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松井稼頭央

登録日:2011/12/21 Wed 13:55:36
更新日:2026/05/11 Mon 19:47:26
所要時間:約 4 分で読めます





松井(まつい)稼頭央(かずお)とは、日本の元プロ野球選手及び元メジャーリーガーである。

NPBでは埼玉西武ライオンズ東北楽天ゴールデンイーグルスMLBではメッツ等3球団に所属した。現役時代は球史に残る5ツールプレイヤーだった。


【プロフィール】

本名:松井和夫(読み方は同じ)
生年月日:1975年10月23日
出身地:大阪府 東大阪市
身長:177cm
体重:85㎏
投打:右投両打(スイッチヒッター)
ポジション:遊撃手二塁手三塁手、外野手
プロ入り:1993年ドラフト3位
血液型:O型
背番号:32(94~96,11)→ (97~03、07、12~18)(以上NPB時代)、25(04、06途)、16(06途~同年終了)、(08~10)(以上MLB時代)、77(19~24)(以上西武首脳陣時代)
通算成績:現役24年:2543試合出場:2705安打:打率285、233本塁打、1048打点、465盗塁(日米通算)*1


<経歴>

選手歴
PL学園
西武ライオンズ(1994~2003)
ニューヨーク・メッツ(2004~2006)
コロラド・ロッキーズ(2006~2007)
ヒューストン・アストロズ(2008~2010)
東北楽天ゴールデンイーグルス(2011~2017)
埼玉西武ライオンズ(2018)

指導者歴
埼玉西武ライオンズ二軍監督(2019~2021)
埼玉西武ライオンズ一軍ヘッドコーチ(2022~2023)
埼玉西武ライオンズ一軍監督(2023~2024途)

主な獲得タイトル
MVP:1回(1998)
盗塁王:3回(1997~1999)
最多安打:2回(1999,2002)
ベストナイン:7回(1997~2003)
ゴールデングラブ賞:4回(1997,1998,2002,2003)
オールスターMVP:2回(1997)(2002)
月間MVP:5回
トリプルスリー:1回(2002)
サイクルヒット:1回(2000)
左右両打席本塁打:3回

【来歴】


中学時代は地元の野球チームに所属しており、1歳下の後輩に現阪神タイガースの藤井彰人捕手がいる
高校時代は投手で、甲子園大会にも出場
しかし故障(腕の疲労骨折)によりエースナンバー1を逃してしまう
投手でありながらも俊足で身体能力、野球センスともに抜群

西武ライオンズ時代に内野手にコンバート、スイッチヒッターに転向する等大胆な方向転換に挑む

楽天イーグルスにて2014年、自ら志願し外野にコンバートすると、2015年には外野手登録となって主に右翼を守るようになった
肩を生かした刺殺を存分に発揮しして活躍。とはいえやろうと思えば内野守備ができないわけではないでもなかった。
打撃においてはNPB通算2000本安打も達成済み。

<プレースタイル>

内野手転向が功を奏して、走攻守三拍子揃ったスーパープレイヤーになった
プロ三年目で遊撃手のレギュラー入りを達成し、パ・リーグ二位の50盗塁を記録する
その後打率を3割に乗せ、シーズン62盗塁で盗塁王を受賞
オールスター戦では一試合4盗塁を、かの名捕手古田敦也から奪っている

頭角を現してきた1997年から渡米する前の2003年までの間、打率3割とシーズン170安打をキープしている
1999年と2002年は最多安打賞を受賞

2000年にサイクルヒット達成
2002年はトリプルスリーを史上8人目で達成、スイッチヒッターとしては松井稼頭央が最初になる
さらに同一カードで3試合連続でサヨナラホームランを放っている等西武ライオンズ時代の彼はまさしくスター

現役時代のメジャーリーグからのアダ名は「リトル松井」。
これはゴジラ松井こと松井秀喜より年下で小柄だったから。
本人としては「最初は違和感あったけど慣れた」「アメリカでそう呼ばれているということは、自分がそれだけ評価されているということだから来季もそう呼んでほしい」とコメントしていた。

ちなみにパワプロシリーズの友沢亮のモデルは松井稼頭央ではないかと言われている。
元投手、内野手転向、ショート、打撃フォームと一致している物が多く、またサクサクセスなどで友沢が西武ライオンズの選手(≒ここでの友沢くらいの年齢だった頃の松井)として登場している、基本能力が明らかに全盛期の松井のそれ、など状況証拠は揃っている。

又、メジャーにいく前の能力もほぼオールAとイチロー並に異常に高かったが、パワメジャ及び、近年のパワプロでは大幅に弱体化している。


西武にいながら意外にも日本一の経験はなかった(西武時代は3度リーグ優勝を経験しているが日本シリーズでは全て負けている)。2013年に楽天でようやく日本一を経験できた。星野監督も監督として初めての日本一で偶然にもお互い4度目の正直であった。

満40歳になる2015年現在でも未だにその肉体自体はまだまだマッチョである
流石に目や神経などは衰えているのだろうが、肩などは未だに外野からレーザービームを放てるレベルにある

しかし2016年以降の打撃成績には衰えも目立ち、2017年に楽天を戦力外となった。まだ現役をするつもりはあるらしく、去就が注目される…
と思いきやコーチ手形付きで西武へ復帰。背番号は西武時代と同じ7。
なお、同時期に西武戦力外の渡辺直人が楽天に復帰していることから、「功労者同士の実質トレードでは?」とも噂された。

そして迎えた2018年はコーチ兼任で挑んだものの、チームは打撃好調で代打出場がメインとなった。この年限りで引退。引退試合はチームが優勝争いをしていたこともあり行われなかったものの、チームが優勝を決めた9月30日には、辻発彦監督に続き胴上げされた。


引退後は即二軍監督に2019年から就任し2022年からは一軍ヘッドコーチに昇格。2023年からは辻発彦の後任として一軍監督に就任した。
しかし2024年5月26日にチームの成績不振により休養(事実上の更迭)することが球団から正式に発表された。
監督としてはチームの選手層の薄さ(特に野手陣)をカバーすることができず、残念ながら選手時代のような輝かしい実績を監督として残すことは叶わなかった。
新井新庄三浦は見た目が怖そうだがのように選手をめったに怒らない今どきの褒めて伸ばすタイプだったらしい。だが振るわなかった。
あるいは選手思いながらも切る時はバッサリ切る3人と違って非情になりきれなかったのかもしれない。

実際「監督として性格が中途半端なのが最大の短所だった」という野球ファンからの評価がよく聞かれる。
「優等生」としての呪縛から逃れられなかったことが示唆される。

追記・修正は本塁から一塁へ4秒以内に全力疾走したらお願いします。

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最終更新:2026年05月11日 19:47

*1 1913試合出場、2090安打、打率291、201本塁打、837打点、363盗塁(以上NPB)630試合出場、615安打、打率267、32本塁打、211打点、102盗塁(以上MLB)