第8次イゼルローン要塞攻防戦(銀河英雄伝説)

登録日:2014/08/16 Sat 01:10:11
更新日:2024/12/14 Sat 00:20:36
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4月10日、帝国軍はイゼルローン回廊に大挙侵入せり。

しかも移動式巨大要塞を以ってなり。

至急来援を乞う…


第8次イゼルローン要塞攻防戦とは、「銀河英雄伝説」の中で行われた戦役の一つ。
帝国と同盟がそれぞれ持つ要塞同士がぶつかり合った戦争であるため、「要塞対要塞」と呼ばれることもある。



【背景】

帝国歴488年/宇宙暦798年、リップシュタット戦役に勝利したラインハルト・フォン・ローエングラムは、政敵も排除し自らの権力を確かなものとしていた。
そんな中、帝国軍科学技術総監であるシャフト技術大将により、「ガイエスブルク要塞をイゼルローン回廊にワープさせ、イゼルローン要塞攻略に利用する」というプランが立てられた。ラインハルトはその裏にフェザーンの思惑を感じ取りながらも承認する。

作戦総司令官にケンプ大将、副司令官にミュラー大将が任命され、ワープ実験も両者の手により滞りなく勧められ、作戦は実行に移される。

一方、フェザーン自治領において、アドリアン・ルビンスキーとルパート・ケッセルリンクの策謀により、ヤンはハイネセンに呼び戻され査問会にかけられていた。
これは救国軍事会議のクーデターにおいて、「アルテミスの首飾り」を全て破壊したことを口実にしたものだった。

策謀渦巻く中、イゼルローン要塞に駐留する同盟軍は、ヤン不在という状況で宇宙歴798年4月10日、回廊に突如現れた巨大な要塞と相対することとなる。

【登場人物-銀河帝国軍】

  • カール・グスタフ・ケンプ
大将。当作戦総司令官。旗艦はヨーツンハイム。
ミッターマイヤー、ロイエンタールらに出世で先を越されたことに焦っている。

大将。当作戦副司令官。旗艦はリューベック。
ケンプの命令で艦隊を利用した策を用いる。

  • アイヘンドルフ
少将。ケンプ艦隊分艦隊司令官。
戦いに先立ち、帝国側のイゼルローン回廊で同盟軍と鉢合わせる。

  • パトリッケン
少将。ケンプ艦隊分艦隊司令官。

元帥。ガイエスブルクの性能の試行運転がてら、ワープ作戦を容認する。
今回の出兵そのものは彼自身の欲求不満を満たそうとする私戦の面が強く、首席秘書官ヒルダからの反対も退けている。

上級大将。旗艦は人狼(ベイオウルフ)。今回の出兵については批判的で「無用・無益な出兵」と評している。

上級大将。旗艦はトリスタン。

  • アントン・ヒルマー・フォン・シャフト
技術大将。志向性ゼッフル粒子やワープ装置を開発した。
一方でフェザーンへ軍事機密を漏洩させて、金銭授受を行っていた。


【登場人物-同盟軍イゼルローン方面軍】


  • ユリアン・ミンツ
曹長。ヤンの養子で一番弟子。スパルタニアンで出撃したり、帝国軍の作戦を見抜いたりと大活躍。

少将。イゼルローン駐留艦隊兼要塞司令官代理。
ヤンの留守を任されるが、実戦経験が少ないため、帝国軍相手に後手後手に回ってしまう。

少将。「薔薇の騎士団」の前連隊長でイゼルローン要塞防御指揮官。キャゼルヌを支える。

  • オリビエ・ポプラン
少佐。ハートのエースの称号を持つ戦闘艇の撃墜王。
第1飛行隊隊長。

  • イワン・コーネフ
少佐。スペードのエースの称号を持つ戦闘艇の撃墜王。
第2飛行隊隊長。

客員中将。銀河帝国軍からの亡命者。

  • ダスティ・アッテンボロー
少将。イゼルローン駐留艦隊分艦隊司令官。旗艦はトリグラフ。

  • エドウィン・フィッシャー
少将。イゼルローン駐留艦隊副司令官。旗艦はアガートラム。

  • グエン・バン・ヒュー
少将。イゼルローン駐留艦隊分艦隊司令官。旗艦はマウリヤ。


【登場人物-自由惑星同盟軍】


大将。イゼルローン駐留艦隊兼要塞司令官。
ルビンスキーらの策謀により、ハイネセンへ呼び出される。

  • フレデリカ・グリーンヒル
少佐。ヤンの副官。ヤンについてハイネセンへ向かう。
事態の解明に奮闘するがうまくいかず、最終手段としてビュコック提督に頼り(OVAではベイの一味により拉致されかけるが)救われる。

  • ライオネル・モートン
少将。イゼルローンへ帰還する増援艦隊の一部隊を率いる。
元第9艦隊副司令官で、帝国領侵攻作戦では負傷したアル・サレム中将から指揮を引き継いで成果を出した。
ビュコック曰く「やり手の司令官」。

  • サンドル・アラルコン
少将。イゼルローンへ帰還するヤン艦隊の一部隊を率いる。旗艦はマルドゥーク。
艦隊指揮能力は階級程度には有能ではあったようだが、民衆と捕虜を虐殺した疑いで軍法会議にかけられたことがあり、ヤンも露骨に嫌悪の表情を見せていた。
OVA版では敵への攻撃に消極的(に見える)ヤンに対し不満を持ってた模様で、最後の方は「惰弱なヤン艦隊」と完全に見下していた。

  • マリネッティ、ザーニアル
准将。両名ともイゼルローンへ帰還する増援艦隊の一部隊を率いる。良い意味もしくは悪い意味で有名な上記2名と違い、ヤンはあまり知らなかった存在。
原作での出番はこの会戦のみだが、OVA版ではこの後も僅かながら登場する場面がある。

  • アレクサンドル・ビュコック
大将。宇宙艦隊司令長官。イゼルローンへ帰還するヤンに、辺境の艦隊を護衛に付ける。


【その他】


  • アドリアン・ルビンスキー
フェザーン自治領主。
OVA版では「アムリッツァ星域会戦救国軍事会議のクーデターで同盟が打撃を受けたので、今度は帝国に傷ついてもらってパワーバランスを維持しよう」との思惑が設定された。

  • ルパート・ケッセルリンク
自治領主付補佐官。
同盟政府に対し、借款の即時返済を促しつつ、ヤンの叛意を煽り査問会を開かせた。これにより会戦当初ヤンの不在という事態を生じせしめた。


【開戦に先駆けて】


作戦そのものとは無関係だが、宇宙歴798年/帝国歴489年1月、イゼルローン回廊の帝国側において、哨戒中だった同盟軍のアッテンボロー艦隊と、ケンプの部下のアイヘンドルフ分艦隊が鉢合わせとなる。
この時、アッテンボロー艦隊に配属されていたのは補充されたばかりの新兵であり、中にはスパルタニアンの搭乗資格を得たばかりのユリアン・ミンツの姿もあった。
同盟軍にとって不幸中の幸いだったのは、帝国軍のアイヘンドルフがヤンの存在を疑って一気に攻撃を仕掛けてこなかったことである。
戦闘開始から8,9時間後に、ようやく相手が素人の寄せ集めだと気付いたアイヘンドルフは攻撃に転じるが、その直後にヤンの本隊一万隻が到着したため、戦わずして引き上げた。
なお、ユリアンはこの戦いでワルキューレ3機と巡航艦1隻を撃墜するという、スパルタニアン初陣としては相当な戦果をあげていた。

その3か月後、帝国軍は要塞ガイエスブルクをイゼルローン回廊内へワープさせ、両軍は戦闘に突入する。
そう、皆さんお待ちかねの待ってなかっただろうが

帝国軍の大攻勢
~ガイエスブルク要塞を添えて~


無論突然億を越える大質量の物体のワープアウトはイゼルローン首脳部を騒然とさせた。
この情報は即座にハイネセンに流され、査問会中だったヤンは直ちにイゼルローンへ戻るように命令を下されるが、その航路は最短で4週間かかるものだった。
かくして戦いは始まる、要塞砲の打ち合いという前代未聞の幕開けによって…。

叛乱軍、いや同盟軍の諸君。小官は銀河帝国軍ガイエスブルク派遣部隊司令官ケンプ大将です。
戦火を交えるにあたり卿らに一言あいさつしたいと思っています。できれば降伏して頂きたいが、そうもいかんでしょう。
卿らの武運を祈ります…

【査問という名のリンチと腐敗極まる同盟】

一方、査問にかけられていたヤンは監視付きでの外出すら許されず、事実上の軟禁状態で遂に我慢が限界を超え、辞表を書いてそれを提出する機会を窺うことになる。

同じように、随行していたフレデリカもヤンとの面会を求めるも適わず、ならばと宇宙艦隊司令長官のビュコックに助力を請うが、恐るべき事実を知らされる。何と、救国軍事会議のクーデターで失墜した軍の信用を回復するという名目でトリューニヒトと彼に媚びを売る腐敗した政治家達が自分達の手下を軍に送り込む=軍の私物化という暴挙にまで及んだのである。
ビュコックはトリューニヒト閥から距離を取りながらその地位を保っていたが、これは彼がいなくなれば軍が回らなくなるからで、ビュコックとその支持者だけで軍の腐敗を止められるわけではない。

更には、ジョアン・レベロからは兵役させられている若者が富裕層や政財界の子息達は免除されているという不正を告発しようとした反戦団体『エドワーズ委員会』がそれをメディアに報道するように訴えてももみ消され、抗議デモすら憂国騎士団及びそれとグルの警察によって逮捕されるという有様=警察もマスコミも何もかもがトリューニヒト一派の手下となっていた。

民主共和制を謳う同盟がごく一部の権力者の私物と化す。これは正に、ルドルフの悪政そのものであった。既に同盟は民主主義とはうわべだけのトリューニヒト独裁政権と化していた。

査問会で、国防委員長のネグロポンティを始めトリューニヒトの手下達はアルテミスの首飾りの件を始め、あれやこれやとヤンの粗探しをして、国立自治大学のオリベイラはさも崇高に自信ありげにたっぷりと「戦争が活力と規律を生む」、「人間を精神的にも肉体的にも向上させるのは戦争」。戦争をこれでもかというほど賛美しており、要約すれば「戦争は良いことだから沢山やろう」といってきた。これまで正論と現実論を駆使してのらりくらりと躱してきたヤンもこれには我慢が出来なくなり、

素晴らしいご意見です。戦争で命を落としたり、肉親を失ったことのない人であれば、信じたくなるかも知れませんね。
まして戦争を利用し、他人の犠牲の上に自らの利益を築こうとする人々にとっては魅力的な考え方でしょう。ありもしない祖国愛をあると見せかけて、他人を欺くような人にとってもね。

自分達が嘘の祖国愛をいっていると思われたのか、ホワン・ルイ以外は全員が激怒するが…

あなた方が口で言うほど、祖国の防衛や犠牲心が必要だとお思いなら他人にどうしろこうしろと命令する前に自分達で実行なさったらいかがですか?
例えば、主戦派の方々でもって愛国連隊でも作り、いざ帝国軍が攻めてきたら真っ先に敵に突進なさると良いでしょう。まずは安全な首都から最前線のイゼルローンへご住居を移されたらいかがです?場所は十分にありますが?

所詮は自分達は絶対に死なない安全な首都で市民に戦争を呼びかけて甘い汁を吸うことしかせず、現在の国の窮状すらまるで理解していない政治家達が実際に現場で苦労をさせられ、しかもその政治家達に邪魔までされている上に親友のジャン・ロベール・ラップを失ったヤンに戦争の是非やありようについて勝てるはずもなく、「そんなに戦争が良いことなら自分達でやれ」と反撃されてしまう。更に、ヤンは政治家達をこの上なく痛烈に非難する。

人間の行為の中で、何が最も卑劣で恥知らずか。それは権力を持った人間や権力に媚びを売る人間が安全な場所に隠れて戦争を賛美し、他人には愛国心や犠牲精神を強要して戦場に送り出すことです。
宇宙を平和にするためには、帝国と無益な戦争を続けるより先にその種の悪質な寄生虫を駆除することから始めるべきでしょう。

流石にこれはネグロポンティも寄生虫が自分達のことかと激昂するが、ヤンは

それ以外に聞こえましたか?

そう言ったのだから当然である。そして、言うに事欠いてネグロポンティは『品性そのものに告発する』などともはやヤンの国家への帰属意識すら査問の対象にすることをやめて、権力濫用に逃げる。ヤンは異議を申し立てるが、『発言を禁じる』、ならばヤンは「どういう根拠か」と言うが、説明を放棄して『秩序に従え』とまたも逃げる始末。

いっそ、退場を命じてもらえませんか?はっきり言いますがね、見るにも耐えませんし、聞くにも耐えませんよ。これも給料の内と思って我慢してきましたが、忍耐にも限度が…

いよいよもう我慢が限界を超えたヤンが辞表を提出しようとした途端、緊急通信が入りネグロポンティ達は会議に入ってヤンはまたも辞表を出し損ねてしまった。

我々の成すべきところはかわらんだろう。ヤン提督に『イゼルローンへ戻って帝国軍を撃退しろ』。いや、『撃退してください』とお願いするのさ。

そう、ここに来てようやく帝国軍が要塞ごとイゼルローンへ攻めてきたことが伝わったのである。皮肉にも帝国はヤンを査問から助けてくれたのである。そしてホワン・ルイが言うとおり、宇宙艦隊司令長官のビュコックを行かせるわけにも行かず、ネグロポンティ達に選択の余地はなかった。

ここで、もしヤンが辞表を提出していれば政治家達は大喜びで受理していたが…その矢先に帝国軍が要塞ごと攻めてくる、等という破格の手段で移動するなどという事態が発生していたら、一体ネグロポンティらはどのような対応をしたかは不明。もっとも、ユリアンやフレデリカがイゼルローンにいる以上ヤンは出向いているし、何より同盟が滅亡したら給料も年金もなくなるので頭を下げなくてもヤンは行ってくれただろう。



【結果】


決着後、グエンとアラルコンの二提督が無断で5000隻を率いて敗残兵の掃討に向かったが、援軍に現れたロイエンタール、ミッターマイヤー艦隊に逆撃を加えられる形で全滅。
あとを追ってきたヤンを捕捉するもこれ以上の戦いは無用と判断し、お互いに撤退した。
ラインハルトも想定以上の大敗を喫することとなったが、戦死したケンプは上級大将に昇進し、ミュラーも罰を受けなかった。
シャフトは敗戦の責任には問われなかったが、汚職の罪によってケスラーに捕縛された。
これはルビンスキー一味が彼を用済みとみなしたために垂れ込みをいれた。(無論ラインハルトもわかっており、ケスラーにフェザーン側への監視強化を命じた)

完勝した同盟軍だが、ヤンはミッターマイヤーの予測に反して、風邪引いて寝込んだとさ。

【評価】

最終的には帝国軍の惨敗という散々な結末に終わった今回の戦役は結果はともかく、シャフトが要塞を移動させるという作戦計画段階から「戦術上の新発見や新発明を口実に出兵するのは本末転倒」等と、帝国内部では批判の声が多かった。
結論から言えば、今回の作戦は後の回廊の戦いと同じく、ラインハルトの軍事ロマンを満たすために行われたもので「いたずらに軍を動かし、無用・無益な出兵で国力や人命を浪費した」と酷評されている。
ロイエンタールに至っては「ケンプは使い捨てにされた」と、結果的に部下を捨て駒にしたラインハルトへの不信を微かに抱くようにもなった。

首席秘書官のヒルダは計画段階から「内乱の直後で民心も安定していないし、今は内政に専念しなければならない時期にわざわざ開戦を行う意味がない」とラインハルトに真っ向から反対している。

これらの批判に対してラインハルトは「自分には立ち止まることは許されない」というあまりに理性を欠いた感情論によって退けるに至っていた。

ラインハルトが出兵に賛成した原因の一つにはこの時期における彼の精神衛生面も影響しているとされる。
前年のリップシュタット戦役において彼は無二の親友であったキルヒアイス上級大将の不慮の死に続けて姉、アンネローゼ・フォン・グリューネワルトまでとも離別する破目になり、自らの精神的支柱を一度に失ったラインハルトは

「戦い続け、勝ち続け、征服し続けることでしかこの喪失感を埋めることはできない」

「自由惑星同盟にはヤン・ウェンリーという有能で強大な敵がいる。彼と戦いたい」

という欲求を満たそうとしていたのが最大の動機になり、結果として同盟と和平や外交を行うという選択を捨てることになってしまった。

ミッターマイヤー、ロイエンタールは

キルヒアイスさえ生きていれば、このような無用な出兵を止めてくれたに違いない」

と語っており、彼の喪失による影響があまりにも大きかったことを実感させた。

【余談】

戦いそのものは派手だが戦略的意義に乏しいため、道原版コミカライズではばっさりカット。

アニメ版では流体金属装甲という独自設定を巧みに活かした攻防戦が映像化され、特に要塞の大重量を活かした作戦(相対する正面側は互いの重力で金属層が厚くなり主砲の被害を軽減、反対側は逆に薄くなったためミュラー艦隊の攻撃を許した)は賞賛された。

藤崎版コミカライズではアニメ版準拠の設定を流用しつつ、ミュラーとケンプの関係をより深く描写。
ケンプの株は大きく回復されており、功を焦っていた面はあったにせよ、指揮官としての能力や公明正大さは決して損なわれていなかったように演出されている。
さらにフェザーンの暗躍により、移動要塞技術が取引の材料とされ(採用しなければ同盟側に技術を売る)ラインハルトが作戦を実施せざるを得ない状況をうまく構築した。

新アニメ版では流体金属層に実体弾を撃ち込んで波を起こすことで浮遊砲台を封じると共に、旧アニメ版では描かれなかった要塞通路内での白兵戦も行われた(旧アニメ版では流体金属層の上でホバーバイクのようなメカに乗ったまま戦っていた)。



銀河の追記、修正がまた1ページ。


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最終更新:2024年12月14日 00:20