救国軍事会議のクーデター(銀河英雄伝説)

登録日:2010/06/14(月) 18:27:21
更新日:2024/04/05 Fri 14:01:02
所要時間:約 13 分で読めます








救国軍事会議のクーデターとは、「銀河英雄伝説」で起きた、自由惑星同盟領における軍事クーデター。
同時期に銀河帝国内で起こった内乱、リップシュタット戦役についてはこちら





【背景】

宇宙歴797年、アムリッツァ星域会戦で大敗した自由惑星同盟では、最高評議会がロイヤル・サンフォード議長以下総辞職して入れ替わることとなった。
だが侵攻作戦に反対したヨブ・トリューニヒト、ジョアン・レベロ、ホアン・ルイの3名だけは評議会に残留し、トリューニヒトが評議会議長に就任する。

これによってトリューニヒトの権力はさらに増大したが、制服組の2トップである統合作戦本部長と宇宙艦隊司令長官には、クブルスリーとアレクサンドル・ビュコックの両大将が任じられた。
彼らがいずれもトリューニヒト派の人物ではないことからもわかるように、トリューニヒトの軍部に対する支配力は(この時点ではまだ)確立されていなかったと言えるだろう。

一方銀河帝国では、幼帝エルウィン・ヨーゼフ2世を擁立したリヒテンラーデ候が、宇宙艦隊司令長官である若き帝国元帥ローエングラム候ラインハルトと組み、実権を掌握。
これに対して政権中枢から追われた帝国門閥貴族は団結してこれを除こうとする動きを見せており、両者の激突、つまり銀河帝国における内戦の勃発は必至となっていた。

来たる内戦で門閥貴族を一掃することをもくろむラインハルトだが、しかし帝国を2分した内戦になれば、本来の敵である同盟にとっては帝国を弱体化させる絶好のチャンスと映るだろう。
流石のラインハルトにも門閥貴族と同盟を同時に相手にするほど戦力の余裕はなかったため、ラインハルトは「同盟内部に工作員を送って、内乱を誘発させる」という大胆な謀略によってこれを解決しようとした。
ラインハルトはかつてエル・ファシルにおいて名声を地に落とした同盟軍少将アーサー・リンチを選び、彼に巧妙な作戦計画を授ける。
さらにキルヒアイスを使者としてイゼルローン要塞へ送り、同盟との捕虜交換式を行うことで自然な形でリンチを送り返すことに成功。
ラインハルトの蜂起計画を携えて同盟に戻ったリンチは、トリューニヒトや彼に代表される腐敗した政界を嫌う軍人たちに秘密裏に接触し、彼らに取り入って蜂起を促した。

そしてそれから約一か月半後、アンドリュー・フォーク予備役准将によるクブルスリー大将の暗殺未遂事件を皮切りに、ネプティス、カッファー、パルメレンド、シャンプールの4惑星で次々と軍による叛乱が勃発。
クブルスリーに代わって本部長代理となったドーソン大将は、イゼルローン要塞司令官のヤン・ウェンリー大将にこれらの反乱を全て制圧するように命令する。

だがシャンプールの叛乱からわずか3日後、首都星のハイネセンで武装蜂起が発生。救国軍事会議を名乗るグループによってハイネセンは占拠されてしまう。
救国軍事会議から声明が出され、その軍国主義的・全体主義的な内容に驚き戸惑うヤン艦隊のメンバー。続けて発表された代表者の名前は、彼らをさらに驚かせる。
「救国軍事会議議長」と名乗ったその人物は、軍では珍しく良識のある高級将校として知られ、ヤンの副官フレデリカの父でもある国防委員会査閲部長ドワイト・グリーンヒル大将だったのである。



【登場人物-ヤン艦隊】

大将。旧第13艦隊に、先の侵攻作戦の生き残りをまとめたイゼルローン駐留艦隊司令官兼イゼルローン要塞司令官。旗艦はヒューベリオン。
ラインハルトが同盟内にクーデターを仕掛けてくることを予期しておりビュコックにも伝えていたのだが、未然に防ぐことは叶わなかった。
一応法的根拠(「クーデターが起きたら鎮圧せよ」というビュコック提督からの命令書)は得ており、行動を障害無く起こせた。

  • ダスティ・アッテンボロー
少将。ヤン艦隊の分艦隊司令官。旗艦はトリグラフ。
「伊達と酔狂」がモットーの、ヤンの後輩。原作ではここで名前だけだが初登場した。

  • エドウィン・フィッシャー
少将。ヤン艦隊副司令官。旗艦はアガートラム。
艦隊運用にかけて右に出る者はいない、ヤン艦隊の生きた航路図。

  • グエン・バン・ヒュー
少将。ヤン艦隊の分艦隊司令官。旗艦はマウリア。
一撃離脱戦法に特化した、分艦隊一の猛将。

  • フレデリカ・グリーンヒル
大尉。ヤンの副官。
父がテロの首謀者となった事に心を痛める。

准将。帝国からの亡命者の子弟を中心とする白兵戦部隊「薔薇の騎士団(ローゼンリッター)」を率いた白兵戦の達人で現要塞防御指揮官。
帝国領侵攻作戦では出番のないまま戦況が劣勢に傾く様をボヤいていたが今回は内乱の鎮圧で大活躍。


【登場人物-統合作戦本部】

  • アレクサンドル・ビュコック
大将。宇宙艦隊司令長官。ヤンから同盟内にクーデターが起きる可能性を聞かされており、突拍子もない内容に驚きを見せつつも決して否定せず対処を約束していた。
だが未然に防ぐことは叶わず、統合作戦本部にいたところをクーデター派の襲撃を受けて拘束されてしまう。
叛乱が佐官どころか大将中将まで参加する大規模なものであり、自分やヤンですら信頼している人物が敵に回るとはさすがに想定できないだろう。
救国軍事会議の面々と顔を合わせた場面は名皮肉の嵐。
「忘れたいところだが、そうもいかんて。民間人を保護する義務も、部下に対する責任も投げ捨てて、自分ひとりの安全をはかった有名人だからな。」
「(軍部の中でも理性と良識に富む人物と思っていたグリーンヒル大将が)このような軽率な行動に参加なさるとは、理性も良識も居眠りしているとしか思えん。」
救国軍事会議士官「ビュコック提督、我々は可能な限り紳士的に行動したいと考えています。しかし、あまりお口がすぎるようだと、こちらとしても考えざるをえませんぞ。」
「紳士的だと?人類が地上を這いまわっていたころから今日にいたるまで、暴力でルールを破るような者を紳士とは呼ばんのだよ。
 そう呼んでほしければせっかく手に入れた権力だ。失わないうちに新しい辞書でも作らせることだな。」

  • ドーソン
大将。クブルスリー大将に代わり、統合作戦本部長代理に就く。
トリューニヒト派の軍人。人望は芳しくなく、「大将に就任したのさえおかしい程度の男」、「こりゃわしが(本部長を同時に兼ねるのを)やったほうがよかったかな」byビュコック、と評されている。

  • クブルスリー
大将。統合作戦本部長で帝国領侵攻作戦前は第1艦隊司令官。アンドリュー・フォークに襲撃され重傷を負う。
ヤンを高く評価し幕僚総監として統合作戦本部に招こうとしたり、フォークに早急な現役復帰措置を求められた際も諭すようにしっかりと断る良識的な人物なのだが、
不幸にもこの良識さが彼の軍人としてのキャリアを縮めてしまうことになった。



【登場人物-救国軍事会議】

  • ドワイト・グリーンヒル
同盟軍大将にして国防委員会査閲部長。そしてヤンの副官のフレデリカ・グリーンヒル大尉の父。救国軍事会議の代表である議長を務める。
アムリッツァの敗戦後責任を問われて宇宙艦隊総参謀長及び統合作戦本部次長を解任され、現職に左遷させられていた。軍部では良識派の人物として知られていたが、トリューニヒトなどの利権政治家によって腐敗していく同盟政府を憂うあまり、ついに軍の一部を率いてクーデターを起こす。
統合作戦本部で相対したビュコックにあくまでも国を憂いての行動であることを説いたが、民主主義を愛するビュコックは武力に訴え出たグリーンヒルを痛烈に批判した。
ちなみにOVA版では妻の墓前において、クーデター軍のトップとなった理由(性急な若手メンバーに担がれ、彼らの暴走を抑制するため敢えて引き受けたこと)を独白するなどやや人物描写が掘り下げられた。

  • ブロンズ
同盟軍中将にして情報部長。救国軍事会議のメンバー。
クーデターに関する情報は事前に彼が握りつぶしていた模様。
OVA版ではリアクションに定評のある小者。
クーデター鎮圧後は逮捕拘禁された。その後の処遇は不明。
ちなみに道原氏のコミック版でも自決せず逮捕されるのには変わりはないが、その理由は「責任を取る高官がいなくては若い者が迷惑を被るから」というものだった。

  • エベンス
同盟軍大佐。救国軍事会議のメンバー。
グリーンヒルの片腕で、クーデターの声明文を読み上げた。
他にはクーデター派占拠下のハイネセンにおける経済活動関係の責任者でもあったようで、フェザーン商人と口論になる場面も。
はっきり言って階級がさらに上であるはずのブロンズ中将より大物っぽい。

同盟軍予備役准将。救国軍事会議のメンバー…なのかは微妙。
出世欲を満たすために持ち込んだ帝国領侵攻作戦中にビュコックに詰め寄られて失神し、敗戦以降は予備役に回された上で療養していた。
統合作戦本部長に就任したクブルスリーに接触して早急な現役復帰を願い出るも断られ、さらに説得の言葉を受けたことで逆上して襲撃。重傷を負わせる。
その場で逮捕されて精神病院送りになるが、焚きつけたクーデター派にとっては殺害失敗も想定内の捨て駒でしかなかった。
後年さらなる災厄をもたらすことに…。

  • クリスチアン
同盟軍大佐。救国軍事会議のメンバー。
OVA版では彼のバッジから陸戦関連の部隊の人間である事がわかる。
ただのマジキチバカ。武器を持たない市民の鎮圧に本気出しちゃう人。
こいつ単に暴れたいからクーデターに参加したのと違うか?

  • ベイ
同盟軍大佐。救国軍事会議のメンバー。
実はトリューニヒトの回し者だった。

  • ルグランジュ
中将。第11艦隊司令官。旗艦はレオニダスⅡ。救国軍事会議のメンバー。
勇猛果敢な提督として、その名を知られていた。

  • ストークス
同盟軍少将。第11艦隊分艦隊司令官。OVA版オリジナルキャラクター。

  • バグダッシュ
同盟軍中佐。ルグランジュかブロンズの部下の諜報部員。
ハイネセンからの脱出者を装い、ヤン艦隊に潜入する。
…が、シェーンコップに見破られ、ドーリア星域の戦いが終わるまで眠らされる。(OVA版ではタンクベッドの冷凍睡眠モード、原作及びコミック版は特殊な睡眠薬)
その後はヤン艦隊に転向する。

  • アーサー・リンチ
同盟軍元少将。エル・ファシルの奇跡の際に帝国軍に捕まった指揮官その人。
敵からも味方からも軽蔑され、晴らしようもない汚名を背負って、酒に溺れる日々を送っていたところをラインハルトによって帝国から送り込まれた工作員。
個人的な知己だったらしいグリーンヒルらを焚き付け、ラインハルトの思惑通りクーデターを引き起こす。

  • その他
OVA版には3名名無しの幹部(銀髪の初老の男、色黒の中年男、髭を生やした黒髪の男)が出ている。
ちなみに彼らは全員クーデター鎮圧後にブロンズ中将と共に逮捕され、連行された。


【登場人物-民衆】

  • ジェシカ・エドワーズ
野党議員。ヤンの親友。
アスターテ星域会戦で戦死したジャン・ロベール・ラップの元婚約者。






【クーデター鎮圧作戦開始】


救国軍事会議のスローガンは、銀河帝国を打倒するために同盟の行政を全て軍の統治下に置くというまさに独裁政治体制であった。
これは500年前に、ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムが宣言したことと何ら変わらず、ヤンには「帝国を倒すためにルドルフの亡霊を甦らせようというのか」と皮肉を飛ばされた。
グリーンヒル大将は救国軍事会議の正当性を証明するためヤンも味方に引き入れようとしたが拒否され、ここにおいて両者は戦闘態勢に入る。
ちなみに、救国軍事会議が打倒すべき第一人者であるヨブ・トリューニヒトは、クーデター勃発前に身を隠していた。

開戦に先立ち、イゼルローン要塞と首都ハイネセンの間にある惑星シャンプールの内乱をシェーンコップにより3日で鎮圧させる。
ほぼ同時期に、ハイネセンから脱出して来たと称するバグダッシュ中佐がヤン艦隊に救いを求めてやって来るが、ヤンにはそれが偽装であると見破られ、シェーンコップの手によりバグダッシュは軟禁される。
一方、ヤン艦隊の撃破を命じられた第11艦隊は、ドーリア星域で相対することとなる。


【ドーリア星域会戦】

バグダッシュからの連絡を待つ中、会戦に先立ちルグランジュは艦隊将兵に向けて演説を行う。

全将兵に告ぐ!!
救国軍事革命の成否、祖国の荒廃はかかってこの一戦にある。
各員は全身全霊をあげて自己の責務をまっとうし、もって祖国への献身を果たせ。
この世でもっとも尊ぶべきは献身と犠牲であり、憎むべきは臆病と利己心である。
各員の祖国愛と勇気に期待するや切である。奮闘し努力せよ!!

一方、バグダッシュの企みを看破した第13艦隊は偵察部隊からの情報を得て作戦を組み、会戦前に90分の昼寝を経たヤンも演説を行う。

間もなく戦いが始まる。
ろくでもない戦いだが、それだけに勝たなくては意味がない。
勝つための算段はしてあるから、無理をせず気楽にやってくれ。
かかっているのはたかだか国家の存亡だ。個人の自由と権利に比べれば、大した価値のあるものじゃない。
それじゃあ皆、そろそろ始めるとしようか。

「こんなので士気が下がるとは思わないのかね。」
「不敗の将が勝つと言っているんだ。上がるんじゃないのか?」


敵艦隊の位置を特定、側面を取ったヤン艦隊は、敵を二分するため中央に砲火を集中させる。
あわてて艦隊を再編戦しようとするルグランジュだったが、ヤンは間髪入れずグエン艦隊に突入を命じる。
グエン艦隊の高い攻撃力は中央部の敵艦隊を殲滅し、艦隊を二分することに成功した。

ははははははっ!コイツはいいぞ!!どっちを向いても敵ばかりだッ!!
狙いを付ける必要もない!!とにかく撃てば敵に当たるぞ!!

分断された第11艦隊は、ストークス率いる前衛部隊をフィッシャー(OVAではアッテンボロー)に引き付けられ、後衛の本体をヤン、アッテンボロー(OVAではフィッシャー)、グエンの3分艦隊から包囲される形となる。
これによりルグランジュの部隊は殲滅される形となったが、不利な状況に陥っても第11艦隊は抵抗をやめることはなかった。
わずか10数隻の艦隊を残し、ルグランジュはヤンとの通信回線を開いて彼を称賛する言葉を遺し自決。
分断された前衛部隊も殲滅され、勝敗は決した。
しかし、この戦いは同盟軍に残された僅かな艦艇を無駄に減らすだけのこととなってしまった。
一方、眠っている間に帰る場所を無くされたバグダッシュは、その場でヤンに自分自身を売り込みに来る。

主義主張なんてものは、生きるための方便です。
勝ち目のない方の主義主張など、生きるためには邪魔なだけです。

こうして唯一の機動戦力を失った救国軍事会議の崩壊は時間の問題となった。


【戒厳令下の平和集会】


第11艦隊の敗退を知らされた救国軍事会議だったが、しかし当の彼らはそれどころではない事態に直面していた。
報道、通信、運輸、流通など社会の全てを厳重な統制下に置き「挙国一致体制」を作ろうとしていた彼らだったが、その経済原則を根本から無視した政策が、ハイネセンの経済を崩壊させかけていたのである。

経済統制の担当者であったエベンス大佐は、フェザーンの商人から流通、情報の統制を緩和して市場を回すように勧告されるが、この「拝金主義者ども」の言が彼に受け入れられることは無かった。

そして広がる市民の不満と不安に救国軍事会議が神経をとがらせる中、その事件は起こった。

野党議員ジェシカ・エドワーズ率いるハイネセンの市民が、救国軍事会議が出した戒厳令を無視してスタジアムに集まり、大規模なデモを起こしたのである。
グリーンヒルは(媒体によっては自ら出動を志願した)クリスチアンに鎮圧を命じるが、これは大きな失敗だったと言わざるを得ない。
事もあろうにクリスチアンは装甲車と武装した兵士をスタジアムに突入させ、即刻解散するよう命じたのである。
さらにクリスチアンは市民数人をまるで処刑するかのように横一列で並ばせ、銃を片手に「平和的な言論は暴力に勝る」という集会の主張を問いただす。
怯えながらも「まちがいない」と即座に肯定した青年をクリスチアンは無言の一撃で叩きのめし、命乞いをした2人目の男性には嘲笑いさらに執拗な殴打を加えた。

殺さないでくれ、か。ワーッハッハッハ。死ぬ覚悟もないくせにでかい口をたたきやがって。
さあ言ってみろ。「平和は軍事力によってのみ保たれる。武器なき平和などありえない」とな。
言ってみろ。言え!!

暴虐の限りを尽くすクリスチアンにジェシカは言論で対抗する。

死ぬ覚悟があれば、どんな愚かなこと、どんなひどいことをやってもいいというの!?
暴力によって、自ら信じる正義を他人に強制する人間がいるわ。大は銀河帝国の始祖ルドルフ。小は大佐、あなたに至るまで。
あなたはルドルフの不肖の弟子よ。それを自覚しなさい。そしている資格のない場所から出ておいきなさい!

この言葉に激昂したクリスチアンはジェシカを銃でめった打ちにして殺害。さらに文字通りの死体蹴りを加えたことが市民たちの暴動を引き起こす引き金となる。
最終的に軍側に1500人、市民側にその10倍~15倍の死者を出すという大惨事を招いてしまい(スタジアムの虐殺)、もはやクーデターの崩壊は目に見えていた。


【ハイネセン進攻】


スタジアムの悲劇から2ヶ月後、ヤンは艦隊を率いてバーラト星域外縁部に進出しハイネセン進攻の機会をうかがっていた。
第11艦隊の敗北とスタジアムの悲劇を経て、辺境警備の同盟軍艦隊や退役将兵が次々とヤン艦隊支持を表明。市民義勇軍創設の提案も各地で上がった。
特に元統合作戦本部長のシドニー・シトレ元帥の声明は救国軍事会議の士気を大きく下げた。

救国軍事会議が頼るのは、本拠地であるハイネセンを守る防御システム「アルテミスの首飾り」のみであった。

「アルテミスの首飾り」とはハイネセンの衛星軌道上に置かれた十二基の自動防衛衛星のことで、レーザー砲やミサイルでハリネズミのように武装した、運用の仕方によっては1個艦隊に匹敵する戦力とされる強力無比な自動防衛システムだった。
「これある限りハイネセンは難攻不落」と言わしめたこのシステムに「吾々にはアルテミスの首飾りがある、吾々はまだ負けていないのだ」と最後の望みを託したのだが……


全滅……アルテミスの首飾りが……1個のこらず……全滅……

曰く「(ドライアイスの宇宙船で流刑地を脱出した)国父アーレ・ハイネセンの故事にならった」ヤンの作戦により、アルテミスの首飾りはなんら戦果を挙げることなく全滅した。
ヤンはバーラト星系第6惑星シリューナガルから切り出した1平方キロメートル、100億トンの氷塊12個に大出力のバザード・ラム・ジェット・エンジンを取り付け、それぞれをアルテミスの首飾りへと衝突させたのである。

「アルテミスの首飾り」の主砲であるレーザー砲は氷の表面を蒸発させたが、100億トンの質量を溶かしきることなど出来るわけもなく、亜光速にまで加速した巨大な氷塊に対しては、迎撃のミサイルもろくに効果がない。
そして最終的に光速の99.999%にまで加速した氷塊は相対性理論に従い実効質量2230億トンの巨大な砲弾となり、最強を謳われた防衛衛星をあっけなく粉砕してしまったのだ。


【終幕】


ハイネセン進攻に先立ち、ヤンはバグダッシュに命じてハイネセン市民と救国軍事会議に向けてある証言をさせていた。
「救国軍事会議のクーデターは、銀河帝国のローエングラム候ラインハルトの意思で引き起こされたものである」と。
グリーンヒルをはじめとした救国軍事会議はこれを信用せず、ヤンの「吾々を貶めようとする見え透いた政治宣伝」であると憤る。
実際としてこの段階ではヤンが状況から推測した内容にすぎず、証言をしたバグダッシュ自身もヤンから話を聞かされるまで帝国の意図で動かされていたとは想像もしていないし信じなかった。
そこで救国軍事会議議長であるグリーンヒル大将はクーデターの仕掛け人であるリンチ少将に確認すると…

ヤン・ウェンリーは正しかったのさ。このクーデターは、ローエングラム候、あの金髪の孺子の頭脳から生まれたものだ。
奴は内戦で貴族どもを片付ける間、同盟にうちわもめをさせておきたかったのさ。あんたたちは利用されたんだ。

と、真実を知るリンチは、あっけなく真実を明かして彼らを嘲笑する。
自分たちが”救国”の英雄ではなく、”市民の支持を受けない少数派”ですらなく、単なる道化でしかなかったことを知らされたグリーンヒルは、ついに敗北を認め事態に幕を引くことを決意。
これに対し、エベンスはハイネセンの市民を人質にとって抵抗しようと主張するが、グリーンヒルは「これ以上の抵抗は国家と国民の再統合に害をもたらす」と拒否。

他の幹部達が逮捕に怯える中、グリーンヒルは「生きて裁判を受ける気はない」と銃を取り出し、自害の前に「吾々の崇高な蜂起を汚す証人となる」アーサー・リンチの殺害を図った。
しかし一瞬先んじたリンチのブラスターによって逆に射殺され、リンチ自身もまた直後に救国軍事会議のメンバーから銃撃を浴びて死亡する。

グリーンヒルが「みごとな自決を遂げた」ことを議長代行としてヤンに伝えたエベンスは、ヤンに対し自分の思想を全てぶちまけた挙句、その矛盾をヤンに指摘されると、一方的に通信を切り、自殺。
残りの主要メンバーもハイネセンに降下したヤン艦隊によって逮捕され、ここに救国軍事会議のクーデターは終わりを告げたのである。


【その後】

ヤンによる鎮圧が成功したタイミングで、潜伏していたヨブ・トリューニヒトが颯爽と登場。
ベイというスパイの存在を明かし、ヤンの手柄をさも自分の物のように喧伝。
実際には、ベイから得た情報を元に自分だけ逃げ隠れして、鎮圧のためには何もしてないにもかかわらず、である。

ヨブ・トリューニヒトはクーデターに際して何もしなかった。地球教の信者にかくまわれ、地下に潜伏していただけだ。
クーデター派と戦ったのはヤン艦隊であり、市民を代表して言論と集会で戦ったのはジェシカ・エドワーズだ。
トリューニヒトは事態の解決に1グラムの貢献すらしていない。
それなのに、いま生きて群衆の歓呼をあびているのはトリューニヒトで、ジェシカは虐殺されて墓場にいる。

さらには、クーデターに加担した者たちの後任として軍に自分のシンパを送り込み、より強固な政権体制を固めることに成功。
クーデターを防げなかったどころか、責任放棄して逃げ出しておきながら、最後にはおいしいところだけを全て持っていく手腕に、ヤンをして冷や汗を流させ、キャゼルヌも「妖怪じみている」と評した。

腐敗した民主政治への失望から起こったクーデターが、最悪の民主政治家トリューニヒトをさらに台頭させる結果となってしまった。

またヤンがアルテミスの首飾りを全滅させたのは救国軍事会議の抵抗の意思を折るべく短期決着を狙ったためであるが、これが同盟の政治家からあらぬ疑いを持たれることになる。
一方で、首飾りの全滅には機械仕掛けの軍事力を嫌っていたヤンの私心が含まれているのもまた事実であり、貴重な防衛機構を失ったハイネセンは後に帝国軍による速やかな首都侵攻を許してしまうことになる。




銀河の追記・修正がまた1ページ

この項目が面白かったなら……\ポチッと/

+ タグ編集
  • タグ:
  • 銀河英雄伝説
  • 銀英伝
  • クラシック音楽
  • アルテミスの首飾り
  • 救国軍事会議のクーデター
  • 銀河英雄伝説の戦役
  • 内乱
  • クーデター
  • 魔術師
  • 救国軍事会議
  • スタジアムの虐殺

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2024年04月05日 14:01