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部屋の片隅でゆらゆらと揺れる小さな炎。
膝を抱えながら、見守るようにその光を見つめる女の姿。 ロウソクの炎が映り込んだ瞳は、宝石のようにキラキラと輝いているが、その奥にはどこか寂しく、哀しげな、そんな影が見え隠れしているような気がした……
「ダリア。またそうしているのか……」
ダリアと呼ばれた女は、自分を呼ぶ声に後ろを振り返る。
「次の指令らしい。皆を集めろ」
ダリアと呼ばれた女は、その声にコクリと小さく頷き、少し惜しむようにロウソクの火を吹き消した。
――いつからだろうか。
時々、ああしてロウソクに火を灯すようになったのは。
静かに火を眺めていると心が落ち着く。
どこか懐かしいような、そんな穏やかな気持ちになる――
招集を受け、赴いた別の部屋。
薄暗く、少し開けたその中心には、自分の他、数人のメンバーが集められていた。
「揃いましたね。では、今回の指令内容をお伝えします……」
――暗黒組織『夜の鍵』
怪異的な事件や現象が起きるたび、巷でその名が囁かれる。 ただの噂話と、作り話と、その存在を疑う者も多いが、我々は闇の中に確かに存在する。 目的は「この世の全てを手に入れる」こと。 馬鹿げていると人は笑うかもしれない。 だが、我々を統べる『団長』と呼ばれる人物。 その正体は団員達でさえも知らない。 それでも、その言葉と行動、示してきた結果は、それを目にした人間を一瞬のうちに虜にした。 私も、そうして団長に……夜の鍵の一員として仕える身。
「…………となります。今回の指令は以上です。何かご質問は?」
半刻程の時間をかけ、団長からの指令がメンバーに伝達された。
淡々と指令を告げるこの女は、団長ではない。
団長の指示を他のメンバーへと伝達、大掛かりな作戦では指揮の補佐なども行うようだ。
組織内で団長と頻繁に接触を持つのは主に創立時のメンバーだという話。 伝達を担うこの女は団長の何なのだろう。 団長の正体も知っているのだろうか。
――ぐっ!……まただ……組織のこと……団長のことを考えると頭に痛みが走る……!
「聞いているのか、ダリア!」
「え!?あ……」
その様子を隣にいた別の男メンバーが叱責する。
突然の大きな声に我に返るダリア。
「最近、少し気が抜けているぞ……気を付けろ……!」
悔しそうに唇を噛むダリア。
「ケケケ……」
そんな様子をニヤニヤと笑いながら見ている他のメンバー。
ダリアはキッと彼らを睨み付けて一蹴する。
「おー……こわっ」
(チッ……卑しい連中だ!だが、確かにたるんでいた……私は何をやっている……!)
――翌日、早朝。
『ミール』と『ラグーエル』のおおよそ中間。
そこには、生い茂った木々が空を塞ぎ、ほとんど陽の指さすことのない真っ暗な森が存在する。 『黒の森』と呼ばれ、周辺の人間が近づくことさえためらうその森の外れに、周囲を警戒しながらゆっくりと歩く2つの人影があった。
「ここらで別れるぞ。最近、この辺でも帝国軍の兵士が目を光らせてるらしい。用心しとけよ?」
「言われるまでもない……」
「けっ……ちょっと団長に気に入られてるからって、お高くとまってんじゃねぇよ……!」
影の正体はダリア。
それと、同じく組織のメンバーである男。 男はダリアに聞こえるように愚痴を垂れながらラグーエル方面へと歩いていく。
「ふん……安い男だ……」
そう吐き捨て、一人残されたダリアは、今回の指令のためにミール方面へと足を向ける。
(団長のお気に入り)
歩きながら、その言葉を心の中で繰り返す。
身に纏う鎧と盾。
闇の力を宿すとされているこれら魔武具は、自分が組織に加わる際に『団長』から直接授かったもの。 組織のため、団長のために力を振るうと誓った瞬間でもある。
それが私の最初の記憶。
それ以前の記憶は無い。 思い出す必要もない。 知ったところで何も変わらない。 あの時の誓いは、心からの想いであるのだから。
だが、それでも知りたいことはある。
盾を傾けると覗く、その裏に刻まれた言葉。
――最愛の人を守る為、この盾を振るう
自分が彫ったものではない。
恐らくは前の所有者が刻んだものなのだろう。 もしかすると団長自身の言葉なのではないだろうか。 それを何度か直接聞こうと考えたことはあった。
「ぐうっ……またか……」
深く考えようとすると走る頭痛。
まるで身体の内なる何かが、それを阻むように頭をガンガン殴りつけるような。 触れてはならない。 知ってはならない。 そう訴えられている気がする。
今は考えるのをやめよう。
与えられた指令が何よりも優先される。 ダリアは邪念を掻き消すように頭を強く振った。
――任務を終えて必ず帰ると約束しよう。
そんな言葉が頭の中に響いた。
「そうだ……私はダリア。団長に仕える『夜の鍵』の使者……!」
指令を終え、アジトへと帰り着いたダリアは、またいつもの部屋の隅で膝を抱えていた。
ゆらゆらと揺れる小さな炎。 その光を見つめる瞳の輝きは、以前と変わらぬように見える。 が、その奥に潜む影は、わずかではあるが一層深く、暗いものになっているようだった。
「やっぱりここか、ダリア」
「何か?」
「…………」
ダリアに声をかけた男は、一瞬何かを懸念するかのように考えた後、こう告げた。
「次の指令だ。集まれ」
ダリアが帰還してから1日と経たぬ間に下される新たな指令。
それでも彼女は嫌な顔一つどころか、さも当然のような表情でコクリと頷き、また少し惜しむようにロウソクの火を吹き消した。
「では今回の指令をお伝えします……」
いつもの薄暗い部屋。
いつのようにただ聞き入れる指令。
「数週間に渡り帝国兵の動向を調査し、それらを精査した結果、ミール近辺に革命軍の構成員が潜伏している可能性が高いとの結論に至りました……」
この言葉に、その場にいた者達の顔に歓喜の表情が浮かぶ。
ダリアを含め、組織のメンバーは、革命軍の拠点の所在を突き止めるため、連日調査任務をこなしていたのだ。 そして、その目的は、革命軍内部に組織の人間を送り込み、いわゆるスパイとして行動させることにあった。 夜の鍵は、目的を阻む存在として、帝国軍を敵視している。 そして革命軍もまた、帝国軍の侵略行為に抗おうと戦っている。 帝国軍という同じ敵を持つ組織ならば、得られる情報も有用なものとなるだろう。 だが、その先にあるであろう最終的な目的に関しては、何一つ知らされることはない。 一癖二癖もあるメンバー達がそれでも従うのは、やはり『団長』の存在がそれほど大きいということなのだろう。
「気を緩めてもよいとは言っておりませんが?綿密な調査にも関わらず、確定的な情報の入手には成功しておらず、革命軍は徹底した厳戒態勢を敷いているようです。当然、帝国軍に対する罠という可能性も残っております……」
一喝され、緩んだ表情を再び引き締めなおす一同。
「これに伴い、我々は調査対象をミール近辺に限定。集中的な調査を行うことにより、革命軍拠点の特定を試みます……」
集中調査。
それは、実際に任務にあたる際の危険度が激増することを意味している。 帝国軍も、革命軍を排除しようとその所在を探している以上、鉢合わせする可能性は高まるうえ、目標である革命軍に途中で感付かれた場合は作戦自体が水泡に帰すこととなる。
「詳細な作戦については、団長様の決定が下り次第、追って通達するとのことです。それまでは各々待機してください……」
ここしばらく休みなどほとんど取ることなく働き続けていた一同にとって、休息を取る機会ともいえる「待機」の言葉は喜ばしい。
だが、即決即断を常としてきた団長の行動としては、あまりに異常の事態であった。 組織に加わって以来、待機指示など受けたことのない一同にとって、この言葉の重さは緊張感のみを与える結果となる。 恐らく、それほど絶対に成功させなくてはならない重要な作戦なのだ。 女の声や表情には出ていないが、場が緊張に包まれていく。
「それでは、解散……」
「その前に、ひとついいか?」
重い空気のまま解散となりかけたその時、ダリアが口を開いた。
「……いかがしましたか?」
皆が一様に指令をただ聞き入れる。
それが当たり前になっていたその場において、予想していなかったダリアの進言。 一同は戸惑いを隠せない。
「今回の作戦行動、その立案に私も参加させてもらいたい」
「……今、なんと?」
通常、『夜の鍵』の具体的な作戦については、団長一人でこれを決定し、速やかにメンバーに伝達するといったケースが多い。
例外として、大規模作戦の際などにおいては、創立時のメンバー数人が作戦立案に協力することもあったが、それも稀である。
「ダリア様……あまり思い上がらぬ方がよろしいかと……」
『夜の鍵』のメンバーは、もともと『団長』という人間に惚れて加わった者達が多く、そのため皆が「団長の力になりたい」という 強い想いの下に行動している。
その時間は長いほど組織への、ひいては団長への想いも人一倍のものだ。 それゆえに、組織の中ではまだ立場が弱いながらも、団長から武具を直接授かった経験を持つダリアに対し、メンバー達が好感を抱いていないことはもちろんの事、今のような発言に対する反応が過敏になってしまうことは仕方のないことなのかもしれない。
「私とて『夜の鍵』の一員だ。少しでも組織の役に立ちたいと考えている……」
「それはここにおられる方々の全員がそうであるものと思われますが……?」
「今の手法では、私の能力を全て活かしきることができない……それは、組織に対し、手を抜いていることと同義だ……」
「…………残念ですね……まずは、その品のない口の利き方から直して差し上げましょうか……?」
「自身を大きく見せようとして、言葉遣いや振舞いに気を遣っていたようだが、メッキが剥がれてきているぞ……?」
「てめぇ!いい加減にしやがれっ!!」
ここにきて、女とダリアのやり取りを横で見ていたメンバーのうちの一人が声を荒げる。
指令はそれすなわち団長の言葉。 組織のメンバーでありながら、従うべきはずの言葉にまで噛み付こうとするダリアの態度に、これ以上我慢できなかったのである。
「ふんっ……」
「あ……?ぐあっ!?」
怒りが頂点に達し、ダリアに詰め寄ろうとした男だったが、その視界は瞬く間に上下が逆さまになり、直後、彼の背に強い衝撃と痛みが走った。
「私の態度が気に入らないというのならば構わない……かかってこい……」
「おいおい……不意打ちが一発決まっただけでもう勝てるつもりかよ……!!」
ダリアは、団長が自ら組織に引き込んだ人間である。
このような例は珍しく、それは少なからず組織内のメンバーの不信感と嫉妬を生んだ。 だが、それ以上に、これまで彼女が組織の一員として尽くしてきた姿、なによりその技と力はメンバーの誰しもが認めていた。 投げ飛ばされたことでダリアの実力を改めて確認し、スイッチを切り替えた男。 その雰囲気は先ほどまでのヘラヘラしていた様子とは全く違うものだった。
張り詰めた緊張感により、再び静けさを取り戻した室内。
「お二方とも、どうか落ち着いてください。仲間割れをしていても何も始まりません……」
「……」
その様子を見かねた女は、ゆっくりとダリアに語り掛ける。
「ダリア様。そのご意見は聞き入れられません。これは、この組織が守ってきた秩序。それはご理解いただけますね?」
「あぁ……」
「それでもなお、好き勝手に動きたいとおっしゃるのなら……好きにするとよろしいかと……」
「組織に対する裏切りだとでも言うか……?」
「結果次第かと。団長様の意向に沿う結果であれば、生き残る道もあるいは……」
「異論はない……役立たずは切るべきだ……」
「では、そのように……」
「あぁ…………その……すまない」
「…………」
――翌日、同アジト内、某所
「ダリア様が待機指示を無視し、単独で行動を開始いたしました」
広い部屋の中央に巨大な作戦卓。
山積みになった書物や資料。 それを囲むようにして椅子に腰かける数人の男女達。 報告を受けた彼らは、メンバーの命令違反を耳にしたというのにどこか楽しげな雰囲気に見受けられる。
「団長様の読み通りでございました。流石です……」
「まさかとは思ったが、本当に指令を無視するとは……」
「ほらな……団長に賭けてて正解だった!」
「……次はレート倍で」
「だったら、次は私にベットしなさいよ……いい夢見せてあげるわよぉ?」
「ははっ!血と一緒に金まで吸い尽くしてやるってか!?リリヴィスちゃんよぉ!?」
そんな男女達のさらに奥。
ゆったりとした椅子に腰かけながら、静かに笑う人影があった。 室内にも関わらず深くかぶった帽子が特徴的である。
「ふふ……ここからさ……」
――その頃
作戦の中にあった『ミール』という情報を頼りに、ひとりで革命軍拠点の所在を掴もうと、ダリアは峠を歩いていた。
「馴れ合いが性に合わぬとはいえ、自分のことながら思い切ったものだ……」
日々与えられる雑用のような指令。
それでも、組織に、団長に尽くそうと懸命にこなし続けてみたものの、それがどれほどの貢献になるだろう。 ひとつ指令を済ますたび、自分の心には達成感よりも不安が積み重なっていった。
そんな時に訪れた機会。
この作戦さえ成功すれば、間違いなく団長の目標に大きく近づくことになる。 これは好機だ。 不安で押しつぶされそうな状況。 どうせこのままでは近いうちに自分は押しつぶされてしまう。 ならばいっそのこと、後戻りできない状況に身を投げてでも。 そんな想いがもたらした行動だった。
「少し休むか……」
アジトを抜け出してから丸一日。
歩き詰めだった足はパンパンに張り、空腹と喉の渇きのせいで疲れが一段と増すようだ。 ミールへの道中で見かけた小さな街。 陽も落ちてきたその日は、そこで宿をとることにした。
「ん?なんだ?」
荷物を宿に置き、食事のために赴いた酒場が何やら騒々しい。
「たった一人で威勢がいいじゃねえか小僧!」
「俺たちが誰だかわかってんだろうな!」
(ちっ……帝国軍の兵士か……)
そこにいたのは帝国軍の兵士が4人。
ダリアはすぐさま柱に身を隠し、その様子を伺う。 誰かを囲って、何やら揉めている様子だった。
身を隠しながら、ダリアは傍にいる酒場の客らしい男に事情を聴いてみることにする。
「おい……何かあったのか?」
「ん?何だあんた?帝国軍の兵士だよ。あいつら、毎晩のようにここで酒だの女だの好き勝手にギャーギャー騒いでやがんだ……」
「誰かと揉めているようだが……?」
「ああ。帝国軍に逆らうわけにもいかねえから、みんな黙ってたんだがよぉ……あの兄ちゃんが奴らを注意したんだ」
それを聞き、兵士達の体の隙間から男の姿を確認するダリア。
囲まれている男はまだ若く、体つきも華奢に見えるが、全くひるむ様子もないまま兵士達の顔を見据えている。
「身の程知らずな奴だ……だが、気になるな……あれはこの街の人間か?」
「あの兄ちゃんか?いや……見ねぇ顔だ。旅人じゃねぇか?」
ダリアは改めて青年を注視する。
見慣れない法服を身にまとい、杖のようなものを携えている。 帝国軍の人間を相手に問題を起こそうとするような人間は、まず一般人にはいないと言ってもいい。
(どこかの神官か?もしかすると革命軍と何か関係がある者の可能性も……)
状況を整理し、自分がどう動くかを考えるダリア。
そのとき、自分に向けられる鋭い目線に気付いた青年。 青年は視線を辿り、ダリアと目を合わせた。
「はっ!?君は!」
その瞬間、青年に声をあげられ、帝国軍の兵士達もまたダリアの存在に気が付く。
「あぁん?お仲間かぁ!?」
「ちっ……余計なことを……!」
帝国軍に目を付けられたダリアの取れる行動は二者択一。
「逃走」か「戦闘」か。 本来であれば、自分に関係のない厄介事はなるべく避け、さっさと街の外へ逃走するところであったが、どうしても拭い切れない予感のようなものがダリアの袖を引く。 結果的にダリアが選択したのは「戦闘」だった。
「そこの女!おまえもこっちに……え!?」
「はぁっ!!」
突然の攻撃。
呆気に取られた兵士は、体勢を整える前に吹き飛ばされる。
「自分が何してんのかわかってんのか、てめぇ!?」
仲間がやられ、慌てて剣を抜きダリアへと向ける兵士達。
「実戦も知らない雑魚共がっ!」
明らかな敵意を持って攻撃してくる相手に対し、未だに脅しが通じると思っているのか、剣を振るうことを躊躇する兵士達は、ダリアにとって敵ではなかった。
瞬く間に4人の兵士を倒してのけたダリアに対し、周囲にいた客達は歓声を浴びせる。
「「うぉおおおおおおおおおおお!!」」
「すげぇ!かっこいいぜ姉ちゃんっ!!」
「酒持ってこぉおおおおおおおい!」
歓喜に沸く周りとは裏腹に、ひとり冷めた表情のダリア。
「ふん……調子の良い連中だ。おい、大丈夫か?」
戦闘態勢を解きながら、青年へと話しかけたダリア。
何の算段もつけずにアジトを抜け出してきたダリアにとって、わずかでも革命軍に近づく可能性があるのなら、と助けた青年。 わらにもすがる思いで厄介事を引き受けた彼女だったが……
「あ……え?」
理由は定かではないが、混乱している様子の青年。
兵士達と対峙していた時とはまるで様子が違う。 実は内心、恐怖心で一杯だったために腰を抜かしたのだろうか。
「おまえ、革命軍の関係者か?」
はずれか。
とは思いつつも、念のために、もう一度質問をするダリア。 あまりに直球的な質問だったが、誤魔化そうとすればその挙動はどこかに現れる。 それを見逃さまいとぶつけた問いだった。
「え?か、革命軍……?」
相変わらず混乱しているようだ。
だが、その反応に不審な点は感じられなかった。
「無駄骨を折ったか……」
帝国軍に手を出した以上、もはやダリアはお尋ね者である。
(増援が来て、さらに面倒事になる前にこの街を出るか……否、ひとまずは身を隠し、ほとぼりが冷めるのを待つべきだな)
これ以上、ここに留まり続けることは大きな危険を伴う。
だが、もうひとつの可能性をダリアは考えていた。 それは自分からではなく、革命軍からこちらに接近してくる可能性。 この騒ぎの噂を聞いた革命軍が、自分の正体を確かめるために接近してくる可能性は捨て難い。 帝国軍と敵対する者。 その意味では同志ともいえる立場の人間相手に、どれほどの興味を持つだろうか。 考えたダリアは、急ぎ潜伏場所を確保するため、ため息交じりに酒場を後にした。
「待ってくれ!君なんだろ!?シャロン!」
「え?なに!?」
背後からの声に振り返るダリア。
自分を呼んだ声ではない。 だが、あまりに自然と振り返ってしまった自分の行動に驚く。
「……やっぱり君なんだね?」
そこにいたのは先ほど助けた青年。
他人と勘違いでもしているのだろうか。
「人違いだ……私はシャロンなどという名ではない」
「いいや……間違いない……!シャロン……ずっと探していた!」
不思議と青年の声は心に響く。
どこか懐かしく、愛おしいような。
「ぐうっ……!またか……!」
そんな気持ちを掻き消すように走った頭痛。
「シャロン!?どこか痛むのか!?今すぐ傷を……」
「近づくな!私に触れるな!!」
青年が伸ばした手を払いのけるダリア。
触れてはいけない。 関わってはいけない。 鳴り響く頭痛がそう訴えてきている気がする。
「私はダリアだ!シャロンなどという女ではない!これ以上関わるな!!」
「待ってくれ!!」
思わず口にしてしまった本名。
だが、そんなことよりも、今はその場から、その男から逃げ出したかった。
――任務を終えて必ず帰る
そうだ。
私には任務がある。 這い寄ってくる何かを振り払うように走り出したダリアは、夜の闇へと消えていった。
――数日後
「ぐはぁ!!」
「追っ手を差し向けるならもっとマシなのをよこす事だ……」
先日の一件以来、帝国軍の敵として識別されたダリアは、追っ手をひたすら返り討ちにし続けた。
それどころか、帝国兵を視界に捉えようものなら、自ら躊躇無く攻撃をしかけるようになっていた。 冷たさ、静けさ、彼女が持っていたそんな雰囲気は今の彼女からは感じられず、どこか必死で、苦し気という言葉が似つかわしい。 手を付けてしまったものは仕方ない。 どうせやるなら派手にやる。 そんな理由を並び立ててはいるもの、吹っ切れたというわけではなく、何かを忘れるために戦いに身を投じているように思える。
「そろそろ出てきたらどうだ?敵意は無くとも、あまりに鬱陶しいようなら叩き伏せるぞ……?」
周囲に散らばる帝国軍の兵士の亡骸。
戦場だった場所の中心たった一人、深く深呼吸し、息を整えてから静かに呟いたダリア。
「わっ!?えっと……バレちゃってましたか……噂に違わぬ勇猛っぷりなのですよ!流石ですー!」
ダリアの位置から10メートル程離れた茂みの中。
観念したように、ゆっくりと茂みから現れた声の主は、とても小さな……妖精だった。
「昨晩からの絡みつくような視線。気付かないとでも……?」
「むむ!これでも尾行が上手だねってホメられるんですよー??」
「無駄話は不要……私を監視していた理由は……?」
「わわっ!えっと……何から話せばいいんだっけ……!?」
「……革命軍が何の用だと聞いている」
「え!?そこまでわかっちゃうんですか!?まだ話してもいないのに!!」
「たった今話してもらった……」
「わわっ!?ハメられたのですよ!」
「やはり革命軍か。もう少し頭を使った方が良い……革命軍の草の者はおまえのような者しかいないのか……?」
目的である革命軍への手がかり。
それをも飛び越え、よもやの直接の接触。 予想を超える収穫ではあるが、目の前の妖精の緊張感の無さに達成感は削がれていく。
「むむぅ……!ひどいですよ!あんまりですよ!!まあ、あれくらいの視線に気づけないようでは用事なんてないんですけどね!軽いテストのようなものですよ!」
ピリッと緊張感が走る。
「……テスト?」
「はいっ!実は、その革命軍の方々があなたに興味を持っているのですよ!是非、お茶だけでもいかがかなーっと」
お互い、完全に信用したわけではない。
だが、相互の利益を考えれば手を結ぶ機会は逃したくない。
「……少し時間をもらいたい」
「ええ!もちろんいいですよ!」
様々な思考が行き交う。
自分の役目は、このことを団長の耳に入れ、今後の対応の指示を仰ぐこと。
「知っての通り、今は少し立て込んでいる。それを片付け次第、話を聞かせてもらおうと思う」
「追っ手の帝国軍のことなら、特別に我々が引き受けてもいいですよ!?」
革命軍とて優秀な人材は喉から手が出るくらい欲しいはず。
だが、そのためとはいえ、無用なリスクは進んで負いたくはないのだろう。 どこかから情報が洩れる可能性を考慮し、できるだけ手早く手駒にしておきたいといったところか。
「……別件だ。他愛のない個人的な用件だが、無視できない」
下手な嘘は逆効果になりかねない。
例の青年のことをふと思い出したダリアは、とっさにその事実を隠れみのにすることで、団長への報告任務を隠し通す。
「あー……男の子を助けたそうですね!我々があなたに興味を持ったのもそれがきっかけといえばきっかけなわけですけど……」
「あの様子だと私を追ってくる可能性が高い。それはそちらにとっても邪魔な要素だろう?」
「それは、そうですね。それも我々に任せていただいていいですけどぉ……あれあれ?もしかして惚れちゃいましたか??」
「馬鹿なことを!!せ、せっかく助けてやったのだ。このままだと愚かな真似を繰り返すことになりかねない。目覚めが悪くなるようなことはゴメンだ……釘を刺しておきたい。それだけだ……!」
もう関わらないと決めたはず。
所詮は真実を隠すための囮。 なのに、こうも考えてしまうのは何故か。 ここのところ振り切ろうとしていたモヤモヤが、また忍び寄ってきた。
「わ!?そんなお約束みたいな言い訳しなくてもいいのですよ!」
「ちっ!」
「わわわわ!?そんなマジにならないでくださいよ!」
キッとダリアに睨み付けられ慌てる妖精。
最初に馬鹿にする発言をされたことが原因なのだろうか。 妖精の言動の所々に、ダリアを挑発するような意図を感じる。
「とにかく……それが済んだら話にも付き合おう……」
「……わかりました。では『イエル』の街でお待ちしているのですよ。後日、あらためて!」
「イエルだな。わかった……」
なんとか妖精を説き伏せ、団長へと報告するための時間を作ったダリア。
「それから、念のために言わせていただきますけど、くれぐれも我々に関することは口外しないようお願いしたいのですよ」
「無論、理解している……」
ゆっくりと緊張が解けていくのを感じるダリア。
あとはこのままアジトへ戻るのみ。 が、妖精に背を向けた途端、ヒヤリとした寒気のようなものが彼女の背をなぞった。
「ちなみにあなたを尾行し始めたのは、昨日の夜じゃなくて2日前からなのですよ?わざと気付かないフリをしてくれてたんですか?お優しい方なのですよ……では、また……」
気配が完全に消えたのを確信するまでダリアは動けずにいた。
力いっぱい盾を握っていた手を解くと、そこには汗がにじんでいた。
――二日後
アジトへと戻ったダリア。
ダリアの足ならば一日もあれば歩ける距離だったが、彼女はあえて遠回りをした。 まずは開けた草原で周囲に監視の目がないか入念に確認。 その後に歩く道も、追跡する者がいればすぐに察知できる一本道の洞窟などを選択した。 尾行の可能性を排除するため、念には念を入れての行動だった。
「ダリア!?おまえ無事だったのか……」
帰還の報告を受けたメンバーの一人がダリアの下へと駆け寄る。
安否の心配をしてくれていたのか、それともはねっかえりが無事に戻ってきたことを悔やんでいるのか。 真意のほどはわからないが、気には掛けてくれていたようだ。 それだけで少し救われた気がした。 帰ってきたのだと。
「おまえが戻り次第、直接報告しに来させるようにと団長からお達しだ」
「団長が……?」
団長に直接会える。
それは、彼女が鎧と盾を直接授かって以来となる、二度目の経験だった。
「重要な作戦に関わる事案だ。この近隣で帝国兵相手に大立ち回りしている女がいるとも聞いているが、おまえのことだろう?その件についても何らかの話があるだろう」
「……わかった」
少ししてから現れた他のメンバーに連れられ、ダリアはその場を後にした。
その際、自分の後姿を見送った男は、暗がりでよく見えなかったが、不敵な笑みを浮かべているような、そんな気がした。
その日。
とっくに陽は沈み、朝焼けがうっすらと浮かび始めた頃に目的地へと到着した。 迷宮とも呼べるこのアジトの全容を把握している者は、組織内に果たして何人いるのだろうか。 同じアジト内だというのに、自分が歩いてきた時間を思うと、異次元に迷い込んだかのような錯覚にさえ陥る。
「お待ちしておりました。団長様がお待ちです……」
大きな扉の前でダリアを迎え、案内役を下がらせる女。
伝達役をこなす姿を何度も見てきているが、他にも何やら下働きのようなことを任されている印象だ。 世話役、もしくはこの女も創立時から団長に仕えている何かなのだろうか。 部屋の扉がゆっくりと開かれ、そんな考え事は綺麗に吹き飛ばされる。
「おかえり。ダリア」
『団長』。
それと創立時の面々と思わしき男女が数人。 緊張と共に感動が沸き上がる。
「疲れただろう……この部屋へのルートは極秘情報になっている。そのため少し遠回りをさせることになってしまった。すまないな」
顔は帽子の影に隠れて見えない。
だが、かけられた声の優しさに心が軽くなった。 思い返される記憶。 団長に初めて出会い、団長に力を授かり、団長に仕えると誓った記憶。 間違いなくこの方は『団長』であると確信した。
「この度の我が身の勝手極まる行動。誠に申し訳ありません……」
どんな罰でも受ける。
アジトを出たあの日、心に決めたことだ。
「規律を乱すことはいけない事だ……だが、君がここへ戻ったということは、その罪以上の成果を持ち帰ったということなのだろう。とてもじゃないが咎める気にはなれないよ」
「はい……ありがとうございます……!」
「では、早速聞かせてもらおうか。君の成果を……」
「はい!」
ダリアは詳細に報告する。
帝国軍の敵であることをアピールし、革命軍の目を誘うために街で騒ぎを起こしたこと。 数日の後に革命軍からの接触を受けたこと。 イエルで再び接触する約束を取り付けたこと。
「……素晴らしい……これ以上ない成果だ」
「ありがとうございます!」
「……では、次の指令だ。このまま革命軍の内部へと潜入し、工作員として動いてくれ」
「はい」
「具体的な動きについては改めてまた伝達させよう……まずは何人かメンバーを先立って潜入させる」
「え!?それは……私ひとりでは……心許ないと……?」
「いいや。君の身を案じてのことさ……」
「…………」
「この件についての重要性は君も理解していることだろう……それゆえに危険も多い……」
「……はい」
「革命軍に君の存在が発覚し、戦闘になる可能性もある……そうなれば一人で逃げ出すことは戦力的に難しい」
「…………はい」
不服ではない。
だが、自分の力を信用してもらえてないのか、そんな不安が感情を曇らせる。
「……これも君が革命軍への足掛かりを得てくれたおかげだ。だからこそ、君にはもっと大切な……大役を頼みたいと考えている……やってくれるな?」
「あ……ありがとうございます!必ずや……!」
「ああ……そう言ってくれると信じていた。では、少し休息をとるといい。ここのところずっと休んでいないと聞いている。仕事にも支障が出る可能性があるだろう……」
「はい。お心遣い感謝します……」
今すぐにでも動きたい気持ちで一杯だったダリアだが、団長が自らかけてくれた温情。
彼女はその甘い言葉に従うことにした。 報告を終え、新たな指令を受け取ったダリアは退室しようと扉の取っ手に手をかける。
「……ダリア……報告し忘れていることはないな……?」
作戦に関わる事は全て報告した。
団長の求めている答えが何かを考える。
――まただ。
ふと思い出すあの男の顔。
作戦とはなんの関係もない! まさか、団長はこのことを聞いているのか……? 隠すようなことではない。 知っていること、見たことを全て話すだけだ。
「そのようなものはありません……」
話してはいけない。
護らなければいけない。 心がなぜかそう訴える。
「……そうか。報告ご苦労だった。君には期待しているよ……」
「……はい」
ダリアは背を向けたまま答え、手にかけていた取っ手を押し、部屋を後にした。
頭痛に耐える表情を団長達に見られないように。
ダリアが部屋を後にしたのを確認してから、幹部らしき男の一人が吹き出した。
「ぷっ……ははっ!また賭けはおれの勝ちだ!」
つられるようにして部屋にいる者達が口を開く。
「帝国軍を相手取っての大胆な行動……あまりに危険と思われましたが、この結果もやはり団長様の読み通りとは……流石です……」
「これを機に団長の逆張りは控えることにしよう……これ以上負けても傷を広げるだけだしな……」
「ははっ!リリヴィスちゃんに癒してもらえよ!ん?あれ?なぁ、リリヴィスちゃんいないみたいだけど?」
「別件で外出中のようだ……」
「別件?」
示し合わせたかのように、彼らの視線が団長へと注がれる。
「ああ。彼女には革命軍潜入の先陣に立ってもらうため、先に目標へ向かってもらった。これからと言っただろう?まだ、始まってもいない。本当のゲームはこれからだ……」
帽子の影から覗く瞳の光。
その見据えるモノは果たして。
明けていく空色に隠れるように、闇は姿をくらましていく……
――一週間後
革命軍と再び接触するため、イエルへと向かうダリア。
その道中、朝焼けの街『トレイユ』を通りがかろうとした時、彼女は再びあの青年と出会うのであった。
「やっと見つけた……シャロン!」
「またおまえか……丁度いい。もう関わるな。おまえの探す女と私は無関係だ。それから、あのような馬鹿な真似はもうするな……それだけ忠告しておきたかった……」
あれからずっと自分を探していたのだろうか。
先日の様子とは打って変わり、違う意味で落ち着きがなく、ブツブツと何かを呟いている。 思えばあの時、とっさにこの男を庇ってしまったために、団長にまで隠し事をすることになってしまった。
これ以上、自分が乱されるのは嫌だ。
「さらばだ……二度と会うことはないだろう……」
(これでいい……これで元通りだ……)
その場を足早に去ろうとする彼女。
だが、青年はその手を掴んで離さなかった。
「僕だ!ハシュテッドだ!わからないのか!?」
「しつこい奴だ……!ここで果てたいのか!?」
「シャロン……帰ってきて来てくれ……任務を終えて必ず帰ると約束してくれたじゃないか!」
必死に訴えかけてくる表情。
だが、それ以上に「任務を終えて必ず帰る」という言葉に強く心が揺さぶられるのを感じる。
「な……なぜ、おまえがその言葉を知っている!?」
頭の中で繰り返されてきたあの言葉。
『夜の鍵』のため、『団長』のための言葉。 それをなぜこの男が知っているのか。
「シャロン……本当に忘れてしまったのか……君はやはり……」
「ぐぅっ……ああっ……!!」
また襲ってきた頭痛。
今回のそれはこれまでのものと比べられない程の痛みだった。
「あぁああああああああああああああ!!」
「シャロン!大丈夫か!?シャロン!!」
「あぁああああああああああああああああああああ!!!!」
「うっ!?」
痛みに耐えかね暴れるダリアを抱きしめようとしたハシュテッドだったが、顔面を殴りつけられ弾き飛ばされる。
「シャ……シャロン!君は……」
「だまれぁえええええええええ!!もう私を乱すな!関わるなぁああ!!」
「そんな……」
「私はダリア!!貴様など知らない!!!!」
そう吐き捨てた彼女は、ハシュテッドから逃げるようにして、その場から走り去ろうとする。
「ま、待つんだ……待ってくれ……!」
なおもしつこく彼女の足を掴み、引き留めようとするハシュテッド。
それは執念を超えた、呪いのようにすら感じられた。
「う……うわぁああああああああああああ!!」
痛みと恐怖に我を忘れたダリアは、足元に這いつくばっているハシュテッドに向け、手にする盾を思いっきり振り下ろす。
轟音の後の静寂。
夜虫の鳴き声だけが小さく聞こえる。
「はぁ……はぁ…………」
「…………」
次第に落ち着きを取り戻した彼女は、動かなくなったハシュテッドを見つめる。
どうやら息はあるようだ。 いっその事、このまま…… そんなことが頭をよぎるが、何故かそんな気にはなれなかった。 結局、転がったままのハシュテッドを捨て置き、彼女はゆっくりとその場を離れた。
イエルに辿り着いたダリアの表情は悲惨なものだった。
まるで屍のように生気がなく、目も虚ろ。 通りかかる街人は、その姿を見るや、彼女を避けるように道を開けた。
「私は何を……」
何かを失ったかのように、ただ茫然とここまで歩いて来たことは覚えている。
――任務を終えて必ず帰る
「そうだ……私は…………」
何かを思い出したように空を見上げる彼女。
その瞳には徐々に輝きが戻り始め、表情もしっかりとしたものになっていく。
「私はダリア。団長に仕える夜の鍵の使者だ……!」
|
| + | 愛の世界を抱く騎士ノア |
「必ず何か痕跡があるはず。もっとしっかり探しなさい!」
“夜蛍の都ミール”から少し離れた山の中。
この土地ではそこそこ有名な盗賊団のアジトの中で、盗まれた財宝や金品が次々と発見されていく。 地元の自警団が立ち会う中、ノアは部下に檄を飛ばしていた。
「必ずあります。これが本当に夜の鍵の仕業ならば……!」
キッチンには冷めきってはいるが、まだ中身が腐っていない鍋が置かれている。
一見なんの変哲もない山小屋だが、明らかについ最近まで人がいた形跡があった。 しかし、ここにいたはずの盗賊団は捕まった訳ではない。
数日前、地元の人間が叫び声を聞きつけてやってくると、ドアの開いたアジトを発見。
その中には一つとして人影はなく、まるで神隠しにあったような状態だった。
報告を受けたミールの自警団“レッドピース”はアジトの中を捜査したが、痕跡らしきものは見つける事が出来なかった。
そして、街の中では“夜の鍵”の仕業だという噂が瞬く間に広まり、その噂を聞きつけたカルテット騎士団は、ハート隊に調査の命を下したため、この場にノアがいる。
「隊長。やはり部屋の中は荒らされた形跡がありません。もし金品目的であれば、このような物を残しておく訳がない。やはり、奴らなのでしょうか……」
男は豪華な宝石のついたネックレスをノアに見せながら、真剣な眼差しを向ける。
ネックレスはどこかの王族の物だと言っても疑う余地のない輝きを放ち、売り払えば屋敷の一つくらい建てることが出来そうだ。 ノアは頷いてから命令を下す。
「確証はないですが、間違いないと言っていいでしょう。何を狙っての犯行か、そしていなくなった人達がどこに行ったのか調べる必要がありますね。皆さん、一旦外に出て周囲を調べてください。足跡の一つでもあれば真相に近付くかもしれません。くれぐれも見落としのないように」
ノアの兵隊は、胸に付けた番号に手を当てて敬礼すると、次々に外へと出て行く。
残されたノアは、アジトの中を更にくまなく調査する事にした。
「ハート隊散開するぞ。何か見つけたら直ぐに声をあげるんだ!」
一人が声を発すると、各々別の方向へ歩き出す。
2番から13番までの計12人の兵隊は、いかにも屈強な戦士と言わんばかりの男から、杖を持ったサポート役の女性まで、様々な顔を並べてはいるものの、一丸となって仕事に取り組む姿勢はそんじょそこらの兵団よりも統率が取れている。 人種や出身も様々な彼らだが、ただ一つ、夜の鍵を潰すという目的のため、全力を尽くしていた。
「ねぇ!これ!ちょっと来て!」
兵隊の一人が何かを見つけて声をあげる。
直ぐに周りから集まってきた兵隊達が見たものは――
「隊長!至急確認して頂きたいのですが、少々宜しいでしょ……んん?」
急いで盗賊の山小屋に戻った男は室内を見渡す。
先程までそこにあったノアの姿がない。
「隊長……?どちらに……?」
部屋の奥へと進むと、一番奥の暖炉に違和感を覚える。
横に90度回転している暖炉の先に、漆黒の深い闇が見えた。
「隠し扉……?」
警戒しながら近付いて行くと、暗闇の先には階段が伸びている。
どうやら、本格的に隠し部屋のようだ。
「隊長ーー!奥におられるのですか!?」
階段の奥に広がる闇に向かって声を張るが、返事はない。
仕方なく、手を壁につけて確かめながら一段一段地下へと歩を進めた。 螺旋状に伸びる階段は想像よりも深く、一体なんの為に作られたものなのかを想像して嫌気がさす。 これだけ厳重に隠すものと言えば、人に見聞きされると困るような何かが眠っていると相場が決まっているからだ。
嫌な汗を流しながら慎重に進むと、やがて半開きになっている大きな木のドアが現れた。
ドアの中からはランプの火が揺れているような明かりが漏れていて、暗闇に慣れきった目には少々明るすぎる。 腕で光を遮りながら中を覗くと、隊長ノアの姿がそこにあった。
「隊長……?ここは……」
部屋の中に入ると、中央にテーブルが設置され、壁際には本棚が並んでいる。
そのテーブルの前に立ったノアは、ゆっくりと振り返った。
「奴らの狙いはどうやらこれだったようですね……」
ノアは手に持った物を兵隊の男の前に出した。
何かの……箱。 周りには装飾が施された豪華な箱。 どうやら鍵が掛けられる仕組み“だった”ようだ。
「その箱は……破壊されている……?」
小さな宝箱のような上面が丸々開けられるような作り。
鍵を入れなければ蓋をガッチリと止めていたであろう金具が無残に壊され、力なくプラプラと揺れている。
「中には何もありませんでした。1階にも一般的に宝と呼べるような物があった事を考えると、こんな地下に隠さなければいけない箱の中身とは、一体どんなものだったのでしょうか……」
きっと金品などではなく、何か強大な力を持った物。
そう考えると納得がいく状況だった。 ただ、兵隊の男は、それは一つの仮説にすぎないと異を唱える。
「しかし、奴らがここを見つけて入り込み、その箱を破壊したという証拠はありません。ここをねぐらにしていた盗賊達が無理矢理こじ開けたという線も残っている……いや、普通に考えればその方が可能性は高いように思えますが……」
「この地下室に入る為には、壁に埋め込まれたパズルを解かなければなりませんでした。しかし、アタシはパズルを解いていません」
なぞなぞのような返答に、頭を悩ませる男。
「えっと……それはどういう……」
「この隠し部屋に入る仕掛けも壊されていたのです。ここの住人である盗賊団がわざわざ壊して侵入するでしょうか?」
「なるほど……」
もし盗賊団がこの場所をアジトにした際に壊したという事も考えられるが、こんな場所を見つけられるのだろうかと疑問を抱く。
実際に、ミールの自警団も含めて先程調査していた時はこの場所の存在は分からなかったのだから。
「隊長はどのようにここの入り口を見つけたのですか?」
「魔素の流れをほんの僅かに感じました。本当の愛がなければ感じることができないほど、微量なものでしたので、あなた達が見つけられなかったのは仕方がないと思います」
ノアはそういうと、箱を手に持ったまま部屋のドアを抜けようとする。
兵隊の男はその姿を見て、ここに来た本来の理由を思い出した。
「隊長!すみません、報告が遅れてしまったのですが、外で何やら戦闘の跡のようなものがありまして、是非隊長に確認頂きたいと思いまして……」
「そんな事だろうと思っていました。でなければこんなに早くアタシを呼びに来ることもないでしょうしね」
ノアはニッと笑うと、そのまま階段を登っていった。
「これは……焼け跡……?それも、そこら辺の火の魔法じゃないわね……」
兵隊に連れられて来たノアは、のどかな山道の不自然な焦げ目の前で膝を付く。
明らかに落雷などで自然に出来たものではない事を確かめると、注意深くその焼け跡を観察した。
「隊長……やはり……」
ノアは立ち上がると、12人の兵隊に向き直り口火を切る。
「これはかつてない成果です。皆さん、本当に良くやってくれました。早速ですが、報告の為に我々の城へ戻りましょう」
鎮魂の街ソーンから北に数刻程歩くと、森の中に突如大きな古城が姿を現す。
かつては王都の王族の避暑地とされていただとか、ヴァンパイアの王が住んでいた、幽霊が巣食っている、などなど様々な噂が立っている為、基本的には人が近付く事はないような古城。 こんな場所にカルテット騎士団の本拠地があるとは、誰もが夢にも思わないだろう。
城の正面玄関を潜ると、大きく開けた聖堂のような場所に出る。
勿論今は信仰などしているものはこの騎士団にはいない為、兵隊達の憩いの場になっていた。 上方に掲げられた4つの旗には、トランプのマークがそれぞれ堂々と描かれている。 このマークこそが、騎士団の誇りであり、4つの小隊で大きな騎士団が構成されている事を示す重要なもの。
「ハート隊戻りました!」
ノアに続き、12人の兵隊も繰り返す。
「「ハート隊戻りました」」
ノアを先頭に足を揃えて歩く兵隊達の横を、ガルムの少女がすれ違う。
「相っ変わらずアンタんトコはきっちりしとるなぁ~。ウチやったら堅っ苦しゅうて窒息してまうわ」
独特のトーンで話す少女は、フワフワとウェーブ掛かったブロンドの髪を靡かせ、少し高いヒールの踵をコツコツと言わせながら、にこやかにノアを見る。
胸元にダイヤの宝石を光らせている彼女はダイヤ隊の隊長なのだが、ノアは少し苦手としていた。
「アタシの隊には愛があるからよ!あなたの隊とは、そもそも出来が違うの!すぐどこかに遊びに行くあなたの隊と一緒にされても困るわ!」
「なんや……今日はえらい機嫌悪そうやな。まぁ、ウチは遊んどった方が楽しいし……ってアホか!遊んどる訳やないって何回言えば分かんねん!?ほんま、これやから商いもした事ないお子ちゃんには困ってまうわぁ」
「数字ばかり見てるから気持ちっていうものがなくなるのよ!愛がなければお金なんてなんの意味もないもの!」
「待ちぃや!!ウチは“ココ”!!心で商売しとるんや!商売人は心が一番大切なんて常識中の常識やっちゅうのに……はぁ……これやから素人は……って!!人が話しとる最中にどっか行く奴がおるか!!」
ガヤガヤとうるさい少女を尻目に、ノアは騎士団本部に向かう。
ノアは口ではあぁ言っているものの、カルテット騎士団の財政管理を任されているダイヤの隊長にはある程度信頼を置いていた。 ハート隊の兵隊は、顔を合わせればこのようないがみ合いをしている彼女達にすっかりと慣れてしまっているのだが、その内では隊長同士、もう少し素直になって欲しいと皆が思っている事はノアだけが知らない。
騎士団の本部となっている作戦室。
兵隊を廊下に置いてきたノアを、カルテット騎士団の総司令であるスペード隊隊長の男が背中で出迎えた。
「戻ったか……」
ノアは、盗賊団のアジトで見てきた事を全て話し終えると、例の箱をスペードへ手渡す。
「これがその箱です」
「ふん……。なるほどな……」
まじまじと箱を見ると、そのままノアの手に返し、いつも通り刺すような目を向けた。
「盗賊の失踪に関しては、一旦こちらで調査する。ハート隊はこの箱の出処を探ってくれ」
「わかりました。では、ハート隊、出発します」
「戻ったばかりで悪いな」
優しい言葉を掛けてはいるが、その目の奥は殺意のような黒い感情があるようにノアは感じ取る。
「少しは寝て下さいね」
目の下にクマを作るスペードの身体を案じた後、大きな音を立てないようにゆっくりと部屋のドアを閉める。
廊下で待つ12人の兵隊に命令を下す前に、一番手がかりを持っていそうな人物に話を聞きに走った。
「ちょっとあなた!待ちなさい!!」
後ろから走って来たノアに対し、怪訝な表情で振り返る少女。
「なんや騒々しい……。今さっきアンタが話終わらせたんやろ」
「スペードから任務が下って仕方なくよ……。あなたなら何か知ってる可能性が高いと思って……」
「はぁ……反省して頭下げに来たか思うたウチがアホやったわ。ほんで?なんや?」
ノアは例の箱をダイヤの少女に見せる。
「これを見たことはない?似ている物でもいいわ」
「なんやその箱?……んーー。見てくれは綺麗やけど、中身空っぽやんか。もしかしてアンタ、これ売りつけなアカンほど物入りなんか?……せや!ほならウチが他よりも高値つけたる!なんぼ必要なんか言うてみ?」
商人の血が騒いでいるのだろうか。
明らかに悪そうな笑顔を見せながら、少女は箱をまじまじと見つめている。 きっと箱を買い取ったのち、他の業者に高額で売りつけて利益を出すつもりなのだろう。
「任務だって言ったでしょ。これの中身を夜の鍵が持っていったかもしれないの。アタシが知りたいのはこの箱の出処よ」
「なんや……そんならそうと、はよ言うて欲しいわ。見せてみ」
落胆したかと思えば、コロッと態度を変えて真剣な顔つきになるダイヤの少女。
「これまたえらい古いもんやな。錠の作りは300年くらい前に王都で流行っとった4本歯のやつやわ。彫り物は……シャムールの物に似とるなぁ。ん……そーいやこれ前にどっかで……?そうや!」
足をトンと鳴らすダイヤの少女。
「何か分かったの?」
「どっかで見たことある思たら、ヴィレスの骨董商がこれに似たもんぶら下げてたん思い出したわ。見せてみ言うたら『これは売りもんじゃねぇ』とか言うとったっけ……。これと同じかは分からへんけど、調べる価値はあるかもしれんな」
思っていたよりも真相に近そうな情報を持っていた少女に、ノアは笑顔を向ける。
「ありがとう。あなたも少しは愛があるみたいね!一緒にヴィレスに来てくれる?その骨董商とは顔見知りなんでしょ?」
「いやいやいやいや、ウチは忙しい言うてるやろ!?ほんまちょっと親切にしたらすーぐ付け上がりよる。自分の兵隊連れてさっさ出発しぃや!あ、情報料はツケとくわ!膨れる前に返済してなぁ~。ほなぁ!」
そこまで言うと背中を向けて腕を振りながら歩きだす。
「前言撤回……なんて歪んだ愛を持ってるのかしら……」
情報料というのは事ある毎に彼女が口にする冗談だと分かってはいるものの、やはり何か気分が悪い。
「もういいわ!皆さん!ヴィレスに行きましょう!」
歯をギリギリと鳴らしながら大股で進み始めるノアの後ろで、兵隊達は顔を見合わせてからため息を吐くと一拍置いてから足を踏み出した。
カルテット騎士団の城を出発したハート隊は、ソーンの街で旅の支度を整えると、王都の東側へと足を運ぶ。
この辺りは帝国の目も厳しくなっているため、13人もの武装集団ともなれば、出来るだけ人目につかないように街道から少し外れた道なき道を進まなければならず、険しい道程となっていた。 しかし、当のノアだけでなく、兵隊ですらも文句一つ言わずに、ただ忠実に任務をこなすことだけを考えている。 それはカルテット騎士団のスペードに忠義を尽くしている訳ではなく、やはり各々が夜の鍵を潰すという大きな目的を持っているからこそ、自然と団結が湧き出ているのだろう。
「止まって下さい。これは……」
ノアが手の平を兵隊に向けると、ピタッとその場で止まり息を殺す。
視線の先にはまだ何も見えてはいないが、草木が燃えているような匂いが鼻をついた。
「慎重に進みましょう」
目の前の丘に続く坂道を、体勢を低くしながら登りきると、いくつかの人影が目に入った。
「帝国軍……」
ノアの目に映るその人影が着用している黒の鎧。
一夜にしてレミエール王国を滅ぼした軍隊。 それは、ノアからすれば許す事の出来ないねじ曲がった愛を持つ集団。 許すことの出来ない存在だ。
しかし、それでも彼らはまだ人道的だと思えるところがあるようにも思える。
制圧した街の人々は生かされており、人としての生活が与えられているからだ。 それに比べ、夜の鍵は全てを消していく。 それも、今まで起こしてきたと言われる事件の殆どが、犯行の方法すら分からない。 そこまで徹底された悪の組織を、許す訳にはいかないのだ。
とは言え、カルテット騎士団が活動する上では帝国の動きというのは非常に重要な情報の一つ。
帝国軍に目をつけられると、最悪潰される可能性すらある。 あの王国を一夜で陥落させた組織なのだから、自分達のような少数の騎士団を潰すなんて造作もない事だろう。
ノアは帝国の兵士達が何をしているのだろうかと見定めるように見下ろす。
しかし、その様子がおかしい事に気が付いた。
帝国の小隊だろうか、武装した十数人の兵士達は、皆一様に何かから全力で逃げているように思える。
その後方ではとてつもない火柱が上がり、炎の中には数人が焼かれたのだろうか、真っ黒に焦げた人影はピクリとも動いていない。 そして、炎の先に帝国の兵士達をゆっくりと追いかける人影が一つ。
「あの帝国兵達を一人でここまでやるなんて……何者でしょうか」
ノアは静かに呟く。
ハートの兵隊達も、生唾を飲み込んでその様子をじっと伺っていた。
そして、ノアはある事に気が付く。
「あの焼け跡……まさか……!!」
視界に入っている火柱。
そこから出てくる大きな尻尾を持った女性。 尖った耳を空に向け、カール掛かった長い黒髪をかきあげる。
そして、そのずっと後方の焼け跡。
非常に高い温度で、一瞬にして蒸発したように燃えた跡。 それはつい先日盗賊のアジトの付近で見た物に酷似していた。
「まさか……あの女が夜の鍵の……」
兵隊の一人がそう声を発すると、ノアは拳を握りしめた。
これだけ追い続けて、初めてその容疑者となる人物を見つけた事で高揚した気持ちを必死に抑え、冷静になろうとする。 見た事もないような技を披露してくれているが、果たして交戦したところで勝てるのだろうか。 なんの確証もない。 しかし、このままにしておくわけにはいかない。
「5番から7番の3名に任務を与えます。この箱をヴィレスの骨董商に見てもらって来てください」
ノアはカバンから例の箱を出すと、兵隊の男にそれを手渡した。
「しかし……」
箱を受け取った男の表情から、今から敵対しようとしている眼下の女との戦闘に参加しなくてもいいのか、と考えているのだろう。
「問題ありません。こちらも大事な任務ですので、よろしくお願いしますね」
兵隊の男は自分が背負った重たい使命を認識したように深く頷くと、6,7番の兵隊と視線を合わせてその場を後にした。
見送ったノアは、盾を強く握りしめると、その場に立ち上がる。 そして、一言放ち走り出す。
「愛がある者が勝利するわ!愛があるならアタシに着いてきてください!」
それを聞いて、兵隊達は一斉に立ち上がり、ノアの後を追う。
丘を一気に下りきると、燃え広がる平原に立つガルムの女もこちらに気が付いたようだ。 するとガルムの女は涼しそうな声でハート隊の面々を迎えた。
「今日は随分とお客さんが多いようね。どちら様?」
「アタシはカルテット騎士団ハート隊、隊長のノア!!貴女がしてきた事は分かっているの!正直に全てを話しなさい!」
ビシっと人差し指を向けるノア。
しかし、相手の女は不思議そうな顔をしている。
「何を言っているの?話が見えないのだけれど……」
「知らないとは言わせないわ!夜の鍵の事も、盗賊団のアジトの事も!あの盗賊団が持っていた箱には何が入っていたの!?答えなさい!!」
「夜の鍵……?聞いた事はあるけれど……どんな人と勘違いしているのかしら……」
女は尻尾をクネクネと動かしながら困ったような表情を浮かべている。
「とぼけても無駄よ!今出していたその炎の跡は、誰かが簡単に真似できる物じゃないもの!貴女があそこに居たという動く事のない証拠じゃない!!観念しなさい!!」
そう話した瞬間。
それまでは流すように聞いていた女だったが、目の色が変わったように見えた。 女はノアを正面から見ると、先程よりも低いトーンで話し出す。
「その話は本当なの?詳しく教えてくれないかしら」
「なんて愛がない人なのかしら……。あくまでもしらを切るのね!とぼけても無駄だって言うのに!そんなに話したくないなら、話せるように教育してあげるわ!!」
ノアは引き下がらない。
盾を構えて女へと敵意をむき出しにした。 兵隊達も剣を構え、今にも交戦が始まりそうだ。
「ちょっと待ちなさい……はぁ……仕方がないわね。そこまで言うなら少し相手をしてあげるわ。でも、その前にやらなきゃいけない事があるの。少し待ってて貰えるかしら?」
女は持っていた大剣を背に仕舞うと、背中を向けようとする。
「待つのは貴女よ!逃げるつもりなの!?」
ノアは今にも殴り掛かりそうな勢いで言い放つが、女は冷静だった。
「お願い。夜には必ず戻るわ。大事な用事なの……」
それを聞いてノアは少し考え、そして結論を出した。
「仕方ないわね。わかったわ。必ず戻ってくるのよ」
ハート隊の面々は驚く。
「隊長!!良いのですか!?このまま逃げてしまうかもしれませんが……というよりあの女は絶対に逃げ――」
「大丈夫よ。あの目は何かを決意した目。貴方も本当の愛があるならば、彼女を信じて待ちなさい」
ノアは真剣な表情で説き伏せる。
女の背中が見えなくなると、その場に座り込み、じっと夜を待つ事になる。
空が茜色に染まる。
ハート隊は座ったまま、女が来るのを待ち続ける。 あの女は逃げたのではないだろうかと考える者は誰一人いない。 隊長の信じたものを信じる。 ノアが何を考えているのか解るものは少ないものの、ノアを心から信頼している者達だからこそできる事だ。 そういう者達だからこそ、ノアに命を預けて戦う事が出来、更にはノアからの信頼も得られている。
端から見れば、敵に待ってくれと言われて待つ騎士なんて遊びにも見えるかもしれない。
それを当然のようにしてしまう隊長のノアを、兵隊は誇りに想っていた。
日が地平線から消えた頃、兵隊の一人が沈黙を破る。
「5番、6番、7番が戻ってきました」
指差す方向を見ると、例の箱を骨董商に確認しに行った3名がこちらに向かって来ていた。
「隊長、お待たせいたしました。報告致します」
ノアは真剣な表情で頷く。
「この箱はダイヤの隊長が言っていたように、ヴィレスの骨董品屋の店主が持っていた物でした。中身については知らなかったようです。なんでも、開ける鍵が見つからず中身がもし物凄く高価だった場合の事を考えて売り物にはしていなかったとか。入手先は、知り合いの商人から物々交換で手に入れたという事でしたが、その商人も鍵は探していたという事です。その商人が言うには、中には“祈望の魔石”という物が入っているとか言っていたようで、骨董商も期待をしていたそうですが……」
「それで、どうしてその箱が盗賊団のアジトにあったのですか?」
「はい。最後に見たのは店の中という話です。ある日の夜に物音がしたと、2階から店である1階に降りると男達数人が店を荒らしていたとかで、何もする事が出来ずに商品が殆ど盗まれていたという事でした」
「なるほどね……」
つまり、盗賊団が盗んでいった物の中にこの箱が混ざっていた。
そして、それを夜の鍵が盗んでいった。 そういう事になる。
「箱はどうしたのですか?」
「骨董商に見せると、中身が空っぽになっていたので肩を落としていました。国から盗難の保証も受けたし、この箱はもう見たくもないから持っていけという事で持ち帰ってきました」
兵隊の男は、懐から箱を出すとノアに手渡す。
「うーん……何か引っかかるわね」
ノアは先程帝国と戦っていた女が、夜の鍵のメンバーだったと仮定して考える。
あの女は間違いなくガルムだった。 つまりガルムの国、ヴィレスの住人だという可能性は非情に高いだろう。 現にヴィレス付近で帝国と戦闘していた訳だ。 ヴィレスはまだ帝国の手に落ちていない国。 国を守る為に戦っていたと考えるのが妥当であろう。
ヴィレスに住みながら、夜の鍵として活動をしていたとすれば、骨董商がこの箱を所持していた事を知っていたかもしれない。
いや、それどころか骨董商の元にこの箱が渡るように手を回していたとしてもおかしくはないだろう。 商人である骨董商が普段中々お目にかかれないような豪華な箱を手にしたら、草の根を分けてでも鍵を手に入れて中身を確認したい筈だ。 自らが鍵を探す手間が省ける可能性がある。 もし鍵を見つけて中身を手にする機会があれば買い取るか奪うかすれば良い訳だ。 しかし、箱は盗賊団に奪われてしまった。 ならば、箱を取り返しに盗賊団を襲ったとしたら……。
「一応辻褄は合うと思うのだけれど、どう思いますか?」
ノアは兵隊達に意見を求める。
「しかし、自分がもしその女であれば、錠を壊す方法があったのなら最初から箱を壊してしまうと思います。鼻から鍵を探す手間もなくなりますし……」
「では……そもそも箱の存在を知らなかったとしたら……」
骨董商は国から盗難にあった事を報告して保証を受けた。
つまり、盗まれた財産のリストを作成した筈だ。 その中にその箱があったと記載したならば、そのリストから箱の存在を知り……。
「確かに!それから盗賊団を追ったのであれば、話が通りますね」
「あくまでも仮説に過ぎません。真相は、自分の口から話して貰いましょうか。あの女に……」
ノアが顔を上げる。
その視線の先には人影が一つ、こちらに向かい歩いて来ていた。
「来ましたね」
ノアはその影から一切目を離さずに立ち上がり、盾を強く握りしめる。
兵隊達にそのギリギリという音が聞こえる程強い力で。
「本当にここで待っていたの?少し驚きね……」
「貴女が待てと言ったでしょう?何をしてきたのかは知らないけれど、覚悟は出来たのかしら?」
ハート隊と女の距離は8m程。
しかし、その距離は既に互いの間合いに入っていた。 緊張が辺りを包み、空気がビリビリと唸っているように感じる。
「覚悟……?そうね。それに似たものはしてきたかしら……」
この女が夜の鍵の構成員だとすれば、自分達、カルテット騎士団が接触してきた事は筒抜けだろう。
しかし、それでいいのだ。 もしかしたら、この女を足がかりにして、芋づる式に夜の鍵の団員を捕える事が出来る可能性がある。
「そう。だったら、全部本当の事を話してくれるわね?」
固唾をのんで見守る兵隊達。
しかし、女が発した言葉は、彼らの期待とは違った物だった。
「あなた達は何か勘違いをしているわ。私は夜の鍵なんて噂話でしか聞いた事がないの」
ノアは怒りを込めた言葉をぶつける。
「まだしらを切るつもりなの!?この箱を見ても何も知らないとは言わせないわ!!」
例の箱を女に突きつけるが、女は不思議そうな表情を浮かべる。
「なぁに?その箱は……初めて見たけれど……」
「本当に救えない程愛がない人ですね……!!もう怒ったわ!!」
ノアが盾をズドンと地面に叩きつけると、衝撃で土煙が舞う。
盾を持ったもう片方の手の箱を持った手を後ろに伸ばした。
「あなた達はこの箱を城に持って帰りなさい。一人もこの場に残る事は許しません。アタシがこの女と一騎打ちをします!!」
ノアがこうなった時は誰がなんと言おうと覆る事はない。
それを知っている兵隊達は、指示に従うしかなかった。 兵隊達は精鋭ではあるものの、戦力ではノアに到底届かない。 それ程までにノアは天才的な能力を持っていた。
しかし、目の前のガルムの女の力も凄まじい事は明白。
ノアと比べても五分と言ったところかもしれない。 つまり、そこに兵隊達が居れば、足手まといになり兼ねない。 隊長のノアの足を引っ張るくらいならば、自分達は自分達に出来る事を全力でする。 それが隊長の愛であり、兵隊としての隊長への愛。
「ご武運を。隊長!」
箱を受け取ると全力で走り出す兵隊達。
ノアは足音で兵隊がある程度離れた事を確認すると、にぃっと白い歯を見せる。
「これで、思いっきり愛の教育が出来るわ!!覚悟しなさい!!」
「はぁ……別にあなたと戦う気はないのだけど……引く気はなさそうね……」
女も大剣を構えた。
夜の静寂に包まれた平原。 2人の距離がひとつ詰まる。
全ての人、動物、虫、植物。
生命は愛を持っている。 愛があるからこそ、繁栄し、未来を繋ぐ。
しかし哀しい事に、時としてねじ曲がった愛を持つ者が現れる事がある。
正しい愛に導くものは、正しい愛を知る者だけ。 ノアは正しい愛を持ち、そして愛を見る。
皆平等に持っているはずの愛。
その愛を正しく育み、与え、宿す。 それが出来るのは、カルテット騎士団ハート隊、隊長ノア。
「歪んだ愛を……このアタシが消し去ります!!!」
――ノアの見る世界
夜に包まれた平原は、一変して青空が広がり、爽やかな風が吹き抜ける。
青々しい草の絨毯が広がり、鳥も小動物も木も雲も、世界が平和の歌を唄う。 まさに、愛に溢れた世界。
ノアの前には、濁るハートを持った者。
この世界には不必要。
それはハッキリ解っている。
立ち塞がるは夜の鍵。
世をおびやかすその者の、ハートに愛を注ぐため。 悪魔のようなその者の、ハートに愛を注ぐため。 大地も花も木も空も。 全てに愛を咲かす為。
今、この愛の全てをぶつける。
悪魔のハートは濁っている。
その心を赤く灯せば、世界が愛に包まれる。
「はぁああああああ!!!」
踏み込むノア。
悪魔はステップをしながらその拳で地面を殴る。 そして地面から吹き出す炎がノアを襲う。
「危ないわねぇ!!!」
少女とは思えないほど軽やかな重心移動で全ての攻撃をいなすノア。
そして、渾身の一撃をその土手っ腹に叩き込む。
「これでどうですかぁ!!!」
しかし相手も強大な悪魔。
その一撃は間一髪のところで防がれてしまう。
「まだまだ終わらないんだから!!!!」
一瞬の隙をついて上方に飛び上がり、盾を大きく振り下ろす。
一発、悪魔の肩辺りに直撃する。
「やぁあああああああああ!!!」
畳み込むようにして左の脇腹を狙い、盾を押し込もうと足を踏み込んだ。
「えっ……!!」
しかし、その遥か下方から悪魔の左手が尋常ではない速度で振り込まれ、ノアの身体は宙に浮く。
「あぁああああ!!!」
怯んだノアの視界に入ってきたのは、宙に浮き力を溜める悪魔。
その後方には狐の尻尾が幾つも出現し、途方もない熱を出しているようだ。 そして次の瞬間に、信じられない程の速度で悪魔の腕がノアに襲いかかる。
「っ……!!!!」
間一髪のところで盾が間に合い、大きな魔物の腕が鋼鉄の盾に当たりガツンと衝撃を受ける。
「これが愛よっ!!!!!!!!」
相手の力を利用して身体を回転させると、悪魔の頭上に懇親の蹴りを見舞う。
「……いい加減正直に話しなさいよ!!」
2人の壮絶な戦いは続く。
そこら中に火と煙が立ち上り、戦いの激しさを物語っている。
「往生際が悪いわねぇえええええ!!!」
息を荒くするノアだが、退治している悪魔にも疲労が伺える。
「何を勘違いしているの?いい加減疲れるのだけれど」
悪魔が突然喋り出す。
その瞬間に、ノアの世界は薄まって元の夜の闇が戻ってくる。
しかし、辺りが炎で焼かれている為、先程よりも随分と明るい。
女が発した言葉は余裕そうな台詞に聞こえるが、所々に胸を使った呼吸が混ざる。
戦闘は拮抗し、どちらが優勢という訳でもない。
「しぶといわね。一体なんだっていうの?」
「しらばっくれてもあなたの事は分かってるのよ!」
ノアは食い下がる。
絶対に許してはいけない。 そして、この場で白状させなければいけない。 この女は確実に夜の鍵の使者なのだから。
「なんの事だか分らないと言っているでしょう?」
しかしノアの思いも虚しく、彼女は一向に真実を語ろうとはしない。
どこまで歪めばここまで捻くれてしまうのだろうか。 ノアは信じられないという気持ちと、負けられないという気持ちの両者を持ちつつ、盾を真っ直ぐ前に突き出す。
「あなたの愛情は歪んでいますね!私が矯正してあげます!」
そのまま女へと突っ込んでいった。
「仕方ないわね……」
女も大剣を構え直し、臨戦態勢となる。
負ける訳にはいかない。 必ず勝たなければならない。 世界の為、愛の為に。
「待てぇえええ!!」
2人がまさにぶつかろうとしたその時、ひとつの声が2人を引き剥がした。
誰の声だろうか。 カルテット騎士団の兵隊の物ではない。 では――
ノアは後ろに引くと、声の主を確認する。
「戦いを止めろ!!」
屈強な男の兵士。
それが第一印象。 筋骨隆々な肉体美に、大きな肩当てをして、首元には金色のネックレスが光る。 細い尾を腰に巻いているところを見ると、この男もガルムなのは間違いない。
「クレイル!?」
女がビックリしたような声をあげた。
どうやら知り合いのようだが……。
「っ……!!あなたは誰!?」
もしこの女の知り合いで、この戦闘に参加しに来たのであれば、この男も夜の鍵に絡んでいると踏んで間違いないだろう。
ならば、状況は1対1から1対2と分が悪くなる。 一度冷静に状況を見極める必要があるとノアは考えて、更に三歩程身を引く。 すると、クレイルと呼ばれた男は落ち着いたトーンで口火を切った。
「2人共、少し話を聞かせてくれないか」
確かめなければならない。
もし、夜の鍵の者であれば、どうにかして状況を変えなくてはいけない。 まずは確かめなければ。
「誰って聞いてるのよ!もしかして、その女の仲間!?」
男はノアに両手の平を見せて、戦意がないと伝えたいようだ。
「待て。悪かった。俺はクレイルという者だ。ヴィレスの騎士とでも言おう。そこの彼女……フェンテとは――」
この女の名前がようやく分かった。
フェンテ……。 頭の中の人物時点をひっくり返したが、夜の鍵の容疑者として挙がっている名簿の中にその名はない。
そしてクレイルが“ヴィレスの騎士”と言ったところを見ると、まだ表向きは夜の鍵の一員として接触してきている訳ではなさそうだ。
ならば、やはりこの目の前の女、フェンテに直接問い詰めなければならない。
「私はカルテット騎士団ハート隊、隊長のノアです。申し訳ないですが、そこをどいて頂けますか?私はその雌狐に用事があるので」
「カルテット騎士団……!?」
クレイルはひどく驚いたようだ。
もし夜の鍵の団員であれば、カルテット騎士団の噂は耳に届いているだろう。 そして、夜の鍵であれば、カルテット騎士団が夜の鍵を潰そうとしている事も知っていて当然だ。 なにせ、夜の鍵の噂が立った場所は、すぐに我々が調査しているのだから。 彼がその名を聞いて驚くのは当然なのかもしれない。
いや、まだそう決めつけるのは早い。
どうにかしてこの2人が何者か見極めなくては――。
「ノアとやら。すまないがこのフェンテへの用事というのを聞かせて貰えないだろうか。状況が見えていないまま2人を放っておく訳にはいかないんだ」
クレイルは随分と下手に出ている。
フェンテに話を聞きたいというのは、どういうことだろうか。 考えられることは2つ。
ひとつは2人が夜の鍵の団員だったケース。
この場合、今どういう状況で、どの程度知られていて、ノアが消すべき対象なのかどうなのかを知りたいと考えているだろう。
ふたつ目に、フェンテは夜の鍵の団員だとクレイルが知らなかったケース。
その場合、何故こんな所で争っているのか分からず、戦いを止めて何をしているのか問い詰めたいというところだろうか。
そう考えると、後者の方が今までの言動と行動が一致するようにも思える。
いや、決めつけるのは早い。 そう思わせるように巧妙に仕組んでいる可能性もある。 ここは、少し葉っぱをかけてみて、反応を見るのが最適かもしれない。
ノアは考えをまとめ、ひとつ息を吐いてから喋り始めた。
「どうやら貴方はその雌狐の裏の顔を知らないようですね……。ならば教えてあげましょう。その雌狐がどのくらいねじ曲がった愛を持っているかを…………。貴方は“夜の鍵”という組織をご存知ですか?」
「その……聞いた事はあるが……」
この反応。
明らかに動揺している。 しかし、それは先程考えたどちらのケースであってもおかしくない言動。
「誰も見たことがない都市伝説。そう思うのが一般的です。信じている人なんて、子どもか単なるおバカ、もしくは、真実を知るものです」
クレイルの顔が明らかに曇る。
フェンテの方も確認するが、至極真面目な表情でノアの話を聞いているように見える。 先程までの余裕はそこにはない。
「私達、カルテット騎士団は、世間から『愛を持った有志が集った騎士隊』なんて思われているかもしれませんが、私達の目的は、夜の鍵を潰すことです。間違った愛を育む思想を止めなければなりません。ですから、私はその雌狐に本当の愛を教える必要があるんです!」
クレイルの額に汗が滲む。
「待ってくれ!もしそうなら、フェンテが“夜の鍵”の構成員だとでもいうのか!?」
「はい。私には確信があります!当の本人は認めないようですが、そこのフェンテという雌狐は間違いなく“夜の鍵”の団員です!」
ここからどう出るか。
それによってこの男、クレイルが何者かがハッキリする。
「ノアが言っている事は本当なのか?フェンテ……」
「だから、その子の勘違いだと言っているじゃない」
「ならば、何故戦う!?何故突然、特隊を抜けるなどと言い出したのだ!」
この反応、白だろうか。
特隊とは……抜けるという事は何かの機関なのだろう。 しかもフェンテが抜けたという事は……ノアとの戦闘を夜まで引き伸ばしてしてきた“大事な用事”がそれだったと言うことかもしれない。
「その子が挑んで来るから相手をしていただけよ。なぁに?もしかしてクレイル……妬いてるの?」
「茶化すな!お前は何を企んでいる!?」
「企む……?フフフ……そうね。強いて言えば、その子の持つ情報に興味があるからかしら。私の扱う炎と同じものを見たのよね?」
またフェンテに余裕の表情が戻ってきた。
本当にクレイルが夜の鍵の人間ではなかったとしたら、これ程までに余裕を見せていられるだろうか。 夜の鍵というのは、それ程までに大きな力を持った組織なのだろうか。
もう一度、クレイルの前で状況を説明する。
そうすれば、何か掴める筈だ。
「この街道で帝国の兵士が焼き払われた炎の跡を、ある盗賊団のアジトで見ました。その盗賊達は全員消息不明。巷では、“夜の鍵”の仕業だって言われていました。手口から言っても間違いはないでしょう。あの盗賊団を襲ったのは貴女なのでしょう!?」
「何度違うと言えば解るのかしら……。はぁ……」
この女、何故こうも愛がないのか。
これだけ人が丁寧に説明して逃げる口実なんてどこにも無い筈なのに、何故白状しないのか。 クレイルという男とは仲間なのではないのだろうか。 少なくとも、同じ首飾りをしているのだから、何かしら共通点はあるはずだ。 そんな人物に嘘を付き続けるなんて、どこまで歪んだ愛を持った女なのか。 ノアの怒りが限界を超えそうになる。
「これだけ証拠が揃っているのよ!さっさと白状した方が胸もスッキリするんじゃない!?」
「何を言っても聞く耳は持たないようね……」
また武器を構えるフェンテ。
やるしかない。 ノアも盾を構え、臨戦態勢に入る。
「待て待て!!――――――」
クレイルという男が何かを言ったような気がした。
しかし、こうなったらもう止められないのだ。 この女、フェンテの歪んだ愛を――
「これ以上話しても時間の無駄よ!そのねじ曲がった愛を矯正してあげるんだから!!」
――戦いは夜通し続いた。
辺りは朝日の優しい温かさで包まれていく。
街道横の平原は一面が焼け野原となり、至る所から煙が上がっていた。
「いい加減にしろ……お前ら……」
クレイルは、2人の攻撃を止めようと事ある度に邪魔し続けた。
「はぁ……はぁ……そこまで邪魔をするなんて……貴方も相当歪んだ愛を持っているようですね……」
ボロボロになりながらも、まだ戦う意志を伝える。
「もう日が登っちゃったじゃない。早くお風呂に入りたいわ……」
一方、本当に懲りる事もなく適当な発言しかしないこのフェンテも、腐った根性を持っているようだ。
だが、彼女も魔力を消耗し、肩で息をしながら立っている事すらままならないような状態にある。 そんなフェンテに、クレイルは怒りの声を上げる。
「フェンテ。お前が腹を割って話せばこの場は収まると、何度言えば解るんだ」
どちらかと言えばクレイルはノア側の立場になっているようだ。
ここまできたのならば、この男は夜の鍵の人間という事はないのだろう。
「そうよ!知っている事を全部話しなさい!!」
クレイルに続き、ノアもフェンテに叫ぶ。
フェンテはため息を吐いた後にポツリと呟いた。
「もういいわ……。私の降参でいいわよ」
フェンテは力なく大剣を置くと、尻もちをついた。
空を見上げ、何かもうどうでも良くなったような、そんな表情をしている。
「やっと白状する気になったのね!」
次の瞬間――
『ゴォオオオオオオオオオ!!!!』
突如、ドス黒い霧がドーム状に広がった。
「何っ!?なんなの!!?」
ノアは慌てて盾を構えてその方向に構える。
そこは、クレイルが居た筈の場所。 あの男が何か始めたとでも言うのだろうか。 もしかしたら、あの男が本当に夜の鍵の……。
「フェンテ……!!」
ノアは盾を構えながらフェンテを確認する。
彼女は目の前の光景が信じられないという表情で、ただただ目を丸くしている。
「しっかりしなさいよ!!これはなんなの!?」
「わからない!貴女の仕業ではないの!?」
「違うわよ!もう!どうなってるの!?」
ノアは混乱していた。
フェンテは本当に何も知らないようだ。 彼女も、先程置いた剣を拾い、黒い霧に向かって構えている。
「これは一体なんなのよ!!もう!!」
ノアは最後の力を振り絞り、懇親の魔力を盾に溜める。
「私も付き合うわ」
後ろからフェンテが炎をその剣に溜めながら低い姿勢で詰め寄った。
何故かは分からない。
この時、ノアはフェンテが夜の鍵の団員ではないと、直感してしまった。 最初から自分の勘違いだった……。 フェンテは最初から本当の事を言っていたとしたら……。
「もう!!!訳がわからないわよぉおおおおお!!!!!」
目に涙を溜めながら、盾に溜まりきった最後の魔力を放出する。
それに合わせて、フェンテも空中から炎を宿した大剣で斬りかかる。
『ドゴォォォォォオオオオオオオオオオオオオン!!!!』
とてつもない爆発が起きる瞬間、ノアは見逃さなかった。
黒い霧が一瞬で空気のように消え去り……。
その場には何も残っていなかった事……。
2人は全ての魔力を使い果たし、その場に倒れ込んだ。
もう起き上がる気力すらない。
誰かにここを襲われたら、何も抵抗する事なく殺されてしまうだろう。
そんな絶望的な状況の者がもう一人。
「今のは……なんだと思うのよ?」
ノアは、大の字に寝そべったまま、すぐ近くにいるフェンテに話しかける。
「そんなの……分かるわけないでしょ……」
本当に知らない……。
どういう事なのだろうか。
「ねぇ、貴女は本当に夜の鍵とは何の関係もないの?」
「最初からそう言ってるでしょ……あなたの勘違いだって……」
フェンテはやっと分かってくれたのかというニュアンスを含んだため息を吐く。
自分が間違っていた。
今まで手の届かない組織の尻尾をやっとの事で掴んだと、気持ちばかりが先に走っていた。 また振り出しに戻ってしまった。
涙が溢れてくる。
「ごめんなさい……。ごめんなさい……」
今のノアには心から謝罪する事しか出来ない。
フェンテは怒っているだろう。 こんな事になってしまったのだから。
「もういいのよ。泣いてるとガキ臭いからやめなさい」
どちらかというと呆れに近い返答がくる。
「だって……だって……」
涙が止まらない。
ここまでの失態をどうやって取り戻せばいいのだろうか。
「あぁ、もう仕方ないわね。最初から全部話すから、泣き止みなさい」
そういうとフェンテは、身体を起こして、泣きじゃくるノアの顔に小さな布を被せる。
「あ、ありがとう……」
「鼻水つけるなら洗って返しなさいよ」
――――――
――――
――
「じゃあ、クレイルはフェンテの同僚だったの?」
「そう。アイツは私が小さい時からずっと小言を言い続ける面倒な男だったわ。憎んではなかったけれど、正直鬱陶しい相手ではあったわね」
「そんな事言って!本当に愛がないわね!」
「貴女のその愛の感覚ってどうなってるのよ……」
フェンテの話では、ヴィレスの特殊部隊という所に2人は所属していたらしい。
同僚とは言ったものの、クレイルはフェンテよりも随分先輩だったようだ。
フェンテは幼い頃に両親の手を離れて特隊へと王の命令で入隊したとの事。
それを聞いて、ノアに一つ疑問が浮かぶ。
「なんで小さい頃のアンタがそんな特別な組織に抜擢されたの?」
「貴女自分の事棚に上げすぎじゃない?まぁいいけれど……。私はね、“ヴィレスの篝火”の家系なの」
「篝火?」
「昔からヴィレスの明かりとなる為の家系。有事の際には率先して王の元ヴィレスの為に戦う。それが篝火。私の父も、そうやって生きてきた。だから、王は幼い私を密かに特隊に入れたの」
ノアにはいまいちハッキリとは分からなかったが、きっと国で決められた役割の一つなのだろう。
しかし、疑問が残る。
「なんでその“かがりび”って言う家系なのに、家を継がないで特隊っていうのに入ったのよ」
フェンテは少し間を置いてから言葉を紡ぐ。
「決まりでは長男が家を継ぐ筈だったの。でも、私の弟……レンは事故で小さい時に死んだわ」
「え…………」
「空家で隠れんぼでもしてたみたいなの。良く家を抜け出して遊んでいるようなダメな後継者だったのだけれど、私よりは真面目に修行をしていたわ」
フェンテは唇を噛みしめるようにして話を続ける。
「その空家が火事になったの。弟の骨だけが残った。葬儀で私は涙を流せなかった。彼が死んだなんて、当時の私には受け入れる事が出来なかったから」
それは仕方のないことなのかもしれないと、ノアは彼女の境遇に痛む胸に手を置いて真剣に話を聞き続ける。
「その火事は事故で済まされた。でもね、私は事故じゃないかとも思っているの」
「どういう事?」
急な展開に、ノアは質問をぶつけずには居られなかった。
「レンには友達がいたのよ。よく遊んでいた友達。私はあまり話した事はなかったけれど、よく話は聞いていた。レンが遊びに行く時はいつもその子が一緒だったらしいわ。でもね、レンの葬儀にその子はこなかった。何故かは分からない。私みたいに受け入れたくなかったのかもしれないとも思った」
「…………」
「でもね、それっきり、その子は姿を消してしまったの」
「えっ!?」
事件の当事者が、姿を消している。
それはまさに、あの組織の名前が頭を過る。
「夜の鍵……。もしかしたら、その組織が事件を起こした犯人かもしれないと、私は考えたわ。そんなの、誰に言っても笑われるだけだと思って、誰にも話した事がなかったのだけれど」
フェンテがそう考えるのも無理はない。
「もしかしたら、あの骨は全く別の人の物で、レンは生きているかもしれないって思ってた。だから、私はいつか夜の鍵について調べたいって思ってた」
ノアは彼女の話を黙って聞き入った。
「でも、実際そんな事……夜の鍵を追うなんて出来ない。だってお話の中の組織なのだもの。そんな事言ったって笑われるのが関の山よ。だから、私はその気持ちを押し殺して、特隊の仕事をして、ただ何もないように生きていた。時々、夜の鍵が現れたという事件を聞いてはその詳細を調べるくらいで留めていたわ」
それはそうなのだろう。
もし自分達のように、表立って夜の鍵を追っているなんて一般人が言っていれば、馬鹿にされてもおかしくはない。
「今思えば、あの子が死んでからずっと抜け殻のように生きていた気がする。だからクレイルもあんなに口うるさくしていたんだと思うし……ね」
空に浮かぶ雲を眺めながら、フェンテは何かを懐かしむように手を伸ばした。
「ノアちゃんだったかしら?貴女は私の炎の焼け跡と同じ物を見たと言っていたわね?」
「えぇ……盗賊団のアジトで見たものは確かにアンタの炎と同じ跡だったわ」
「なら、またレンが生きている可能性が高くなったと思っていいと思わない?だって、ヴィレスの篝火の力は、他にそうそうあるものじゃないから……」
「っ……!!確かにそうね!!」
ノアは飛び起きる。
夜の鍵に繋がる糸口が潰えた訳ではなかった。 もし、そのレンという人物が夜の鍵に絡んでいるのであれば、話に筋が通る。
「アナタの騎士団は夜の鍵を探しているのよね。だから、手伝わせて貰えないかしら?」
ノアは気がつけばまた涙を流していた。
フェンテは……本当に弟を大事に想っていた。 彼が死んだと街や国が判断しても、まだどこかで生きていると希望を持って、そして今まで心を隠して生きてきた。 こんなに愛がある人物は、他にそうはいないだろう。
「アンタ……思ったよりも愛があるじゃない!!」
「はぁ……それは光栄ね。ハートの騎士様に認められるなんて……次は王様に表彰でもされるのかしら?」
「アンタ馬鹿なの!?アタシは本気で言ってるのよ!!」
茶化すフェンテに本気で怒鳴るノア。
フェンテは含んだ笑いをしてから続ける。
「ふふふ……でもね、本当に私に愛なんてないの。愛なんてまやかしよ。本当の愛なんてあっても無駄なだけ。私の人生でそれが解ってしまったの」
「アンタ……今なんて言ったの……」
ノアは顔に影を落とす。
「愛なんてま・や・か・し・よ」
ハッキリ言い直したフェンテ。
ノアのどこかで、プツンという音が聞こえた。
「あぁあああああ!!!もう怒ったわ!!フェンテが本当の愛に目覚められるように、アタシが徹底的に教育してあげるわ!!感謝しなさい!今からアタシの下で生活して、朝も昼も夜も愛について勉強するの!!いいわね!!!!」
「そんなの絶対に嫌だわ……。私は貴女にカルテット騎士団が持っている夜の鍵の情報を教えて貰えればいいのだけれど……」
「どれだけ虫が良い事をいう人なのかしら!?そんなの簡単に教えられる訳ないじゃない!!そうね……本当の愛に目覚めたと、アタシが判断したら教えてあげるわ!!その歪んだ心をしっかり開いて真実と愛を教えてあげる!!!」
フェンテはおもむろに立ち上がった。
「ならいいわ。短い付き合いだったけれど、私は私で組織を探す。特隊に辞表も出しちゃったしね。楽しかったわ。ノアちゃん。またどこかで会いましょう」
フェンテはそう言うと背中を向けて手を振る。
「ちょっと待ちなさいよ!!!アンタ宛てがある訳じゃないでしょう!?アタシがいないと何も出来ないんでしょう!?探すってどこを探す気なのよ!!」
追っかけてくるノアに、フェンテは振り向きもせず、歩きながら返答をする。
「少し前に妖精から話があったの。大陸の裏の話がよく入りそうな組織があるらしいわ。色々な情報が入ってくる組織。今は帝国軍と敵対しているみたいだけれど、そこに加入すれば私も妖精から情報を貰える約束をしているのよ」
「なななな!!なんですって!!」
妖精と言えば、この大陸の情報屋でも頂点に君臨する種族。
その妖精の話であれば、信用に値するものだろう。
「フェンテ待ちなさい!!アタシもそこに行くわ!!でも兵隊も一緒にっていうのはちょっと難しいのかしら……まぁ、なんとかなるわ!ちょっとフェンテ!!待ちなさいって言ってるでしょう!?」
ノアがこうしていると、ただの子どもに見えるだろう。
フェンテはため息を吐くと、ギャーギャーとうるさい少女に冷たく言葉を吐く。
「付いてくるのはかまわないけど、私の側で騒ぐのはやめてね。私が変に思われちゃうし……なによりうるさいったらないわ」
「なんですってーーーー!!ちょっと待ちなさい!!アンタにも本当の愛に気付かせてあげるから!!絶対だからね!!フェンテの中にも絶対にあるもの!!本当の愛をその身体でしっかり感じるといいわ!!ちょっと!!聞いてるの!!!?もう!!!!!!!!!フェンテェエエエエ!!!!!!」
満身創痍の身体を引きずりながら、二つの影は平原の彼方へと消えていく。
夜の鍵という組織に近付く為に、革命軍の門を叩く。
それがどれだけ長い旅になるのか、そしてどんな困難が待っているのか。
先に待つ組織がどれだけ大きなものなのか。 2人は、知る由もない。 |