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+ お宝トレジャーズランビー
 ガライア鉱山。
 王都から西に位置するここは、他種多様の金属が採掘され、その量は大陸で生産される金属の実に八割を占めるとも言われている。
 険しい山々に囲まれた環境にありながら、出稼ぎに来た鉱夫や、鉱石の買い付けに訪れる商人など、多くの人々が集うそこは、いつしか『ガライア村』と呼ばれた。

 採掘される鉱石の他にもう一つ、ここで名物とされているもの。
 ガライア村の名物悪ガキコンビ。
 『お宝トレジャーズ』と名乗るランビーとリシェル。
 彼らは、この坑道の中でも最も古い区域に秘密基地を作り、そこを拠点に毎日活動している。
 その部屋の机に広げられていた一枚の巨大坑図。
 彼らが活動を開始する最も大きなきっかけとなったもの。
 そこには、最新の地図には記されておらず、落盤等の危険もあるために、封鎖区域とされている箇所が記されている。
 今を生きる者達が知らぬ世界。
 それは何よりも彼らの好奇心と冒険心を刺激した。

 今、そんな彼らの姿は、ガライア鉱山の坑道奥深く、さらにその地下深くにあった……

「う、ん……ここは……?」

 気が付くと薄暗い洞窟。
 体を起こしたランビーの頭に、パラパラと降りかかる土埃。

「そうだ……足場が崩れて……」

 頭上の大穴を見上げながら、何が起こったのかを思い出す。

 封鎖区域へ今日も足を運んでいた二人。
 坑図に記されていた\"J-475\"という場所にお宝があると睨んだ彼らは、封鎖扉を突破し、坑道の奥に進んだところで崩落に遭い、地下深くに落ちてしまったのだ。

「リ、リシェル!?パウパウ!?!?」

 共に活動する仲間の姿が無いことに気が付く。
 ただでさえ薄暗い上、未だ治まっていない土埃のせいでとにかく視界が悪い。

「どこだ!?リシェル!パウパウ!!」

 手探りで仲間の行方を探すその指先に、柔らかな何かが触れた。

「あ……パウパウ?大丈夫か!?」

 パウパウと呼ばれたそれは、意識を取り戻すと、すぐさま差し出された手を伝って肩へと駆け上った。
 その生き物は、人には懐くことはないと言われる鉱山穴モグラ。
 昔、風邪で寝込んでいたリシェルに見舞いとして贈ったものだ。
 モグラを『パウパウ』と名付け、日々を共にしたリシェル。
 当時はランビーからもリシェルからも逃げようとしていたパウパウだったが、根気よく付き合い続けたリシェルに徐々に心を開いていき、今ではランビーも含め、仲良し三人組みだ。

「パウパウ。リシェルがどこにいるかわかんないか……?」

 パウパウの嗅覚ならば恐らくリシェルの行方を掴むことが可能。
 元気良く頷いたパウパウは、颯爽とランビーの肩から飛び降り、そのままトコトコと駆けていく。

「見つけたのか!?さすがだぜ、パウパウ!!」

 目も慣れ始め、土埃もようやく治まってきたおかげで、先程よりは視界が確保できる。
 十歩程歩くと、倒れている人影の上で飛び跳ねているパウパウが見えた。

「リシェル!無事なの――な、なんだありゃぁ?」

 パウパウ達の背後に一際開けた空間。
 その中央にポツンとそびえ立つナニか。
 石造りのそれは、絵本の物語に出てくる祭壇を思い出させる。

「っと、驚いてる場合じゃなかった!おいリシェル!大丈夫か!?リシェル!」

 人影を抱き起し、肩を揺らして呼びかける。
 長い髪に、左右の大きな三つ編みが特徴的な女の子。
 間違いないリシェルだ。
 見た限り、ケガも無い様子。

「もう朝~?おはよ~ランビ~。パウパウもおはよう~」

 目を覚ました。
 パウパウは彼女の顔を舐め回して喜びを表現する。

「違うよリシェル!今は朝じゃなくて、俺達落っこちちゃったんだぞ!」

「え?……あーーーー!!お宝はあった!?」

 普段と変わらないリシェルの様子に、ランビーも改めて胸を撫で下ろす。

「良かった。その様子じゃ無事っぽいな!お宝探しにいこうぜ!ほらあそこ見てみろよ!ここにお宝ありますって書いてあるみたいだろ!?」

 腕を引っ張り上げるようにしてリシェルを立たせると、彼女の背後に見える祭壇らしきモノを指さす。

「それじゃあ、いくぜ!?」

「うん!!」

「獲物は逃がさないぜ!ランビー!」

「全部いただくよ!リシェル!」

「「二人揃って!お宝トレジャー……」」

「うわぁああああああ!!ランビーーーー!!!!」

 最後の決めポーズに差し掛かった辺りで、リシェルが止めに入った。

「どうした、リシェル!?」

 驚いてリシェルへ顔を向けると、なにやら目に涙を浮かべ、泣きそうな顔をしている。

「お…お財布忘れた……お宝が有料だったらどうしよう……」

「大丈夫だぜリシェル!お金を持ってなくても、お皿を洗えば許してくれるぞ!!」

「そっか!ランビー冴えてるね!!」

 周りから見れば馬鹿らしく思えるかもしれない話。
 だが、まだ幼い二人はいつでも全力で喜び、悩み、世界を楽しんでいる。

「ランビー……伝説のカレー屋さんじゃなかったね」

「あぁ……これは……」

 目的のお宝を見事に発見した二人。
 その宝は、彼らが想像していたものとは違っていたが、むしろそれ以上に歓喜の心を呼び起こすモノ。

「うぉおおおお!!」

 ランビーが掲げたのは長剣。
 細身で、柄から刃先にかけて全てが赤みがかった黒に染まっており、不思議な、そして少し不気味な装飾がほどこされている。

「やったね、ランビー!!」

 リシェルが掲げたのは弓。
 やや歪な形と装飾だが、それ自体が燃え盛る炎を象ったような、今もまさに燃えているかのように煌々と輝いて見える。

「「お宝トレジャーズ!!優勝!!」」

 まるで、夢を馳せた物語の主人公になったかのような気分。
 手にした長剣を眺めていると、ついつい笑みが溢れてくる。
 リシェルは何かを撃ちたくて仕方ないのか、ウズウズした様子で引き絞った矢の先をあちらこちらへ向けている。
 やはり、その顔はランビーと同じようにだらしなくニヤけっぱなしである。

「あ!待って、ランビー!お皿は洗わなくていいのかな!?」

「あっ!!そうだった……でも、洗うお皿がないぞ!?」

 ニヤけ面が一変、あたふたと慌て始める二人。

「どどどどうしよう!!!あっ!変わりに、これを置いとけばバレないんじゃないかな!?」

「おっ!冴えてるなリシェル!!そうしよう!」

 それは、二人が今まで散々使い古してきた鉄の剣と木の弓。
 果たしてこれが宝の代償として受け入れられるのかどうかと、お古の剣をまじまじと見つめている顔が引きつっていく。
 探検家が、発見した財宝のお代を置いていくのかは怪しいところではあるが、これ程見事な宝と呼べる宝を手に入れることは、未熟な二人にとってはどこか気が引けてしまうことで、それはもともとの持ち主と、訪れた幸運に対する感謝の証なのだろう。

 「どうか、これでご勘弁を……」

 二人は剣と弓が納めてあった台座に自分達の武器を置き、プルプルと震えながら両手を合わせて祈りを捧げた。

――ゴゴゴッ……

 祈りに応えるように揺れ始めた坑道。

「やばい!やっぱりダメだったか!?」

 その場から逃げようと、走り出そうとした二人だが、徐々に強まる揺れで足元はおぼつかない。
 さらに、二人の立つ祭壇らしき場所を包むように地下から這い出してきた黒い影。

「なんだ、なんだ!?」

「うわぁああああああ!!」

 天井にさえ届くかという高さまで伸びた影は、そこから一気に急降下。

――ドーン!!

 祭壇は木っ端微塵に吹き飛ばされ、坑道の外にまで響くかと思う程の轟音と共に『ヤツ』は現れた。

「なんだ…これ……ま、魔人……!?」

 祭壇に用いられていた漆黒の鉱石が、巨大な人型を成して二人の前に立ちはだかっている。
 これまで探検の道中で倒していたような小さな魔物とは明らかに異質なオーラ。
 直感が“ヤバイ”と危険信号を発しているが、足がすくむ。
 魔人はおもむろに腕を振り上げたかと思いきや、そのまま動けない二人に向けて振り下ろす。

「「うわぁああああ!!!」」

 これまで積んできた戦闘の経験が活きたのか。
 頭で考える前に、二人の体はそれを回避した。

「リシェル!どうする!?逃げられるか!?」

「ランビー!ダメだよ!!アタシ達はお宝トレジャーズ!お金がないなら、強奪すればいいんだよ!!」

「頭いいな、リシェル!!」

 力の差は歴然に思える。
 それでも手に入れたお宝を手離すまいと自分を奮い立たせる。
 後ろに飛んだ2人は決めポーズと共に魔人に向かい声を荒げた。

「獲物は逃さないぜ!ランビー!」

「全部いただくよ!リシェル!」

「「2人揃って!お宝トレジャー……」」

――ゴォオオオオ!!

 悠長にポーズを決める隙なんて与えてはもらえるはずもない。
振り回される魔人の拳を、またしても間一髪のところでかわした。

「ランビー……やっちゃったね……」

「あぁ……あいつは……やっちゃいけない事をやっちまった…」

 それがきっかけだった。
 言葉ではいきり立っていても、どこか怯えが感じられたそれまでの表情は完全に消え去る。
 魔人を睨み付けるようにして見上げた二人の顔には、許しがたい程の怒りの表情が満ち満ちている。

「お前のママは、ヒーローの決め台詞中に攻撃するなって教えてくれなかったのか!?」

 魔人の拳を的確にかわしながら足元へと詰め寄るランビー。

「ランビー!あいつは悪党の中の悪党だね!極悪ブ道だね!」

リシェルの放った閃光のような矢は、ランビーに気を取られている魔人の顔面を穿つ。

「あぁ!甘すぎるぜ!」

 衝撃でバランスを崩した魔人。
 その足を払うようにしてランビーが斬り付けると、そのまま魔人は尻餅を付くように倒れ込んだ。

「おぉぉおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらぁ!」

 立ち上がろうと地に付く魔人の手。
 そのことごとくを斬り払って魔人を立ち上がらせないランビーに対し、リシェルは合わせるように魔人の土手っ腹めがけて矢の雨を降らし続ける。

「てやっ!それっ!えいっ!このっ!このっ!!このっ!!!!」

 新たに得た武器の力なのか、それとも才能が開花したのか、見事なコンビネーションで魔人を圧倒する二人。
 一方的に攻撃を受け続けた魔人の身体に亀裂が入り始める。

「今だ!リシェル!!決めようぜ!!」

「OKランビー!行くよ!!」

「ランビーアターーーーック!!!!」

「ビーフミートソーセージッ!!!!」

 止めに放たれた二人の全力の一撃。
 如何に強靭な体を持つ魔人とて、今のお宝トレジャーズを前にしては、文字通り砕け散る他なかった。

――ゴォオオオオオオ…………

 粉砕され、ただの岩と成り果てていく魔人。
 改めてポーズを決め、勝利の雄叫びを上げる二人。

「「お宝トレジャーズ!大勝利!!」」

 はしゃぎ回る二人。
 その時、岩の隙間から影がスッと天井の方に登っていくのを視線が捕らえた。

「なんだ!?」

 青い羽根のようなものをパタパタと羽ばたかせ、黒く長い尻尾をユラユラとさせる生き物のような“何か”の姿。

「ランビー!あの子!かわいい!!」

 リシェルは興奮してランビーの肩をバンバンと叩く。

「あいつも欲しいのかリシェル!?パウパウがいるじゃんか!」

 しかし、ランビーとて、見知らぬものに対する好奇心はリシェルに引けを取らない。

「まぁ…リシェルがそう言うなら、せっかくだし捕まえるか!」

「やったー!」

 鞄から長いロープを引っ張り出すと、その先端に輪をつくり、グルグルと回しながら狙いを定める。

「逃げるなよぉ……そこだぁ!」

 投げられたロープは、見事“何か”の尻尾を捉えた。
 逃げようとバタバタ暴れる謎の生物を、力任せに引っ張り込む。

「ランビー!がんばれ~!がんばれ~!!」

 必死の形相のランビーの横で、手を頭上で振り、クネクネと踊りながら声援を送るリシェル。

「よっしゃー!ゲットぉおおおお!!」

 数分にわたる格闘の末、なんとか謎の生物を捕まえたランビー。
 暴れ続けるそれをガッシリと両手で抱きしめ、逃がさない。

「なんだろ~この子……かわいい!!妖精かな?真っ黒な妖精さんなの!?」

「妖精か……でも妖精はもっと肌色だから、影の妖精なんじゃないのか?」

「影の妖精さん!?今日からランビーと一緒だよ!挨拶は~?」

 リシェルに語りかけられた影の妖精は、少し警戒を解いたのか、暴れるのをやめた。

「おぅ!よろしくな!影の妖精さん!!!」

 ランビーも満面の笑みを向け、安心させようと試みる。

 ――その時、あの事件が起こった。

 妖精の目が怪しく光ったかと思うと、突然ランビーの身体は宙に浮き、あろうことか、そのまま飲み込まれるように影の妖精の身体の中へと沈んでいく。

「うわああああああ!!」

 おぞましい感覚に身体は強張り、力が入らない。
 瞬く間に頭まで飲まれ、視界が失われる。

 途切れていく意識の中、リシェルが自分の手を掴んだような気がした……



――あれ……俺、影の妖精に飲み込まれて……

 どれ程の時間が経ったのか。
 視界に映る天井は、先ほど魔人と戦っていた時のそれと同じ。

「よっと……え!?」

 体を起こすと、目の前に寝ているのは自分。
 正確には俺と同じ姿をした人影。
 いや、自分の声に違和感を覚える。
 とても聞き慣れた、でも自分のものではない声。
 ふと脳裏をよぎる予感。
 その真意を確かめるために自分の身体に視線を落とす。

「嘘だろ……!?」

 自分よりも白い肌。
 細い腕と足。
 わずかに膨らみを感じる胸元。
 耳元をくすぐるように洗う髪。
 フリフリとした服。

「リ、リシェル!?おい!リシェル!?!?」

 取り乱しながらリシェルの名を叫び、傍に横たわる自身の身体へと駆け寄る。

「あれ……アタシ…………ラ、ランビー……?」

 ぼんやりとした自分の顔。
 毎朝、鏡越しに見ている自分の顔が、自分の意思とは違う動きをしている様を見るのは酷く気味が悪い。
 意識を取り戻したばかりで、まだこの状況が把握できていないようだった。

「リシェル!?リシェルなんだな!?!?」

「……え?」

「と、とりあえず、身体は問題ないみたい……うわぁ!!」

 目の前を通り過ぎる影。
 フワフワと周りを旋回するように浮いているのは例の影の妖精。
 先程と違い、逃げる様子も無ければ、特に危害を加えるつもりも無さそうだ。

「お前!まだいたのかよ!」

「ど、どうしよう……」

「フィ~~~~~~~~!!!」

「パウパウ!?」

 良かった。
 ランビーの肩に駆け上ってきたパウパウが鳴き声を上げた。
 特にケガも異常も無く、無事なようだった。
 否、それよりも今は、天災が起こる時に大声で鳴くという鉱山穴モグラのパウパウが鳴いているこの状況を何とかする事が先決。

「ランビー!どうしよう!!!」

 人生で最も混乱していた最中に降りかかったさらなる厄災。
 何が起こるかはわからないが、少なくともここにいるのは危険。
 坑道から脱出する方法を必死に考えるが、全くまとまらない。

「どうにかしないとまずいだろ!どうやって出るんだよ!!」

「そんなの分かんないよ!ロープは……」

「あ!まだ影の妖精についてるじゃん!」

 気楽な面持ちでフワフワと飛び続けている影の妖精からロープを引っぺがす。
 ここに落ちてきた場所まで急いで戻ると、そのまま天井の穴に向けてロープを投げ入れる。
 運良く岩にでも引っかかったのか、ロープに体重を掛けても平気な事を確認する。

「リシェル!!俺が先に登るから、OKって言ったらこのロープに捕まってくれよ!」

「わかった!気をつけてね!もし落ちても、アタシがファインプレイでナイスキャッチする!!」

 スルスルとロープを登っていくランビー。
 上までよじ登ると、すぐさま穴の中のリシェルへと呼びかける。

「OK!リシェル!捕まって!俺が引き上げるから!」

 ロープにしがみ付いたリシェルを目で確認。
 それを力いっぱい引っ張り上げる。

「……ぬ……おっも!」

 自分の身体がこんなに重いものだとは知らなかった。
 リシェルの身体だから筋力が足りないのだろうか。

「ランビー!頑張って!」

「ちょ……今はクネクネするな、リシェル!!」

 なんとか穴の上まで登り切った二人。

「はぁ……はぁ……戻ってこれたね…………」

「ぜぇ……ぜぇ……と、とりあえず……秘密基地に帰ろう……」

 道中、パウパウの姿はリシェルの肩の上にあった。
 体が入れ替わっても、どちらがリシェルであるかをしっかりと認識できているのだろう。

「パウパウが鳴いたけど、何も起きなかったね!」

「“大変なこと”が起こる時にしか鳴かないって聞いたのにな!」

 “大変なこと”
 てっきり、地震や崩落のような災害のことだとばかり思っていたが、お宝トレジャーズは今まさに“大変なこと”を抱えている。
 まさかパウパウはランビー達の身に起こっている異常に気が付いて鳴き声をあげたのではないだろうか。

「なあ、リシェル。これからどうする?」

 秘密基地に帰り着いたところで、珍しく神妙な面持ちで切り出すランビー。

「大丈夫!その子は絶対に責任を持って飼うから!」

「パウパウもいるのに、こいつまで飼うのか!?」

「でも、なんだかランビーに懐いてるみたい……って、えぇえええええ!?ランビー!?なんでアタシの恰好してるの!?」

「そうだよ!!そっちの話をするつもりなんだった!!」

「あれ?ってことは……あれ!?アタシがランビーになっちゃったの!?」

「気付くの遅いぞ!?!?」

「えぇえええ!?どうしよう!ママ達にばれたら絶対に怒られちゃう……」

「あぁ……俺も父ちゃんに108回はぶち殺される……」

 お宝を手に入れるまでは良かった。
 だが、まさかこんなことになるなんて想像もつかなかった。
 心配そうにリシェルを見上げるパウパウ。
 身体は違っても、それがリシェルであることを理解しているのだろう。

「そうだ!!この子に食べられちゃったせいで入れ替わっちゃったんだったら、もう一回食べてもらえば元に戻れるよ!!」

「お……おぉおおおお!!そうだよ!絶対そうだ!!やっぱ天才だぜ、リシェル!!」

 バッと影の妖精に視線をロックオン。
 ビクッと体を震わせた妖精は、じりじりと間を詰め寄ってくる二人から後退る。

「口か!?口から飛び込むのか!?あれ?口がないぞ……!?」

「タックル!?思いっきりタックルしてみる!?」

「手みたいなので抑えてるところ、あれ口なんじゃないか?」

「そっか!妖精さ~ん、おててどけてよ~!」

「大丈夫だよ……きっとおいしいぜ……俺達……」

「ほら、ア~ンだよ!!パクッといっちゃおうよ……」

……………………

 結果的に、二人が妖精の中に入ることはできなかった。
 試行錯誤してみたものの、妖精の中に入れそうな雰囲気は無い。

「リシェル!色々あったけど、無事にお宝を手に入れて戻ってこれたな!」

「うん!そうだねランビー!ついでにかわいい影の妖精もゲットしてきちゃったし!」

 結局、抱え込んだ問題の重圧に耐えきれなくなったランビーとリシェル。
 二人は空元気を振りまきながら、お互いを励まし合う。

「とりあえずさ!今日の所はうちに帰ろう!」

「そうだね!お腹も空いてきたし!」

「問題は……」

「わかってる!アタシがランビーのフリして、ランビーの家に帰るんだよね!」

「そうだ!俺はリシェルのフリをして、リシェルの家に帰る!」

「言葉遣いも気を付けないとね!」

「そうだな!ア、アタシはうまくやってみせ……るよ?」

「お、俺も、頑張る……ぜ?」

 そして、今日の活動を終えた二人は帰路へ着く。
 村までの道すがらは、お互いの話し方をひたすら練習し合った。
 他にも、家での行動や習慣。
 とにかく考え付く限りの偽装を施した。

「リシェル、わかったか?」

「うん、大丈夫だよ!秘密の約束だね!」

 今日の事は絶対に二人だけの秘密。
 交差させた小指に誓い合ってから別れた。

「い……いくぜ……!」

 毎日のように見続けてきたリシェルの家。
 今日のランビーの目には、やたらと大きく、威圧的に映る。

「た、ただいま~~~!」

「遅い!またこんなに泥だらけになって……ご飯の前にさっさとお風呂入ってきちゃいなさい!」

「は、はい……」
(いつもニコニコで優しいリシェルの母ちゃん……怒るとこんなに恐いのか……)

「と、その前に……何、それ?」

 リシェルの母が指さす先には、フワフワと浮かぶ影の妖精の姿。

「この子は新しいお友達でね、影の妖精さんだよ!かわいいでしょおおお!?」

「あなたパウパウを飼う時も勝手に……あら?そういえばパウパウはどうしたのよ?」

「今日はランビーのとこに泊まるんだって!!晩ご飯がシチューなんだよ!?パウパウいいな~……」
(打ち合わせ通り!思ったより楽勝だな!!)

「あらそう……残念ながら我が家はカレーよ。食べたくなければいいのよ?」

「カレー!?まじ……本当に!?やったぁあああ!お風呂行ってくるーー!!」

 とりあえず、帰ってすぐにバレるようなことはなかった。
 姿がリシェルそのものなのだから、当然と言えばそうなのかもしれないが、やはり経験したことのない緊張がある。
 なるべく挙動を減らしてリシェルの両親に違和感を与えないように気を付けなければ。

「風呂場は、確かここ……洗濯物は、このカゴの中……」
(あぶねぇ!カレーに釣られてボロがでちまうとこだった!)

 何度となく遊びに来ているこの家は、もはや自分にとっては第二の家のようなものだ。
 間取りについては打ち合わせがなくても、お互い問題ない。
 が、リシェルの体となったランビーには、予想すらしていない数多くの試練がこの先に待っていた。

「むむ……な、なんだこれ!洗いにくっ!!か、絡まる……!!」

 頭一つ洗うにも苦戦する有様。
 周囲にさえ気を付けていれば良いという考えが如何に甘かったかを思い知らされていく。

「リシェル?いつまで入ってるの?早くしなさいよ。着替え置いておくからね!」

「え!?う、うん!ありがと!」

 さっさと出た方が賢明のようだ。
 まだ毛先まで洗い終えてない状態で頭からザッパーンと湯をかぶり、ブルブルと頭を振って水分を吹き飛ばす。

「着替えはこれか……わ!パンツちっさ!!」

 着たことも無い女性用の衣服は、むず痒く、全然落ち着かない。

「おう、リシェル!早くしねぇと、おまえの分のカレーも全部食っちまうぞ?」

「えぇえええええ!?ダメダメダメダメ!!」

「さ、ご飯にしましょ!」

 既に食卓についていたリシェルの父がリシェル、もといランビーを急かす。
 向かった卓上には、美味しそうなカレーが並んでおり、空きっ腹を猛烈に刺激した。

「いただきまーーーーす!」

「今日の収穫はそいつか?」

「うん!影の妖精さんだよ!新しいお友達なの!」

「相変わらず変なのに好かれるヤツだなおまえも……」

「危ない子じゃなければいいけど……あんまり心配かけるようなことはしないようにね?」

「う、うん!大丈夫!」
(封鎖区域に入ったどころか……こんなことになってるなんて、口が裂けても言えねぇ……)

「ランビーがいるんだから大丈夫だろ?あいつもガキとはいえ男だからな!リシェルをしっかり守ってくれるさ!」

「へへへ……いやいや……それほどでも……」

「ん?なんでオマエが照れてんだ?」

「あ……お、同じお宝トレジャーズの仲間だもん!仲間の喜びは、みんなの喜びなんだよ!!」
(な、なかなかやるぜ……リシェルの父ちゃん。策士だな……)

 会話が弾むとどうしてもボロが出そうになる。
 今日は早いとこ寝た方が良い。

「アタシもう寝るね!今日はたくさん冒険して疲れちゃった!」

「なんだ、珍しいな……毎晩夜更かしして怒られてるオマエが」

「う、うん!たまにはね!じゃあ、おやすみなさいーーー!!」

「……なんだぁ?」

 逃げるようにして、リシェルの部屋へと飛び込んだランビーは、真っ直ぐにベッドの上へと倒れ込む。

「あぁ……疲れた…………」

 仰向けに転がると、楽しそうに浮いている影の妖精。
 そういえばこの妖精には食事は必要ないのだろうか。
 あんなにもおいしいカレーだったのに。
 リシェルもご飯を食べ終えただろうか。
 ボロを出していなければいいが。
 もし、このまま二人の体が戻らなかったらずっとこんな生活を続けるのだろうか。 
 様々な考えが頭をグルグルと回る。
 頭を支えるいつもと違う枕の感触。
 こんな状態で寝る事なんてできるのだろうか。
 そんな思考とは裏腹に、体の疲労は限界を迎えていたのか、意識はすぐに虚ろになっていった……



――翌朝

「よしっ!いく……ぞ?」

 小鳥のさえずりが聞こえ始めた頃、いつものように目を覚ましたランビーが跳ね起きる。

「そうか……今はリシェルなんだった」

 これが夢であったのならどれほど良かったか。
 目覚めた直後に重たく圧し掛かってくる不安。

「いやっ!諦めるな!とりあえずはリシェルと合流だ!!」

 寝間着を脱ぎ捨て、いつもの見慣れたお宝トレジャーズ仕様の服に袖を通し、鏡の前で仁王立ち。

「……ん?何か足りない?おお!リボン、リボン!」

 結び方なんてわからない。
 それでもとりあえず胸元に結んでみる。

「……あれ?まだなんか違う……あ、三つ編み!」

 こればかっりは適当に結んでどうにかなるものでもない。

「わ!珍しい……もう起きたの?リシェル」

「あ……ママ」

「いつも言ってるでしょう?リボンはしっかり結びなさい。落としちゃっても知らないわよ?」

 そう言うと、ランビーの前で腰を落とし、慣れた手つきでリボンを結びなおしてくれた。

「ほら。三つ編みをやってあげるから」

 ちゃちゃっと綺麗な三つ編みを紡いでいく。
 なんだかくすぐったい。

「気を付けて行ってくるのよ!」

「……うん!!行ってきます!!」

 温かい笑顔は、自分ではなくリシェルへと向けられたもの。
 そう思うと、この人を騙しているのだと、すごくバツの悪い気持ちになってくる。
 早く元に戻らないと。
 家を飛び出したランビーは、自分の家へと駆け出した。

「リシェ……じゃなかった!ランビ~!!起きて~!」

 自分の家の前で、まだ寝ているであろうリシェルを起こそうと大声を上げる。

「リシェル?今日は起こしにきてくれたのね!」

 その声に最初に反応したのはランビーの母。
 いつもは起こす側のランビーが起こされる異常に驚きを隠せないようだ。

「う、うん!今日は大事な約束があるの!」

「そうかい。あの子、寝坊だけはしない子なんだけど、どうしたんだろうね……」

「き、きっと疲れてるんだよ!昨日は大冒険だったから!」

「おはよ~ランビ~!あ、影の妖精さんもおはよ~!」

「はぁ?何言ってんだいあんたは。ランビーは自分だろうに」

「き、きっと寝ぼけてるんだよ!ランビ~、しっかりして~!早く冒険に行くよ~!ランビ~!!」

「あ、あぁあ!よ、よしっ!今行くぜ、リシェル!」

「……?」

 ダメだ。
 長居をしてはきっとリシェルはボロを出す。
 早いとこ連れ出さないと。

「待たせたな!リシェル!行こうぜっ!」

「うんっ!」

 家を出てきたリシェルを連れたランビーは、そそくさと秘密基地へと向かい、早速作戦会議を開いた。

「まずは、じょーきょーおーこくだ!リシェル!」

「え!?そんな国があるの!?」

「あれ?じょーきょーほーこくか!?と、とりあえず、昨日の家での感じを発表するぞ!!」

「なるほど!!発表会って意味だね!?」

「俺たちの体が入れ替わっちゃったことは、まだ誰にも気づかれてない!!」

「うん!!ランビーのママたちにもバレてないよ!!打ち合わせ通りに頑張ったからね!!あ、ランビーのママのシチューすっごく美味しかった!!」

「だろ!?リシェルの母ちゃんのカレーも絶品だったぞ!!」

「え~!うちカレーだったの!?食べたかったよ~~!!」

「まあ、それはいったん置いておこう!他に気になることはなかったか!?」

「そういえばランビー、スカートちゃんと履いてるんだね!」

「え?だっていつもと違う格好だとバレちゃうかもだろ!?リシェルもしっかり俺のズボン履いてるじゃんか!」

「だってランビーの家にスカートなかったんだもん!」

「あっても履くなよ!バレちゃうだろ!」

「それからね、ランビーのパンツはズボンみたいで何だかスースーするよ!」

「それは俺も予想外だったぜ……リシェルのパンツはキツキツでなんか動きにくいな!」

「そんなことないよ~~~!!」

「ともかくだ!早いとこ元の体に戻らないといろいろと不便だ!」

「そうだね!でも、昨日は何回やっても影の妖精さんの中には入れなかったよ?」

「ああ……そこが問題だ。だから次は、じょーほーしゅーしゅーをするぞ、リシェル!!」

「えっと、えっと……いろいろ調べるってことだね!?」

「古より伝わりし言葉なのに、よく知ってたなリシェル!その通りだ!!」

「ってことは……昨日のとこにまた行くんだね!」

「何かヒントがあるとしたら、たぶんあそこだ!」

「うんっ!!」

「獲物は逃がさないぜ!ランビー!」

「全部いただくよ!リシェル!」

「二人揃って!お宝トレジャーズ!出発!」

 意気揚々と出発したお宝トレジャーズ。
 坑道を抜け、倒れた封鎖扉を超え、二人が落下した穴までの道を再び歩く。

「よぉし!俺が先に降りる」

「それってつまり、ランビーの体を使ってるアタシが先に降りたほうがいいってことなのかな?」

「いいや!ここは……あ、でも……これはリシェルの体なわけだよな……ん?」

「ランビーはもちろんランビーだけどアタシでもあるわけでしょ?ってことはアタシもランビーだけどもちろんリシェルでもあるわけでしょ?」

「すげぇな!何言ってんのかわかんねぇ!!」

「わかんないね!じゃあ一緒に飛び降りよう!!」

「そうだな!それならややこしくない!じゃあ三つ数えて飛び込むぞ!!」

「うんっ!じゃあいくよ~?」

「「いち……にの……」」

「さんっ!」

 一足先に飛び込んだのはリシェル。

「ちょ!?リシェル!?さん……はいっ!!だろ!?!?」

「えぇええええ!!ランビィィィ…………――――」

 瞬く間に闇の中に消えていったリシェルの姿。

「あわわ!!待てってば、リシェルゥゥゥ……――――」

 慌てて後を追いかけるようにランビーも穴へと飛び込んだ。

「――――……ゥゥゥウウウウ!」

――ドスンッ!

「ぐえっ!?!?」

「え!?うわぁあ!?リシェル!大丈夫か!?!?」

 落下地点にいたリシェルを押しつぶす形で着地したランビー。

「……い、いろいろ……口から……出そうだった……」

「飛び出してないな!?大丈夫そうだな!?あ、これって……俺の体がリシェルを守ったってことなのか!?」

「そ、そうだね、ランビー……守ってくれて……ありが……と!」

リシェルが落ち着くのを待って、再び祭壇の空間に足を踏み入れた二人。
二人の体が戻るためのヒントは果たしてここにあるのだろうか。

「もう、あの魔人さんはいないよね?」

「あぁ!それは大丈夫みたいだ!」

「でもここ、剣と弓が置いてあっただけで、何もないよ?」

「他にアテもないしな~……ん?どうした?オマエ」

 頭を悩ませる二人。
 そんな時、彼らを導くように、部屋の端の方へとフワフワ飛んでいく影の妖精。

「おい!待てよー!」

 壁際まで来たところで、影の妖精は足を止めた。

「あれ??何か書いてあるよ!?!?」

 遠目ではわからなかったが、埃を被った壁には、うっすらと絵が描かれているように見える。

「すー…………ふぅううううう!!」

 思い切り息を吸い込んだランビー。
 そのまま壁に向かって息を吹きかけると、激しく埃を巻き上げながら、徐々に描かれている絵が全貌を表し始める。
 なんとか埃を取り払い、絵をまじまじと観察する。

「あ!これってもしかして…………」

「あぁ!間違いないぜ!!」

 そこに描かれていたもの。
 二人の人物が影の妖精に飲み込まれ、体が入れ替わる様子。
 そして、大陸の果てで、二つの人物が黒い炎を手に入れて喜んでいる。

「この黒い火を手に入れろってことなのかなぁ??」

「…………」

「ん?ランビー?」

「リシェル。俺は決めたぞ!」

「うん??」



――翌日

 まだ誰も目覚めていないような早朝。
 ランビー、リシェル、パウパウ、影の妖精の二人と二匹は、人知れず村の入口に立っていた。

「ママ達、心配しないかな?」

「そうだなぁ……でも、前に読んだ絵本に書いてたぜ?別れは人を成長させるってな!」

「ホントに!?じゃあ明日になったら大人になってるかな!?」

「もちろんだぜ、リシェル!おまえも明日から、ボンッ!ボンッ!キュッ!キュッだ!!」

「うん!ここからがアタシ達の本当の冒険だね!!」

「あぁ!すぐに元の体に戻って村に帰ってくる!!すげぇ冒険者になって帰ってきた俺達を見たら、母ちゃんたちも驚くぜ!!」

「お宝トレジャーズの名を大陸中に響き渡らせよう!!」

「すげぇなそれ!それなら母ちゃんたちも心配しないぜ!!」

「あ、でもね、アタシはランビーの体のままでも別にいいよ?なんか、動きやすいし!」

「こらっ!それは俺の体だろ!!一生スカートも履けないぜ!?」

「ん?履いたらダメなの?」

「持ち主の俺が許さん!!」

「そうだ!伝説のカレー屋さんも見つかるかな!?」

「確かに!!世界は広いんだ……きっとどこかにあるぜ!!ビーフコロッケは付けてもらえるかな!?」

「え!?ずるい!じゃあアタシはソーセージ!!」

「それもいいな!それじゃあ、いくぜ!?」

「ちょっと待ってランビー!」

「なんだ、リシェル!?」

「そういえばね、ランビーの家では、晩ご飯に出てきたソーセージのことをウインナーって呼んでたの。何が違うの?」

「おいおい、リシェル。自分の必殺技にも使ってる言葉だろ?それくらい知らないと必殺技の使い手として認められないぞ?」

「えぇえええ!そんな……大変だよランビー!ソーセージとウインナーって何が違うの!?教えてよ!!」

「そりゃあ…………た、確か、ウインナーってのがファーストネームで、ソーセージってのはラストネームだ!!」

「そうだったんだ!アタシ、にょ~んとしてるのがウインナーで、シュッとしてるのがソーセージだと思ってた!!じゃあフランクフルトは??」

「……ミ、ミドルネームだ!」

「ウインナー・フランクフルト・ソーセージさん??」

「お、おう……たぶんな……」

「すごいよランビー!ランビーは物知りだね!」

「じゃあ、気を取り直していくぜ!?」

「うん!!」

「獲物は逃さないぜ!ランビー!」

「全部いただくよ!リシェル!」

「「二人揃って!お宝トレジャーズ!出発!!!!」」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 母ちゃん、父ちゃん、ママ、パパへ


 とつぜんですが、俺たちお宝トレジャーズは大陸を旅することにしました。

 理由は聞かないでください。

 いつか絶対に帰ります。

 パウパウと妖精さんの世話もサボりません。

 お勉強も頑張ります。

 好き嫌いもしません。

 だから探さないでください。

 帰ったら母ちゃんのシチューが食べたいです。

 生卵は三つでお願いします。

 アタシはママのカレーが食べたいです。

 ウインナー・フランクフルト・ソーセージさんをたくさん入れてください。

父ちゃんに負けないアツイ男になって帰ってきます。

 パパに負けない丈夫な女になって帰ってきます。

 お宝もいっぱい持って帰ってくるので、新しい秘密基地を作るの手伝ってください。

お姫様ベッドとだいりいしのお風呂も付けてください。

 お返しに、我が家をお城にするのを手伝います。

 ママとパパの銅像も作ります。

 だから心配しないでください。

 できたらたまにお手紙書きます。


 ランビー、リシェルより
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
+ 星射必中の麗弓リオーネ
-1ページ目-
 リオーネおじょう様。
 ラグーエルのぼうえき全体をかんりするウィース家のごれいじょうです。
 わたしは本日から、おじょう様の「しつじ」としてはたらくことになりました。
 これから、ぜん力でがんばります。


-220ページ目-
 だんな様はおじょう様をでき愛しています。
 先日、おじょう様が街の兵たいさんの弓を見て「私も習いたい」とお話すると、遠くイエルから弓の先生をお呼びになりました。

 おじょう様には自由に生きてやりたいことはとことんやらせる。

 だんな様の教育方針はかたよってはいますが、おじょう様はとても楽しそうにお過ごしになっているので、すばらしいお父さんなんだと思います。


-758ページ目-
 ラグーエルの治安の向上にはもっと街に灯りが必要だと旦那様が話していたのを聞きつけたようです。
 お嬢様は突然、「ミールのランプが欲しい」とおっしゃられて、今は馬車に揺られております。
 ミールのランプには魔力が込められているという噂話を先ほど嬉しそうにお話しておりました。

 長旅に少しお疲れでしょうか…よく眠られております。
 お嬢様はいつでも信念をお持ちになり、誰よりも先に行動なされます。
 私はお嬢様がお望みとあらば、その願いを叶えて差し上げたいのです。
 ミールまではあと2日。
 このまま、何事もなければそれでいいのです。
 何事もなければ。


-1211ページ目-
 市民からの評判も高いウィース家。
 海賊や山賊の情報を手に入れては傭兵を雇い問題を解決する、街を愛する、由緒正しい家系。
 本日も海賊を討伐したと報告が御座いました。
 お嬢様もお喜びになっているようです。
 私はウィース家の執事として、リオーネお嬢様の身の回りのお世話をする事に誇りを持っております。

「何があってもお嬢様をお守りする」

 この屋敷に務める時に旦那様と交わした約束が、私の信念と言っても過言では御座いません。


-1897ページ目-
 本日、お嬢様はアスピドケロンの弓の大会に出場されました。
 大会で初の女性、しかも最年少の記録を出し優勝。
 さすがでございます。
 応援に駆けつけた旦那様と、泣いて喜んでしまいました。
 後日、改めて無礼を謝らなければ……。
 ラグーエルに戻る船の中でお嬢様は将来の夢の話をされました。

「お父さんのような優しくて力のある人間になりたい」

 素晴らしい夢に、私は感動を覚えました。


-4338ページ目-
 最近、ラグーエルの商船が何度も海賊に襲われている事に、旦那様が頭を悩ませているようです。
 本日、傭兵を雇い、海賊退治を命じたとか。
 お嬢様は私がお出しした紅茶が口に合わなかったのか、部屋に閉じこもったままお食事も取られません。
 マーニル産の紅茶のように、香りの強いものは今後控えた方が良さそうです。


-4346ページ目-
 旦那様が雇った傭兵はニセの商船を作り、海賊に襲われている海域へと赴いたようですが、海賊は現れず、失敗に終わったとのことでした。
 難しい顔をされている旦那様に掛ける言葉が見つかりません。
 お嬢様は数日前から自室に篭もったままです。
 この話が耳に入っていなければ良いのですが……。


-4348ページ目-
 本日、お嬢様から私にお話がありました。

「一緒に商船に潜り込もう」と……。

 どうやらこの話を知っていたようです。
 大反対をしたのですが……お嬢様は聞く耳を持ちませんでした。
 お一人で行かせる訳にはいきません。
 明日、商船に乗り、海賊が出るのを待つ事にします。
 どんな事があろうと必ず私がお嬢様をお守りいたします。


-4349ページ目-
 間もなく海賊が出ると言われている海域です。
 お嬢様からは、着いたら起こしてくれと頼まれておりますが、時が過ぎるのを待ち、明日の朝ラグーエルへ戻りましょう。
 文句は言われるでしょうが、お嬢様の安全が一番です。
 このまま、何事もなければそれでいいのです。
 何事もなければ。


-4350ページ目-
 さて、どこから記せば良いでしょうか。
 まだ私自身、混乱が収まりません。

 敵の船が見えてから、船内は慌ただしい雰囲気になりました。
 お休みになられていたお嬢様も起きてしまい、海賊が出た事を悟られました。
 お嬢様を船底に近い物置へ案内してから、決して出ないようにとお伝えし、私一人で海賊と戦う事を決めました。

 甲板で敵の船を睨みつけていると、見張り台から声がしました。
 何事かと見上げると、見張りの男が半分落ちかけていて、弓を構えたお嬢様がおりました。
 そのまま、海賊に向けて弓を放つお嬢様を、止める時間は私に御座いませんでした。
 上空へ放たれた矢は雲の中で魔法陣を作り、その魔法陣から無数の矢が船に降り注ぐと、更に巨大な閃光が、船体を貫きました。

 大会で拝見した大技は更に強大になり、私は目を丸くしました。
 敵船はそのまま海へと沈み、バラバラになった木片だけが浮いておりました。

 商人たちはとても喜んでおりましたが、私は気が気ではありませんでした。
 お嬢様にお怪我がなかった事に喜ぶべきなのでしょうか。
 海賊を打ち負かし、ラグーエルを救ったお嬢様でしたが、旦那様になんとご報告をすれば良いか……。


-4351ページ目-
 ラグーエルに戻り、1日が経ちましたが、私は激しい後悔の念に押し潰されています。

 お嬢様が沈めた船は……

 現在ラグーエルを支配下に置く帝国軍の船でした。
 帝国は船を沈めた犯人を血眼になり探しているとの事。
 私がお嬢様を止めてさえいればこんな事にはならなかったのに、なんという事をしてしまったのでしょうか。
 お嬢様にこの話が届けばさぞ悲しまれる事でしょう。
 旦那様にお嬢様の事は黙って、私がこの事件の主犯だとすれば、私は帝国に差し出され、お嬢様は無事で済むでしょうか……。
 それでもウィース家の名に泥を塗ってしまうとは思いますが…。

 今から準備をして、明朝、旦那様にご報告に行きます。
 この日記も今日で最後になる事でしょう。


-4352ページ目-
 なんという事でしょうか…。
 この日記がお嬢様の部屋にありました。
 昨日のページが開かれたままで…。
 お嬢様は屋敷の中におりません。
 どこへ行ってしまわれたのか……。
 全て私の責任で御座います……。


-4353ページ目-
 ふと思いたった嫌な想像は、どうしてこうも当たってしまうのでしょうか。
 お嬢様の行きそうな場所を片っ端から走り回りました。
 ふと頭に過ぎったのは、ラグーエルの地下水路にある反帝国軍のアジト。
 帝国と戦う事を決めたのなら、お嬢様はこの門を叩くかもしれません。

 踏み入ると、お嬢様が入隊の交渉をしている真っ最中でした。
 屋敷に戻るようにお話をしましたが、やはり聞く耳は持って貰えませんでした。
 しかも、反帝国軍の頭首の男から「ここを知られてただで帰す訳にはいかない」と、退路まで塞がれてしまいました。

 槍や剣を突き立てる兵士達に、私も短剣を持ち構えた所、頭首の男は少し驚いた様子でしたが、直ぐに顔を変えて、「その男も一緒だというなら入隊を認める」と言い放ちました。

 お嬢様はしてやったりという顔。
 そのまま反帝国軍への入隊を許可されてしまいました。


-4354ページ目-
 旦那様に事の経緯を説明しました。
 大変心配されているご様子でしたが、少し考えた後、お嬢様を任せると私の肩を叩かれました。

「自由に生きて、やりたいことはとことんやらせる」

 その信念は今も変わらないと…。
 お嬢様と共に行動する事を、ウィース家の…お嬢様の執事として最後まで職務を全うしろとのお達しを受けました。
 あのお方には頭が上がりません。

「何があってもお嬢様をお守りする」

 この人生、最後までお嬢様に捧げる事を、ここに誓わせて頂きます。

-ウィース家執事 レスターの日記-
+ 天衣の雷弓カグラ
 真紫月(しんしづき)の夜。
 そのヴァンパイアは、男が力なく倒れるのを見届けると、何やら詠唱を始める。
 目の前の男は立ち上がり、何事もなかったかのようにヴァンパイアの前から立ち去った。

「もう少しだ姉さん……!俺が絶対――」

 紫に光る月は、不気味に村を見下ろしていた。



――――花園の都ラキラから伸びる街道

「うるさい!!付いてくるなと言うのが聞こえないのか……!!」

 ポロンとハープリュート鳴らしながら、懲りた様子もなく笑顔を向けてくる男。

「大丈夫だよ!君と生きていく事を決めたんだ!だから一緒に旅をしようじゃないか!」

「くどい……。耳障りなキリギリスが!!」


 この蝿のような男が最初に話しかけていたのは、背後にあるラキラの街中だ。
 突然、“運命の人”等と訳のわからない事を言い始めたかと思えば、何を言っても離れようとせずにここまで着いてきてしまった。

「そろそろ教えてくれないか?この辺ぴな街道の先に何があると言うんだい?」

「藻に話す程私は暇じゃない。帰れ」

 彼が疑問に思うのも当たり前だろう。
 この街道を進み、更に南西に進んだ先にあるエナン村の存在を知る者は少ない。
 現にラキラの住人に話を聞いて回っていたが、その知名度はかなり低かった。
 大陸でも数少ないヴァンパイアがいると噂があるその村の調査が目的だと言っても、この男は馬鹿にするだけだろう。

 学者であったカグラの父。
 人間、エルフ族、ガルム族、龍人族、魔物と、様々な生き物を研究していた父が、本物に出会えずにいたただ一つの人種、ヴァンパイア。
 その概念は様々な書物で確認する事が出来たが、その殆どは姿を消しており、現在ではその姿を見たものはおろか、存在を否定する者まで現れた。
 30年前、“終端の岬”に居たとされるヴァンパイア王が封印されたことに、その脅威は世界から無くなったと言われていた。
 しかしここ数ヶ月、ヴァンパイアがまた現れたという噂がカグラの耳に届く。
 詳しく追っていくと、一つの小さな村に情報が集束していった。

『普段人が出歩かない真紫月の夜に不気味な音が聞こえたらしい』
『いい歳の筈なのに、外見が変わらない若い男がいるらしい』

 明確な目撃情報ではないにせよ、書物に記されているヴァンパイアの特徴に合致する話は、これまで何の情報も得られなかったカグラにとって、調査に踏み切る十分な動機になり得た。
 亡き父の跡を継ぐという名目もあるにはあるが、この時彼女の大半を占めていたのは“知りたい”という知識欲だった。


「ここか……」

 小さな柵で囲まれた長閑(のどか)な村に辿り着いた。
 ここがエナン村。

 足を踏み入れようとしたその時、甲高い声が飛んできた。

「おーい!そこの方~~!!」

 声の方向に目をやると、こちらに手を振りながら近付いてくる小柄な人影が見える。
 白い布を重ねたような服装は、ラキラの街で見たそれとも少し違う独特な雰囲気。
 上下左右に揺れる布の隙間からかわいらしいオヘソが見え隠れしていて、健康的な印象を受ける。
 艶のある綺麗な栗色の髪をなびかせながら、カグラ達の元までやってくると満面の笑みで喋りだした。

「観光ですか?こんな辺ぴな村によくおこし頂きました!私はこの村のガイドをしております!長旅でさぞお疲れでしょう!どうぞこちらへ~~!」

 ガイドと名乗る人物は、左手を村の奥へ差し出す。

「あの角にあるのが私の家です!奥に見える離れで荷物を下ろして疲れを癒やして下さいね~~!中で簡単な入村の手続きだけお願いします!」

 ガイドの指した方向には、一見ただの民家に見える平屋の建物が見えた。
 そのまま中へと案内され、言われるがまま椅子に座る。
 机の上に名簿のようなノートが開かれている。
 どうやら入村者の記録らしい。
 日付を注意深く見ると、2ヶ月に1、2人のペースで誰かしらが訪れている事が分かる。

(この中に、ヴァンパイアの情報を外に出した人間がいると考えて間違いなさそうだな)

 カグラは名簿からこれ以上探れる情報は無さそうだと、顔を上げて辺りを見渡す。
 ふと、暖炉の前に背中を丸めて車椅子に座る老人が目に止まった。
こちらに背を向けたままカグラ達に一切興味を持っていないように見える。

「あ、あの人は私の唯一の家族なんですけど、ちょっと喉が悪くて話す事ができないんです」

 カグラの視線に気が付いたのだろうか、ガイドが笑顔で老人の元に走っていく。
 車椅子の取手に手をかけると、老人をこちらに向けた。

「久しぶりのお客さんですね。今日から2、3日ご滞在予定のようですよ」

 ガイドは優しく老人の耳元で話す。
 背格好から推測するに、老人は女性だろうか。
 手入れの行き届いた長い髪は後ろに整えられていて、ガイドが良く世話をしている事が伺える。

「今日はちょっと具合が良くないみたいで……すみません。ごめんね。無理させちゃったかな?戻りましょうね」

 ガイドは車椅子を押してまた暖炉の前に動かした。

「それではこちらに記入をお願いします!」

 ペンを渡されて、名簿のようなノートが改めてカグラの前に差し出された。
 上に習って名前を記入して、横の男にペンとノートを回す。

「君はカグラっていう名前なんだね!素敵な名前だ!マリーヴィアから来たのかい?」

 男は、ノートに記入したカグラの情報を見ながら目を輝かせていた。
 “どちらからお越しになりましたか?”という項目に書いた、母と住んでいた街。
 一人置いてきてしまった母の顔を浮かべる。

 たまには手紙でも送ろうかと考えていると、ガイドが話しかけてきた。

「お二人とも記入頂いたようですね」

 机の上に目を落とすと、ノートに記入したカグラの筆跡の下に、隣の男の情報が並んでいる。
 名はギルバートというらしい。

「では、ご宿泊頂く離れにご案内致しますね!」


 ――ガイドの家:離れ


 ガイドが一通りの説明をしてから立ち去ると、ギルバートが口を開く。

「それで、この村に何をしに来たんだい?」

(ここまで着いてきてしまったのなら仕方ない、どうせならこの村の調査を手伝わせるか……)

 何かを諦めたようにカグラはひとつため息を吐く。

「私はこの村から出ているヴァンパイアの噂の調査をする為にここまできた」

 30年程前まで、大陸の南東、イエル付近に位置するコレーズ村で騒がれていた事件。
 当時、コレーズ村の人間が次々と失踪し、その主犯は村の近くに古城を構えるヴァンパイアであった。
 事件の真相を掴んだのはソーンから派遣された聖騎士で、その聖騎士はヴァンパイアの封印に成功したと聞く。
 それから長い年月をかけて、ヴァンパイアの起こしていた事件は徐々に風化していた。

「ここ最近、ヴァンパイアの噂が再び浮上してきた。一節によるとヴァンパイアが復活し、どこかに潜伏しているらしい」

「なるほど……」

 ギルバートから先程までの笑顔が消える。

「ヴァンパイアの特徴は聞いた事があるか?」

「確か……ヴァンパイアは生き物の生き血を吸う。それから魂を操る事ができるとか……。あと、ヴァンパイアには性別がなく、人間で言えば男性……?そう言えば、真紫月の夜にその力は高まる……寿命が凄く長いっていうのも聞いた事がある」

 意外にもこの男はある程度の知識があるようだった。

「魂を操るというのは噂が生んだ誤認だ。実際は血を吸った者を支配下に置くことが出来るらしい。ヴァンパイアの支配下に置かれた人間は、自由に操る事が出来る上に、情報の共有までできるそうだ。それと、性別がない訳ではなく、男性しかヴァンパイアにはならない。ヴァンパイアの家系に女性が生まれた場合は普通の人間と変わらないそうだ」

「それは……知らなかった」

「いや、お前は比較的知っているほうだ」

「僕は流離いの吟遊詩人。旅を続けながら様々な街の人から話を聞いていると、色々な情報が舞い込んでくるのさ~♪」

「……なら話が早い。このエナン村でヴァンパイアの情報と酷似する噂が流れてきた。ヴァンパイアが潜伏している可能性が高い。私は、ヴァンパイアという生き物を調べる為にこの村にきた」

「ふむふむ。なら、僕に手伝える事はあるかい?」

 打診しようとした事を自分から口に出したギルバートに少し驚いた。

「まずは村人への聞き込みだ。直接その話題には振れないようにしながら、ヴァンパイアの尻尾を掴む。できるか?」

「勿論!愛する人の為だったらなんだってするよ!」

 急にトーンを上げて立ち上がるギルバートを睨みつけるカグラ。

「調子に乗るなよ……。お前に気を許した訳ではないからな」

「えへへ!さっきまではろく話してくれなかったのに、沢山お話ができた!これは恋の前進だ~♪」

「……このスズムシが!!」


――――村の中


 帽子にぽっかりと空いた真新しい穴の隙間から、空を見上げるギルバート。
 太陽の位置から、恐らくあと数刻で日は沈むだろう。
 カグラと共に調査をする事になったからには、上手く話を聞き出して良い情報を手に入れる。
 それが出来れば、彼女の自分の評価が上がる筈だ。
 焦る思いを落ち着かせる為に一度深呼吸をしてから、気を引き締めて足を踏み出す。

 ガイドの家から道沿いに進むと、民家が並ぶ住宅地に出た。
 しかし道には人影がなく、閑散としている。
 小さな村なのだから仕方ないのかもしれないが、住人は何をしているのだろうか。
 ふと、家と家の間に細い路地が何本か出ているのを見つけた。
 路地を進むと、住宅地の裏手には畑が広がっており、畑仕事をしている住民の影がポツリポツリと見える。

「やぁ!こんにちは!何を作っているんだい?」

 あくまでも自然に、この村に旅の途中で立ち寄った旅人として話しかけていく。
 今までずっと吟遊詩人としての旅をしてきたのだから、今まで通りやれば問題はないはず。


 カボチャを作っている男(35歳前後)
『変わった事?そんなもんないよ。この村は平和だ。今までもこれからもずっとそうさ』

 村の周囲の柵の補強をしている男(50歳前後)
『なんだ?見ねぇ顔だな。見りゃ分かるだろ。今俺は忙しいんだ』

 麦の収穫をしていた女性(40歳前半)
『最近うち旦那が、肩凝りが辛いってうるさくて、毎日マッサージさせられてるのよ』

 薪を割っていた男(50歳前後)
『最近この村には子どもが少なくなった。若い連中がどんどん出稼ぎに出ちまうんだ』

 庭で酒を飲む男(30歳後半)
『そこのお嬢ちゃん可愛いな!マリーヴィアってのは美人が多いのかい?兄ちゃんの恋人か?はっはっは!』

 農作業から帰ろうとしていた男(40歳前半)
『あそこ家の犬、最近夜になると吠えてうるさいんだよ……』


 会話の中でヴァンパイアに繋がるかもしれないと思った証言を記したメモに、上から目を通していく。
 もしこの村に本当にヴァンパイアが潜伏しているのだとしたら、この中にヒントがある筈だ。
 カグラは何かを考えるように顎に手を当てていた。
 彼女は彼女なりに情報を整理しているのだろう。

 メモを読み返し終わると、ふと自分の影が西日に照らされて長く伸びている事に気が付いた。
 農作業をしていた住民達も家に帰ろうとしている。
 そろそろ戻ろうとメモをポケットに入れて引き返そうとすると、村の外れの一軒家に向かい、大男が歩いているのが目に入る。

 何やらキョロキョロと周りを見ている大男は、何かを警戒しているようにも見えた。

(話を聞いてみるか……)

 大男を今日の最後の調査対象としようと考えて、小走りで近づいていくギルバート。
 荒々しいヒゲを顎につけた大男がギルバートに気がつくと、睨みつけるような目が見えた。

「こんにちは……いや、こんばんは?もうご帰宅かな?」

 ギルバートが大男に話しかけるや否や、大声で怒鳴り散らした。

「なんだてめぇら!?よそ者は早く村から出て行け!」

 肌にビリビリと痛みを感じるような怒りを込められた気がした。
 大男はそのまま自分の家であろう民家に入ると、バタンと大きな音を立ててドアを閉めた。

「なんだアイツ……」

 村に来てから、多少はよそ者を煙たがる人はいたものの、こんなに敵意をむき出しにされたのは初めてだ。
 首を傾げながら少しばかり大男の入っていった家を眺めた。
 家自体は特に変わった様子はないが、その家の周りには真新しい塀が建てられており、家をぐるりと一周している。
 何かから家を守るように建てられた塀は、今まで見てきたエナン村の民家にはない特徴だった。
 家の近くに2階建ての離れがある。
 この村では家の敷地内に離れのある家が珍しくないらしい。
 少し気にしつつも、メモに残し、その場を後にした。


――――ガイドの家:離れ


 離れに戻ると、夜がやってくる。
 今日の成果のメモにまた目を通していると、玄関のドアをノックする音が聞こえた。
 ギルバートがドアを開けると、食事を乗せた盆を持ったガイドが笑顔を見せる。


「お食事はこれで以上になります!」

 机の上に何品もの料理を並べ終えると、ガイドは笑顔を向けた。

「すごく豪華だな……。これを全部一人で作ったのか?」

「お二人が私の家から出た後から、ずっとキッチンで下準備していましたからね!久しぶりのお客様なので、ちょっと張り切り過ぎちゃいましたかね?」

「あまり構わなくてもいいのだが……」

「そんな事言わずに!せっかく作ってくれたんだ!ありがたく頂くとしようよ!」

「そうだな」


 食事が終わってからも、カグラはギルバートのメモを見ながら考え込んでいた。
 すると急に何かに気が付いたように顔を上げると、ふっと口元を緩める。


「噂を追ってこんな村まで来たが、どうやら当たりを引いたようだな」


――――深夜


「姉さん!あと少し待ってろ!俺が必ず数を揃えてやる!!」

 夜の帳が下がり、静まり返った村の中に、暗躍する2つの影が浮かんでいた。


――――調査2日目


 その日も2人で村人の聞き込みを続けるカグラとギルバート。
 村人の間でも2人の事は噂されているようで、『お前達か』と言われる事もあった。
 小さなエナンの村であればコミュニティが強く、何かあればすぐに広まるのだろう。

 2人は村で唯一の商店街にやってきた。
 商店街と言っても、村人同士がやりとりする小さな店が数件あるだけで、1時間もしない間に全ての商品に目を通す事の出来る小じんまりとしたもの。

 家具店や文具店の後、衣服を売っている店に入った。
 中に店員の姿は見えず、店内は静まり返っている。
 ただ、それは殆どの店がそんな状態で、店内の奥に向かって声を出さない限り店員は出てこなかった。
 長閑な村の商店街なんてそんなものなのかもしれない。

「おい、少し向こうへ行っていろ」

 カグラが急にギルバートに指示を出した。

「どうしたんだい?いきなり……」

「新しい下着を調達するんだ。分かったらさっさと行け」

 ギルバートを店の外に追い出すと、早速商品を見て回る。
 これだけ小さな店なのだから、消去法で選ばざるを得ないかと覚悟していたが、思ったよりも豊富な種類を取り揃えていた。

 ふと、窓の外に大きな影が近づいてくる。
 大柄な体型に顎に生やしたヒゲ。
 昨日最後に話しかけた、あの怪しい大男だった。

 咄嗟に近くの試着室に身を隠す。
 幸いな事にしっかりと足元まで長いカーテンが伸びているので、閉まっている事を不審に思わなければバレる事はないだろう。
 大きな音を立てて入り口のドアが開いた。

 乱暴な足音を立てながら店内を物色しているであろう大男。
 もしかすると自分を探しているのではないかと、カグラの頬に汗が流れる。
 注意深く物音を聞いていると、カグラが身を潜めている試着室から少し離れた所で、乱暴な足音はピタっと止まった。

「うーむ……これか……?」

 何か悩んでいるようなうねり声が聞こえてくるので、そっとカーテンに隙間を作って店内の様子を覗いてみると、大男は先程カグラが見ていた女性物の下着コーナーで腕を組んでいる。

(あんな大男が……女性物の下着……?)

 少ししてから、大男は頭をガリガリと掻いた後、いくつかの下着を手に取り店の奥へと歩いていった。

「おい!爺さん!これを売ってくれ!!」

 店内に荒々しい声が響き渡る。
 少ししてから、店の奥から杖を付く音が聞こえてくると、大男とは対象的に弱々しい老人の声が聞こえてきた。

「おや……珍しいのぉ……」

「いいから早く勘定しろ!いくらだ!?」

 何やら少しやり取りをした後、硬貨がジャラジャラと置かれる音がした後、また大きな足音が聞こえてくる。
 大男がカグラの視界に入ると、大きな紙袋を抱えていた。

(あれだけの買い物をしていったのか?)

 大男が店の外へと出てから少し時間を開けて、カグラは試着室のカーテンをそっと開いた。
 店の老人は既に奥へと行ってしまったようで店内に人の気配はない。

 大男が物色していた下着コーナーを見てみると、つい先程まで並んでいた商品が殆ど姿を消しており、残っているのは色気のない紺や茶の下着。

(あの男が買い占めていったという事か……?)

 カグラは顎に手を当ててしばらく考えていたが、これは確かめる必要があると横の棚に置かれたハンカチを手に取ると、店の奥のカウンターで店員を呼び出した。

 しばらくすると、また杖の音が聞こえてきて、シワシワになった老人が出てきた。
 会計をしながら、カグラは老人に尋ねる。

「つかぬことを伺うが、先程買い物をした男は妻がいるのか?」

 その時、老人の目が一瞬動いたような気がした。

「いやぁ……よく知らんな……。どうしてだい?」

「いや、少し気になっただけだ。ありがとう」


 会計を済ませると、カグラは急ぎ足で店を出た。
 商店街の外で待っていたギルバートを見つけると、人気のない路地裏に連れていく。

「おい、さっきの大男に見つかっていないだろうな?」

「あぁ、大事な君がどうにかされちゃうんじゃないかと思ってハラハラしたよ……。大丈夫だったかい?」

 カグラは考える。

(あの大男は何かおかしい。あの余裕のなさ……。何故家を塀で囲む?何かを隠す為?何を隠している?女性物の下着を購入したという事は男の家に男以外の何者かがいると考えていいのか……。何故店の店主は大男の事を知らない?こんな小さな村なのだ。どこの家に誰が住んでいて家族構成がどうなっているか程度分かるだろう。という事は……店主も嘘をついている……?)

 確証はないが、ヴァンパイアに何か関係があるかもしれない。

「ギルバート。あの男の家を調べるぞ」


――――村の中


 2人は慎重に道を選びながら大男の家を目指していた。
 道中、あの男に見つかれば何をされるか分かったものじゃない。
 仮にあの男がヴァンパイアだとしたら、血を吸われて支配されてしまうのだから。

 頭に叩き込んだ村の地図を頼りに、出来るだけ人気のない道を選択しながら大男の家に近づく。
 家を囲む塀が見える位置まで来ると、遠目から様子を伺う。

 家は静まり返っていた。
 離れの様子も昨日と変わらずに沈黙を守っている。
 2人は家の様子を静かに監視し続けた。


――――その頃


「悪いな姉さん……随分と待たせた!だが聞いてくれ!今から、最後の一人を支配する!これで帝国のバカ共に頼まれた人数になる!そしたら……姉さんも!!」

 男は少し震えながら、その時を待った。


――――夕暮れ時


 今まで沈黙を守っていた大男の家に動きがあった。
 離れの2階の窓に明かりが灯ったのだ。
 息を飲むギルバート。

(あの男は中にいたのか……?)

 カーテンの隙間から女性の顔が覗き込んだ。

(まずい……!)

 咄嗟に身を隠す。
 物陰から顔を少しだけ出して、見つからないように観察しているとカーテンがその姿を隠した。

(あの女性は誰だろう……。大男が購入した下着は、あの女性の物だったという事か?)

 その時、カグラが声を掛けてきた。

「もう少しここから様子を見ていろ。私は少し他を当たる」

 カグラはそのまま、音を立てずにその場から離れると、夕日の中に消えていった。
 ギルバートは言われた事も忘れたように、きょとんとカグラの後ろ姿を眺めていた。


 するとその時、塀のある家の方角から叫び声が飛んでくる。

「てめぇ!!何してんだ!!」

 急いで視線を戻すと、大男の家の前で2人の人影が見える。
 大男が、誰かを後ろから羽交い締めにしているようだ。

(あれは!?何が起きてるんだ!?)

 羽交い締めにされているのは、見覚えのある顔。

「やめてください!!」

(あれは……ガイド……!?)


 大男はガイドをがっちりと捕まえて家の中に引きずり込もうとしている。

「何をするんですか!?」

「うるせぇ!!てめぇこっちに来やがれ!!」

 そのまま大男の家の中に連れ去られ、家のドアがバタンと音を立てて閉まった。

(まずい……!これはまずい……!!)

 ギルバートはカグラの去った方向を見るが、その影は見えない。
 タッチの差で事が起こってしまった。
 しかし、あの状況は絶対に見過ごすわけにはいかない。
 意を決したギルバートは立ち上がり、大男の家に突入する。
 ドアの前に立つと、渾身の力を込めて思い切りドアを蹴破った。

「そこまでだ!!やめろっ!!」

 目の前に飛び込んできた光景は、大男がガイドを押し倒して殴りかかろうとしている所だった。
 大男が振り返りギルバートの顔を見ると、物凄い剣幕で罵声を浴びせた。

「邪魔するんじゃねぇ!!これで全て終わりにするんだ!」

 苦しそうなガイドの顔が見えて、一刻を争うと直感したギルバートは魔法を詠唱する。
 強い風が具現化していく。
 そして衝撃派を伴った風は大男へと真っ直ぐに飛んでいった。
 大男は為す術なく吹き飛ばされる。
 大きな音を立てながら壁に激突するが、すぐに立ち上がり怒りの矛先をギルバートに向けた。

「てめぇ!!何しやがる!!」

 鬼の形相の男は立ち上がるとギルバートに掴みかかる。
 回復魔法を得意とするギルバートには、この強靭な大男を一撃でどうにかする事は出来なかったようだ。

「まずい!!」

 咄嗟に構えるギルバートに男の拳が振り上げられる。
 それと同時に、男の口が動いた。

「てめぇらもこいつの仲間なんだろ!!よそ者共が!!」

(仲間……?)

 ギルバートは、何か、その言葉に引っかかった。

 次の瞬間、顔の右側に強烈な衝撃が走り、ギルバートの視界が揺れる。
 男の拳が襲ってきたのだと理解した時には、次の一撃が振り下ろされようとしていた。

(なんだよこいつ……!)

 必死に抵抗しようとするが、華奢なギルバートの腕力ではどうする事もできない。
 次の衝撃に備えて目をギュッと瞑る。

 その時、ある声がその場を制圧した。


「静まれ!!」


 その声をよく知っているギルバートですらゾクっとする寒気を背中に感じた。
 どこかに行っていたカグラがどうやら戻ってきたらしい。
 カグラの声で、暴れていた大男も動きを止めた。

「てめぇも仲間か!!」

 大男はカグラを睨みつけ、ギリギリと歯を食いしばる。
 対象的に、カグラは落ち着いた様子で口を切った。

「聞いてくれ!僕は今この目で襲いかかっているのを見たんだ!こいつがヴァンパイアだ!」

 カグラは真剣な表情で一つ頷いた。

「あぁ、お前に言われなくても分かっている」

 大男はその声を聞くと、急に牙を抜かれたように静まり返る。

(カグラ……君は何か証拠を掴んだのか……?この男がヴァンパイアだという証拠を……)

 ギルバートは、痛む顔を抑えながら、立ち上がった。
 カグラは弓を構える。
 その矢の先は、ギルバートの予想していない方向を向いていた。


「全部話して貰おうか?ガイド……いや、ヴァンパイア」


 ギルバートは、大男とガイドを何度か往復するように視線を泳がせる。
 ガイドは、黙ってカグラを見つめていた。
 カグラは言葉を続ける。

「言っていなかったが……お前は気が付いているだろう。私達がこの村にヴァンパイアの調査に来ている事を」

 ギルバートにはガイドの顔が少し歪んだように見えた。

「私達は村人に聞き込み調査をした。村の住人に最近この村で気になった事を聞いていた程度だが……ある男が本来持ち得ない情報を出してきたんだ」

「持ち得ない……情報……?」

 思わずギルバートが口を挟んだ。

「ギルバートは覚えているか?『マリーヴィアってのは美人が多いのかい?』と言われたのを」

 ギルバートは急いでポケットの中からメモを出す。
 確かに昨日の調査の中で聞いた話。

 庭で酒を飲む男(30歳後半)
『そこのお嬢ちゃん可愛いな!マリーヴィアってのは美人が多いのかい?兄ちゃんの恋人か?はっはっは!』

 しかし、これはカグラと自分が恋人に見られたという事が嬉しくて思わず書いた事。
 いったいそれがどうしたというのだろうか。

「あぁ、たしかにそう言っていた酔っぱらいがいたけど……」

 カグラはギルバートに確かめる。
 いや、正確にはガイドに確かめるように言った。


「何故、あの男は私がマリーヴィアから来たと知っていた?」


「あっ――」

 ギルバートもさすがに気が付いた。
 その情報はこの家に来た時に記入した、あの名簿に記入したっきり誰にも話していない。
 それを知っているのは、この家にいる者……。

 ガイドがその声に重ねるように口を挟む。

「待ってください!私が村の人に教えたんです!今マリーヴィアとアルモニアからのお客さんが来ているって――」

 今度はギルバートが口を挟んだ。

「それは出来ないよ。何故ならあの日、夕食の料理を広げた君はこう言っていた。『お二人が私の家から出た後から、ずっとキッチンで下準備していました』と。どうやったらキッチンに篭っている人が、外にいる村人に教えられるのかな?」

 ガイドは黙ってギルバートを睨みつける。
 カグラがその答えを出した。

「ヴァンパイアの支配。思ったよりも自由に操る事が出来るみたいだな」

「違います!何故そうなるのですか!?」

 ガイドは取り乱したように声を荒らげる。

 それを聞いて、今まで黙って聞いていた大男が口を開いた。

「いい加減吐きやがれ!考えれば半年前、てめぇがこの村に来てから、村の人間がどんどんおかしくなっていくのを俺は見ていた!遂に俺の妹にまで手を出そうとしやがって!!ただじゃおかねぇぞ!!」

(この村に来てから……?じゃあガイドは……)

 家の中に沈黙が広がる。

(この大男は自分の妹を守っていたのか……?だから家にあんな塀を……?妹を離れに閉じ込めて、下着まで買ってきていた……?)
 黙って何も言わないガイドを、カグラが更に追い詰めていく。

「私はその大男が店で女性用の下着を買う所を見ていた。お前はそれに気づかずに、私達をここに近づけない為に店の主に嘘を付かせたようだが……それが命取りだったな」

 その言葉を聞いたガイドは、この場に自分の味方がいない事も、言い逃れが出来ない事も悟ったのだろうか。
 静かにぽつりぽつりと言葉を床に落としていく。

「もうすぐだったんだ……姉さんの病気を治せたんだ……あと一人で……約束の人数だったんだ……」

(姉さん……?)

 カグラは冷たい目で崩れ落ちたガイドを見下ろしていた。

「あの老婆か……」

(っ……!?)

 ガイドの家で背中を丸めていた老婆。
 確か、喉を悪くして喋れないと言っていた覚えがある。
 あの老婆がこのガイドの姉というのはどういう事だろう。
 あまりにも外見の離れた2人が姉弟だとはとても思えないが、本当にこのガイドがヴァンパイアならば、長寿という話が現実という事になる。

「俺は……姉さんともっと暮らしたかっただけだ。でも姉さんは病に侵されてしまった。なんとか病気を治す手を探したんだ。そしたらあいつら……帝国の奴らが話し掛けてきた……!エナン村の人間を操って帝国に差し出せば、宝具って奴で姉さんの病気を治してくれるって……だから俺は……この村に移り住んで少しずつ村人を帝国の奴らに渡した……」

 ガイドは涙を流している。

「お前達の言う通り……この村の住人は殆ど俺の支配下だ……。あと一人で約束の人数だったんだ……」

 そこまで話すと、ガイドは急に静かになった。
 丸めた肩を震わせている。
 泣いているのだろうか……いや、笑っている。

「ぅ……うぅ……く……くっく……あはははは!!!!」

 突然起き上がり、高笑いを始める男。
 その目は血走り、狂気に踊っていた。

「だからお前らは終わりなんだよ!!全員支配してやるから!!大人しくしやがれ!!この力が見たいんだろう!?これがヴァンパイアの力だ!」

 ガイドの男がそう叫ぶと、外から雄叫びのような声が聞こえ始めた。
 声と声が重なり合うその轟音は、地が揺れているように錯覚する程だ。

「な、なんだ!?」

 ギルバートは辺りを見渡す。
 その目に飛び込んできたのは、窓の外に群がる村人。
 農具やハサミなどの武器を持ち、次から次に塀を乗り越えて家を取り囲みにきていた。

「う、うわぁあああ!!」

 あまりにも驚いて尻もちを付く。

(これだけの村人が既に支配下に置かれていたというのか……?)

 狂気に満ちた人々の顔をよく見ると、昨日カグラと話を聞いた村の住人達もちらほらと見える。
 その中に、あの酔っ払っていた男の姿もあった。
 大男は拳を握り構える。

「くそっ!こいつ!!べらべら喋ったのは時間稼ぎだったか!」


――バリン!


 窓を割り、入り口のドアを吹き飛ばして襲ってくる村人達。
 ギルバートは、そのあまりにも恐ろしい姿に身を竦めた。

「やっと正体を表したな……ヴァンパイア……!」

 カグラはそっと目を閉じて、その場からピクリとも動かない。
 ガイドは狂気に満ちた目で笑いながら、両腕を広げた。

「何調子に乗ってやがる!てめぇはここで終わりなんだよ!!かかれ!!我が眷属共!!」

 多勢に無勢。
 この狭い屋内でこれだけの人数と戦える訳がない……。

(こんな所で……終わるのか……?)

 そう思った時だった。



「ヴァンパイア風情が……調子に乗りすぎだ。誇り高き龍人族の力を見せてやろう――」



 龍人族――

 ギルバートは聞き覚えがあった。
 大陸の外に住まうとされる、世にも珍しい龍の血を引く一族。

(え……まさか、彼女が……?)


 カグラはその瞳を開けた――――

 家の中が一瞬暗くなったかと思うと、そこには到底この世のものだとは思えない光景が広がっている。
 神々しい……その姿を見たものは誰しもがそう思うだろう。

 現れたのは、巨大な龍。
 その身体の中央付近に、カグラの姿が映る。

「な、なんだっていうんだ!!お前は!!」

 ガイドの男は、目を見開いている。

「力の差を見よ……招雷!!」

 カグラの声が響くと、窓の外に閃光が走る。
 それはあまりにも一瞬の事だった。
 激しい稲妻が家の周りに轟音を立てながら落ちたかと思うと、支配された村人はバタバタと倒れていく。

「うわああああ!!」

 あまりに激しいその音に、頭を抱えて身悶えるヴァンパイア。
 全てが、終わった瞬間だった。


――――数刻後


 正気を取り戻した村人達に押さえつけられたヴァンパイアは、尚もバタバタと暴れている。

「もう少しだったんだ!もう少しで、バカな村人共を帝国に引き渡せた!てめぇらのせいで姉さんは……!」

 カグラはふっと息を吐くと、ヴァンパイアに背を向けて外へと出て行く。
 しかし、少ししてからすぐに戻ってきた。
 その手で車椅子を押しながら。


 車椅子の上で背中を丸めた老婆が、カグラの手によってヴァンパイアの横に運ばれる。
 ヴァンパイアは、目を見開いてカグラに罵声を浴びせる。

「てめぇ!!姉さんをどうするつもりだ!?ふざけんじゃねぇぞ!ぶっ殺すぞ!!」


 暴れ回るヴァンパイアをカグラは見下ろす。

「お前は気付いていないのか……?」


 ヴァンパイアは尚も食って掛かる。

「何が言いてえんだ!!」

 カグラは冷たい目線を向けながら、ゆっくりと話し始めた。

「先程、お前の家を調べさせて貰った。お前がこの家に近付いているのが見えたのでな。探るには丁度いいと思ったんだ」

(あの時、カグラはガイドが大男の家に来ている事に気が付いていたのか……)

 ギルバートは息を飲んでカグラの言葉に耳を向ける。


「この女性……お前の姉は……もう死んでいるだろう……」


 うなだれた老婆の顔をゆっくりとあげるカグラ。
 その様子から、死後2、3日は経過しているかもしれない。

「う、嘘だ……!!嘘だ!!!姉さん――!!!」

 取り押さえていた村人を跳ね除けて実の姉に縋り寄るヴァンパイア。
 本当に死んでいる事に気が付いていなかったのだろう。
 その様子を見てひとつため息を吐いた。


「先程、お前が話した内容が本当であれば、もう帝国との取引もする必要がない。帝国に村人を差し出した所で、お前が得られるものはもう何もないのだから」


 その瞬間、ヴァンパイアは泣き崩れる。

「姉さん!!!!!ちくしょう!!!姉さん!!!!」


 最後にカグラが小さな声でボソっとこぼした言葉を、ギルバートは聞き逃さなかった。

「……ヴァンパイアも、涙を流すのだな」




――――ラキラへの街道


 今回の事件を通じて、ヴァンパイアについてかなり新しい情報が入った。
 血を吸った者を支配するというのは、どのような感覚なのだろうか。
 そんな事を考えていると、後ろからうるさい声が飛んでくる。

「ちょっと!待ってくれよぉお~~~」

 ギルバートはやはり着いてきてしまったらしい。
 彼もあの村にこれ以上留まる理由はないのだから、当然の事なのかもしれないが……。

「いやぁ!君がまさかあの龍人族だったなんて驚いたよ!君を一目見た時からただものじゃないって思ってたけど、僕の目に狂いはなかったみたいだねぇ~~♪」

 まったく……うるさい……。
 何故こんな男に付け回されなければならないのかと、ため息を吐く。

「それにしても、あのヴァンパイアはちょっと可愛そうだったね。大切な人と過ごしたいっていうあの人の願いで事件を起こしたんだろう?村人を支配したっていうのは悪い事だけど、僕は少し彼に同情してしまうなぁ~」

 確かに……。
 それはそうなのかもしれない。
 家族と別れる辛さは、自分も良く知っている。
 ただ、その運命に抗う事が出来るとしたら、自分はどうしていただろうか。

「ギルバート。奴の言っていた帝国というのは、本当にヴァンパイアの姉の病気を治せたと思うか?」

「う~ん、帝国は各地から宝具を集めているらしいから、もしかしたら中にはそんな力を持った宝具があっても不思議ではないかな?現に、見たこともない魔物を召喚して操るなんていう事をしてるんだから、今更何をしても驚かないかなぁ……」

 なるほど……。
 また一つ、興味深い事ができた。
 この事件も結局は裏で帝国が動いていた。
 やはり、放おっておく訳にはいかない。

「ここでお別れだギルバート」

 カグラは振り返り、ギルバートの顔を直視する。

「…………」

 これまでにギルバートを遠ざけるように言っていた言葉とは明らかに違う空気を彼も感じ取ったのだろう。
 いつものように調子に乗ったような態度はなく、彼もしっかりとカグラの顔を見つめている。
 こんなに長い時間、ギルバートと目線を合わせているのは初めての事だった。

「私は帝国を討つことに決めた。これから反帝国勢力を探す事にする。お前は平和に唄でも歌って生きていろ。対した力も持たないお前には荷が重い」

 ここまで言って尚も食い下がるギルバート。

「僕なら大丈夫だ!吟遊詩人の旅は危険な事も沢山あった!僕はその旅を続けてきたんだ!」

「くどい……!ダメなものはダメだ。どれだけ危険か分らないのだぞ?お前の身を案じての事だと理解しろ……」

 弓を向けるカグラ。
 それでもギルバートは、真っ直ぐカグラの目を見ていた。
 そして、少し考えてから真剣な表情で口を開く。

「君には伝えていなかったけれど、僕は今……ある反帝国組織に属している」

「なに……?」

 ギルバートから出た思わぬ言葉に、柄にもなく間抜けな表情をしてしまった。
 しかし、彼の目は嘘を言っている様子ではない。

「君を紹介するよ。最近帝国の黒印の七騎士の一人も打ち倒した組織だ。帝国に対抗できる勢力の中でも、最も力があるのは間違いない」

 確かに、帝国の猛者が一人倒されたと噂がある。
 ギルバートがその組織にいるというのか?

「僕が知っている小隊のリーダーは、あの帝国の魔物に対抗する冥界の力を使うんだ。君も興味があるんじゃないか?」

 冥界の力。
 それは確かに興味深い。

「僕だって男だ。君が何をしたいのかまだ良くは分からないけど、それでも僕は君の力になりたい!危険なのは今も変わらない。君と一緒に行動するかどうかの違いだけになるから――」

「はぁ……わかったわかった……私の負けだ……」

 ギルバートに満遍の笑みが広がる。

「それじゃあ!!」

「私をお前の所属している組織に紹介しろ」

 こんな男との旅は正直ごめんだが、他の者がいる組織に入れば、2人きりという訳でもないだろう。
 それに、邪魔な帝国を黙らせるには、この男の話に乗るのが一番の近道だと結論が出てしまったのだから仕方がない。

「僕を認めてくれたんだね!やった!!君はやはり僕の見込んだ最高の女性だよ~♪その素敵な瞳に僕はいつも吸い込まれて――」


「……調子に乗るなよ……アマガエルが!!」


+ 悠久の吸血王ディヴァイルベルト
 コレーズ村から南東の山岳地帯を抜けると、潮に削られた断崖が数kmに渡り続いている。
 その終端は岬となっており、潮風に作られた霧が周囲をぼかす。
 霧の中に怪しく聳え(そびえ)立つ古城に、数十年振りの訪問者の姿があった。
 この城の主であるヴァンパイアに、剣を向ける一人の聖騎士は声を荒げる。

「忌々しきヴァンパイアよ!正義の元、貴様を斬る!」

 赤い絨毯の敷かれた先の一段高い位置にある椅子に座り、肘をついたディヴァイルベルトは鼻で笑う。

「フンッ…私が何をしたと言うのだ?」

「貴様が働いた狼藉に、どれ程の人々が苦しめられたと思っているのだ!?」

「知った事か。お前ら人間も家畜を喰らうであろう?その家畜に餌を与え、飼育しているではないか」

「貴様のしている虐殺とは訳が違う!」

「何を言っているのだ…。魔物に人の魂を食わせ飼育しているだけだぞ?お前らのしている事と何が違うというのだ?」

「もし同じであったとしても、人の魂を無下に扱う者を許すわけにはいかない!」

「くだらん……。これ以上は時間の無駄だな。どちらか正しいか、解らせてやろう」

 両者は相容れる事なく、決戦が始まる。
 ゆっくりと椅子から立ち上がったディヴァイルベルトは、その右手に邪悪な血を集結させて矢を作り出す。
 聖騎士も剣を構え覚悟を決めた。

「下等な人間がヴァンパイアに逆らうなど、その愚かさを地獄で悔やむが良い!!」

 凝縮された闇の力を弓から放出するディヴァイルベルト。
 矢は一瞬で聖騎士の眼前へと解き放たれる。

 ガキンッ!と音が響き、十字の大剣で矢を払いのけた聖騎士は一気に距離を詰める。

「例え愚かであろうと、人間には護るべきものがあるのだ!!!」

「ぐっ!小癪な!!」


 互いに一歩も譲らず、拮抗した戦いは長時間に及び、両者共にボロボロになっていく。

 突然、城の中にゴーンという大きな鐘の音が響いた。
 0時を告げる城の鐘は、嵐を呼び、雷鳴が轟く。

「そろそろ終焉だ。ここまで戦った事に敬意を払い、その魂を儀式の贄としてやろう!」

 ディヴァイルベルトは拳を握りしめて力を入れると闇の力が彼の周囲を包み、直後に肩から降ろされたマントは禍々しい翼へと変貌を遂げる。

「なにっ!」

 聖騎士は飛び立つディヴァイルベルトを目で追いながら、剣を構え最後の力を振り絞る。

「さぁ、この私の一部となれる事を誇りに思え!!」

 空中で翼を広げたディヴァイルベルトは、身体に纏った闇の力を右手に集結させ、凝縮された血の矛を聖騎士に向かい撃ちぬいた。
 その絶対的な力の前に、聖騎士は為す術無く撃ち抜かれる。
 瞬間、聖騎士は不思議な感覚に襲われた。
 全身に流れる寒気と、圧倒的な脱力感。
 剣を握っている事すら許されず、手から離れた大剣は赤い絨毯の上に落ちてゴトッと鈍い音を立てた。
 青白くなった聖騎士は、その場に膝を着く。
周りを覆っている血の霧が除々に形を変え、コウモリの姿となって聖騎士に襲いかかった。

「ぐぉおおおおお!!!」

 コウモリの大群は聖騎士の身体を覆い、赤い球体の塊に姿を変える。
 ディヴァイルベルトは絨毯の上に降り立つと、手の平を顔の前に差し出した。

「その魂を我が物に!!!」

 ディヴァイルベルトが手の平をぐっと握り締める。
 赤い球体は圧縮され、直径数cmの大きさになったかと思うと大爆発を起こした。

 倒れこむ聖騎士を前に、勝ち誇るディヴァイルベルト。

「フフフハハハハハ!!!私に逆らうとこうなるのだ!!」

 しかし、何やら様子がおかしい。
 聖騎士の身体が光ったかと思うと、部屋のあちこちから眩い光がディヴァイルベルトに向かって差し込む。

「な…なんだこれは!!!」

 必死に腕で光を遮ろうとするが、その光は除々に強さを増した。
 最後の力で顔を上げた聖騎士は、ディヴァイルベルトが光に包み込まれたのをその目で確かめる。

「言ったであろう……人間には……護るべきものが……ある………のだ……」

 聖騎士は激しい戦いの最中、部屋中に結界を貼る仕掛けを用意していた。
 その結界を発動させる為に必要なものは、自らの魂。
 ソーンの街を出る時に、神父に言われた言葉が頭をよぎる。

(聖騎士の結界は絶対に使ってはならぬ。生きて帰る事を約束してくれるな)

「すまない……じいさん……。約束は…守れなかった…が…人の未来は……繋いだ…ぞ……」

 聖騎士を眩い光が包むと、その身体から部屋の天井に光の柱が伸びて、部屋全体が聖の結界に覆われた。

「くそぉおおおお!!!この私がぁああああああ!!!!」

 ディヴァイルベルトは光の中に消えて行く。
 そして、聖騎士の亡骸は大きな水晶へと変わり、城は沈黙に包まれた。


――数日後

 コレーズ村からの獣道に、小汚いローブを纏った中年の男が杖をついて歩いていた。
 魔物の魂を集めに遠方へ出向いていたディヴァイルベルトの従者ダズールは、その成果をヴァンパイア王へ見せる為に急ぎ足で城に入る。
 普段よりも上質な魂が手に入った事により、きっと王に褒めて貰える。
 左足を引き擦りながら、玉座への扉を軽快にノックした。

「我が主!ダズールが戻りましたぞ!上質な魂を持って参りました故、謁見をお許しください!」

 いくら待っても返事がない事に違和感を覚えたダズールは、扉をそっと開けて中の様子を伺う。
 見慣れた玉座の異変に気が付いて慌てて中に飛び込んだ。

「王よ!!どうなされたのですか!?この玉座の有様は……っ!?なんだこの水晶は…!まさか…聖騎士の…結界…!?」

 ダズールには思い当たる節があった。
 その昔、人間と激しい領土争いをしたヴァンパイアは、突如現れた聖騎士によってその戦力の大半を失った。
 ヴァンパイアは皆、水晶に閉じ込められ、その水晶はコルキドの冷たい海に投げ込まれたという。
 永遠の時をその中で過ごすという、地獄よりも悲惨な最後を遂げた…。

「王は……封印されてしまったというのか……」

 膝を落とし、絨毯を拳で殴りつけるダズール。

「このダズールがいない間に…!!人間め……!人間め……!!」

 涙を流し悔しがるダズール。
 彼にとって唯一絶対の支配者が、この世からいなくなってしまったという事実を、受け止めるには時間が必要だった。

 しかし、目の前の水晶を見て、彼はハッと気がついた。

「王は…ただ…封印されただけだ…!!!」

水晶を抱きかかえ、決意を固める。
この封印を解き、必ず王を取り戻す。
 どんなに時間が掛かろうとも、どんな困難が待ち受けていようとも…。
 必ず王を復活させる!


――それから30年の月日が流れた

「王よ…大変お待たせ致しました…」

 右手で杖を付きながら、ろくに動かす事の出来ない左手で暗黒の結晶を抱え、玉座に辿り着いたダズール。
 王が封印されたあの日から各地を巡り、聖騎士の結界を解く鍵を探し続けた。
 教会騎士がいる鎮魂の街ソーンに辿り着き、その街の古書を漁って聖騎士の結界についての文献を見つけた。
 そして、文献に記された結界を解く為に必要な魔道具の最後の一つを手に入れ、ついに王を解き放つ全てが整った。

「ミヒライアンガスルデアムエスト……」

 古書を手に、記された呪文を唱えるダズール。
 丁度その時、0時を告げる鐘が城内に響き渡る。
 あの日と同じように、外では雷鳴が轟いていた。

 玉座は闇の霧が立ち込めて、徐々に渦を巻きながら天井を覆い尽くす雲となる。

「……ディムスウェリミアカスタルスノア…闇を司る精霊達よ!!忌々しい結界を解き放ち給え!!!」

 ダズールが右手を広げ、暗黒の雲に最後の呪文を捧げると、漆黒の稲妻が玉座の結晶を貫いた。
 そのあまりもの衝撃にダズールは部屋の隅へと吹き飛ばされる。

「ぬぉおおお!!」

 壁に叩きつけられたダズールは、地震のような揺れを感じて身を小さくする。
 除々に揺れは収まり、結晶に顔を向けると闇の霧が立ち込める。
何が起こっているか解らない。
 直後、部屋に響いた声にダズールは言葉を失う。

「フハハハハ!!!忌々しい聖騎士めが!!私は復活したぞ!!」

 30年もの間…待ち望んだ声……。
 ダズールは感動に包まれていた。

「ご無事ですか!?王よ!!」

 王の元に左足を引き釣りながら駆け寄るダズール。
 その顔を見たディヴァイルベルトは、すぐさま構える。

「誰だ貴様!!」

「っ……!!」

 ダズールはビクッとして立ち止まる。
 そうか、王は封印されていた間、この世界から隔離されていたのだ…。
 王の記憶に30年前の私の顔しかなければ…解らないのも当然だろう。

「王よ…お忘れですか…?年老いてしまいましたが、このダズールの声をお忘れですか……?」

「何っ!?貴様…ダズール…?本当か……?私はどれだけの間……この水晶に閉じ込められていたのだ!?」

 王は砕け散った水晶を睨みつける。

「大変申し訳御座いません。結界を解く手筈を整えるのに…30年を費やしてしまいました…」

「30年だと!?あの聖騎士…!!私は30年もの間、暗闇の世界に閉じ込められていたというのか!!!この屈辱………!!!ぬぉおおお!!……っ!!?」

 ディヴァイルベルトは水晶の破片に手を向けて力を込めたが、突然様子がおかしくなる。
 王は自分の手を見つめながらワナワナと肩を震わせている。

「どうかなさいましたか!?王よ……」

「ふざけおってぇえええええ!!!」

 王は突然、目の前の水晶を蹴り抜いた。
 水晶は激しく音を立てながら転がり部屋の隅に飛んで行く。

「力が足りぬ…力が…」


 長い間封印されていた事で、王としての力はあるものの、30年前と比べるとその力の多くが失われていた。

「ダズールよ…私の為にもう一働きするのだ」

 怒りに支配された王は、突然ダズールに顔を向ける。

「はっ!このダズールにお任せください!何をお望みで!?」

 王はフッと笑い、自分の手の平を見つめながら話す。

「力を取り戻すには、邪悪な血が必要だ」

「…っ!生け贄のご用意でございますか!?」

 ダズールは記憶を呼び覚ます。
 数十年前、王が力を求めた際に人間の邪悪な血を欲した事。
 生け贄にするのは怨念を抱えた女性。
 その手で幾多の命を奪い汚れた血を持った女性は、王の力をより強固なものにする。

「今までのような生け贄では駄目だ…もっと、もっと凄まじい……暗黒の怨念が漂うような血が必要なのだ…!」

 ダズールは閃く。

「それでしたら、時間はかかりますが、良い手が御座います」

「ほぉ…述べてみよ」



――数日後

 コレーズ村の民は、慌ただしく森の中を捜索していた。
 その先頭には農家の夫婦が目に涙を溜めながら、何かを叫んでいる。

「どこにいったの!?お願いだから出てきて!!!」

 2人の間に生まれたばかりの待望の第一子。
 夜の間に忽然と姿を消した娘を必死に探していた。
 夫婦と親しい間柄の人々も捜索に協力するが、行方の糸口すら見つからない現状に皆表情は険しい。
  “夜の鍵”の仕業かもしれないという噂は、夫婦の耳に入らないように密かに囁かれていた。


「アー!…ア~~!」

 ダズールの髭を掴んでは引っ張る赤子を見ながら、王は満足気な顔をしていた。

「その赤子が我の生け贄となる娘か。ダズールよ、良くやった」

「お褒めに預かり、光栄に御座います」

 純度の高い邪悪な血を作るには、世界を何も知らない赤子に殺戮を覚えさせるのが一番だとダズールは考えた。
 この娘が王の完全なる復活に必要な鍵となる。
 これから時間を掛けて教育し、最終的に王の生け贄とする。
 最初はこの気長な計画に反対されたが、汚れた血を数集めるよりも確実な方法だと打診して納得させたからには、この娘を育てるのに全力を注がなくてはならない。
 ダズールはこの計画が生涯最後の大仕事だと気を引き締める。
 掛け替えのない我が主の為…。


 ダズールはディヴァイルベルトに多大な恩義があった。
 生まれつき左半身が不自由なダズールは仕事にもありつけずに、コレーズ村の村人から後ろ指を差されていた。
 ある日、食料を探しに森に入ると、魔物の群れに遭遇する。
 逃げ惑っていると古城に辿り着いた。
 無我夢中で古城の中に逃げ込んだダズールをディヴァイルベルトが迎える。
 すぐに出て行けと言われたが、外の魔物に食い殺されると必死に訴えた。
 知ったことかと言い放たれるが、藁をも縋る思いで必死に懇願する。

「助けてくれたら、この人生をあんたに捧げる!頼むから助けてくれ!」

「ほぅ…その言葉…嘘はないな?」

 ニタっと笑った後、門の外に溢れる魔物を一掃するヴァンパイア王。
 私は、その強大な力を目の当たりにして自分が逃げる事ができないと悟ったと同時に、自分にはない圧倒的な力に惚れ込んだ。

 それから数十年間、言葉の通り王に人生を捧げる従者として、忠実に、誠実に日々を過ごしてきた。


 赤子を包んでいた布を剥ぎ取り、その手首にナイフを当てる。

「よく覚えておけ。お前はこの魔剣と共に生きていくのだぞ」

 台座の上には禍々しい暗黒の大剣が置かれている。
 大剣の上に寝かされた赤子の右手から、ナイフを伝った鮮血が大剣の鍔についた宝石に当たる。
 すると、黒い大剣の刀身に赤い術式が浮かび上がり、赤子を包み込む。
 泣き叫ぶ赤子の声に腹を立てたディヴァイルベルトの声が聞こえてきた。

「ダズールよ!!すぐに黙らせろ!!」

「魔剣の契約をしている最中でして…もうしばしお待ちを!!」

 大剣についた宝石が赤く光りだし、赤子の右手の傷を照らし出した。

「クックク…これで完璧だ!!」

 ダズールは赤子を抱えて王の元に行く。

「先ほどはお耳汚し失礼いたしました。魔剣との契約が完了致しました。どうぞご確認を」

 ダズールは赤子の右手首に刻まれた紋章を王に見せた。
 王は頷きながら、満足気な表情で端的に言い放つ。

「そうか…。では教育は任せたぞ」

「それで…王に、呼び名を決めて頂きたいと思いまして…」

 王は眉間にシワを寄せてダズールを睨む。

「呼び名だと?」

「は、はい!こ、この者は王の生け贄となる運命。その名を王に決めて頂くのが良いかと……」

「フンッ……まぁ良いだろう。顔を向けろ」

 赤子の顔を品定める王の次の声を、ダズールは待った。

「エレノア……そやつの名はエレノアとする」

「畏まりました。良い名でございます」


 こうして、エレノアの教育が始まった。
 ダズールはエレノアを大切に育てあげる。
 初めての子育てに悪戦苦闘するが、エレノアはすくすくと成長していった。


――数年が経過する

「王様!見てください見てください!ダズ爺が新しい服を用意してくれました!どうですか!?」

 4歳になったエレノアは、クルクルと回りながら真新しい服を嬉しそうにディヴァイルベルトに見せる。

「はぁ……うるさい……ダズール!!こいつをなんとかしろ!!」

 飛んできたダズールは、エレノアを右手で抱える。

「大変申し訳御座いません!!エレノア何をしている!こっちへきなさい!」

「ちょっとダズ爺離してよぉ!今王様とお話してたでしょー!!」

 足をバタバタさせて玉座から連れ出されるエレノアに、王はため息を吐いた。

「エレノア!!何度言えば解るのだ!王に軽々しく口を利くのはやめろ!」

「なんでよー!ふんっ!ダズ爺嫌い!」

 エレノアは頬を膨らませてプイっと横を向く。
 生け贄としての育成を賛同して貰えたものの、いつ王を怒らせてもおかしくないような言動をするエレノアに冷や冷やさせられる。
 ダズールはエレノアの肩に手を置いて口酸っぱく教えてきた事を再度伝える。

「良いか!?お前は王の物なのだ!その命を王の為に使う為にここにいるのだ!もしも王の……」

 エレノアは口を尖らせながら、その言葉を続ける。

「怒りを買って使命を成し遂げられなくなったら、どうするつもりだ…でしょ!?わかってるよ!でも、私は王様とお話したいの!」

(何故こうも私を困らせるのか…。育て方を間違えたのか!?少し甘やかしすぎか!?どうすれば良いのだ!)

 彼女の頭の中がどうなっているのかと怒りを覚えるダズールは、必死に改善策はないかと頭を抱える。
 もう少し成長をすれば、きっと王を尊敬し、王の為に尽くせるような子になるだろう。
 そう考えなければ、やっていけない…。

 気が付くと目の前にいたはずのエレノアの姿がない。

「まさかっ!」

 城の方を見ると、怒りに満ちた声が聞こえてくる。

「ダズーーーールーーーー!!!」

 王の表情を想像して顔を青くするダズールは、足を引き擦りながら玉座へと向かった。



――数ヶ月後

 そろそろ頃合いと見たダズールは自室にエレノアを呼び出した。
 目の前に置かれた魔剣を見て、エレノアは目を光らせる。

「わぁ!ダズ爺!これが私の剣なの!?」

「そうだ。持ってみろ」

 エレノアの身長よりも大きな刀身の剣を持とうとするが、あまりもの重たさに尻もちをついてしまう。

「ダズ爺!むりぃ!!」

「無理ではない。お前の剣だ。これで魔物を狩り、魂を集めなければならない」

 困った顔をしているエレノアを見て、葉っぱをかけてみる事にした。

「もし、これを自由に使えるようになれば、王もお褒めになるかもしれないぞ?」

 エレノアの顔がパァっと明るくなる。

「本当!?ねぇ!ダズ爺!?それ本当!?」

「あぁ、本当だとも。毎日それを持ち歩いて使いこなせるように頑張るのだな」

 エレノアは剣を無理矢理持ち上げる。

 これでいい。
 早く魂を集められるようになるのだ。
 そして、邪悪な血をその身に宿せ。



――魔剣を与えてから2年後

「ダズ爺!今日は魔物を3匹も倒してきたよ!ほらほら!」

 リザードマンの首を嬉しそうに持ってくるエレノア。
 よしよし、よく成長している。
 最初は不安だったが、余計な心配だったようだ。

 走っていくエレノアを見て、ハッと気がつくダズールは急いで後を追いかけた。

 玉座の前に辿り着くと悪い予感は的中しているようで、扉の奥からエレノアの声が聞こえてくる。
 慌てて扉を開けて玉座に立ち入る。
 王の前にリザードマンの首を並べ、楽しそうにしているエレノアの姿が目に飛び込んだ。

「申し訳御座いません!すぐに連れ出しますから!」

 王は片肘を付いてダズールを見た後、エレノアに向き直る。

「なんだ?騒々しい…。良くやったなエレノアよ。褒めて遣わす」

 ダズールは違和感を覚えた。
 王は…何故あのような態度を…?
 確かに、まだ幼い少女があれだけの魔物を狩ったというのは、想定よりも早く生け贄として完成するかもしれない。
 それでも、ディヴァイルベルトの様子にどこか引っかかる。

「し、失礼しました。エレノア、今日はもう早く部屋に戻れ」

「もう!ダズ爺はうるさいな!わかったよ!王様!失礼します!」

 スカートの横を手で広げて一例すると、エレノアはダズールの横を通り玉座を後にした。
 ダズールは横目でエレノアを見送った後、王に近付く。

「王よ、申し訳御座いません。まだ教育が足りないようで…」

「そんな事は良い。早くその魔物の首を片付けろ」

 王は普段のトーンでダズールに背を向けた。
 怒っていなかった王に少しホッとしたものの、ダズールの違和感は更に膨れ上がった。
 少し前まであれ程毛嫌いしていたエレノアに、普通に接しているのは何故だ…。
 リザードマンの首を焼却炉に投げ込みながら、ダズールは考え続ける。
 この時に感じた違和感を放置した事を、後にどれだけ後悔するかをダズールは知らない。



――更に数年後


「ダズ爺。行ってくるわね」

 今日も大剣を背負ったエレノアは出かけていく。
 以前は引き摺るように持っていた大剣も、成長したエレノアは軽々と持ち上げた。
 細い腕から常に一定の魔力を発し続けて、足りない筋力を補っている。
 紫のウェーブ掛かった長い髪をなびかせる出で立ちから、魔剣を持っていなければお淑やかな女性に見えるだろう。

 生意気な口を聞くこともなくなり魔物を狩る事に従事するエレノアを見て、ダズールは胸を撫で下ろしていた。

 どうなる事かと思っていたが…今では素直に魂を集めている。
 今までの苦労が報われ始めたという事だろうか。

 断崖の城を眺めながら感慨深くなるダズール。
 そういえばもうすぐ王の食事の時間だという事を思い出し、急いで城へと戻る。

 食卓で全ての用意を整え、玉座の扉をノックした。

「王よ。お食事の準備が整いました」

 ………。
 おかしい。
 いつもならばすぐに返事があるはずなのに、いくら待てども王の声は聞こえてこない。

「王?」

 恐る恐る扉を開けると、そこには王の姿はなかった。

「王よ!どちらにおいでですか!?」

 城内に虚しく響き渡るダズールの声に返事はない。
 今まで王は何も告げずに城を留守にした事はなかった。
 何か猛烈に嫌な予感がダズールを支配する。

「ま、まさか…また聖騎士が……」

 ダズールは足を引き摺り、城を後にする。
 もし連れ去られたとして、場所など検討もつかない。
 エレノアにも協力させて王を捜索しよう。
 そう思い立ち、エレノアが狩りをしている森の中へ入っていく。

「これは…魔剣の傷口!まだ新しいな…こっちか!」

 木々に刻まれた薙ぎ払った跡を頼りに、ダズールは森の奥へと進んでいく。
 この間にも、王は苦しんでいるかもしれない。
 とにかく、一刻も早くエレノアを見つけ出し、王の捜索に協力させなければ。

 木々を掻き分けて森を進む。
 不自由な身体と老体には険しい道のりだったが、王を思えばなんという事はなかった。
 今はなんとしてでも王を助けたい。
 その一心で、疲労や痛みなどは感じる事はなかった。

「グォオオオ!!」

 魔物の声がこだまする。
 それとほぼ同時に、激しい揺れを感じた。
 エレノアが戦っているに違いない。
 ダズールは確信して、声の方向へと向かう。
 森の奥に魔物の影が見えた。

「エレノ……ぐっ!!」

 エレノアを呼ぼうとした直後に、口に何かが当たり喋る事ができなくなる。
 何が起きたのか、認識するのに少し時間が掛かった。
 何者かの手が、口を抑えている。
 次の瞬間に後ろから何かに掴まれ、ダズールの身体は宙へ浮き高い木の枝の上に降り立つ。

「………!」

 必死に声を出そうとすると、頭の上から聞き慣れた声が響いてきた。

「ダズール……今良い所なのだ。興を削ぐような事は許さん」

 ダズールが少し落ち着いた所で、口を抑えていた手はゆっくりと外された。

「王よ……!こんな所で……!」

「馬鹿者。でかい声を出すな」

 王に睨みを効かされて口紡ぐ。
 ダズールが黙ったのを確認すると、王は戦闘音が鳴り響く方向に顔を向ける。
 王の目線を追うと、エレノアが5体の魔物に囲まれながら必死に戦っていた。

「王…こんな所で何をしておられるのですか…?」

 王の耳に届く程度の小声で話しかける。

「フンッ……私の生け贄がしっかりと働いているのか確かめているだけだ。何か問題でもあるのか?」

 王はエレノアから目を離さずに返事をする。

「エレノアの事はこのダズールにお任せ頂ければ大丈夫でございます。主不在では城も悲しみましょう…。お出かけになるのであれば私めに一言……」

 王はダズールの言葉を遮る。

「ゴチャゴチャと煩い。私が何をしようと勝手であろう」

 これ以上は何を言っても仕方ないと悟ったダズールは、王と共にエレノアの様子を見続けていた。
 エレノアはあちこちから出てくる魔物を魔剣でなぎ払い、その魂を集め続ける。

「あなたの全部を頂くわ!!」

 その姿に目を疑った。
 エレノアの手から空中に解き放たれた魔剣は、踊るように魔物を薙ぎ払う。
 その意志で魔剣を操りながら高らかに笑う姿には、恐怖すら覚えた。

「あははははは!」

 最後の1体が倒れ、魔物の軍勢を倒しきったエレノアは、まだ手を止めない。
 動かなくなった魔物を切り裂いては、その血を浴びる。
 ディヴァイルベルトはその様子を見ると、背を向けてその場を去ろうとする。

「王よ…どちらへ……」

「お前が戻れと言ったのだろう?私は城へ戻る」

 どこか不機嫌にも見える王は、立ち止まりもせずそのまま歩き続ける。
 ダズールは王の姿が見えなくなったのを確認すると、エレノアの元に駆け寄る。

「エレノア!何をしておるのだ!?」

 手を止めて振り向くエレノアは返り血で真っ赤に染まっている。

「ダズ爺…こんな所までやってきてどうしたの?」

 エレノアについた返り血がどんどん消えていく。
 どうやら、魔剣がその血を吸い取っているようだった。
 地面にも広がった鮮血すら、まるで生き物のように動き魔剣に吸い込まれていく。
 その光景を見て、言葉を飲み込んだ。
 きっとこの娘は、魔剣に血を吸わせてその力を増大している。
 魔剣と契約しているエレノアにもその力が伝わっているようだ。

「ダズ爺?」

 再度呼びかけるエレノアの言葉でハッと我に返る。

「いや、か、帰りが遅かったから様子を見に来ただけだ」

「そんなにドロドロになる程、急いで来たというの?」

 自分の足元に目を向けると、膝まで泥だらけになったズボンが見える。

「う、うるさい!無事ならば…それで良いのだ。あまり遅くならないように帰るのだぞ」

 エレノアに背を向けて、城へ帰る事にした。
 道中、ダズールは王の言葉と行動について考える。

 エレノアは着々と生け贄になる為の器として成長している。
 しかし、王は何故あのような事をしていたのだ?
 今までどんな事があろうと、他人に興味を持った事などないようなお方が、様子を見に来た?
 そんな事がある訳がない!
 人間なんて虫けらを見るかのように接する王が、いくら完全な復活の為とは言え、コソコソと様子を見るような事があるものか!
 これは直接確かめる他ない…。


 城へと辿り着いたダズールはその足で玉座へと向かう。
 いつも通りノックをするが、その手にはまだ迷いがあった。
 これまで王を疑った事など一度足りてない。
 しかし、この疑心が真であれば、あれ程望んだ王の完全なる復活が危ぶまれる。

「入れ」

 扉を開けて少しばかり中に入るとその場で立ち止まるダズール。
 その様子に王は不信がる。

「どうした?そんな所で立ち止まって」

「申し訳御座いません。この通り汚れておりまして…玉座に泥を塗る訳には…」

「ならば着替えてから来れば良いだろう?何を寝ぼけておるのだ」

 ダズールは喉をゴクリと鳴らして本題へ入ろうとする。

「至急、確認したい事が御座いまして……」

 王はムっとした表情を見せたが、そんな事を気にしていられる状況ではない。

「私の気のせいならば良いのですが、王は……」

 震える手をなんとか抑える。

「王はまだ、エレノアを生け贄とする事に賛成しておりますでしょうか…?」

 王の様子を伺い、その反応を見極める。

「あ、当たり前であろう。何を言っておるのだ」

 王は目を合わせようとしない。
 やはり…嫌な予感は的中していた。
 あり得ない筈だった…ヴァンパイアが人間に対して…。

 愛着を持つなど……。

「それであれば宜しいのです。いえ、私の勘違いならばそれに越したことはありません」

 できるだけ落ち着いて、それを確かめるのだ。

「私は王に力を取り戻して欲しいと心から願っております。それ故に、したこともない子育てをして生け贄となる器を作りました」

「それは解っている。何を今更……」

「でしたら……!!エレノアにウェルミスの討伐に行かせる事にも反対はございませんね?」

 ウェルミスは、城のある断崖を西に進む所に生息する翼竜。
 その魂は非常に強大な力を宿しているという言い伝えがあり、邪悪な血を作る為の最終段階として考えていたものだった。
 しかし、簡単に倒せるような相手でない事は百も承知。
 エレノアを失い兼ねないこの打診を、受け入れないのであれば、間違いなく王は人間に毒されている。
 以前の王であれば、二つ返事でウェルミスの巣へ行かせていただろうが…。

「ならぬ。まだ時期が早過ぎるであろう」

 何故、あの崇高な王がこんな事になってしまったのか…。

「エレノアの力は本日その目で見てきた筈です。もう充分かと」

 偉大なる王の復活を妨げるのは…あの人間の娘だとでもいうのだろうか…。

「ならぬと言っているであろう!危険すぎる!!」

 そのお心を確かめ、軸が曲がっているのであれば、私が元に戻して差し上げましょう。

「まさかとは思いますが…王よ…。あの娘に愛着を沸かせてはおりませんでしょうな!?」

 ダズールはハッキリと言い切った。

「そんな事があるものか!!!!私を誰だと思っているのだ!!」

 ダン!と椅子の肘掛けを殴りつける王に、ダズールは一瞬怯む。
 しかし、ここで折れてはこの話に決着を付ける事はできない。

「それならば宜しいのです。今のエレノアであれば、ウェルミスの討伐程度やってのけるでしょう。エレノアの力の見極めができぬ程、王の目は腐っておりますまい」

「ぐっ……」

 挑戦的な態度を取っても、王は怒り狂う事はない。
 これで王のお考えは明白。
 やはり、あの王に“情”という感情が沸いている。
 このままではきっと生け贄にする事もできない…私の最後の望みが絶たれてしまう。


――翌日

 ウェルミスの巣へ向かうエレノアの背中を見送った。
 これで良いのだ。
 あの力があればエレノアはウェルミスでも仕留めてくるだろう。


 城の中でエレノアの帰りを待っていると、嵐がやってくる。
 素晴らしい…天もこの日を待ち望んでいたようだ。
 雷鳴が轟き、外が一瞬光ったかと思うと、光の中に小さな影が見えた。
 ダズールはそれを見逃さなかった。

「王!!!!どこに行かれるのですか!!!?」

 きっとその声は届かないだろう。
 翼を広げ、羽ばたく王の後ろ姿を見て膝を落とす。

「なぜ……なぜ……!」

 王を見張っておくべきだった。
 この行動が予想できない事はなかったはずだ…。
 自分の甘さを悔やみ、涙を流すダズール。
 外は、ダズールの心情を表すような大粒の雨が窓を叩きつけていた。


 数時間後、城の正面口が開く音がした。
 ダズールが様子を見に行くと、エレノアを抱えた王が城内に入ってきていた。
 足跡がくっきりと絨毯につく程ずぶ濡れとなった王は、エレノアの部屋へ向かう。

「王よ!!!何故エレノアを……!」

 ダズールを横目で見た王は、歩みを止めずに進み続ける。

「エレノアはまだウェルミスには勝てなかったようだ。大切な生け贄を無下に殺す訳にもいかぬからな……」

 そんな筈はない。
 もし万が一勝てなかったとしても、その情報が王の耳に入る訳がない。
 ダズールは王の背中に向かい右手を伸ばすが、体制を崩して倒れこんでしまう。
 それでも、王に右手を向け続け、遠く離れていくその背中を掴もうとする。

「王……なぜですか……」

 その言葉は王には届かない。


――その夜

 エレノアの部屋の前に立つダズールは、覚悟を決めていた。
 もうこれ以上、おかしくなる王を見ている事はできない。
 王に力を取り戻して貰うには、もうこの方法しかない。

 ランプの火がユラユラと揺れる中、腰に隠したナタを今一度確かめてから、そっとドアを開ける。
 ぐっすりと眠っているエレノアを確認し、ランプを枕元の台座に置いた。
 入ってきたドアにダズールの影が怪しく伸びる。

 例え死体であろうと、今でも生け贄として使えるだろう。
 もし充分でなかったとしても、王の力になる事は明白。
 これ以上、王が狂ってしまう前に、その命を王に捧げるのだ。

 右手でナタを持ち、確実に首を刈り取るように狙いを定める。

「これも王の為なのだ…死ね…エレノア!!」


 ベッドのシーツに鮮血が飛び散った。

 これで目的が達成された。
 そう……。
 これで王は………完全な………。


 ダズールは床に倒れこむ。
 その胸は深い闇の力が宿った深紅の矢で貫かれていた。
 ダズールはもう息もする事ができない。
 それでも、天井に向き直り、最後の一言を必死に吐く。

「王よ……なぜ……こんな……人間を………」

 ランプの明かりが映し出したのは王の影。
 その表情は、初めて王に会ったあの日と同じように、冷たく厳しい眼差しで見下ろしている。
 最後の力を振り絞り、心から復活を願った王に向って手を伸ばした。

「王……私は……王の……」

 ダンッ!という鈍い音と共に、ダズールの視界はグルグル周る。
 その異様な光景に吐き気がした。
 ベッドの側で横たわる頭のない男。
 自分が持って来たナタを持った王。
 頭のない男の首元に、そのナタは振り下ろされていた。

最後に聞こえたのは、人生を捧げると約束をした男の声だった。

「今までご苦労だったな…ダズール………」

+ 静寂を破る戯弓リオーネ
「お嬢様、おはようございます。本日ですが、旦那様がラグーエルの有力者会議に参加されますので、屋敷は午後から……」

 そこまで言い終わると、リオーネの姿を見たレスターは言葉を失い、口を開けたまま呆然と立ち尽くす。

「あら?レスター……なんて工夫のない普通のお召し物ですの?まさか……貴方……執事のコスプレなどと言うつもりではないでしょうね!?」

 とはいえリオーネのこの衣装。
 ドレスと呼ぶにもいささか露出が多すぎる気がしてならない……妖艶さと無邪気さの入り混じったなんとも言い換え難いデザイン。
 目のやり場に困りながらも、順調に成長しているお嬢様の姿に安心を覚えると同時に、この格好で街の外に出る気なのだろうかと様々な考えを頭の中で駆け巡らせるレスター。

 更には聞きなれない単語から、リオーネが何を求めているのかを汲み取ることができない。

「お嬢様……コスプレと申しますと……??」

 それを聞いてリオーネはガックリと肩を落とす。

「レスター……そんな事も知らないの!?コスプレとは巷で仮装をする事らしいですわ!!大陸の外の街では、街中がコスプレをするイベントをハロウィンと言うそうよ!」

 レスターはリオーネの嬉しそうに話す姿を見て、何から言うべきか悩んでいた。

「そ、そのハロウィンをなぜお嬢様が……?」

「決まっているでしょ!諸外国の流行をいち早く取り入れるのも淑女の嗜みですわ!今年からは、この屋敷でもハロウィンをする事に決めましたの!」

 この格好で屋敷の外に出る訳ではなさそうだと分かり、レスターは胸を撫で下ろす。
 相も変わらず、唐突な提案に巻き込まれる運命にあるのは、他でもないこのお嬢様の執事の仕事だ。
 色々な事に挑戦するのは良い事なのだろうが……。
 レスターはひとつため息を吐いて、覚悟を決めて口を開く。

「それで……私はどうすれば良いのでしょうか?」

「愚問ですわね!」

 リオーネの目が光ったのを見て、レスターは胸に手を当ててからリオーネの意向を察した。

「仮装……で御座いますね。ですが、どのような仮装をすれば良いものなのでしょうか?」

 レスターの困った表情を見て、リオーネは笑顔を作る。

「私に任せておきなさい!」



 ウィース家の主であり、リオーネの実父であるレオナルドの書斎の前に立つ2人。

「お嬢様……本当に行くのですか……?」

「当たり前でしょう?今更怖気づいたの?」

「そ、そういう訳ではないのですが……」

「では行きますわよ!打ち合わせ通りに思いっきりですわ!」

「かしこまりました」


 勢い良く書斎のドアを開けるレスター。
 リオーネは影に隠れてその時を待つ。

「グオオオオオオオアアアアア!!!」

「うわあああああ!!な、なんだ貴様!?衛兵!!衛兵!!!」

 部屋に突然飛び込んだレスター。
 頭には玩具のナイフが刺さり、右から左へと貫通している。
 冷静に見ればレスターだと認識できるだろうが、大声を出しながら迫りくるゾンビを直視することはできないだろう。
 たっぷりと血ノリを付けたシャツを見れば、大の大人でも驚くのは当然だった。

「た、助けてくれぇええええ!!!」

 父のなんとも間抜けな驚き様に、リオーネは笑い声を必死に抑える。
 そろそろ頃合いだと、書斎に突入するリオーネ。

「そこまでよ!!悪霊退散!!」

 部屋に飛び込んだリオーネが手を掲げると、レスターは圧巻の演技で浄化されていく。

「アァアアアアア…………」

 苦しそうに手を上げながら床に倒れ込むレスター。
 リオーネは頭を抱えて部屋の隅で何が起きているのか分かっていないであろうレオナルドに対し、決め台詞とネタばらしに掛かる。

「トリック・オア・トリート!!お父様!おとなしくお菓子を用意して下さるかしら?さもなくば、私達のいたずらはエスカレートするばかりですわよ!?」



―――

――



 レスターは頭にナイフを差したまま紅茶を入れ、今日の戦果に当たるショートケーキにフォークを入れるリオーネを見つめる。

「お嬢様……、やはり旦那様はこの“ハロウィン”の文化をご存知ありませんでしたね……」

 リオーネはケーキを口に運びながら、納得のいかない表情を浮かべる。

「おかしいですわねぇ……。お父様も外の船から色々な情報を持っているはずですのに」

「やはり、まだこの大陸では知名度が低いイベントですから……仕方ないかと思いますが……」

 あの後、絶句するレオナルドに土下座をしながらレスターが説明しなければ、今頃どうなっていたか分らない。

「レスターには迷惑をかけてしまったわね。次はこうならないように計画を立てましょう」

 レスターはドキッとしたように肩を上げる。

「お、お嬢様……次と申しますと……」

「クリスマスのプレゼントドッキリ大作戦よ!!」


 レスターはひとつ間を置いてから、フッと息を吐いた。

「畏まりました。次は、旦那様に素敵な笑顔を届けられるように、とびきりの作戦を立てましょうか」

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最終更新:2017年07月28日 17:24