついさっきまで隣にいたような、その人物に想いを馳せる。
「もう、彼はこの世にはいないわ」
そう、レンは私が殺した…。
―
―― ――――
獣境の村ヴィレス。
コウモリのガルムの母の元に生まれた私は、幼い頃からレンと一緒に遊んでいた。
レンはヴィレスの篝火と言われる狐の家系の次男。 篝火としての修行を抜けだしては、私の手を引いて森の中の秘密基地に走っていく。 いつもの光景だった。
「リリヴィス!こっちこっち!!」
いつになく楽しそうにしているレンを不思議に思っていると、大樹が堂々と根を貼る広場へと到着した。
レンの指差す方を見ると、大樹の枝に実った黄色の実がゆらゆらと風に揺れていた。 スルスルと木によじ登ると、一つ、二つと実をもいでは器用に枝の隙間を抜けていく。
「ほら!これ食べて!すごい美味しいから!」
満面の笑みを浮かべながら、両手いっぱいに抱えた果物を一つリリヴィスに渡すレン。
私はレンとこうしている時間がとても好きだった。
「あのさレン、篝火の修行はそんなにさぼっても大丈夫なの?」
レンは甘い果実を頬張りながら笑顔で話す。
「僕よりも姉ちゃんの方が優秀だし、僕は期待すらされてないから大丈夫大丈夫!」
木の枝に座って足をぶらぶらとさせながら、ニコっと笑いかけてくる。
そんなレンの笑顔を見ていると、私まで笑顔になってしまう。
「あのさ、今度さ、夜に抜け出して湖までいってみない?綺麗なホタルが沢山いるんだって!見てみたくない!?」
そう……私がこの時に断れば、あんな事にはならなかった。
レンの好奇心を否定したくなくて、もっとレンと一緒にいたいっていう気持ちを優先した。
その日は『真紫月(しんしづき)』が空に浮かぶ幻想的な夜だった。
予め部屋の中に用意していた靴を窓の前で履くと、できるだけ音を立てないように外に出る。 約束した村の外れの大岩の下に僅かな明かりが見える。 レンはその手に炎を灯して私を待っていた。
「ごめんね、待たせた?」
レンはニコっと笑ってから私の手を引き、森の中を慎重に進んでいく。
左手で私の手を取り、右手の手の平を上に向けて炎を出して道を照らした。
目的の湖まで辿り着いた私達は、目の前の光景に目を疑った。
紫の月が照らす湖上の水面には、蛍光緑の光が絨毯のように敷き詰められている。
「すごい!すごいよ!レン!こんなの初めて見た!」
「そうだね……来て……良かった…」
想像していたレンの反応とは違う事に気が付いて顔を向けると、レンは真っ青な顔をしているように見える。
「どうしたの?レン…?具合が悪いの?」
声を掛けると、その場に倒れこんでしまうレン。
「どうしたの!?ねぇレン!レン!」
レンの身体を観察すると、足に無数の擦り傷がある。
その傷口は真紫になっていて、足全体が異常な色となっている。
「これってどういう事!?もしかして…毒草で足を切ったの!?」
聞いた事があった。
真紫月の夜に、普段はなんて事のない綺麗な草花が毒草になるという話。 毒をどうにかしなくてはいけないが、解毒剤をどうやって作るかなんて想像もできない。
「そうだ…傷口から…毒を吸い出せば…」
顔を傷口に近づけた瞬間に、頭をレンに抑えられる。
「だめだよ…リリヴィス……君は、人の血は…いけないって…」
たしかに、リリヴィスは小さい頃から親に口酸っぱく言われていた。
『決して自分以外の人の血を口に含んではいけない』
理由なんて聞いた事はなかった。
今までそんなシチュエーションに出会った事もなかった。 だが、今は行動しなければレンが死んでしまう。 現に、こうしている間にも紫色になっていく肌の面積は増え続けている。
「それでも、私はレンを助けたいから!黙ってて!!」
言葉が届いたかどうか分からないタイミングで、レンは意識を失い倒れこんだ。
レンを助けたい一心で、彼の足の傷口に口を当てて思いっきり吸い込む。 口の中には色んな味が混ざりあう。 地面に吐き捨てると、真っ赤な血が飛び散った。 無我夢中で吸い続けると、レンの足は元の色に戻っていく。 しかし、レンは意識を取り戻さない。
「お願い!!レン!!起きてよ!!!」
身体を擦っていると、レンはゆっくりと目を開けた。
「あれ……リリヴィス……?」
「レン!!大丈夫!?レン…レンーー……!!!」
レンに抱きつくと、彼の胸の中で泣けるだけ泣いた。
私の頭を撫でてくれるレンは、急にその手を止めて起き上がる。
「リリヴィス…その口……」
「えっ…?」
手で口を拭うと、レンの血が大量についている。
「その…レンが死んじゃうくらいならって…!ほら!私は平気だから!」
両手を広げてレンにアピールする。
レンは複雑そうな表情をして私の顔を見る。
「本当に大丈夫だから!でも…パパとママには内緒ね!」
私は嘘をついた。
口の中に広がる血の味は、脳を直接刺激するような感覚が続いている。 こんな高揚感は味わった事がない。
少し休んでいると歩けるようにまで回復したレンに肩を貸して、村までゆっくりと戻った。
しかしその日から、あの味が忘れられない。
いくら水を飲んでも、どれだけ食べても、身体があの味を欲し続ける。 どうにかしたいという思いから、母に今までしなかった質問をしてみる事にした。
「ママ、私達は人の血を口に含んではいけないんだよね?」
「えぇ、そうよ。どうしたの急に?」
私は必死に笑顔を作り続ける。
「それってなんでなのかなって気になってさ~」
母は真剣な表情になり、私の肩に手をかける。
「そうねぇ。もうそういう年頃ね。なんでなのかっていうのは、掟でそうなってるから…としかママも知しらないわ」
腕を組んで片手を顎につけ、考えるような素振りを見せる。
「血を口にしたコウモリの一族はね、不幸になってしまうっていう言い伝えがあるのよ。本当はどうなのかなんて誰にも分からない。リリヴィスが不幸になりたくないなら、掟を守っていたほうがいいわ。その方がママも安心だしね」
まだ幼い私はその母の言葉で血の気が引くのを感じた。
不幸になる…その言葉に恐怖を感じる。
私はずっと我慢をしていた。
誰にもバレないように。 しかし、喉の渇きは日に日に大きくなり、精神がおかしくなりそうになる。
身悶え苦しむ中、レンが訪ねてきた。
「リリヴィス…大丈夫?君のママに具合が悪いから寝てるって聞いてきたんだけど…」
私は、レンに顔を合わせられなかった。
顔を見たら、きっとあの味を思い出してしまうと考える。 でも、頭の中でそれを考えれば考える程、喉の渇きは強くなる。
明らかに異常な私の状態を見てママも心配していた。
このままでは血を口にした事がバレてしまうと、意を決する。
レンと目が合うのは、真紫月の夜以来だった。
「レン……お願いがあるの……。少しだけでいいから…あなたの…血をくれない?」
驚くかと思っていたけど、レンは少しだけ笑ってから首筋をリリヴィスに晒す。
「そっか。ごめんね。きっと僕のせいなんだ。あの日の事は誰にも言ってないよ。ここからがいいかな?」
レンの反応に心がキュッとなるのを感じる。
きっと、レンは自分を責めている。 今考えれば、その罪悪感に…私はつけ込んでいただけなのかもしれない。
「ごめんね…」
私は彼の首筋に刃を立てた。
少しだけビクっとしたレンだったが、その後は私の背中を擦りながら抱きしめてくれた。 口の中に広がるレンの血の味は、この世の全てがどうでも良くなるほどの幸福感を覚えさせてくれる。
レンがフラっとした瞬間我に返り、慌ててその口を首筋から離した。
「大丈夫?ごめんね…」
レンは笑顔を見せる。
「ううん。大丈夫だよ。僕の方こそ、ごめんね…」
それからは一週間に一度の頻度で、レンに血を分けて貰う生活が始まった。
レンは…どんな気持ちだったんだろう…。 今となってはそれを確かめる術もない…。
普通の生活を送るにはレンの血が必要。
それならば、このままレンとずっと一緒にいればいい。 レンさえ良ければ、レンと一生を添い遂げたい。 幼いとはいえ、なんて呑気で自己中心的な考えをしていたのだろう。
そんな夢のような未来を想像しなければ…
数ヶ月後の“真紫月の夜”に起こる事も、もしかしたら変わっていたのかもしれない…。
その日は唐突にやってきた。
夕焼けと共に家に帰った私は、両親と食卓を囲んでいた。
「今日は真紫月の夜か。1年っていうのはなんでこんなに早いのかな~。ん?リリヴィスどうした?」
父が話している内容がまったく頭に入ってこない程の急激な飢えを覚えていた。
喉が焼けるように熱く、血を欲している。 3日前にレンに血を分けて貰ったばかりだというのに、こんな渇きがくるはずがない。
「ちょっと具合が悪いから、部屋に戻るね…」
テーブルの上に並んだ食事にほとんど手を付ける事もなくその場を後にして、部屋に閉じこもる。
夜が更けるに連れて、渇きは一層大きくなっていく。 我慢する事なんてとても出来そうにない。 私は窓を抜けて、レンの元に向かう。
レンの家に着くと、レンの部屋がある2階に石を投げる。
思ったより大きな音がして、ドキドキとしていたが、頭はこの渇きをどうにかしたいという気持ちで埋め尽くされていた。 窓に影が映り、カーテンが開くとレンの顔が見えた。 私の事を見つけたレンは、驚いた表情をして、窓から縄を垂らして降りてくる。
「リリヴィス…どうしたの?すごい汗だけど…」
「喉が乾いて仕方ないの…お願い…レン…助けて……」
レンは私の手を引いて、いつも血を吸わせて貰っている空き家に入り、首筋を差し出した。
「どうぞ」
いつも通りの笑顔を見せるレンの首元に私は飛びついた。
血の味が口いっぱいに広がる。 しかし、何かおかしい。 普段は少し味わえばすぐに喉の渇きは癒やされるのに、この日は口を離す事が出来ない。
もっと欲しい…もっと欲しい…もっと欲しい…。
どれくらいの時間そうしていたかは分からない。 私は自分をコントロールできる状態ではなかった。
レンの力がどんどんと抜けていくのを感じる。
その事にハッと、気が付いて無理矢理身体を離した。
「レン…ごめん…大丈夫…?」
顔を見る事ができず、下を向いたままレンに語りかける。
「リリヴィス…今日はどうしたの?まだ喉が乾いているなら、好きなだけ吸っていいんだよ?」
レンの表情は分からないが、その優しい口調からきっとまだ笑っているのだろう。
「ダメ…これ以上は…!!レンが死んじゃうから!!!」
私は床に向かって叫んでいた。
窓の外から紫の光が差し込む。
後頭部に、レンの手の感触がある。
そのままレンは自分の首元に私の口を押さえつけた。
「いいんだ…リリヴィス。君に助けて貰わなかったら、きっと僕はあの場所で死んでいた。君のしたいようにしてくれればいい。ごめんね。こんな事しかできなくて…」
私は泣きながらも、口元から漂ってくる血の匂いに理性が効かない。
月から放たれる強い紫の光が熱い。 身体中が熱くなっていく。
比例するように、レンの身体は冷たくなっていった。
それでも止める事ができない自分を、私は強く恨んだ。
私の腕の中で――――
――――
―― ―
少し遠くの空を見つめるリリヴィス。
「もう、彼はこの世にはいないわ」
メアリは事情を深く聞く事はせず、前を向いて口を開く。
「親しい人の死は辛いわね」
「子どもなのに気の利いた事を言えるのね~?」
未だにレンの事を思い出すと、心の奥に黒い影ができるような感覚に見舞われる。
それでも、今は団長の為に前を向きたい。 そんな事は悟られないように平然を装う。 私も随分、大人になってしまったのかもしれない。
メアリはほんの少し間を置いてから、ポツリと口を零す。
「本心よ。私も両親を亡くしてるから、少し分かるだけ」
「あら、悪かったわね」
「いいのよ。気にしてないわ」
12、3歳の少女から出る言葉とはやはり思えない。
私がこの子くらいの歳の時には、レンの事はまだまだ引きずっていた。 メアリは続ける。
「あの人達が死んだお陰で、団長から力を頂けたようなものだし」
「団長に力を頂いた!?あの方に…直接!?」
メアリは団長に特別なモノを貰っている。
その事実は受け入れ難い。
「そうよ」
目の前の少女が妬ましい。
あの団長に力を与えられているなんて、そんな事があって良い訳がない。
「あなたもその炎の力を頂いたのではないの?」
リリヴィスの気持ちを知ってか知らずか、少女は素朴な疑問を投げる。
取り乱したリリヴィスは、その言葉で平静を取り戻した。 炎の力…今の私の力は… 少し間を置いた。
「…私に力をくれたのは、団長じゃないわ」
この力は…レンのものだから…。
―
―― ――――
紫の光が差し込む窓辺で、動かない少年に縋り付く少女。
私はレンの冷たい身体に身体を寄せて泣きじゃくっていた。
悲しみと憎しみが爆発して、自分なんかいなければ良かったと思いながら、泣き喚いていた。 身体に燃えるような熱を感じる。
次の瞬間、辺りが急に明るくなった気がした。
驚いて顔をあげると、小さな部屋が燃えている。 床から天井まで炎が上がり、黒い煙が辺りを包む。 レンの姿はもう見えず、ただ赤々とした炎だけが渦巻いていた。
目を覚ますと、見慣れた天井が私を出迎えた。
顔を横に向けると母が心配そうな顔でこちらを見ている。
「リリヴィス!大丈夫!?良かった…良かった…!!」
母は泣いていた。
全部夢だったのかと頭の隅で考えていた…。
「ママ……レンは…?」
答えは帰ってこなかった。
数日後のレンの葬儀に出席する事も許されなかった私は父から、あの夜に何があったかを問い詰められた。
私は、今まで起きた事を全て父に話す。 自分の手から炎を出して証拠を見せる。 あの日から、力を込めると炎を操れるようになっていた。 この力は…きっとレンの、篝火の力。 これを見ればきっと父も信じてくれるだろう。 きっと怒られる…そう思っていた…いや、怒られる事を願っていた。
しかし、父は私の頭を撫でる。
「可哀想なリリヴィス…。辛かったね…。この事は誰にも言わないでおくれ」
私には意味が分からなかった。
そんな父の言葉は聞きたくなかった。 このまま何も咎められる事なく、生活ができるのだろうか? そんな生活を、私は求めていなかった。
今考えれば、父は自分の身と私の身が無事ならばどうでも良かったのだろう。
殺人犯の私と、その父に科せられる処罰は重たい。 良くて強制労働、悪ければ極刑だろう。 その相手が篝火の一族であれば尚更だ。
そして、また渇きがやってくる。
あれだけレンの血を飲み干したというのに、数週間も経たないうちに血を求める。 その辺りに生息している魔物を狩ってその血を飲んでみるが、渇きが満たされる事はなかった。
「血を口にしたコウモリの一族はね、不幸になってしまうっていう言い伝えがあるのよ」
母の言葉が頭をよぎる。
きっと私はもう不幸の中にいるのだろう。 虚無感に襲われ、どんなに泣こうとも喉の渇きを抑える事はできない。
私は村を出る事にした。
この村で血を分けてなんて事は言えない。 口に出して、協力者が現れたとしても、また同じ事を繰り返してしまうと思った。
誰にも何も言わずに、私はヴィレスを後にした。
外の生活に困る事はなかった。
商業都市イエルまで足を運んだのは、多種多様な人種が入り乱れるこの街ならば羽の生えた私の姿が悪目立ちする事もなく、ヴィレスの人間にまで噂が流れる危険性がなかったからだ。 傭兵の仕事につき、盗賊の討伐など、人をターゲットとした依頼を受けては血を啜った。
そしてまた、真紫月がやってくる。
私は傭兵の集まる酒場で人間をターゲットとした仕事を待っていた。
しかし、その日に限って魔物の討伐依頼ばかりが入ってくる。 傭兵仲間が一人、また一人と魔物の討伐へ向かい、残された傭兵は数える程度だった。
そこに、妖精が持ち込んできたのがコレーズ村付近に現れた巨人と言われる魔物の討伐依頼。
「そんな魔物……2,3人でどうにかできるのか…?」
聞こえてくる声は、重々しい雰囲気だ。
酒場にいた傭兵仲間は皆武器を取り、出陣の準備を整える。 一人の男が私に話しかけてきた。
「あんた、いつも一人で仕事をしているよな?先月の盗賊団の討伐は度肝を抜かれたよ!まさか一人でやりきってくるとは皆思ってもなかった。腕は立つんだろう?頼む、一緒に来てくれないか?」
巨人と言われるくらいだったら…もしかしたら喉の渇きを凌げるかもしれない。
そう考えた私は縦に首を振った。
イエルを出てコレーズ村に辿り着く頃には、夕焼けが一行の影を長く伸ばしていた。
どんどん強くなっていく渇きを耐えながら、早く目的の巨人を見つけようと必死になっていると、傭兵の一人が巨大な足跡を見つけた。 まだ新しい足跡に、期待を込めて足早に追いかけると、遠くに大きな身体が見えてきた。
「なんてデカさだ…!よし、作戦を立てるから…」
男の言葉など聞いている余裕はなかった。
きっと傭兵達には、愚直な行動に見えていただろう。 それでも私は、これ以上耐える事ができる状態ではない。
羽を広げて背後から飛び込むと、一瞬で巨人の正面へ回り込み挑発をする。
巨人はそのまま私を敵とみなして全力で襲いかかってきた。 槍を構えて、敵の行動を注視する。 巨人が頭上に振り上げた腕を地面に振り下ろし、叩き潰そうとしてくるのを後ろに交わし、灼熱の炎を巨人に見舞う。
たいしたダメージはないのだろうか…そのまま一直線に向かってくる巨人に一瞬の隙を作ってしまった。
そのまま突進を受けて吹き飛ばされる。 傭兵達はやっと追いついたようで、弓や大剣で後ろからリリヴィスを援護する。 リリヴィスは岩に叩きつけられてゲホっと血を吐く。 傭兵達の援護攻撃を物ともせず、リリヴィスに向かって一直線に近付いてくる巨人に、恐怖を覚えた。
その時、リリヴィスの眼に紫の光が指す。
気が付くと、巨人は倒れており、その頭にはリリヴィスの槍が突き刺さっていた。
目の前の光景に疑問を持つ前に、巨人の首元に噛み付いてみる。 しかし、いくら吸い付いても求める結果は返ってこない。
「あんた…大丈夫か…?どうしたんだ…?何を…している…」
男の声に反応したリリヴィスは、ゆっくりと顔をあげる。
周りを見渡すと、大きな岩がゴロゴロとしている岩場が見える。 自分達以外に人の影があるわけがないだろう。 リリヴィスは男に向き直って、一言だけ口にした。
「ごめんなさい。私、もう我慢できそうにないわ」
5人の傭兵達に武器を取る時間は与えなかった。
後方に回りこむと槍で突き刺し、その喉元を貪る。 身体が満たされていくのを感じて、高揚感を覚える。 紫色に満たされた岩場に、リリヴィスが血を食らう物音だけが響いていた。
その時背後に人の気配を感じたリリヴィスは、臨戦態勢を取る。
確かに感じた気配は細心の注意を払っても、再び感じる事ができない。 しかし、何か嫌な空気が流れているのを風が告げていた。
「素晴らしい力を持っているね」
真後ろから聞こえた男の声に、リリヴィスは身動きが取れない。
これだけ気を張っていたというのに、背後…それも1メートルもない所にその男は立っていた。 振り向く事を許されない状態に、リリヴィスは前を向いたまま口を開く。
「誰…?私に用……?」
男は笑う。
「私はお前の力を求めてやってきた者だ」
「私の力?」
「そう、炎の力を得たコウモリの一族…リリヴィス。お前の力だ」
リリヴィスは前方に飛び出して振り返り、低い姿勢で男に槍を向ける。
「どうしてその名を!!?」
ヴィレスを出てからは名を名乗った事はなかった。
この男は“何か”を知っている。
「そう怖がらなくてもいい。仕事をしないか?」
黒の帽子を深く被った男の顔は見えない。
リリヴィスは様々な可能性を頭の中で思い描くが、男の素性に思い当たる節はなかった。
「私の何を知っているの!?」
男は帽子に手を掛けたまま微動だにせず、真紫月を背に黒い影を落としている。
「大体の事は知っているよ。お前がヴィレスから来た事も、篝火の力を持っている事も、盗賊達を亡き者にしている事も」
「……っ!!」
「お前に悪いようにはしない」
リリヴィスは考える。
この男が信じられる訳がない。 今ここで断れば、自分の素性を言い触らされるかもしれない。 もし外に漏れたら、殺人犯として追われる身となってしまう。 ならば、この男を今消せばいい。
瞬間的に力を入れて炎を操る。
この夜の私ならば、負ける事なんてあり得ない。 空中に飛んで槍を投げ大爆発を発生させた。 まだ見える影に向かって全力で突っ込む。
「っ……!!!?」
リリヴィスは後ろから男に抱きしめられていた。
この攻撃を避けて…更に裏に回りこんだとでも言うのか…。
「すまない。警戒させてしまった。もし私と一緒に来てくれるならば、お前の欲する血を安全に与えよう。なんなら、私の血を今啜っても良い」
リリヴィスは動く事が出来ない。
「お前は強いが、とても弱い。私は弱いものの味方だ。私の組織がお前の全てを受け入れる家となろう。その力を私の為に使ってはくれないか」
そして、夜の鍵が私の家となった。
顔も分からない団長からの命を受けては任務を遂行する日々。 団長は私に暗殺の仕事を優先して与え、殺した人間は好きにして良いと言ってくれた。 優しくされる事にはやはり慣れない。 生きるために、ただ日々を過ごしている感覚だった。
ある日、言い渡された任務はとある行商人が運んでいる地図の回収だった。
簡単に終わる筈だった。
街道を走る荷馬車に乗った行商人を見つけ、普段通り後を追い、どこかに停泊するのを待った。
しかし荷馬車は休む事を知らずに、そのまま氷塞都市コルキドの門をくぐってしまう。
このままでは任務の遂行ができなくなってしまうと焦るリリヴィスは強行手段を取る。
街中の建物を狙って槍を投げつけ、地面から噴き出る炎に街の人達は大混乱を起こした。 その最中に荷馬車へと走り、目的の物を奪おうとする。 しかし、荷馬車の中には大量の藁しか積まれておらず、リリヴィスは愕然とする。 荷馬車の周りを兵士が取り囲むと、武器を構えた。
「出てこい!この辺りを荒らしている賊めが!」
罠にはめられた…。
そう確信したリリヴィスは、この状況を乗り越える策を考える。 次の瞬間に、荷馬車の天井をぶち抜いて羽を広げ、空路で逃げる事に成功する。 兵士達は必死に追ってくるが、リリヴィスに追いつくことはできず諦める他なかった。
命からがら逃げ帰ったリリヴィスは団長に合わせる顔がない。
だが、この組織から逃げる事もできない。 あの団長であれば、優しく許しを貰えるかもしれない。
淡い期待を持ちつつも、団長の元に跪いた。
「団長…申し訳ございません。任務は失敗に終わりました…。」
事の顛末を説明し終わると、団長は深くため息をついた。
次の瞬間、リリヴィスは耳を疑う。
「何をやっている!!!!」
団長が声を張り上げた事など、それまで一度もなかった。
「申し訳ございません!すぐに失敗を取り返しますので、もう一度だけチャンスを…」
団長は言葉を遮る。
「誰がそんな事を言っているのだ?そんな怪しい荷馬車の動きを察知した上で、何故撤退をしなかった?」
「……撤退をすれば、目的のものが……」
「何故自分の身を案じない?少し勘違いをしているようだな」
「………?」
リリヴィスには団長が何を考えているのかまったく分からない。
「私にはお前の力が必要だと言った筈だ。それは今も、これからも変わらない。私はお前を失ってでも欲する物などない」
涙が流れる。
初めて怒る団長の言葉が胸に突き刺さった。 父や母がしてくれなかった…自分の事を真剣に心配してくれる人が目の前にいる。 その事が嬉しくて仕方がなかった。
「次からは、気をつけろ。それと、危険な任務を与えてしまったようだ。すまなかった」
団長の力になりたい。
心からそう思えたリリヴィスは頭を下げたまま、大粒の涙を流し続ける。
「とんでもございません…………」
「くれぐれも、無茶をするな。いいな?」
団長の目標の為に…できることならなんでもする。
そう心に強く誓った。
「御心のままに……」
――――
―― ―
メアリは思い出に更けているリリヴィスを横目に、歩き続ける。
何を考えているのかはメアリには分からなかったが、リリヴィスは何かを再確認するようにウンウンと頷いた。
「私に力をくれたのは別の人。団長は私を認めてくれた人なの」
メアリは少し不思議そうな顔をしている。
「認める?」
「そう。あの人は私の全てを知った上で受け入れてくれた。生きる意味を与えてくれたあの人には本当に感謝しているわ」
メアリにまた疑問が沸く。
「あなたは団長とどんな関係なの?恋仲なの?」
リリヴィスは急に話しかけてきたメアリにドキリとした表情を返す。
「違うわよ!そうねぇ~言うならば、私の片想いかしら。なぜそんな事を聞くの?」
メアリは落ち着いたトーンのままだったが、少しだけ笑ったように見えた。
「私は私を助けてくれた団長に心を寄せているわ。だからこうしているのだし。私は団長の妻になりたいの」
いきなりのカミングアウトにリリヴィスは笑うしかなかった。
まだ毛も生え揃ってないような小娘が妻に? 冗談がきつい。
「あはは…あなたみたいなお子様が?10年早いんじゃない?」
冗談交じりに茶化してみるが、メアリは真剣な表情のまま話し続ける。
「あなたになんと言われようと構わないわ。私に先を越されないようにすることね」
リリヴィスは生意気なメアリをどうしてやろうかと想像を膨らませていたが、目の前に見える景色に落ち着きを取り戻す。
「この話はあとでゆっくりしましょう。目的を忘れないで。ほら、イエルの街が見えてきたわ」
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| + | 孤高の白牙ガルディス |
「貴様ぁ!ガルムの分際で我々に手を出すなど、正気かぁ!?」
「人間風情が偉そうに吠えてんじゃねぇぞ!死にてぇ奴から前に出な!!」
獣境の村『ヴィレス』から北に二里ほど進んだところで、十人ばかりの帝国兵士を前に、仁王立ちする男。
白銀の毛に蒼瞳。 青いマントをはためかせながら、どっしりと腰を据えて槍を構えるは虎のガルム。
「待てぃ!何事か!!」
「っち……次から次へと……しつけぇんだよ!!」
背後から駆け寄る声に、手にした槍を突き出して答える。
しかし、動きの取りにくい馬上にも関わらず、その切っ先をいとも簡単に躱した声の主は、逆に斧を突き付けてきた。
「寸止めだぁ!?てめぇ……舐めてんのか!!」
「待て!儂(わし)は敵ではない!!」
「邪魔すんな!ぶっ殺すぞ!!」
威風堂々たる鎧。
金色の鬣(たてがみ)の上に王の証である冠。 真っ赤なマントをなびかせるその姿からは圧倒的強者の気配が否応なく漂う。
「ライオンのガルム……てめぇ、まさか――」
「今はそれどころではあるまい!ひとまず退くぞ!!」
「あぁ!?ふざけんな!いきなり現れといて、何勝手なこと言ってやがる!逃げるなら一人で逃げな!俺にはやらなきゃなんねぇことがあんだよ!」
「なに……?」
二人の視線が揃って帝国兵へと向けられる。
その瞬間、文字通り獲物が睨まれたようにビクッと体を震わせる帝国兵達。 白い虎にライオン。 強大な雄二頭が自分達を見据えているのだ。 それも無理からぬことだろう。
「こ、こいつも奴の仲間か!?」
「わからん……が、なんとしても荷は守るぞ!」
「荷だと……?」
帝国兵達が身を挺して守ろうとする荷馬車に、ライオンのガルムが視線を向けると、その荷台には拘束され、縄で繋がれている3人の子供達の姿。
「小僧、まさかあの子供達を救うために……?」
「てめぇには関係ねぇだろ!」
「なんとも向こう見ずな男だ……だが!」
「ぬぉ!?て、てめぇ!!」
不意に首根っこを掴まれ、馬の上へと引っ張り上げられたかと思えば、そのまま逃走するように走り出したライオンのガルム。
「お前に話がある。今は大人しくしてもらうぞ!」
「おい!このままじゃ……おい!!」
ぽかんと立ち尽くしたままの帝国兵達の姿がどんどん遠くなっていく。
その後ろの荷台では、不安そうな顔をこちらに向ける子供達の顔。
「こ……の!!」
「ぬ!?仕方ない……許せ!!」
――ガンッ!
「がっ!?」
なんとか馬から飛び降りようと槍を突き立てようとした途端、鈍い音が頭に響き、そのまま意識が遠ざかっていった……
…………
……
「……はっ!?てめぇ!!」
意識を取り戻し、すぐさま立ち上がる。
辺りを見回すと、どうやら森の中に連れ込まれたようだ。
「まだ一刻も経っておらぬというのにもう目覚めたのか。呆れた頑丈さだな」
横で焚火に薪をくべながら、やれやれといった表情で答えるライオンのガルム。
改めてその姿をまじまじと見て確信する。
「間違いねぇ……てめぇ、ガレオスだな?」
「ほぅ……儂を知っておるのか」
「ヴィレスの王を知らねぇガルムなんざいるわけねぇだろ……!」
獣王ガレオスによる統治の元、多くのガルム族が故郷とし、暮らすこの村。
獣境の村『ヴィレス』 先代国王が引退し、その実の息子であるガレオスが王に即位してというもの、かつては小さな集落に過ぎなかったヴィレスの村は、王政の元に広い領土と数多の臣民を抱え、一つの国家として大陸に名を知らしめる程に成長した。 かつては他種族からの迫害対象となっていたガルム族がこれほどの繁栄を築き、他種族とも対等な関係を保つ今に至ったのは彼らの功績あってのもの。
「何でてめぇがこんなとこにいやがる?それも護衛も付けず、たった一人でだ!大体ヴィレスは今、王位継承戦の真っ最中じゃねぇのか!?」
「やはりお前も王位継承戦に参加するためにヴィレスに向かっていたところであったか……」
ヴィレスの王位にガレオスが就いて三十余年。
高齢を迎え、次なる世代へ希望を託さんとガレオス自ら参加者を募り、開いた次代王位継承戦。 何を隠そう、己もまたその大会に参加するためにコルキドの地を発ったというのに、なぜこの男が目の前にいる。
「ヴィレスでは今も間違いなく継承戦が行われている最中だ。その途中、白い虎のガルムが何やら騒動を起こしているとの知らせを聞いてな。大会は大臣達に任せ、様子を見に来たというだけの話だ」
「答えになってねぇぞ、じじぃ!それだけの話でてめぇが単身ヴィレスを飛び出すわけがねぇ!」
「ただの気まぐれだ。継承戦には多くの参加者が集まってくれはしたが、その中に儂が納得できるだけの者はいなかった。既に希望のない結果を待ち続けるより、帝国兵相手に大立ち回りを演じる者を直接見たくなったというだけの話だ」
「で?近衛兵も付けずに一人で来たってのか?」
「帝国の者達に儂がヴィレス王だと知れれば、村に揉め事を持ち込むことになり兼ねん。わざわざ臣下達を連れ歩いて目立つ危険を避けただけの話よ」
「…………」
もっともらしい理由を並べてはいるが、ただそれだけの理由でそんなことをするだろうか。
言っていることは嘘ではないようだが、まだ何か真意を隠しているような気がする。 だが、今はこれ以上ここで時間を良否している場合ではない。
「そうかよ……じゃあ、俺は行くぜ」
「先ほどの帝国兵を追うつもりか?」
「だったら何だ!?てめぇが邪魔しなけりゃアイツらを助けてやれたんだ……!」
「あの荷馬車に乗せられていたのは人間の奴隷のようだった。なぜ助ける?お前はヴィレスの王になる為にここまで来たのだろう?」
「うるせぇ!!俺は必ず王になってやる!どんなことしてもだ!!でもなぁ……アイツらの目は俺に助けてくれって言ってたんだ!無視できねぇだろ!!」
「王になることを諦めてもか?」
「王になるのは虐げられるヤツら皆を守ってやるためだ!そんな国を作るんだよ!!」
「その物言い。やはり白虎一族の者か……」
「そうだ!白虎一族族長ガルオンの長子ガルディス!親父に代わり一族の無念を晴らす!」
ガレオスがヴィレスの王となって数年のうち、ある一つの事件が村を騒がせた。
彼の盟友であり、兄貴分でもあったガルオンの率いる白虎一族が、王都の荷を強奪したのだ。 だが、それは当時ガルム族を良く思わなかった者達が仕掛けた策略で、ガレオスの失墜を狙ってのものだった。 当のガレオスは臣下の罪をただ罰するのみで、ガルオンを白虎一族ごと永久追放し、王都からの体面を守ったという。 ヴィレスを追放され、遠くコルキドの地まで追いやられた白虎一族のそれからというもの、慣れぬ気候、不足する食料、見知らぬ文化に日々悩まされ、辛い日々を過ごすこととなった。 今、ヴィレスに住む若者達は、その平和が築かれる過程の中で、自分達のように存在を奪われてきた者達がいることを知らない。 それを知っても尚、心から王を信頼ことができるだろうか……。
「小僧……お前、ガルオン殿の子だったのか……?」
「そうだ!なぜ親父達を助けなかった!?親父達がハメられたことはてめぇにもわかってたはずだ!」
「……それについて許しを乞うつもりはない。あれは、儂の弱さが招いた悲劇だ」
「そうだ!俺は私利私欲のために友を売ったてめぇとは違う!俺は真の王に相応しい器を示して、正しい国を作るだけだ!俺達のような存在を二度と生まないためにな!」
「ならば、やはり何を置いてもヴィレスに向かうべきではなかったのか?もう継承戦は始まっておる。今から向かったとしてもおぬしが王になる機会はすでに残されておらんぞ?」
「……あぁ、熱くなると目先の事しか見えなくなるのは俺の悪い癖だ。だから、せめてあのガキ共だけでも助けにいくのさ。王の事はまた考えりゃいい」
「不器用だな……引き留めはせぬが、今お前があの子らを助けても意味はないぞ」
「……何だと?」
「仮にあの子達を助けられたとして、その後はどうする?子供達だけではない。お前もまた帝国に楯突いたお尋ね者になり、ずっと追われ続ける人生だ」
「なら放っておいた方がアイツらも幸せだってのか!?」
「違いするな。儂は間違っておるとは言っておらん。ただ、やり方が何というか……直情的過ぎる」
「……さっきからくどくどと……わかりやすく話しやがれ!!」
「お前は正しいと思ったことをすれば良い。儂が知恵と力でそれを助けてやろう」
「馬鹿にしてんのか!?こっちはぶっ殺してやりてぇ程にてめぇを恨んでんだぜ!?そんな奴の手なんざ借りるわけねぇだろ!!」
「ならばお前があの子達を抱えながら一人逃げ続けるのか?本当にそんなことができると思うのか?小僧」
「……今回だけだ……それ以上、じじぃの道楽に付き合ってられるか……!!」
「それで良い」
こうして一時的に手を組み、帝国軍から奴隷を解放すべく動き出したガルディスとガレオス。
まずは先ほどの場所へと戻り、その足取りを追う。
「轍(わだち)は王都の方へ続いておるな……」
「じじぃ。俺はこの付近のことは知らねぇが、こういうことはよくあることなのか?」
「そうだな……全てを把握しておる訳ではないが、王都陥落以後、働き口として多くの奴隷が王都に連れてこられているという話は聞いたことがある」
「反吐が出るぜ……帝国のヤツら……!」
「物事とは見方によってその性質を変えるものだ」
「あぁん?」
「奴隷制度自体は帝国が王都を占領する前から存在していた。金銭を対価に働き口を得る。奴隷もまた飢えを凌ぐことができ、雇い主によってはそれまでよりも良い暮らしができるようになるだろう」
「人間が人間を飼うのが正しいってか?」
「その様な実例も少なからずあるということだ。もっとも、帝国のやり方については良い噂を聞かぬがな」
「まぁいい。今回、頭を使うのはてめぇの役目だ。ひとまず荷馬車を追うぜ?」
「良かろう。どちらにせよ王都に入られてしまっては手が出せなくなる」
再び馬を走らせること約一刻。
間も無く王都が見えてこようというところで、目標の荷馬車の背を捕らえた。
「止まるな!このまま突っ込むぜ!!」
「無鉄砲なのも良いが、策はあるのだろうな?」
「無論!蹴散らすまで!!」
「やれやれ……」
さらに速度を上げ、追い込みをかける一行。
荷馬車を警護する帝国兵が、後方から響いてくるその馬の足音に気が付いた。
「ん?あれは……さっきのガルムだ!!戻ってきやがった!!」
「馬車を急がせろ!他はヤツらの足止めだ!」
「ありがてぇ……わざわざ隊を二つに分けやがった。おいじじぃ!てめぇが前だ!!」
「待て、小僧!わざわざ一人で十人を相手にするつもりか?」
「どのみち後ろを引き付けねぇとだろうが!」
「儂が手本を見せてやる……おぬしは子供たちを助け出せ!」
「おい!てめぇ!勝手に――」
手綱を手放し、武器を構える兵士達の前へ飛び降りたガレオス。
自分も続こうと鐙(あぶみ)を踏む足に力を込めたが、ここで馬を止めては荷馬車に逃げられてしまう。
「ちっ……!勝手に犬死すんじゃねぇぞ!」
「あっ!?ま、待て!!その馬を止めろ!!」
「行かせぬよ!馬を追いたければ儂を超えていくことだ!」
「くそ……さっさとコイツを片付けろ!!」
そんなガレオスを尻目に、荷馬車を猛追するガルディス。
荷台からひょっこり頭を出した子供達が、こちらを心配そうな目で見つめる。
「ガキ共ぉ!頭を下げてろぉ!!」
咆哮のような声を聴き、慌てて頭を抱えてうずくまる子供達。
その様子を確認したガルディスは、携えた槍を逆手に構え、荷馬車に向けて投げつけた。
「な、なんだと!?」
槍は見事に荷台の車輪に命中し、バランスを崩した荷馬車はそのまま地を滑りながら横転する。
操手は慌てて立ち上がって剣に手をかけたが、ガルディスがその前に喉元に槍を突き付け、戦意を奪い去る。
「手錠の鍵を出しな……見ての通り、俺は我慢強くねぇぜ?」
「わ……わかった……!これだ!!」
「よし……てめぇは用済みだ」
「ひ……!?」
ガルディスが槍に力を入れた瞬間、雄叫びのようなガレオスの声が飛んでくる。
「止めぬか!!」
「あぁ!?」
兵士を相手取りながら、様子を伺っていたガレオス。
「目的を見失うな!早く子供達を連れていけ!!」
「荷馬車はもう使えねぇ!全員は馬には乗れねぇぞ!?」
「考えなしに行動するからだ!儂を置いて早く行け!!」
「全員やっちまえばいいだけだろうが!!」
「愚か者が!勝つことが目的ではない!!余計な危険を生むだけだと分からぬのか!!」
「……偉そうに!」
「おじちゃん……?」
荷馬車から這い出て、ガルディスに近づいてきた子供達が心配そうに声をあげる。
「ぐ……くそっ!!」
頭を切り替えたガルディスは、鍵で子供達の手錠を外し、肩に一人、脇に抱えるようにして一人、膝で挟むようにして一人、計三人の子供を馬へ乗せると、そのまま元来た道を引き返すように馬を走らせた。
「戻っては来るな!さっきの場所で落ち合うぞ!」
「あぁ!心配なんてしてねぇよ!!」
再びガルディスの背を守るように立ちはだかるガレオス。
帝国兵たちはその間、一人として倒れることこそしていなかったが、完全にガレオスに抑え込まれ、身動き一つ取れない状態のまま馬を見送ることしかできなかった。
「虎のおじちゃん……ライオンのおじちゃん大丈夫だよね?」
「口を閉じてねぇと舌噛むぜ?アイツなら心配ねぇよ。すぐに会えるさ」
陽は完全に沈み、子供達が寝静まる時間になってもガレオスが戻ってくることはなかった。
焚火に薪をくべながらガルディスは考える。 明日の朝まで待っても彼が戻らない時はここを離れよう。
「ん……むにゃ…………」
自分のマントを布団代わりにして、すやすやと静かな寝息を立てて眠る子供達。
もしも、あの時自分が戦うことに固執していたら、この寝顔を見ることはできなかったかもしれない。 もしも、自分が荷馬車を破壊せず、もっとうまい方法で子供達を助け出せていたなら、今頃全員揃ってヴィレスに向かっていたのかもしれない。
「クソじじぃが……」
「酷い言われようだな……」
「じじぃ!?」
突然の背後からガレオスの声が聞こえ、身構えるように振り返る。
「大きな声を出すでない。子供達が目を覚ましてしまう」
「てめぇ……無事だったのか……」
「行方を掴めぬよう陽が落ちるまで奴らを撹乱した後ここに向かったので遅くなってしまった。正直、もうここにはいないのではないかとも思ったぞ?」
「けっ……借りを作ったまま放っておけるわけねぇだろ」
「やはり、お前は優しいな……」
「あぁ!?なんでそうなる――」
ガレオスは自分の口の前に人差し指を立て、ガルディスの言葉を制する。
「ぐ……ぬぅ……!」
「良いか、小僧。目的のためには常に何が最善で、どうすれば最も高い可能性を得られるかを考えて動かねばならん。それは自分を信じてくれる者達に対する義務だ」
「さっきのことを言ってんだろ?けっ!それぐらい自分で理解してんだよ……」
「そしてそれは、信じてくれるものが増えれば増えるほどに難しくなるものだ。責任と重圧はどんどん重くなり、自分という個が許される隙は失われていく……」
「また、王たるものはなんちゃらってお説教か?俺はてめぇみたいにはならねぇよ」
「そうだな……儂もあの時、自分を貫くことのできる強い意志があればと……そう思うことが何度もある。選択に悩み、疲れ、挫折しそうになることもな……」
「今度は愚痴かよ……ヴィレスの王ともあろう男が情けねぇ……」
「儂とて冠を外せばただの一人のガルム。なにより、今の儂は王としてここにおるわけでもないしな」
「だったら何だよ?」
「おぬしより長い人生を歩んできただけの老いぼれだ。だが、先人の言葉は聞いておいても損はないぞ?」
「けっ……いいからさっさと寝やがれってんだ」
「ふふ……まぁ、今日はこの辺にしておいてやるか。さて、明日はどこへ向かう?」
「……ヴィレスだ」
「それは構わぬが――」
「親ならいねぇってよ。寝る前に聞いた。こいつら、孤児ってやつみてぇだ」
「……そうか。なら、親元の心配は無用というわけだ」
「……いいのかよ?」
「何がだ?」
「ヴィレスに厄介事を持ち込むことになるかもしれねぇんだぞ?」
「ふ……ははっ!まさかおぬしに心配されるとはな。安心しろ。もしもの時のことは考えておる」
「ふんっ……てめぇが変にしょんぼりしなきゃそんな心配しねぇんだよ……」
――翌朝
「おい。そろそろ起きろよガキ共!」
「ん……おはよ……」
「ねぇねぇ、虎のおじちゃん」
「あん?」
「ライオンのおじちゃんがまだ寝てる」
人間にはガルディスとガレオスが同じくらいの歳に見えるのだろうか。
軽く三回りは離れているというのに、子どもというのは残酷なものだ。
舌打ちをしてから、ガレオスを叩き起こす。
「何でてめぇがまだ寝てやがんだよ!!」
「ぬ!?お、おぉ……すまんな。昔から朝が弱いのだけは治らんのだ……」
「けっ……城でぬくぬく暮らしてっから体が鈍るんだろうが」
予定通りヴィレスへと足を向ける一行。
馬が足りないため、徒歩での移動となったが、後ろから追いかけてくる者もいないようでひとまずは問題なさそうだ。 これもガレオスが単身敵を撹乱してくれたおかげか。 あの時、自分がガレオスの立場なら、ある程度兵士の相手をした後、真っ直ぐ森を目指したはずだ。 そうなれば恐らく今頃は追っ手がかかっていたことだろう。
「ちっ……」
「ん?どうした小僧?」
「なんでもねぇよ、じじぃ!」
「ねぇねぇ、虎のおじちゃん?」
「なんだ?」
「今から行くとこには、おじちゃんみたいな人たちがいっぱいいるの?」
「らしいな。俺も行ったことはねぇから知らねぇんだ。この爺さんに聞いてみな」
「ねぇ、ライオンのおじちゃん?」
「そうだな……狼、ゴリラ、熊、キツツキ、犬、猫、白鳥、鼠、狐、ヤマアラシ、蝙蝠……」
「わぁ!すごぉい!!」
「あまり多くはないが、人間も住んでおるぞ」
「わたし、猫さんの人に会ってみたい!」
「そうだな……儂が良い猫の娘を紹介してやろう。間違っても自分から探しに行ったりするでないぞ?危ないからな」
「んん?」
「おい。そろそろ見えて――あん!?」
「む!?」
ヴィレスが視界に入った辺りで、子供達を抱えて傍の茂みへと飛び込む二人。
「おい、じじぃ……!」
「うむ……どこかに潜んでおるな……」
辺りに微かに漂う不穏な気配。
まだ距離があるためか、位置までは正確に掴むことができない。 恐らくヴィレスの出入り口を監視しているのだろう。
「まぁ、普通に考えりゃ帝国の奴らだろうな。てめぇの正体がバレたんじゃねえのか?」
「いや、それはなかろう。儂は帝国軍の者と外交の場で直接会ったことはないからな」
「風貌だけ知ってりゃなんとなくわかるだろうがよ!」
「それは否定できんが、ライオンのガルムというだけでは奴らも動きはせんだろう。その証拠に、今もヴィレスに入る者を確認しておるだけに過ぎん。証拠を掴もうとしておるのだな」
「ただの奴隷のガキ三人にそこまですんのか?」
「奴らは今や大陸中から反感を買っておる。少しでも弱みを見せれば、反乱の火種にも成り兼ねんからな」
「アイツらも必死って事か……仕方ねぇ……」
「何をする気だ?」
「俺が奴らの目を引く。その隙にガキ共を連れて村へ入れ」
「……おぬしが犠牲になって我らを救おうというのか?」
「ヴィレスの奴らじゃねぇ。ガキ共のためだ。それに、てめぇには借りがあるからな……」
「ならぬ!!」
「ひっ……!」
急に吠えるように大声を上げたガレオス。
驚いた子供達も委縮してしまっている。
「何熱くなってやがる?奴らに気付かれるだろうが」
「……す、すまぬ。とにかくだ、そんな真似は許さぬ」
「だったらどうするってんだよ!?」
「夜まで待ち、闇夜に紛れれば……」
「このままここから動かずにか?下手すりゃ奴らに見つかっちまうぞ!水や食料だってねぇんだ!」
「ならば、儂が囮になろう」
「ふざけんな!てめぇがいなくなったら村でのガキ共の暮らしを誰が保証すんだよ!」
「儂の名前を出せば――」
「余所者の俺らが王の名前を出したとこで信用されるかよ」
「む、むぅ……」
一体何だというのだ。
ガルディスが囮になることを名乗り出た途端、明らかにガレオスの様子が変わった。 いつもの冷静さや思慮深さは見る影も無い。
「いいか?ガキ共にとってこれが一番の選択なんだ。『目的のためには常に何が最善で、どうすれば最も高い可能性を得られるかを考えて動く。それは自分を信じてくれる者達に対する義務』これはてめぇの言葉だぜ」
「……儂は……また」
「ガキ共は明るい未来を信じてんだ。てめぇにはそれを叶える義務があるんだろう?」
「……また繰り返すのか?」
「じゃあな、ガキ共!達者で暮らしやがれ!!」
「おじちゃん……」
そう言葉を残し、茂みを単身飛び出したガルディス。
わざと帝国軍の目を引くように、吠えながら街道を駆け抜ける。
「うぉおおおおおおおおおお!!」
「いたぞ!白い虎のガルムだ!!」
「ライオンとガキ達はどうした!?」
「とにかく追うぞ!!」
「へっ!単純で助かるぜ!」
ガルディスの姿を見た途端、それを追いかけるように姿を現した五人の帝国兵士。
「五人だぁ?気配ではもっと多かったはずだ……まだその辺に隠れてやがんのか……くそっ!!」
どうする。
考えれば気付きそうなものだが、この展開は考えていなかった。 このまま敵を倒して、全ての兵士を炙り出すか。 ダメだ。 今の目的は囮に徹する事。 しかし、どうすれば……
「うぉおおおおおおおお!!」
「ラ、ライオンのガルムが出たぞ!!」
「なんだとぉ!?」
ガルディスとは反対側へ走るようにして姿を晒したガレオス。
慌てた様子で新たに三人の兵士が姿を現した。
「追え!逃がすな!!」
周囲の気配を探る。
どうやら他に伏兵はいないようだ。
「何考えてんだクソじじぃ!!」
「ふっはははは!儂にもおぬしの無鉄砲さがうつったようだ!!」
そのまま大きく円を描くようにして合流した二人。
「ガキ共は!?」
「儂らが去った後、村へ逃げ込むように言い含めた。儂の鬣(たてがみ)とマントの切れ端を持たせてある。それを臣下の者に渡せとな!」
「そんなんで大丈夫なのかよ!?もし信用されなかったら――」
「大丈夫だ!村にもおぬしのような無鉄砲な二人組がおる。あやつらなら儂の意図を察してくれるだろう!」
「何の保証もねぇだろ!」
「なんだ、小僧?おぬしらしくもない」
「俺にもてめぇの堅物さがうつったんだよ!!」
「ふははは!それは良いぞ!!」
暫らく走り続け、ヴィレスから監視の目が完全に外れたことを確信すると、その場で足を止め、帝国兵と向かい合うように武器を構える二人。
「さて、これからのことだが……」
「とりあえずこいつらをぶっ飛ばせばいいんだろうが!!」
「うむ。安心せよ。最後の策は考えておると言ったはずだ」
「今となっちゃそれも信用できねぇ話だ!」
「はぁ……はぁ……貴様ら!もう逃がしはせんぞ!!」
「ガキはどうした!?」
「ガキだぁ?何の事かわかんねぇな」
「まったくだ。誰かと間違えているのではないか?」
「ふざけやがってぇ!コイツらを捕らえろ!!」
――数刻後
ヴィレスから再び数里離れた街道。
そこに、ゆっくりと歩く二人の後姿があった。
「で、どうするって?」
「おぬし、革命軍とやらの話を聞いたことはあるか?何やら帝国軍と戦うために同志を集い、反撃の隙を伺っている組織との話だ」
「ほぅ……そんな物好きな連中がいるのか」
「恐らく、今回のような子供達はまだ他にもいることだろう。ここまできて、そんな彼らを放っておくわけにもいかんであろう?」
「おいおい……全員助け出そうってのかよ……で、どこにいるんだよ?その革命軍とやらは」
「知らぬ」
「あぁ!?」
「儂も噂程度の話しか聞いておらんでな」
「おい、じじぃ!とうとうボケちまったんじゃねぇだろうな!?」
「はは……儂の跡を継ぐ者がしっかりと成長するまでは、そういうわけにはいかぬな」
「はんっ!どこの馬の骨とも知らねぇやつに奪われてたまるかよ。次の王は俺がなるって決めてんだよ!!」
「ほう……なら、精進せねばならんな」
「そういや、じじぃ。継承戦はどうなってんだよ?」
「いかん。大臣達に任せきりであった……」
「てめぇ……ホントにもうボケてんじゃねぇか!?」
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| + | 魔蝶と共に舞いし者アリル |
思えばなんと不憫な出生であったことだろうか。
祝福されるはずだった新たなる命。 それは、対となって生まれ落ちるという数奇な運命を背負ったことにより、望まれざるものへと変容することとなる。
風車の街『エムル』は、その日も恵み溢れる温かな風の恩恵を噛み締めていた。
街のいたるところに設置された風車は、喜びを表すように力強く回り、住人達の暮らしを支える。 その風の出処は、街の外れに位置する『魔蝶の森』。 この森に住まうとされ、エムルのシンボルとなっている魔蝶。 魔蝶が大陸中へ送り出すこの風は、万物にその恵みを与えるとされる。 しかし、森に近づくにつれ、風の中に異物が紛れ込んでいることに気付く。 いつも静かな風の音を奏でている森から聞こえてくるのは、小さな二つの産声の他、困窮した様子の声だった。
「ま、まさか……双子とは……!」
「いかがいたしましょう……?」
小さな体を見下ろす面々は、困惑、悲哀、憎悪と、様々な表情を浮かべているが、そのどれもが決して明るいものではなかった。
彼らは、遥か昔より守護の役目を授かりしエルフ。
エムルの民達が守り神と崇める『魔蝶』が住まう森を守護し、平和と秩序を保つために遣わされた一族。 一族の者は皆『護り手』とされ、その中に魔蝶の『守護者』と呼ばれる存在があった。 守護者は代々、己の実子へとその役目を託す、一子相伝の慣わしにより引き継がれてきたもの。 しかし、現守護者である母体から生まれた次代の担い手は、その歴史上、未だ例のない双子であった。 守護者候補が二人になる珍事に、一族の老君達は頭を悩ませる。
そして、それから十数年の月日は流れ、守護者となるべくして生まれた双子の姉妹にとって、最大の試練が間も無く訪れようとしていた……
「なんということか!未だに、眷属達との意思疎通すらも叶わぬとは……!!」
「申し訳ありません……ドロウス様……」
「…………」
護り手の一族の中で、最も高齢であり、守護者に次ぐ発言力と影響力を持つドロウス。
新たな守護者となるはずの双子の教育にあたる彼は、毎日のように二人に辛辣な言葉を浴びせていた。
「立派に守護者の務めも果たせず、貴様らを生んだ母に申し訳ないとは思わぬのか!?」
「いずれ……いずれ、必ずや守護者の御力を賜れるよう邁進して参ります!」
守護者は、他の護り手とは異なる特別な力を有する。
それは、同じく魔蝶の眷属である蝶達と意思を通わせ、力を借りることにより、強大な力を行使することができるというもの。 通例ならば、先代の力を受け継いで生まれる子は、自意識が芽生えると同時にある程度の素質が見て取れるものだが、齢十四となる双子の姉妹は、依然としてその素質を見出すことができずにいる。
「やはり双子などという悲運な生まれでは、御力を授かることはできなかったということか……!」
「そのようなことは……必ず!必ずや――」
「黙れぃ!もうよいわ!一体、これまでに何度この問答をしてきたことか!!さっさと出て行けぃ!!」
「はい……失礼します」
「失礼します……」
項垂れながら、ドロウスの部屋を後にする姉妹。
今日もまた叱り飛ばされ、自室へとトボトボと帰っていく。
「アリル……」
「大丈夫よ、ルリア!!私がなんとかしてみせるからっ!!」
姉のアリル。
少々自由奔放すぎるところがあるも、活発で明るく、社交性に優れた少女。 その人柄の良さは折り紙付きで、一族の子供達によく慕われ、中には「お姉ちゃん」と呼ぶ子すらもいるほどだ。
「ドロウス様ってば、もう少し大目にみてくれてもいいのねー!」
「あの方は……一番、一族の誇りを重んじてる人だから……」
妹のルリア。
姉と比べ、物静かで内気ながらも、虫や植物をも友人同様に想いやる優しさを持つ。 また、文武両者において、その資質は歴代守護者の中でも一二を争うと目されるほどの天才でもある。
「それはすっごく伝わってくるけどねー……でも、さすがにこう毎日毎日だと疲れちゃうよ」
「それに関しては……同意……」
一見したところよくできた娘達に思えるが、やはりその立場において、最も必要なモノは守護者たる資質に他ならない。
技術ではなく、血の結びつきがもたらす異能ともいえるそれは、努力だけで開花させられるほど生易しいものではなかった。 むしろ、努力の必要なくとも自然と芽吹いていくはずの力。 だが、二人にその兆候は全く見られず、そんな姉妹に対する周囲からの扱いは、当然良いものであるはずもない。 上辺では優しく接しているように見えても、軽蔑の目、陰口、そんな蔑みを常に浴び続ける日々。 ドロウスのように、直接言葉にしてもらった方が幾分マシとさえ感じられる。 遊び友達であった同世代の子達は、親に叱られると徐々に双子の姉妹から離れていき、遂には両親さえも心労から体を壊す始末。 もはや、二人にとって心安らぐ場など、集落の中には存在しないとさえ言えた。
「アリル……大丈夫……?」
「うん!ルリアは心配しなくてもいいの!!」
「いつもゴメン……私のせいで……」
「だから気にしなくていいんだってば!同じ使命を背負った、たった一人の妹だもん!絶対に守ってあげるから!」
「うん……ありがとう……」
自室の隅に並んで座り、肩を抱き合いながら目を閉じる。
励まし合う言葉と、お互いの体温が心にしみる。 いつからか、こうして耐えることを覚え、唯一の心の支えとなりつつあった。
しかし、この時すでに、アリルの精神的な負担は限界を超えようというところまで進行していた……
「やはりダメか……このまま守護者の名が貴様らの代で潰えでもしてみよ!?ご先祖様方へなんと報告すればよいのじゃ!?」
今日も繰り返されるドロウスからの叱責。
最近、ますますその怒声が激しくなっているような気がする。
「貴様らも間もなく十五を迎えるが……これは人間が成人と認められる年齢だ!にもかかわらず、貴様らときたら!これっぽっちも成長せん、赤子以下じゃ!!」
「お待ちください!他種族のことは私達には――」
「黙れいっ!誇りある守護者がこの有様……。エムルの民の目にどう映ることか……くぅううう!!」
姉アリルに比べ、気弱なルリア。
そんな妹を姉として守ろうと、率先して矢面に立ってきたアリルは、守護者候補という同じ立場にありながら、妹に比べてより大きく苦しい負担を背負ってきた。
「ですから――」
(なにそれ……体裁がそんなに大事なの……?)
「一族の恥さらしめが!わしらの顔にまで泥を塗りよって!!」
「そんな……私達は……」
(私達だって……好きで守護者の娘に生まれたわけじゃ……)
「えぇい!ルリア!!貴様は話を聞いているのか!!」
「は、はい!ごめんなさい……」
「……ルリア」
(ダメだ……妹は、私が守らないと……)
「アリル……?」
「……あの……その…………」
(助けないと……私が……)
「ド、ドロウス様。もう……今日のところは……どうか……」
「なにを――ぬ!?ぬぅ…………」
ルリアの怯えた目にたっぷりと浮かんだ涙。
それを見て、さすがに気が引けたのか、ドロウスは姉妹に部屋を下がるよう言い渡した。
「アリル……大丈夫……?」
「うん……平気だよ……」
「アリル……」
自室に戻ると、何を言われるまでも無く、部屋の隅へとチョコンと座るルリア。
そして、ポツリと一言。
「もう……私に構わないでいいから……」
「え?」
(……どういう意味?)
「もう……守ってくれなくていいから……」
「それって……どういう……」
(諦めたってこと?守護者のことも、母さんたちの期待も……?)
「…………」
部屋の入口で、立ち尽くすアリル。
ルリアは姉の姿を見ようとはせず、膝を抱えたまま俯いている。
「なんでよ!?ルリア!」
(ダメ……!)
「え、私……」
「またそうやって!私だって苦しいのに!!私だって!!!!」
(言っちゃダメだ……!)
「ご、ごめん……もう……大丈夫だから……」
「こんなに苦しいなら守護者なんてもうどうでもいい!私も何にも考えずにいられたらどんなに楽か!!」
(あぁ……止められない……!)
「うん……」
「双子なんかに生まれたくなかったよ!ルリアのバカぁ!もう知らないから!!」
思ったとしても、決して口にはしてこなかった言葉。
積み上げられてきた重圧に押しつぶされ、とうとうあげられた悲鳴。
「…………」
「え!?」
静まり返った部屋で我に返ったアリルの目には、予想だにしていなかった妹の笑顔。
きっと泣くだろうと思っていた。 しかし、予想に反した優しい笑顔。 まるで、何かを見透かされたような、そんな気がした。
「私……ご、ごめん……!!」
居た堪れなくなった彼女は、その場を逃げ出した。
一人、部屋を飛び出し、行く当てのない散歩にふけるアリル。
夜空に浮かぶ星を眺めながら、森を流れる風を感じる。
「どうしよう……」
風の涼やかさが、熱くなった彼女の頭を冷やしていく。
とてつもなく重い運命を背負いながら生きてきた二人。
自分と同じ境遇のたった一人の姉妹。 唯一の心の拠り所。 勝手に余裕がなくなって……勝手に怒鳴って……
「いいわけない!ルリア……!!」
謝罪の言葉など後で考えればいい。
今はとにかく、妹のいる部屋へと走る。
「ルリア!?その……ゴメン!っ……!?」
部屋を出てからそう時間は経っていないはず。
しかし、ルリアがいたはずの場所にその姿はない。 こんな夜更けに用事があるわけもない。
「ルリア!?」
再び部屋を飛び出したアリル。
今まで唯一の味方だと思っていたはずの私が、裏切るような事を言ったのだ。
悪い想像が頭の中を駆け巡る。
「ルリア!?どこなの!?!?」
心当たりのある場所を片っ端から探して回るが、妹の姿は無い。
「まさか……森の中へ……?」
ただでさえ木々が生い茂る森の中。
夜という闇が視界を奪えば、たった一人の人間を見つけ出すことは極めて難しいだろう。
――もしかして、二度と会えない……
想像は更に悪い方向にエスカレートし、ルリアの思考は絶望の淵へと追いやられていく。
「お願い……帰ってきて……ルリア…………!」
その時だった。
「……え?」
何かが聞こえる。
小さすぎて全てを聞き取ることはできなかったが、確かに声が。
――コッチダヨ
「……森の方から?」
魔蝶の森の中から囁くように、微かに聞こえてくる声。
「ルリア?ルリアなの!?」
声の元へと駆け寄るようにして、森の奥へと踏み入っていく。
――アリル、コッチ、コッチ
「も、もしかして……!」
森の奥に広がっていたのは輝く蝶達。
魔蝶の眷属である彼らの真の姿を初めて目にした彼女。 先代の守護者である母から聞いた話では、力を持つ者には、眷属である蝶の姿が輝いて見え、意思と言葉を交わすことができるという。
「私……守護者の力が……」
無能の烙印を押されていたはずの自分の目に映る現実。
守護者の力の発現は、技術的なものではなく、遺伝による資質でのみ開花するという。 ということは、やはり自分には守護者たる資格が備わっているということ。 しかし、なぜ今になって力が目覚めたのだろうか。
――アリル、コッチダヨ
点々と浮かぶ蝶の輝きは、道標のように森の奥へと続いている。
「そっちにルリアがいるのね!?」
考えている暇など無い。
今はただ愛する妹を見つけることだけに集中しなければ。
――コッチ、コッチ、コッチ
導かれながら、森のさらに奥へと突き進むことおおよそ半刻。
とある巨木の根元に、数匹の眷属が集まっているのが見えた。
「ルリア!?いるの!?!?」
「え……?アリル!?」
声に反応し、根元の影から妹ルリアが姿を現す。
「ルリアーーーー!!」
駆けた足を止めず、そのまま妹へと飛び付くアリル。
力いっぱいその体を抱きしめ、最悪の事態を回避できたことを喜ぶ。
「なんで……ここが……?」
「そう!聞いてよ、ルリア!実は――」
そこまで口にして、ふと気が付く。
今まで見えていた蝶の輝きが消えている。 まだ守護者としての力がうまく扱えてないということだろう。 しかし、守護者の資質が自分にあることはわかったが、妹はまだ力に目覚めていない。 もし、もしも自分だけが力に目覚めたと一族の者達が知れば、自分は『守護者』と認められるだろう。 だが、そうなった時、ルリアは一体どうなるのだろうか……
「もうここしかないと思って、とにかく森の中をずっと駆け回ってたの。そしたら、ここに蝶が集まってるのが見えたから、もしかしたらと思って!」
今はまだダメ。
事実はまだ秘密にしなければ。
「会えて良かったよぉ……ルリア……ゴメンね!あんなこと言ってゴメンねぇ……!」
「私も勝手なことして……ゴメン……もう……逃げないから……」
「うん……!これからも一緒に頑張ろう!私も頑張るから!」
「うん……もう……アリルだけに無理させないから……」
「見つけられて本当に良かった……!もう二度と会えないかと思ったよぉ……」
「本当にごめん……もう絶対にこんなことしないから……」
「約束だからね!こんなとこで一体何してたのよ!これからどうするつもりだったの!?」
「あ……えっと……か、考えてなかった……」
「もう!本当に馬鹿なんだから!私より勉強はできる癖に!」
「それは、考えなしに森を走り回るアリルも同類……」
「う……ま、まあね!あはははは!」
「ふふ……」
「そうだ!ルリア!!私と一緒に修行しない!?」
「修行……?」
「うん!今まではさ、お母さんやドロウス様の言いつけで、いろんな訓練はしてたけど、やっぱり守護者の力に目覚めなかった。だから、今度は自分達でいろいろ考えながら修行してみない?」
「……うん。それ……すごく良い……」
思ったよりすんなりと受け入れてくれた。
守護者の力が発現したのはまだ自分だけだとしても、双子のルリアなら、同じように資質をもっているはず。 それを絶対に目覚めさせて、二人で一緒に守護者になる。 確信なんてあるはずもない。 それでも、初めて掴んだ希望を決して無駄にはしたくない。
「明日から早速始めるからね!」
「わかった……頑張ろ、アリル」
その翌日から開始された、守護者となるための修行。
「アリル……起きてる?」
「もちろん……行こっか……」
一族の者の目に触れると、また無駄な事をと蔑まれるかもしれない。
そのため、修行は皆が寝静まった夜更けに行われた。 二人揃って、守護者たる資格を示せるようになってから皆には打ち明けるという約束。 今日も二人は森の中に作った修行場へと忍んで向かう。
しかし、この修業は難航する。
一度、魔蝶の眷属とのリンクを経験したアリルだが、再び力を行使することはできず、ルリアにもその気配は感じられない。 あの時のことは、偶発的に起こった奇跡のようなものだったのだろうか。
「ルリア。そろそろ行くよ!」
「うん……今日も頑張ろう……!」
二人は小さな手掛かりさえ掴めなかったが、それでも懸命に修行に明け暮れた。
修行を開始して一週間が経とうとしていた頃。
姉妹が抜け出した後の集落で、事態が動こうとしていた。
「ドロウス様。二人は今日も森の中へと向かいました」
「うむ……調べはついておるのか?」
「はい。やはりドロウス様の睨んだ通り、守護者としての力を発現させるべく、何やら修練を積んでいる模様です」
「そうか……」
「これで結果が出れば良いのですが……」
「んん?あぁ……そうじゃな…………」
二人の動向を知ったドロウス。
その時、彼は姉妹に憤ることなく、眉をしかめたまま夜空を眺めていた。
――翌日
前夜にそんなことがあったことは露程も知らぬ二人。
日没、ドロウスからの指導が終わり、今日も修行に備えて、早めに床に就こうとしていた姉妹の元に、一人の男が訪ねてきた。
「アリル。ドロウス様が、お部屋まで来るようにとのことだ」
「え?私一人ですか?」
「ああ。急げよ……」
めんどくさいと言わんばかりの表情で、用件だけ伝えた男は、足早に姉妹の部屋を後にする。
「アリル……」
「何の話かわからないけど、たぶん大丈夫よ!もし遅くなっちゃったら、先に行ってて!」
「うん……わかった……」
心配そうな表情を浮かべるルリアを落ち着かせ、ドロウスの部屋まで向かうアリル。
心当たりといえば、やはり修行の件だろうか。 どこで感付かれたのかはわからないが、それ自体は悪い事ではないはずだ。 彼女は、何を言われても堂々と話を聞こうと意気込んだ後、部屋のドアをノックした。
「アリルです。遣いの者から、お呼びとの知らせを受けて参りました」
「うむ。入れ……」
「はい。失礼します」
少し緊張しながら、静かに入口の扉を開くと、立派な椅子に座ったまま窓の外を眺めるドロウスの姿があった。
「すまんな。こんな時間に呼びつけてしまって……」
「いえ。お気になさらずに……」
毎日、自分達を叱りつけてきた相手とは思えぬ優しさの感じられる声。
そういえば、今日はいつもと違い、指導中も怒りを露わにすることがなかったような……
「お前たち……近頃、森の奥で隠れて修行の真似事をしておるようじゃな……」
「……はい!」
予想した通り、やはり修行の件。
しかし、ルリアは強い意志で堂々とそれを肯定する。
「む?慌てふためくかと思っておったが、なかなかどうして……良い顔になったではないか」
「…………」
ここで初めて、背にしていたままのドロウスが顔をこちらに向けた。
その顔は、いつになく穏やかだ。 守護者となる為に、人目を盗んでまで鍛錬に励んでいる姿勢を認めているのだろうか。
「まあよい。無駄な詮索はせぬ。本題から話すとしようか……」
「……本題、ですか?」
修行の件が本題でないとすると、それ以上の何かがあるということ。
必死に思考を巡らせるが、見当も付かない。
「お前たちの『守護者』としての力を確実に覚醒させられる方法がある……」
「え!?」
思いもしていなかった言葉に、装っていた無表情は崩れ去る。
「これは本来、守護者がその力を高めるために用いられる手段なのじゃが……恐らく、力に目覚めていない者でも、守護者の血を引いた者であれば、力を強制的に呼び覚ますことも可能じゃろう……」
「そんな方法、聞いたことも……」
「秘法とされるものじゃ。これを知る者は、一族の中でもわしを含めて、数人しかおらぬ。それに、実際に言い伝えは聞いているが、試した事もない……」
「…………」
ただ聞き入っていた。
その秘法とは、魔蝶の力を最大まで吸収した、ある木の実を口にすること。
魔蝶の力が最も高まる『真紫月(しんしづき)』の夜、その鱗粉を乗せた風は、ありとあらゆる生命に奇跡の恵みをもたらす。 とある木の実には、眠った守護者の力を強く引き出す恩恵が宿るという。 確かにそれが事実なら、妹の守護者の力を呼び覚ますことができるかもしれない。
「熟した実のみが授かる恩恵じゃ。木の寿命や、実の熟成時期も考えれば、数十年に一度の好機ともいえるじゃろう」
「真紫月……そういえば……今夜は……!」
「そう。今夜は、その好機となる晩。今宵、条件を満たしそうな実を発見したとの報告を受けておる」
思わぬところから転がってきた幸運。
しかし、一つの疑問が残る。
「なぜ……私にその話を?ルリアを同席させなかったことと関係があるのでしょうか?」
「……うむ。実はな……この方法が使えるのは、一度の機会につき一人と限られておるのだ」
「な、なぜです!?」
「条件を満たした木の実は一つしか実らぬからじゃ……。当然、奇跡のような偶然が重なれば、二つ、三つと叶う機会はあるかもしれぬが……今回、発見できた実は一つだけじゃからの」
「それで……その一人に私をご指名してくださると?」
「ふっふっふ……信用できぬか?これまでの仕打ちを考えれば当然の事じゃろう」
「い、いえ……そのようなことは……」
「じゃがな!わしとて一族の者としての誇りがある!護り手の一人として、立派な守護者を排出することは何よりも大切な使命じゃ!故に、これまでのお前たちに対することを謝罪はせぬ!!」
「仰る通りです……」
これに関してはぐうの音も出なかった。
自分たち姉妹が、守護者としての使命を果たすために修行しているのと同様に、この人にもまた違う使命がある。 厳しく指導され続けたことについて、内心では憤りを覚えることもあったが、怒りこそあれ、恨みはしなかった。
「それにのぉ……いつの間にか、わしもここでは最も老いぼれの身となってしまった……次の世代を繋ぐ守護者の姿を、しかとこの目に焼き付けてから逝きたい……」
「そのようなこと……!」
「これはわしにとっては、いや、お前にとっても酷な選択じゃ。実を口にし、守護者となった片割れは良し。なれなかった片割れは、一生日の目を見ない人生を送る事となるやもしれぬ。それでも……それでもこの秘法を伝えたわしの気持ちを……どうか汲んではもらえぬだろうか……!」
「ドロウス様……」
「辞退するも自由じゃ。なれば、ルリアにも同じ話をしよう。じゃが、まず姉のお前にだけ話したのは、二人揃ってこれを聞かせることがあまりにも残酷である事。そして、自分の身を盾とし、妹を庇い続けたお前の労に対する温情じゃと思えば良い」
「……もう少し、詳しくお話をお聞かせくださいますか?」
「よかろう……」
結果、アリルはドロウスの話を信じ、実を手に入れることを決心した。
話を聞き終えて自室へと戻ると、気配を感じたのか、ルリアが目を覚ました。
「おかえりなさい……何のお話だった……?」
「ただいま。うん……実は、最近修行してることがバレちゃってたみたいなの」
「また……怒られた……?」
「ううん。むしろ褒めてくれたよ!そのうちホントに守護者の力が目覚めるかもって!でも、夜中に森の奥まで行くのは危ないからって注意されちゃった。しばらく修行はやめておいた方がいいかも」
「そっか……じゃあ今日の修行は無し……?」
「そうだね。明日、また新しい修行方法を考えよ!」
「うん……わかった」
「じゃあ、今日のところは寝ようか。久しぶりにゆっくり寝られるね!」
「いつもぎりぎりまでお寝坊してるくせに……」
「あはは!じゃあ、おやすみ!」
「おやすみなさい……」
――数時間後
二人が眠りについたはずの部屋から、ゆっくりと抜け出す一つの人影。
影が部屋を出た途端、真紫月の薄気味悪い紫色の明かりがその正体を照らし出す。
「……ゴメンね。ルリア」
愛する妹に対し、またしても事実を伝えず、一人で実を取りにいくことに決めていた。
忍び込むように森の奥へと踏み入ると、真っ直ぐにドロウスから聞かされた場所を目指す。
木の実は一つしか実らない。
その話を聞いた時、アリルは一人で実を手に入れ、それをルリアに食べさせることを真っ先に考えた。 恐らくルリアがこの話を知れば、実をアリルに食べさせようとして譲らないだろう。 彼女の優しい性格を考えれば、簡単にその光景が目に浮かぶ。 しかし、アリルが既に守護者に目覚めつつあることをルリアは知らず、実を食べることで妹にもその力が発現すれば、姉妹揃って守護者になるという目標へ大きく近づくことができる。 気付かれずに食べさせること自体は簡単だ。 昼食にでも混ぜてしまえば違和感を与えることも無い。 残る課題は、実を見つけることだけ……
「さて、ど・こ・か・な~?」
ドロウスの話によると、木の群生地はこの辺り。
早速、周囲の木を手当たり次第に調べていく。
「こいつは……まだ小さい。こいつは……熟れすぎて腐っちゃってる……」
――ガサッ
「ん?」
背後の茂みが揺れた。
夜行性の魔物だろうか。 彼女は音の正体を確かめるため、月明かりを頼りに目を凝らす。
「な……!?」
真っ直ぐこちらへ飛んでくる矢を目が捉える。
寸でのところでなんとか盾で防ぐが、バランスを崩し木の下へと転がり落ちてしまうアリル。
「よく受けたな、お嬢さん」
「油断しすぎだ……殺気が漏れているぞ」
それをきっかけに周囲から続々と姿を現す男達。
目立たないよう、偽装を施したクロークで身を覆い、手にはボウガンやナイフが握られている。 一族の者とも、エムルの人間とも違う……?
「なんだお前たち!?」
「自己紹介はしない主義だ……。悪いが、死んでもらう」
リーダー格と思わしき男の言葉。
それをきっかけに、周囲の男達が武器を構え直す。
「この森で悪事を働くヤツは私が討つ!」
魔蝶の森の護り手として、戦闘修練も多分に積んできたアリル。
とはいえ、守護者の力を抜きにしても、戦士として未熟と言わざるを得ない。 相手取る人数を考えれば、その戦力差は明白だが……
「はぁっ!!」
「おっと!?これは、なかなか……!」
敵は全部で四人。
とにかく敵の数を減らすしかない。 周囲を目線で牽制しつつ、ボウガンを持つ男に槍を向けるが、ひらりと後ろに躱されてしまう。
「なんだコイツら……うわっ!?このっ!!」
背後の死角からナイフで突かれるも、それを盾でいなし、返す勢いで槍を突き立てる。
「ほう……良い勘をしているな!」
しかしアリルの攻撃は当たらない。
決して深くは踏み込んで来ようとはせず、どうやら時間を掛けて徐々に追い込むつもりのようだ。 こちらから仕掛けようにも、こうも消極的な動きを取られてしまうと、なかなか決定打を与えることができない。
「卑怯者っ!正々堂々と戦え!!」
「我々は別に決闘がしたいわけではないのでな」
「ただ、標的を狩る事だけに専念するさ……」
襲う瞬間にだけ微かに発せられる殺気。
素早く動きつつも、獲物を決して逃がさぬよう包囲し続ける精錬された動き。 誰にでも出来る芸当ではない。
「だいぶ疲れてきたか?そろそろ終わりだな」
「くっ!」
包囲網を破ろうと無理に動こうとすれば、行く手を阻むように飛んでくる矢。
次々と襲い掛かるナイフは、アリルを徐々に追い詰める。 諦めず抵抗し続ける彼女だが、休む隙など与えてもらえるはずも無く、その身体は疲弊し、消耗していく。
「はぁ……はぁ…………!!」
「予定よりも手こずったな……あの世で誇るといいぞ、娘」
巨木を背に、ついに逃げ場を失ったアリル。
ボウガンの矢の切っ先が彼女の胸元に狙いを定める。
「くそっ……!」
(ゴメンね……ルリア。あなたを一人にしちゃうけど、ずっとずっと見守ってるから。負けずに頑張るんだよ!!)
死を覚悟し、目を閉じると浮かぶのは妹の顔。
妹に何も残してやれないことを悔やみながらも、彼女の将来に幸あらんと切に願う。
「祈りは済んだか?では、さらばだ……」
ボウガンのトリガーにかけられた指に力が込められ、放たれた矢がアリルの胸元に走る。
――アリル!!
目を閉じた視界に広がる闇の中。
そこに突如として浮かびあがった光。 それは妹の形を成したと思いきや、自分の名を呼びながらこちらに手を差し伸べた。
「ルリア!?」
とっさにその手を掴んだアリル。
「なんだ……これは!?」
アリルが静かに目を開くと、世界に溢れる光の瞬き。
自分の胸に突き刺さるはずだった矢は、蝶達が包み込むようにして受け止めてくれている。 周囲にヒラヒラと舞う無数の眷属達。 まるで異世界を思わせるその光景の一端を目撃した男達は、状況が理解できずに呆気に取られている。
――アリル……私達……
うん。わかるよ――
至る覚醒の時。
言葉を介さずとも、想うだけで流れ込んでくる様々な声と意思。 ルリアが何を想うのか、魔蝶が何を望むのか、眷属達を通して全てを理解した。
「森を穢す者達よ……『守護者』の名において命ず。直ちにここより立ち去り、二度とこの地に足を踏み入れぬと誓え……」
「こんな情報は……おのれ……!!」
一瞬、怯んだように見えたが、すぐに気迫で立て直し、こちらに武器を向ける男達。
「愚かな……」
アリルに降りかかる無数の攻撃。
しかし、先ほどまで受け流す事が精一杯だった矢やナイフが遅く見える。 隙なんてないと思っていた動きに穴が見える。 これなら、勝てる。
「何だ!?くそっ!どうなってやがる!!」
それでもなお、退こうとはしない男達に対し、守護者は裁きの鉄槌をかざす。
――二つを一つに……
――我ら、魔蝶を守護する番(つがい)の風。森を汚せし蛮族を、粛正する
二人の口上に呼応し、アリルの槍は風を纏い、その存在を高めていく。
それを見た途端、リーダーの男が号令を発す。
「これは……ちっ、引くぞ!!」
決して背を向けず、警戒を厳にしたまま、号令に従い後退していく男達。
「覚えておけ……我ら番の守護者がいる限り、エムルに吹く穏やかな風は決して止むことは無い……」
逃げ去っていく男達の群れめがけ、放たれた絶槍。
その凄まじい威力の前に、男達は一瞬のうちに霧散した。
「おのれぇええええええ……――」
再び夜の静寂を取り戻した森の中。
なんとか力を鎮め、ぺたんとその場に腰を落としたままアリルは動けずにいた。
「……や、やった」
「アリルぅうう!」
「うわぁ!?ル、ルリア!!」
呆けていたところに、突然背後から抱きつかれたアリル。
その正体が愛する妹であることを知ると、自然と涙があふれてきた。
「ルリアぁああ!恐かったよぉおおおお!!」
「アリル……無事で良かった!本当に良かった……!!」
その場で抱き合いながら泣き崩れる姉妹。
ふと気が付くと、二人を心配するようにして魔蝶の眷属達が周りに集まってきた。
――ルリア、アリル、ナイテル
――イタイ?ヘーキ?
頭の中に響いてくるのは、いつか聞いたあの声。
「うん!平気だよ。やっぱり眷属さん達だったんだね!」
「また、お話しできた……助けてくれてありがとう。眷属さん」
ルリアのその一言に引っかかった。
「また?」
「あ……うん。実はね――」
姉妹は手を繋ぎながら集落へと帰った。
二人はその間、今まであった事を洗いざらい話し、真実を知ることとなる。
「え!?ルリアも眷属さんとお話したことがあるの!?」
「うん……その時は言えなかったけど……」
ルリアも同じだった……
自分がそうしたように、ルリアも私の事を考えて言えなかったのだろう。 お互いが、お互いの為を想って、口にしなかった真実。
「そっか。私も……同じ。あーあ……最初から全部話してれば、こんなことにならなかったかもしれないのに」
自分の頭をポコポコと叩くアリル。
「でも、そしたら『守護者』にはなれなかったかも……」
ルリアは後悔をしていない。
むしろ、今を喜んでいるようにすら見える。
「そうかもね……あはは」
ルリアは微笑んでいる。
そう、私達は二人で一つ。
「私、今回のことで気が付いたんだけどさ……たぶん守護者になるためのきっかけって、誰かを強く想うことなんじゃないかなって」
「私たちが同時にお互いのことを想ったから?」
「そう。お母さんが昔、言ってたんだ。護りたいものを強く愛する人になりなさいって」
「あ……私も覚えてる……」
「その時はよくわかんなかったけど、今ならわかる気がするよ」
「うん……」
心の中がスッキリしたような気がする。
「じゃあ、行くよ」
ルリアは頷く。
「ドロウス様のところ……」
「いろいろ聞かなきゃいけないことがあるからね」
夜が明ける頃、集落へと帰り着いた二人は、真っ直ぐにドロウスの部屋へと向かう。
部屋の入口の番をしている男がいたが、何やらルリアの顔を見て怯えている様子だった。
「ドロウス様。お話があります……」
「な!?き、貴様ら……!?」
ノックもせずに部屋へと入り、相変わらず椅子で踏ん反り返っているドロウスに声をかけると、目の前の光景を信じることができない様子。
「あの話は、私を罠にかけるための策謀だったとルリアから聞きました」
「ドロウス様……今一度、どのようなお考えあっての行動だったのか、どうかお聞かせください……」
「ま、待て!貴様ら……二人で……たった二人で、あの者達を退けたのか!?」
「あなたが差し向けた刺客でしたら、眷属の力を借り、撃退しました」
「眷属の力だと!?馬鹿なことを言うでない!守護者でもないお前たちに、そんなことできるわけがなかろう!!」
「信じられませんか……?」
姉妹は静かに顔を見合わせると、そのまま目を閉じ、再び守護者の力を発現させる。
「こ……これは……!?」
ドロウスの眼前に広がる眷属の煌き。
瑠璃色になった瞳は、守護者の証そのもの。 そして、彼女達が放つ蝶の加護の力は、歴代の守護者をも遥かに超える圧倒的なものだった。
「……そんな…………まさか…………」
『我らを魔蝶の守護者と認めよ……』
意識がシンクロした二人。
そこから出る言葉はまさしく魔蝶の意志である。
こうしてドロウスは罪を償う為に、その余生を使う事となった。
自分たち姉妹に守護者を継ぐ資格はないとし、存在を消すことで新たな有資格者を立てようとしたことを自ら一族に告白。
その行為が如何に愚かな過ちであったことを悔い、許しを乞うていた。
『私達は……あなたを恨んでいません……』
「な、何故じゃ……?わしはお前たちを殺そうと……」
『それは許しがたい事。しかし、今回の件で守護者として私達が目覚めたのもまた事実です。ですから……これからも私達と、この集落をお願いします……』
「…………あぁ……勿論だとも……!この命枯れ果てるまで、お仕え致しますぞ!」
守護者としての力を示すことで、ドロウスに認められたアリルとルリア。
後日、彼は一族の者たちを集め、正式に姉妹を守護者と定めることを決定。 守護者が単独ではないという、初めての試みだったため、最初は戸惑いを隠せずにいた皆だが、ドロウスによる懸命な説得により、最終的には全員が首を縦に振ってくれた。 こうして二人は、名実共に新たな『守護者』となったのである。
さらに数日後、守護者として、二人が最初の務めを授かる日が訪れた。
「うわぁ……!」
「アリル……挨拶……」
「え?あぁ!そうだね!え、えっと……お初にお目にかかります。魔蝶様」
「この度、守護者のお役目を賜りました……ルリアと申します」
「アリルと申します」
新たな守護者として、魔蝶にお目通りする通例の儀。
森の奥深くにひっそりとそびえ立つ大樹に、魔蝶の住処は存在した。 魔蝶の眷属である蝶とは日頃会話することにも慣れ始めていた彼女たちだったが、彼らの主たる魔蝶。 その神々しくも雄々しき姿に息を呑む。 巨大な帆船を彷彿とさせる巨大な羽。 高名な画家が手掛けたような美しい模様。 あまりに幻想的な景色に、ついつい口が半開きになっていた。
――新たなる守護者の子らよ。そう臆することはありません。此度の件、さぞや大変だったことでしょう。
片言のような眷属の蝶の言葉とは違い、ハッキリと、そして深く頭に響き渡る声。
「め、滅相もありません!」
――我が眷属達の目を通し、全てを見ていました。只今、この時より、そなたらもまた我が眷属として迎えましょう。
「光栄の至りです……」
――アリル、そしてルリアよ。我が盾であり、眷属であり、盟友であり、そして子である娘達よ。此処に最初の命を授けます。
「「はっ!」」
――眷属らと共に世界を巡りながら、所縁ある地を繋ぎ、我らが領域を築きなさい。
「……領域?」
――我らは遠く離れた地においても、眷属同士で意思を交わし、その地の事柄を知ることができます。
「あちこちの森に眷属さんを連れて行って、それを結びつけることで、警戒網を作る……」
「おぉ!そういうことか!!ルリア、やっぱり頭いいね……!」
――不穏な輩を事前に察知することで、今回のような悲劇も未然に防ぐことができることでしょう。
「でも、私たち……森の外の事は何も知らない……」
「エムルにすら行ったことないもんね……」
――これはそなたらが成長するための試練でもあるのです。世界を知り、見聞を深め、守護者としても、人としても立派になって帰ることを願っています。
「世界かぁ……」
――さあ、行きなさい。その旅路に幸運あらんことを。恵みの風はどこまでもそなたらの姿を見守っています。
「「はい!」」
「行くよ、ルリア!」
「うん。アリル……!」
微かな不安を感じつつも、それ以上の期待に胸を膨らませる姉妹は駆け出した。
森から吹く風に背中を押されながら、その境界線を越え、新たな旅への第一歩を今踏み出す…… |