登録日:2011/11/22 Tue 22:09:04
更新日:2025/04/14 Mon 13:30:11
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落合博満とはロッテ、巨人をはじめとする球団で活躍した元
プロ野球選手である。
秋田県男鹿市出身。
引退後は解説者などを経験した後に
中日ドラゴンズの監督として就任した。
引退後は
中日ドラゴンズの球団ゼネラルマネージャーを務めて、その後はフリーの解説者。
そして…(後述)
妻は落合信子、息子はタレント・ナレーター・声優の
落合福嗣。
来歴
2004~11 中日監督
東芝府中よりドラフト3位で入団。
落合博満の代名詞といえば神主打法。直前まで体をリラックスさせ、スイングの瞬間に力を最大限まで引き出すというもの。
当時、職人選手揃いだったロッテに入団した落合は、打撃コーチだった高畠康真、チーム主力の土肥健二、張本勲などの元で打撃を学び、神主打法を完成させた。
プロ2年目で一軍レギュラーに定着、翌年には首位打者、翌々年には史上最若年で(当時)三冠王を獲得。
その後も成長を続け、1985年には二度目の三冠王を獲得。
同じ三冠王でも最初の三冠王の成績を批判され鍛錬を積んだ二度目の三冠王は圧倒的。146打点は今尚パ・リーグ記録。得点圏打率.492は日本記録であり、メジャーでもこれに匹敵する記録は出ていない。
驚くことにその翌年86年にも三冠王を獲得。二年連続50HRは史上初の快挙だった。
また、二年連続三冠王達成者は彼のほかに、世界のホームラン王・王貞治、阪神黄金期の大打者にして史上最強の助っ人・ランディ・バースのみである。
このシーズン終了後、最大の理解者・稲尾和久監督が解任されたのを機に「稲尾さんのいないロッテにいる必要が無い」と言い放った落合はトレードで中日へ移籍、日本人史上初の1億円プレイヤーに。なおロッテにはインテリヤクザ牛島がやってきた。
なおあくまで落合の又聞きの話ではあるが、そもそも稲尾監督解任と落合放出がセットの話だったんだとか
移籍一年目の1987年。この年落合の調子は絶不調だった。
レギュラー獲得以来初の打率2割台と
落合にしては調子が悪いシーズンとなった。
ちなみにこの年に
フクシくんが生まれている。
翌年からは調子を取り戻し、89年には打点王、90には本塁打王を獲得。両リーグでこれらのタイトルをとるのは、彼が初めてだった。
91年には4度目の三冠王が迫っていたが、惜しくも逃す。この年、一試合6四球の日本記録を樹立。
92年はタイトル無しに終わったが、打率.292、71打点、22本塁打と十分な活躍。
93年オフにFAを行使し巨人に入団。
長嶋茂雄監督の構想により、ルーキーである
松井秀喜を潰さないためにも落合が原辰徳に代わって四番に入り、松井が三番を打つというスタイルになった。
また、落合は松井の指導もしていた。
94年は、打率280、15本塁打、68打点と落合にしてはやや物足りない結果に終わったが、勝った方がリーグ優勝という10.8決戦で本塁打を打つなど重要な所ではしっかり結果を残し日本一に貢献した。
95年、
2000安打を史上最年長で達成。この年も42歳にして規定打席3割を打つ。
96年も、四番として結果を残し、43歳にして打率301、21本、86打点ととんでもない数字を残し、大逆転優勝のメークドラマに貢献するが、シーズン終盤に左手首に死球を受け骨折。これが後の日本ハム時代の低迷に繋がってしまう。
この年のオフに清原和博がFAで巨人に入団したが、その交渉の席でフロント陣があろうことか「同じ一塁でポジションの被る落合を解雇する」と示唆していたことが発覚。このことに憤慨した落合は自由契約を申し入れ、日本ハムに移籍する。
この経緯に関し、落合は移籍直後の著書「不敗人生 43歳からの挑戦」で「クビにしたいなら10月の時点で言ってくれれば良かった」「今年のジャイアンツのようなフロントは今まで見たことがない」と苦言を呈している。
97年には44歳にして史上最年長規定打席達成を果たすが、前年に死球を受けたことで起きた左手首の骨折の影響もあり、打率262、3本、43打点と衰えが徐々に隠せなくなっていく。なお、ここでも当時若手だった上田佳範を指導、東京最末期の主力へと育て上げた。
98年は最初こそ4番を務めるも首位ターンしたあとの後半戦での大失速、若き主砲・西浦克拓の台頭もあり出番が減少。惜しまれつつプロを引退した。
この年の最終戦は古巣ロッテ戦。上田利治監督は先発出場を勧めたが落合は「代打で始まった
プロ野球人生、最後も代打で終わりたい」と固辞。代打出場した最終打席はセカンドゴロに終わった。
生涯成績は2236試合出場、2371安打、510本塁打、1564打点、65盗塁、打率.311。
獲得タイトルは首位打者5回、本塁打王5回、打点王5回、最高出塁率7回、ベストナイン10回、三冠王3回
とまごうことなき球史に残る大打者である。
選手としての特徴
打撃面は言わずもがな、守備面でもゴールデングラブの獲得経験こそないが、堅実でアウトに出来る範囲は確実にアウトにするスタイルだった。しかし、足があまり速くない為、守備範囲はやや狭かった。
監督としての落合博満
中日は落合が就任以前からAクラス入りは多かったが、リーグ優勝へ結びつくことは少なかった。
補強による強化ではなく、個々の能力の10%を底上げして優勝へ導く。と就任時語った。
モットーは「勝利こそが最大のファンサービス。」
04年…就任一年目にしてリーグ優勝へ導く。
05年…ウッズの出場停止やシーズン後半の失速が災いし二位に終わる。
06年…二度目のリーグ優勝。
07年…リーグ優勝は逃したが、この年導入されたクライマックスシリーズで勝ち抜き日本シリーズ進出。日本一の栄冠に輝く。
08年…福留放出、北京オリンピック派遣などの影響で、三位におわる。
09年…川上、ウッズが退団。穴を埋められず二位におわる。
10年…井端の怪我、ブランコの不調により順位に伸び悩んだが、シーズン最終戦でなんとかリーグ優勝を勝ち取る。この年球団連続監督就任記録を更新する。
11年…正式に退任が決定。最後の年にリーグ優勝を決める。日本シリーズは第7戦までもつれ込んだが、惜しくも日本一を逃す。
2011年11月22日、落合博満監督、勇退。
なお、
2007年日本シリーズ第5戦で山井の完全試合での日本一直前に岩瀬にリリーフした采配に関しては当時多大な
賛否両論を呼んだ。
これに関してはこの時山井のマメが潰れてしまい、自ら交代を願い出たと後に判明した。
その6年後、山井は4人走者を出しながらも正真正銘のノーヒットノーランを達成した。
いずれにせよ、はっきりと事実と言えるのは、監督としての実力は確かであること。
実際、中日の通算リーグ優勝回数9回のうち4回、日本一2回のうち1回は落合率いる中日が手にしたものである。
監督としての8年間、一度もBクラス落ちしていないのも圧巻。
……と我々とは程遠い人間に見えるが、案外そんな事もない。一つ、我らとの最大の共通点がある。
オタクとしての落合博満
落合博満のオタク的な性格はアニヲタ的意味にも応用されている。図式を表そう。
……そう。典型的なオタク気質なのだ。
今まではソースが東スポ()だったため、あまり信用されてなかったが、息子のフクシくんが記者に語ったため、これは決定的。
落合曰わく「俺がアニメを見ているのはバラしてかまわんが、CLANNADまでにしてくれ。」てか、CLANNADはええのか
現在まででほぼ視聴が確定的な作品は『マクロスF』(ガンダム禁止令のためやむを得ず見たらハマった)『working!!』『大正野球娘』『おおきく振りかぶって』など。自分でするだけじゃなくて全く関係ない他人が野球をしているのを見るのも好きなようだ。息子さんと野球見物に行ってたし。
フクシくんから基本システムだけ教わって
ウマ娘をプレイし、スピード・スタミナがSS+、総合Sランクのマヤノトップガンを誕生させていた。
「練習しないと伸びないんだろ?」
と、失敗率60%オーバーでも休息を与えずに練習させていた。
その育成法は荒木雅博限定です、てか「意外と機械音痴」なの含めてトップガンじゃなくてミホノブルボンの方がいいのでは?
現在も孫に育成方法を色々教わりながら四苦八苦している様子である。
ちなみに現代だと割と珍しい2世代住宅住みであり、たまに…いや頻繁にフクシくんのTwitterからおじいちゃんと孫たちの仲睦まじい交流の様子が上がってくる。
なんなら博満・フクシ親子で仲良くやりあってる様子も定期的に公開されている。
一応公式アカウント扱いで落合博満記念館のアカウントも存在しているが、使い方が
半分くらい家族の伝言用メモ帳である。なのでまともな投稿はフクシくんのアカウントにしかない。
なお、博満氏本人の投稿は基本的にすべてひらがな表記(よその球団だが
つば九郎のしゃべり方とほぼ同じ)で、最後には必ず
「ひろみつ」と署名されている。かわいい。
落合博満武勇伝
記者「ガンダムになれる選手は?」
落合「なれるのは俺しかいないよ!」
落合「(ガンダム00を)録画したか?」←CSで巨人3タテ後のコメント
↓
落合「試合に勝った後のガンダムは最高だな!」
幼いフクシくんに艶出しスミ入れを施したF91をプレゼント。記者の目の前で破壊され本気で悲しむ。
奥さんも
ラクス・クラインのコスプレをし出す。
監督室で
ガンダムエクシアを組み立てる落合博満。
そしてフクシくんはガチの声優になり、野球選手の役を得ることにも成功。
落合の部屋にはZガンダムのプラモをはじめ、約20体が飾ってある。
ガンプラ工場視察の際
記者「野球やってるときより楽しそうでした。」
あまりのオタクぶりに、バンダイから直々に
落合博満専用ガンダムエクシアを与えられた。
紺と白のドラゴンズカラーに、
中日ドラゴンズの球団ロゴ(CD)と背番号66をあしらったもの。普通にカッコイイ。
近年でも博満氏公式YouTubeChで
「高く評価しているからこそ、ダルビッシュ有を真面目に評論してみようと思います」
「視聴者からの(野球関連の)質問に答えます」
の次が
「『ゴジラ-1.0』感想戦・ネタバレ無制限」
また野球の回を何度か挟んで
「『ウマ娘・新時代の扉』感想戦」
と相変わらず某メガネ一族のごとき手広さ。
ジブリ好きっぽい割に『ルパン三世・カリオストロの城』がおそらく初見だったりもした
chでは他にも『ガンダム水星の魔女』回でミオリネのやるべきことであった「他人を上司として動かす」について経験者として触れるなどなんでもあり。
余談
日本人プロ野球選手初の一億円プレイヤーであり、後の年俸インフレの一因とも言われている。
高校時代は映画に没頭し練習に参加しなかったのに、試合ではバカスカ打っていた。大学では理不尽な上下関係に嫌気がさし野球部を退部、同時に自主退学。
得意だったボウリングでプロを目指すも、交通違反をやらかして罰金を支払ったせいでプロテスト代が払えず挫折。
何気なく始めた社会人野球で大成し、26歳というかなり遅いプロ入りだった。
この時、ロッテからはドラフト3位で指名されたが、実は巨人がドラフト2位で指名する予定だったと言う。
指名されなかった理由は、江川事件に関係するドラフトボイコットである。
もし巨人入りしていたら、落合の野球人生はかなり違ったものだったかもしれない。
また名球会創設者の金田正一とは若手時代にバッティングフォームを全否定された事がきっかけで、犬猿の仲となり、2000本安打を達成したが、名球会入りは拒否している。
落合のバットコントロールの巧みさを端的に物語っている逸話として、
バッティング練習中に近くで撮影するカメラマンに「そこにいたら当たるから」と警告(危ないから離れろの意)→カメラマン「狙っても当てられないっしょw」
落合「じゃあそこ(カメラ)狙うわ」→一発でテレビカメラのレンズにぶつけて破壊。
という嘘のような実話がある。ちなみにこの時の録画は迫力もあって大評判になったとのこと。
監督就任後も打撃センスは衰えず、ノックでは狙ってセカンドベースにボールをぶつけていた。
現役時代は、デッドボールのお返しにピッチャーを狙ったバッティングをすることもたまにあったらしい。
監督勇退後も相変わらずで、大雪の日に息子の福嗣がトスした雪玉をプラスチックのバットで全弾芯で打ち抜いて砕くという、名打者にしかできない芸当をこなしている。
2006年10月12日の試合、延長12回にウッズが放った満塁弾(痛烈一閃のアレ)で真っ先に泣き出したり、英智のエラーに「あいつが捕れないなら誰もとれないさ…」と語っていたりと…実は
ツンデレ。
評論家としても辛口気味のコメントが多いが、本人の語り方自体は常に淡々としており、評価すべき部分はきっちり評価するなどかなり柔軟な捉え方をしている部分もある…とやっぱり
ツンデレ。
江川卓曰く「落合さんの言葉は全て逆にとらえると意味が通じます。」
同い年で元チームメイトの中畑清とは仲が良く、サンデーモーニングでは揃ってゲスト出演することがあり、淡々と語る落合に中畑が熱のあるツッコミを入れるのがお約束。
さむくなってきたな。
あったかくしてついき・しゅうせいしろよ。
ひろみつ
- 得点圏打率.492ってやばすぎるよな -- 名無しさん (2013-08-10 23:22:54)
- 落合政権下の中日好きだったんだけどな… -- 名無しさん (2013-08-11 04:28:59)
- よかったね、おめでとう -- 名無しさん (2013-08-11 12:30:14)
- 秋田県出身で高校は秋田工業。これマメな。 -- 名無しさん (2014-05-02 22:34:40)
- 落合のころの中日はすげー好きだったよ -- 名無しさん (2014-05-12 10:54:12)
- 85年、86年は結構な飛ぶボール。まぁ相対的な記録である三冠王にはまるで関係ない話だが -- 名無しさん (2014-05-12 11:59:42)
- 当時放送されていたOOってことはオタク入りしたのは意外と最近? -- 名無しさん (2014-06-03 15:29:34)
- こまかすぎて伝わらないモノマネのイメージが強い。 -- 名無しさん (2015-01-03 18:42:01)
- ↑牧田さんね。細マネにおける最強の一般人。 -- 名無しさん (2015-08-07 17:17:36)
- 就任中Bクラスなしは相当凄い -- 名無しさん (2016-09-22 18:41:21)
- ↑監督としては文句無しの成績を残したが、GMとしては…結果論なのか、なるべくしてなってしまったのか? -- 名無しさん (2016-10-26 23:58:18)
- まぁチームの年俸カットする為の置物GMにされてた感は否めないかな、もちろんGMとして能があるとは言わないけど。あそこはオーナーが変わらない限りは変わらないわ -- 名無しさん (2016-10-27 04:23:48)
- 現場隊長としては最強クラスだけど司令官としてはうーん・・・ってのが割とテンプレ的な日本軍人感があるなぁ -- 名無しさん (2016-11-03 19:41:18)
- 「川崎球場じゃなかったら三冠王取れなかった」とかいうなんの貶しにもなってない貶し文句。 -- 名無しさん (2016-12-28 04:16:46)
- 名将だよね。自身が天才(陰で凄い努力していたらしいけど人に見せなかったとか。それで落合は練習嫌いって噂されてたんだってね)と言われるほどの戦績を残したのも凄い。でも刹那・ヒロミツ・セイエイは草を禁じえない -- 名無しさん (2017-06-17 14:25:28)
- ガンダムマイスターだったのか・・・(とんらん) -- 名無しさん (2017-06-18 12:59:49)
- 落合の東尾への報復はガセ。落合のピッチャー返しのほうが2週間前。ソースはスポーツジャングル。 -- 名無しさん (2017-07-03 10:45:14)
- 息子が声優になるとは昔は想像だにしなかつた -- 名無しさん (2018-05-21 09:47:52)
- 息子が声優になるとは昔は想像だにしなかった -- 名無しさん (2018-05-21 09:48:20)
- フクシくん、声優の次は俳優デビューか。 -- 名無しさん (2018-10-14 23:07:38)
- 福嗣くん、新人男優賞おめでとう! -- 名無しさん (2019-04-24 11:14:16)
- なんかの野球扱ったアニメで…ライパクで言うギフト持ちをもトータルで上回る最強打者って扱いっぽく感じる描写があったのも当然なレベルな人だと後で知った -- 名無しさん (2019-09-04 17:18:53)
- 古田や前田、長嶋一茂の語る落合の逸話(練習方法、バットの扱い方)聞くと突然変異で現れた別次元の野球人という感じ。身体能力や才能ではイチローや大谷翔平が上なんだろうけど、落合はプロになるまでの経歴からしてそれまでの常識から外れすぎてる -- 名無しさん (2021-08-15 08:59:32)
- 東洋大も東芝府中も秋田工の監督か担任だかが才能を惜しんで世話をしたはず。プロボウラーにドロップアウトしそうになったり、一番相性の悪そうな巨人に指名されそうになったり・・やきうの神様が拾い上げるのに最も苦労した一人かもしらん。 -- 名無しさん (2023-09-19 09:16:11)
- 中日監督復帰待望論もあるけど諸々の事情で実現しなさそう… -- 名無しさん (2023-09-19 10:03:38)
- GMとしての落合について説明するの難しいな…だれか加筆できる方いらっしゃれば是非 -- 名無しさん (2024-10-07 21:40:25)
最終更新:2025年04月14日 13:30