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全国高等学校野球選手権大会

登録日:2011/07/24 Sun 15:38:03
更新日:2026/08/23 Sun 17:40:23NEW!
所要時間:約 10 分で読めます




アアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ーアアアアアアア CV:柳沢慎吾ではなくサイレン音




-熱夏到来-



甲子園には魔物が棲んでいると言われるが



それは本当かもしれない



変わっていく時代の中で



毎年変わらない夏がある



ここを求めて戦う球児がいる



そんな甲子園の魅力こそが



まさに


魔物そのものなのかもしれない


全国高等学校野球選手権大会とは、毎年8月に開催される高校野球の選手権大会。
主催は大阪朝日新聞社→朝日新聞社。後援は毎日新聞社、特別協賛は大会開催地である阪神甲子園球場。

通称は「甲子園」「夏の高校野球」など。
「甲子園」とは本来球場含む地域名で、この地域に球場が建てられたことで甲子園球場となっているのだが本大会を指す用法の方が目立つ。
もちろん球場を指すことも普通にあるのでややこしいが。

ちなみに春にも同様に甲子園で大会が行われるが、こちらは選抜高等学校野球大会(通称センバツ)と呼ばれ、主に秋の新人戦の結果を元に高野連が出場チームを選定する(こちらの主催は毎日新聞社である)。
その性質上センバツは出場できない都道府県も出てくるため地方規模での熱量は小さくなり、注目度も規模もやや控えめで、名実共に夏の甲子園とは異なる立場の大会である。

そのため、本項でも夏に絞って解説していく。



概要

全都道府県からの代表校がトーナメント方式で戦い優勝を目指す。
他の部活でいえばIH(インターハイ)に当たるが、全国的な扱いの大きさで言えばそれら部活動の大会の中で最大と言っても過言ではないだろう。
俳句の夏の季語としても「高校野球」が存在し、またスポーツに関わらず高校生の全国大会を「○○の甲子園」と呼ぶ例もあるなど、日本の夏の風物詩として定着している。

基本的に全国47都道府県から1校ずつが出場するが、北海道は南北に、東京都は東西にブロック分けがされ、2校ずつが出場し全49校がトーナメントで試合を行う。
過去には記念大会で最多56校が出場したことがある。
優勝したチームには優勝旗が授与され、これは「深紅の大優勝旗」と呼ばれ、これを得る事が全国の高校球児の夢である。

地方大会は概ね7月中に各地のローカル局やケーブルテレビで放送されているので、チェックしてみよう。
プロとは違い、まだ技術が未熟な高校球児達の試合ではプロでは考えられないようなミスが珍しくなく、ワンプレイごとに本当に気が抜けない。

圧倒的な点差がついていたかと思えば、ひとつのミスから逆転などザラであり、プロ野球とはまた違う面白さがあり、
だからこそ後の世まで語り継がれるドラマが生まれるのである。

ちなみに地方大会くらいになると、あまりに実力差があり過ぎて40-0などの超ビッグスコアなゲームになることも・・・。
98年の青森県大会の深浦-東奥義塾戦ではメジャーもびっくりの122-0という世界記録スコアが成立した。これもまた高校野球。


中継・配信

NHKおよび朝日放送がテレビ・ラジオ中継を担当する。
開催期間中はレギュラー番組の大規模な休止が行われるため、アニヲタ民には悩みの種となっている(詳細後述)。

地上波では当初NHK総合テレビのみの中継だったが、延長戦に対応できないとの苦情が殺到したことから1974年以降は教育テレビでのリレー中継を開始した。以降は12~13時と18時以降、国会中継や夏季オリンピック開催時に教育テレビ(Eテレ)へのリレーを実施している*1
2026年は一部日程で13時台から第2試合が始まる2部制となった事から、該当日が平日の場合は18:00から19:30は例年同様だが、「NHKニュース7」終わりの19:30から20時台のローカルニュースが始まる時間手前の20:40までの時間帯は再び総合テレビで放送し、以降は試合終了までEテレをマルチ編成にしてサブチャンネルでの放送となった*2
また、同年から「NHK ONE」での配信(同時・見逃し)も開始されている。
なお春のセンバツでも同様に正午の時間帯と大会の前半は大相撲中継と被ることもあるため、それ以降はEテレへのリレー中継を行う。

民放では近畿圏の広域局で朝日新聞社との関わりも深い朝日放送(ABCテレビ)がほぼ全試合の生中継を行い、一部のカードは勝ち上がり展開によって当地のテレビ朝日系列局で中継されることもある。
かつてはABCのキー局であるテレビ朝日でも関東出場校の中継を実施していたが、NHKとの重複もありBS朝日開局後は徐々に中継を縮小、2014年の決勝を最後に試合の中継からは撤退し、現在の中継は開会式のみとなっている。

BS朝日ではイニング間のCM枠は通常のCMが放映されるが、ABCテレビではイニング間のCM枠中も観客スタンドの様子を放送しており、スポンサーはワイプ形式でCMを流すのがお馴染み。スポンサーによっては画面下のスペースを利用し、高校野球中継専用に作られたCMが放送される。

なお、ABCテレビの中継はテレビ朝日系のBSデジタル局であるBS朝日およびバーチャル高校野球で視聴可能だが、前者については2021年の中継で苦情が殺到したことから*3、2022年より4K放送のみでの実施となった。なお、民放キー局系のBS4K放送は2027年1月で終了を表明しているため同年以降の放送形式は不明。


歴史

1915年(大正4年)に第1回大会が開催され、その後に戦争や米騒動事件などで中止になったりもしたが、2018年大会で100回目を迎えた。

第1回・第2回は現在の大阪府豊中市にあった豊中グラウンド、第3回~第9回までは兵庫県西宮市鳴尾にあった鳴尾競馬場内に設置された鳴尾球場で行われていた。
しかし鳴尾時代末期にはキャパシティオーバーに陥いるほどの人気になったため、高校野球の球場として阪神甲子園球場が建設され、第10回大会より移った。
なお、戦後第1回目の開催となった第28回大会は甲子園球場が進駐軍に接収されたため阪急西宮球場で、記念大会として出場校が大幅に増えた第40回大会と45回大会が甲子園と西宮球場併用となったが、組み合わせの問題で甲子園球場でプレーできずに敗退するチームが出たため、以後は西宮球場を使うことはなかった。

近年では気候の変化による夏場の気温の上昇、屋外開催に伴う日程の不安定さ、1人のエースがプロではありえない間隔で連日100球を越える球数を投げるなどの選手を酷使する風潮が時代に即していないとして、球数制限などの改革の声が上がっており、プロ野球1軍選手ですらこのあたりの判断は分かれているのもまた事実である。
否定派・改革派としてはダルビッシュ有が代表例に挙げられる。

また、参加校も学校の統廃合や後述する様々な問題点の顕在化、スポーツ嗜好の多様化に伴う野球人口が減少している実情から年々減少傾向にあり、純粋な参加校数としては毎年冬に開催される高校サッカー選手権大会よりも少なくなった。


特筆大会

…さて、ここからは甲子園に潜むという「魔物」が生み出した、数々のドラマ、奇跡を記していこう。

気になった内容があれば、動画サイトなどで検索をかけてみよう。




…それは決して色褪せない、白球の記憶…



1979年(第61回大会)


『高校野球史上最高の試合』

詳しくは箕島対星稜の項目を参照。


1982年(第64回大会)


『やまびこ打線爆発』

「山あいの町の子供たちに一度でいいから大海を見せてやりたかったんじゃ」と蔦文也監督が徳島代表・池田高校を甲子園初出場に導いてから11年。畠山準・水野雄仁といった超高校級選手を擁してついに頂点にたどり着いた。
1番から9番まで隙のない打線で猛打を連発し、準々決勝では5期連続出場の荒木大輔擁する東東京代表・早稲田実業高校相手から実に14点も奪い、6戦合計85安打という当時の大会新記録を樹立。
この超攻撃的野球を見せた彼らについたあだ名は「やまびこ打線」。この年のクリーンアップを打っていた江上光治と水野はまだ2年生であり、その勢いは翌年の夏まで続くことになる。


1983年(第65回大会)


『KKコンビ登場』

「やまびこ打線」の池田高校の快進撃は前年からずっと続き、準々決勝までで公式戦連勝記録を40まで伸ばしていた。しかし、準決勝でその快進撃を止めたのはなんとエース・4番共に1年生の大阪代表・PL学園高校だった。
この試合はPL学園の1年生・桑田真澄の独壇場だった。投げれば「やまびこ打線」を3塁すら踏ませぬ5安打完封の快投。打てばこれまで甲子園で被弾無しのエース・水野からレフトスタンドに放り込むホームラン。桑田は4月1日生まれのため、出場選手の中では最も若い選手。
後の甲子園およびプロでの実績を考えればこの結果もやむなし…と現在なら納得できるかもしれないが、この時点では1年生の大金星に騒然としたものである。
甲子園の歴史に残る最強チーム候補同士のドリームマッチでもあった。

ちなみにその後、偶然にも水野・桑田は同じ巨人に指名されてプロ入り。今度は同じチームで活躍することとなったのは当時のプロ野球を知る方はご存じのとおりである。


1985年(第67回大会)


『高校野球史上最高チームの有終』

1年生で優勝したKKコンビももはや3年生。優勝した後は、決勝まで行くものの優勝まではあと1歩届かないでいた。
「もう一度優勝を」と目指して5期連続で甲子園に乗り込んできたPL学園はさらにとんでもないチームへと変わっていた。
甲子園初戦となる2回戦では毎回得点を達成し計29得点をマーク。決して崩れない大エースととんでもない打力を誇る攻撃陣を兼ね備えた彼らは様々な大会記録を次々を更新する。
大会中の8月18日に18歳の誕生日を迎えた清原和博はそこから更に爆発。打率約8割・ホームラン5本をかっ飛ばす。ここまで甲子園通算20試合以上を4番でフル出場してきた選手だがそこからさらに進化するという恐ろしさを見せた。
準々決勝では高知代表・高知商業高校の中山裕章から歴史に残る特大ホームランを打つ。その直後、その夏に唯一5番を打った桑田もホームランを打ち、KKコンビ唯一の連続アベックホームランとなった。

決勝の山口県代表・宇部商業高校戦の前に桑田はそれまでの疲労からチームメイトに対して初めて「抑える自信がない。3点は覚悟してくれ」と弱音を吐くと、清原が「分かった。3点やな。俺が必ずそれ以上取ってやる。しかし、(その大会で4HRを放っていた)藤井(進)にホームランだけは打たすなよ。それを越えてやるからな」と答えたという。
果たして桑田は藤井に特大のスリーベースヒットこそ許したもののホームランは阻止し3失点で踏ん張り、清原は宣言通り2発の同点ホームランを打ち3打点の活躍。「甲子園は清原のためにあるのかー!」という実況はあまりにも有名。最後はサヨナラ勝ちを収め、KKコンビ2度目の優勝という形で有終の美を飾った。

この年のPL学園は3年生から実に5人ものプロ野球選手を輩出している。
加えて後に2年生からも1人、1年生からも4人プロ入りしているため、チームとしては合計10人を数えるという豪華さ。
特に1年生は立浪和義、野村弘樹、片岡篤史といったプロ野球の世界でも一流選手として結果を残した錚々たるメンツを擁していた。

清原は大会通算打率.440、13本塁打、29打点。
桑田は大会通算打率.333、6本塁打、28打点、5三振。20勝3敗、防御率1.55。


1992年(第74回大会)


『勝利至上主義』

当時、最強のスラッガーと呼ばれた松井秀喜を擁した石川代表・星陵高校。
当然の如く甲子園にも出場したが、2回戦で対戦した高知代表・明徳義塾高校は松井との勝負を徹底して避け、回ってきた5打席全て敬遠
その際の実況アナウンサーの「勝負は、しません(激怒)!!」という怒鳴り声が、今も印象に残っているという方は多いのではないだろうか。

試合は星陵の敗退で終わったのだが、試合後に松井の活躍を楽しみに集まっていた観客から明徳義塾(特に監督の馬淵史郎)は凄まじいバッシングを受ける事となり、勝利後の校歌斉唱の際には、校歌が殆ど聞こえなくなる程にスタンド中から「帰れ! 帰れ!」とブーイングや野次を浴びせられ、スタンドから去る準備をする生徒たちに向かって空き缶やメガホンなどが投擲される*4という事案が発生。学校にも抗議の電話が殺到した。
さらに騒動は明徳義塾の生徒達が逗留先の宿舎に戻った後も留まる事がなく、宿舎の周りには報道関係者のみならず試合結果に納得がいかない松井を支持する野球ファンが大勢詰めかけ、「馬渕を出せ!」「松井に謝罪しろ!」と怒りのシュピレコールを夜遅くまで上げ続けるなど収拾がつかなくなってしまった。
その結果、生徒達に危害が及ぶ可能性を危惧した学校関係者や高野連からの要請により、明徳義塾関係者は兵庫県警から派遣された機動隊の厳重警護の下で行動する事を余儀なくされるという異例の事態に。
騒動による心理的ストレスが原因になったのか定かではないが、明徳義塾は広島県代表・広島商業高校との3回戦では本調子を出せずに惨敗。それでも溜飲の下がらなかった観客からは最後まで野次を浴びせられ続け、逃げるように甲子園を去る事となった。
この騒動は勝負してもらえなかった松井の脅威を逆説的に示すと共に、あくまで教育の一環であるはずの高校野球において「勝利至上主義」をどう捉えるのか…野球人が見れば明らかに勝利を得るための、ルールブック上問題ない*5戦術をどう解釈するべきか?という大論争を巻き起こした。念のため記載するが、高校部活の行事である前にスポーツ大会である以上、故意に負ける選択や采配を取ることは絶対に許されない*6のは留意してほしい。
30年近く経った現在でも未だに議論の種となる程、野球界のみならず社会を揺るがす一大事件として歴史に残る事となった。

試合後、馬渕監督は記者からのインタビューに対して

「(敬遠は)私が選手たちに命じた。高校生の中に1人だけプロの打者が混じっていた。」

と語っていた事から、当時の松井の実力と資質が他の高校生たちよりも遥かに化け物じみていたという事が分かるだろう。

とはいえ、トーナメント制である本大会がプロの試合と違い「一度の敗戦=大会終了、(選手によっては)競技引退」となる仕組みである以上、勝利至上主義に走るのは別に何も間違っていない。なんなら130試合以上を戦うプロ野球ではマナー違反とされるような采配(例えば大量リード時の各種バント戦術や盗塁)ですら、高校野球では「負けたらどうなるかを考えればやむを得ない」と解釈されてきた歴史もある。
加えて、強打者を敬遠するのは高校野球のみならず野球の戦術の基本セオリーの1つであり、故意四球はルールでも認められている行為である(現在ではプロ・アマ問わず「申告敬遠」さえできるように整備された)。簡単に言えば 高校野球はエンタメではない ので、ルールで認められている戦術を勝つために見栄えやプライド度外視で行うのは当たり前である。それに対する憤りから選手や監督に罵声を浴びせるなんてのは筋違いという物だろう。
まして周辺地域の迷惑を顧みずに夜中まで騒ぐなんてのは論外であるし、そもそも選手や監督に対して空き缶やメガホンを投げつけるといった行為はマナーやモラルといったところを通り越して傷害の刑事罰に問われる立派な犯罪である。

なお松井本人はプロ入り後、この件について記者から話を振られた際、

「今となってはいい思い出ですよ。」

と語っているほか、「プロOBとしての」松井としての書籍インタビューにおいても、

「この出来事があったから巨人やヤンキースで頑張れた面もある。プロに入ったら、むしろあのときに全部敬遠されたほどの強打者だったことに恥じない選手でいないといけない、と思えた」

の旨を語っており、本項で書いたほどのわだかまりは持っていなかったようだ。

また今回の松井の件に関連して、こんなエピソードがある。
松井が中学生だった頃の野球部での紅白戦で、今回と同じように4打席全て敬遠されたのだが、この時の松井は激怒してバットを地面に叩きつけ、相手投手を物凄い形相で睨み付けた。
ところがこの松井の態度に当時の監督が激怒し、松井に対してこんな風に物凄い剣幕で怒鳴り散らしたのである。

「何だ、お前のそのふざけた態度は!?」
「敬遠っていうのはな!!ルール上公式に認められている行為なんだ!!その上でお前は相手投手から全打席敬遠された!!つまりお前は敬遠するべき強打者だと、相手投手から認められた事を意味するんだぞ!!」
「だからこそ今のお前がするべき事は、自分を認めてくれた相手投手に対して、敬意を払う事だろうが!!」
「それが分からんのなら、もう今のお前に野球をやる資格は無い!!今すぐ辞めちまえ!!」

当時の松井が中学時代の頃からズバ抜けていた事を示す、非常に興味深いエピソードだと言えるだろう。
松井が今回の件で5打席全て敬遠されても、怒るどころかむしろ相手投手に配慮する発言をしたのは、この時の監督の叱責があったからこそなのかもしれない。

  • おまけ にしちゃ長げぇよ 【坂崎大明神】

なお、この松井の5打席敬遠に遡ること37年前、甲子園の、しかも決勝で4打席敬遠があった事をご存じだろうか。
その試合は昭和30年夏、浪華商業(大阪)-桐生(群馬)。どちらも高校野球史にその名を刻む名門校同士の決勝戦である。
浪華商業は現在の大体大浪商。大阪桐蔭-PL学園の前の大阪代表の顔であり、実力、知名度とも充分な名門である。
片や桐生は今や進学校として甲子園からは遠ざかっているが、当時は北関東では知らぬものがない強豪校として甲子園の常連校だった。
更に桐生には悲願の初優勝がかかる大一番。

敬遠の対象となったのは今大会打率6割を誇る浪華商の4番打者、坂崎一彦。後に巨人で強打の外野手としても活躍する彼の打球は当時から既に「砂を噛むような」猛打だった、という。

その坂崎に対して桐生の名物監督 稲川東一郎の出した答えは「触らぬ神に祟りなし」。
そして、宿舎の壁に冒頭の言葉を大書した紙を貼り、全打席敬遠の指示を出した。

果たして試合は桐生が優位に試合を進める。が、6回2-1でリードした桐生の今泉投手は「逃げっぱなしは癪だ」と勝負を選ぶ。
そのたった1打席1球を坂崎は見事に捉え、逆転の2ランをライトスタンドに叩き込む。そして試合は延長の末に浪華商が勝利を飾った。

大きな違いは「敬遠を仕掛けた方が敗れた」「1打席は勝負して、更に打たれた」と言うところ。
ただこれも明徳同様に全打席敬遠を行い、かつ桐生が勝利していたら同様またはそれ以上の騒ぎにはなったものと思われる。
何せこの頃はまだ観客が場内に乱入することもあり、有名な平和台事件はこの2年後の事である。

松井の時は勝負至上主義と批判されたが、昭和30年ならば戦中の敢闘玉砕精神も少なからず残るだろうご時世で敬遠という戦法への評価は今とは比較にならない以上に低かったはず。

その時代背景でこれを選択した(出来た)稲川監督、その監督の指示を破り向かって行った今泉投手の鼻っ柱、それを一発で打ち砕いた坂崎は三者三様凄い、と思うのは筆者だけ、かつ考え方が古いのだろうか……。



1996年(第78回大会)


『奇跡のバックホーム』

愛媛代表・松山商業高校対熊本代表・熊本工業高校の決勝戦は古豪同士の対決らしく3-3の好ゲームのまま延長戦に突入する。
10回裏、熊本工業が一死満塁の大チャンスを迎えると、松山商業の澤田勝彦監督は選手交代を宣言。
ここで投入されたのはここまで出番の無かった矢野勝嗣。返球での暴投が多くその事をいつも監督に怒られていたという選手だったが、後に澤田氏は「この場面、矢野ならもしかしたら……」という天啓が降りてきたと語っている。
そして打席には3番・本多大介が立った。初球を捉えた本多の打球は、交代したばかりの矢野の守るライト方向へと打ち上げられた。
ホームランかとも思われた打球は甲子園特有の浜風に戻され、矢野のグラブに収まった。だが犠牲フライには充分すぎる距離であり、3塁ランナーの星子崇はこれを見てタッチアップ。彼はチームで一二を争う俊足であったこともあり誰もがサヨナラを確信した。
だが、ライトの矢野からのバックホームは文字通り矢のような勢いとなり、あっという間に約80m先のキャッチャーへ到達。送球が3塁側にわずかにずれていたこともありランナーも刺殺。結果的にダブルプレーで敗退の窮地を脱した。
この後11回表、このスーパープレーの矢野が先頭打者で2塁打を放ち松山商打線が奮起、6-3と突き放してそのまま優勝の栄誉に輝いた。
普段の練習では大暴投ばかりしていたという矢野だが、この時ばかりは定位置より深いポジションであったことや浜風によって球速が加速したこともあってピンポイントな返球が可能となったとのこと。
投手2本柱の内1人がライトも守るためレギュラーでありながら控えに甘んじていた矢野だが、高校生活のすべてを出し切ったこのプレーにより多くの人の心にその雄姿が刻まれることとなった。


1998年(第80回大会)


『怪物覚醒』

80回という節目を迎え、最多55校が出場したこの大会。

神奈川代表・横浜高校は「平成の怪物」松坂大輔を擁し快進撃。
準々決勝で南大阪代表・PL学園を17イニングにわたる壮絶な延長戦の末に下し、その勢いのまま準決勝の高知代表・明徳義塾戦では8回裏開始時点で6点ビハインドの状況から逆転サヨナラ勝利。
決勝の京都代表・京都成章高校戦では松坂がなんとノーヒットノーランを達成。代替わり後公式戦無敗という完璧な強さを見せ付け春夏連覇を果たした。
同年はこれ以外にも、神奈川大学箱根駅伝優勝・関東学院大学の大学ラグビー選手権優勝・横浜ベイスターズの日本一など、スポーツ界において「神奈川フィーバー」が巻き起こった。



2004年(第86回大会)


『深紅の優勝旗 北の大地へ』

南北海道代表・駒大苫小牧高校は、過去に春1回・夏3回の出場経験があったがいずれも初戦敗退。
特に前年の2003年は初戦の序盤で大量リードを奪うも降雨によりノーゲーム、翌日の再試合で敗れるという不運に見舞われていた。
そんな「まずは甲子園で1勝を」という現実的な目標を掲げてやってきたチームが快進撃を見せる。
2回戦からの登場で佐世保実業に勝利して悲願の1勝を挙げると、3回戦では強打の日大三高を相手に打ち勝ち、準々決勝の横浜高校戦では涌井秀章を攻略して勝利、準決勝の東海大甲府戦でも中盤までに10点を奪って逃げ切る。
迎えた決勝戦の相手は鵜久森淳志・福井優也を擁するセンバツ覇者の愛媛代表・済美高校。
序盤からリードされては追いつく壮絶な打撃戦となり、9-9で迎えた7回に3点を奪って勝ち越すとその後1点ずつを取り合って最終的には13-10で勝利。
北海道勢として大会初制覇を成し遂げ、深紅の大優勝旗が白河の関を飛び越えて津軽海峡を越えることになった。
この時記録したチーム打率4割4分8厘は大会記録を更新した。

同校は翌年にも優勝し、二連覇という大偉業を達成。誰もが知る強豪校へ仲間入りを果たした。


2006年(第88回大会)


『ハンカチフィーバー』

アイドル的人気を博していたハンカチ王子こと斎藤佑樹がエースの西東京代表・早稲田実業高校は、決勝戦でマー君こと田中将大を擁し、三連覇を狙う駒大苫小牧と激突。
「優等生vs野生児」という全く対照的な2人の壮絶な投げ合いは延長戦に入っても互いに一歩も譲らない展開となり、最終的に1969年(第51回大会)以来2度目となる決勝戦引き分け再試合に。決着は翌日に持ち越された。

翌日の試合も安定した斎藤のピッチングで失点を許さなかった早稲田実業は、対する田中を打ち崩し見事優勝。
最後は斎藤が三振で締めたが、この試合のラストバッターとなったのは、奇しくも最大のライバル田中であった。
この88年世代生まれは2人のほかにも坂本勇人・前田健太・柳田悠岐・秋山翔吾などプロ野球にて実績を残した選手が多く、「黄金世代」、当の斎藤が不運にも大成できなかったのが誰の目にも明らかな今でもなお「ハンカチ世代」とも言われている。


2007年(第89回大会)


『がばい旋風』

この年、決勝に進出したのは広島代表の古豪・広陵高校と、全く無名の県立高校である佐賀代表・佐賀北高校だった。

佐賀北は甲子園での勝利がこの大会まで無かったが、準決勝では「東の横綱」東東京代表・帝京高校をサヨナラで下すなど、まさに神がかり的な勢いだった。
しかし決勝戦では広陵に抑えられ、快進撃もここまでかと思われた。
だが、なんと8回裏・1-4という苦しい状況から満塁ホームランが飛び出し5-4と一挙に逆転。9回表にそのリードを守りきり優勝を果たした。
「ふつうの子」達が甲子園を制覇するに至ったこの「がばい旋風」は、私立にお株を奪われがちな全国の県立高校の球児に勇気を与えたことだろう。

余談だが佐賀北は県内では進学校であり、優勝の影響で2008年度入試から数年間、入学試験の倍率が跳ねあがったという。
ちなみにこの年の広陵のバッテリーは後年プロ野球でも活躍する野村祐輔と小林誠司。佐賀北の逆転勝利がいかに劇的なものであるかがお分かりになるであろう。


2009年(第91回大会)


『魔物の呪縛』

この年は新潟代表・日本文理高校が初の決勝に進出。堂林翔太率いる愛知代表・中京大中京高校と戦うことになった。
だが有利に試合を進められず、10対4と6点ビハインドを背負って9回表の攻撃を迎えるが、簡単に2アウトを取られあっさり試合終了かと思われた……

が、そこから試合は予想外の展開を見せた。

1番・切手孝太が四球で出塁したのを皮切りに、普段から「1球打撃」というフルカウントを想定した場面での臭い球のカット・ボール球を見極める選球眼を徹底的に磨いてきたという打線は驚異的な粘りで食らいつき、点差をジワジワと縮めていく。
だが、4点差まで追い上げたところで迎えた4番・吉田雅俊がサードフライを打ち上げ今度こそ万事休す……と思われたが

「サードか?キャッチャーか?……取れない!!なんだどうした!?最後のアウトひとつが取れない中京大中京!!」

なんとサードとキャッチャーの両名がこの飛球を見失いファールとなる。*7
最後のアウトひとつが取れない中京大中京。
『甲子園の魔物』に魅入られたかのように日本文理にとってはドラマチックな、中京大中京には不可解としか言いようがない展開が生んだ球場の異様な雰囲気にのみ込まれ、動揺を隠せない堂林はこの直後に吉田を死球で出塁させてしまいついに降板。
続く5番・高橋義人も四球を選びなおも満塁。6番でキャプテンの伊藤直輝が打席に立つ時にはブラスバンドの演奏すら止まり、甲子園は伊藤コールの大合唱に包まれていた。
そして伊藤の打球は左中間を抜け、2人のランナーが返り2点差。この時に飛び出した「繋いだ!繋いだ!日本文理の夏はまだ終わらなぁいっ!!」というフレーズは、名実況として今日まで語り草となる。
続いて代打で登場した石塚雅俊もタイムリーヒットを放ち、とうとう中京大中京をあと1点までに追い詰める。

そして一打同点の場面でバッターはこの回先頭だったキャッチャー若林尚希。
芯を捉えた運命の打球は……


サードライナー。


あと数センチだけ右に逸れていれば外野に抜けたであろう痛烈な打球であった。

日本文理は準優勝に終わったものの、粘り強さが生んだ印象深い戦いぶりは長年「野球後進県」と言われ続けた新潟県への他県からの認識を大きく変えた。
「負けて悔いなし」という文理ナインの言葉が全てを物語っていた。
一方、優勝した中京大中京の堂林は試合終了後のインタビューで、チームが勝利したにもかかわらず途中降板に終わった悔しさをにじませ、涙を流していた。
勝者が泣き、敗者が笑うという他に類を見ない結末となったこの一戦は、「甲子園の魔物」は確かに存在するということを改めてファンに知らしめた。


2010年(第92回大会)


『初優勝と6校目の春夏連覇』

「琉球トルネード」島袋洋奨を擁する沖縄代表・興南高校はこれまで島袋が1試合19奪三振を記録するといった健闘を見せながら打線が振るわないというパターンが多く、甲子園での成績はパッとしないものだったが、センバツで覚醒。
強打の和歌山代表・智弁和歌山高校を島袋が抑え、打線も打ち勝ち『貧打の興南』の汚名返上を果たした後は優勝候補を次々に撃破し見事センバツを制覇。

夏は投打共に更に変態度を増した上で出場。大会では神奈川代表・東海大相模高校の一二三慎太や福島代表・聖光学院高校の歳内宏明など多くの好投手と激突。打線の爆発と島袋の防御率1点台の好投で勝ち進み優勝した。
これにより上述の横浜高校以来6校目となる春夏連覇を達成、初めて深紅の大優勝旗が海を越え沖縄の地に渡った。

余談だが、この大会でとあるプロ注目投手が壮絶な大炎上を見せてしまったことにより「プロ注目=死亡フラグ」という図式が出来てしまった。

ちなみに翌年の2011年は春夏共にこの興南と決勝で戦って敗れた学校が優勝している。
そして遂に秋田県勢が14年振りに甲子園一勝を果たした年でもある。この年の秋田代表・能代商業高校(現:能代松陽)の戦いは高校野球ファンなら必見。

2013年(第95回大会)


『正々堂々とは、一体何なのか』

今大会、岩手県代表・花巻東高校に所属する野手・千葉翔太が注目を集めていた。
彼は小柄な体格ながらも『カット打法』と呼ばれている技術によって、打席において驚異的な粘りを見せつけ、何度も何度も何度も何度も な ん ど で も 相手投手の球をファールにしてしまう事で有名だったのだが。
ところが準々決勝が終わった直後、高野連の幹部の1人が千葉に対して、とんでもない事を言い出したのである。

「意図的にファールを打つと言うのは、正々堂々と戦わなければならない高校野球において相応しくない。」
「今後はスリーバントとみなしてアウトとするので、そのつもりで。」

これにすっかり動揺してしまったのか、千葉は準決勝では本調子を発揮出来ず無安打に抑え込まれ、試合も花巻東の敗戦。
この件に関しては高野連にも抗議の電話が殺到したのだそうで、「正々堂々の定義」という物が問われる結果となってしまった。
高野連側の主張としては

「高校野球とは、正々堂々と戦わなければならない代物だ」

との事なのだが、そもそも意図的にファールを打つ事自体は別にルール違反でも何でもないのである。*8
言い出したらこの期に及んで「全打席松井を敬遠したのはいいのか?」になっちゃうし

「ルールに抵触している訳でもないのに、何故ルール違反だと言われなければならないのか。」
「千葉はちゃんとスイングを行った上でファールを打っており、これをスリーバントとするのは無理があるのではないか」

などいった声も多いのだが、解説者の1人が千葉の打法を見て

「バスターのような打ち方で、明らかに前に打つ気が無い。これではスリーバントだとみなされても仕方が無いかもしれない。」

と語っているなど、当時は「カット打法は立派な技術だ」などの肯定派と「あんなことをしていたら打者として強くなれない」などの否定派がバトルする激しい賛否両論が繰り広げられる事となってしまった。
その千葉だが高校卒業後に日本大学に進学した後、社会人野球の九州三菱に入団。
プロを目指していたとの事だが残念ながらプロ入りの夢は叶わず、2020年に現役を引退した。

2017年(第99回大会)


『乱れ飛んだ本塁打と生まれた新記録』

第100回の記念大会に合わせ深紅の大優勝旗が新調される事が発表され、第40回から使われてきた2代目優勝旗を最後に手にするのはどのチームかが大いに注目された。

今大会は、後にドラフト1位指名を受けた投手が4人もいた前年などに比べると投手は不作との前評判があったが、その分打線は例年にも増して活発であった。
各試合アーチが出るわ出るわで、通算ホームラン数は今までの最高記録60本(2006年)を大幅に更新する68本が甲子園に乱れ飛んだ。
岩手代表・盛岡大学付属高校と愛媛代表・済美の一戦ではグランドスラムの応酬という史上初の珍事も起こり、そのため「ボールが変わったのでは?」という疑惑も生まれたほどだった。
中でも広島代表・広陵の捕手である中村奨成は神がかり的な打棒を見せ、かの清原が保持していた1大会5本という記録を32年振りに塗り替える6ホームランを放った。
他にも17打点38塁打は最多記録、安打数19本も最多タイ記録とまさに記録づくめとなった。
中村フィーバーにも押された広陵は快進撃を見せ、強豪たちを次々と破り決勝進出を果たした。

そんな中村擁する広陵を決勝で破ったのが悲願の県勢初優勝の期待を背負った埼玉代表・花咲徳栄高校。
乱れ飛ぶアーチの嵐であった大会の全体像とは裏腹に、花咲徳栄は抜群の選球眼を武器に低く鋭い打球を連発。合計21二塁打はこれまたチーム最多記録を更新した。
ホームラン数はチームでわずか2本(2本ともソロ)ながら、49代表制になって以降初の全試合で9得点以上を記録して優勝したチームとなった。
また、綱脇慧・清水達也の両右腕の継投で6試合を投げ抜き、失点こそすれど許したホームランはわずかに1本だけであった。

大飛球が雨あられのごとく降り注いだ大会で、ホームランに頼らず得点を積み上げ、相手に一発を許さなかったチームが優勝をもぎ取ったのはある種皮肉なものである。


2018年(第100回大会)


『金農旋風』

第100回目という節目の大会において、完全ノーマークのダークホースが突如として浮上。
ごく普通の県立高校、それも全員が地元出身者でありながら、甲子園常連の名門私立を相手に連戦連勝を続けたのである。
その名は秋田代表・秋田県立金足(かなあし)農業高等学校
大会優勝経験者も含む強豪校たちを相手に、エース・吉田輝星が見事な投球を見せ次々と勝利を収めていき、「一般人がエリートに勝つ」という庶民の心をくすぐる展開から全国的に注目を集めることになった。
予想以上に勝ち残ったせいで、応援団の滞在費が底を突いてしまい、同高校のOBに寄付を募るという珍事まで起きた。

決勝にて対峙したのは、過去優勝4回の北大阪代表・大阪桐蔭高校という超名門。そのメンバーも、日本全国からスカウトされた俊英ばかりで、まさにリアル海堂高校だと囁かれるラスボス感あふれる布陣であった。
1回裏にいきなり3失点し、3回表で何とか1点を返すもその後は次々と追い打ちをかけられるという展開で、最終的には2-13という大差で敗北することになったが、県立高校がここまで健闘しただけで大したものだと、観客からは惜しみない拍手が送られた。

……だが、「マスコミがあまりに金足農業に肩入れしすぎだ」として、報道の在り方も問われることになった。
対戦校とて、同じ高校球児であることに変わりはない。中には名門校で野球に打ち込むために、親元を離れている子だっている。
「以前から頑張って結果を残してきた球児たちを、悪役扱いするのはいかがなものか」という意見も出た。
そもそも、金足農業とて、過去に春3回・夏6回の甲子園出場経験を持ち、最高成績もベスト4と秋田屈指の強豪であり、公立高校とはいっても普通科よりは野球に打ち込みやすい恵まれた環境にいる*9
ぶっちゃけ全国の強豪と比べれば目立たないとはいえ秋田県の高校としては「昔から野球に力を入れていた」部類である。
「ごく普通の県立高校」というイメージは、報道によって必要以上に強調されたものであったことは否めない。

2022年(第104回大会)


『深紅の大優勝旗、河北へ至る。』

今大会より大会ルールの改訂が行われ、女子部員が試合前の練習補助、ボールパーソンの担当を行うことができるようになった。*10

新たな風が吹いた甲子園で快進撃を続けたのは「日本一からの招待」をスローガンに掲げた宮城県代表、仙台育英学園高校。夏は「高校野球100周年」第97回大会以来の決勝進出。
特筆すべきはその戦術で、特別目立つ選手こそいないものの、本大会全試合で層の厚い投手陣による継投策を徹底、初戦では大会史上初、同一試合でベンチ入りメンバー18人全員が出場を果たすといった全員野球により勝ち進んだ。

決勝で対するは近年頭角を現し、強豪として名乗りを上げる山口県代表、下関国際高校。
試合序盤は両者譲らない投手戦が展開、4回に均衡が崩れ仙台育英が先制、下関国際も負けじと食らいつくが、7回に仙台育英・岩崎が試合を決定付ける満塁ホームランを放ち、8-1で仙台育英が初優勝。
春夏通じて東北勢史上初の甲子園優勝を成し遂げ、空を飛び越していた深紅の大優勝旗は遂に白河の関を越え、みちのくの地へたどり着いた。

須江監督が優勝監督インタビューの中で語った言葉、「青春って、とっても密なので」が話題に。当時の3年生は入学年から自粛に次ぐ自粛で翻弄されていた。新型コロナウイルス感染症と闘い続けた人々の共感を呼んだ。
地元宮城は仙台育英フィーバーに沸き、同校帰仙日には彼らの乗る新幹線を地元テレビ局がヘリコプターで上空から追尾、陸路で白河の関を越える瞬間を中継した。*11

2024年(第106回大会)


『大社旋風と衝撃のバックホーム』

春の選抜で準優勝を果たした兵庫代表•報徳学園。プロ注目のエース•今朝丸裕喜投手を擁し、優勝候補と目されていた同チームだが、1回戦で敗退してしまう。
報徳に勝利した高校こそ、島根代表•島根県立大社高等学校第1回の地方大会から出場している古豪ながら32年ぶりに甲子園の土を踏んだ、ノーマークの公立高校であった。エース•馬庭優太のキレのある投球とチームの鍛えられた堅守により、報徳学園、長崎・創成館、西東京・早稲田実業といった強豪に僅差で競り勝っていき、1931年(昭和6年)の第17回大会以来、93年ぶりのベスト8に進出した。特に3回戦の早稲田実業戦では、早実の内野5人シフト、大社の代打・安松の絶妙バントヒット、エース•馬庭のサヨナラ打と野球の面白さが所々に詰まった名試合であった。
全国的に一躍注目を浴び、各地でファンになる人が続出した大社野球部であったが、それは公立高校が前述の強豪たちとの緊迫した接戦を制したことだけではなく、個性に溢れた魅力的なチームであること(弾けんばかりの熱いハートを見せるエース•馬庭、自慢の俊足でチームに貢献する藤原、双子で参加して攻守で活躍した高橋兄弟、エースを側で支え、強肩で何度もチームを救ってきた主将の石原など)、ベンチ入りメンバーの殆どが地元の島根県出身、甲子園で弾けんばかりに選手を鼓舞するエネルギッシュな応援団*12といった要素が組み合わさったことも要因であろう。

準々決勝(8月19日)では鹿児島の強豪・神村学園と対戦する。だが、連戦によるエースの疲労もあってか神村側にビッグイニングを作られ、結果的に2-8で敗れてしまい、ベスト4に進出することは叶わなかった。それでも大会出場前に掲げた「ベスト8以上」という目標を達成し、地元•公立高校の希望の星となった大社野球部のメンバーは、島根県だけではなく全国から惜しまない賛辞と感謝のメッセージが送られた。

それから2日後の8月21日、決勝進出をかけて行われた鹿児島代表•神村学園と東東京代表・関東第一高等学校との準決勝は、劇的な結末を迎えることとなる。
攻守走において高レベルな両チームは、好投手が投げ合う投手戦となった。関東第一は4回表にタイムリーで1点を失い、神村のエース・今村拓未の前に6回までノーヒット、無得点に抑えられていた。
だが、7回裏に5番・越後駿祐が初ヒットを放つと、7番・熊谷俊乃介が同点タイムリー3ベースを放つ。その後、神村の守備のエラーもあって2-1と勝ち越しに成功した。
6回からリリーフ登板した関東第一のエース・坂井遼の力投で、神村に追加点を与えずにこのまま逃げ切るかと思われた。
だが、今大会の甲子園出場校の中で地方大会打率トップの神村学園は、簡単には終わらなかった
9回表、1アウトから好打者の5番・6番の岩下吏玖・上川床勇希がそれぞれ連続ヒットを放ち、走者2塁1塁とチャンスメイク。そして、土壇場の2アウトで、選抜でスタメン出場した代打・玉城功大が打席に立つ。
玉城は追い込まれながらも、低めの直球をセンター前に打ち返す。それと同時に2塁走者の岩下が、好スタートでホームに突入する。捕手の熊谷は、同点になって決着がタイブレークに持ち越されることを予想したという。
だが、前身守備をしていたセンター•飛田優悟は、捕手に一直線かつノーバウンドのバックホームを行うこの好返球を熊谷は取りこぼさないよう確実に捕球し、突入する走者に素早くタッチ

一瞬の静止の後、審判の下したジャッジは……アウト。まさに紙一重のワンプレーであった。
その瞬間、関東第一の選手たちは喜びを爆発させ、神村の選手たちはベンチ、1塁2塁、ホームに突入した走者、ほぼ全員が泣き崩れた。
こうして関東第一は持ち前の守り勝つ野球で決勝に進出し、夏の甲子園では初の準優勝に輝いた。
奇しくもこの準決勝が行われたのは奇跡のバックホームが誕生した28年前(1996年)と同じ日であった
代打、2塁走者、センター、そして捕手の4者が魅せた最後の場面、誰もが全力を出し切ったからこそ、劇的なクロスプレーが生まれ、観戦した多くの人々に深い感銘を与えたのだった


華やかな面の一方で……

本大会は「一応」通常の学生野球の全国大会ではあるものの、日本における野球人気や「感動」などの要素で
特に夏の大会は華やかさを見せる一方、問題点も全くないわけではない。
全般的に「大人の都合」「過熱する人気」「安全軽視」「深く根付いた根性論などの保守的な考え」あたりに原因がある。


主な問題点

「感動」や「ドラマ」に隠れがちな選手への負荷

本大会はプロのような興行ではなく、あくまでも学生が行うアマチュアの大会であるにもかかわらず、「ドラマ」や「感動」「熱闘」「伝統」といった言葉が並ぶのが特徴である。
だが時に40℃近い酷暑の中試合をすることになる選手たち、特に投手への負荷についてはしばしば槍玉に挙げられて批判されることも多い。
選手たちの「つらい中で頑張っている姿」が感動を呼ぶ一方で「高校生を見世物にしている」などの指摘も同時に飛び交う。
熱中症アラートが出ている中で試合をさせられる高校生」なんて文面だけ見ればギャグだが実際はとても笑えない状態なことも見られるようになった。実際に「球児どうこうではなく、報道としてアラートの説得力が失われる」という観点からの非難も存在する。
この件に関してはダルビッシュ有も自らのXにおいて、「夏以外に試合をやればいいじゃん」などと苦言を呈していた。

……ただしこれに関しては「じゃあ秋に高校野球ができるのか」というのも大きな問題なのは考慮するべきでもある。なんせここに『阪神タイガースが主催試合を行えない期間』を入れてしまうとCSも日本シリーズも球場が無いのでできなくなってしまうリスクが出てしまうし、志望届を出さない選手にとっては大学受験ないし就職活動と重なる問題だってある。
あくまでも教育活動・部活なのが「前提」であるため、いくら実態がNPBのトライアウトやセレクションであってもそういった生徒の出場を禁じることはできないのだ。また、教育活動・部活である以上、「授業期間中に半月近くも生徒(選手)や教員(監督・部長)を部活に専念させられるのか」ということも問題になる。

酷暑については京セラドーム大阪で高校生の方の試合を行うようにする提案もあるが、伝統の面や阪神・オリックスとの調整面*13から困難とする意見も改革賛成派含めて強いのが実情である。

プロの試合では選手への負担を抑える為に先発・中継ぎ・抑えと投手の役割が確立しているし、負担の大きい先発投手は基本的に中5日の休養をとる。
だが、高校野球では名門校でさえエース級の投手を複数揃えるのは困難であるため、今でも1人のエースが全ての試合の最初から最後まで投げる前提のチームが主流である。下手したら中1日で登板するのを何度も繰り返すことになる。
それで運悪く延長に次ぐ延長で試合が長引き、とてつもない負担を負うことになっても、それを美化する言葉が並んでしまう。
無理がたたって(場合によっては今後にも響く、治らないような)大けがを負ったとしても、「苦しみに耐えて頑張った」といった美辞麗句で埋められがちである。

高校野球を「プロ野球の登竜門」として見た場合、これは本末転倒、言語道断の事態である。
しかし、見ての通り甲子園は完全にアマチュアの域を超えた、球児たちにとってもそれ以外にとってもあまりにも特別なものとして確立されている。ゆえに、「甲子園で全力を尽くすことにはそれだけの価値がある」という価値観が定着しており、そして客観的に見てそれを一概に否定もできないのが現実。
そこまでいかなくとも未だに「甲子園で活躍することはプロに入るための当然の実績でありそれが筋というものなので、甲子園でのある程度の肩の負担は致し方が無い」という意見が2020年代でも高齢層を中心に存在する。
前述の吉田輝星は大会での投球数が斎藤佑樹*14に次ぐ881球にまで達してしまったのだが、この件に関して高野連の幹部の1人が

「これこそが高校野球の本来あるべき姿だ」

などと発言した事で大炎上してしまい、高野連に抗議の電話が殺到する事態になってしまった。
アメリカの大リーグ関係者がこれらの実情を知って「選手を潰す気か!?」と苦言を呈した事も。

流石に運営側も無策というわけではなく、
  • 試合を行わない休養日の設定(2013年~)
  • 試合中の給水解禁(2018年~)
  • 延長13回以降(2018年~2022年)、延長10回以降(2023~)のタイブレーク導入。
  • 1週間で500球以内の球数制限の導入(2020年~)
  • 5回裏に10分間の休憩時間導入(2023年~)
  • 一部の日程を午前中と夕方に分ける「2部制」を導入(2024年~)
といった負担軽減策・試合が長引きすぎない制度を導入している。
学校側も2~3名以上に投手を育成し、継投で好成績を上げる出場校も増えている。
ドラマや根性論、伝統が優先されがちなのは否めないが、決して改善が何も行われていないという訳ではない。

なお、これは本大会内での話で済んでいるが、ドラマや美談ならばまだマシ、と言う酷使形態が存在する(した)。
それが「招待試合」である。
これは主に県高野連が特定の学校を交通費等の支給を行った上で地元に招待し、指定する学校との練習・強化試合を組むというもの。

何故これが酷使につながるのか?
最も有名なのが「怪物」江川卓(栃木代表・作新学院)の例かと思われる。

1973年、江川が3年春の選抜高校野球大会で華々しい活躍をした後、栃木県高野連には作新学院への招待試合の申し込みが殺到したと言われる。
試合は主に土日に組まれるため、作新学院側は金曜の夜に出発し試合開催地へ移動→土日で試合をこなし日曜日の夜に帰路に就く……という強行軍で対応せざるを得なかった。
こんな状態が夏大会直前まで続いたため、遠征に帯同しない下級生の中には「ウチは夏の県予選を戦わなくても甲子園に行けると思ってた」という勘違いをする者まで出る始末。

だが、問題の本質はそこではない。(言うまでもなく上記の事態も十分おかしいものだが)
ただでさえ殺人的なスケジュールの中、押しも押されぬエースの江川は大半の試合に登板していたのだ。
何故なら……「とある招待試合で作新学院の首脳陣が江川を登板させないという対応を取ったら、試合を組んだ県高野連から抗議が来たから」
招待試合により発生した収益は、日程を組んだ県高野連のものとなる。後はわかるな?そういう事だ。

これにより疲労を溜めこんでしまった江川は、夏の大会を迎える頃には全く本来の姿ではない状態まで調子を落としてしまったのだ。
もっともそんな状態で県予選無失点、ノーノー3試合、被安打2とか冗談みたいな成績を残し、もっと言えばそれを引きずり続けた状態で大学では歴代2位の46勝、プロでは通算135勝を記録しているので、元はどれだけ怪物だったんだという話にもなるが
その後江川は大学を経て紆余曲折の末プロ入りするも肩痛に悩まされた結果実働9年・32歳と比較的早期で引退したが、その遠因の一つにこの酷使があると考えられている。*15
江川本人は「大学2年時に肩の疲労骨折を起こして以降本調子に戻らなかった」と証言しているが、その故障が何によってもたらされたかを考える際、高校時代の連投に次ぐ連投の影響を否定することは難しいといえよう。

甲子園を目指す球児は「夏の甲子園で試合をする」事が目標であればこそ厳しい練習にも耐えられるのかも知れない。
が、それに乗じて大人が金儲けの具にする事には怒りを禁じ得ず、論外と記したい。



「教育」の名の下、時代錯誤の価値観が未だに強く残っている

本大会には教育的な位置付けもされているが、「教育」の内容が現代の価値観には沿わない内容が目立っている。

平たく言えば、昭和時代には当たり前だった根性論や苦労礼賛といった価値観が未だに基準となっており
選手の通称である「球児」像もこのあたりの価値観が強く見られる。
この価値観から外れた=現代的な価値観は「高校生らしくない」「教育上ふさわしくない」とされて
ペナルティや警告の対象とされることが未だよく起こっている。
それどころか前述の花巻東の千葉翔太のように、「故意にファールを打つ」というルール上は全く問題無い行為にさえも、「正々堂々と戦いなさい」などと言いがかりを付ける始末である。そこまで露骨でないにせよ「こんな打法では強くなれない」という「合理的な批判理由」を取って付けた言説も存在する。

もちろん相手を侮辱したり煽るような行為はどの競技でも厳しく咎められるが
本大会においては自チームへの鼓舞やナイスプレーに対して喜びを表現するパフォーマンスすら厳しく咎められがちである。
唯一ホームランで軽くガッツポーズをすることぐらいは「黙認」レベルでなんとか認められている程度である。

また女性の男子野球部所属者(=マネージャーなど選手以外の役目で携わる女子生徒)についても、現在でこそ認められているが、長きにわたりグラウンドに入って行う練習・活動補助はすくなくとも本戦では不可、女子生徒はグラウンドへの立ち入り禁止とされていた*16
これが仮にも高校における教育として、言い換えれば本来あるべき男女平等の観点として望ましい措置ではなかったのは言うまでもないだろう。

これが現状最大の問題となっているのが誤審問題。
野球規則上、審判が規則の適用を誤った場合*17を除き、抗議そのものが禁止である。これは高校野球も例外ではない。
だが、現在はテレビ中継やネット媒体による共有のしやすさの発達から、ビデオ映像で確認すれば明らかに誤審であることがわかるプレイ、果ては明らかに選手が判定に違和感を持っている様子まで広く拡散されてしまう。具体的にいつの年のどの試合とは言わないでおくが、明らかにど真ん中に入ったのがボールと判定される映像も残されている。いやまあ同時期以降のNPBの試合でそういった判定がされないわけでもないが……*18
当然こうなると審判や相手校に心無いデマが投げかけられるのは時間の問題となってしまうこと、また文字通り選手の人生を左右しうる試合であることなどから、NPBでいうリクエスト制度の導入*19など一定の抗議ありへの変更を提案するファンも多く見られる。
ちなみにプロとして報酬を受け取っているNPB審判員と異なり、夏の甲子園に関してはボランティアである(研修は受けるようだが)。
一応この手のルールはアメリカのカレッジフットボールにも存在し、あちらは最悪「得点自体の取り消し」まである重いペナルティが存在する。
つまり、この問題は日本特有という訳では無いことは追記しておく。
またこのあたりは段階的に改革が行われているのも事実であり、2026年度大会では「本戦であればNPB同様にリクエストが可能」という新ルールが導入されたほか、第1試合のうち立命館宇治-有明の試合において「単なるファンが見ても誤審といえる塁審のジャッジについて主審が審判協議を宣言、協議結果としてジャッジを訂正」という出来事があったなど、伝統の名のもとに誤審対策が放棄されているというのは大きな間違いでもある。
(最も当該プレイは「二塁フォースアウト時に送球を受けた遊撃手が『ほぼ即座に』落球」を一塁走者アウトとしたものであり*20、審判への批判はむしろプロトライアウトにせよ伝統行事にせよしかるべきジャッジングの質の維持がされていないとして目立った。当該塁審は後に公式に謝罪)

2000年代までは現場内外で走り込みを中心としたオーバートレーニングを神聖視する風潮が漂っており、身長180cm台前半で体重60kg台半ばの高校球児がそこら中にいたが、それが「練習で絞った高校球児らしい体」と称賛されるまであった。これが高校野球ファン界隈に留まらず、NPBへ「プロに入って美味しいものを食べ過ぎて練習不足で太った」と飛び火する良い迷惑となっていた。
実際には身長180cm台前半での適正体重は約72kgであり、この程度の身長の野球選手が60kgというのは明らかな痩せ過ぎで危険を伴うレベルである。実際その程度の選手はかつて地区大会上位には(個々の骨格の違いを差し引いても)ゴロゴロいたほどである。
これを受けて2020年代時点では流石に、一般人を明確に下回る体重は「筋肉が落ちている」と危険視されるようになり、筋肉を落とさないように走り込みを減らしてウエイトトレーニングを増やして筋量を確保する体作りも一般化している。

かつて2000年代において高校野球の地区予選のベンチ入りが20人まで増やす機運が高校球界内部で高まった際には、素人筋から「益々強豪校に有利になるばかり」という批判がよく聞かれたが、2020年代では「秋季大会を控えた時期に2学年で紅白戦がまともにできない程度の選手層のチームなど勝てなくてもよい」という現実主義的な意見が主流に*21
それでも高齢者層を中心に、ベンチ入り人数確保もままならない選手層のチームを、物理面・健康面の危険を顧みずにステレオタイプ的な奮闘記として賛美する意見が根強い。

2026年の甲子園本戦から導入されたDH制とビデオ検証に関しては、現代野球を知らない伝統主義者からそれぞれ「球児達が守備練習をしなくなるし、『エースで4番』の高校野球のイメージに反する」「高校野球のスピード感と武士道精神を損なう」という批判が為された。
しかし前者は強豪校での余りにも熾烈なポジション争いや守備固めの概念を考えれば論外(そもそもDHに依存するような心構えの部員は、強豪校への野球推薦など取れない)、後者は単純に高校野球の誤審を選手・チームの武士道精神に丸投げする誤審の正当化・美化で、いずれも的外れな言説であろう。
昨今の朝夕二部制に対しても保守派からは「灼熱の太陽と戦う高校野球のイメージが壊れる」「プロに通用するスタミナが育たない」という身勝手な反対意見が聞かれるが、これは大体において現代NPBでどれだけドーム球場が普及しているか考えてもいないような根性論・詭弁である。

このような認識のずれに対する指摘も挙がっているものの、やはり伝統を守ることが優先されてしまいがちである。


飛ばないバット・ボール問題

実は近年のNPBにおける統一球(ミズノ球)問題同様、高校野球の場でも飛びにくいボールやバットが採用され、またそれが議論を呼んでいる側面も登場させてしまっている。

もちろんホームラン・ビッグベースボールだけが野球に勝つ方法ではないので「飛ばないボールに対応したプレイを身に着ける」こと自体は悪いことではない。なんなら、実質的にNPBや独立リーグのセレクションでもある春夏大会においては、そういったスモールベースボールの能力をアピールすること自体は選手の得意・苦手次第でむしろ利点となりうる。
……が、統一球問題が指摘されて以降、NPBにおいて不自然なほどの投高環境が続いているように見え、しかもWBCや米球界挑戦などで「そういった時期の投手が『NPB出身選手全体』としてはあまり通用せず、逆に打者はMLBでハズレ外人になったケースが稀」という点から、選手育成の面で現在の日本球界における飛ばないボールが強く批判されているのもまた事実である。
となれば、同様に飛ばないボールを採用している高校野球においても、プロのセレクション、より高校野球本来の趣旨に沿って表現すれば、次代のスター選手を育成することで野球文化の振興・維持に努めるための大会であるという観点から、同じく選手育成の面で批判的な意見は出ることになるし、実際に散見されている。
選手をプロの場や大学野球など、次のステップに送り出すことが(少なくとも、それを志望する者については)ほぼ前提となっている以上、NPBのそれと同様に今後を考えていくべき話だろう。

ただしこれにはNPBと高校野球で1つ大きな前提の違いが存在することにも注意してほしい。
先述の98年夏大会予選・深浦-東奥義塾のように、高校野球では、80~90年代以降のNPBと違い*22、両チームで選手の野球能力に大幅、いや大幅でも表現として足りないほどの差異があるケースは毎年発生している。
これで"飛ぶ"ボールやバットを採用した場合、パワプロで言えば「スポーツ経験自体がない彼女候補に、全盛期のカブレラが飛ばした渾身のピッチャーライナーが向かってくる」といったことが十分発生してしまう。パワプロはゲームなので問題ない結果となるようにKONAMI側で自重がなされるが、そうではない高校野球ではこれはあまりにも怪我をさせるリスクが高すぎて危険となってしまう
というわけで、用具側で打球速度を下げないと、むしろ学生スポーツで当然に求められる事前対処をこなせないのだ。

実際に批判派も「プロよりは飛ばない方がいいとは思うが*23、見る限り木バットより飛ばないのはさすがに批判したい」程度にとどめていることがほとんどである。


ホームランを巡る問題

高校野球においては高校通算ホームランという指標が有名だが、この記録は公式戦と非公式戦を区別しないため「公式戦だけの記録ではないから認めない」という声もある。中には「雑魚から練習試合や地区予選序盤で記録を稼いでも仕方がない」という高校野球へのリスペクトに欠けた声まである。
だが現場では「公式戦のトーナメントをどれだけ勝ち上がれるか」というチーム力に左右されない指標として、特に大学のスポーツ推薦において資質を審査するのに役立つという切実な事情がある。
そもそも高校野球では強豪校の平凡な選手の場合「3年夏の大会で打った1本が高校野球の公式戦で打った最初で最後のホームラン」という程度にはホームランの難易度は高いため、「雑魚から練習試合や地区予選序盤で記録を稼いでも仕方がない」という言説は高校野球を舐めていると言わざるを得ない。
1年夏から3年夏までレギュラーを守って練習時代でも公式戦でも常に使って貰えて高校通算ホームラン記録が算定される時点で、高校野球においては強豪選手であるのだから。

しかしそれゆえに却って、高校通算ホームラン記録を過剰に強調する風潮に対しては昨今疑問の声が聞かれる。
高校通算ホームラン記録はプロでホームランを打てる選手となることを担保するものではないからだ。
高校時代当時、高校通算ホームラン記録を87本に更新した中田翔が遂にNPBでホームラン王を獲得せず中距離打者で終わったことが、これを物語る典型である。
ホームランでプロのスカウトへのアピールに成功しても、レギュラーになれなければ年俸で巨万の富を得ることはできない。野球バカがプロ野球選手になっただけで終わってしまっては、後には「かつて野球しかできなかっただけの、今は何もない男」が残るだけである。当たり前のことだが、この辺が忘れられがちである。

高校指導者やプロ野球OBが打撃偏重の主張を流布することが、結局は野球界のレベル向上に繋がらないという意見もある。
守備を疎かにして打撃への専念を許された高校野球のスラッガーが、大学野球以上において守備力がレギュラーの水準に達しないためその後通用せずに終わった、あるいは通用はしたが必要最低限の守備力を身に付ける過程で打撃力が犠牲になったことで看板倒れに終わったという、本末転倒な事例も相当数存在する。

野球系ルポでもホームランバッターとしてチヤホヤされてしまった高校球児が次第にバッティングを見失い人格面でも謙虚さを忘れて野球部で孤立し、最終的に逃げるように所属高校を去ったという悲しい事例が紹介されることがある。
指導者はホームランはあくまで勝つための手段、打者の資質を評価する指標であり、賛美を受けるための道具ではないと現役の高校球児に教えるべきである。



(出場選手以外の)生徒にかかわる問題点

応援側の負荷も大きい上、参加を強制させられる

風物詩化している多数の生徒による応援だが、彼らの交通費は通常は選手の家族による自腹な上、試合のスケジュール上都度往復している。
特に遠方の学校だと、勝ち進めば進むほど長旅に伴う交通費や滞在費が膨らみ、最悪の場合は数十万円にまで達してしまうなど、家計への負荷も大きくなる。
にもかかわらず「応援に参加しなければ欠席扱いとする」といった事実上参加を強制される学校も少なくない*24
昨今はこのような野球部へのコスト投入に「野球人気による学校の宣伝」という意味合いも多分に含まれるため、このことが顧みられることはあまりない。

しかも、応援席には屋根が無い部分が割り当てられることから応援者は日光や雨にさらされっぱなしであり、選手よりは地味だが実は肉体的にも負荷が大きい*25
「元々野球に興味なんて無いのに、無理矢理連れて行かれて野球が嫌いになった」と学生当時を語る方もおり、悪いイメージに拍車をかけてしまっている。


野球部が優先、優遇される一方で軽視されるほかの部活や生徒達

また華やかな応援のために全校生徒を会場に集めるのは野球部くらいしかやらない一方、(競技の性質や会場の都合もあるため一概に言えない面もあるが)このような大規模な応援は他の競技ではまず行われない。
そのため「なぜ野球(部)だけこんなに贔屓されるのか」という疑問を持つ者も少なくない。
別のスポーツで強豪校にも関わらずそちらの全国大会では応援が無く、野球は弱小だが学校総出で応援が行われるという本末転倒な事例もある。

他にも、他の部活の大会など予定がバッティングしたら高校野球(の応援)への参加を強制させられて自分達の大会や予定を棄権、キャンセルしなければならなくなったという事態も発生している。
本来野球部専属ではないにもかかわらず事実上そのような扱いを受けがちな吹奏楽部などの音楽部が巻き込まれやすい*26
巻き込まれた生徒としてはたまったものではないし、特に大体の3年生は夏は部活が出来る限界なのだが野球部の都合に巻き込まれてそのまま引退となり、涙を呑む羽目になっても彼らを顧みられることは全くない。また交通機関などのキャンセル料などの損害が発生しても補償は全くなく、彼らまたはその家族が負担することになる。
結局、「野球が人気なのだから仕方ない。だから我慢して受け入れろ」といった理不尽ともとれる理由からこのあたりの問題に対する反論の声もかき消されがちである。


実力至上主義と自己責任論

活躍する選手ならばまだいい。2軍などの「レギュラーから洩れた生徒」の問題もある。
野球の名門校であれば当然部員の数が多くなるわけで、その中でもベンチに入って試合に出場出来る生徒数も限られてくるわけである。

そんな中、とある学校にて2軍で延々と雑用をやらされて練習どころではないという学生が取り上げられた。
高額な部費を徴収されるためにバイトもしなくてはいけなくなり、試合に出るわけでもないのに試合会場まで自腹で行かされて応援させられる…
もはや戦力として勘案されていないのが明白 だが、推薦で入学した以上は退部することも退学することも出来ない、就活をチラつかされて声を上げることも出来ない…
という、「それを承知で名門校に入学したんでしょ?」「実力がないから一軍に上がれないんでしょ?」という自己責任と切り捨てるにはあまりにも残酷な仕打ちを受けていたのである。
ましてや野球漬けでそれ以外全く無知な15歳の少年に対して「試合に出られない学校に入ったお前が悪い」と切り捨てるのはあまりに酷で、現実的な意見ではないとまで言える。

無論、全ての学校がこうではなく、球拾いなど雑用は1年生部員が行うとしていても練習そのものは行わせる前提のタイムスケジュールが採用されていたり、
レベルが追いついていない部員に関しては相談の場を設けて「部との関係が決裂または野球そのものが嫌いになる前に退部する」「市民チームなど『ゆるい』場へ移籍する」を提案するなど、未成年たる生徒たちを守るシステムを作っている学校もあることはここに留意してほしい。
また、2軍以下の選手を中心とした練習試合を組んだり、同一校から複数チームエントリーできる大会や1年生大会などを開催したりする地域もあり、控え選手にもプレーする機会を与えるような努力をしているチーム・地域も多数存在する。

もっとも2020年代では既にこのような実情を理解する生徒も多いため「強い学校より出られる学校」という意識で高校を選ぶ生徒も多く、「強い学校より出られる学校」を選ぶことは生徒にとって重要な自衛だという意識も根強くなりつつある。
また「高校野球で再起不能を懸けるものではない」と強豪校で酷使されることを良しとせず、大学野球以上を見据えて練習中心の高校野球生活を志向する生徒も増えており「たかが部活で(野球のみならず)日常生活や社会生活に悪影響の出る後遺症でも残ったらかなわん」という冷静な意見も存在する。


学校・生徒への誹謗中傷、差別発言に対する対策

上述した松井秀喜の全打席敬遠における明徳ナインへの加害行為、2024年大会における京都国際高*27へ向けた差別的な発言など、ファン、あるいは相手校の応援チームの言動が問題視されたケースが存在する。

また、高校野球は他の部活と比較し突出した注目度をもち、夏の大会においては2026年時点で、都道府県大会から全試合がインターネット上で配信されるに至っている。
注目度の高さ自体は、他の競技や部活に打ち込む生徒から羨ましがられることが多いが、負の側面もある。
インターネット上で動画・画像が気軽に共有できる時代ということもあって、試合で起きたミスや監督の采配を嘲ったり、出場する生徒の容姿や名前などを馬鹿にしたりする発信も見受けられる。

にもかかわらず現状高野連はほとんど何も言明や対策案を出していない。
特に後者に関してはプロスポーツの場でこういった「選手に対する人種差別への対策」は事実上必須となっていることも大きく(実際、NPBでは1980年代以降実績を残した韓国人選手も多い)、アマチュアといえども大会規模を考えればなんらかの制止声明は必要だったのでは?という声は大きい。

もちろん当該の相手校や当該地域を次大会では失格とする、というのはやりすぎにしても、例えばサッカーJリーグにおける「サポーターの問題行動によるクラブチームへのペナルティ」のような、ファンの不品行に対応できるシステムの創設を検討するべき、という意見は2024年大会で大きく広まったと言える。


中継の問題

ABCテレビ

前述の通り大会はABCテレビでほぼ全試合生中継されるため、期間中はABCテレビおよびテレビ朝日が制作するレギュラー番組が休止または延期になる。
しかも休止分の振替は主に平日午前などに行われる。気象状況や試合展開で遅れ放送がさらに遅れることもあり、録画勢を悩ませる頭痛の種でもある。
というより平日午前という時間に観る人がどれくらいいるのだろうか……
本Wiki的な話題としてはおよびが大好きなお友達にもこの事態が直撃しており、土曜のアニメゾーンとニチアサが潰されることになってしまっている。
特に令和以降の仮面ライダーシリーズは最終話も容赦なく振り替え対象となるケースが出てきている。しかも次シリーズの初回は関西でもしれっと同時ネットに戻っているので、うっかり振替放送を見逃すと「知らん間に違うライダーが始まっていた」なんて事態が起こり得てしまう。
見逃し配信サービスの導入も他作品に比べ遅く、一時は8月だけTTFCに入らないとダメ……のような状況も続いたが、2023年までにようやく全作品での見逃し配信*28が行われるようになった。
しかし「リアルタイムで視聴したい」という人も当然多くいるため、根本的な解決には至っていない*29
因みにメタルヒーローシリーズの頃は振替放送すらされず、甲子園で飛ばされた話を関西で観るにはその話が収録されているVHSの発売を待つしかなかった。

ちなみに、近年のニチアサ枠では高校野球に加え「テレ朝の同時ネットを受けている局がない都道府県に帰省する」ケースも想定して、この時期に見逃してもストーリーの流れに影響しない「ギャグ回」、さらには事情を知っている大きなお友達がニヤリとできるように「野球回」などの単発エピソードを放送するケースも増えてきている。

なお開会式の中継は全国ネット*30なので、開会式が日曜に当たった場合仮面ライダーシリーズは当初から放送休止となる。

またニチアサ枠については時間変更後は関西圏ではない県でも高校野球の県大会の中継により9時台の特撮枠の放送が遅れる事もある。しかしそれらの県だと振替は大抵その日の日中〜遅くても夕方と比較的皆が見やすい時間帯が多く、ABCに比べればその対応は良心的といえる。

NHK

NHKでは正午と夕方のニュース時間になると、Eテレにチャンネルを変えて中継される。正午帯なら大して問題にはならないが、問題は夕方。その日の試合の進行にもよるが、全て試合が終了するまで放送されることから、その時間帯に放送されているアニメなどの番組は軒並み放送時間の変更あるいは放送延期となるため、それを楽しみにしているキッズやアニヲタにとっては非常に涙目な事態となる。しかもABCテレビと異なり全国で延期となる。
従来は夕方18時以降だと4試合目の試合終盤に差し掛かっているため、大抵は1時間以内で放送が終了することが多かったが、2024年からは全日ではないものの、朝と夕方の2部制が導入されたことにより、夕方時間帯のアニメの放送は雨天中止にならない限り原則休止となっている。
その後、2026年から平日19時30分以降の試合が総合テレビでの中継(20:44以降はサブチャンネル)になることが発表された。これはEテレ視聴者への配慮に加え、働き方改革の一環でレギュラー番組の製作休止も目的にあるとされる。
なお、余談ではあるが、2003年の夏頃、『天才てれびくん』の当時の木曜生放送枠であった『ゴルゴ13人』を夏休み期間中に一挙再放送する企画が行われたが、馬ゴルゴ(ゲスト:マギー司郎)の回のみ高校野球中継の影響で再放送出来なかったという事態が発生した*31
そのお詫びなのか、後継枠『ゴルゴ13面相』の第7回のゲストは、マギー司郎(2回目)であった。


結局のところ…

もちろん挙げなかったものも含めれば、単純に高野連の対応や判断が非難を受けたものもあるが*32、多分に「部活・学校行事としての教育事業としての高校野球」と「高校野球部日本一を決める、競技の場としての高校野球」・「NPBセレクションとしての高校野球」との建前と本音の差の大きさに起因する問題点が多く見られるのも特徴と言える。
すなわち建前である前者に依れば「ガチ勝負の場であるからとして、勝利のためを優先する」行動は時として問題視されるし、後者を優先すれば「高校野球の伝統、しか理由がない不合理な取り扱い」や「選手を使い潰す形になる行動」はこれも問題視される*33
もちろん野球以外の高校スポーツにそういった二面性がないとは言わないが、主とされるのは教育の場なのか?ガチ勝負の場なのか?それとも選手育成の場なのか?の整理がされず、グレーゾーンのまま100回以上の大会を重ねてきてしまった夏の甲子園故の問題点とも言えるだろう。
ドラフト会議のシステムの存在から、サッカーJリーグなどで採用されている「プロチームのユース」がNPBにそぐわないためどうしてもアマチュア大会に頼らざるを得ない、などの側面もあるにはあるが


高校野球漫画

サブカルでも人気が高く、特に「野球アニメ」「野球漫画」がサブカルにおいて1ジャンルを築き上げている。
とはいえサブカルらしく、「魔球」だの「必殺打法」だの、「豪華な試合器具を揃えて科学的に合理的なトレーニングをしている成金球団」や「ラフプレーを連発して仲間たちを怪我させてくる悪徳球団」など、変人たちが蔓延るファンタジーな作品になっているものもある。実は高校野球(≒夏の甲子園)をテーマとしている作品でも、こういった高校が相手校、場合によっては主人公の在籍する高校として登場することは多々ある。

反面、意外なことに、「甲子園に出場することが目標」「甲子園で優勝することが目標」「甲子園で活躍してプロになることが目標」のいずれでは作品によってまちまちである*34
中には明確な主人公選手を置いていない作品や、そもそも主人公は監督であることも。後者はゲーム『実況パワフルプロ野球』の栄冠ナインが著名だろう。
明確に「選手(たち)が主人公」なのに監督が絶大な人気を誇る漫画『サンキューピッチ』なんて例もある

また現実の高校野球の神聖なイメージもあって、特に2000年代頃は現実の高校野球とかけ離れた描写の目立つ高校野球漫画には総じて厳しい目が向けられた。
もっとも、2020年代時点では「あからさまな非現実路線にムキになる大人は現実主義者ではなく、寧ろ現実と漫画の区別が付いていない大人である」という冷静な意見も聞かれる。

高校野球漫画は舞台が都市部であるのが相場である。
そもそも地方や離島の高校野球部は綿密な取材が難しいので、あまりヒットした作品に恵まれない。
都市部以外が舞台の場合は描かれたとしても地方の全国常連校の露骨なオマージュかステレオタイプ的な野生児の物語になるのが精々である。

また、いじめや険悪な人間関係の描写も特に主人公サイドのチームでは基本的にはまず描けないタブーに近い描写となっている。
例外的に『MAJOR』海東学院編は当該人物をストーリー上の悪役に据えることで「チーム責任者にあたる教員の『誤った』人格面・野球観に起因する人間関係の険悪化」を描写しているが、裏を返すと本作クラスの知名度でもここまで読者に見せてからでなければできない展開とも言えてしまうだろう。
21世紀以降の超強豪校描写としてヤバすぎたためか、『パワプロアプリ』では特に主人公がこれに関して何もしないまま原作同様に失脚するあっさり展開が採用された。なんならノゴロー残留ルートでもここは原作と変わらない。
鉄の規律や体罰に焦点を当てた『バトルスタディーズ』においても人間関係が険悪な時期はバッサリカットされている。これには「読んでいて楽しくなくなる部分はカットするのが漫画として当然」という肯定的意見と「モデルになった学校のシゴキを矮小化し過ぎ」という否定的意見が存在する。

『ドカベン』の山田太郎という構図の手本があり、特に昭和時代には「左打はパワーも器用さも抜群」という先入観があり、王貞治、掛布雅之、門田博光といった大スターが存在していた時代背景も手伝ったため、左打の主人公が非常に目立つ。

余談

冒頭でも記した通り、1915年から大阪朝日新聞社が主催ではじめられた本大会だが、その4年前の1911年には東京を中心としたマスコミ・識者による
「野球害毒論」が展開される。主な著者は新渡戸稲造(後の国際連盟事務次長)乃木希典(陸軍大将)永井道明(東京高師教授)など、錚々たるメンバーが名を連ねている。

なお、そのキャンペーンの中心となった新聞社は「東京朝日新聞社」であった。


追記・修正は試合の途中にNHK総合から教育テレビに切り替えたことのある方にお願いします。


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最終更新:2026年08月23日 17:40

*1 それ以外でも日曜の日曜討論や広島、長崎の原爆による平和式典の中継の間もEテレに差し替えとなる。

*2 該当日が土日の際は18:00以降19:54までEテレ、以降はEテレサブチャンネルでの放送となる。

*3 この年は天候不順で中止や試合開始の遅延が相次いだことから急遽ナイターが編成されたが、21時以降は自社制作番組がすでに編成されていたため一部の試合が終了まで放送できなかった。

*4 ちなみにメガホンを片付けたのは星稜高の選手である。

*5 なにより、野球はルールブックで勝つことを目的とすると定義されたスポーツである。

*6 明徳義塾-星陵がそれ以外の観点から問題になってしまっただけで、仮に認めた場合「金銭で勝ちを買う」学校が出てしまう可能性が出る。

*7 この打席について、吉田は「去年亡くなったお母さんが守ってくれたんだと思います」と語っている

*8 厳密には「出塁or打者進塁のどちらかとも目的にしていないスイングを行う」のみがルール上不可で、「(ある程度偶然を装って)カット打ちで粘る」自体は問題ない。一説には高野連側も「定例通り疑わしきのみでは罰しない」つもりでいたが、千葉がインタビューでカット打ちを意図的に行っている旨を口にしてしまったことでやむなくペナルティとしたとも

*9 実業系の高校は、普通科では行われない実習科目も教えるため、それらの特殊な科目の教員が多く、指導人員に余裕がある。また、実習科目の教員は一つの学校に在任する期間が長く腰を据えての指導が行いやすい。スポーツ強豪校に実業高校が多いのはこのため。一方でこのへんは「野球『しか』教えないのは教育を名目としている大会で許してしまっていいのか」という意見もあり、どうあるべきなのかは意外に難しいともいえる。

*10 ちなみに、この前年から、全国女子高校硬式野球選手権大会の決勝が甲子園で行われるようになった。

*11 正確には白河の関付近。東北新幹線の線路は旧白河関跡から西に約9.5kmを通っている。

*12 応援歌の「サウスポー」は、応援団の迫力ある掛け声で魔曲とも言われた。

*13 ほっともっとフィールド神戸があるじゃないかと言いたいが、この球場も兵庫県に存在する。したがって、ここでオリックスが主催試合をするならば阪神の許可が必要になる。

*14 その斎藤も大学野球において大学側の興行重視の方針によって酷使させられた結果、とうとう肩が限界に達してしまい、結局プロ選手としてはほとんど成績を残せなかった。

*15 江川と対戦した事のある選手の多くが「江川の全盛期は高校2年秋~3年春」と証言している

*16 現在は選手として登録するのは不可だが、ノックなど現地練習において参加するのはOK。

*17 4ボールなのに打者を一塁に行かせない、インフィールドフライなのにフォースアウトを宣告する、など。

*18 当たり前だが、ファンからは「これどう考えても欠格だろ」「審判員としての妥当性を欠く」と見なされるが。

*19 阪神タイガースの試合で使うため、少なくとも本戦においては設備が既にあるのも大きい。

*20 本来なら走者セーフ+遊撃手の失策が適切と考えられる。

*21 同時に、こういったチームも試合を経験できるように、一発勝負のトーナメントのみならず、チームのレベル別に行われるリーグ戦や交流戦などを開催するべきではないか、という意見もまた存在する。

*22 勝率3割を下回った新設初年度の楽天ですら、経緯上、プレイ経験そのものは豊富な者がほとんどであり、すぐ次に問題とするほどの経験差・戦力差はなかった。

*23 そもそも他の問題点についても現状を良く思っていない者が多く、「選手の身体的な保護」については肯定的となりやすい事情もある

*24 「サボれば良いじゃん」と思う人もいるだろうが、それが大学受験や就活を控える高校生にとってプラスになることはないし、何より周囲から「協調性が無い人」という印象を与えかねない。それに何らかの事情で出席日数がギリギリの生徒からすれば留年に追い込まれる可能性すらある。

*25 これを受け、球場を運営する阪神電鉄は「銀傘」と呼ばれる屋根を拡張する計画を2023年に発表した。

*26 いわゆる強豪校はブラスバンド部も強豪で「2軍、3軍相当のメンバーで別に楽団を組め、かつ十分な演奏ができる」ケースが珍しくなく、そういった編成が難しい+ブラバンなど「は」強いような学校が出場しない限りなかなか問題が明らかになりづらいと言う理由もある。

*27 この学校は歴史上元々は韓国系高校生向けの学校であったため校歌も朝鮮語。その理由からいわゆる嫌韓層が「『朝鮮学校』の締め出し」「日本語以外の言語の校歌を不可に」を要求する名目で差別的な発言を投げかけるケースが見られた。

*28 プリキュアはスター☆トゥインクルより、仮面ライダーはギーツ25話より、スーパー戦隊シリーズは王様戦隊キングオージャーよりTVerで配信開始。

*29 解決策としては同時に2番組を放送する「マルチチャンネル方式」があるのだが、両番組の画質低下やスポンサーの問題から殆ど実施されていない。

*30 クロスネット局のうち、福井放送はネット局に含まれるがテレビ宮崎は含まれない。

*31 ちなみにこの回は、『サンバdeあたまとり』が登場した最後の回でもあった

*32 例として2025年大会における、部内での性的暴行が発覚した高校の本戦出場を認めた→当該校の2回戦突破後に不祥事による失格と翻意したケースなど

*33 日本野球は昔に発生した騒動に起因する大人の事情からプロ(≒NPB)とアマ大会主催との仲がかなり悪く、事実上はNPBのセレクションだからというだけでNPB側が介入するのは基本的にムリと言えると考えていいことには留意。

*34 例として次で触れるパワプロシリーズでは、近年の作品におけるシステム的な目的は基本的に「活躍してプロになる」だが、過去作品ではシステム上も「優勝する」とされていたり(例として優勝できなければ即ゲームオーバー・選手登録不可能であることが『2013』あたりまでは定期的に見られた。『8』球八高校や『2013』ラグナロク分校など)、『2022』のOP映像は明らかに「出場」がストーリー面での目標となっているなど、同シリーズ内でもこのあたりは変遷・ブレが見られる。『アプリ』でアプリストアの規約や関連法規上「選手登録ができないゲームオーバー」とするのは問題があり、コンシューマ作品も同時期の『2014』以降段階的にそれに倣っていったのではないかとも思われる。