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+ 小さき武魂の烈槌ジン
「修練が足りん!『武神一族』の男として、情けないとは思わんのか!!」

 幼い頃から耳にタコができるほど聞いてきた父の言葉。
 その厳しさに何度挫け、諦めようと思ったことだろうか。
 それでも諦めることだけはしない。

「まだ……だ!オレはまだ負けてないぞ!!」

「そうだ、ジン!何度でも挑んで来い!!」

 土埃にまみれ、傷だらけになりながらも歯を食いしばるジンと呼ばれた少年。
 体に鞭打ち立ち上がる姿はまだ幼さが残るにもかかわらず、まるで戦士の出で立ちが垣間見える。

「うぉおおおおおお!!」

「甘いわっ!!」

 一心不乱に父へと飛びかかったジンだったが、無策で力任せな攻撃が父に通用するはずも無く、いとも簡単にかわされた直後、強烈な反撃をもらう。

 またダメだった。
 そんな言葉が脳裏に浮かんだ後、ジンの意識は静かに遠のいていった。



「……ん……あれ?」

「お?起きたか?もうすぐ飯の時間だ。さっさと獲物を仕留めて、薪を集めてきな」

「あぁ……そっか。また負けちまったのか……」

 覚醒したてでまだ少し朦朧とする意識の中、敗北した事実を把握した。

「これでお前の通算186連敗だな!あぁ……おれもお前に飯を作ってやりたいんだが……勝負に負けた方が作るって決まりなら仕方ねぇよなぁ?」

「うるせぇな!明日は絶対そのニヤケ面ぶっ飛ばしてやる!!」

 そう吐き捨てると、すくっと立ち上がり、完全に意識がハッキリするのを待ってから、まるで散歩にでも行くような足取りで木々をかき分け森の奥へと入っていった。

「……あそこでこう……ガツンとやればもう少しやれたのに……いや、でも親父ならたぶんこうきて……あぁああああ!くそっ!!」

 今日の勝負の内容を脳内で再現しながら、ぶつぶつと反省点を考察する。
 考えるほどに、自分には足りないものが次々と見えてくる。

「よし。明日は『見』だな。ひたすら待って待って待って、痺れを切らした親父にカウンターをこう……お?」

 そうこうしている内に、前方の岩陰に気配を察知したジン。
 彼は、音も無く身をかがめ、ハンマーを持つ手に力を込める。

 草陰に身を潜めたまま近づき、気配を殺したままそっと岩場の方に視線を向けると、お昼寝真っ最中の草食魔獣。

「あれなら十分だな……!」

 後方に注意を払いつつハンマーを振りかぶり、一瞬のうちに力を爆発させて獲物へと飛びかかる。

「てぇやぁああああ!」

 ジンの気配と大声により目を覚ました魔獣はすぐさま逃げ出そうと駆け出すが、振り下ろされるハンマーは既にその眼前まで迫っており、抵抗も逃走も叶わぬまま、鈍い音と共に命は絶たれた。

「ゴメンな……オレたちも生きるためなんだ。しっかり供養するから成仏してくれよな」

 ジンは息絶えた獲物を前に手を合わせた後、ゆっくりと肩に担ぎ上げる。

「あとは薪を拾ったら晩飯だな」

 これがここ数年における彼の日常である。

 流浪の村『コーク』で生まれたジン。
 大平原を点々と移動しながら生活する遊牧民の村コークは、その性質上、度々魔物の群れや野党に遭遇する。
 そのため、村の人間は男女問わず幼い頃から戦闘のいろはを叩き込まれながら成長し、誰もが村を護るために戦う戦士となるのだ。
 中でもジンの一族は突出した武闘派で、かつて『武神』と呼ばれた男の血を継いでいることこそがその理由だった。
 彼らの一族は怒りや闘争心で感情が昂ぶると、角の様なものが頭部に現れ、爆発的な力を発揮するという特異性を備えており、長い歴史の中、その力で数々の苦難から村を救ってきた英雄的一族でもある。

 ジンの父は、彼を幼い頃から戦士として教育した。
 戦闘の知識と技術を得るための鍛錬は、幼い彼にはそれは厳しいものではあったが、弱音を吐くことは一度たりとも無かった。
 武神の名に恥じぬ戦士となれ。
 父が心に秘める想いは、声にせずとも彼に通じていたのだ。
 そんな父の教えもあり、ジンは一族の名に相応しい力をめきめきと身に付けていく。
 五歳の頃には魔物と一人で戦わせられた。
 六歳の頃には見知らぬ森で単独サバイバルを強いられた。
 七歳の頃には村の大人全員と決闘させられた。
 そうして十歳を迎えた彼は、父と共に最後の修行を経るため、二人で旅に出た。
 総出で見送ってくれた村の者達に恥じぬ、立派な戦士になって帰ってくる。
 そう決意を固めて出発した旅だった。

「戻ったぜ、親父。良い獲物が獲れたんだ」

 修行途中、通りかかった森の中に築いたキャンプに帰り着いたジンは、父に声を掛けるが返事がない。

「親父?いないのか?」

 再度、応答を求めるがやはり返事はない。
 目を閉じて周囲の気配を探ると、近くの河原から微かに人の声が聞こえる。

「誰と話してんだ……?」

 少し緊張しつつ、ゆっくりと河原へと近づいてみると、そこには父の背中と、もう一つ見慣れぬ者の背中があった。
 不審がって木陰から様子を探ると、ジンは戦慄することとなる。

「な……何だ、あの化け物……」

 先程から感じていた得も言えぬ、形容しがたい緊張感。
 その原因たる存在は、今まさに父と談笑している相手。
 一見すると、ただのか弱い少女のように見えるが、気配を探ってみるとよくわかる。
 内に潜む底知れぬ圧倒的存在感。
 彼女の浮かべている無邪気な笑顔が不気味さを一層際立たせる。
 勘違いではない。
 にも関わらず、父は意にも介さぬ様子で談笑を続けている。

「何やってんだよ親父……まさか、気づいてないのか?」

 困惑と焦りによって微かに精神が乱れた瞬間だった。

「っ!?そこにいるのは誰だ!?」

 勘付かれた。

「くそっ!見つかっ――っと、うぉお!?」

 慌てて武器を構え、体勢を整えようとしたジンだったが、虚を突かれたことで動揺したのか、足元の木の根に躓き、無様に尻餅をついてしまう。

「ぐ……こ、この野郎!かかってこい!!オレは逃げも隠れもしねぇぞ!!」

 尻餅を付いたままハンマーを握り締め、精一杯声を張り上げて威嚇する。
 だが、弓を引き絞る少女と、その隣で立ち尽くす父は、何故だがポカンとした表情を浮かべている。

「……ぷっ……くくっ……あっはっはっはっはっはっは!!」

「ジン……まったくお前と言う奴は……」

 突如笑い出した少女と、呆れ果てた様子で溜め息をつく父。

「え……?何だよ!?どういうことだよ!?」

「あれがさっき話した息子のジンだ。まだまだひよっ子でな……」

「ニッヒヒ!いいじゃん、いいじゃん!可愛らしくて!」

 ますます困惑するジンを余所に笑い続ける少女と頭を抱える父。

「お、おい、親父!誰だよこいつ!?危ねぇじゃんか!!」

「ちゃんと紹介してやるさ。こっちへ来い」

 手招きされたジンは警戒を解かぬまま河原へと歩み出ると、父から少女の紹介を受ける。

「エルフ?『長命種』?」

「そだよっ!ほら?耳の形もジン君たち人間とは違うでしょ?」

 少女の名はエルミア。
 樹上都市『メルキス』を故郷に持つ彼女は、希少種であるエルフの中でも特別異質な存在である『長命種』と呼ばれる種だった。
 その存在は伝説に語られる程で、嘘か誠か、千年以上の時を生きたという記録まで残っているとの話だ。
 外見は二十歳を迎えた頃から変わることがなくなり、それから数十年の時を生きた後、一人で旅に出たという。

「って、ジン君って何だよ!?馴れ馴れしい呼び方すんなよな!」

「おいおい。これから一緒に旅しようっていう新しい仲間だぞ?少しは仲良くしたらどうだ?」

「はぁああああ!?聞いてないぞ、親父!!」

「今しがた決まったことだからな」

「よろしくねっ!ジン君!パパさん!」

「おいおい……パパさんはよしてくれ。照れ臭くって敵わねぇ」

 父がこの女に何を見たのかは知らないが、知り合ったばかりの相手をそう簡単に信用できるわけがないとジン。
 納得できないとの考えをはばかる事なく訴える。

「反対だ!エルフなんて得体のしれないヤツ簡単に信用できるわけねぇだろ!!そんなに若い女とご一緒できるのが嬉しいかよ、クソ親父!おふくろに言いつけるぞ!?」

「突然で動揺してしまう気持ちはわからんでもない……が……ここで母ちゃんを出すのは卑怯だろが!!この嬢ちゃんは俺よりもずっと年上だ馬鹿野郎!!」

「……え?マジで!?いくつだよお前!?」

「ん~……正確に数えられてるか分かんないけど、少なくともパパさんよりは年上ってことになるのかな」

 驚いたジンがまじまじとエルミアを見澄ます。
 人間の基準に当てはめれば、どんなに控えめに見ても二十歳そこそこ。
 十五、六といったところだろうか。

「マジ……これでババァかよ!?」

「バッ!?お、お姉さんはジン君よりも大人だからね……うん……それくらいのことじゃ怒らないのだ。でも、寿命の長さで言えばまだまだ少女だから、あんまり失礼なこと言わない方がいいんじゃないのかな?うん」

「すまねぇな、嬢ちゃん。こいつは見た目通りのガキなもんでよ。許してやってくれ。俺がちゃんと説教しておくから」

「……ところで、パパさんはジン君に女性に対して年齢を聞いたりとかはするもんじゃないって教えてあげなかったのかな?」

「俺は教えたぞ!?こいつの物覚えが悪いだけだ!」

「嘘つけぇ!そんなこと教えられた覚えはねぇぞ!!」

「とにかくだ!新たなる旅の共の歓迎もかねて、乾杯といこうじゃないか!ちょうど晩飯の支度をしていたところだ!」

 危うく話が脱線しかけたが、やはり考えを変えようとはしないジンの父。

「だから、勝手に決めんなよ!!だいたい嬢ちゃんって何だよ!?中身はそんな歳じゃねぇんだろ!?」

「そりゃ嬢ちゃんにその呼び方が良いって言われたからなぁ……」

「なんだそれ!?見栄張ってんじゃねぇぞ、ババァ!!オレはお前と一緒に旅なんか――」

「教育的指導っ!!」

 不意にみぞおちを襲う衝撃。
 反応すらできぬ速さで接近され、エルミアの拳が打ち込まれる。

「ぐぉ……お……」

「フンっだ!失礼しちゃう!!」

「ち……くしょ……オレは……認めてなんか……ねぇ――」

 こうしてジンの希望は無視される形のまま会議に終止符が打たれた。
 『世間を知る良い経験になる』
 ジンは薄れゆく意識の中で、そんな父の言葉を聞いた気がした。



「ジン!飯の前に水浴びでもしてこい!汚いままだと嬢ちゃんに嫌われちまうぞ……?」

「はぁ!?なんでオレがこんなババ――」

「んん?何を言おうとしたのかな?」

 新たに三人となった旅の日々も一カ月を迎えた。
 未だ完全には納得していない様子のジン。
 エルミアへの接し方からもそれが感じられる。

「バ……バ……バーカ!!いちいちこんなヤツのことなんて気にしてられるかよ!!」

「あれあれ~?いいのかなぁ?私はともかくとして、通りかかった町々の女の子達にいろいろ言われちゃうよ~?」

「ふんっ!そんな誰かもわからねぇヤツの評判なんて気になんねぇよ!」

「ふ~ん……『ねぇねぇ!ちょっとあれ見てよ!!やっだぁ……汚らしい。あんな恰好で町中うろつかれる身にもなってよね~!』とか?」

「……べ、別に気にならねぇ」

「『きっと身体を鍛える事ばっかりで頭の鍛錬はしてこなかったのね!お風呂の入り方ひとつ知らないなんて、なんて可哀そうな子なのかしら!!』とか?」

「…………」

「『うげぇ!?くっさ!ジンくっさ!!そんな体じゃ一生かかっても女の子のお相手なんてできそうにないわね!ギャハハハ!!』とか?」

「うるせぇな!オレは行かねぇなんて一言も言ってねぇだろ!?だいたい言われなくてもそろそろ行ってこようかなって考えてたところなんだよ!!」

「ふ~ん……」

 エルミアのにやけ顔がジンの神経を逆なでする。
 いつも事あるごとにジンにちょっかいをかけるエルミアと、大人な対応を心掛けたいがすぐに乗せられてしまうジン。

「一人で心細いなら私が一緒に入ったげよっか?」

「バ!?バカ言ってんじゃねぇよ!!」

「ニッヒヒ!かわいぃなぁ……顔真っ赤にして照れちゃって」

「ち、違ぇよ!!お前が怒らせるからだろ!?」

「そうだね~」

「ぐ……クソ……!もういい!!行ってくる!!!!」

「いってらっしゃ~い!」

「覗くんじゃねぇぞ!?」

「それはフリかな?」

「ふざけんな!!!!」

 認めるもんか。
 まだ頭ではそう考えているジン。
 だが、その一方で、賑やかで退屈のしない冒険はいつの間にかジンにとって居心地の良いものとなっているのもまた事実だった。
 考えと気持ちが一致しないモヤモヤ。
 どちらが自分の本心なのか。
 その結論を出すにはもう少し時間がかかるようだ。

「ったく……いつもいつも何かと絡んできやがって。どっちがガキなんだっつーの。歳だけはババァのくせに中身はてんでお子ちゃまじゃねぇか……」

――ガサッ

「ん……?」

 一人、河原で水浴びをするジンの背後で草むらが揺れた。
 害意のようなものは感じられないが、念のためにと注意深く気配を探ってみる。
 が、やはりこれといった気配は感じなかった。
 野生の獣が通りかかったか何かだろうか。

「まぁ、ここはオレの方が大人にならないとだよな。とりあえずババァってのは止めてやるか。でも、それなら何て呼べばいいんだ?エルミアか?いや……今さら名前で呼ぶのもなんかなぁ……おぉ!クソエルフだ!クソエルフで十分じゃねぇ――ぐほぉえ!?」

 その瞬間、再びジンが背を向けた草むらから何かが強烈に彼の背中を打った。
 正体を確かめようにも、あまりの衝撃により何もできずにただただ宙を舞うばかり。
 最近、こんなことばっかりだ。
 そんなことを考えながら、やはりジンの意識は静かに沈んでいった。



――バチィン!!

「うぉお!?え!?な、なんだ!?」

「やっと目を覚ました!大丈夫?ジン君」

「あれ?オレは何を?確か水浴びをしていたら突然……」

「さ、さぁ。何があったかは全然知らないけど、とにかく無事でよかった!!」

「え?まぁ……そうだな」

「早くパパさんのとこに戻ろ。もうとっくに晩ご飯できてるよ!」

「おぅ。そうだな」

 背中に残るズキズキとした痛みが何かに襲われたことを証明していたが、経緯はともかくとして、五体無事である以上、特別大きな問題でもなかったのだろう。
 森の動物の悪戯。
 そんなものだと胸を撫で下ろしたジンは、エルミアと共にキャンプへと戻ろうと立ち上がる。

「……ねぇ、ジン君。こんな時、私がどんな反応するのが好みだったりするのかな?キャッ!とか言った方がいい?」

「ん?」

 唐突な質問の意図がわからないジン。
 彼は視線を己の身体へと移したところで全てを把握した。
 先ほどまで自分が何をしていたのか。
 それにより着ていた衣服をどうしたのか。
 そのまま気絶した自分が今、どのような姿でエルミアの前に立っているのか。

「てめぇ!気付いてんなら早く言えよ、クソエロエルフ!」

「はい。ジン君の服」

 いつもならエルミアも怒り出す場面のはずなのだが、そんな言葉を聞き流したエルミアが綺麗に畳まれた服を、熟れたリンゴのように赤くなったジンへと差し出す。
 そのニヤけた表情がジンの気持ちを全て察していることを表していた。

「くっそがぁああああああああ!」

 ジンは乱暴に奪うようにして服を受け取ると、それを抱えてキャンプへと逃げ帰った。





――二カ月後

 既に三人の旅は三カ月目を数え、何年も同じ時を過ごしてきた仲間同士の旅路のような、そんな落ち着いた空気が漂っていた。

「あ!おいしそうなハムが残ってる!も~らいっ!」

「おい!?オレが楽しみにとっておいたやつだぞ!?返せよ!!」

「ニッヒヒー!油断してる方が悪いんだよ~?!」

「このクソエルフ!だったら代わりに卵サンドよこしやがれっ!」

「あー!またクソエルフって言ったぁ!このぉ~!!」

「おいおい、二人ともちゃんと俺の話を聞いてるのか?これ程の武勇伝、なかなか耳にできる機会はないぜぇ?」

「昔々、王国騎士団の団長様とやり合った時の話だろ!?ガキの頃から何度聞かされたかわかったもんじゃねぇよ!」

「あれ?ジン君は今もまだまだお子ちゃまだと思ってたけど、違うのかな?」

「そりゃお前みたいなババァから見たら人間誰しもガキだろ!!」

「ちょっとパパさん!?今の聞いた!?!?ジン君には戦いのことよりももっと教えなきゃいけないことがあると思うの!!」

「いいからさっさとオレのハム返せよ!クソエルフ!!」

「ハハ。まったく……相変わらず仲の良いこった」

 まるで緊張を感じさせない雰囲気。
 だが、そんな浮かれた空気も、次第に落ち着きを見せ始めることになる。
 今日の目的地はとある海峡。
 その目的は、海峡付近に住まうとされる巨大な翼竜の討伐だ。

 先日、通りかかった村の人間に竜の討伐を依頼された一行。
 話を聞くところによると、長年この周辺の竜達を従え、群れのボスとして君臨する巨大な翼竜が存在するという。
 その強大さと群れの規模から迂闊に手出しできない状態が続き、そうこうしている間にも群れの勢力はどんどん拡大を続け、とうとうその脅威が村にまで及び始めているとのことだった。
 正義感に駆られたジンの父はこれの討伐を引き受けた。

「……ジン。嬢ちゃん。そろそろ真面目にいくぞ。直にヤツの縄張りだ」

「わかってるよ。ジン君は私が絶対に守ってみせるから!」

「余計なお世話だっての。オレだってずっと鍛えてきたんだ!もうガキじゃねぇ!!」

「軽口叩いてる暇があったら周りを警戒しろ。既にヤツに見つかってるかもしれないんだからな」

 この一件を引き受けた当初、翼竜の討伐へはジンの父とエルミアの二人で向かうことになっていた。
 しかし、これまでの修行の成果、己の力を試したくて堪らなかったジンがこれに同行することを願い出たのだ。
 幼い頃から鍛えてきた息子とはいえ、まだ早いと彼の父は願い出を一蹴したが、これを庇うようにエルミアが提案を持ちかけた。
 現地では常に自分がジンの傍でサポートする。
 ジンの父は、訴えるように自分を見上げる息子とエルミアに根負けし、こうして三人で現地まで赴くこととなったのであった。

「……パパさん。ジン君」

「あぁ……近づいてくるな」

 翼竜の住処とされる海峡に足を踏み入れて間もなくして、強大な気配がこちらへと近づいてくることを察知した一行。

「ジン!気を抜くなよ!!」

「いつでも来やがれってんだ!!」

 この一件に対するジンの意気込みが伝わってくる。
 だが、それは緊張感を孕んだ戦士のそれではなかった。

 ただでさえ強大な気配が、距離が詰まる程に膨らんでいくのをひしひしと感じ、ついに一行の視界に巨大な翼竜の影が姿を現す。

――グォオオオオオオオオオオオオ!!

 遠足前の高揚感を無邪気に楽しんでいる子供のような、そんな決意や意志とは無縁な、空虚な気持ちが崩れ去る瞬間でもあった。

「あ、あれが……翼竜……なんてデカさだよ……!?」

 青い鱗を体表に纏い、翼を広げたそれの大きさは小さな山さえも思わせる。

「……まずいな!」

「パパさん!!」

「わかってる!予定変更だ!!」

「え!?おい!!何で逃げるんだ!?戦うんじゃねぇのかよ!?」

 当初の予定では翼竜と遭遇したら即戦闘との運びとなっていたのだが、急遽、一行は海岸方向へと駆け出す。
 想定外。
 それなりの個体を想定していたはずのジンの父とエルミアだったが、それを遥かに凌駕する相手だったのだ。

「開けた場所じゃヤツの格好の獲物になる!海岸の岩場までヤツを誘い込むぞ!嬢ちゃん、頼む!!」

「任せて!!」

――ギャァアアアア!

 やや後方の上空から迫りくる巨大翼竜。
 それを支援する様に、小型の翼竜が一行の行く手を遮る。

「邪魔だぁああ!!」

 足を止めることなく眼前の翼竜たちを薙ぎ払い、突き進んでいくジンの父。

「お、オレだってぇええええ!!」

 そんな父の背中を見て自身を奮い立たせたジンもこれに続く。

「はっ!えいっ!!」

 一行は常に頭上を巨大翼竜に取られながらも、エルミアが弓で援護してくれるおかげで何とか海岸まで辿り着くことに成功し、岩陰へと身を隠した。

「俺の読みが甘かったぜ……まさかあんな化け物級が人里近くを縄張りにしてやがるとはな……」

「それでもやるんでしょ?パパさんは」

「当たり前だ。このまま放置すれば、あの村は近いうち確実に壊滅する」

「でも、あんなのどうすんだよ親父!これまでの魔物とは比べ物にならないぜ!?逃げるだけでも精一杯だってのに、本当に勝てるのかよ!?」

「落ち着きなよ、ジン君。パパさんはただ逃げたんじゃなくて、勝つためにここまであの竜を誘い出したんだよ?」

「流石は嬢ちゃんだ。わかるか?ジン。ここならヤツを討てる!」

「ここでなら……?」

 父に促され、切れた息を整えながら周囲の環境を吟味する。
 海岸の岸壁沿い。
 足場はさして広くは無く、あちこちに岩が立ち並んでいて死角が多い。
 さらに、潮風に煽られた海水の飛沫で視界も悪い。
 とてもじゃないが戦いやすい環境だとは思えなかった。

「わかんねぇか?ここは俺達にとっても、ヤツにとっても戦いにくい場所だが、その影響は図体のでかいヤツにとっての方が遥かに大きいんだよ。向かい合っての決闘をするわけじゃねぇんだぜ?」

「まだジン君には難しかったかな?」

「う、うるせぇな!十分わかったよ!!とにかく、ここでならアイツに勝てるんだろ?やってやろうじゃねぇか!!」

「ジン?どうした……?」

「あ、あれ……力が……入らねぇ……」

 武神一族の名に恥じぬ戦士となる。
 故に戦いから逃げることはあってはならず、護るモノのためにも勝たなくてはならない。
 ジンはハンマーを握る度にその言葉を胸に重ね刻み続けた。

 それと別にもう一つ。
 いつまでも自分を子供扱いする父とエルミアに成長した証を見せつけ、見返してやりたい。
 自分は既に一人前の戦士であると。
 憧れ続けた父と肩を並べ、共に戦える男になったと。
 それこそが彼の信念であり、彼の行動原理の根源。

 しかし、気づいてはいなかった。
 習慣化されたことによる弊害。
 数を重ねる程に少しずつ緩んでいく決意。
 無意識化で薄れていく想い。

 自らの勢いで消えてしまいそうなほど轟々と燃え盛っていたはずの胸に宿る炎。
 それは数々の苦難という向かい風を受けながらも、抗うように道を示してきた。
 そのはずだった。
 激しかったはずの揺らめきは、いつしかランプの中にあるロウソクの火のように落ち着いたものとなり、当たり前に、ただただジンの足元をぼんやりと照らすだけの、ただそれだけのものに成り果てていた。

 己を圧倒するかつてない強大な敵を前にし、その事実は最悪のタイミングで露呈した。

 恐怖。
 戦いに身を置き続け、とっくに克服したと思っていた感情。
 今のジンは、初めて命のやり取りを体験した昔のあの頃に、すくんだ足でただ立っていることしかできなかったあの場の自分に還ってしまっていた。

「…………お前はここに隠れていろ。嬢ちゃん。悪いが付き合ってもらうぜ?」

「……うん。大丈夫だよ。パパさん」

「ま、待ってくれよ!オレだって戦えるんだ!!さっきだってやれてた――」

――――グォオオオオオオオオオオオオ!!

「……ッ!?」

 吹き荒れる風音を寸断するような咆哮がヤツの再来を告げる。
 その声を合図にして、ジンの震えは一層激しさを増し、もはや戦闘に参加できるような状態でないことは誰の目にも明らかだ。
 間を置かず、頭上を大きな翼を広げた巨体が覆い隠し、一帯に影が落ちる。

――グルルルル……!!

「ジン!絶対にここを動くなよ!?いくぜ!嬢ちゃん!!」

「ジン君……まだジン君には少し早かった。それだけのことだよ。君はこれからまだまだ強くなる。いつかヤツをやっつけられるくらいに。だから……今は耐えて!」

「あ…………」

 岩陰を飛び出し、立ちはだかる巨竜に向かっていく二人。
 ジンは遠ざかる父の背中にすがるように手を伸ばした。
 対等な戦士として父の傍に。
 父にも明かしていなかった想い。
 だが、すくんだままの脚で、届くことは叶うはずもなかった。



――グギャァアアアアアア!!

「おっと!危ない、危ない!」

 矢で牽制しつつ巨竜の注意を引き付けるエルミア。
 軽やかな足運びで、繰り出されてくる強烈な攻撃を紙一重で捌き続ける。

「こっちだぜ……ノロマがぁああああ!!」

 攻撃を当てられないことに苛立ち、巨竜に生まれる隙。
 そこを突くことで確実に一撃、また一撃と叩きこんでいくジンの父。

 巨竜に相対するジンの父とエルミア。
 彼らの戦いが開始されてから、おおよそ十分が経過したが、激戦必至と思われていた戦闘にも関わらず、一行の予想は良い意味で裏切られることとなっていた。
 二人は巨大な翼竜を相手に、開戦時から優位な展開運びを見せている。
 その理由は大きく二つあった。

 一つは地の利。
 狭い足場は巨体の竜にとって、二人以上に動きを大きく制限される枷として働き、さらにはあちこちに存在する岩が竜の死角、また攻撃を防ぐ盾として機能する。
 これは戦地をここに定めた二人の経験の成せる判断が生んだアドバンテージ。

 そして二つ目の理由が『風』である。
 嵐が近いのか、時間の経過と共に強まる潮風。
 本来、ボスである巨竜を援護するはずの小型の翼竜たちだが、そのことごとくは強烈な風に阻まれ、満足に飛行することが出来ずにいた。
 その結果、図らずも戦地は風の結界に守られた闘技場となり、一行にとっては文字通り、勝利を運ぶ追い風であると言えた。

「くぅ……風が強すぎて矢が真っ直ぐ飛ばなくなってきた……!」

 ただし、必然的に風の影響は二人にも及ぶ。
 特に弓を主武器として戦うエルミアにとっては大きな問題だ。
 騙し騙し戦闘を継続してはいたが、いよいよ正確な射撃が困難になってきた。

「任せな!合わせろよ…………嬢ちゃん!!!!」

――グ……ゴォアアアア!

 岩陰を縫いながら巨竜の側面に躍り出たジンの父は、その横っ腹に全力の一撃を叩き込むことに成功する。

「おぉ!ナイスだよ、パパさん!!」

 巨体をくの字に折りながら、呻き声をあげる竜。
 激痛に歪ませた巨竜の顔が、エルミアの潜み隠れていた岩の前へ狙ったように差し出される。

「はぁっ!」

 すかさず矢を番え、一点を狙いすまして殺意を放つエルミア。

――ギャォオオオオオオオオ!

 矢は見事に竜の右目を穿ち、視界の半分を奪い去った。

「畳みかけるぞっ!!」

「了解だよ!パパさん!」

――グゥ……!!

 一気に間合いを詰めようとする二人だったが、それに対して動きを止めた巨竜。
 その身体が風船のように膨らんだように見えた。

「ッ!?これは――」

「パパさん!避けて!!」

――ォオオオオオオオオオオオ!

 空気の質を変えるほど強大な魔力。
 巨竜の口元からそれが一気に噴出される。

「なにっ!?」

「うわわわわわわわっ!?」

 ブレス。
 触れたモノ一切が瞬く間に凍り付き、機能を失い自壊する絶対零度の魔力波である。

「あんなもん喰らったら一溜りもねぇな……!」

「次っ!来るよっ!!」

 巨竜の攻撃パターンが変わった。
 近い標的をひたすら追いかけ、爪や尾で押しつぶそうとする力任せで単調な攻撃から、仁王立ちしたまま距離を保ち、広範囲を一方的に制圧するブレス主体の攻撃へと。

 片目を奪われたことで、ジンの父とエルミアはヤツの『獲物』から『敵』へと意味をシフトしたのだ。

――ォオオオオオオオオオオオオ!!

 巨竜は見境なくブレスを連発。
 瞬く間に辺り一面が銀世界と化していく。

「……え?」

 そして、未だ少し離れた岩陰から戦闘の一部始終をただ傍観していたジンにもその脅威が迫る。

「ジン!!」

「パパさん!?」

 身動き一つ取れないまま氷波に包まれたジン。
 周囲から伝わってくる冷気が死を予感させた。

 しかし、ここで数瞬置いてジンが違和感に気が付く。
 冷たい。
 寒い。
 だが、それは身体の機能を奪い去られるほどのものではなく、その間に温かい何かを感じた。
 まるで何かが自分の身を包んで守ってくれているような……

 恐る恐る目を開けたジンは知る。
 彼を包み、護っていたものの正体。

「……何で……親父……?」

「………………だい……ぶ……か……?」

 ブレスが止んでなお、残された冷気が父の衣服と皮膚をパキパキと凍らせ続けている。

「なんだよ……なんだよこれ……親父……?おい!!しっかりしろよ!!」

 ジンが父の身の案じてその体に触れる。
 すると、薄い氷が剥がれ落ち、その下からどす黒い紫に変色した父の皮膚が顔を見せた。
 壊死した細胞は本来の皮膚の弾力を失い、ひび割れ、吹き出すように血が流れ出てくる。
 あまりに無残な姿となった父を前に、ジンは完全に思考力を失った。

 しばらく暴れ続けた巨竜は、そのまま逃げるように岸壁を飛び降りて海岸の方へと飛び去っていく。
 その様子を見届けたエルミアも二人の傍へと駆け寄る。

「ジン君!!パパさんは無事――ひっ!?」

 親しい人間の見るに堪えない姿にうろたえるエルミアだったが、すぐに冷静さを取り戻す。

「ジン君!まだ小型の翼竜がうろついてる!パパさんを安全な所へ運ばないと!!」

「…………」

「ジン君!?」

「………………」

――パァン!

「あっ……!エルミア……オレは……」

 自分の頬を打たれた衝撃により、完全とは言えないまでも思考力を取り戻したジン。

「しっかりしてっ!パパさんを助けないと!!」

「……あぁ。そ、そうだな。わかった!」

 偶然、近くに洞穴を発見した二人。
 瀕死の状態にあるジンの父を奥へと運び入れて、静かに横にすると、エルミアがすぐさま傷の診断を始める。
 専門的な医術の心得がない彼女ではあったが、長年培われた経験から、その傷の重度をある程度予測することはできた。

「なぁ……助かるんだろ?親父は平気なんだろ……?」

「…………だ、大丈夫!私、薬草取ってくるから!パパさんを見てて!!」

「わ、わかった!!」

 『大丈夫』という言葉。
 それは安心させるために発せられた嘘なのか。
 助かる見込みがあるという希望の言葉なのか。
 その真偽すらわからない自分の見識の狭さと未熟さが歯がゆく、悔しい反面、救われた気もしたジン。
 もう父と一緒に旅をすることも、話すこともできなくなるかもしれない。
 そんな結末が待っているのかもしれないなどと、考えただけでも挫けそうになる。
 ここでもまた逃げ出した。
 現実から目を反らし、流れる時を受け入れるだけの小さな人形。
 それが今のジンの正体だった。

「…………ジ……ン……?そこに……いる……のか……?」

「お、親父!?目を覚ましたのか!?今、エルミアが薬を探しに行ってくれてるから、あと少しだけ頑張れよな!!」

「……嬢ちゃん……が……?は……はは……優しいなぁ……」

「水飲むか!?オレは何をしたらいい!?オレ……オレ、結局親父の足を引っ張っただけで……!!」

「お前は……気に病むな……俺が……決めたんだ……」

 いつも耳にしていた豪快な声は見る影も無く、外の風音で簡単に掻き消されてしまいそうなか細い声。
 ただの一つだってそれを聞き逃すまいと、ジンは父の口元へと顔を寄せる。

「……親父!オレ、強くなるからさ!あの竜よりも強くなって親父達のことも護れるようになるから!」

「はは……そりゃあ…………いいな」

「だろ!?だからこれからもオレに稽古付けてくれよ!なぁ!?今までよりもずっと頑張るから!!」

「……大丈夫だ…………強くなる。お前には……天賦の才が……ある……からな。ずっと見てきた……んだ……保証……してやる」

 ただでさえ弱々しかった声がさらに小さくなっていく。

「おい……大丈夫かよ!?しっかりしてくれよ!?なぁ!!」

「よく……聞け…………ジン…………」

「親父……?」

「嬢ちゃんが……お前を……ずっと……大き……く……成長させて……くれる……学べ……」

「何、死ぬ間際みたいなこと言ってんだよ!!オレに技を教えるのは親父の役目だろ!?やめてくれよっ!!」

「おま……成長を…………出来ない…………残念だが…………」

「頼むよ!待ってくれ!!オレはまだ親父に何も…………!!」

「もっと……もっと……俺より……も…………嬢ちゃん……よりも…………」

「……親父ぃ!!」

「コイツ……お前……託……す…………」

 感覚などとうにないのだろう。
 そんな父の指先だけが何かを握ろうと微かに動いている。
 ジンはそこにしっかりと握られた父のハンマーの影を見た。

 「………………っ!!」

 受け止めなければならない。
 どうしようもなく弱かった自分を。

 戒めろ。
 もう逃げるわけにはいかない。

「武神…………血と……コークを………………れ……」

 既に聞き取ることもできない、小さく、途切れ途切れの言葉。

「………あぁ」

 例え声になっていなくとも、父の想いは欠けることなくジンへと流れ込んでいく。

「きっ……やれ……る…………そし……いつ…………か――――」

 拳を石のように固く握り締めながら微動だにしないジン。
 ゆっくりと目を閉じ、何かを想う。

「……………………」

 その先の台詞が何だったのか。
 彼だけが知ることのできた言葉。
 ジンは雄々しく締まった表情で、父の言葉に心の中で力強く答えてみせた。
 父からの応答が二度とないことを知りながらも。





「ジン君!パパさんは!?遅くなってゴメンね……なかなか目当ての薬草が生えてなくて、それで――」

 少しして、薬草を摘んだエルミアが戻ってきた。
 彼女の声に振り向きもせず、ただ父の亡骸の前で茫然とへたれ込むジンの背中を見て全てを察する。

「…………あぁ……ゴメン……ゴメンなさい……私が……私がジン君の傍にいるって言ったのに……!私がもっとしっかりしてれば、パパさんが――」

「違う…………オレが……オレのせいだ」

「ジ、ジン君……?」

「オレが無理言って付いてこなきゃ親父は死ななかった……オレがちゃんと戦えてれば親父は死ななかった……オレがもっと強ければ親父は死ななかった……」

「そんなこと――」

「違わねぇよ……!」

「……ジン君」

「だからエルミアは悪くない……」

「…………とりあえず。パパさんを送ってあげよ?」

 洞窟の外に再び出てみると、嵐はいつの間にか過ぎ去っていた。
 ジンの父の亡骸を大切に抱きかかえながら岸壁をよじ登ったエルミア。
 彼女は日当たりの良さそうな場所を見つけると、そこに深く穴を掘り、ジンの父を埋葬した。

 その間、ジンはどこか冷めた目で、ずっとその光景を見守っていた。

「ほら……ジン君もパパさんを見送ってあげて?」

 血を滲ませ、泥だらけになった手の平を合わせながら、ジンに黙祷を促すエルミア。

「………………」

 そうしてジンもやっと何かを想いながら墓の前で手を合わせた。
 しかし、数秒程で手をそっと離すと、おもむろに墓に近づく。

「……これは置いていくよ……親父」

 墓標に見立てたどこから拾ってきたのかわからない石。
 その傍らに自分のハンマーをそっと置くと、もう一つのハンマーを肩に担いだジンが踵を返し、すたすたと歩きだした。

「どこに行くの?ジン君」

「…………」

「ヤツのところに行くんだね?」

 エルミアの声に足を止め、ぽつりと呟く。

「…………行かせてくれ」

「止めても行くんでしょ?分かってるつもりだから。ジン君の気持ち」

 咎めつつも、エルミアはいたって穏やかだった。
 怒るのではなく、促す。
 まさにそんな感じ。
 いつものような楽観的な空気も、からかうような無邪気さも今は影を潜めている。

「傷ついたあの翼竜は巣へ逃げ帰ったんだと思う。傷が癒えるのを待つには自分の住処が一番安全で安心できるからね」

「…………エルミア?」

「相手はヤツ一体だけじゃないよ。私達がヤツと戦ってた時、他の竜が邪魔に入ってこなかったから忘れかけてたけど、ヤツは群れのボスなんだ。だから巣の周りには従えてる小型の翼竜がいるはず」

 依然として憮然な態度のままのジンではあったが、エルミアはそれには触れようとはしなかった。
 優しくはせず、慰めることもせず、ただヤツの元へとジンを導くことに注力する。
 それがジンとって一番良い。
 そう判断したのかもしれない。

「アイツは逃げるとき、海の方に飛んでいったからね。もしかしたら海岸線に大きな洞窟でもあるのかもしれない」

「…………」

「あくまで予想だから、外れるかもしれないけど。とりあえず浜辺の方に向かってみると良いと思う」

「…………あぁ」

 エルミアがジンの元を離れたわずかな時間。
 たった数刻の間に、人が変わったかのような表情を見せるジン。
 当の本人はそのことに気づくことさえできなかったようだが、エルミアが多大な心配を募らせていることは言うまでも無かった。
 聞きたいことも、言いたいことも沢山あっただろう。
 だがそれでも、ジンを一人で行かせることに決めたのだ。

「無事に帰ってきてね。ジン君。待ってるから!」





 ジンにとって、巨竜を倒すという行動には、父の敵討ちだけに留まらない意味がある。
 どうしようもなかった、かつての自分との決別。
 新たな第一歩を踏み出すための、避けて通ることの許されない試練。

 どうしようもなく馬鹿で、口ばかり達者で、強いつもりで弱かった自分。
 それに気付けず、気付こうともせず、ただ有耶無耶に誤魔化し続けた自分。
 そんな、どこまでも子供だった自分を捨てるための一歩。

「……そういやまだ親父にちゃんと謝ってなかった。あの時も……あの時も……あの時もだ……」

 思い返される父と共にあった十数年の人生。
 どれだけ迷惑をかけ、何度喧嘩し、同じ数だけ感謝したことか。

「今までのこと……多すぎて覚えきれてないけど……ゴメン。それから……ありがとう。一回くらいちゃんと言えれば良かったな…………」

 海岸線へと降り、ブツブツと独り言を零しながら浜辺をなぞる様に歩き続けるジン。
 どうやらエルミアの予想は的中したようだ。
 前方に見える切り立った岸壁の上空を、三匹の小型翼竜が旋回している。
 壁の中腹にはヤツが余裕で通れそうなほどに大きな横穴がぽっかりと口を開けていた。

「……あそこか」

 足を止めずにそのまま巣へと歩み寄っていくジンだったが、海に面した岸壁はとても登れるような代物ではなく、無理に入ろうとして足を滑らせでもすれば、瞬く間に潮の急流に飲まれ、海の藻屑と消えてしまうことだろう。

 それは当然、ジンも理解していた。

 彼は岸壁の横へと回り込み、適当に当たりを付けると、深く深く息を吸い込みながら、ハンマーを振りかぶる。

「………………ふっ!!」

 岩盤の分厚さを正確に測ることはできないが、岸壁とその中の空洞のことを考えれば、到底人間の力で突破できるような厚みではなかったはず。
 そんなことを今のジンが考慮していないのは言うまでも無かったが、それでも彼の表情はあまりにも自然すぎるものだった。
 自信に満ちているわけでもなく、かといって微かな不安さえも感じさせない。
 歩く。
 手を上げる。
 そういった『できる』ものとして考えて疑わないもの。
 当たり前のものを、ただ当たり前にこなす。
 そんな表情だった。

――ズドンッ!!!!

 大地を揺るがすに至る衝撃と、爆発の様な轟音に付近の動物達が騒めく。
 その人智を超えた光景は、誰の目にも武神の力の胎動が映ったことだろう。

 ハンマーの縁を綺麗に象ったような見事な丸い穴。
 硬く分厚い岩盤を突き抜ける剛力。
 その力を分散させることなく完璧に、ただ一点だけに凝縮させた技術。
 武神の血を継ぐが故の芸当か。
 はたまた彼の父の教えが導いた果ての奇跡か。

「…………っ!?」

 決意を新たに、洞窟の闇に足を踏み入れようとした瞬間だった。
 彼の心にまたあの絶望が静かに忍び寄る。

 目の前にする圧倒的な敵。
 震える恐怖。
 迫りくる死。
 横たわる父。
 消えゆく希望。

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 振り切った。
 もう同じ過ちは繰り返さないと誓ったから。
 ジンの胸に溢れる想い。
 明暗様々な感情が渦巻く。

「……待ってろよ」



 洞窟の内部は想像よりもずっと広かったが、構造的には複雑なものではなかった。
 巨大な一本道がひたすら奥へ奥へと続いている。

――ギギッ!?

「邪魔だ……どけよ!」

――ズドンッ!!

 ここは翼竜の巣。
 群れのボスである巨竜以外の竜がいることは予想していた。
 ジンは父から受け継いだ意志で、そのことごとくを薙ぎ払っていく。
 竜を一体、一体倒す度、足を一歩、一歩踏み入れる度に覚えのある気配が近づく。
 間違いなくこの奥にヤツがいる。

「はぁ……はぁ……もうすぐそこだ……!!」

 十数体は振り払っただろうか。
 洞窟の最深部に繋がる一本道に小型翼竜の亡骸が点々と並ぶ。
 その先にあった窯状に広がる広大な空間。
 そこにヤツはいた。

「はっ…………はぁ……はぁ…………はぁ…………」

 仄暗いドームの中心で動かずに横たわる巨体。
 戦闘態勢でないにも関わらずビリビリと伝わる存在感。
 十分すぎる覚悟をしてきたはずのジンではあるが、堪らず息を呑む。

「……?」

 そしてすぐに違和感に気が付いた。
 先刻の戦闘過程や、圧倒的な力の差があるとはいえ、自分を狙う敵を前にして、微動だにしようとしない不自然。

 敵にすら値しないと侮られているわけではなかった。
 それよりももっと下。
 眠る己の傍らに立つジン。
 それは巨竜にとっては考慮する必要のないモノ。
 つまりは、いようといまいと関係の無いモノとして扱われていたのだ。

 これ以上の屈辱があるだろうか。
 決死の覚悟で踏み込んだ死地で、存在を無視される。
 ここでジンの無意識下に僅かに残っていた恐れは完全に消えた。

「おい。さっさと起きろよクソトカゲ……」

 ジンは小さく呟いた。
 静かでいて、しかし果てしなく激しい怒り。
 例え難い殺気が巨竜の身体に這い寄る。

――グォオオオオオオオオ!

 次の瞬間、巨竜が咆哮を上げながら飛び起きる。

「よぉ……こっちは準備万端だぜ?」

――グルルルルルルル……

 状況が把握しきれていないのか、キョロキョロと何かを探すように首を回す巨竜。
 そして巨竜は気づく。
 突如、自身の寝込みを襲った、あの死の気配。
 それが目の前の小さな人間から発せられたものであることに。

「一発だ……一発で決めてやる…………!」

 躊躇することなく真っ直ぐに巨竜へと歩み寄るジン。
 驚くほど落ち着いた様子で、ただ眼前の獲物を見据える。

 昂る感情と溢れんばかりの怒り。
 身体の奥から満ち満ちる力。
 それでいて妙に頭はスッキリしている。
 そんな感情とは裏腹に、身体の熱が冷めていくのがわかる。
 洞窟の腹に穴を開けた時と同じだ。
 だが、あの時以上の力強さを感じる。

 そして……そう。
 額の辺り。
 熱も、力も、想いも、まるで何もかも全てがそこへ凝縮されていくような……

――ゴァアアアアアアアアアアアア!

 ジンの間合いに竜が触れるか否かの刹那。
 先手を取った巨竜が選んだ攻撃手段はブレスによる強襲。
 その勢いと攻撃範囲は、集中を研ぎ澄ましたジンとてかわしきれるものではなかった。

「……ッ!?」

 眼前に迫る死。
 先の戦闘、盾となるために自分の前に飛び出した父の背がフラッシュバックする。

 瞬間、ジンの力は臨界点を迎え、爆発した。

「舐めんなよ!?」

 凄まじい冷気を身に浴びながらも、足を後方に目一杯蹴りだしたジン。
 出血の感覚と、燃えるような痛み。
 そんなもの意にも介さず無理やり竜の眼前に躍り出ると、持てる全ての力を込めた一撃を憎き怨敵の脳天に振り下ろした。

「うぉらぁああああああああああああ!!」





 静寂に包まれた洞窟の最奥部。
 完全に頭部が潰され、絶命した巨竜と、呆然と立ち尽くすジンの姿がそこにはあった。

 竜と決着を付けた後、ジンは二つの疑問を抱えていた。

 一つ。
 ブレスの直撃を食らったはずの自分が、痛手こそ負いはしたものの今だに生存していること。

 そして二つ。
 違和感を感じ、額に手をやると触れた奇妙な感触。
 二本の突起。
 他に言いようのない何かが存在していた。
 それは先ほどまで感じていた熱と力が引いていくのに比例して次第に沈んでいく。
 正体について心当たりはなかったが、何故だかそれはとても愛おしいモノのように感じられた。
 強く、温かく、厳しく、優しい。
 まるで父の手に触れているような。
 そんな感覚だった。

 額の違和感が完全に消えたところで、ハンマーを肩に担ぎ上げたジン。
 いつまでもわからない疑問について考えても仕方がない。
 エルミアを待たせていることもあり、彼は洞窟を後にしようと踵を返す。
 この時、疑問の一つは解決された。

「……なんだよ。また護られちまったのか……」

 先ほど竜の放ったブレスが直撃した場所と、ジンが竜へ飛びかかろうと地を蹴った跡。
 その位置が微妙に前後にズレていたのだ。

 ジンの父とエルミアが巨竜と戦闘した際、竜は片目を失ったために正常な距離感が狂っていたために生じたズレ。
 そんな理論に基づいた真実など彼にとってはどうでも良かった。
 またしても父に護られた。
 当の本人がそう思ったのだから、事実はその通りで良いのかもしれない。



「……あれ?アイツ……」

――無事に帰ってきてね。ジン君。待ってるから!

 父の墓標を離れる前、そんなことを口にしていたはずのエルミアが、洞窟を出てすぐの所で、大きな岩にもたれかかりながら静かな寝息を立てていた。

「…………」

 眠ったままのエルミアに歩み寄ったジンは、少しの間何かを考えた後、エルミアを起こさないよう気を付けながら言う。
声になるかならないような、そんな小さな小さな声。

「………………ありがと」

 やはり言葉にするのはくすぐったい。
 だが、口にすることで知ることのできた気持ちは、思いのほか悪いものではなかった。
 同じ言葉を父にかける機会はいくらでもあったはずなのに。

「おい、クソエルフ?てめぇ、なんでここにいんだよ?何気にも程があるんじゃねぇのか?」

 ジンがハンマーの柄で彼女の頭をコツンと小突くと、彼女はゆっくりと目を開いた。

「あ……遅かったね、ジン君。あんまり待たせるから追いかけてきちゃったよ」

「もう一回寝とくか?良かったら手を貸すぞ??」

「ニヒヒ……大丈夫だったんだね。無事に戻ってきてくれてありがとう」

 いつもよりどこか穏やかな雰囲気を纏うエルミア。
 屈託のない笑顔と優しい言葉は様々な風となって、ジンの心を通り過ぎる。

「……おぅ!」



 ひと時の休息を得た後、これからについて話し合った二人。
 まずは今回の件を報告するため、ジンの故郷であるコークへと一度戻ることにした。
 気の進む話ではないが、ジンの母には一刻も早く伝えなければならない。
 その後、母と共に父の墓を訪れよう。
 そんな内容だった。

「それからはどうするの?」

「旅を続けるに決まってるだろ?まだまだオレの修行は終わってないからな」

「そっか……強くなろうね。ジン君」

「もう親父に護ってもらわなくてもいいようにならないとな!!」

「お~!言うようになったねぇ!じゃあ、私もそれまで先生役として一緒に旅をしてあげないとだね!」

「ずいぶんと悩みの多い旅になりそうだな……」

「大丈夫、大丈夫!きっと悩んでる暇なんてないくらい、たくさんの新しい出会いや発見が待ってるよ!!」

+ 白き鬣の百獣王ガレオス
「敬愛せしガルム族同胞諸君よ。忘れてはならない……どんな者達にも負けぬ気高き誇りを胸に、耐え忍んだ日々があったことを!忘れてはならない……その苦難を乗り越えた先に手にした今だということを!」

 王宮のテラスから、獣境の村『ヴィレス』の中央広場に集まる人々に叫びかける。

「我が父、第十六代ヴィレス王アレイオスは過去を糧に現在を築いた!他種族と肩を並べ、共存の道を模索することができるまでに!そして私は、その跡を継ぎ、今の繁栄を糧に未来を創る!」

 役目を終えた父の眼差しを背に受けながら、さらに民達からの期待が込められた視線をその身に集める。

「諸君!私を信じ、共に進んでほしい!そして共に掴もう!更なる繁栄と輝ける未来を!」

「「うぉおおおおおおおおおお!!」」

「頼んだぜ大将!!」

「ガルム族の未来のためにー!」

「感謝する……皆よりの信頼を盟約とし、これを果たす事を誓う!我、ガレオスはここに、第十七代ヴィレス王として、戴冠(たいかん)したことを宣言する!!」

――――――

――――

――

「なかなか良いスピーチだったんじゃねぇか?親父殿も安心したことだろうぜ」

 戴冠式(たいかんしき)を終え、パレードへと向かうために王宮の中へと引き返したガレオス。
 鳴り止まぬ歓声がこだまする廊下の壁にもたれ掛かり、ガレオスを待ち構えていたと言わんばかりに声をかける人物がいた。

「ありがとうございます。ガルオン殿」

「おいおい……もう俺は指南役でも何でもないんだぜ?王様」

「…………そうであった。これからは近臣として傍に付いてもらうぞ!」

「ふっ……謹んで、拝命いたす!」

「ところで、皆のあの顔を見たか?」

「広場に集まっていた者達ですかな?」

「あぁ……彼らは、まだまだ若輩者の私を微塵も疑うことなく受け入れてくれた……それはこれ以上ない喜びだが、同時に……恐ろしくもある」

「今更ですな。我らガルム族を代表する記号こそがヴィレス王。そこに個を挟み込む余地があるとでも考えておられたか?」

「それを言ってしまえば、誰が王となっても変わらぬということではないか!」

「ガレオスという名の一人の個ではなく、ガレオスという名の王としての責務を果たせ!目的のために何が最善で、最も高い可能性を得られるかを常に考えろ!それが王に従う全ての臣民に対する義務だ!そしてそれができるか否かは、王の器次第だ……!」

「……やはり私よりも貴方が王になるべきだったのではないか?」

 第十六代ヴィレス王アレイオスが長きに渡り座り続けた王の座から退位することを決めたのが半年前。
 彼は種の希望を託す次代の王を指名することはせず、その器に値する者を見つけるために大陸中のガルム族に御触れを出した。

~集え。未来を託すに値せし者よ。余が礎となり、其は道と成らんことを願う~

 この声に応えた多くの者がヴィレスに集い、その中から次代の王を定めるべく王位継承戦が開かれた。
 これにアレイオスの実の息子であるガレオスも参加。
 当時から継承者との呼び声高く、その人望と器は村の住人皆が知るところであった。
 そして、もう一人。
 若くしてアレイオスの右腕として近衛隊の隊長を任されていながら、ガレオスの指南役をもこなしていた白虎一族族長ガルオン。
 この二人のいずれかが次代の王となるだろうとの前評判だった。

 しかし、誰しもが想像した二人の激闘が実現することはなく、圧倒的一強状態で大会は進み、第十七代ヴィレス王を戴冠したのがガレオスである。
 ガルオンはガレオスを含め、多くの者達から大会参加を勧められるも、これを辞退したのであった。

「柄じゃねぇんだよ……ちょっと熱くなるとすぐこれだ。ご無礼な物言い、誠に失礼しました」

「そんな理由で……」

「もし殿下が私めに劣ると申されるなら、勝てるよう精進すれば良いだけのことかと。そして、それを傍で力添えさせていただくことこそが我が道と信じておりますゆえ!」

 かつては小さな集落に過ぎなかったヴィレスの村は、アレイオスの王政の元に広い領土と数多の臣民を抱え、一つの国家として大陸に名を知らしめる程に成長した。
 もう村と呼ぶには似つかわしくないヴィレスだったが、長くその名で慕ってきた住人はその呼び名に誇りを持っている。
 かつては他種族からの迫害対象となっていたガルム族だが、彼の采配により一致団結し、その力と文化と誇りを他種族に示すことで地位を獲得。
 今や他種族が軽視できない程の存在となり、共存のために手を差し伸べてくる種族さえも出てくるようになった。
 これは当然、アレイオスの功績だ。
 しかし、傍で彼を支え続けたガルオンの存在があってのものとも言える。
 自分はそんな偉業を礎として、より輝かしい未来のために大役を任されたのだ。

「……大儀である」

「おっと……パレードの予定でしたな。さぁ、皆を待たせております。お早く参りましょうぞ!」

「うむ……!」

 胸を張れ。
 自分は父に、ガルオン殿に、村の皆に選ばれたのだ。
 誇りを持って使命を果たすのみ。



「さっさと起きぬかぁ!!」

「うぉお!?ガ、ガルオン?こんなに朝早くどうしたのだ?」

「殿下が王になられたとはいえ、先代様より仰せつかっている使命が無くなるわけではありませぬ」

「剣の鍛錬か?しかし昨日は政務やらパーティーやらで……」

「それが何か?少なくとも私めから一本取れるようになってから言い訳して頂きたい」

「う……うむ……」

 幼少の頃よりアレイオスの命で指南役を務めているガルオン。
 兄貴分として、時に厳しく、時に優しく接してくれた彼との関係は今の自分を築く重要な要素となっている。
 当然、感謝に堪えない限りなのだが、自分が王となった今でも変わったのは言葉遣い程度で、いそいそと支度をするこの背に感じる殺気と威圧感はこれっぽっちも変わることは無いようだ。

「さぁて、まずは一本調子を見るとするか。その後、十本勝負だ」

「ふふ……変わらぬな。槍を握ると戦いにのみ専念するその姿勢」

「正直、お前を相手に慣れない話し方すんのはくすぐったくて敵わねぇんだ。この時間くらいは今まで通りやらせてもらうぜ?」

「臣下の者も見ていません。私もこちらの方がやり易い」

「そいつは助かるぜっ!!」

「はぁああ!!」

 それから一刻程の鍛錬を終え、朝食へと向かう。

「おいおい……別に王になったからって剣が不要って訳じゃねぇだろ?むしろ先陣切って敵をなぎ倒す戦王とか呼ばれた方が貫録も出るってもんだ」

「また無茶を……手を抜いているわけでも、不要だと思っているわけでもありません。ガルオン殿が手の抜き方というものを知らぬだけです!」

「今日のペナルティは朝食の肉だったからな。本気にもなろうってもんだぜ……!」

「まったく……」

 十本の勝負稽古で、一本も取れなかった場合に課せられる罰。
 ガルオンとの初めての稽古の日に交わされた……否、交わさせられた約束だ。
 それから一度たりともその罰から逃れられたことはない。

 食堂が近づくと、扉の前に控えるメイド達が見えてきた。
 ガルオンとの師弟の時間は終わりだ。
 そろそろ王とその臣下のあるべき姿に戻らねば。

「今日は昼までに商会の者との顔合わせに出向く。護衛を頼むぞ」

「承知いたしました。では殿下、また後程。お待ちしておりますゆえ……」

 ガルオンの浮かべる笑みから、肉を心待ちにしているという意図を察する。
 あまり待たせて機嫌を悪くされでもすれば面倒だ。
 用事もあることだし、手早く朝食を済ませて商館へと向かおう。



「わざわざ殿下自らご足労頂かれるとは、恐悦の至りにございます」

「そう堅くならずとも良い。知識として理解はしていても、やはり直接見ぬことには始まるまい?」

「仰せの通りかと」

 一国の王とはいえ、国内に目を向ければその仕事は役人とそう変わらない。
 暫らくはこうした視察や雑務がメインとなるだろう。
 不慣れゆえにより慎重に、入念に取り組まねば。

「殿下、そろそろお時間です」

「む?そうか。では、これからもよろしく頼む」

「こちらこそ、何卒よろしくお願いいたします」

 商館を出るとその足で王宮へと戻る。
 昼食を取り終えたら書類を片付け、その後にまた外回り。

「お疲れですかな?」

「泣き言は言っておられん。これも使命だ」

「ですな」

「それにしても流石だ。私ですらうずうずして体を動かしたくなるというのに、近衛隊隊長としての顔もまた本物だな。ガルオン」

「最初は疼きを抑えるのに苦労したものです。これも父君に長年仕えていた成果ですな。殿下も嫌でも慣れるでしょうぞ」

「ふふ……だと、いいのだがな」




 彼の言葉の通り、数年もすれば政務にもすっかりと慣れ、生まれた余裕でより大きな視野と慎重さを持って仕事に励んだ。
 戴冠当時は少し浮いて見えもした冠はすっかり居心地を良くし、第十七代ヴィレス王の姿をより確固たるものとして周囲に示し始めていた。


「いつまで寝てやがんだ!!」

「む!?あぁ……すまぬ。もう朝か」

「いつになっても朝の弱さだけは治らんな……それを考えて重要な案件を無理やり午後に調整している臣下達の苦労も少しは考えてやれ」

「返す言葉もない……」

「まぁ、それでも文句一つ言ってこないのは、それだけお前の頑張りが認められているということだ。俺の目から見ても随分王らしくなったもんだと思うぞ」

「毎日必死さ……少しの油断や慢心がガルム族全体の明日を奪う結果となるやもしれぬのだ。手が抜けるはずも無かろうよ」

「寝た途端にその心構えが消えちまうのが何とも惜しいな……」

「ふ……今朝は随分と小言が多いな。何か良い事でもあったのか?」

 ガルオンは自らの髭を触りながらいつになく得意気に話す。

「おう!実はな……ガキが生まれた!!」

「なんと!?それはめでたい!!」

「ガキなんぞうるさいだけだと思っていたが、あれは良いぞ!」

「奥方と子の傍にいてやらずともよいのか?」

 子を持った事がないから分らないが、想像するにひと時も離れたくないものではないのだろうかと考える。

「二人を養うためにも一層気合を入れて稼がねばならん!あ、残業はしばらく無しの方向で頼むぞ!?」

 楽しそうに笑うガルオンを見て、ガレオスは釣られて笑ってしまう。

「すっかり父の顔だな」

「あぁ!それから、子の名前を決めようと思うんだが、俺も女房もこういうのはあまり得意でなくてな。どうせなら良い名前を付けてやりたい。そこで、お前の案を聞きたい!」

「自分の子の名だろう?奥方と決めた方が良いのではないか?」

「安心しろ!お前に決めてもらってはどうかと提案したら、女房も大賛成だ!」

「それはまた……」

「男だ!強そうな名前が良いな!」

「わかった。今日一日ゆっくり考えてみよう」

「おぅ!では鍛錬だ!」

 生まれてからおよそ三十年。
 歳をいくら重ねても、頼れる兄として接し続けるガルオン。
 その彼がついに子の父になると思うと、つい時の流れを感じてしまう。

「今日は王都からの使者が来るって話だったな」

「うむ……最近、やたらと我々の政策に口出しするようになってきた。山ほどの書簡では飽き足らず、とうとう直接こちらに出向いてくるようだ」

「ガルムを毛嫌いする連中が未だに王都にもいるってことだな」

「友好関係を結び、表向きは共存の道を模索しているように見せかけているが、処々に我々を警戒している節がある。過去の事を考えれば無理からぬことか……」

「散々、貶してた相手が急速に力を持ち始めたわけだからな……できる事なら上手く取り込もうって腹なんだろう。八つ裂きにでもされれば大人しくなるかもな」

「わかっていた事だ。これを本当の共存の道とし、我々の未来を勝ち取るために私は王になった。父上から継いだ本当の使命はここからだ……!」

「背中は俺が守ろう。下手な隙を見せるなよ?俺が苦労することになるからな」

「無論だ。物心ついてから最高の指南役に教えを乞うているのだから」

「へへ……気持ち悪いな……」


 午後になり、どことなく王宮内がざわつき始めた。
 どうやら王都からの使者が到着したようだ。
 会議室の椅子に腰かけ、迎え撃つように扉を見据えてその登場を待つ。


――ガチャ

「おや?既においででしたか。お待たせしてしまったのであれば申し訳ありません」

「此度は長旅ご苦労であった。ヴィレス王ガレオスである。貴殿らを歓迎するぞ」

「こ、これは……ヴィレス王自ら会議に臨まれるとは聞いておりませんでしたが?」

「これまでは書面でのやり取りのみであったからな。王都の高官殿がわざわざこちらまで出向く程の重要な案件となれば、やはり私が自らお相手せぬわけにもいかぬであろう?」

「……お心遣い、誠に感謝いたします」

「では、始めようか?此度はいったい何用かな?」

 会議室内にはガレオスと王都からの使者が三名。
 その他、互いの護衛が数人ずつ。
 部屋の外から中の様子を伺っていたガルオンが、会議の開始を察して近衛隊の元へと向かう。

「よし……話に入った。まずは報告を」

「はっ!門からの報告では村に入った王都の者は全部で二十名。その内、使者三名と護衛三名が室内におりますので、残る十四名が不確定要素となります」

「部屋の前にも護衛を二人置いていた。こちらも扉に二人付けているからそれは問題ないだろ」

「残る十二名の所在ですが、数人ずつに分かれ、観光を装い領地内に散っております。予想外の動きだった為、内三名の行方が不明。現在も足取りを追っているとのことです。また、用意された客室には使者を含む数人のみで、多くは村の宿に部屋を取ったようです」

「わざわざそんな手間のかかることを……何かやらかすと宣言してるようなもんじゃねぇか。敵ではないと装っているが、いつ何をしでかすかわからん連中だ。王宮内の各所には兵を配置。治安維持部隊にも応援を要請してそいつらの所在を早急に突き止めろ。あまり派手には動くなよ?一応、表向きはお客様だからな」

「はっ!」

「大変です!!」

「ちっ……遅かったか。どうした!?」

「そ、それが……」

――――――

――――

――

「先程もご説明させていただいたように、帝国の不穏な動きを確認しております。よもやとは思いますが、その牙を我々に向ける日も近いかもしれません」

「帝国の現存勢力は我々ヴィレスにも満たぬ程度で、今の王都の戦力であれば問題なく対処できる規模だと把握しているが?」

「これはまだ極秘事項ですが、最近、氷塞都市コルキドと手を組んだとか……詳細は我々も掴めてはいませんが、コルキドのヴァーンフリート王が突然失脚したとの話も入っておりまして……何かを企んでいる可能性も否めません」

「なるほど……で、我々に何を望むと?」

「……そこで我々上層部は、友好関係を結ぶ近隣諸国に対し、有事の備えとして新たな『同盟』関係を結び、その結びつきを強化し、より確実な抑止力とすることを考えております」

「同盟か……困った時には互いに助け合い、手を取り合う事で共存の道を模索する。種族に関わらず、生有るもの皆が持つべき精神の在り方だな。して、具体的にはどのようなものか?」

「はい……まずは、各国の保有する戦力の一部を王都が借り入れ、同盟の中心として抑止力の象徴となります。今回、貴国には我々と手を結ぶ最初の国となっていただけないか、と参上した次第です」

「何だと!?ふざけるな!!」

 咆哮となった喝が部屋を震わせる。

「戦争となり、国や民を救うために助けを乞うのであれば喜んで助けの手を差し伸べようというものだ!だが、それは何だ!?体のいい口実を盾にして人質を取り、有無を言わさず言い成りにしようという謀略に過ぎぬではないか!」

「……当方にそのようなつもりは全く御座いません。事が動いてから救援を求めても間に合わぬという例もあります。それを未然に防ぎたかったのですが……残念です」

「白々しい限りだな……!」

――コンコンッ

「……何用か?」

「はっ!会議中に失礼かとは思いましたが、早急にご報告したき件が御座いましたので……」

「後にしろ。こちらも立て込んでおる」

 王都の使者は手のひらを上に向けて、扉の方へ向ける。

「いえいえ。何やらそちらもお急ぎのご様子。こちらはお気になさらずに……」

「……では、少し失礼する」

 近衛隊の兵士の一人だった。
 王都の使者を気にしながら、そそくさとガレオスの耳元に駆け寄ると、内容が漏れぬように報告を述べる。

「……何だと!?」

「おや?どうかなさいましたか?」

 使者は、口元の奥で笑っているようにも見えた。

「お話中失礼します!」

 扉がノックされると、王都の使者の一人が入ってくる。
 向こうもこの事件を耳に入れるつもりであろう。
 それはそうだ。


 ガルオンが王都の馬車を襲撃し、兵を負傷させた。

 耳を疑う報告ではあったが、間も無くして王都兵に連行されてきたガルオン他、数名の近衛隊員。
 特にガルオンが目にかけていた部隊内の白虎一族の者だ。
 ガルオンを含め、一騎当千の兵揃いだがまるで抵抗する様子がなく、ただ顔を伏せているばかり。
 その少し後ろには、話を聞きつけた隊員達が心配そうにその様子を伺っている。
 どうやら間違いではないようだ。

「これはどういう事ですかな?」

 話を聞き終わった王都からの使者はガレオスに詰め寄る。

「待て……まずは事情を聴かぬことには――」

「どうやら事の重大さを理解しておられないようだ!自国に出向いてきた友好国の荷馬車を襲い、さらにはその人間を傷つけたのですよ!?これは戦争に発展してもおかしくない事案といっても過言ではないでしょう!!」

 熱くなっているのか、それとも大きく演技をしているのか……。

「だからこそ話を聴かねばならんのだ!!」

 猛るガレオスの迫力に再びひるむ使者一同。
 ガルオンは舌打ちをしながら顔を伏せたままにしている。

「一度ご退室願おう。これはヴィレス領内の事案。まずはヴィレスのやり方で対処させて貰いたい」

 ガレオスは鼻息を荒くしながらも、出来るだけ冷静に伝えた。

「……わ、わかりました……ですが、事実確認が取れましたら、その時はその処分についてもじっくりお話しして頂くことになるかと思いますので、どうかご覚悟ください」

 王都からの使者が捨て台詞のようにそう言い残して部屋を後にする。
 ガレオスはガルオン達とだけで話がしたいと、近衛隊に下がるよう促す。
 部屋にはガレオスと捕らえられたガルオンの一行が残された。

 ひとつ息を吐いて、落ち着いて話を始める。

「何があったか話してもらえるな?ガルオン」

「……すまねぇ」

 ガルオンは下を向いたまま、歯を食いしばっているようだ。

「それではわからぬ!何故、そのようなことを!?」

「…………今すぐ俺達を斬れ」

「ならぬ!まずは話して貰おう!例え言い訳でも、嘘でも良い!何故か!?」

「……ガレオス。まだ間に合う」

 進まない話に痺れを切らしたガレオス。

「……こ……の!!」

「どうかお待ちを!!」

 ガルオンに掴みかかるガレオスを見て、慌てて割って入る白虎の若者達。
 その表情は、ガルオンが頑なに口を閉ざしているのは何か訳有りであることを語っている。

「私達は……ガルオン殿は嵌められたのです……!!」

「余計な事は言わなくていい!」

 ガルオンが厳しい剣幕で口を挟む。

「いいえ!言わせてください!」

「貴様……!」

 大人しくしていたガルオンがその身体を起こす。
 今にも体を拘束している縄を引きちぎり、その口を塞ごうと暴れ回るガルオン。

「ガルオン!!」

 それをガレオスが押さえつけ、話の続きを問い詰める。

「話してくれ!嵌められたとはどういう意味だ!?」

「それが――」

 事の顛末はこうだった。

 会議が始まった直後、生まれたばかりのガルオンの息子が誘拐された。
 話を聞きつけたガルオンがすぐに家へ向かいその場にいたという妻に事情を聴くと、フードを被った二人組の男が家を訪ねてきたという。
 外国から土産を売りに来たというその男達の相手をするために目を離したほんの数分間の間に子供がいなくなったというのだ。

 ガルオンは治安維持部隊にも応援を頼み、目撃証言を集めて息子を捜索した。
 すると、見慣れぬ装いの男達が、揺り籠程のサイズの荷を大事そうに荷馬車に積んでいるのを見たとの証言が取れた。
 その荷馬車に案内されると、それはあろうことか王都から使者と共に村を訪れた荷馬車だったのだ。

 激昂したガルオンは、共にいた白虎一族の近衛隊員達と共に馬車を強襲。
 荷を護衛していた兵士を殴り飛ばし、その荷を強奪したのだが、検めるとそれはガルオンの子供ではなく、ただの土産用の木彫りの像だった。

「恐らくは王都が仕掛けた罠でしょう……明らかにガルオン殿を狙い撃ちにしている……父親ならば誰しもが同じ行動を取る筈です!それを分かってて荷馬車を襲わせ、私達を王都に剣を向けさせたのです!!」

「ぐ……うぅ……余計な事を……!!」

 ガレオスに抑えられていたガルオンは、今にも喰い掛かりそうな勢いで荒い息を吐きながら報告する白虎の若造を睨みつけていた。

「それで!?ガルオン殿のお子は!?」

「私達が馬車を襲ってすぐ、広場の噴水で無事保護されたとのことです……」

「そう……か……」

 ガレオスには心当たりがあった。
 ガルム族の存在を良しとしない者達の存在。
 今回、王都から使者が派遣されてきたこの件そのものにも大きく関わっているであろう意思。
 全てはこの事件を引き起こすための布石だったのだ。

 わざと不信感を与えるような振舞い。
 あえてこちらを怒らせるような言論も。
 こちらに反感の意思を抱かせ、事件の正当性を高める為のもの。

 恐らく今回の首謀者は、この件を表沙汰にすることでガレオスの失墜を狙い、ガルム族そのものを手中に収め、良い様に扱うことを目的としている。

「この件を命じた者がレミエールにいるはずだ……そやつを探し出し、吊るし上げる!」

「無駄だ!俺達を斬れ!下手人を処罰すれば王都への体面を保つことはできる!傷を最小限に抑えることができる!」

 ガルオンが叫ぶ。
 力を入れすぎたせいか、縄が肌に食い込み、血が滲む。

「そんなことできるはずがなかろう!!」

 ガレオスも感情的に怒鳴りつけた。
 ガルオンは一族の若造に視線を向けながら、背中に縛り付けられた拳を強く握る。

「お前たちにも申し訳が立たぬ。元はといえば俺の軽率な行動が招いた結果だ……!」

「顔を上げてください、族長!貴方は間違ったことはしていない!我らが罪を被ることでガルム族全体の明日を守れるのなら、喜んでお供いたします!」

 やり取りを静観していた、ガルオンと同じく捕縛された白虎一族の近衛隊員もこれに賛同する。

「感謝する!」

「貴様らまで……正気か!?」

「事は一刻を争う!今も奴らは裏工作を進めているはずだ。本当に奴らの首謀者を見つけ出せたとしても、その時にはもう真実は闇の中だ!今しかないのだ!」

「それは……だが……」

「これ以上、お前にもヴィレスにも迷惑をかけたくないのだ……どうか、このまま頷いてくれ……!」

「迷惑などと……数々の苦難も共に乗り越えてきたではないか!」

「個ではなく、王としての責務を果たせ!己を信じる者達のため、何が最善で、最も高い可能性を得られるかを考えろ!最初に言ったはずだ!それが王であるための義務だと!」

「ガルオン殿……!」

「種の王であれ!それは茨の道だが、お前だからこそ歩める道であると俺は心から信じている!」

「殿下!我々の想いも同じです!いつか、ガルム族が輝かしい繁栄を築くことを切に願っております!」

「しかし……」

 頑なに譲らないガルオンと白虎一族。
 無力な自分を恥じ、悔しさに打ちひしがれながら、ガレオスはこの提案を受け入れた。
 これまでの礎と、臣民の未来を想っての苦渋の決断。
 聞こえはいいが、結局は一部を切り捨て、全体を取っただけの苦肉の策。
 それが正しい王の姿であるとは到底思えなかった。

「お話は御済みですかな?では、結論をお聞きしましょう。此度の件の始末、どうつけるおつもりですかな?」

 王都の使者を待たせる客室に一人向かったガレオス。
 してやったりといった表情の使者の顔は、次の言葉を聞いて青々と変容した。

「下手人である白虎一族族長ガルオンを、一族もろとも永久国外追放とする……!」

「国外追放だと!?」

「幸い、この件で死者は出ておらず、破壊されたのも馬車一台。それを償うには十分すぎる処罰であると考えている」

 恐らくガルオンがガレオスにとって掛け替えのない者であることも調査済みだったのだろう。
 だからこそガレオスはガルオンの処遇を決めきれず、結果的に泥沼へとはまっていく。
 そういう算段だったはずだ。

「だ、だが……その……」

 まさに予想外だと言わんばかりの慌てよう。
 やはりそういうことだったのだ。
 それすらもガルオンは見抜き、事情も説明しようとせず、無理やりでも自分を説き伏せようとした。

「無論、私が自ら王都へと出向き、然るべき謝罪もするつもりだ。それで良いか?」

「しかし――」

「良いな……?」

「ぐ……う……」

 あの場でガルオン達は死をもって事を収めようとしたが、それだけは何があっても避けなければならない。
 言われるがまま彼らを処罰するしかなかったガレオスが、唯一下すことのできるせめてもの償いだった。
 そのことは否応なしに使者にも伝わったことだろう。
 この直後、王都からの一行は会議の事など忘れたかのように都へと逃げ帰っていった。
 彼らの報告を受け、帝都の上層部がどんな顔をするのかは知る由もなければ興味もない。



「ガルオン……結局はお前の言うがままにするしかなかった私を、どうか許して欲しい……」

「その話し方……そうか……決めたのだな」

「王の背負わねばならぬ責任と重圧。これがそれらのもたらす苦悩だというのであれば乗り越えてみせよう。個であることを捨て選んだ道だ。それを貫かねばお前たちにも顔向けができぬ」

「それで良い。父君もそうであった。自分という存在が日々失われていく中で全てを絞りつくすまで戦い続け、殿下に次の未来を託した。殿下もそうあるべきだ」

 ガルオンの目に後悔はないように見える。

「うむ……」

「そうだ!我が子の名は考えたのか!?」

「私にまだその資格があると申すか?」

「愚問だ」

「そうか……では…………ガルディスと」

「ガルディス……良き名だ……!」

「達者でな。いつしか遠くお前たちの地までこの村の名を轟かせてみせようぞ!」

「心待ちにしてるぞ」


――――――

――――

――


 あれから十年。
 当時、悪化するかと思われた王都との関係だが、その後のガレオスの行動を鑑みた王都上層部はその意志の強さと誇りを認め、対等な関係での同盟を築く道を選択した。
 さらには、これに同調する様に他の種族もガルム族との関係を構築。
 今や獣境の村『ヴィレス』は、ガルム族の名と共に大陸中に知れ渡り、その力と存在を確固たるものとして位置づけた。
 ガレオスが父アレイオスから受け継いだ礎は、見事にその先へと紡がれていく道へと成ったと言えよう。

「殿下。コルキドより、殿下宛に書簡が届いておりますがいかがいたしましょう?」

「コルキドからだと……?」

 何かを察したように封を切り、早速中に入っていた手紙に目を通す。
 それは他でもないガルオンからの十年ぶりの言葉だった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 我が盟友、教え子、弟であるガレオスに向けて

 久しいな。
 朝は起きれているか?
 ヴィレスとガルム族の繁栄。
 王ガレオスの活躍の噂。
 このコルキドまで伝え聞いている。
 随分と立派になった様で何よりだ。

 今回、筆を執ったのは、お前に謝らねばならぬことがあるためだ。

 まずは帝都との一件について。
 真実を知る者は俺を含め、あの場にいた僅かな者達のみ。
 我が子を含め、一族の末裔達はそれを知らず、お前の事を『一族を追放した悪者』だと憎んでいることだろう。
 どうか、それを許してほしい。
 もし、真実が公になれば、再びガルム族全体が危険に晒されることもあるだろう。
 この一件は、このまま忘れ去られなければならない。
 お前にばかり押し付ける形になり、本当にすまない。

 それからもう一つ。
 まだ道半ばにあるお前を残し、先に逝くことを許してほしい。
 先日、山賊と揉めた際にやられた傷から感染症にかかった。
 あの程度の連中相手に傷を負うとは、俺も落ちぶれたものだが、どうやら寄る年波には勝てないらしい。
 居場所は違えど、心だけは共にあり続けるものと決めていたのだが、それもここまでのようだ。

 これからもヴィレスと、ガルム族の未来を頼む。
 お前を認めた父君と俺の目を信じろ。
 何だってやれる。

 最後に。
 我が息子に会うことがあれば目をかけてやって欲しい。
 最後の鍛錬の日のペナルティを決めていなかっただろう。
 これはそれだ。

 ガルオン

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~





――十数年後

 長きに渡る王座を退き、また次なる世代へと希望を繋ぐため、ガレオスは先代のように王位継承戦を開き、広く参加者を募った。
 しかし、その中に全てを託すに値する人物を見ることは叶わず、彼は頭を抱えていた。

「爺よ……この中から選ばねばならぬか?」

「心中お察しいたしますが、そうした御触れ元に開かれた大会ですので……」

「ふむ……」

「失礼致します。殿下、至急お耳に入れたき件が!」

「どうした?」

「はっ!村に向かう街道途中で、帝国軍と騒動を起こしている者がいるとの知らせが!」

「帝国軍と?ほぉ……向こう見ずな者がいたものだな」

「それが……その者……白い虎のガルムだとの情報が……」

「白い虎だと!?」

「殿下……まさか、その者……」

「爺!この場は任せた!!」

「殿下!?でしたら我々もお供させていただき――」

「ならぬ!村に無用な問題を持ち込むわけにはいかぬ!儂が一人で向かう!!」

「継承戦はいかがなさるおつもりで!?」

「ここにはおらぬと言ったはずだ!!」

「しかし、殿下お一人では――」

「儂は冠を置くと決めたのだ!王となってから、長い間儂は自らの想いとは違う、王としての意志を貫いてきた。しかし、冠を置いた今であれば次なる希望のため、儂は個としての意志を貫く!!」

「お、お待ちを!!殿下ぁああああ!!」


 ガルオン……
 お前の魂を継ぐ者を、見せて貰おうか。

+ 無垢なる聖域の守護獣ルパ
 深い森の中、木々の隙間を駆け抜けていく二つの影。
 一つは人の形をしている。
 大きさから察するに、まだ随分と幼い。
 もう一つの影は魔物だろう。
 四本足で地を蹴りながら駆ける姿は、一目で人間のそれではないとわかる。
 どうやら二つの影は連れ立ってどこかへ行こうとしているのではなく、追走劇を繰り広げている最中のようだ。
 しかし、幕引きはもう間も無く訪れる。
 見る見るうちに詰まっていく間隔からもそれが伺える。

「追いついたぞ~!」

 二つの影が重なろうとした瞬間、追っ手側の影が飛び上がり、吠えた。

「スパーン!!」

 手にするは巨大な斧。
 自重を優に超えているであろうその鉄塊を軽々と振り抜くと、魔物の急所を見事な一閃が切り裂き、結果、呻き声を上げる暇もないまま魔物は絶命し、力無く地に転がった。

「ゴメンな。おいしくモグモグするから、許してくれな」

 たった今、魔物の命を奪い去ったばかりの人影が、その亡骸の元へと歩み寄りながら小さく呟いた。

 それは少女だった。
 年の頃は五、六といったところか。
 簡素で露出の多い服装に、鮮やかな黄緑色の髪がよく映える。
 手足と頭には魔物の毛皮を細工したであろう装飾品とマント。
 そして、背とマントの間からひょっこりと顔を見せる尻尾。
 ガルムである。

 そう。
 これは狩り。
 弱きモノの血肉を、強きモノが糧とする自然の摂理。
 肉の調達を請け負う者、それを加工する者、こうした様々なフィルターを通しているために忘れがちではあるが、人とて決してその摂理から外れているわけではないのである。
 それが例え、幼い少女であろうともだ。

「んしょ……早く帰らないとな。母ちゃん待ってる」

 少女は魔物の亡骸を肩に担ぐと、踵を返し、散歩をするかのように森の奥へと消えていく。
 左手一本で巨大な斧を棒っきれのようにブンブン振りながら歩く姿もそうだが、それに加えて、自身の体よりも二回り以上も大きな死骸を抱えているというのに、重たそうにする様子は微塵もない。
 その瞬間、歩く姿のみを見ても、普通ではない何かを確かに感じさせた。



 少女が獲物を持ち帰った先。
 それは森の奥に隠れ潜むようにして築かれた里。
 数十棟ほどの木造りの家々が建ち並び、さながら大きな村のような体を成している。
 ここまでならそう珍しくもない光景。
 この里の特異な点は、住人たちの姿にあった。
 木陰で昼寝を楽しんでいる男。
 家の前で何かの肉をさばいている女。
 広場で追いかけっこをしながら遊んでいる子供たち。
 彼らの姿をよく見ると、全員がガルムであることがわかる。

「母ちゃん、ただいまだぞ!獲物!でっかいの取ってきた!」

 他よりも一回りほど大きい家にとてとてと駆け込んだ少女は、先程仕留めた魔物を誇らしげに掲げる。
 どうやらそこは彼女の暮らす家のようだ。

「おかえりなさい、ルパ。ずいぶんと立派なのを狩ってきたわね」

「んひひ~!」

 ルパと呼ばれた少女。
 彼女は母に狩りの成果を褒められ、ご満悦な様子。

「何度も聞くようだけど、森の外には出てないわね?里以外の人とも会わなかった?」

「ルパ、ちゃんとやってるぞ?里の掟守ってる!」

「そう。ならいいの。夕飯の支度済ませちゃうから、少し待ってなさいね」

 里の掟。
 一つ、森の外に出ることなかれ。
 一つ、外界の者の侵入を許すことなかれ。

 この掟は里に唯一存在する住人全体の決まりごと。
 里に生まれ、物心ついた子供たちは最初にこの掟を教え込まれ、生涯を通して守り抜くことを誓う。
 何故、このような掟が存在するかを説明するためには、やや時を遡る必要がある。

 ルパが生まれる遥か以前。
 その日は、この里が生まれた日。
 この地に初めて、とあるガルム一族が踏み入った日。

 今でこそ落ち着きを見せてはいるが、当時と言えば、ガルムが人間たちから激しい迫害を受け、奴隷のように扱われていた頃。
 この頃、大陸に生きる者たちの最大の脅威は帝国ではなく、命を脅かす魔物、獣の類だった。
 凶暴な気性、人間が持たない強靭な牙や爪。
 世は弱肉強食とはいえ、そんな彼らと戦うには、人間という肉体は貧弱過ぎた。
 そんな彼らの前に、その類と同じ形をした部位を身体の一部に持ち、そのうえ自分たちと同じ言葉を話し、思考する者が現れたらどう思うだろうか。
 誰しもが恐怖し、とても平静ではいられなかったはずだ。
 人間はその存在を蔑み、虐げた。
 それこそがガルムという種である。

 ルパの一族は、かつて人間の奴隷として売られるために奴隷市場の檻の中にいた。
 しかし、不当な扱いから逃れるため、その後に初代の里長となるルパの祖父が皆を先導。
 結託した一族は、そこから脱出に成功し、安住の地を求めて大陸各地を放浪することとなる。
 そして、旅の末に辿り着いたのが樹上都市「メルキス」だった。
 そこは人間ではなく、エルフが治める土地。
 そこでなら、人間が自分たちに抱いた感情も存在しないと考えたからである。

 しかし、ときに現実とは無情なもの。
 純血種こそを絶対正義。
 種の誇りを重んじるエルフたちにとって、他種族と関りを持つことは一種の禁忌とされており、人と獣の混血種であるガルムは尚更軽蔑すべき対象だったのだ。
 エルフはガルムに手を差し伸べるどころか、早々にこの地を立ち去るようにと邪険に扱った。
 これはガルムではなく、例え人間であったとしても結果は変わらなかっただろう。
 だが、そのことを知らなかったガロたちは憎んだ。
 人間を憎み、そしてエルフを憎み、世界をも憎んだ。
 かといって、エルフを攻撃しようなどという感情は芽生えなかった。
 彼らとて知性ある者としての誇りを持っていたから。

 安住の地を探し求める旅は続く。
 だが、既に旅路での消耗が限界を迎えつつあったガルムたちには休息が必要だった。
 肉体的にも勿論のこと、抱いていた希望が打ち砕かれた精神的なショックも大きかったのだろう。
 多くの者たちが足を踏み出すことを諦めていた。
 ここでルパの祖父は気が付いた。
 メルキスの目と鼻の先にありながら、エルフの気配どころか、まるで手付かずの自然がそのまま一つの結界を形成したかのような異質な森の存在に。
 理由はわからない。
 豊富な果物や木の実。
 食用に適した小動物。
 一歩踏み入れば、そこは自然の恵みが溢れ返る楽園。
 エルフたちにもそれはわかっているはず。
 だというのに、なぜ彼らはこの地を放置しているのか。
 わからないが、ルパの祖父はそこに希望を見た。
 そして、一族の皆を連れ、森の奥へ。
 そこに隠れ里を築き、安住の地とした。

 森の外に出れば、エルフの目に触れ、怒りを買うかもしれない。
 外界の者が里の存在を知れば、エルフにも里の存在が知られ、何らかの処罰を受けることになるかもしれない。
 そうしたことを未然に防ぐための掟である。



「なぁ、母ちゃん?人間って悪いヤツなのか?エルフも?」

「どうかしらね……悪い人とは限らないのかもしれないけど、お父さんやお母さんは人間にも、エルフにも会ったことがないからわからないわ」

「探せば良いヤツもいるかもなのか?」

「そうね……でも、あなたが生まれてくる前、お爺さんたちはそういう人を探して色んなところを旅したわ。みんな辛くて悲しい思いをたくさんしながら。それでも見つからなかったのよ……」

「なんでみんなワイワイ仲良くしないんだろうな」

「……ルパ?厳しいことを言うけど、あなたは今、この里をまとめる長の立場にあるのよ?変な気を起こしちゃダメだからね?」

「変?人間やエルフと仲良くするの変なのか?」

「そういうことじゃなくて――も、もういいから!早くご飯食べてしまいなさい!」

「はぁい……」

 いつもこうだ。
 こういった話をしようとすると、何故か母は怒って話を終わらせようとする。
 それはルパにとって、悲しいことでもなければ、腹立たしいことでもない。
 ただただわからない。
 不思議なことだった。

 食事を済ませ、家の屋根上に飛び上がったルパは月を眺めつついつものように考える。

「今日の月はまんまーる!キレイだぞー!」

 生まれながらにして、里と森の中以外の世界を知らぬルパ。
 外のことで知っていることは、母から口を酸っぱくして教え込まれたこの里の歴史と、他種族との因縁のことだけ。

 この里の長だった祖父。
 その息子であり、次の里長となったルパの父。
 さらにその跡を継いで、同胞たちを守る使命を帯びた自分。
 ルパが生まれる以前、里に大量の魔物が近づく事件があったらしく、このとき、魔物の気配をいち早く察知した父ガロは、里の戦士を引き連れ、里を守るために戦い、勝利をおさめ、そして、命を落としたという。
 ルパがこの話を理解できるようになったとき、彼女は父の行動を誇りに感じた。
 家族だけでなく、立派に仲間を守った彼の勇姿に憧れた。
 だから、自分もその使命を継いで戦えるということは素直に嬉しく思った。

 しかし、一つだけ理解できないこともあった。
 なぜ話し合える者同士がいがみ合うのか。
 なぜ傷つけあうのか。
 その答えを知ろうにも、 母に話を聞いても相手にしてもらえず、里の老人たちに聞いても結果は同じ。
 ルパは、純粋すぎる心で一人その答えを必死に見つけようとしたが、理由は今なおわからない。

 だが、一つだけはっきりと理解していることがある。
 仲間を守ること。
 それがルパの使命――





―― 五年後。

 月日は経ち、ルパは十歳を迎えていた。
 この頃になると、彼女も里の長として相応しい力を存分に発揮し始め、周囲の者たちもその将来に期待し、胸を躍らせていた。
 里で誰よりも強く、誇り高かった父ガロに勝るとも劣らない長になると。

「やぁ、奥さん。こんばんは。良い肉が手に入ったから、ルパに食べさせてやろうと思ってね。あの子はいるかい?」

「まぁ!いつもありがとう!あの子もきっと喜ぶわ。ルパ!?お隣さんがお肉を届けてくれたわよ?」

「んー?」

 玄関口で話すルパの母と里の仲間。
 母の呼び掛けに対し、その頭上からルパの空返事だけが返ってくる。

「また屋根上に上がって月を眺めてるのかい?」

「えぇ。ごめんなさいね。すぐに呼ぶから。ルパ!?ちゃんとお礼しなきゃダメでしょ!?」

「あー……いいよいいよ。ほら、今日は三日月の晩だから、なおさら楽しみにしてたんでしょ!」

「三日月……もしかして、紫の三日月の言い伝えのことを?」

「オレもガキの頃は信じてたよ!ロマンがあるじゃないか!」

「ちょっとやめてよ、そんな迷信。あの子もいつまでもそんなもの信じてないで、もっと里の長としての自覚を身に着けて欲しいものだわ……」

 里の者ならば誰しもが一度は聞いたことのある言い伝え。
 『紫色の三日月の夜、新たな友との出会いがある』
 毎年、ある時期にだけ必ず月が紫色に染まる日があり、その日が三日月の晩と重なったときだけ見られる紫色の三日月。
 周期的なものではないため、数年から十数年に一夜、タイミングが悪ければ数十年と見られないこともあるという。
 それほどに珍しい夜ならば、何か特別なことがあって欲しい。
 そうした淡い願いから生まれた話といったところだろうか。

「はは!あの子はまだ十歳だよ?毎日ぐんぐん成長して、ガロさんに負けないくらいの力は付いてきたけど、まだまだ子供なんだ。ちょっと夢を見ることくらいは許してやりなよ!」

「それはそうだけど……」



 その日は陽が落ちる夕方から、ずっと屋根の上で月が昇るのを待ち続けていたルパ。
 なぜそこまで待ち遠しく思うのか。
 彼女にとって、紫の三日月の言い伝えには特別な意味があった。

 新たなる友。
 里の者しか知らず、森の外に出ることのできないルパにとって、それはまさに未知との遭遇。
 掟に触れることも理解していたが、その相手が友達になれるような者ならば、里の者たちもさほど怒ることはしないだろう。
 ルパはそんな出会いに想いを馳せていた。

「まだかな、まだかな~?まだまだかな~?」

 完全に陽は落ち、月の姿が煌々と夜空に映し出されたとき、それは訪れた。

「うぉおおおお!?紫だ!紫だぞ!!」

 屋根上で寝転がりながら、呆然と空を眺めていたルパが飛び上がり、喜びを身体全体で表現する。
 空に浮かぶ三日月は、確かに紫色に染まっていた。
 あまりにも幻想的な光景。
 次第に里の者達もそれに気が付き、目と心を奪われていく。

「新しい友達がお話にくるぞ!早くこないかなぁ~……今からワクワクだな!!」

 あとは言い伝え通り。
 新たな友が訪れるのを待つだけ。
 長年夢見た瞬間が、現実になることをそわそわしながら月を眺め続けるルパ。
 森の外からの来客を待ちわびて、念入りに周囲に気を配る。

「なかなかこないなぁ~……ウズウズが止まらな――っ!?この匂い……!!」

 そのとき、里の中でルパだけが気が付いた。

「ザワザワ……友達じゃない…………?」

 森の外から漂ってくる気配。
 それは他でもない魔物の群れの気配。
 微かにではあるが血の臭いも漂ってきている。
 今回訪れたのが友達でなかったことに肩を落とすルパだったが、次の瞬間、彼女の気配の質は変容した。
 言い伝えを信じ、夢見る無邪気な子供から、里を治め、同胞たちを守るために戦う長へ。

「みんなが危ない……ルパが戦わなきゃ!」

 里の者に知らせることすらも忘れ、自身の内に燃え上がる使命感に従って行動を開始するルパ。
 天高く舞い上がった彼女の姿が紫色の三日月の中に浮かんだかと思いきや、そのまま目にも止まらぬ速さで魔物の気配の元へと駆けて行った。



 生い茂る木々により陽射しは阻まれ、昼間であっても暗がりの多い森の中。
 夜ともなれば、その暗さは闇そのもの。
 それでもルパの足取りには、躊躇などといった要素は全く存在していない。
 獣染みた夜目と、毎日庭のように駆け回っている場所だからこそできる芸当。

「んん?何だ??」

 気配に近づくにつれ、異変を感じ始めるルパ。
 魔物の群れの強烈な気配の中に、弱々しく感じる別の気配。
 それに際し、ルパは一度足を止める。
 彼女は、身を低くし、息を潜めながらゆっくりと気配の元へと忍び寄り、状況を草陰から観察した。

「くそっ!みんな無事か!?頑張れ!すぐに助けが来る!!」

 夥しい数の魔物に囲まれた見慣れぬ人影。
 すらっと伸びる四肢と、尖った耳。
 色白い肌に鮮やかな緑の服が映える。
 それはルパが生まれて初めて目にする森の外の者であり、ガルム以外の種族であった。

「なんだアイツ……なんかルパと全然違うぞ?ピンピンしてて、ナヨナヨしてる……あれがエルフか?」

 エルフが握り締めているのは弓。
 体のあちこちに怪我をしている。
 どうやら魔物と戦っているようだ。
 それにしても、魔物の集団と向かい合って戦うなど、日常的に魔物と戦っているルパから見れば愚の骨頂であった。
 魔物との戦闘においては一撃必殺、先手必勝が最も効率が良く効果的。
 集団を相手にするときは、囲まれないよう次に動く先を考えながら、翻弄するように動き回ること。
 それこそが里の戦士に習い、ルパが経験によって磨き上げた戦法である。
 同じことができないまでも、何か策を考えた上で戦いに臨むくらいのことは他種族であってもしそうなものではあるが。
 否、よく見ると男の足元に同じくエルフが数人横たわっているのが見えた。

「アイツ……仲間守ってるのか。だから逃げないのか」

 いくらルパの夜目が利くとはいえ、さすがに詳細な傷の程度までは視認できない。
 しかし、完全に気を失って動かないところを見ると、深刻な事態なのだろう。
 すぐに治療しなければ、手遅れになるかもしれない。

 だが、ルパは動かず、ただ静かにその様子を見守った。

 もし里に近づこうとする者がいた場合、速やかに森の外に追い出すこと。
 それがエルフともなれば、存在を知られることすらも危うい。
 掟でそう教え込まれているルパにとって、目の前の光景は、ただ形の違う敵同士が殺し合っているだけ。
 このまま里に危害が加えられないのであれば、意味も無く戦う必要はない。
 これは里の者であれば誰しもが取ったであろう判断で、里の長としも正しい判断だといえた。

「ゴメンな……ルパもみんなを守らないとだから……」

 ルパはエルフに対する謝罪の言葉を、まるで自分に言い聞かせるようにつぶやいた。

『グルルルル……!』

「くそ……もう矢が……!!」

『グォアアアアア!!』

「うわぁああああああ!?」

 とうとう一人最後まで戦っていたエルフまでもが倒れ、彼らの運命が決する。
 これもまた狩りだ。
 弱きモノの血肉を、強きモノが糧とする自然の摂理。
 今回はエルフが弱者で、魔物が強者となった。
 それは当たり前のことであるはず。
 自分の生きてきた世界ではそうだった。

「こ、こんなところで……死にたく……ない…………」

 この獲物たちには抵抗する力は既に残っていない。
 そう判断した魔物たちが、男たちに襲い掛かろうとした時……

「――っがぉおおおおおおおお!」

『グル……!?』

 ルパは魔物の群れの前に無心で飛び出していた。
 傷つく者、弱い者を守る。
 それは里の教え以前に当然の行いであり、父ガロが命を賭して貫いた誇りであり、ルパにとっての行動原理。

 彼女はちらっと横目でエルフたちの様子を確認。
 どうやら全員気を失っているようだ。
 これならばエルフに見られる心配も、里の発覚についても心配はなさそうである。

「……よーし!ルパが相手だ!いっくぞー!!」

 何かを振り切ったといわんばかり手をグルグルとぶん回すルパ。
 突然、新たな敵が登場したことにより戸惑う魔物たち。
 彼女はその隙を見逃さず、斧を手に魔物の群れへと斬りかかる。



『グギャァアアア!』

「クルクル……ドーン!」

 敵の数は視界に入るだけでも二十体以上。
 それだけに留まらず、仲間の異変を感じ取った新手が次々と湧いてきている。
 その総数は如何ほどか。

「バキバキドーン!」

『グルル……グォアアアアアア!』

「がぉおおおおおおおお!」

『グ……グルル……!!』

 いくら数が多いとはいえ、ルパにとっては狩り慣れている獲物。
 個体としての戦闘力は比べるまでもなく、咆えて威嚇するだけでも一定の効果があるようだ。
 こうした手段を駆使しながら、ルパは包囲されないよう敵を翻弄し続け、一体、そしてまた一体と着実に獲物を狩っていく。
 何も全てを狩りつくす必要はない。
 魔物とて、群れを存亡させることを考えれば被害が限界を超える前に撤退していくはず。

「はぁっ……はぁっ……んひひひ!」

 本来なら、限界が近いのはむしろルパであったかもしれない。
 だが、今の彼女は楽しんでいた。
 狩っても狩っても後から湧いてくる獲物。
 戦果である獲物の死骸は山を築き、なおも積み上がっていく。
 何かを守りながら戦うという、かつてない経験。
 色濃くにじむ疲労。
 個の限界を感じる苦戦。
 どれもが初めてで、純粋に刺激的で、気が昂(たかぶ)った。

 そして、狂気の中にいるかの如く研ぎ澄まされたルパの感覚が、新たな強力な気配を察知する。
 森の外からこちらへ向かってくる邪悪なもの。
 群れのリーダーだろうか。

『グルル……!!』

 魔物たちも同様にその気配を察知しているようだ。

「んひひっ!!」

 だとしても今なら負ける気がしない。
 どんなに巨大で、どんなに強大な相手であろうとも。
 そうした意気込みがルパの表情からもはっきりと感じ取れる。

「な……なんだこれは……!?」

「……あれ?」

 現れた気配の主の姿を見て、ルパは一気に現実へ引き戻された。
 耳も、肌も、背後に横たわるエルフたちと同じもの。
 手にするのは盾で、服装は紫色と、多少の差異こそあるものの、それは間違いなくエルフであった。
 自分の感覚がおかしくなったのではないかと思い、何度も気配を探りなおすが、力強くどこか邪悪なこの気配は、間違いなく目の前のエルフから発せられている。

 否、それよりも考えなくてはいけないことをルパは思い出す。
 我に返ったルパの脳裏をよぎる里の掟。
 彼女に刷り込まれた、里を守るための教え。
 エルフに姿をさらしてしまえば、そこからルパの存在がメルキスに知れ渡ることになり、最終的には彼女の唯一の居場所である里に対し、何らかの対応がなされるかもしれない。

「…………事情はわかった」

 そう述べ、盾を構えたエルフ。
 それを見て、ルパの中の何かが切れた。

「がぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 一体何が『わかった』?
 魔物と結託してルパがエルフを襲ったと勘違いしたのか。
 それとも、ルパを見ただけで里の存在まで勘付いたのか。
 いけない。
 里を守らなくては。

「なっ!?何だ!?」

 突如雄叫びを上げたルパに対し、新手のエルフは明らかに動揺している。
 だが、ルパの思考はそんなこと意にも介さない。

「帰れ!出てけ!!森から出てけ!!」

「ちょっと待て!?どうした――」

「うるさーい!!エルフは嫌いだ!!」

 里を守らなければ。
 そのことだけを考え、ルパはエルフを威嚇し続けた。

『グォアアア!』

「む~……邪魔ぁあああ!!」

『グギャァアアアア!』

 好機と見てか、周囲を取り囲んでいた魔物が再びルパに襲い掛かるが、もはや近づくモノ全てを反射的に攻撃する狂人になりつつある彼女。
 そのことごとくを斬り伏せながら、彼女は威嚇を続けた。

「帰れ!早くそいつらを連れて帰れ!!もう絶対に来るな!!」

「くそっ……一体何がどうなっている……!?」

 この場に現れながらも、目まぐるしく変わる状況に最後まで付いていけなかったエルフは、ルパの圧倒的な野性味と戦闘力に圧されたのか、言われるがままに横たわった仲間のエルフたちを無理やり抱えて森の出口へと走って行く。

「ふー……!ふー……!」

「ルパ!?無事か!?」

「み、みんな……」

 直後、里の戦士たちが駆け付け、魔物は討伐しつくされた。
 到着がもう少し早ければ、エルフと接触していた自分の姿を見られていたことだろう。
 だが、事は何も解決していない。

 里に帰り、調理された魔物の肉を手渡されても、食欲などわかなかった。

 あのエルフは何だったのだろうか。
 エルフの姿なのに魔物のように大きく邪悪な気配。
 それでいて、敵意は感じられなかった気がする。
 さらに、掟を破ってしまった罪悪感。
 そのことでこれから起こるかもしれない最悪の事態。
 ルパは心にモヤモヤを抱えたまま、見えない空気の壁に押し潰されるような恐怖を覚えながら、その日は床に就いた。





――翌日

 天気の良い昼下がり。
 だというのに、ルパは日課の狩りもせず、家の屋根上でぼーっと一人考え込んでいた。
 勿論、昨日の出来事について。

「うー……ルパ、どうしたらいいんだ…………」

 考え込みすぎて、昨晩一睡も出来なかった影響か、いつもフラフラしていた思考がいつも以上に定まらない。

「…………ん?」

 そんなぼやけた彼女の感覚を刺すように刺激する気配。
 間違いない。
 意識下にこびりついて離れなかったこの感じ。
 昨日、森の外へと追い返したはずのあの盾持ちのエルフの気配。

「……っ!!」

 ルパは走った。
 誰にも知らせることなく。
 誰かに気付かれてしまうよりも早く。
 普段の彼女であれば『凝りもせずによくも!』と、息巻いて駆けていきそうなものであるが、その時の彼女の表情は、焦りに塗れた悲痛なものだった。



「おぃ!何してる!おまえ!!」

 頭上から突如声を掛けられ、びくっと体を震わせた人影が上を見上げると、大樹の枝先にちょこんと座るルパがいた。
 彼女は人影をじっくり観察し、昨日の記憶と照らし合わせる。
 やはり間違いない。
 昨日のエルフ。

「帰れ!ルパはもう来るなって言った!」

 軽く牙を剥きながら、怒りを露わにするルパ。
 昨日よりも深いところまで森に入られた。
 やはり里を攻めに来たのではないか。
 彼女は警戒を怠らぬまま男を威嚇し続ける。
 だが、そんなルパに対し、男はいたって平静に言葉を返す。

「ルパ……?それは君の名前か?俺の名前はシオンだ。君に聞きたいことがあるんだが、少し話をしないか?」

「違っ!ル……ルパは……ルパは……ルパなんて名前じゃない……ぞ……?」

「でも、今自分のことをルパって……」

「うぅ……うるさいぞ!話ってなんだ!?」

「話を聞いてくれるのか?助かる」

「ち、違う!違うぞ!ルパはそんな悪いことしないぞ!!いいから帰れ!!ドカーンしちゃうぞ!!」

 自分をからかっているのだろうか。
 あまりの敵意の無さに、そんな感覚にさえ陥ってしまう。

「いいから帰れ!早く帰れ!!帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れー!!」

「……今日のところは機嫌が悪いみたいだな。大人しく帰るよ」

「もう来るな!早く!!シャカシャカ動け!!本当にドカーンするぞ!!」

「わ、わかったから……!」

 結局何をするでもなくすごすごと森を出て行ったシオン。
 項垂れた彼の背中を見ながらルパはあることを思い出す。

「あ……モヤモヤのこと聞くの忘れたぞ…………」

 だが、それももはやどうでもよかった。
 二度もああして森から追い出されたのだ。
 これで本当に二度と森に踏み入ることはないだろう。
 もし、もしも再びあの男が森に現れた時が来るとすれば、それはすなわちエルフが里を襲いにやってきたという宣戦布告。
 それこそがルパが一人悩み抜いて出した回答だった。





――さらに翌日

 森の中を駆けるルパ。
 狩りのためではない。
 またしても例のエルフ、シオンの気配が森に入ったのを感知したからだ。

「またおまえ!ルパ、もう来るなって言った!何回も言った!!」

「毎回、突然現れるんだな……昨日は話しそびれてしまったので、改めて出向かせてもらったんだが……まだ機嫌は治らないのか?」

 既に警告は繰り返した。
 疑う余地はない。

「ルパたちをいじめにきたな!?させないぞ!ルパがみんなを守るんだ!!」

「いじめる!?ちょっと待ってくれ!そんなつもりはない!」

 相対するシオンは慌てて敵意の無さを訴えてきた。
 それを見てルパは思い出す。
 発せられる気配こそ邪悪な印象を受けるが、いつだってシオンから敵意や悪意のようなものは感じられなかった。
 野性的な感覚と、裏表のない純粋さを併せ持つルパにして、それを見誤ることもないだろう。

「……おまえはエルフだ。ルパたちはガルムだ。仲良くない。いじめに来たんじゃないのか……?」

「仲良くないか……そうだな。それは否定できない。だが、それはガルムに限った話じゃない。エルフは根本的に他種族と親交を持つことを良く思ってはいないんだ。それこそ、余程のことがなければ攻撃しようなどと考えない。例えば、メルキスに害意でも向けない限りな」

「ほ……本当か……?」

「他でもないエルフの俺が保証する。信じて欲しい」

「……………」

 ルパの心はすっと軽くなった。
 自分が掟を破ったために、里が滅ぼされる。
 ここ数日、彼女の心を強烈に圧迫していたそんな不安が一気に解消されたから。

「良かったぁ…………!」

 ため息交りに心からの声をこぼすルパ。
 ペタンと尻餅をついて呆ける彼女。
 その様子を眺めていたシオンも、つい笑みをこぼす。

「はは……誤解は解けたようだな。なら――」

「お話は終わりだな!もう帰っていいぞ!ほら!出てけ!!」

「……は?」

 打って変わって、再びシオンを森から追い出さんとするルパ。
 シオンはその変わり身の早さに驚き、ただ戸惑うばかり。

「待て!誤解は解けたんだろう!?」

「ルパたちをいじめに来たんじゃないのはわかったぞ?でも、掟だからな!仕方ないぞ!」

 先程までルパの中での優先順位は、里の危機の回避が何よりのもので、その次に里の掟となる。
 そして、エルフがルパの里を攻撃しに来たのではないとわかった時点で、ルパの行動の最優先事項は里の掟となったわけだ。
 単純明快、迅速果断。
 相対する者がどんなに理不尽に思ったとしても、ルパの知ったことではない。

「動け!走れ!!出て行かないとドカーンだぞ!!」

「な、何なんだもう……!」

 吹っ切れた様子で斧を振り回すルパを見て、今の状態では言葉も通じないだろうと判断したのか、シオンは抵抗することもなく、とぼとぼと森の出口へと歩いて行った。

「んひひ!里も平和にワイワイ!掟も守ってガッシガッシ!これでみんな安心――あ……またアイツのこと聞くの忘れたぞ……」





――さらにさらに翌日

 ルパも全く予想していなかったでもないが、本当にまた来たときは驚きを隠せなかった。

「も~!おまえ!しつこい!!帰れ!!」

「なぜ俺が悪者にされているんだ……誤解なら昨日解いたはずだろう?」

「それは終わった!ルパは掟を守るだけだぞ!!」

「その掟ってのは何のことなんだ?」

「掟は掟!森に入るな!!」

 四日間にして四度目の警告。
 まだ懲りないのだろうか。
 目的など知ったことではない。
 だが、里に近づけるわけにはいかない。
 何かを訴えかけようとしているようだが、今の自分は里の長であり、掟を誰よりも重んじなければならない立場。

「出て行け!本気でバキバキするぞ!!」

 怒りに殺気を交え、より攻撃的な威嚇に切り替える。
 牙を剥き、斧を振り回し、爪で地を抉る。
 もう次はない。
 言葉だけでなく、姿勢でもそう訴える。

「……わかった。今日も帰るさ」

 伝わったはずだ。
 去り際のシオンの表情を見て、そうルパは確信した。





――さらにさらにさらに翌日

 ルパの内に燃え上がっていた怒りは、徐々に困惑へと変わりつつあった。
 何度警告しようが、何度威嚇しようが、もう忘れたといった顔で翌日また現れる。 

「相変わらず、お早い登場だな。魔物に勘付かれないように、自分なりに気配を絶っているつもりなんだが……結界でも貼ってあるのか?」

「けっかい……?何だそれ!?ルパはおまえの気配すぐわかる!魔物みたいだけど、ちょっと違う!」

「なるほど……やはりコレのせいなのか……?」

「ぶつぶつうるさい!!来るなって言ってるんだぞ!!毎日毎日しつこいぞ!!」

「生憎、煙たがられるのには慣れている。それに、俺はただルパと話がしたいだけだ」

 怒るルパを相変わらず柳に風と受け流すシオン。

「ルパのこと、ルパって呼ぶな!ルパって呼んでいいのはみんなだけだぞ!!」

「みんなってのは仲間か?他にも仲間がいるのか!?」

「――っ!?」

 いけない。
 これ以上はいけない。
 言葉を交わすほどにボロが出る。
 シオンが里に興味を持てば、いつか里を探し出し、それをメルキスのエルフに告げ口するかもしれない。
 回避したはずの滅びが現実のものとなるかもしれない。

「もうヤダ……おまえとはもう話さないぞ!絶対に!絶対に話さない!!頭の奥がグチャグチャでグラグラだ……!!」

「ルパ……?」

「ルパのことを呼ぶのをやめろぉおおおおおおおお!!」

「――ぐぁっ!?」

 ルパはシオンを殴り飛ばした。
 何を言っても裏目に出てしまう。
 他の方法を知らなかった。

「……ぐ……うぅ!」

「あ…………」

 遥か後方まで吹き飛んだシオンの体は大木の幹に打ち付けられ、鈍い痛みに彼の表情が歪む。
 それを見たルパの顔もまた同じくらいに歪んでいた。

「えっと……ルパは…………その…………」

「……大丈夫だ。わかってる。ここにはもう来ない」

 一瞬遅れてやってきた罪悪感。
 無抵抗の者に手をあげてしまった。
 里の長としての、ガルムの戦士としての誇りを傷つける行為だ。
 それはルパが初めて体験した感情だった。





―― さらにさらにさらにさらに翌日

 既に陽が傾き始めているというのに、今日はまだシオンの姿を見ていない。
 手をあげられたことで、やっと理解したのだろうか。
 ルパの訴えがシオンに通じたのであれば、それは里の長として正しい行いを成したはず。
 里を脅かす脅威を未然に防いだのだから。

 だが、ルパは釈然としなかった。
 心の内に巣食っているモヤモヤはより大きなものになっている。
 理由は明確。
 シオンを殴った手の感触が未だに消えないのがその証拠だ。
 彼のことを知りたいと考えていたはずが、どうしてこうなってしまったのか。
 問題が一つ片付いたかと思えば、また新たに一つ。

「う~……!!まただ……頭がグチャグチャしてきたぞ……」

 日々をこんなに頭を悩ませながら生きたことはなかった。
 特訓し、魔物を狩り、月を眺め、肉を食い、眠る。
 精一杯生きているつもりでいた自分の人生はなんだったのか。

「――えっ!?何で!?」

 ふと感じるシオンの気配。
 森の中には入ってきていない。
 まだ随分と距離がある。
 それにしても、痛い思いまでして、それでも懲りないのか。

「…………よぉし!」

 ルパは駆ける。
 このモヤモヤの原因がシオンならば、やはり彼自身をどうにかする必要があると思ったから。

 もう一つ腑に落ちないことがある。
 いくら察知しやすい類の気配とはいえ、里から森の外までの距離がいったいどれだけあるだろうか。
 さしものルパとて、通常これほどまで遠方の気配を察知することはできないはず。
 これではまるで、シオン自身がルパに呼びかけているような。
 彼女にはそう思えた。



 あっという間に森の外縁部の傍までやってきたルパは、足の速さを緩め、姿勢を低く、忍び足で縁まで近づいた。
 木陰から森の外の様子を入念に確認し、エルフの気配がないかを探る。

 これまでは森の中に入ってきたシオンを追い出すため、仕方なく接触してきたが、掟では森の外に出ることは禁止されており、その理由はエルフを含む他種族に自分たちの存在を知られないようにするためである。
 シオンは、メルキスのエルフがガルムを攻撃することはないと保証した。
 だが、それはあくまでもメルキスに害を及ぼさないことが前提。
 森の外をうろつくガルムを目にすれば、メルキスのエルフたちがどういった判断をするかまではわからない。

 メルキスと里を繋ぐ一直線上。
 その上の森の境界線ギリギリのところにシオンの姿があった。

「…………」

 周囲に気を払いつつ、シオンの挙動に目を光らせる。
 一歩でも森に入ったら、今度はどうしてやろうか。
 そんなことを考えながら、木陰から監視を続けたルパだが、時間がどれだけ経過してもシオンはそこを動こうとはしなかった。

「……………………」

 シオンはただ森の奥を見つめ、何をするでもなくただ時を過ごすだけ。

「………………………………う……うずうずするぞ……」

 気配を絶ちながら獲物を観察し続けるという行為は、狩りをする上では必ず経験するもの。
 だが、観察対象がこうまで何もしないケースとなると、ルパとて経験はなく、気を見計らうこともせず仕掛けたい気持ちになってくる。

 結局、月が昇った後、傾き始めるまで頑張って監視を続けてみたが、状況は何も変わらなかった。
 シオンの気配は依然として強烈に発せられており、これであれば異変があったとしても里からすぐに察知できる。
 そう判断したルパは、シオンに姿を見せないまま、里へと帰っていった。





――さらにさらにさらにさらにさらに翌日

「ぐむぅ…………!」

 里に帰り、ルパは寝床に入ったはずなのだが、太陽が昇ってもその目が閉じきることはなかった。
 こうもシオンの気配を感じ続けていては、神経が落ち着かず、またも眠るに眠れなかったのである。

 相変わらずシオンの気配は同じところから動いていない。
 恐らく彼も眠っていないのではないだろうか。
 それどころか、食事や水さえも口にしていないのではないか。
 感じる気配は一晩通して全くぶれることがなかった。

 そもそもシオンの目的は何だ。
 話がしたいと言っていた気がする。
 シオンが直接ルパの元を訪れようとすれば、森に入るなり話もせずに追い返される。
 ならば自分の元へルパを呼び寄せることで、会話の機会を得ようとしているのではないか。
 そう考えると妙に納得できた。
 諦めたわけではない。
 方法を変えただけ。

 ルパは眠気で細っていた目を見開き、立ち上がった。



――ドサッ!!

 おもむろに投げ置いた数匹の魔物。
 ルパがここに来るまでに仕留めた獲物だ。
 彼女が家を出て一刻程が経過した後、彼女はシオンの前に姿を現していた。

「食え!」

「やっと来てくれたか。いや、顔を出してくれたか」

 シオンの目の前に転がる魔物の死骸。
 そこから少し視線を上げ、ルパの足元を見ると、森の外には出てきていないことがわかる。

「掟なんだからな!ルパは森からは出ないぞ!」

「それでいいさ。十分だ」

「おまえがお腹空いて死んだら、いっぱい魔物が寄ってくる。それはダメだ。ルパが困る。だから食え!」

 ルパが少しバツが悪そうにしていることを承知の上で、そこにあえて触れないシオン。

「そこまでわかってるのか……いや、ありがたい。いい加減腹が空いて我慢の限界だったんだ」

「おまえ、ずっとルパを待ってたのか?」

「あぁ。どこにいるかもわからない君が俺に気付けるように、あえて魔素を全力で垂れ流していた。おかげでクタクタだ……」

「そんなにルパとお話ししたかったのか?」

「そうだ。まずは君に感謝を。同胞を救ってくれたろ?」

「あれはたまたまだぞ!たまたま!!」

「それでも君のおかげで命を救われた者がいることは確かだ。ありがとう」

 シオンが座したまま頭を深々と下げ、ルパに感謝の意を示す。
 しかし、いくら取り付く島もなく追い返し続けたとはいえ、感謝の言葉を述べたいだけなら、これまで何度もチャンスはあったようにも思える。
 まだ他にも理由があるのだろうか。

「それだけなのか?」

「いいや。他にも君に聞きたいことがたくさんあるんだ。君のことを知りたい。君がどこの誰で、何故こんなところにいるのかを」

 あるにはあった。
 だが、理由と呼ぶにはあまりに弱すぎるというか、些細過ぎる目的。

「…………本当にそれだけなのか?」

「それだけだが?ところで……この肉はどうさばけばいいんだ?」

「…………」

 色んなことを覚悟してここまでやってきたことが馬鹿らしく思えてきた。

「んひひ!」

「聞こえているか?こいつのさばき方を教えて欲しいんだが……」

「端っこをサクッと切って、皮をビーッとやって、お腹をパカッとして、グログロを全部出して――」

「あー……大丈夫だ。よくわかった。他の魔物とかと変わらないんだな」

 懐から小さなナイフを取り出すシオン。
 それを見てもルパは微動だにしない。
 自身に対して敵意がないことは今さら論じるまでもなくわかっているから。



 それからは毎晩シオンの元を訪れることが新たな日課となったルパ。
 初日にシオンのことを山のように聞き出し、彼の生い立ちや過去を知ったことで、ルパの中のモヤモヤは瞬く間に消え去った。
 次に、ルパは自身のことを全て話した。
 自身の立場のことも。
 里のことも。
 一族の過去のことも。
 この行為は、里の者からみれば常軌を逸した行為といえる。
 最も警戒すべき相手であるエルフに、自分たちの何もかもを晒してしまったのだから。
 しかし、この時のルパにはその先の不安など微塵もなかった。
 そもそも里の掟には直接触れていない。
 シオンに会うときにしても、森の外に足を出すことだけはしないし、シオンを森に入れることもしない。
 ルパは里の長として、掟を守ることだけは遵守し続けた。

 とはいえ、危険であることはルパとて説明されるまでもなく承知している。
 それでもなぜシオンに全てを打ち明けたのかと聞かれれば、彼女は笑って『シオンなら大丈夫』と答えるだろう。
 数度顔を合わせただけの仲だというのに。
 直感と言ってしまえばそれまでだが、ルパは心の底から信用できると思える何かをシオンに感じていた。

 こうしてシオンは、ルパが初めて目にした森の外の者であり、ガルム以外の種族であり、そして初めて得た里の外の友人となった。

「そうか……君たちも大変だったんだな…………」

「エルフが森に入ってこないのは、その『せいいき』ってヤツだからなのか?」

「あぁ。聖域は古くからメルキスに伝わる伝承で、神秘の自然が溢れる妖精たちの楽園とされている」

「ようせい?モグモグしてるコイツらのことか?」

「これはただの魔物だよ……だが、こんなに多くの魔物が聖域の中に生息しているとは知らなかった。しかも、どれもこれも見たこともない種だ」

「ふーん……」

「良くも悪くも人の手が全く加えられていなかった森だからな。そのせいで他の森には存在しないような原生生物や、凶悪な種の魔物が多くいるんだろう。よくそんな森の中で生きてこれたな」

「ゴチャゴチャした話はわかんないけど、ルパはガルムの長なんだぞ!ちっちゃくても里で一番強いんだ!みんなも強いけどな!」

「住めば都か。君のパワフルさの所以がよくわかったよ」

「シオンも強いぞ?前にルパが思いっきりドーンしたのに元気だった。魔物なら一回でヘロヘロなんだぞ?」

「一瞬、気が遠のいたけどな……」

 シオンから聞く話は、どれもこれもがルパの知らないものばかりで、彼女の見識とは異なるものだった。
 森と外の境界線を挟む二人を中心に、世界がどんどん広がっていくような気がして、次第にルパの興味は森の外の世界へと向かっていった。

「ん?そういえば、俺のことシオンって呼んでくれるようになったんだな」

「シオンはもうルパの友達だからな。シオンもルパのことルパって呼んでもいいんだぞ?」

「ははっ……友達だもんな。名前で呼び合うのが普通だよな。一度怒られてるから気を付けてたんだが、無用な心配だったみたいだ」

「あの時はルパとシオンは友達じゃなかったからな!」

「はははっ!それもそうか」

「あー!そうだ!!紫の三日月のお話!!」

「紫の月?」

 ガルムに伝わる言い伝えでは、『紫色の三日月の夜、新たな友との出会いがある』とある。
 それは毎年、ある時期にだけ必ず月が紫色に染まる日があり、その日が三日月の晩と重なったときだけ見られる紫色の三日月。
 いつ訪れるかもわからなかったあの夜、それは初めてルパとシオンが出会った夜。
 つまりは、言い伝えは現実となり、今こうしてルパの目の前に存在していることになる。

「紫の三日月を見るとな、新しい友達に会えるんだって母ちゃんが言ってた!ルパとシオンが会った日が紫の三日月の日!ほら!!ほらぁ!!!!」

「真紫月(しんしづき)のことか。俺も詳しくはないけど、大気中の魔素が活性化して光の影響がどうとかって話だったかな……」

「しんしづき……紫色の月の名前か?」

「そうさ。ガルムにはそんな伝承があるんだな。ちなみにエルフには『不吉の前触れ』として伝わってるよ」

「不吉って知ってるぞ!なんか恐いヤツだ!」

「真紫月の晩は魔素が活発化しているから、いろんな植物や魔物に影響を与えることがあるんだ。俺とルパが出会った日、魔物が大量に発生してただろう?あれも真紫月が関係しているらしい。だからこそエルフのみんなは不吉なんて言うのかもな」

「シオンはすごいな……何でも知ってるんだな……!」

「そんなことないさ。俺も話に聞いただけで、詳しく研究してる人も大陸中にたくさんいる。俺なんかよりもそういう人の方がもっといろんなことを知ってるよ」

「でもでも、シオンとは会えたぞ?ガルムのお話も本当ってことなんじゃないのか!?」

「言い伝えは土地や種族によって変わるものだからな。でも、そんな話があるってことは、昔本当にあったことがお伽話として残っているのかもしれない。だからルパが聞いた話も嘘とは限らないさ」

「んひひひ!そうだな!!」

「………………」

「ん?どうしたんだ、シオン?」

 先程までとは打って変わって、急にルパを見つめながら黙り込むシオン。

「お腹痛いのか?」

「ルパ……」

 彼の表情はやけに改まった深刻そうなものだった。

「お薬か?薬草が近くにあるぞ!?」

 そんなにも症状はひどいのだろうか。
 ルパが慌てて森の奥に向かおうとした時だった。

「ルパ。森の外に出てみないか?」

「……え?」

 突然の提案にルパは凍り付く。
 シオンはルパの立場や一族の事情を全て知っている。
 それは、ルパがどれだけ一族のことを想い、里の長としての立場を重んじているのかを知っているはず。
 そのうえでこんな提案を持ち掛けた。

「何でだ……?シオン、ルパの友達なのに……!!」

 悲しかった。
 紆余曲折を経て、やっと友達になれたと思ったのに。
 彼を信用して全てを話したのに。
 自分が大切にしているものを軽んじられたことが、ただただ悲しかった。

「そうじゃない!最後まで聞いてくれ!」

 涙ぐむルパの目の前まで駆け寄ると、真っ直ぐとルパの目を見て言葉を続けるシオン。

「このまま森の中に閉じこもったまま生きるのはやめるべきだ。ルパだけじゃない。里にいるルパの仲間みんなも!」

「でも……掟が…………」

「それはもう過去のものだ。ガルムが昔、人間から迫害を受けていたことは俺も知っている。でも、今の世界は違うぞ?」

「違う……?」

 森の中に完全に閉じこもり、外界との接触を避けてきたため、ガルムの里の時間は止まったまま取り残されている。
 ルパは妄信的に紫の三日月の言い伝えを、誠の話だと信じていたが、今では真紫月という名はほぼ一般的なものとなり、そのメカニズムまでもが少しずつ明らかになってきている。
 同じく、ガルムが受けていた他種族からの迫害についても、今ではガルムという種が一定の立場を獲得し、そうした動きもほとんど見られなくなっている。
 ルパたちが知らないだけで、世界は常に変化し続けているのだ。

「俺に全部任せてくれなんてことは言えないけど、ルパの力になれる人を知っている。その人の力があれば、ルパも、里のみんなも外の世界で自由に暮らせるようになるかもしれない!」

「みんなで外に……」

「ヴィレスって国を治めてるガルムの王様がいるんだ。その国では大勢のガルムが自由に楽しく暮らしてるらしい!」

 ルパの心は揺れていた。
 実際、シオンと接するようになってからというもの、今まで興味がなかったはずの外の世界に対する想いは強くなりつつある。
 だが、意識下まで刷り込まれた里の掟がルパの心を締め上げる。

「俺もそうだ。メルキスで同胞たちに蔑まれ、堪らなくなって街を飛び出したから外の世界を知ることができた。だからこそ今の俺があるし、ルパとも出会えた。ルパもいろんな人に会って、いろんなことを知って、いろんなものを見よう!もっともっと多くの友達だってできるぞ!」

 諦めずに訴え続けるシオンだが、ルパにはその必死さが理解できない。
 だが、その必死さには確固たる理由があるように感じられた。

「掟を破るのは恐いと思う。森の外だって良いことばかりとは限らないかもしれない。それでも、知らないまま捨ててしまうのはもったいないと思わないか?不安なら俺が支えてやるし、傷つきそうになったら俺が守ってやる」

「うぅ……でも……」

「ルパはみんなを守りたいんだろう?森の中に閉じ込めておくことは守るとはいわないぞ?俺が里のみんなに話したって聞いてはもらえないだろうけど、ルパの言葉なら聞いてくれるはずだ」

「う……うぅ…………!」

「ルパのお爺さんやお父さんは必死にみんなの居場所を作ろうと努力した。その時はそれが精一杯だったのかもしれない。でも、ルパは新しい道を見つけて、歩み出す機会を得ることができたんだ。立場を継いだだけでいいのか?何かを変えようとは思わないか?ルパは里の長だろ?いつもの元気で踏み出してこい……!」



 ルパは震えながらも、差し伸べられた手を掴み取った。

「が…………がぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 その咆哮は、木々の間を駆け抜け、ガルムの里にまで響き渡る。
 瞬間、ルパは境界線を越え、文字通り新しい一歩を踏み出したのだ。



 その後、ルパはシオンを連れて里に戻った。
 里の者たちは慌てふためき、シオンに刃を向けようとする者さえいたが、ルパがそうはさせなかった。
 ルパはシオンと共に頭を下げ、これからの方針を語る。
 ヴィレス国王ガレオスに会い、里の皆の居場所をもらえるように依頼してくると。
 いくら説明したところで、確かに突拍子もない話。
 最初は鼻で笑われたものだが、二人の訴えを聞くうちに、里の者たちの反応は徐々に変わっていく。
 拒絶に染まっていた心は次第に興味に染まり、孤独を望んでいたはずの意思は自由を求めるように。

 ルパとシオンによる説得は三日三晩続けられ、最終的には里の者全員に受け入れられた。



「シオン!王様ってどんな人だ!?長よりも偉いのか!?」

「王様みんなが立派な人とは限らないから、難しいな。ただ、これから会いに行くヴィレス王は、とても国民に慕われる素晴らしい王様って話だ」

「おぉ……楽しみだな!ルパたちのこと助けてくれるかな!?」

「大丈夫さ。ルパもある意味、小国の王みたいなものだからな。民を想う気持ちを無下にするような人じゃないはずさ」

「ルパが王様?ヴィレスにも王様……王様は一人じゃないとダメだから……ルパと王様が勝負?」

「頼むからそれだけはやめてくれ…………」

 ガルムとエルフ。
 種を超えた絆で結ばれた二人。
 そんな彼らだからこそ起こせる奇跡もあるはず。

 目標は獣境の村ヴィレス。
 自分たちを信じ、里で待つ皆の未来を守るために。
 二人はその想いを胸に、力強く地を蹴った。


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最終更新:2017年07月28日 17:05