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+ 煌光の聖騎士フィーリア
 大陸で数少ない信仰を持つ街ソーン。
 ソーンではカラスが生と死を見守る存在として信仰されている為、街に沢山ある教会にはカラスを模した彫刻が設置されていた。

 教会には親のいない子供達の為に孤児院が存在していた。
 孤児院は神父達により運営されており、戦や魔物との戦い、病などで両親を失った子供達の為に生活の面倒や教育を施していた。

 ある日、フィーリアという幼い少女が神父に連れられてやってくる。
 両親を早くに亡くし、身寄りがなかった彼女は孤児院へと引き取られることとなった。

 泣きじゃくり、神父に手を引かれながら初めて施設を訪れたフィーリア。
 周囲をぐるりと子供達が囲んではフィーリアを物珍しそうに見ている。

 フィーリアはこの場をすぐにでも逃げ出したかった。
 優しい両親を失って間もなく、さらには自分を取り囲む環境が目まぐるしく動いては変化していく。
 いっその事、パパやママの元へ行けたら…楽になるのかな…?
 フィーリアの頭の中では両親との思い出が走馬灯のように蘇る。

「おいっ!おいってば!」

 呼びかけられたフィーリアは現実に戻される。

「は、はい!…な、なぁに?」

 声をかけてきたのはフィーリアより背が高く、施設では年長者であろう男の子だった。
 満面の笑みで顔を近づけてはジロジロと興味をフィーリアにぶつける。

「俺の名前はライベル!お前は何て名前なんだ?……フィーリア?ふーん、いい名前だな!」

 ライベルの勢いに圧倒されつつ、小さな声で自分の名前を名乗るフィーリア。

「今日からここで暮らすんだろ?よろしくな。ああ、そうだ。いいものやるよ」

 ライベルはポケットから袋を取り出し、中身をフィーリアの手の上に出す。
 袋からは鮮やかな色をした星型の砂糖菓子が落ちてくる。

「ほら、食ってみろよ。すげぇ甘いんだぞ?それ食ったら元気が出るぞ!」

 フィーリアは砂糖菓子の一粒を口の中に含む。

「んむ…あ、あまぁい!」

 パァァッと自分の顔がほころぶのがわかった。

「だろ?へへ。向こうにみんないるんだ。ほら、行こうぜ」

「う、うん…!」

 ライベルに差し出された手を握り、皆の輪に入っていくフィーリアを見て神父はにこやかに頷いていた。
 そして、施設へ入りたてのフィーリアの面倒はライベルが見ることとなる。
 ライベルは施設の子供達の兄のような存在でみんなから慕われていた。
 最初は馴染めなかった孤児院の空気も、ライベルのおかげですぐに溶け込んでいくことができた。


 ――歳月は流れ
 施設で育った孤児達は厚い信仰心から皆、教会への恩を返す為に教会騎士となっていく。
 教会ではそんな彼らの為に教会騎士の訓練を行っていた。
 そして、子供達は基礎訓練を終えて16歳になると教会騎士団へ正式に入団する。

 今日はライベルの教会騎士団への入団式の日。
 年長者であるライベルはフィーリア達の孤児院では、誰よりも先に教会騎士となった。

 教会騎士は教会を守り、ソーンの街を護る騎士団である。
 そして、入団者には信仰の対象となっているカラスを意識した黒い装束と、教会関係者の証であるカラスの羽のアクセサリーが与えられる。

 入団式にはフィーリア達も先輩の晴れ姿を見る為に参列した。
 孤児院ではライベルが抜けたことで、フィーリアが一番の年長者となる。

 厳かな雰囲気で執り行われた式で、ライベルはとても凛々しくて勇ましく見え、真っ黒な教会騎士の装いをした姿にフィーリアは感動と憧れを覚えた。
 そして、自分もいつか、ライベルのような素敵な騎士になりたいと心に誓い、訓練と教会での祈りに邁進していく。


 ――さらに歳月は流れ
 フィーリアも16歳となり、正式に教会騎士団への入団が認められる。
 入団を明日に控えたフィーリアは、大聖堂で祈りを捧げていた。

「フィーリア、ちょっといいですか?」

 不意にフィーリアに声をかけてくる者がいた。
 それは、宝冠を被り荘厳な雰囲気を漂わせる神父様であった。

「これは神父様!如何なさいましたか?」

 神父は一つ咳払いをしてから話を始める。

「入団式がついに明日になりましたね。まずは、おめでとうと言わせてください。あなたの信心は素晴らしいものです。正義の心と人を愛する心、そして何よりも教会への忠誠心も強い」

「そ、そんな…もったいないお言葉です」

 神父から贈られる賛辞にフィーリアは照れる。
 その表情を微笑ましく見つつ、神父はフィーリアに頼みがあると言う。

「フィーリア、あなたに聖騎士の称号を授けます。受け取って頂けますね?」

 一瞬、神父様が何を言っているのか分からなかった。
 聖騎士?まだ入団式も済ませていない私が…?

 神父はフィーリアの心情を悟ったかのように言葉を続ける。

「前任の聖騎士が病に倒れ、亡くなられたのはご存じですね?聖騎士は教会騎士団の象徴でもあります。その席を空位のままにすることはできません。それに…強い信仰心を持つ者でなければ聖騎士の証でもある十字の聖剣を扱うことができません」

 フィーリアは迷っていた。
 神父様の言うことは間違いない。
 聖騎士が空席のままでは…教会騎士団の面子に関わる。

「し、神父様、ですが…」

 神父はフィーリアの言葉を遮り、話を続ける。

「前任の聖騎士は私ととても親しい方でした。まさか先立たれてしまうとは想像もしていませんでした。こうして遺灰を弔い瓶(とむらいビン)につめる日が来ようとは……」

 神父様は悲しそうな顔を浮かべながら、首からネックレスのように下げている7つの弔い瓶の1つを撫でる。
 弔い瓶はソーンに伝わる風習のひとつで、親しい人が亡くなった際、弔いの意味を込めて身に着ける装飾品である。

「私は毎日祈りを捧げているあなたの姿を見てきました。この教会には聖騎士が必要なのです。私にはあなた以外に適任者がいるとは思えません。フィーリア…お願いできますか?」

 あの神父様にここまで頼まれれば断れるわけがない…。
 意を決し、フィーリアはゆっくりと膝を落として、神父へ向けて跪いて誓いを立てる。

「身に余る光栄です…未熟ながら、このフィーリアは親愛なる神父様と教会の為に、聖騎士の称号を頂き、精一杯努めて御恩をお返したいと思います」

 翌日、教会騎士団の入団式と併せて、すべての教会騎士、神職に就くものが大聖堂へ集められ、聖騎士就任の儀が執り行われた。

 神父様は壇上で聖典を開きモノクルを眼窩にはめる。
 祝辞が読み上げられ、聖歌隊が聖騎士へ捧げる詩を歌い始める。
 フィーリアは聖騎士の象徴である純白の鎧に身を包み十字の聖剣を受け取った。
 そして、教会騎士達に向けて十字の聖剣を掲げると一斉に敬礼が行われる。

 その中には、先に教会騎士になっていたライベルの姿もあった。
 フィーリアがライベルの姿を見つけて目が合うと、ライベルは優しい笑顔をしながら力強く敬礼をした。
 今日をもって、フィーリアは教会騎士団の聖騎士となった。

 ――
 晴れて、聖騎士としての称号を受け取り教会騎士となったフィーリアは、任務に就くこととなる。
 聖騎士といっても教会騎士であることに変わりはなく、他の教会騎士と共に街の人からの依頼や、街の警備、葬儀の執り行い、街周辺に現れた魔物の討伐などが主な任務となっている。
 他の騎士達と違う所といえば、週に1度の祈りの儀があること。
 身と剣を清める為、大聖堂で聖歌隊の詩と神父様の祝詞を聴き、祈りを捧げる。

 その日、祈りを終えて大聖堂を出ると、次の任務を共にする教会騎士達が待っていた。

「どうも~聖騎士殿。私はクロウと言うものです」

 ひょうひょうとした笑顔でその男はクロウと名乗った。
 クロウの着ている教会騎士の黒い軽鎧は、フィーリアの純白の鎧とは対照的に漆黒に染まっている。

「あぁ、よろしく。それと聖騎士殿と呼ばれるのは堅苦しい。フィーリアでいい」

「いやいや、そんな名前でなんて呼べませんよぉ…聖騎士殿と呼ばせてください」

 クロウはその笑顔を絶やさないままフィーリアに軽く敬礼し、任務の内容を読み上げた。

「今日はですねぇ…近隣の森に現れた魔物達の討伐みたいです。最近、魔物の活動も活発ですしね。あ、本隊は聖騎士殿と私、エイムス、ゴイル、グレゴの5人ですよ。なんか…隊の人数が少なくないですか?ほんとに、人使い荒いですよねぇ~。まぁ、ちゃっちゃと終わらせますか」

 ヘラヘラしながら面倒だと言わんばかりのクロウにフィーリアは注意をする。

「クロウ、戦いの前だ。万が一と言うこともある。気を緩めるな」

「は~い。了解しました!」

 間延びをした返事を返すクロウ。
 このクロウという男、バカなのか?自信のあらわれなのか?これから魔物と戦いに行くというのに緊張感がまったくない…フィーリアは真意のまったく読めないクロウを訝(いぶか)しがった。

 フィーリアの隊が任務で指定された場所へ着くと大量の魔物がうごめいていた。
 こいつは…一筋縄ではいかないな。
 フィーリアの隊は五人、圧倒的な数的不利は目に見えている。
 どうするか…?フィーリアは考える。

「クロウ、私と共に奇襲をかけるぞ!エイムス、ゴイル、グレゴは魔法で援護してくれ」

「え?聖騎士殿が私をご指名ですか?でも…戦うのは得意じゃないんですよねぇ…」

「けっこうな場数を踏んでいるだろう?身のこなしでわかる。謙遜しなくていい」

 クロウの口元にかすかな笑みがこぼれた。

「まいりましたね…買いかぶりじゃないですか?でも、せっかくのご指名ですし…やりましょう!あなた達頼みましたよ?」

 他の三人にそう告げるとクロウは短剣を抜く。

「クロウ!遅れるなよ!」

 フィーリアとクロウは魔物達に向かって駆け出す。
 そして、近くにいた魔物から十字の聖剣で一気に薙ぎ払う。
 魔物にとってフィーリア達の出現は予想外だったらしく、突然の奇襲に右往左往とし混乱を極める。
 フィーリアの剣を運よく避けてもクロウの短剣が魔物の急所を的確に貫いていく。
 また、後衛に配置された三人の援護もよく機能し、逃げ惑う魔物を仕留めていった。

 半刻程の戦闘で魔物達は一掃され、辺りにはその屍が転がる。

「たいしたことはなかったな。クロウ、大丈夫か?」

 フィーリアは傍らで短剣の汚れを落としていたクロウに声をかける。

「ええ、大丈夫ですよ~。怪我もありませんし。他の3人も無事ですかぁ?」

 後衛にいた三人組は頷く。

「それにしても見事な腕前ですね~。聖騎士殿は一体どこで剣を学んだんですか?」

「お世辞はいい。私の剣は、ほとんどこの聖剣のおかげだ」

 クロウの問いにツンとした返事をするフィーリア。
 後衛の三人組は息を切らしていた……だが、クロウに呼吸の乱れはなかった。
 自分と一緒に前衛で戦っていたのに、こいつは一体何者だ?フィーリアが思考を巡らせていると、クロウが口を開く。

「それじゃあ…まあ、戻るとしましょうか?教会への報告は私の方で済ませておきますから、聖騎士殿はどうぞ先に帰って休んでくださいな」

 クロウはそう言うと同時に教会へと向かって駆け出していた。
続いて三人組が遅れまいと後を追う。

 ――
 フィーリアは一人、大聖堂に向かい魔物の冥福を祈っていた。

「……」

 魔物と言えど、命に変わりはない…その命を奪った禊(みそぎ)としていつも祈りを捧げている。
 祈りを終え外に出ると、大聖堂を取り囲むように沢山のカラスが鳴いていた。
 どこか少し不穏な空気を感じながら兵舎へと向かう。


 途中、教会の近くに差し掛かったところで、正門の方から言い争う声が聞こえてくる。
 フィーリアが様子を見ようと教会へ足を延ばすと、そこでは騎士達が揉めていた。

「お、おい……」

 フィーリアが近づいて声をかけようとすると、どこからかクロウが現れた。

「おやおや?聖騎士殿。どうしたのですか?教会への報告なら私がもう済ませましたよ?」

「クロウか。いや、この騒ぎはなんだ?何かあったのか?」

クロウは少し困った表情をしながらも、笑みを絶やさずに話す。

「ン~…どうやら、任務の途中で行方不明になった騎士がいるようで。いやぁ…最近多いみたいで怖いですよね?その騎士は確かライベルって名前で……おや?聖騎士殿?どうかされました?」

 フィーリアの顔からさっと血の気が引いていく…ライベルだと?そんなまさか!

「クロウ!ライベルという名前で間違いないのか!?」

「え?ええ、間違いなくそう聞きましたよ。あれ?恋人とかだったんですか?」

 フィーリアはクロウの胸倉を強く掴んで声を荒げる。

「ライベルが最後に行った場所はどこだ!?私のとても大切な友人なんだ!今すぐ私が探しに行く!」

「ちょっ…落ち着いてくださいよ!今日はもう日が落ちますよ?聖騎士殿までいなくなったら…それに、捜索隊も結成するみたいですし…」

 フィーリアは必死の形相で頼み込む。

「頼む…知っているんだろ?…教えてくれ」

「あ~もう!分かりましたよ!でも、必ず帰ってきてくださいよ?私もできる限り協力します。」

 フィーリアはクロウの手を取り、両手で包み込む。

「本当か!?恩に着る…」

「ライベルが行方不明になったのは、私達が魔物と戦ったところから少し東の場所のようです。魔物討伐の任務を受けていたみたいですが、帰ってきた同じ隊の連中が言うには…魔物討伐を終えて教会へ戻ろうとしたらライベルが忽然と消えていたんだそうです」

 それを聞くと、考えるよりも先に足が動き出していた。

 ライベルの消えた場所へ着く頃には、空に月が出ていた。
 暗がりの中、松明の明かりだけを頼りに森の中でライベルの名前を叫び探す。

「ライベルッ!ライベルどこだー!?」

 人を拒むかのような深い森の中を、フィーリアは強行軍で進んでいく。
 マントは木の枝に刺さっては破れ、純白の鎧も突き出た岩にぶつかっては形を変えていく。

 木々をかき分け、やっとのことで少し開けた場所へとたどり着いたフィーリア。
 煌々と輝く月が、夜空に蠢く何者かの影を森の広間に映し出す。
 フワリと眼前を横切る黒い羽根、空にはカラスたちが集まっていた。
 フィーリアの頭上でカーカーと鳴くカラスたち。

 ライベルの痕跡すら掴めず、闇の中で彷徨うフィーリアは
 本来、信仰の対象であるカラスたちの声を、まるで嘲笑われているかのように感じていた。

「どこだ!どこにいるんだ!ライベル!私を置いていなくならないでくれ!!」

 フィーリアは松明を投げ、その場に両膝をついた。
 幼少の頃、ライベルと共に遊んだことを思い浮かべる。
 親も身寄りもなく、孤児院を通して同じ境遇で育った家族じゃないか…なんで、なんでこんなことに…。

 投げ出された松明は静かに転がっていく。
 するとその松明に照らし出されたように、淡く紫色に輝く光があった。

「あ、あれは…」

 フィーリアが急いでその光に近づくと、そこには弔い瓶が転がっていた。
 弔い瓶は聖火によって清められており、遺灰は特殊な魔素を含んでいる為、炎に反応しては淡く紫色に光り輝く。
 フィーリアは、弔い瓶を拾い上げ、強く握りしめた。


 ――翌朝
 フィーリアはボロボロの姿で教会へと戻ってくる。
 ドロドロの破れたマントとボロボロの鎧の修復を騎士団の鍛冶師に頼み、フィーリアは鎧の代わりに白装束へと着替えて神父様の元へと急いで向かった。

 フィーリアは神父様の私室の前までくると呼吸を整え、ドアを数度ノックする。

「神父様、フィーリアです。ご相談に参りました」

「どうぞ。ドアは開いていますよ」

 フィーリアが中に入ると、神父は新しい教本をシスターのアメリに読ませていた。
 それを見たフィーリアは、少し違和感を覚えて不思議に思ったがそのまま神父様に向かい合う。

「神父様!ライベルの件をお聞きになりましたか!?」

 神父はアメリに読むのを止めるように言うと、フィーリアに顔を向ける。

「ええ、聞きました。教会騎士達にはライベルを探すように任務をだしています」

 フィーリアはその言葉を聞くと、神父の前で片膝をつく。

「私もその捜索隊に入れてください!最近は教会騎士の行方不明者が多いと聞いております。きっとお役に立てると思います!」

 神父は眉間を押さえ、ため息をついた。

「フィーリア…あなたにはあなたのやるべきことがあるでしょう」

「し、しかし…神父様!」

「あとのことは捜索隊に任せるのです」

「私がライベルと同じ孤児院で育った事もご存知ですよね!?」

「はぁ…わかりました。どうしてもと言うのなら…自分の任務に支障がない範囲でお願いしますよ。さあ、もうお行きなさい」

「し、神父様…まだお話が…」

 神父はフィーリアに背を向けると、アメリに教本の続きを読ませる。
 フィーリアはその姿を見て仕方なく部屋を後にした。


 ――数日が経ち
 ライベル失踪から数日、フィーリアは弔い瓶以外、何の手がかりも得ることができなかった。
 あれからさらに二人の行方不明者が出ており、教会騎士達は、次は自分の番かもしれないと不安の色を見せている。

 フィーリアは鍛冶師から修復完了の報告を受け、鎧を受け取りにきていた。

「どうだ!ピカピカになっただろう?せっかくの純白の鎧だ。傷も塞いで、きれいに磨きあげといたぜ!大事に着てくれよな!」

「すまないな。次からは気を付ける」

「そうそう、鎧に弔い瓶がついたままだったぞ」

 鍛冶師はフィーリアに弔い瓶を手渡す。
 それは、ライベルを探していたときに見つけた弔い瓶だった。
 あの時は暗がりでよく分からなかったが、ライベルのつけていた弔い瓶とは違うものだった。
 なんだろう?どこかで見た事があるが…いま一つ思い出せない。
 フィーリアは何とか思い出そうと一所懸命に唸る。

「おやおや、聖騎士殿。こんな所で奇遇ですね。鎧が直ったんですか?いやあ、あんなにボロボロのドロドロになるまで…ライベルを探すなんて中々無茶しますよねぇ。そういえばライベルの手がかりが全く掴めていないみたいじゃないですか?」

「クロウか…余計なお世話だ。」

「聖騎士殿はつれないですね~。教会騎士の間じゃこの事件を“夜の鍵”の仕業だとか、神隠しだとか…。そもそも神に仕える身で何を言っているんだか…ほんと、笑っちゃいますよね?」

「クロウ…私は忙しいんだ」

 だがそんなフィーリアにお構い無しにクロウはしゃべり続ける。

「この間消えたっていう二人も、森で一人で行動したから消えたって…まったく!迷子じゃあるまいし、ほんと聖騎士殿も気をつけてくださいよ」

「森…?クロウ、お前やけにこの件に詳しいじゃないか。一人で行動をしていたやつが行方不明になるのは知っているが、場所に関しての情報は表に出ていないはずだぞ?なぜお前がそれを知っているんだ?」

「え?あ、いやあ…あれですよ。一緒にいた隊の騎士に聞いたんですよ」

「それは嘘だな。行方不明になった者が隊を組んでいたとは聞いていないぞ」

 クロウは慌てて話の流れをきる。

「か、勘違いですかね~?あ、それよりもその弔い瓶は…」

 クロウの言動に疑問を持つフィーリアは、クロウを疑いの目で睨む。

「この弔い瓶はライベルがいなくなった場所にあった。私の物でもライベルのものでもない。こいつは…お前のものじゃないのか?」

 クロウは驚いたような表情をし、すぐに弁解をした。

「弱りましたねぇ…私を疑うんですか?なんで行方不明になったのかもわからないのに、私を疑うなんてあんまりですよ!それに私は弔い瓶なんて持っていませんし…」

 フィーリアはライベルが見つからない焦燥感と仲間を疑っている自分に嫌気がさした。

「…すまんな、気がどうかしていたよ。忘れてくれ。」

 フィーリアはその場を立ち去ろうとしたが、クロウに呼び止められる。

「待ってください!…疑われたままでは私の名誉に関わりますよ。今日一日私を監視してみてはいかがですか?身の潔白くらい証明させてくださいよぉ。あ、それに今日は任務もないので手がかりを探すお手伝いもできますよ」

「そうか。わかった。」

 フィーリアは了承し、その日一日をクロウと共に行動する。
 聞き込みや目撃者探しなど…だが、手がかりは得られなかった。
 クロウも特に怪しいところなどなく、その日一日を終えて二人はクロウの私室に来ていた。

「どうです?中々の見晴らしでしょう?」

 フィーリアは窓の外を見ていた。
 クロウの私室は兵舎の四階にあり、窓からは兵舎の入り口や街の様子がよく見える。

「ああ、ここからなら街の様子がよく見えるな」

「それは良かった。私は疲れたので先に寝かせていただきますね」

 クロウはそそくさとベッドに潜り込み静かな寝息を立て始めた。

「なるほどな…」

 フィーリアはつぶやいた。
 ここからなら街を一望することができる。
 ソーンの街が見渡せることを聞いてクロウの部屋まで来た。
 この街で何かが起こっている…フィーリアはそのまま月明かりに照らされた街を見ていた。

 兵舎の入り口からだった。
 夜も深まってきた頃、三つの影が動き、月明かりに照らし出される。

「ん?あれは、エイムスにゴイルにグレゴじゃないか。こんな時間に何をしているんだ?」

 三人は手に大きな袋を持って森へと向かっていった。
 フィーリアはクロウを一瞥し、熟睡しているのを見ると剣を手に取り、一人で兵舎をでて三人の後をつける。

 バサバサと暗闇の中を飛び立つカラス達はフィーリアの頭上でカーカーと鳴いた。
 何か、不吉な暗示をしているかのように沢山のカラスが集まっては…嗤(ワラ)う。

 三人は森の奥深くへと入っていくと土を掘り始める。
 フィーリアは木の陰に身を隠して三人の様子を伺う。

 徐々に掘り出された土が小さな山になり、彼らが掲げている松明の明かりは、掘り返されたモノの正体を明らかにする。

 あれは……人の死体か!?

 フィーリアはとっさに自分の口を押える。
 フィーリアの声に死体を穴から持ち上げるエイムスがきょろきょろとあたりを見回す。

「エイムス、何しているんだ?さっさと袋に詰めちまおうぜ」

「ゴイル、グレゴ。今何か聞こえなかったか?」

 エイムスはあたりを見回しながら二人に言う。

「どうせ、魔物がコイツの死臭でおびき寄せられて集まってるんだろ?とっとと片づけようぜ」

 グレゴはその場に袋を広げた。
 三人は大きな袋に死体を詰めると重たそうに持ち上げ、街へと向かい始める。

「死体をどこへ運ぶつもりだ?とにかく奴らをつけて、白日の元にさらしあげてやる!」

 フィーリアは、さらに三人の後をつける。
 三人は教会のすぐ横にある離れの小屋へと入って行く。
 フィーリアも小屋へと近づき中の様子を伺うが、小屋に入ったはずの三人が見当たらない。

「な!?ど、どこに消えた」

 フィーリアは慌てて小屋へと侵入し辺りを見回す。
 三人があの死体を抱えて、この短時間で小屋から逃げ出せるとは思えない。
 フィーリアは剣を構えながら辺りを捜索する。

 しばらくすると、何かを引きずる音と共に本棚が動き始め、出てきたのは隠し扉だった。
 こざっぱりとした装飾が施された扉から出てきたのは、あの三人だった。

 フィーリアはその姿を確認するなり、聖剣を構えては三人に突きつける。

「貴様らが一連の失踪事件の犯人だったのだな!吐け!その先には何がある!?とぼけても無駄だ……この小屋に死体を運び込むのを見ていた!」

 この三人がライベルを殺した犯人だ…ライベルはこの奥にいる。
 自然と声には怒気が混ざっていた。

「さぁ吐け!貴様らがしたことを一つ残らずだ!この先には一体何がある!」

「こ、殺さないでくれ!俺達は、なんにも知らねぇんだ!脅されててよ…やるしかなかったんだよ!」

 エイムスは慌てながら答えた。

「他に仲間がいるのか?誰だ!一人残らず、教会に告発し罪を償ってもらう!」

「わ、分かった、正直に話す!だから、命だけは!……!?」

 エイムスが仲間の名前を言おうと口を開いた瞬間、彼の口から紫の炎が吹き出した。

「ぐぉおおおおおああああああ!!!」

 エイムスの叫びにつられるかのように、他の二人の口からも同時に、内側からすべてを焼き尽くすかのように紫の炎を吐き出していく。
 フィーリアは目を疑った。
 喉を抑えながら口から炎を吐き出し続ける三人がどのような状態なのか、検討もつかない。
 辺りは肉が焦げる匂いに包まれ、炎を吐き出しきった三人はその場に倒れた。

「おい!……ダメか……死んでいる」

 フィーリアが駆け寄ると三人はすでに息絶えていた。

「口を封じられたか…。莫迦者どもめ…。」

 黒煙を口から吐き出すエイムス達に、せめてもの情けだと三人のまぶたを優しく閉じさせる。

 そして、本棚の先から隠し扉へ近づくと地下へ続く階段を見つけた。

「この先には一体何があるんだ?ライベル……奥にいるのか?」

 フィーリアは地下へと続く階段を慎重に降りて行く。
 地下に近づくにつれ、徐々に怪しい紫色の光が揺れているのが見えてくる。
 降りきった先には大きな祭壇が広がっており、その中心では禍々しい闇の炎が揺れていた。

「どうしてこんなものが、教会の地下に……」

 フィーリアは地下を歩き回り、先ほどの死体を探す。
 祭壇の前まで来ると、パリッと何かを砕いた音が鳴り響く。
 フィーリアが足元を見ると、それは砕けたガラス片だった。
 手にとってみるが、それが何かは解らない。

 結局、その後も辺りを捜索したが、他に手がかりとなりそうな物は見つからなかった。

 フィーリアは、三人の言葉を思い出す。

『脅されててよ…やるしかなかったんだよ!』

 黒幕は確かにいる……だが、誰なのか分からない以上は教会へ告げる事すら危険だろう。
 告げる事が出来ない以上、三人の死体をどうすれば良い…?
 もし死体を見つけたと報告したとして、私が疑われてしまったらどうする…。
 それこそ黒幕の思う壺ではないか…!

 フィーリアは考えた末、苦渋の決断をする。

 ――
 翌朝、小屋に入る教会のシスターが悲鳴をあげる。

 すぐに人が駆けつけ、人だかりが出来たかと思うと、野次馬をかき分けるようにして、三人の死体が担架に乗せられて運ばれていった。

 彼らの焼けた匂いにつられてきたのか、小屋の上に集まった沢山のカラス達が鳴いている。
 フィーリアは小屋から少し離れた場所でその光景を見て、信仰対象であるはずのカラスをうとましいと感じていた。


 兵舎へ向かいとぼとぼと歩くフィーリア。
 周りからは教会騎士の三人が死んでいたという声で溢れている。
 これからどうしていいかも分からずに、ただただ歩を進めた。

「おやおや聖騎士殿。昨晩は突然どちらに行かれたんですか?朝起きたら聖騎士殿はいないし、親しい仲間が三人も亡くなってしまって…そしてこの騒ぎですよ」

 ふと前を見ると、クロウが慌てた表情でフィーリアを見ていた。

「クロウ!どういうことだ?私を疑っているのか!?私が奴らを殺したと」

「えぇ…まぁ普通に考えたらまずあなたを疑うでしょうね。あなたが突然いなくなって朝まで帰ってこない。そして死体が三つも見つかる…十分じゃないですか?」

 フィーリアは真実を告げるか思い悩んだ……しかし、この男は信用してはいけないと、直感が訴えている。

「クロウ。彼らは臓腑を炎で焼かれたと聞いたが……私には炎の魔素は扱えない」

 クロウは、少し考えたような顔をしてにやりと笑うと答えた。

「それもそうですねぇ……まぁでも死体があるということは葬儀ができるということです。
行方不明になった方々には悪いですが彼らはまだ幸運だったでしょう」
 フィーリアはその言葉に拳を握りしめる。

 ――
 大聖堂で三人の葬儀を執り行うことになった。
 シスター達は突然の葬儀の準備であわただしく動いていた。
 葬儀への参加者へ花を渡す列では、クロウが三人の遺族を慰めていた。
 三人の遺体は棺へと入れられ、参列者が花を並べていく。
 全員が彼らの冥福を祈り、シスターのアメリが神父様に聖火を渡す。

「彼らの魂は今清められ、我々を見守ってくれるでしょう」

 そう言って神父は棺にゆっくりと火をつける。
 聖火はまるで生きているかのように彼らの遺体を焼く
 魂が完全に抜け落ちる瞬間なのか、炎が激しく燃え上がった。

 神父の胸元から、6つの淡い紫色の光が放たれる。
 首に下げられた弔い瓶がその炎に照らされているようだ。

 火葬が終わると、神父様は、新しい小瓶を3つ取り出す。
 遺灰を集めると、それぞれの遺灰を分けて小瓶に入れていく。
 参列者もそれに続いて、親しかった死者の遺灰を集めて小瓶にいれる。
 フィーリアはその光景を見ながら、拳を握りしめていた。

 ――
 葬儀が終わり日も沈んだ頃、フィーリアは教会の長い廊下を歩いていた。

「認めたくはないが、奴が黒幕で間違いない。ライベル……今、仇を討つからな」

 フィーリアは扉の前に立ち、ゆっくりと中の様子を確かめるように扉を開ける。
 そして…いつものような笑顔で神父はフィーリアを迎え入れた。

「フィーリアではないですか。こんな夜遅くにどうしたのですか」

「神父様…先ほどの葬儀は、急だったのにも関わらずお疲れ様でした」

 神父は、驚いた様子で答える。

「ええ、私の義務ですからね」

 フィーリアは神父の首元にある弔い瓶を見る。

「神父様は、今日の葬儀でまた弔い瓶が増えたようですね」

 神父は弔い瓶を数えるように撫でると答える。

「ええ、悲しい事です……一度で三人も。全部で10個……長生きをすると乗り越えなければならない悲しみも増えていく一方です」

「……そうですね。葬儀の最中、聖火に照らされて神父様の弔い瓶が輝いていました」

 神父は優しい笑顔で答える。

「ええ、弔い瓶は炎を受けて紫色に淡く輝きますからね」

 フィーリアは神父へ一歩詰め寄る。

「今日見た光は6つ。神父様の胸の弔い瓶は7つあるはず……なぜ一つ輝かなかったのですか?」

 神父は不思議そうな顔で答える。

「おかしいですね……何かの見間違えではありませんか?」

 フィーリアは腰に下げていた弔い瓶を取り出す。

「神父様この弔い瓶に見覚えはありませんか?」

 神父は目を細めてフィーリアが持つ弔い瓶を見る。

「私の……モノに似ていますね。それがどうかしたのですか?」

 フィーリアは湧きあがる怒りを押し殺しながら答える。

「この弔い瓶はライベルが行方不明になった森に落ちていたモノです」

 神父は目を見開く。

「フィーリア…私を疑っているのですか?それは誤解です!」

 フィーリアは神父に小さな文字が書かれた教会の依頼書を差し出す。

「では、この紙に書かれた文字、読んでいただけますか?」

 神父は少し怒ったように答えた。

「フィーリア。私の目が悪いのは知っているでしょう。そんな小さい字は読めません。」

「いつも使ってらっしゃる片眼鏡……モノクルはどうされたのですか?」

 神父は淡々と答える。

「あいにく今は手元に無いもので……」

「私がライベルの捜索の許可を頂きに伺った時、神父様は新しい教本を自分ではお読みにならず、シスターに読ませておりましたね?あのモノクル……壊してしまわれたのではないですか?」

「えぇ、その通りです。もう年も年ですから、転んで壊してしまったのです」

「やはりそうですか」

 フィーリアはガラス片を取り出して神父に見せた。

「このガラス片、度が入っています。神父様のモノクルの破片ではないですか?」

「さ、さぁどうでしょうか?」

 神父は少し焦ったように答える。フィーリアはそれを見逃さずに畳みかけていく。

「神父様。今、明らかに顔色が変わりましたね……。この大聖堂に務めている方で眼鏡の類をつけているのは、神父様だけ。間違いありませんね?」

「だとしたら何だと言うのです?」

「このガラス片、教会の離れにある小屋の地下で見つけた物です」

「……。」

「激しく紫炎を巻き上げる、祭壇の前で」

 押し黙ったままの神父はしばらくして口を開いた

「……そうですか。あの炎を見てフィーリアはどう思いました?」

「お認めになるのですね……」

「フィーリア。それは違います。我々が信ずるカラスの神。その源があの巨大な紫炎なのです!」

 フィーリアは手に持っていたガラス片を投げ捨て、反論する。

「バカな!あんな瘴気を放つ禍々しい炎が、我々の神だとでもいうのですか……!!」

「その通りです。我ら教会の神父は代々紫炎の力を授かり、この地を護って来たのです」

 そう言って神父はもろ手を広げると、両手から紫炎を出した。

「その炎!やはり、貴様が!!……そんな禍々しい力を手に入れる為に……!!」

「フィーリア!誤解です!」

 怒りに駆り立てられたフィーリアは背負っていた“十字の聖剣”を抜く。

「まだ、言うか!貴様の罪、償ってもらう!!」

 そう言ってフィーリアは神父へと斬りかかる。

「フィーリア!止まりなさい!」

「はぁぁあああああ!!!」

「クッ、紫炎よ!」

 神父は両手から紫炎を噴き出しフィーリアを攻撃する。
 その時、フィーリアが持つ聖剣は強く輝き、紫炎を切り裂いた。

「悔い改めよ!!」

 聖剣を振り下ろす轟音と共に神父が首から下げていた弔い瓶が辺りに散らばる。
 フィーリアは床で倒れる神父様を眺めながら、両ひざをついた。

 何故こうなってしまったのか…。
 育ての親である…神父様を…この手で…殺めなければならないのか…。
 しばらくしてから、騒ぎを聞きつけたクロウが部屋へと駆けつけた。

「今の音は一体どうしたんです!大丈夫ですか神父様!!……な、なんと!?」

 部屋の惨状に驚くクロウ。
 そして糸が切れた人形のように座り込むフィーリアに気がついて声をかける。

「せ、聖騎士殿これは一体……何があったんですか?」

 フィーリアは泣き出しながら、クロウに説明をし始めた。

「神父様が……ライベルや他の騎士達を!私は、許せなかった!育ての親であっても間違いは正さなければ……」

 クロウはジッとフィーリアを見つめて言葉を発する。

「もし、それが本当であれば、聖騎士殿がやった事は間違いではありません。あなたが無事でよかった。神父様もその力に支配されていたのでしょうか……それとも……。どちらにせよ裁かれるべきでした。辛かったでしょう……」

 フィーリアの目から涙が溢れる。

「私は…私は、正しい行いをしたのだろうか?これで全て終わらせられたのか…?」

「はい…聖騎士殿は正しい道をちゃんと歩んでいますよ。何の心配もいりません」

「そうか…すまない……情けない所を見せた……聖騎士として私がこの教会を…支えていかねば…」

「一人で抱えないでくださいよ、聖騎士殿。私もお力になりますから。あ!胸を貸しましょうか?いくらでもこの胸で泣いていただいてかまいませんよ!」

 クロウは笑顔をつくる。
 そして、フィーリアは小さくクスッと笑った。

「今は…お前のその適当な感じに救われる」

「ン~、私は至って真面目なつもりなんですがねぇ」

 クロウは少し困ったような顔をする。

「フフフッ…、それはすまなかったな」











































 ――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――

 ―――――

 ―――

 ――


 教会の外には無数のカラスが集まっていた。
 一羽、また一羽と教会の屋根で羽を休めるカラス達。
 その中の一羽が「カー!」と鳴くと、それにつられて他のカラス達も鳴き始める。
 カラスの声の大合唱は「カー!」という音が連なり、重なり、複雑に絡み合った不協和音を奏で始める。
 途切れる事を知らないその音は、ジッと聞いているとまるで笑い声のよう。
 未だ闇の中で足掻く者達を嘲笑うかのように…

 ――カラスは嗤(ワラ)う。

+ 無垢なる甘き親愛エミル
 商業都市『イエル』のはずれ。
 そこには傭兵達が群れを成して生活をする一角が存在する。
 その家々の中、とある一軒を覗いてみると、キッチンに立つ小さな娘の姿があった。

「んっと……まずは実を割って豆を取り出す……か。よぉ~し!」

 少女の名はエミル。
 傭兵である父バスタと二人でここに暮らす少女。
 三日後にバレンタインデーを控えた今日、彼女の母がいつも使っていたレシピノートを真剣な眼差しで読みながら、父のために一人で頑張ってチョコレートを作るその姿は何とも愛らしい。

「豆を取り出したら……120℃で30分ロースト…………ろーすと?」

 とはいえ、お菓子作りどころか、本格的な料理さえも未経験の彼女にとって『チョコレートを作る』という行為はあまりにハードルの高いもの。
 しかも、それを豆から行うともなれば尚更である。

「すり鉢を45℃で……ゆ……ゆ…………しながらココアバターを加えて……」

 レシピに綴られたいくつもの聞いたことの無い言葉。
 読み方さえもわからないそれらの意味を前後の文章から予想しながら作業を続けていたが、工程を経るごとにその手が止まることが多くなってきた。

「……どうしよ……わかんないよぉ……」

 目の前に揃えていた材料たちは彼女の知るチョコレートの形とは程遠い姿へと変わっていき、失敗したという事実に本人が気づいたとき、彼女の心は涙となって悲鳴を上げた。

 彼女とて確信があったわけではないだろう。
 心のこもった手作りチョコレートを大好きなパパへ。
 そう考えた時から根拠ない自信が彼女を突き動かした。
 材料を自分の足で探しに行き、道中で遭遇する魔物にも負けずにそれを入手した瞬間、今の自分には何でもできるんだと錯覚するほどの悦に浸ったことだろう。

「ママ……」

 滲む涙で歪んでいく視界の中、すでに亡き母のレシピを見て、その笑顔を思い出す。
 また一から材料を揃えている時間はない。
 幼い心が挫けようとした時、母のノートの端っこに彼女の目が止まる。

――大切なのは愛情!

 「愛情……」

 その文字が自分に宛てられたように思えたエミル。
 彼女は涙をグイッと拭うと、なけなしのお小遣いの詰まった瓶を握り締めて家を飛び出した。





 それから少しして、ノンストップで駆け続けたエミルの足が、商業通りの菓子店の前で止まった。
 エミルはショーウインドウにベッタリと貼り付くと、そこに並ぶお菓子たちを吟味した。
 手作りを諦めた彼女が次の手段にと考えたのは、既製品のチョコを贈る方法だ。
 そこに愛情さえあれば、気持ちさえあれば、きっと喜んでもらえる。
 母の言葉をそう汲み取っての行動だった。

「これだぁ!!」

 棚の上段に置かれた一際大きなチョコレート。
 小奇麗に、そして豪華に飾り付けられたそれは、まさにエミルが想像していた百点満点のチョコレートだった。

 ――カランカランッ

 勢いよく店内へと飛び込んだエミルはレジの前まで駆け寄ると、先程のチョコレートを指差しながら、店員に尋ねる。

「すみません!あのおっきいチョコが欲しいんですけど!」

「いらっしゃい。棚の一番上のものかい?けっこう値段の張るものだけど、お遣いかな?」

「ううん!パパにあげるチョコを買いに来たの!お金も、ちゃんと持ってきました!!」

 店員はエミルから元気よく差し出された瓶を一目見ると、その表情を曇らせた。

「えっと……お嬢ちゃん。申し訳ないんだけど、それじゃちょっと足りないかなぁ……」

「え……あ、あといくらもってきたら買えますか?」

 エミルが選んだ商品は、この店でもそこそこ値の張る部類に入る一品で、気合を入れたレディをターゲットにしたちょっとお洒落で大胆なチョコレート。
 とてもじゃないが子供のお小遣いで買えるような代物ではなかった。

「チョコって……そんなに高かったんだ……」

「ご、ごめんね!でも、お嬢ちゃんが用意したお金でも買えるものもたくさんあるよ!?例えば……ほら!これなんかどうだい!?」

 あからさまに落ち込むエミルを前にして、店員も慌ただしく他の商品を薦めるが、そのどれもが彼女のお眼鏡に適う事はない様子。
 せっかくなら自分が本当に良いと思った物をプレゼントしたい。
 その気持ちに踏ん切りをつけることが出来ないのだろう。

「え、えっと……弱ったなぁ…………」

 最終的には俯いたまま無言になってしまったエミルと、困り果てた店員が向き合って立ち尽くすだけの絵となった。

――カランカランッ

 そんな時、店内に響いた戸の開く鐘の音。

「エミルじゃねぇか!珍しいなこんなとこで!」

 自分の名を呼ばれたことで顔を上げて店の入り口を見るエミル。
 そこには彼女にとってはよく見知った顔があった。

「おじちゃん!」

 男はバスタの傭兵仲間だった。
 その付き合いはエミルが生まれる前からのものらしく、いわゆる親友というやつのようだ。
 バスタの後ろをトコトコ付いて歩くエミルを担ぎ上げてよくからかっており、エミルの信用を勝ち得ている数少ない大人の一人でもある。

「おう!店の前を通った時にお前を見かけてな。困ってたように見えたんだが、どうかしたのか?」

「困ってる……けど…………」

 事情を尋ねられるが、エミルの口は重い。
 父に内緒でチョコを用意しようとしている彼女にとって、父の友人である彼もまた秘密を打ち明けにくい相手なのだ。
 立ち話からうっかり、なんてことも十分あり得ると考えているのだろう。

「あ!そうだ!!」

「うん?」

 しかしエミルはここで閃く。

「おじちゃん!傭兵のお仕事に連れて行って!」

「どうした急に!?」

「えっと……欲しい物があるの!それを買うのにお金がいるの!」

 エミルの思い付きは非常に単純なものだった。
 仕事をこなし、その報酬として金を得る。
 傭兵である父と共に戦場に立っている彼女が知る唯一かつ確実な金を稼ぐ方法だった。
 しかし、彼女の思惑は簡単に覆される。

「そいつは無理ってもんだ。戦の話なんてそう都合よく転がってるもんでもねぇしな」

「でも……」

「それに、バスタのヤツに黙ってお前を戦に参加させたことが知れたら、俺がこっぴどく叱られちまうよ……」

「でもぉ……ぐすっ……ひっぐ…………」

 これではチョコを用意することが出来ない。
 いよいよ手詰まりになったエミル。
 ここまでなんとか堪えてきた涙が、とうとう溢れてきてしまう。

「お、おい!?一体、どうしたってんだ――ん?」

 泣き始めたエミルを見て、慌てて店員の方へ視線を向けた男の視界にあるものが映る。
 小銭がたくさん入った瓶。
 レジカウンターに並べられた小さなチョコたち。
 様子を見守っている店員の困り果てた顔。
 男がそれで粗方の事情を察したようだった。

「……なるほどね」

 ぼそりと呟いた男に対し、何かを肯定するかの様に店員が激しく首を縦に振っている。

「エミル!仕事は傭兵業だけじゃねぇぞ?俺がお前にあるクエストを出す。それを無事にやり遂げる事が出来たなら報酬をやるぜ?」

「ぐすっ……くえすと……?」

 男の言葉に反応し、エミルの涙が止まる。

「仕事のことさ!もともと俺がやろうと思ってたのがいくつかあってな、それをお前に分けてやる。もちろん成功報酬は全部お前のものだ。悪くねぇだろ?」

「仕事!?ホント!?やる!頑張る!!」

 言わずもがな、男の粋な計らいだった。
 緊急クエストの発行である。

「よし!じゃあ詳細を伝えるぞ!」

「はいっ!!」

「隣の診療所の先生が病室に飾る花を欲しがっている。それに見合う美しい花をたんまり摘んできてくれ。期限は今日の日没まで!どうだ?」

「ダメ!」

「よし――って、あれ!?」

「そんな簡単なクエストじゃダメ!報酬がいっぱいもらえるのが良い!」

 報酬に見合うだけの重要な仕事を。
 まだ金銭の価値が曖昧なエミルにとって、あのチョコレートはそれはそれは高価なものだったのだ。

「う……う~ん…………」

 二つ返事で引き受けてもらえるものと思っていた男は頭を悩ませる。
 エミルにとってとても重要だと確信できる仕事。
 少なくとも日没までには片付ける事が出来て、危険の無い仕事。
 そんな条件に合う仕事を必死に考え、一つの回答を導き出す。

「……わかった。とても重要なクエストだ。俺だけじゃねぇ。俺の家族の命運までかかってる。どうだ?」

「や、やる!」

「責任感のある、本当に信用できる人間にしか頼めない難しいクエストだ。それでもやるか?」

「やるっ!!」

「よし、ちょいと待ってな……」

 そうエミルに告げると、静かに店を出て、何処へともなく去っていった男。

「どんなすごいクエストなんだろうねぇ?」

「頑張るもんっ!あっ……でも、お仕事の間にチョコが売れちゃったらどうしよぅ……!」

「心配しなくても大丈夫だよ。あのチョコはお嬢ちゃんの為に取っておくよ。約束だ!だからクエスト頑張るんだよ?」

「ありがとう!」

 男が戻るまでの暫しの間、エミルを気にかけていた店員が彼女のお相手を務める。
 様々な妄想に胸を膨らませながら意気込む健気な少女は、店員の彼に限らず、見る者皆がその背を押してあげたくなることだろう。

 ――カランッカランッ

 再び店の鐘が鳴るまでに、さほど時間はかからなかった。

「おう!待たせたな」

「お帰りなさい!くえすとは!?」

「お?気合十分じゃねぇか。ちゃんと用意してきたぜ?」

 そう言いながら、男は一つの筒をエミルに差し出した。

「なぁに?これ……」

 巻かれた羊皮紙に何かの紋の浮かぶ封蝋。
 書簡。
 それは、エミルにとっては初めて目にする物ではあったが、とても重要な物の様だという印象だけは確実に受け取ったようだった。

「手紙みたいなもんさ。内容は極秘事項だけどな」

「……ごくひ?」

「内緒ってことだよ。それだけ大事な事が書かれてるんだ」

「……う、うん!」

 それを聞き、エミルはゴクリと息を呑んだ。
 先ほど断ったクエストとは格が違う。
 少し躊躇しつつも自分を奮い立たせ、覚悟に燃える眼差しを男へと向けている。

「こいつを隣村の村長の元へ届けてくれ。さっきも言ったが、本当にとてもとても大事な物だ。失敗は許されないぞ?報酬は見合った分だけ用意してやる」

「うん!!」

「隣村まではそう遠くないが、道は大丈夫か?」

「大丈夫!パパと何回も行ったことあるから平気!」

「良し。あぁ、そうだ。魔物が出る事なんてまずないだろうが、用心のために剣は持って行けよ?」

「わかってるよ!ママのお守りだもん!」

「そうだったな!じゃあ、今日の日没までには帰ってくるように。俺は家で待ってるから、戻ったら報告してくれ。頼んだぜ?」

「了解!行ってきます!!」

 ――カランッカランッ

 真剣な面持ちで元気よく返事をしたエミルは、飛び出すように戸の鐘を鳴らして駆けて行った。

「あんな娘さんをお持ちのお父様が羨ましい限りですねぇ」

「まったくだな……ところで、そんな娘さんのために一つ相談したいことがあるんだが――」





 ――数時間後

 太陽は天辺を回り、そろそろ傾き始めるかといった頃合い。
 イエルから北へ里二つほど行ったところで隣村が見えてきた。

「あ!見えてきた!!」

 街の店を飛び出してから走りっぱなしだったエミルだが、さほど疲れはない様子。
 それどころか、笑みさえ浮かべながら一層その脚を速める。

「到っ着~!!」

 彼女にとって既に見知った村ではあったが、一人で来ると見え方も少し変わったものとなるのだろう。
 村の敷地の境界線を踏み超える瞬間、彼女の表情にはどこか緊張のようなものが感じられた。
 そのまま真っ直ぐ村長の家へと向かった彼女は、深く深呼吸をしてから戸をノックした。

 ――コンコンッ!

「こ、こんにちは!村長さんはいます……いらっしゃいますか?」

「あいよ?どちらさんかな?」

 間も無くして開いたドアの向こうから、フサフサの白髭を蓄えた老人が姿を現す。

「おや?お嬢ちゃんは確か……あ~……バ……バ……バストさんのとこの娘さん!」

「バスタだよ!」

「おぉ!そうじゃった、そうじゃった!パスタさんじゃったな」

「『バ』だよ!『バ』!!バ・ス・タ!!」

「そうか、そうか……いや、最近物忘れが激しくてのぉ……ひょっひょっひょっひょっ!」

 大丈夫なのだろうか。
 そんな文字がエミルの顔に書いてある。
 しかし、このやり取りもあってか、先ほどまでと比べ、彼女の表情は柔らかい。

「あの……これ……届けて欲しいって言われてきました」

「んん?何だねこれは?」

 本題へと入ったエミル。
 書簡を手渡された村長は、首をかしげながら封蝋を外してその内容を検める。

「どれどれ……ん?」

 それはある報酬の請求書だった。
 今回の件とは関係無い。
 エミルにクエストを発行した男が先日こなしたであろう仕事についてのものである。
 普段は商業組合を通して送付していた書簡だが、それを今回はエミルに届けてもらったという訳だった。

 そして、更に添え書きが続く。
 そこには今回の件の事情説明がしたためられており、村長にもその目的と意図がハッキリと伝わったようだ。

「ほほぅ……おやおや……なるほどなるほど……」

「…………」

 反応が気になるのか、エミルがウズウズしているのが伝わってくる。

「コホン……此度の重要なクエスト、大いにご苦労であった!」

「は、はい!ありがとうございます!!」

 中身を読み終えた村長が、改まった様子でエミルを称える。

「これは確かに受けとったよ。依頼主とお父上によろしく伝えておくれ」

 村長はそう述べながら、エミルに向かってニッコリと笑ってみせた。



 エミルがイエルに帰り着いたのは、丁度クエストの報告期限とされていた日没間近のことだった。

「いっそげ~!いっそげ~!いっそっげ~!」

 期限が近いことは察しているようだが、お気楽そうに見えてしまうのはクエストをやり遂げた達成感からだろうか。
 足取りも急いでいると言う割にはスキップに近いような軽いものだ。
 しかし彼女のクエストはまだ終わってはいない。
 これからその報告と報酬の受け取りが待っている。

「おじちゃん!ただいま!!」

「おぉ!帰ったか!!なかなか戻らないから心配したぞ、ちくしょう!!危うく探しに行っちまうとこだったじゃねぇか!」

 報告に顔を出したエミルを見た途端、男は彼女を抱き上げて喜びと安堵の叫びをあげる。

「ごめんなさい……でも、クエストはちゃんとできたよ?村長さんが、おじちゃんとパパによろしくだって!」

「そうか、そうか!じゃあ報酬をやらねぇとな!」

「うん!」

 エミルを下ろした男は、少しもったいぶったようなニヤケ顔をエミルに向けた後、報酬を差し出した。

「あ……これ!」

 それはあの店のチョコレート。
 エミルが一目惚れしたあのチョコレート。

「いいの!?」

「あぁ!これはお前の成功に対する正当な報酬だ。傭兵なら、こなしたクエストの報酬は自信を持って受け取ることだ!」

「はい!ありがとう!おじちゃん!!」

 エミルが人生で初めて、一人の力でクエストを完了した瞬間だった。





 ――バレンタイン当日

 エミルは自宅で父の帰りを待っていた。
 その手には手紙の添えられたチョコレート。
 食卓の椅子に座り、足をプラプラとさせながらそのチョコを眺めて笑っている。
 父はどんな顔をするだろうか。
 驚くかな?
 笑うかな?
 どんな顔をするにしろ、きっと喜んでくれるだろう。
 間も無く訪れるであろう幸せの時間に心躍らせながら、エミルは今か今かと父の帰りを待っていた。

「ただいま~!」

 帰ってきた。
 エミルは瞬時に反応し、玄関の父の元へと駆け寄る。

「遅くなってすまない。すぐにご飯を用意するから――」

「おかえりなさい!パパ!はい、これ!ハッピーバレンタイン!」

 抱きつく様に父の胸元へ飛び込んだエミルを、バスタが受け止める。

「うぉお!?どうしたんだ、エミル……?これは……チョコレートか?」

「今日はバレンタインだよ!」

「エミルが用意してくれたのか?」

「うん!」

 喜んでくれる。
 そう思っていた。
 しかし、その淡い期待は叶わない。

「どうしたんだこれ?こんな見るからに高価そうなもの……また何か危ない事をしたんじゃないのか!?」

「え……それは、あたしがクエストを受けて……報酬として――」

「クエスト!?一人でか!?何故そんな真似をした!?あれほどいつも心配させるなと言っているだろう!」

「だって……パパに……」

「どうしてわかってくれないんだ!?もしものことがあったら、俺は……!」

 あんなに頑張ったのに。
 一人でも頑張ったのに。
 喜んでもらえるどころか悲しませた。
 褒めてもらえるどころか怒られた。

 二人で笑顔になれるはずだったのに。
 どうしてこうなってしまったのか。

 エミルの心をギュと締め付ける。

「……パパの……パパのばかぁああああ!」

「エミル――ブッ!?」

 チョコで父の顔面を殴り付け、暴れる様にして父の腕から脱出したエミルは、そのまま自室へと駆け込んだ。
 その顔は怒りと悲しみの入り混じる涙でボロボロになっていた。

「エミル……」

 バスタもまた、トボトボと自室へと向かい、引きこもった。



 少しすると、食卓に声が聞こえてきた。
 既に泣き疲れているであろうエミルの声ではない。
 低い声で苦しむような、呻くような、そんなくぐもった声。

 声を辿ると、それはバスタの部屋から聞こえてきていた。

「……ぐぅ……ふぐぅ……ふぶぅう……ぶぉおおおお……」

 バスタはむせび泣いていた。
 その手にはエミルから殴り渡されたチョコレートと、開かれた手紙。

 彼とて嬉しかったはずだ。
 本気で怒るほど心配し、愛している娘からの贈り物。
 伝える気持ちの順番を少し間違えただけ。

 きっと明日には、感謝と喜びに満ちた笑顔の彼と、同じく笑う娘が家を駆け回っていることだろう。
 涙で濡れた手紙は、そんな予感を抱かせてくれた。





 世界一のパパへ――

 いつもおしごとおつかれさま。
 いつもママのかわりにおいしいごはんありがとう。

 あたしもすぐに大きくなって、もっとおしごと手伝えるようにがんばるね。
 チョコ作りはしっぱいしちゃったけど、ごはんも作れるようになるね。
 今年はお店で買ったやつだけど、次はきっと平気だから、楽しみにしててね。

 いつもしんぱいかけてごめんなさい。
 でも、あたしもつよくなったよ。
 パパのことを見て、いっぱいれんしゅうしたよ。
 もう、あたしだけでもクエストに行けるくらいつよくなったよ。

 もっともっとつよくなって、パパを守ってあげられるようになるね。
 今までいっぱい守ってくれたパパにお礼がしたいです。

 これからもずっと元気でいてね。

 ――エミルより


+ 白嵐の王国騎士団長アルド
 そこはレミエール王国南方領地。
 今まさに、その地で死闘は繰り広げられていた。

 睨み合う二つの陣営。
 片や、誇り高き王国直属の騎士団員が数十名。
 片や、百戦錬磨の傭兵団延べ数十名。

 しかし、これは戦にあらず。
 互いが互いに真っ直ぐと立ち並び、ただただ眼前の一点を見つめているのみ。

「はぁああああああ!!」

「おぉおおおおおお!!」

 二つの軍勢が向かい合うその中央で、凌ぎを削り合う二人の男。
 その場にいる全員が、戦いの光景を目に焼き付ける様に見据えていた。

「でぃやぁああああああ!!」

「ぐぉ!?」

 レミエール騎士団の正装に身を包む男が、相対する敵に強烈な一撃を叩き込む。

「「うぉおおおおおおおおおおおおおお!!」」

 同時に、その背後に控える騎士団員たち全員が雄叫びを上げる。

「まだ……だぁああああああああ!」

「ぬぅ……!?」

 あまりの衝撃に一瞬よろめく相対者は狼のガルム。
 こちらも負けじと、即座に体制を整え反撃する。

「「っしゃおらぁああああああああああ!!」」

 同時に、その背後に控える傭兵達が吼える。

「いい加減しつこいぜ……アルドさんとやら……!」

「名は……確かエーリッヒと言ったな?こっちの台詞だ……!」

 今この状況に至るまでを経緯を説明するためには、数日前へと話は遡る――――



――今回、王国領内のとある貴族が、不正に利権を独占して私腹を肥やしているとの報せを受けた王家は、アルドが率いる騎士団に対し、事実確認と、必要とあらばその身柄を拘束することを命じてこの地に派遣した。

 こうした事例そのものは珍しい事ではなかったが、問題は容疑をかけられた貴族の対応だった。
 通常であれば、王城より発行された礼状を携えた騎士団が到着すると、疑いをかけられた者は速やかに協力し、事情聴取に応じるといった運びとなる。
 しかし、今回容疑者である貴族は、事前にどこからか騎士団派兵の情報を入手したらしく、なんと傭兵を雇い入れていたのである。
 貴族邸に到着した騎士団一行を門前で待ち構えていた傭兵たち。
 目的と立場を確認するため、アルドが彼らに歩み寄った時、傭兵のうちの一人もまた一歩前へと足を踏み出した。
 その人物こそが、傭兵団頭目エーリッヒである。

「おぅ……待ってたぜ?」

 狼のガルム族。
 筋骨隆々の鍛え抜かれた身体。
 分厚い鎧に身を包んでいることもあり、一層その存在感が大きく見える。

「レミエール王国騎士団だ。傭兵がここで何をしている?」

「だから今言ったろ?お前らを待ってたんだよ」

「……俺はアルド。本騎士団を指揮している者だ。お前がこいつらの頭目か?」

「おぅ!名はエーリッヒ!」

「で、そのエーリッヒさんとやらは俺たちを待ち伏せして、何か用か?」

「おぅおぅ……上から目線でモノ言ってんじゃねぇぞ?強者には媚びへつらうが、弱者は自分たちを食わせる餌としか思ってねぇ。やはり騎士様ってのは王様たちの飼い犬か?」

「レミエール王国の誇りを……王家を侮辱する気か?犬はどっちだ……金に釣られるだけの野犬が。もう一度だけ聞いてやる。ここで何をしている?抵抗するなら容赦しねぇぞ?」

 アルドの放つ気配が明らかに殺気立つ。

「ダメだな……この期に及んで自覚がないと見える。つくづく救えねぇ……」

「まだほざくか?俺たちは王の命令で――」

「奪いに来たんだってなぁああああああ!!」

 突如、アルドに攻撃を仕掛けたエーリッヒ。
 そのまま互いの軍勢を巻き込み、大規模な戦闘となるかと思われたが、そうはならなかった。

「全員、手を出すなっ!!」

 剣の柄に手をかけ、今まさに駆け出そうとしていた騎士団員たちが制止する。
 それはエーリッヒからの初撃を意図も容易く受け止めたアルドから発せられたものだった。

「躾がなってねぇ野良犬は……俺が王に代わり教育してやるっ!」

「はっ……ははっ!おもしろい!お前らも手は出すなよ!!騎士様に現実をわからせてやらねぇとな!」

 こうして、軍団同士の直接衝突とはならず、互いの代表同士が一騎打ちをする形となった――――



「傭兵如きと侮ったのは早計だったか……が、ここまでだ……!」

「お前もなかなかやるじゃねぇか……温室育ちの騎士様にしては、だがな!」

 二人の決闘が開始されてから既に一刻が経過。
 互いの全身には、その激しさを裏付ける夥しい数の傷跡が見て取れる。
 それでも一向に止まる気配の無いアルドとエーリッヒは、一撃、また一撃と、力を交わし続ける。

「ア、アルド団長……!」

「おい……もう止めた方がいいんじゃねぇのか?」

 更に熱を増すアルド、エーリッヒとは対称に、周囲の者たちからは不安の声が上がり始める。
 当然、当人たちの耳にも聞こえている。
 それでも彼らは止まらない。

「これで決めてやるよぉおおおおおお!」

「うぉおおおおおおおお!!」

 譲れぬ想いが再び衝突する。

「ぐっ……あぁああ……!?」

「うっ……ぬぅ……!!」

 互いの渾身の一撃が交差した瞬間、二人の表情が歪んだ。
 アルドは左目を押さえたままよろめき、エーリッヒは左腕を庇うように膝をつく。

「いかんっ!これ以上は無理だ!」

「頭ぁ!やべぇ!止めるぞ!!」

 もうこれ以上は見ていられないと、互いの部下たちが二人に駆け寄る。
 アルドの左目は深々とえぐられ、もはや治癒魔術でさえ治療が不可能であることが明らかな状態。
 一方のエーリッヒも、先程まで繋がっていた彼の左肘から先が地に転がっているのを見ると、絶望的な深手を負ったことは言うまでも無かった。

「来るなぁ!!まだ決着はついてねぇっ!!」

 剣を地に突き立て、倒れることを拒否するアルドの怒声。
 血塗れになりながらも、片目を失ってもなお、微塵も闘志の衰えを感じさせないアルドの姿は、傭兵たちに心に恐怖を刻み込む。

「は……ははっ!はははははははは!!

 その中でただ一人、恐怖よりも喜びの感情を覚えたエーリッヒが笑う。

「アルド。お前、どういうつもりだ?国に媚びへつらうだけのヤツが俺と対等に戦えるわけがねぇ……何か強い信念を感じる」

「守るべきモノを守るためだ。お前こそ、何のために戦う?少なくとも、金のために剣を握るヤツの戦い方には見えねぇぞ?」

「金などいるか!!ただ、誰もが平和に暮らせる安らかな世界のために!俺はそのためだけに戦うのみだ!」

「あの屋敷に住む馬鹿貴族を助けることが、お前の言う平和に繋がるのか?」

「そうだ!王族や国といった強者から虐げられ、踏みつけられる弱者は救わねばならない!お前は違うのか!?弱き民は、騎士のお前にとって守るべきモノではないのか!?」

 どうも話が噛み合っていない。
 思えば戦闘を開始する前からエーリッヒはアルドが腑に落ちないことを口走っていた。
 眉をひそめるアルドは、改めて考える。
 自分たちがここにいる理由。
 それに敵対する理由。
 エーリッヒたちが貴族を弱者と呼ぶ理由。

 疑問が一つの仮説を導き出す。

「エーリッヒよ。俺たちがここに来た理由を知ってるか?」

「あそこの貴族様を捕えて、財産を取り上げるためだろう?」

「質問を変える。何故、俺たちがそうしなきゃいけないか知ってるか?」

「あぁん?弱者から権利と財産を無理やり取り上げて、自分たちがおいしい思いするためだろうが!?」

 アルドが立てた仮説は正しかった。

 この地の貴族は、エーリッヒたち傭兵団を雇う際に自分の立場とこれまでの行いを説明していない。
 不正に王国から全てをむしり取られる被害者を演じ、虚言と悪意をもってエーリッヒの情けに訴えたのだ。
 そこまでわかれば話は簡単だった。
 アルドたちの目的と行動理由を詳細にエーリッヒに伝える。
 それだけで解決する。





「は、離せっ!!くそっ……役に立たん傭兵どもだ……!!」

 程無くして屋敷は制圧され、任務対象だった貴族は騎士団の手により王都へと連行された。

 アルドの話を聞いたエーリッヒは、自分たちが誤解していたことをすぐに理解した。
 貴族の口車に乗せられ、平和のために行動していたアルドたちに対し、刃を向けてしまった過ちを認め、謝罪したのだ。

「今回の件は悪かった……あんなペテンにかけられちまうとは情けねぇ話だ。お前の目にも消えない傷を残しちまった……すまねぇ」

「お互い様だ。お前こそ、その腕じゃ不自由することだろうよ」

「なぁに。ヘタこいたツケとしちゃ、命があるだけまだ安いってもんだろ?」

「ふふっ……そうかもな」

「じゃ、俺たちはもう行くぜ?稼ぎがパーになっちまったからな。新しい雇い主を探す」

「……お前とはまたどこかで会う気がするな。エーリッヒ」

「当たり前だ。言っておくが、勝負の決着はまだついてねぇんだからな?忘れるなよ、アルド?」

「あぁ。逃げも隠れもしねぇ!」

 この一件こそ、アルドとエーリッヒの、生涯を通して唯一ライバルと呼べる存在との出会いだった。





―― 一カ月後。

 エーリッヒに受けた傷の疼きも落ち着き、アルドが完全に騎士団に復帰した頃、彼はレミエール王国王女エリーゼの召喚に応じ、王城の謁見の間を訪れていた。

「よく来てくれました、アルド。もう傷は平気ですか?」

「はっ!この通りにございます」

「傷だらけで帰ってきたアルドの姿を見た時は驚きました……本当に良かった」

「お心遣い、痛み入ります。部下たちにも不安を与えてしまいました。一層、職務に励み、一刻も早く安心させてやらねば」

「そうですね。実は今回、貴方に頼みたい任務があるのです」

「如何様な任務であろうとも、御心のままに」

「ありがとう!」

 エリーゼより受けた命は、彼女が近々行う領地内への視察に同行し、そのサポートと警護を行うという内容だった。

 今の王族が領内の民から厚い信頼を得ている理由の一つとして、こうして御身自らが彼らの姿を見て、声を聞き、接してきた過去があることが挙げられる。
 無論、身の危険を考えれば良い事ばかりではないことも彼らは承知はしていたが、それでも民のため、国のためを想う姿勢あっての判断だ。
 それだけの想いと覚悟をもって行われる政務と、それを傍で支えるお役目。
 アルドにとっても光栄の至りであることだろう。



「間も無く出立だ。各自、準備は万全か?」

「「はっ!!」」

 エリーゼの命を受けたアルドは、今回の任務に当たり、直属の部隊から十人程度の騎士を選抜した。
 一人一人が騎士団の中でも一目置かれる精鋭たち。
 アルドは、エリーゼが王都を発つまでの数日の間に警護の陣形、ルートの確認、各地の事前調査を完了させ、任務に備えた。

「皆さん。今日はよろしくお願いします」

「エリーゼ殿下……御自らお言葉を頂けるとは。我ら一同、この命と誇りにかけ、御身をお守りいたします」

「こら、アルド。そんなに気負っていたら、民の皆さんを怖がらせてしまいます!」

「ま、誠に失礼を……!」

「ふふ……冗談です!」

「これは……ははは。一本取られてしまいましたな」

 張り詰めていた空気が柔らかく和んでいく。
 緊張していたはずの部下たちも、いつしか自然な笑み浮かべていた。

「言葉もない……このお方を、この地を、この平和を、守るべきモノを守らねば……」

「アルド?何か言いましたか?」

「いえ。何でもありませぬ。やや!そろそろ出発のお時間です!」

「はい。では、共に頑張りましょう!」



 こうして王都を出発した一行。
 予定通りのルート。
 予定通りのスケジュール。
 全てが順調に進み、視察は消化されていく。

「あ!お姫さまだ!わーい!エリーゼさまー!」

「ごきげんよう。最近、何か困った事はありませんか?」

「ないです!毎日すっごく楽しいです!」

「今回も王女様自らよく赴いてくださいました。おかげ様で、この村は平和で幸せな日々を暮らしております」

「それはなによりです。少しでも気になったことがあれば、何でも言ってください!」

「へへぇ……ありがとうございます!」

 訪れる街々、村々で同じように繰り返される光景。
 それを見る度に、自身が仕えてきたモノに、守ってきたモノに間違いはなかったと噛み締めるアルド。

 夕刻まで続けられたそんな旅路も次の街で最後。
 一日かけてようやく王国領地全体の十分の一程度。
 エリーゼ、ひいてはレミエール王国の王族は、こうした視察を各地で定期的に行う。
 政務という言葉で片付けるのは簡単だが、同じことを行えている王たちが世界中にどれだけいることだろう。
 言う者に言わせればただのご機嫌伺いや点数稼ぎに過ぎないのかもしれない。
 労力に見合うだけの成果が得られているのかもわからない。
 それでも、この国の王族は代々に渡りこういった姿勢を守り抜いてきた。
 信頼や感謝にどれだけの価値をつけるかは人それぞれだが、彼らはその価値を深く重んじ、大切にしているのだ。

「殿下。今回の視察は次の街で最後となります。お疲れではありませんか?」

「いいえ。私はまだ子供ですが、これが王家の務めであり、私の責任です。それに、皆さんの笑顔を見れば、疲れなど吹き飛んでしまいます!アルドもそうでしょう?」

「然り。実に喜ばしい事です」

 しかし、そんな時間も束の間、そろそろ街の影が見えようかという所で、横道から一行の前に躍り出る人影をいち早くアルドが察知した。

「全員!警戒!!」

 アルドの声に素早く反応した隊員たちが、エリーゼを囲み、剣を抜く。

「何者だ?貴様!」

「レミエール王国王女殿下、エリーゼ姫とお見受けした……」

「――っ!?気を付けろ!まだいるぞ!!」

 馬車が停止したことを皮切りに、素早く忍び寄ってくる複数の気配。
 その数は五、十、十五、続々と増えていく。

「アルド団長!」

「殿下のご無事が最優先だ!囲まれる前に突破するぞ!!」

「「はっ!!」」

 一見するとただの野盗。
 だが、仕掛けてくるタイミングや、獲物を包囲する際の手際の良さなど、場慣れした野盗のそれとは正確さもレベルも桁違いだ。
 恐らくは特殊な訓練を受けた何者からによる偽装である。

「八時方向に転進!森の中へ!!」

「せぇやぁああああ!」

 最も包囲の薄そうな場所を瞬時に見極めたアルドの指示で、隊員が突破口を開く。

「止まるな!進めぇ!!」

 先頭にエリーゼを乗せた馬車。
 その周囲を隊員が囲んで護衛。
 追撃をアルド含む数人の騎士が阻む。

 そうして何とか追っ手を振り切ることに成功した一行は、近くにあった森の中へと逃げ込むことに成功した。
 だが、これも恐らくは敵の計画通りなのだ。

「団長。ただいま戻りました。どうやらこの付近には敵の姿はないようです」

「ご苦労。少し休んでくれ」

 周囲の状況と安全を確認するため、哨戒に向かわせていた部下からの報告を受け、アルドは対策を練る。

「しかし、やられました……森は視界が悪く、敵の接近を察知することも難しい。身動きを取りにくくするようにここへ追い込んだのでしょう」

「あぁ。あれは野盗なんかじゃねぇ。間違いなくプロだ。不用意に森から出ようと動けばあっという間に索敵網にひっかかる」

「しかし、捜索の網は徐々に狭まってきます。ならばいっそ、少しでも早く突破を試みた方がよろしいのでは!?」

「早く手を打たなければならんのは正解だが、その方法は危険すぎる。殿下もおられるのだ」

 物々しい視察を避けたがったが故の少人数での護衛だったが、この判断が裏目に出た結果となった。
 精鋭揃いとはいえ、数倍の人数差を相手にしながら護衛対象を守り切らなければならない戦闘。
 いくらなんでも勝ち目が薄すぎる。

「ですが……なら、どうすれば……」

「奴らの狙いは殿下だ。殿下がここにいる限り、奴らも森を離れることはできん」

「それはそうですが……」

「例え護衛の一人や二人が逃げ出そうとも、むしろ殿下の守りが薄くなるだけ奴らは歓迎するはずなのさ」

「王都へ増援を要請するおつもりですか!?」

 こちら側の手勢が増えれば、正面突破さえも容易になる。
 それが騎士団の大部隊ともなれば、いかなプロとはいえども、撤退せざるを得ない。
 だが、それは実現不可能な机上の空論に過ぎなかった。

「無理です!ここから王都へ走り、再び戻ってくるだけでも半日以上!部隊を動かすとなると早くとも一日近くかかります!」

「その通り。だから援軍の要請先は王都じゃねぇ。あっちだ!」

 アルドが指差した方向は王都とは真逆の方角。
 首をかしげながらそちらを見たアルドの部下は、少し考えた後、驚きの声をあげる。

「まさか!?視察先の街に援軍を求めるおつもりですか!?」

「あの街なら半日もかからず往復できるからな」

「アルド団長……お言葉ですが……エリーゼ殿下は、民たちに危険が及ぶことを良しとはしないはずです!」

「そんなことわかってる。一般人じゃねぇ。正規軍が駐留してねぇ小さな街だが、運が良けりゃあ、まとまった人数の自警団程度は組織されてるだろ。そいつらを頼る。数さえ集まりゃ他の作戦の立てようもあるからな」

「た、確かに……!」

「ここで殿下を失うことは、今の平和と、この先に続くはずの平和を全て失うことと同じなんだよ。殿下を慕う民たちの多くはそのことも理解している。お前もそのはずだな?」

「……はい!レミエールの騎士の誇りにかけて!」

「だったらその者達を連れてこい!守るべきモノを守るため、共に戦う戦士たちをなぁ!!」

「はっ!!」

「俺は他のヤツらとなるべくここで時間を稼ぐ。お前一人に任せることになっちまってすまねぇな」

「いえ!団長も、ご武運を!」

 それからはただ待った。
 いつ来るかもわからない。
 本当に来るかどうかさえわからない希望。
 一瞬も気を抜かず、それを待ち続けなければならない状況は、屈強な騎士たちの精神を少しずつ、だが確実に削り取っていく。

 だが、そんな苦しみから解放される時は、彼らが思うよりもずっと早く訪れた。
 望まぬ形として。

「――っ!?敵襲ぅうううう!!」

 アルド指揮の元、厳戒態勢でエリーゼの護衛を続けていた一行の姿が野盗に発見された。
 敵の気配を誰よりも早く察知したアルドは、視線を感じる方向を睨み付け、剣を構える。

「アルド!?何があったの!?」

「いけません、殿下!馬車にお戻りを!」

「早く殿下の周囲を固めろ!指一本触れさせてはならん!!」

 慌ただしく陣形を整える騎士団。

「もう逃がしはしない……姫のお命、ここで頂戴する」

 続々と集結する敵の気配。
 完全に囲まれた。
 もはや戦う他に道はない。

「誰一人として死ぬことは許さん!守り抜き、勝利し、再び王都の地を踏みしめるぞ!!」

「「はっ!!」」

「くっくっくっ……たかが十人程度の兵を鼓舞したところで、何が出来ようというのか。全員血祭にあげて――」

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 緊迫した空気を切り裂いた遠吠えの様な声。
 アルドはその声に聞き覚えがあった。
 思い出したくないような、馬鹿で憎たらしいある一人の男の顔が浮かぶ。

「ははっ!俺らも混ぜろよ!なぁ、アルド?」

 分厚い鎧を身に纏い、散歩でもするように戦場を闊歩するふてぶてしさ。
 ギラリとした眼光と、薄ら笑いを浮かべるつり上がった口角。
 数カ月前と相も変わらぬ、アルドと死闘を演じたエーリッヒの姿に他ならない。

「やはりお前か……エーリッヒ!」

「増援だと!?王都からこんなにも早く駆け付けられるはずがないっ!」

「おぃおぃ……俺らが品行方正な騎士様に見えるのか?」

 エーリッヒの後ろからぞろぞろと姿を現す屈強な男たち。
 見覚えのある顔もいくつかある。

「その恰好……まさか傭兵か?」

「ご明察。そこの団長さんとはちょっとばかし縁があるもんでな。邪魔させてもらうぞ?」

「ふんっ……傭兵風情が加わったところで、何が変わるわけでもない。はした金に目をくらませ、わざわざ無駄死にしに来るとは。馬鹿な連中だ」

「ほほぅ……煽るじゃねぇか。なら変えてみせようか。戦況ってやつを……!」

 睨みを利かせ合うエーリッヒたちと野盗集団。

「エーリッヒ!俺の部下はどうしやがった!?」

「安心しな。街の酒場で寝かせておいたぜ?傷だらけで転がり込んできたと思ったら、助けてくれなんて言うもんだからよぉ?聞いてみりゃ、お前がやべぇって話じゃねぇか」

「まさかお前らがあの街にいたとはな……いろいろと期待を裏切りやがって……!」

 アルドにとっては何よりもやっかいで、心強い援軍の到来。
 希望に現実味が湧いてきた。

「おらぁああああ!!」

「ふんぬっ!?」

 ふと胸を撫で下ろし、アルドが息をついた瞬間だった。
 味方だと考えていたエーリッヒからの攻撃。
 アルドはそれを咄嗟に受け止める。

「はははっ!何を安心してやがる、アルド!?勘違いはするな。俺との決着を残したまま、お前に死なれちゃ困るんだよ!」

「ふふっ……なるほどな。こんな状況でそんな馬鹿なこと言えるのはお前くらいだ。らしいと言えばらしいが」

「そういう事だ。俺は俺のやり方で、やりたいことを成すのみ!」

「俺だって同じだよ。守るべきモノを守り続ける。それこそが俺の役目であり、行動理由だ……!」

「それでいい!わかったらさっさと行け!お姫様を死なせちゃならねぇんだろ?国のために!平和のために!」

「あぁ!この場は任せる!!」

「おぅ!任されてやらぁ!!」

 エリーゼを乗せた馬車を先導するために踵を返すアルド。
 当然、目標であるエリーゼをそう簡単に逃がすまいと敵が行く手を阻む。

「行かせるとでも思うか……?」

「押し通る!!」

 アルドはあえて大袈裟に剣を振り回し、退路を無理やりこじ開けていく。

「いかん!逃がすな!!」

「お前らの相手は俺たちだろう……なぁ!?」

 後を追おうとする敵兵の前に立ちはだかるエーリッヒ。
 敵の包囲網を破ることに成功した騎士団一行はそのまま森を駆け抜ける。
 少しずつ遠ざかっていく戦闘の音。
 アルドは、それが聞こえなくなるまで唇を噛み締めていた。



「アルド!?どこへ行くのです!?」

「私は森へ戻ります!エーリッヒたちをあのまま放ってはおけません!」

 森から脱出し、最後の視察予定地であった街まで無事に辿り着くことのできた一行だったが、到着するや否や、アルドは一人で馬を転進させた。

「アルド団長!ならば我々も共に――」

「ダメだっ!この街に敵が潜んでないとも限らん。殿下の護衛をこれ以上減らすわけにはいかん!」

「しかし、団長……!」

「申し訳ありません、エリーゼ殿下。殿下の安全をお守りすることは騎士たる者の務め……ましてや団を預かる者がそれを放棄することなどあってはならない愚行。どのような処罰でも受け入れる所存です。しかし、それでも私は行かねばなりません……!!」

「……わかりました。友を救いたいという貴方の気持ち、私は支持します!」

「有り難きお言葉!すまんな、お前ら。殿下の警護は任せたぞ!」

「……わかりました。どうか、ご武運を!」

「あぁ!!」

 再び馬を走らせるアルド。
 エリーゼが口にしたように、彼にとって今のエーリッヒという男が果たして友と呼べる存在なのかどうかはわからない。
 だが少なくとも、駆けつけてくれた恩がある。
 守るべき尊い方を救ってくれた恩がある。
 それだけで彼にとっては十分すぎる理由。
 騎士として、男として、その恩をただ受け取ったままでいることは許されない。



「……っ!?」

 森に再び足を踏み入れて間もなく、至る所に転がる亡骸の影が視界に飛び込んできた。
 その中の多くがエーリッヒの率いていた傭兵たち。
 敵は手練れの、恐らくは暗殺部隊。
 彼ら傭兵とてそれなりの修羅場を潜り抜けてきた猛者であるはずだが、この惨状を見る限り、かなり分が悪いことは明白である。

「くそっ……!!」

 更に森の奥から漂ってくる血の匂い。
 まだ戦闘が継続されている気配も感じる。

「エーリッヒ……!?」

 何かを懇願するような表情を浮かべながら、木々の間を駆け抜けていくアルド。
 そして視線の先に、横たわる仲間を庇いながら、ただ一人奮闘を続けるエーリッヒの姿を見た。

「はぁああああああああ!」

「何っ――ぐあぁ!?」

 手近な敵に狙いを定め、その首元から斜めに一刀両断。

「アルド!?馬鹿野郎が……何故戻ってきた!?」

「待たせたな、エーリッヒ!借りっぱなしは性に合わねぇ!」

 周囲に立っている者はエーリッヒと十数人の敵兵のみ。
 その足元には、敵味方入り混じったいくつもの人影が地に伏している。
 中にはまだ息のある者もいるようだが、皆一様に深手を負い、戦闘を継続することはまず不可能だろう。

「エーリッヒ。まだやれんのか?なんなら休んでてもいいぜ?」

「どうせお前だけじゃ全部片付けられっこねぇからな。休みたくても休んでなんていられねぇだろ」

「そういや、お前……俺が斬ったはずの左腕は……?」

「この通り!ガリギア製、特注もんの義手だぜ?さすがに片手は不便だからな!」

「また珍妙な……」

「お前こそ俺に目ん玉片っぽ取られてんだろうが?そんな状態でまともに戦えんのか?」

「一個ありゃ十分だ。斬るべき相手の姿はしっかりと見えてる!」

 アルドからギラリと光る眼光を向けられる野盗たち。
 しかし、そこは流石に手練れ。
 臆さず、だが決して焦らず、静かに武器を構えたまま、アルドとエーリッヒの動きに警戒を払っている。

「いいからお前は少し休んでろ。足元ふらついてんぞ?血の流しすぎだ」

「これくらい気合で何とでもなるさ!それに、もともと血の気が多いんだよ。むしろ頭スッキリ快調この上ないな!」

「ったく……まだ俺との勝負はついてないんだ。死んで勝負を投げ出すことは許さねぇぞ?」

「当たり前だ!!お前こそ一人でおっちんだりするなよ!?」

「さて、じゃあさっさと片付けるか!!」

「おぅよ!!」

 レミエール王国騎士団団長と、ガルムの傭兵団頭目。
 立場も生まれも全く違う二人の戦士が、共に敵陣へと斬り込んでいく。

「レミエールに刃を向けた不届き者どもがぁ!全て葬り去ってくれるわ!!」

 一人、二人と豪快に斬り伏せながら、一太刀、二太刀と身に刃を受ける。
 見る見るうちに傷だらけになっていくというのに、痛みさえも感じていないのか、ますます勢いを増して暴れ狂うアルド。

「おらぁああああああ!どんどん来やがれぇ!!」

 つい先ほどまで死んでもおかしくないような戦闘を続け、心身ともに疲弊しきっているはずのエーリッヒ。
いくら鎧に身を包んでいようとも、決して無傷でいられたはずもない。
それが何故、今しがた戦線に加わったばかりのアルドに負けず劣らずの威勢を発揮できるのか。

「死んでねぇだろうなぁ!?エーリッヒ!!」

「こっちの台詞だ!!アルドぉおおおお!!」

二人は互いの背を預け、鼓舞しながら、確実に敵を倒していく。

「な、何なんだこいつらは……!」

「隊長!と、止められませ――ぎゃぁああ!!

「化け物か……!?」

 感情の起伏さえも乏しかった敵の表情。
 しかし、アルドとエーリッヒの狂気にも似た戦意にあてられたのか、それも今では完全に崩れ去り、じわじわと減らされていく味方の数に比例して恐怖へと染まりつつある。

「た、隊長!我々の目標はこやつらではないはずです……!」

「ぬぅ……やむを得んか……撤収だ!」

 号令を受け、蜘蛛の子を散らすように戦場から離脱していく敵兵たち。
 アルドとエーリッヒは、互いの背中を支えに立ち尽くすのみで、その後ろを追おうとはしなかった。
 否、追うことが出来る状態ではなかった。

「撤収だぁ?ははっ……撤退の間違いだろう……なぁ、アルド?」

「なんだ……まだ口を利く余裕があんのかよ、エーリッヒ。てっきり死んだのかと思ったぜ?」

「こっちの台詞だ……馬鹿野郎」

「途中からほとんど動かねぇから……心配してやったんだよ……」

「こちとらお前の百倍以上倒してんだぞ……ちょっと疲れたから休んでただけだ……」

「吹いてんじゃねぇよ……合流してからあいつら斬ったのほとんど俺じゃねぇか……」

「俺がヘロヘロにしたヤツばっか狙ってたからだろ?このハイエナ野郎が……」

「だいたい百倍って何だ……戦争でもあるめぇし、もう少しまともな数字で強がれねぇのかよ。血ぃ流しすぎて正気も保ってられねぇか?」

「例えだろが……なんならお前も一緒に捻り潰してやってもいいんだぜ?」

「くっくっくっ……面白ぇ。決着付けてやるよ」

「ぷっ……ははっ……片目潰れて距離感掴めねぇんだろ?俺も片目つぶってやろうか?」

「ハンデとしちゃ丁度良いだろ?なんなら両目瞑って相手してやってもいいぜ?」

「言いやがったな!?絶対目開けんなよ、てめぇ!あの世で後悔させてやる!!」

「おう!かかってこいや!!」

「おらぁああああああああ!!」



 一夜明けてようやく街へ帰還したアルドとエーリッヒ。
 肩を組んで支え合い、足を引きずりながら歩く二人の身体は、後ろに控える生き延びた傭兵たちよりも遥かにボロボロで、エリーゼを含み、迎えに上がった騎士たちを驚愕させた。

 その日の午前中に、最後の視察を済ませたエリーゼ。
 アルドとエーリッヒはというと、休息と呼べるほどの休息も取らぬまま、その視察に護衛として同行。
 麗しいエリーゼの背後で睨み合う傷だらけの男二人。
 その奇妙な光景は街の民の記憶に強く留まり続けたことだろう。

「何でお前が王都まで付いてくんだ?エーリッヒ。お前への依頼はもう済んだろ?」

「団長様が負傷中とあっちゃ、王女さんも不安かと思ってな。王都に送り届けるまでの護衛を買って出たまでだ。王女さんも了承済みだぜ?」

「殿下!?何故このような者に!こやつとて負傷兵ですぞ!!」

「彼がせっかく申し出てくれたので……それに、城に招待してちゃんとしたお礼がしたいな、と!」

「……要は謝礼目当てか?おぃ」

「あぁ?そんなんじゃねぇよ!ただ、お前があぁまでして守ろうとした王女さんってのがどんな人間か気になっただけだ!」

「ふふ……二人は本当に仲が良いのですね!まるで兄弟のよう!」

「殿下!ご冗談を!!」

「まぁ、このエーリッヒが生意気な弟分として直々に鍛えてやってもいいかな、という気にはなってますがね……?」

「まぁ!お優しいのですね!」

「何企んでる……殿下をたぶらかすとは……この不届き者がぁ!」

「ぐふぉ!?は……ははっ……この野郎……先に手ぇ出したのはてめぇだからな!今度こそケリつけてやるよぉ!!」

「望むところだぁああああ!!」

+ 戦場に舞う妖美なる炎狐フェンテ
「この先になんの用事?」

「何者だ貴様!我々の道を塞ぐというのか!?」

 王都から北東に進んだ長閑な街道。
 獣境の村ヴィレスへと続く道の上で、その場には似つかわしくない怒号が響く。
 剣を抜き威嚇しているのは漆黒の鎧を身にまとった男達。
 いくら世間に疎いものであっても、その風貌から帝国兵だと分かるだろう。
 そして男達の前には、一人のガルムがいた。

「私は別にあなた達を通らせたくない訳じゃないの。もしそうであれば、目的なんて尋ねる必要はないわ。ただ『通らせない』と口にするだけで済む話。でもその様子だと……何か疚しい事があるのかしら……?」

 フワフワとした黒い尻尾をゆっくりと左右に振りながら、ガルムの女は男達を見定めるように覗き込んだ。
 その中の一人、小隊の隊長らしき男が一歩前に出ると、睨みをきかせながら低いトーンで返事をする。

「……悪い事は言わない。大人しく道を開けて貰おうか」

「お話は出来そうにないわね。よっぽど後ろめたい用事があるのかしら?例えば……ヴィレスにちょっかいをかける前準備とか?」

 彼女は口元に笑みを見せながら、挑発するように問いかける。
 まるで男達の持つ剣がおもちゃであるかのように余裕を振りまく彼女を前に、帝国軍は警戒せざるを得ない。

「ただの通り掛かりってわけでもなさそうだな。その風貌からしてガルム族か。ヴィレスからの使者か?」

「さぁね……。ただ、素性の知れない者をヴィレスに近づけたくないと思っている事は確かかしら?それがもしも、小汚い帝国の人達なら尚更ね」

「貴様!帝国軍を愚弄するか!」

 男達は剣を強く握り、微笑みを崩さない女を睨みつける。

「私にその態度?フフフ……威勢がいいのね。なら、温めてあげましょうか」

 女がそう言った次の瞬間、男達は不思議な熱に包まれる。
 寒い冬の夜に暖炉の前に腰を降ろしたような、どこかホッとするような温かさ。
 優しく大きな腕で抱きしめられたような、安らげる温もり。


「安心して。後悔はさせないわ」


 最後にどこからか聞こえてくる女の声。
 身体の内側から湧き上がってくるような熱は、今自分が何をしていて、どうしてここにいるのか……そんな事はどうでもいいと思うほどの心地良さ。

 そして次の瞬間――。

「うわぁあああああ!!」

 一体何が起こったのか分らない帝国兵の男達。
 つい先程まで目の前にいた女から炎が吹き上がったかと思えば、隊長は声を上げることもなく一瞬で燃え上がり、その場にバタリと倒れたのだから無理もない。

「き、きき、貴様!た、隊長に何をしやがった!?」

 男の手は震えている。
 これが幻術やトリックの部類であってくれと願うも、生き物が焦げる強烈な臭いがそれを否定していた。

「ちくしょぉおおおお!!」

 兵士の一人が剣を構えて女へと向かっていく。
 その姿は勇姿とは程遠く、真っ赤に燃えている隊長を現実として受け入れる事が出来ずに、パニックに陥っているように見える。
 しかし、そんな状態の彼でもこの異常な状況を打開してくれるのではと、他の兵士は淡い期待を持たざるを得ない。

「そんなに焦っても良いことはないわよ?」

 女は依然うっすらと笑みを浮かべたまま妖艶な眼差しを男達に送り続けている。
 綺麗に整った目鼻立ちも、敵対する者からすれば恐怖しか生まれない。

 そしてまた一人、炎に包まれる。

「ぐぁあああ!!」

「ば、化物……!!」

 帝国兵の男達は、隊長や仲間の亡骸を背に走り出す。
 このままこの場所に留まれば、確実に全滅してしまうだろう。
 冥界の魔物を召喚する宝具がなければ、勝てる相手ではない。


 男達はただ闇雲に走り続ける。


 どれくらい走っただろう。
 助けを呼ぶ声を上げながら、必死に足を動かし続けた。
 もうどうやって呼吸をしていいのか分らない程にゼェゼェという音が胸から聞こえてくる。
 しかしもっと早く、早く逃げなければ。
 援軍を呼ばなければ小隊は全滅してしまう。
 その思いだけが彼を動かしていた。

 ふと、視界に大きな門が入り込んだ。
 今は帝国が支配する王都レミエール。

「助かった……おい!誰かぁああ!!」

 男は痛む喉を必死に開いて出来る限りの声を上げる。
 門の横で警備をしている仲間の帝国兵にその声がなんとか届いたようだ。

「お前……確かヴィレスに偵察に行った隊だったよな?何があったんだ!?」

「化物が……!化物が……!」

 なんとか見てきた状況を説明しなければならない。
 しかし壊れかけた喉で絞り出した言葉は、全く要領を得ない。
 駆けつけた門番の兵士が男に駆け寄る。

「おい!しっかりしろ!他の仲間はどうした!?」

 男はハッと気が付いて後ろを振り返る。
 自分のすぐ後ろを走っていた筈の仲間達。
 しかし、その者達の影はなく、自分のものであろう荒々しい足跡が点々と続くだけだった。

「みんなやられちまったっていうのか……!?」

 またあの光景が脳裏に過る。
 そして、疲労と恐怖と受け入れ難い事実に耐えきれなくなった男は、その場で意識を失った。

「おい!おい!しっかりしろ!誰か!術士を呼んできてくれ!!」




 ――獣境の村ヴィレス

 十六代目の王が戴冠(たいかん)してからこの村は平穏に包まれている。
 他種族からの迫害を受けてきたガルム族が『人』としての扱いを受けられるようになったのも、アレイオス王政における功績だと、この村に住む者であれば誰もが認知しているだろう。
 多少のいざこざはあるものの、歴史を振り返ればどの時代よりも活気で溢れていた。

「おい!フェンテ!どこに行ってた!?皆探し回ってたんだぞ!」

 大きな尻尾を持つ女性の肩を掴んだ男は、そのままやや乱暴に振り向かせた。
 女性の胸元でチャリンと鳴らされるヴィレス特別作戦部隊の首飾り。
 男の胸にも同じ物がぶら下がっている。

「あら、そんなに慌てて何かあったの?クレイル」

 クレイルと呼ばれた男は、眉間にシワを寄せた。

「勝手にどこかに行くなと何度も言っているだろう!特隊の自覚はないのか!?」

「少しお散歩していただけよ。そんなに小言ばかり言っているとまた血圧があがるわよ?」

 ヴィレス特別作戦部隊、通称『特隊』。
 この国に設立されている数ある部隊の中でも、最も重い役目を担う部隊。
 王からの極秘任務をこなしたり、有事の際に独断で動く事を許可されている唯一の部隊だ。
 そんな部隊だからこそ、所属する面々は切れ者や鬼才で名の通った者達ばかり。

「はぁ……どうしてお前みたいなのが特隊にいられるのか俺には分からん」

 クレイルは大きなため息を吐いてから、つまらなそうな顔を横に向ける。

 十数年前、突然王宮へと招集された面々に王が紹介したのは、まだ幼さの残るフェンテだった。
 その場にいた者は口を揃えて、何故こんな少女が特隊へと入隊する事になったのか説明を求めたが、王は『後に解ることになる』とだけ言い放ちその場を後にした。
 クレイルが王の采配の意図を汲み取れなかったのは、後にも先にもこの一件だけ。

 つい先日も、ヴィレスに連行されたマリーヴィアの問題児と言われる猫のガルムが、王の決定で治安維持部隊に所属する事となった事件ですら、クレイルからすればあの弓の腕前を見れば納得のいくものだった。
 しかし、突如特隊に放り込まれてきた少女は、誰にも心を開かず何を考えているか分らない。
 誰からの助けも求めず、誰かの力になろうとする事もないフェンテ。
 それは7、8才の少女にしてはあまりにも不自然だった。

 しかし、王が決めたのだから彼女を追い出す訳にもいかない。
 クレイルは自分が彼女の面倒を見ると仲間に言うと、それから必死にフェンテに話し掛け続けた。


――剣の稽古をしないか?俺達は有事の際に戦わなくちゃならないんだからな。


――好きなものはあるのか?食い物でも場所でも何でもいいから教えてくれよ。


――父ちゃんや母ちゃんは今どこにいるんだ?その容姿じゃ母ちゃんは美人なんだろうな。


 返ってくるのは適当な返事ばかり。


――面倒くさい。


――特に。


――そうね。


 俗に言う“可愛げ”なんていうものは一切ない。
 多少の表情はあるものの、いつもどこか遠くを見ているような、そんな子どもだった。

 そしてそのまま、年月は過ぎていく。


「私も同感よ。何かに縛られるのは好きじゃないし……もっと自由でいたいものだわ」

 フェンテは遠い空を眺めながら独り言のように呟く。
 本人もこの部隊にいる事を望んでいない。
 ならば、王は何を考えているのだろうか。

 クレイルはひとつため息を吐くと本題に入った。

「はぁ……まぁいい。仕事だ。王都の方面から帝国兵らしき者が近付いているという情報が入った。規模も目的も分からないが、特隊に調査命令が下っている。すぐに身支度をして――」

「規模は8名の小隊。帝国兵で間違いないわ。目的は調査、もしくは偵察ね。武器は装備していたけれど、大きな戦闘に備えたような物ではなかったわ」

 クレイルの話を遮って淡々と説明するフェンテ。

「待て。何故そこまで知っているんだ?」

「言ったでしょう?お散歩していたのよ」

 フェンテはうっすらと笑みを浮かべる。

「見たのか!?帝国がヴィレスに向かっているのか!?」

「いいえ。私がお相手したわ。一人はお家に返して、他は今頃私達を見下ろしているかしらね」

 フェンテの言葉を聞いて男は天を見上げる。
 何か、ゾッとするものを感じて、すぐにフェンテに向き直った。

「そんな事があったなら何故早く報告しない!?」

 焦るクレイルとは対象的に、不思議そうに首を横に傾けるフェンテ。

「報告に向かっていたら貴方が呼び止めたんでしょう?」

 確かに特隊にはどこからも許可を得ずに独断で行動する事が出来る。
 しかし、他国というだけならまだしも、王都を陥落させた帝国の人間に手を出したというのは大事件というレベルではない。
 クレイルであれば、どの様な状況であろうとも簡単に行動に移すことはしないだろう。
 にも関わらず、彼女はそれを対して大きな出来事だと捉えている様には見えない。

「そろそろ道をあけてくれるかしら?」

「……あぁ」

 苦い表情のクレイルだったが、その場は彼女の言う通りにするしかなかった。
 十数年の付き合いがあるものの、未だにフェンテが何を考え、何を思って行動しているのかが分らない。
 形のない不安がクレイルの胸の中で大きくなっていく。
 フェンテへの疑念は王への疑念へと繋がると分かっていても、やはり彼女を信じ切る事が出来なかった。

 クレイルはフェンテの背中を追い王宮へと足を運ぶ。



 玉座の扉の両脇に立つ近衛兵は、クレイルの顔を見るなり敬礼をする。

「お疲れ様です。ただいま王はフェンテ殿とお話をしている最中でして――」

「あぁ、わかっている。楽にしてくれ。俺はその話の内容を知りたいのだ」

「そうですか。しかしいくらクレイル殿の頼みとありましても、盗み聞きをさせる訳には……」

「そんな事は頼んでおらん。ここで待たせてくれたらそれで良い」

「わ、わかりました。失礼しました」

 その時、玉座の扉がスッと開いたかと思うと、話を終えたであろうフェンテが顔を見せた。
 クレイルの顔を見るなり、フェンテは何か意味を含んだ笑みを浮かべ、ゆっくりと近付いてくる。

「あら、私の事を追いかけてきたの?寂しがり屋さんなんだから」

 クレイルにグッと顔を近づけるフェンテ。
 ほんのりと甘い香りがクレイルの鼻を付く。

「茶化すな。俺も王に話があるだけだ」

 クレイルから顔を離すと、長い髪をかきあげた。

「ふふっ……照れなくてもいいのに」

 2人の近衛兵はお互いの顔を見合わせる。
 きっとクレイルとフェンテの関係性でも想像しているのだろう。
 フェンテがどんな男に対してもこういう態度を取る事を知らなければそれも致し方ない。
 怪しく誘うような文句にどれだけの男が誑(たぶら)かされたことか、クレイルが知るだけでも両手では数えられない程だ。
 フェンテに熱を上げた者がいたとしても、彼女は誰かに身を寄せる事はない。
 まるで雲のように掴むことが出来ないと、失恋に肩を落とす者たちは口を揃えていた。

「それじゃあねクレイル。先に戻ってシャワーを浴びてるわ」

「いちいちそういう発言をするなと何度も言ってるだろ」

 その言葉はきっとフェンテには届かない。
 しかし同じ特隊所属の者として、小言を言わなければ特隊の品位を疑われてしまう。
 現に目の前の近衛兵の2人には変な目で見られてしまっているのだから、誤解を解く事も仕事の一つだ。

 クレイルはひとつ息を吐いてから、玉座の扉に近付いた。
 しかし、その足はフェンテの声で止められる。

「クレイル、言い忘れた事があったわ。私、特隊を抜ける事にしたから。今まで世話になったわね」

 クレイルは耳を疑った。
 戦死した者や、老いから現役を退いた者はいるものの、そのどちらでもなく特隊を抜けた者など長い歴史の中で例がない。

「おい!どういう事だ!?」

「どういう事ってそういう事よ。もう王には話を通してあるわ」

 フェンテは尻尾を振りながら歩き続ける。

「待て!フェンテ!!」

 走り出そうと足を出した時に、玉座の扉が静かに開き、中から声が聞こえてきた。

「待つのはお前だ、クレイル。中へ入れ」

「ガレオス王!」

 呼び止めた声は第十七代ヴィレス王のガレオス。
 突拍子もないフェンテの発言に頭が付いてこず、軽いパニックとなっているクレイルの肩に手を置くと、玉座へと招き入れる。

「すまんな。儂のせいでお前には随分と苦労をかけたようだ」

「王、お話をお聞かせ願えますでしょうか」

「椅子に掛けてくれるか。少し長くなるやもしれん」

 王は静かに語り始めた。


 ――――

 ――

「フェンテに、やりたい事ができたと??」

「あぁ、そう聞いた。あの娘がそんな事を言う日が来るとはな」

 王の話は、クレイルには信じ難いものだった。
 あの万年やる気を見せず、何事にも無気力に思えた掴みどころのないフェンテが、自分の口から何かをやりたいなどと口にした事は記憶にない。
 誰かに自分の意志を告げる事もなければ、自発的に行動する事もなかった。
 あの自由気ままな雲のようにふわふわとしている女が、急にやりたい事なんて言うのだろうか。
 王も信じられないといった様子だ。


「その目的はお聞きになったのですか?」

「聞いてはみたが、本心だと思えるような返答はなかった」

「なら、特隊から脱退するという話は、受け入れなかったのですよね!?」

「いや、儂が許可した。今日付けでフェンテはヴィレス特殊部隊から除名とする」

「何故ですか!?」

 納得のいく答えが欲しい。
 そんな事があって良いはずがないのだ。

「あの娘は、幼い頃に家族を失っている。それからは、大人も友達も信じようとせずに塞ぎ込んでしまったのだ。しかし、娘には力があった。それはお主も知っているだろう?」

 彼女が扱う炎の術は、他人に簡単に真似できるようなものではない。
 過去に炎の剣聖バレルがヴィレスを訪れた時に、バレルの技と仲間のアーラェの魔法を見たが、フェンテはその2人と比べても肩を並べるだけの才能を持っていた。
 後に勇者と名の通る程の面々と比べても、遜色のない技を繰り出すフェンテの評価が高い事も頷ける。
 王都レミエールがあんな事になっていなければ、聖王国騎士になる事も出来たかもしれない。
 それ程の実力を持っている事は確かだった。
 しかし、その技をどのようにして手に入れたのか、誰に教わったのか、知る者は特隊の中にはいない。

「はい、確かに彼女の技は目を見張るものがありますが……」

「その力を有効活用できる場所は特隊以外にないのではないかと考えたのだが、結局長い年月を掛けても誰も彼女と解り合うことは出来なかったようだ。ならば、これ以上特隊にあの娘を縛り付けておく必要もないかと思ってな。本人の希望があるならば尚更だ」

 ガレオス王はどこか悔やんでいるような、渋い表情をしながら話を続ける。
 クレイルの持っていた王への疑念。
 それは王自身も感じていた事なのかもしれない。

「お主には随分と重荷を背負わせてしまったな。すまなかった」

「謝罪をする王などいてはいけませぬ。私達は貴方に付いていくのですから」

「そうは言っても儂も一人の男なのだ……いかんな。こんな事ではガルオン殿にまた説教をされてしまう」

 王は窓の外を見ながら頭を掻く。

「それと、報告にあった帝国の話だが……」


 フェンテが相対した帝国軍。
 憶測になるが、その目的はヴィレスの調査なのだろうとガレオスは話す。
 王都に飽き足らずにこのヴィレスまで手を伸ばす帝国をこれ以上好きにさせる訳にはいかない。
 しかし、あの小国だった帝国が一夜にして王国をその手中に収めたのには、それなりの訳があるはずだ。
 噂では世にも奇妙な魔物を召喚して操る等と聞くが、その話も定かではない。
 相手の手の内が分からなければ下手に動く事も出来ないが、この件をきっかけに何かアクションを起こしてくる可能性は小さくないだろう。

「全く、フェンテの奴……最後の最後にとんだ爆弾を落としていったものですね……ん?」

 そこまで口を走らせたクレイルはハッと気が付いた。
 帝国の兵に手を出して、その直後にやりたい事が出来た……この2つは関係のない事なのだろうか。
 嫌な予感が胸の中で膨らみ続ける。

「クレイルよ。少しの間、フェンテの動向を追ってはくれぬか?」

 胸の内を読まれたのか、または同じ考えを持っているのか、ガレオスは静かに打診をした。

「私もそれが良いと考えておりました」



 王宮を飛び出したクレイルは、フェンテの跡を追う。
 玉座の前では『先に戻る』と言っていたのを思い出し、まずは宿舎へと向かった。
 しかし、そこに彼女の姿はない。
 地道に聞き込みを行い、なんとか手がかりを見つけようとする。


「あぁ、フェンテさんなら少し前に街の外に出たのを見たよ」

「本当か!?どの方向だ?」

 聞き込みを続けること半刻。
 ついにフェンテに辿り着く情報を手に入れた。
 男が言うには王都に向かう街道を歩いていったらしい。

「恩に着る!」



――ヴィレスからの街道

 日は傾き、夜のとばりが下りてもクレイルは馬を走らせ続けた。
 あのフェンテが何を企んでいるのか。
 胸の中の嫌な予感は薄まるどころか更に濃くなっていく。

 異様な静けさが広がる街道に蹄の音だけが響き渡る。
 ぼんやりと照らす月明かりを頼りに、彼女の姿を探した。

 ふと目の前に人影が見える。
 それも一人ではなく、複数の人影。

 クレイルは馬から降りると、ゆっくりと近付いていく。
 その影は、道に倒れたままピクリとも動く様子はない。

「死んでいるのか?」

 直ぐ側まで近づくと、腰を落として目を凝らす。

「この鎧は……帝国兵……?」

 噂で聞いた全身を覆う黒の鎧。
 小隊だろうか、動かぬ兵士は5体。
 フェンテが話していた者達に間違いないだろう。
 つまり、これは全てフェンテがやったという事になる。

「随分と派手にやったものだな……」

 死体の周りに広がる黒ずんだ燃え後が、目の前の亡骸がいかに強大な力で焼き払われたのかを物語っていた。
 これは間違いなく、フェンテの技。
 あの赤々とした炎がこの者達を包んだのであろう。

 他に何か手がかりになるようなものがないかと周囲を捜索してみるが、生き物が焼けたひどい匂いが広がるばかりで、それ以上の情報はなかった。

「仕方ない……もう少し街道を進むか……」

 馬の鞍を掴み跨がろうとしたその時、辺りが急に明るくなった。

「なんだ!?」

 明かりの出処に視界を向けると、遠くに巨大な炎の柱が上がっている。
 間違いなく、フェンテだろう。

 また馬を走らせるクレイル。
 そこで何が起こっているのだろうか。
 援軍を呼んだ帝国兵との戦闘ならば納得が行くが、何故フェンテは特隊を抜け、単独で戦う選択をしたのかが分らない。

 そこに行けば答えがある。
 何故か分らないが、そんな確信があった。

 ―― キン……ガン……ゴォオオオオ

 交戦音がクレイルの耳に届いてきた。
 フェンテはまだ誰かと戦っているようだ。

「……いい加減正直に話しなさいよ!!」

 次に聞こえてきたのは、フェンテの声ではない。
 女性だが、フェンテよりもずっと幼い、少女のような声色。

「何を勘違いしているの?いい加減疲れるのだけれど」

 今度はフェンテの声。
 2人はどうやら争っているようだ。

 と、次の瞬間。

 ――ドォオオオオオ

 目の前に火柱が上がる。
 まるで火山が噴火したような激しい炎。
 その炎の中心に、2つの影が見える。

 一人はフェンテ。
 大剣を構えながら一度後ろに飛び退くと、長い髪をかき上げる。

「しぶといわね。一体なんだっていうの?」

「しらばっくれてもあなたの事は分かってるのよ!」

 もう一人は見た事のない顔。
 どうやら人間の少女のようだ。
 金髪のツーサイドアップを赤いリボンでまとめた容姿は、お世辞にもこの場に似合うとは言えない。
 しかし、騎士のような装いからどこか他国の騎士団の人間であろうことが予想される。
 大盾を構えながら噛み付くように叫んでいる姿は子どもの姿そのものだが、あのフェンテと対等に渡り合っているように見えるのもまた事実。

 彼女は何者なのだろうか。

「なんの事だか分らないと言っているでしょう?」

「あなたの愛情は歪んでいますね!私が矯正してあげます!」

 少女は盾を真っ直ぐ前に突き出して、そのままフェンテへ突っ込んでいく。

「仕方ないわね……」

 フェンテも大剣を構え直し、臨戦態勢となる。

「待てぇえええ!!」

 気が付けばクレイルは飛び出していた。
 2人の中心へと走っていき、両手を広げて手の平をお互いに向ける。

「戦いを止めろ!!」

「クレイル!?」

「っ……!!あなたは誰!?」


 両者は文字通り燃え上がった戦意を鎮める。

「2人共、少し話を聞かせてくれないか」

 争いが一時的にでも収まった事に胸を撫で下ろしながらも、緊張は解かずに言葉を選ぶ。
 しかし、少女はクレイルにも食って掛かった。

「誰って聞いてるのよ!もしかして、その女の仲間!?」

 クレイルは両手の平を少女に向けて敵意のない事をアピールしながら、慎重に言葉を選ぶ。

「待て。悪かった。俺はクレイルという者だ。ヴィレスの騎士とでも言おう。そこの彼女……フェンテとは――」

「大人の関係よ」

 フェンテがクレイルの肩から顔を出して少女に向かい口元を緩ませる。

「お前はこんな時にふざけている場合ではないだろう!!」

 今回ばかりはいつもの小言ではなく、本気で怒るクレイル。
 しかし、その怒りも次の少女の一言で一気に鎮まる事となる。

「私はカルテット騎士団ハート隊、隊長のノアです。申し訳ないですが、そこをどいて頂けますか?私はその雌狐に用事があるので」

「カルテット騎士団……!?」

 聞いたことがあった。
 確か、どこの国にも属さない多国籍軍。
 噂ではトランプのマークを掲げた4つの隊からなる組織だとか。
 独自の思想を持ち、決して誰の命も受けず、大陸の秩序を守るために健軍されているという話だ。
 実際に見た事がある者はいるものの、この騎士団がどこを拠点としていて、誰が指揮しているのかも全く分らない。

 しかし、もし少女が言っている事が本当であれば、フェンテと互角にやりあっている事にも説明が付く。
 日常で出会った少女から「カルテット騎士団の隊長だ」と聞いたとしたら、ごっこ遊びだろうとでも思うのかもしれないが、目の前の光景からそうも言っていられないのだ。

 酒場で溢れている噂話の一つに、何故こんな所で出くわしたのだろうか。
 そして、このノアという少女は何故フェンテに敵意を向けているのだろうか。

 深まる謎を紐解くには、直接話を聞くのが一番早いと考えたクレイルは、やや緊張しながら口火を切る。

「ノアとやら。すまないがこのフェンテへの用事というのを聞かせて貰えないだろうか。状況が見えていないまま2人を放っておく訳にはいかないんだ」

 丁寧に話をした事に驚いたのか、ノアはしばらく黙ったままクレイルを睨みつけていたが、やがて構えていた大盾を地面に付けて話し始めた。

「どうやら貴方はその雌狐の裏の顔を知らないようですね……。ならば教えてあげましょう。その雌狐がどのくらいねじ曲がった愛を持っているかを」

 裏の顔。
 その単語にひどく引っ掛かりを覚えた。
 この少女が考えている『表の顔』がヴィレスの特隊なのだとすれば、少女の言うようにクレイルはフェンテの裏の顔を知らない事になる。

 これまで、有事の際にフェンテがどこにいるのか分からず、特隊の人員をフェンテ捜索に割く事が幾度となくあった。
 本人に問いただしても、『散歩に行っていた』等と軽い返答をするものだから、基本的に部隊に所属している自覚が少なく、その責任も軽いと考えているのだろうと皆が思っていた。
 しかし、もし、少女の言う『裏の顔』があるのだとすれば……。

 ノアは話を続ける。

「貴方は“夜の鍵”という組織をご存知ですか?」


 ――夜の鍵。
 カルテット騎士団よりも随分とおとぎ話に近い単語が出てきた。

 世の中で起こる、説明することができない事件。
 神隠し、密室の殺人、謎の突然死。
 これらが起こると、必ずその名が噂として囁かれていた。

 当然クレイルも子ども騙しの作り話だと認識している。
 怪談やオカルト話が好きな連中の作り話に、徐々に尾ひれがついていった噂の組織。


「その……聞いた事はあるが……」

「誰も見たことがない都市伝説。そう思うのが一般的です。信じている人なんて、子どもか単なるおバカ――」

 静かに話し続けるノアも、クレイルから見れば十分に子どもに見える。
 クリスマスのサンタクロースをまだ信じていても可笑しくないだろう。

「――もしくは、真実を知るものです」

「っ……!!」

 この少女の言葉を鵜呑みにしていいのだろうか。
 自分が誂われているのではないかと思うような話を真剣な表情で語り続ける。

「私達、カルテット騎士団は、世間から『愛を持った有志が集った騎士隊』なんて思われているかもしれませんが――」

 クレイルの認識とは少し違うが、話の腰を折るのは気が引ける。
 黙ってノアの言葉に耳を傾けた。

「私達の目的は、夜の鍵を潰すことです。間違った愛を育む思想を止めなければなりません。ですから、私はその雌狐に本当の愛を教える必要があるんです!」

 尻上がりに強くなっていくノアの口調に圧倒されてしまう。
 言っている事は無茶苦茶のように思えるが、少女の目の奥に潜む強い信念のようなものを確かに感じる事ができた。
 ノアが嘘を言っていないのだとしたら……。

「待ってくれ!もしそうなら、フェンテが“夜の鍵”の構成員だとでもいうのか!?」

「はい。私には確信があります!当の本人は認めないようですが、そこのフェンテという雌狐は間違いなく“夜の鍵”の団員です!」

 ノアがバシっと指をさした方向に目線を向ける。
 フェンテはつまらなそうな顔をしながら、ウェーブ掛かった髪の毛を指でクルクルと巻いて遊んでいるように見えた。
 全く話を聞いていないような態度を取っているフェンテに、確認を取らなければならない。

「ノアが言っている事は本当なのか?フェンテ……」

「だから、その子の勘違いだと言っているじゃない」

「ならば、何故戦う!?何故突然、特隊を抜ける等と言い出したのだ!」

 フェンテはフフっと少し笑った後、大剣にもたれかかるようにしてクレイルを覗き込む。

「その子が挑んで来るから相手をしていただけよ。なぁに?もしかしてクレイル……妬いてるの?」

「茶化すな!お前は何を企んでいる!?」

「企む……?フフフ……そうね。強いて言えば、その子の持つ情報に興味があるからかしら。私の扱う炎と同じものを見たのよね?」

 フェンテはノアに対して質問をしているようだ。
 クレイルも釣られるように再びノアの方へと振り返る。

「この街道で帝国の兵士が焼き払われた炎の跡を、ある盗賊団のアジトで見ました。その盗賊達は全員消息不明。巷では、“夜の鍵”の仕業だって言われていました。手口から言っても間違いはないでしょう。あの盗賊団を襲ったのは貴女なのでしょう!?」

「何度違うと言えば解るのかしら……。はぁ……」

「これだけ証拠が揃っているのよ!さっさと白状した方が胸もスッキリするんじゃない!?」

「何を言っても聞く耳は持たないようね……」

 剣を構えるフェンテ。
 それに釣られるように、ノアも盾を構え直した。

「待て待て!!2人共落ち着いてくれないか!?」

 慌てて止めようとするも、ノアが突っ込んでくる。

「これ以上話しても時間の無駄よ!そのねじ曲がった愛を矯正してあげるんだから!!」



――数刻後

 辺りは朝日の優しい温かさで包まれていく。
 街道横の平原は一面が焼け野原となり、至る所から煙が上がっていた。

「いい加減にしろ……お前ら……」

 クレイルはボロボロになりながら、2人の争いをどうにか止めようと藻掻いていた。

「はぁ……はぁ……そこまで邪魔をするなんて……貴方も相当歪んだ愛を持っているようですね……」

 力を使い切った様子のノアだが、それでもまだ立ち上がる。

「もう日が登っちゃったじゃない。早くお風呂に入りたいわ……」

 台詞こそ余裕がありそうなフェンテだが、彼女がここまで消耗している姿を見るのはクレイルの記憶の中では初めてのことだった。

「フェンテ。お前が腹を割って話せばこの場は収まると、何度言えば解るんだ」

「そうよ!知っている事を全部話しなさい!!」

 クレイルに続き、ノアもフェンテに叫ぶ。
 フェンテはため息を吐いた後にポツリと呟いた。

「もういいわ……。私の降参でいいわよ」

「やっと白状する気になったのね!」

 ノアは嬉しそうにフェンテに詰め寄った。
 クレイルはあちこち痛む身体を庇いながら地面に腰を下ろす。




 次の瞬間――




 辺りが暗闇に包まれる。
 登っていた朝日も、ノアとフェンテの戦闘で焼けていた平原も、全てが黒に染まる。


「なんだ!?何が起こってる!?」

 クレイルは痛む身体に鞭を打ちながら立ち上がる。

「フェンテ!ノア!どこだ!?」

 すぐ近くに居たはずの2人も見えない。
 それどころか、自分の足元……いや、自分の腕すらも見えない。
 まるで目隠しをされたような完全な闇。

「なんだこれは!!ちくしょう!!」

 必死に叫ぶも、その声は闇の中に溶けていく。




「団長、この男です」

 すぐ後ろで、女の声がした。
 ナイフのような冷たい声は、知人ではなさそうだ。

(誰だっ……!?)

 後ろを振り返ると、全く何も見えない闇の中に、ほのかに光る人影が2つ。
 一人はローブで全身を覆い、一人は大きなハットを深く被り、厚手のコートのようなものを来ているように見える。

 影がクレイルに近付くが、全く身動きが取れそうにない。
 まるでクレイルの視界だけがその場にあるようだ。


「ヴィレスの特別作戦部隊のクレイル君かな?」

 大きなハットの奥から、男の声が聞こえる。

(誰だ貴様!!これは一体……)

 自分の声が出ているのかも分らない。
 一切の感覚がなくなっている。

 しかし目の前の2人にはどうやら聞こえているようだった。

「質問をしているのはこちらです。余計な時間を取らせないようにお願いします」

 ローブの奥から冷たい女の声が聞こえてくる。

(……くっ……だったらどうする!?)


「我々に協力して欲しい。君の力を借りたいと思っている」

(協力……!?貴様等は誰だ!?これはなんなんだ!?2人はどうした!?)

「カルテットのハートは泳がせておくよ。おかげでいいものが手に入ったしね。ヴィレスの篝火さんも、少し様子を見たいと思う。今日の目的はクレイル君。君だからね」


 異常な空間での会話は続く。
 ヴィレスの篝火……とは話の内容からフェンテの事だろう。
 しかし、篝火の一族は十数年前にその役割を終えたと聞く。

 この男は何を知っているのだろう。
 そして目的は……。


「そうそう。これは少し魔術を用いた結界だよ。君と話がしたくてね……気に入ってくれたかな?」

 そんな魔術は聞いた事もない。
 という事はフードの女がマーニルの魔術師か何かなのだろうか。


「あ、悪いな。まだ我々の事を話していなかった。我々は――」


 ハットの男の影がクレイルへと近づく。
 そして手の平でクレイルの視界を塞ぐと、そこに完全な闇が生まれた。


「――暗黒組織“夜の鍵”だ」


 男の声が聞こえた瞬間、激しい頭痛がクレイルを襲う。


(うわぁあああああああああああ!!!)


 この世のものとは思えない痛み。
 もし目の前に銃があったら、自らの眉間を撃ち抜いてしまうかもしれない。
 そんな、絶望的な痛み。


(あぁぁああああああああああ……!!!)



「君には期待しているよ。そうだ、新しい名を考えなければ」



(ああぁぁ……ああぁぁあ……!!!)



「目を覚ます時までに考えておくから、楽しみにしていてくれ」



(うぁぁ……!!!)



「おやすみ。クレイル君。素敵な夜には素敵な計画を」


――――――


――――


――























「おはよう。グレア君。体調はどうだ?」



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最終更新:2017年07月28日 17:01