アムリッツァ星域会戦

登録日:2010/06/14 Mon 18:27:21
更新日:2024/03/21 Thu 21:25:10
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アムリッツァ星域会戦とは、「銀河英雄伝説」の中で行われた戦役の一つ。
この項目では、前哨戦である帝国領侵攻作戦も説明する。

重要性の高い箇所では便宜的に同盟軍兵士は緑色、一部例外を除いて帝国軍兵士は青色で表記する。


●目次

【背景】

事の発端は第7次イゼルローン要塞攻防戦で同盟が勝利した事にある。
この戦いで、エル・ファシルの英雄こと魔術師ヤン・ウェンリー中将は帝国と同盟の勢力圏を繋ぐイゼルローン回廊の要衝、イゼルローン要塞を工作員の手で司令官を拘束し、無血占領に成功する。
竹中半兵衛の稲葉山城占領を思い浮かべていただければ分かりやすいだろうか。

ヤンやシトレ元帥と言った面々はこれで帝国と講和し、つかの間とは言っても帝国と本格戦闘をしないで済む方向に進むことを期待していた。
しかし散々辛酸を舐めされられた要塞の制圧という大きすぎる戦果に同盟市民は興奮し、更なる戦果を求めてしまった。
それは同盟軍の一部軍人も同じで、同盟軍の(ある意味)ニュータイプであるアンドリュー・フォーク准将が作戦をコネで提案する。
これが悪名高き【帝国領侵攻作戦】である。

【帝国領侵攻作戦】

宇宙歴796年/帝国歴487年

アンドリュー・フォーク准将(以下フォーク)の発案したトテモスバラシイ作戦。
「大軍をもって帝国領土へ侵攻する」、「高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処する」をモットーに帝国領土へ侵攻するというもの。
投入戦力は下にあるように同盟全軍の6割、具体的には第3、第5、第7、第8、第9、第10、第12、第13艦隊……つまり外征に投入できる艦隊戦力のうち第11艦隊以外全てをぶち込む*1*2大博打である。

一応、建前は専制政治からの民衆の解放。そしてその実態は選挙対策とか停滞した経済に鬱憤している民衆の憂さ晴らしとか機能不全に陥っている政府でよくある無自覚な自滅政策である。

この作戦を持ち込まれた同盟の最高評議会でも、
  • 既にアスターテ会戦の戦死将兵の遺族年金や捕虜を食わせるために同盟の経済に余力はなく、莫大な戦費の負担が生じれば財政が破綻する。通貨発行しようにも財政の裏付けはなく、下手に行えばインフレーションを起こし、紙幣が額面無関係の紙クズとなりかねない。
  • 人的資源にも余力はなく、軍に若い人手を取られて民間の人材の大半が未成年者か70歳以上の老人と化していた。既に練度不足の人員登用による事故が大幅に増加して首都の流通システムすらまともに動かず、残った労働者は過重労働を強いられている。この上軍に人手を取られたら社会構造が崩壊しかねない。
と言った問題点が指摘され、「イゼルローン要塞奪取を交渉材料に講和条約を」という主張はこうした現状認識の下に出されていた。
だが、賛成派の本音は選挙が近いのに支持率が上がらない状況の打破であるため、彼らはそれに対して何らの対案も出さぬまま「大義のある戦争だから」と言う理由ばかりを並べ立て、数の論理で押しきっている状態だった。

迎撃や民心掌握も完全な希望的観測であり、アレクサンドル・ビュコック中将から「行き当たりばったり」と評された。
だが、この作戦が同盟の最高評議会で高く評価されてしまったからには、軍人が勝手に作戦の実行を拒否するわけには行かなかった。

やむなく開かれた軍議においても、ウランフ中将、ヤン中将もまたフォークの作戦に異を唱えたが、脳内お花畑状態のフォークは全く聞く耳を持たず、逆にヤンたちを愚弄する。
更にロボスはフォークの暴言を止めようともせず、グリーンヒルまでもフォークに助け船を出してしまう。
ビュコックがブチギレたりするものの、結局作戦は実行することになってしまった。

なお、この作戦は内容が抽象的すぎること以外にも、軍事的な弱点をはらんでいることを指摘されている。
  • 長蛇の大軍が侵攻することで、艦隊間の伝達が遅れたり、分断されやすくなる。
  • 物資や食糧が遠征軍用に導入することが不可能。
などといった点である。
フォークはご自慢の妄想でこの意見を軽くいなすが、帝国の若き獅子、ラインハルト・フォン・ローエングラムはまさにこれらの弱点を全て看破。
最初から入り込んできたところを倒すというミッターマイヤーやビッテンフェルトの意見を退け、ギリギリまで同盟軍を引きつけて全力で叩くという作戦を立案した。

というかラインハルトでなくても普通の能力があれば誰でも弱点に気づくくらい必敗の作戦である。
ラインハルトほど徹底した戦略は取れないかもしれないが、誰が帝国軍の指揮をとったとしてもやはり同盟軍は撤退に追い込まれただろう。



【登場人物】

◆自由惑星同盟

  • ラザール・ロボス
元帥。遠征軍総司令官。
昔はキレッキレの戦術家だったらしいが、老いてからは全くの役立たずになってしまった。
実績もないフォークの作戦を鵜呑みにして同盟全土を巻き込む戦争を引き起こし、また戦闘中にもかかわらず昼寝をするなど無能ぶりがうかがえる。
後にヤンも「昼寝するから提督が来ても起こすな」をやるのだが、まあ戦闘前だったし…

  • シドニー・シトレ
元帥。統合作戦本部長。
アスターテの敗戦という失点をヤンによるイゼルローン要塞攻略の成功という成果で上回ることができた。
自らの地位強化と合わせてしばらくの平穏な日々を期待し安堵していたのだが、要塞攻略からわずか3ヶ月後に帝国領への侵攻作戦が決定。
「成功したら遠征司令官のロボスに本部長を譲って引退。失敗したら引責辞任」というどちらにせよ辞めざるを得ない状況になる。
諸条件を見て作戦成功は期待できないと見たシトレはせめて被害を最小限にして撤退するという形での結末を望むが…

  • ドワイト・グリーンヒル
大将。総合作戦本部次長兼宇宙艦隊司令総参謀長。
フレデリカの父であり、ヤンのことも高く評価している。
しかし軍議の反論を無根拠な楽観論で抑えたり、一参謀であるフォークの暴走を止められなかったり、前線混乱中に安全な要塞で昼寝をかますロボスのアホな命令にも馬鹿正直に従ってしまう。
流石にロボスらの対応に思うところはあったようだが、思ってばかりでは責任放棄でしかなかった。

准将。帝国領侵攻作戦における最大の元凶。
士官学校を首席で卒業した秀才だが、独善的かつ夢想的な一面がある。
ヤンをライバル視しており、今回の作戦もヤンに対抗して立案し、私的ルートで無理矢理政府へと持ち込んだものだった。
OVAではアムロ・レイ役で著名な古谷徹氏が声を担当するも、氏は後年、「自分が充てた声の中でフォークは最も嫌いな人物」と辛辣なコメントを残している。

  • アレクサンドル・ビュコック
中将。第5艦隊司令官。旗艦はリオ・グランデ。副官はファイフェル少佐。
老齢ながら帝国にもその名を広く知られた宿将。
ヤンを評価している人物の一人で、ヤンからの提案を受けて代わりに本部に会敵前の撤退を進言するが…

  • ウランフ
中将。第10艦隊司令官。旗艦は盤古(バン・グゥ)。参謀長はチェン少将。藤崎・道原両漫画版とノイエ版分艦隊司令官にアッテンボロー准将。
モンゴル系民族の血を引いており、「ウランフ」はフルネーム。
戦術面において高い能力を有する有能な指揮官で、後期の同盟軍を支える中心的存在の軍人。猛将。
ビュコックと同様にヤンの実力を高く評価している人物の一人で、帝国軍との戦闘前に交信が入った際には驚きつつも好意的に対応していた。

  • ホーウッド
中将。第7艦隊司令官。旗艦はケツアル・コアトル。
帝国領侵攻の際、ヴァーリモントに農業の改善を命ずる。

  • フランツ・ヴァーリモント
少尉。第7艦隊の技術士官。
帝国領のある惑星において、人心掌握に勤める。
そこで知り合った女性、テレーゼ・ワーグナーと恋仲になるが、やがて帝国軍の焦土作戦が
効いてきて...

  • ルフェーブル
中将。第3艦隊司令官。旗艦はク・ホリン。

  • アップルトン
中将。第8艦隊司令官。旗艦はクリシュナ。

  • アル・サレム
中将。第9艦隊司令官。旗艦はパラミデュース。副司令官はライオネル・モートン少将。

  • ボロディン
中将。第12艦隊司令官。旗艦はペルーン。副司令官はコナリー少将。
作中では詳しく語られないが、ウランフと共に同盟軍の中核を担う司令官であり、ビュコックからの信頼も厚かった。

中将。第13艦隊司令官。旗艦はヒューベリオン。副官はフレデリカ・グリーンヒル大尉。副司令官はエドウィン・フィッシャー少将。参謀長はムライ少将。副参謀長はフョードル・パトリチェフ准将。
イゼルローン要塞攻略の武勲を置き土産に悠々自適の年金生活に入ろうとしたが、帝国領侵攻を控えて辞表を却下されて参加するハメに。
同盟軍の中で唯一善戦した艦隊だが、無益な戦闘であるという認識の下、速やかに撤退を図る。

少将。遠征軍の後方主任参謀としてイゼルローン要塞に留まる。
補給と後方支援のスペシャリストだが、さすがの彼でもあまりに無謀で幼稚すぎる遠征計画は手に余り、さらに無能なロボスとフォークに振り回されて四苦八苦する。

  • ロイヤル・サンフォード
最高評議会議長。帝国領侵攻作戦の元凶その2。
アスターテなどの敗北で支持率が低下していたところに、フォークから帝国領侵攻作戦の私案を持ち込まれる。仔細を検討することなく支持率の上昇が望めるという理由から賛同してしまう。

  • コーネリア・ウィンザー
情報交通委員長。帝国領侵攻作戦の元凶その3。
帝国の圧政から人民を解放するという大義に自己陶酔し、そのためにはあらゆる犠牲もいとわぬと発言し積極的な賛成派として行動する。

  • ジョアン・レベロ
財務委員長。シトレ本部長とは幼なじみ。憎まれ口をたたき合うが仲は悪くなく政治家としては良識派。
ヤンの活躍により手に入れたイゼルローン要塞を交渉材料に帝国との停戦条約を結ぶことを提案するが、主戦論者達に退けられてしまう。
帝国領侵攻作戦に対しても「政権の維持を目的として無益な出兵を行なう権利など自分達にはない!」と全面的に否定して、反対票を投じる。

  • ホワン・ルイ
人的資源委員長。レベロとは旧知の仲。
軍事費の増大や人材を軍に取られることでインフラの維持に支障をきたす現状を鑑みて、帝国領侵攻作戦に反対票を投じる。

国防委員長。
主戦論者ではありホワンの軍縮案は反対するが、同時に帝国領侵攻作戦の無謀も悟っており反対票を投じる。
レベロ、ホワンと違って侵攻作戦そのものに対して何も意見はしていないが判断自体は正しく、トリューニヒトに生理的嫌悪を示すヤンからも評価された。


◆銀河帝国


元帥。帝国軍宇宙艦隊副司令長官。旗艦はブリュンヒルト。参謀長はパウル・フォン・オーベルシュタイン准将。
同盟軍の迎撃を命じられるが、当初は高みの見物を決め込む。

  • ジークフリード・キルヒアイス
中将。キルヒアイス艦隊司令官。旗艦はバルバロッサ。副官はハンス・エドアルド・ベルゲングリューン少将。
ラインハルトの片腕で、ヤンに匹敵する知略と戦術を展開する。

中将。ロイエンタール艦隊司令官。旗艦はトリスタン。副官はエミール・フォン・レッケンドルフ少佐。
黒眼と碧眼を持つ、冷静沈着な司令官。後の帝国軍双璧の一角。

  • ウォルフガング・ミッターマイヤー
中将。ミッターマイヤー艦隊司令官。旗艦は人狼(ベイオウルフ)。副官はアムスドルフ少佐。
ロイエンタールの親友である若き士官。後の帝国軍双璧の一角。

中将。黒色槍騎兵(シュワルツ・ランツェンレイター)艦隊司令官。旗艦は王虎(ケーニヒス・ティーゲル)。副官はオイゲン少佐。
一射のビームで2隻の艦艇を沈めたことのある猛将。

中将。ルッツ艦隊司令官。旗艦はスキールニル。副官はホルツバウアー准将。

  • アウグスト・ザムエル・ワーレン
中将。ワーレン艦隊司令官。旗艦は火竜(サラマンドル)

  • エルネスト・メックリンガー
中将。メックリンガー艦隊司令官。旗艦はクヴァシル。

  • カール・グスタフ・ケンプ
中将。ケンプ艦隊司令官。旗艦はヨーツンハイム。副官はフーセネガー少将。
ヤンと相見えた司令官。彼を警戒しつつも見事に計略に乗せられてしまう。




【作戦の経過】


同盟軍の作戦を察知した銀河帝国側。
ビッテンフェルトやミッターマイヤーから、イゼルローン回廊の出口で同盟軍を待ち構えて叩くという案が出た。
実際、帝国側が事前に戦場を設定して準備できるので、防衛という視点から見れば合理的な作戦と言える。
しかし、同盟軍の先鋒は精鋭であろうし、一戦して同盟軍に引っ込まれてしまうとそれまで。
ラインハルトは同盟軍をより徹底的に叩くべく、同盟軍の性質を逆手にとったオーベルシュタイン准将焦土作戦(同盟軍が侵攻するであろう惑星から食料を残らず回収する作戦)を敢行した。

帝国領の有人惑星に侵攻した同盟軍に民衆が求めたのは同盟市民としての政治的権利ではなく、食料がない惑星に食料を持ってくることへの期待であった。
その人数は5000万人だった。しかも、この数は占領地の拡大によって更に増え続ける。何故なら、この遠征で具体的に帝国領のどこまで進撃するかが全く定められていないからである。司令部も進撃を命令し続けるので、占領地が拡大し続けるのは必然である。
同盟軍は解放軍であり、民衆への生活の保障を放り出すことはできない。

全軍の2倍近くにもなる捕虜を食わせる補給計画など誰に建てられる…!

今回の無茶な遠征にも拘わらず、3000万人の将兵を植えさせないための補給計画を立てたキャゼルヌであったが、フォークの杜撰な作戦のせいで瞬く間にキャゼルヌの補給プランは瓦解する。
イゼルローン要塞の倉庫を全て空にしても足りる筈もないし、全軍の2倍近い…しかもこの後ですら際限なく増え続ける民間人を食べさせる補給計画など建てられるわけがない。このまま行けばどうなるか、誰の目にも明らかであった。
キャゼルヌは首都星ハイネセンに補給を申し込む旨とロボスに撤退を具申する。

ところがロボスとフォークは安全な後方である要塞で高みの見物を決め込むくせに要塞の警備が手薄になるという保身のためにキャゼルヌからの警告も無視し、前線までは自分達の占領地だから安全という楽観的な理由でまともな護衛すらつけようとしなかった。
しかも、Die Neue Theseではフォークが今度は「大義のための戦いで、リスクを支払わずして勝利を得られない」などと、自分だけ安全な場所にいるから言えるような暴言でキャゼルヌをも侮辱する上にロボスもキャゼルヌの懸念を『臆病心』で始末した挙げ句、グリーンヒルでさえこの二人の暴挙を窘めようとしなかった。

ヤン、頼むから生きて還れよ。死ぬにはばかばかしすぎる戦いだ

ハイネセンから出発した補給艦500隻と、たった26隻の護衛艦。
(当初の護衛は25隻だったが、キャゼルヌの100隻は必要という進言を受けてロボスはさらに1隻だけ追加した。……おい)
そこにジークフリート・キルヒアイス中将が急襲をかけて、補給艦は為す術もなく壊滅。
これにより同盟軍は物資が困窮する中、敵地に取り残されることになった。

一方の政府サイドでも、前線からの物資の要求と、「物資を送ってこないならいっそ戦死させてくれ!(意訳)」という悲鳴兼脅迫を見て愕然。

レベロは帝国が国内の財政破綻を狙っていると解釈、あながち間違いでもなくこんな状態で敵の反撃を受ければどうなるかは政治家であるレベロの眼からも明らかであり、真っ先に撤退を主張し、さすがのウィンザーらも侵攻の無謀を悟らざるを得なかった。
だが、この期に及んでも「撤兵前にせめて一度でも勝ってもらわないと、面子が立たない」と考えたウィンザーら無能な政治家達は戦果が出て最低限の面子だけでも保たれる可能性に縋ってこの無謀な遠征を続行させようとし、撤兵論はあえなく否決されてしまった。
(なおアニメでは続行賛成は単純に有望だと信じていたのが理由のようであるが、どっちがマシやら…)

しかも、その議論の間に既に前線では食料が涸渇していた。それに対するロボスとフォークの対応は……

馬鹿げている!足りない物資は現地で調達せよだと!?
第10艦隊 ウランフ提督

我々に略奪行為を働けというのか。
第8艦隊 アップルトン提督

第一、ないものをどうやって略奪する?
第12艦隊 ボロディン提督

補給計画の失敗は敗退への第一歩だ。司令部は大言壮語をどこに置き忘れた…!
第5艦隊 アレクサンドル・ビュコック提督

Die Neue Theseと石黒版でタイミングは異なるが、司令部は略奪しろと命令してきた。そもそも、占領地に食料がないから前線の艦隊は自分達の食料を現地に供与したのに、今度は無いものを略奪しろと言ってきたのである。

現地にないから、自分達の食料を提供したかと思えば今度はないものを略奪しろ………大言壮語どころか現状も作戦経過もまるで理解していないフォーク、それに丸投げをしたロボスとその二人を止めようとすらしないグリーンヒルによってもはや司令部は機能不全を起こしており、同盟軍の自滅は時間の問題であった。

惑星では同盟軍の略奪が横行し、救済の軍は一変して賊の軍となり、民衆との同盟軍の衝突は無力化ガスまで投入するほどにエスカレート。略奪を通り越して虐殺にすら発展しかねなかった。
本来なら物資の引き上げを行ったのは帝国軍であり、帝国こそが民衆の敵となるはずだった。
同盟としてはそれだけ確認して引き上げるか戦線拡大を止めるだけでも、選挙の宣伝材料程度の戦果にはなったかもしれない。
だが同盟は結果として民衆の敵という立場を帝国から肩代わりしてしまった。
逆に帝国軍は奪還に際して「侵攻対処のためとはいえ飢餓を強いたのは申し訳なかった!同盟ではなく帝国が責任を持って諸君を養う!(意訳)」というマッチポンプ宣伝で民衆の心を掴み、同盟軍の大義名分を乗っ取った。

暴動前に敵の策略に危機を感じたヤン、ウランフ、ビュコックの三人は連絡を取り合い司令部に撤退の許可を求める。
敵の本格攻勢が始まる前なら、追撃が起きたとしても迎え撃つ程度の余力はまだあるし、運がよければ罠と疑って追撃してこないかもしれない。
だが…

貴官に会いたいと言った覚えはないぞ!呼ばれもせんのに出しゃばるな!

ビュコックの通信に出たのは総司令官ではなく、一作戦参謀に過ぎないフォークであった。前線の司令官の一人から総司令官への緊急連絡であるにも拘わらず、フォークは(ロボスへの上申の類は全て自分を通せ」と自分が作った規則を押しつけており、司令部はフォークに乗っ取られていた。挙げ句、フォークは前線の司令官達を侮辱して、自分なら撤退しないと大言壮語をはいて『ならばお前が前線に来い』とビュコックに言いかえされれば『できもしないこと』と拒絶した。
これには穏健なビュコックも遂に激怒した。

不可能ごとを言い立てるのは貴官の方だ! それも安全な場所から動かずにな!

貴官は自己の才能を示すのに弁舌ではなく、実績をもってすべきだろう!

他人に命令することが自分にできるかどうか、貴官自らやってみたらどうだ!!

この瞬間、フォークはヒステリーによる神経性盲目を起こして卒倒、結果として邪魔者が排除されたことでグリーンヒルと代わるが、結局ロボスが昼寝をし、しかもグリーンヒルが「起こすな」というロボスの命令に律儀に付き合ってしまった。

このうえは前線指揮官として部下の生命に対する義務を遂行するまでです
総司令官がお目覚めの節はよい夢をご覧になれたかビュコックが気にしていたとお伝え願いましょう

怒りに燃えるビュコックだったが、もはやグリーンヒルを怒鳴ったところで何にもならない。
ビュコックの目的は、もはや戦勝ではなく、いかに部下の命を守りつつ戦うかに代わっていた。

そして撤退の決断ができない中、10月10日、士気の下がった同盟軍に帝国軍の反撃が始まった…



そして政府の支持率低下にトリューニヒトはほくそ笑む。



惑星リューゲン軌道上
第10艦隊 ウランフ中将
vs
ビッテンフェルト(黒色槍騎兵)艦隊

降伏は性に合わん。逃げるとしよう

先鋒として最も帝国領深く入り込んでしまったウランフに襲いかかったのは帝国軍最強の攻撃力を持つ黒色槍騎兵艦隊。
同盟側が数も士気も劣る状況の中同レベルの損害を与えつつ戦線を維持していたが、半包囲され4割の損害を出したことで撤退を指示。
黒色騎兵艦隊の包囲網に対し、一点突破からの脱出を計る。
味方を逃がすため自ら殿となり、半数を逃がした所でミサイル庫に被弾。磐古は撃沈する。


ビルロスト星系
第5艦隊 ビュコック中将
vs
ロイエンタール艦隊

ここは逃げの一手じゃ、全速でイゼルローンへ撤退するんじゃ。

ヤンと同じく、初めから撤退準備を進めていたビュコック。
しかしロイエンタールの猛攻の前に、3割もの犠牲を出してしまう。
藤崎版では両提督の対決が少し描かれており、老将に敬意を示しつつ変幻自在の陣形で第5艦隊に迫るロイエンタールに、
地の利を生かした老練さで対抗するビュコックが好勝負を演じている。

ドヴェルグ星系
第7艦隊 ホーウッド中将
vs
キルヒアイス艦隊

圧倒的な戦力を前にホーウッドは降伏する。ノイエ版では降伏はしていなかったが…(後述)
この時ヴァーリモントは、テレーゼと共に亡命している。


アルヴィース星系
第9艦隊 アル・サレム中将
vs
ミッターマイヤー艦隊

な、なんと素早い!まるで「疾風」だ!
いかんな、少し速度を落とさせろ。距離を置かんと攻撃もできん

撤退してる筈なのになぜかミッターマイヤー艦隊に追い越される。
その上に同盟軍の艦隊に存在する謎のワイヤーに打ちつけられ、指揮権をモートンに委ねて医務室へ。
パラミデュースはなんとか撤退に成功する。
なお、ミッターマイヤーが「疾風ウォルフ(ウォルフ・デア・シュトルム)」の異名をとるようになったのはこの時から。


ヴァンステイド星系
第8艦隊 アップルトン中将
vs
メックリンガー艦隊

メックリンガーの的確な攻撃と攪乱戦法で3割程度の損害を出すも、クリシュナはなんとか戦場を離脱する。

惑星レーシング軌道
第3艦隊 ルフェーブル中将
vs
ワーレン艦隊

おお!?

火竜の攻撃で撃沈された幕艦の巻き添えをくらい、ク・ホリンは惑星レーシングに墜落。そのまま爆発。
出番が10秒足らず、台詞も一瞬で終わったことで評判。


ボルソルン星系
第12艦隊 ボロディン中将
vs
ルッツ艦隊

ルッツ艦隊の急襲により、第12艦隊は旗艦以下8隻にまで減らされる。
ボロディンは自害し、指揮権を継いだコナリー少将は降伏を選んだ。


「私は降伏をいさぎよしとはしない。だが、私以外なら違う考え方もできよう」

バシュン

「ボ、ボロディン……提督……」



ヤヴァンハール星系
第13艦隊 ヤン中将
vs
ケンプ艦隊

フィッシャー少将の天才的艦隊運用と、ヤンの采配がかみ合った結果、第13艦隊はケンプ艦隊に優位を築く。

よし、全艦隊!逃げろ!

自分1人勝ったところで戦況が逆転しないことが分かっているヤンは、後退を始めたケンプ艦隊を深入りせずに撤退を図る。
ケンプは撤退も罠とみてこちらも深追いを避けた。
被害は大分抑えられたが、この戦いで同盟軍のスパルタニアン撃墜王4名の内サレ・アジズ・シェイクリ、ウォーレン・ヒューズ両大尉が戦死している。

この後、ドヴェルグ星域へ向かう途中、キルヒアイス艦隊と鉢合わせになる。4倍の戦力を持って消耗を強いるキルヒアイスに対し、ヤンは時間稼ぎしつつ徐々に下がろうとしたが、無茶な撤退命令が出たことで余計な損害を出した。損害は1割程度。
なお、ノイエ版では降伏していなかったホーウッド艦隊の残存艦隊の横槍で撤退に成功している。

帝国軍に一方的にしてやられた同盟軍の戦果は酷いものだった。
  • 戦死者-ウランフ、ボロディン、ルフェーブル、チェン、サレ・アジズ・シェイクリ、ウォーレン・ヒューズ
  • 重傷者-アル・サレム(後に死亡)
  • 降伏者-ホーウッド、コナリー

この時点で健在だったのは、ビュコック率いる第5艦隊(3割減)、アップルトン率いる第8艦隊(3割減)、ヤン率いる第13艦隊(1割減)のみであった。
普通ならこの大惨敗の時点で作戦を諦め、本土へ帰還する道を選ぶだろう。だが・・・

このまま引き下がるわけにはいかんのだ!
全軍をアムリッツァ星系に集結!これは命令である!

戦場から離れて昼寝していたクソジジイラザール・ロボス元帥の、無謀且つ稚拙な命令で同盟軍はアムリッツァ恒星系に集結する。

何を今更…!退けるものなら、とうに退いておるわ!!

当然ながら、提督達は激怒。しかも、この転進で同盟軍の被害は更に拡大してしまった。

遅まきながら兵力分散の愚に気づいたと見えます
やつらがアムリッツァを墓に選ぶというなら、その願いを叶えてやろう

一方同盟軍の動きを察知したラインハルトも、麾下の全軍にアムリッツァへの集結命令を出した。


【アムリッツァ星域会戦】

同盟軍
第5鑑隊 ビュコック中将
第8艦隊 アップルトン中将
第13艦隊 ヤン中将
他第9・10艦隊残存勢力

帝国軍
本隊
ローエングラム艦隊
ミッターマイヤー艦隊
ロイエンタール艦隊
黒色槍騎兵艦隊
ケンプ艦隊
メックリンガー艦隊

別動隊
キルヒアイス艦隊
ワーレン艦隊
ルッツ艦隊

10月14日の集結時点で、同盟軍戦力は健在3個艦隊に他艦隊の残存艦を編入した結果、4~5万隻程度は残っていた。
一方ラインハルト軍は「10万隻の追撃戦は初めてみる」という台詞の通り、キルヒアイス艦隊(ヤン艦隊の4倍の戦力)を含めて10万隻程度であり、
開戦時点では6~7万隻程度だったと思われる。回復した占領地に戦力を割いた結果、各艦隊はかなり額面割れしていたのだろう。

後方に機雷群を設置して戦いを挑む同盟軍だが、確かにこの程度の戦力差なら地の利を考慮すれば勝機がないわけではない。
もっともこの時点で勝利を収めてもすでにもたらされた大損害を補えるわけではなく、「一方的に負けたわけではない」という言い訳作り以上の意味はない。
要するに戦略的には全く意味のない戦いでしかなかった。

とはいえ、ここで逆転勝利できれば、味方の戦意高揚、政権の支持率回復、すでに損害の出た軍に対するスムーズな再建の可能性、ヒビが入っていた軍と政府の関係改善など、政略的には大きなメリットとなりえた可能性は高い。
「戦勝」を大きく掲げて人々を高揚させ、一転して軍や組織の再編に乗り出し、勢いをつけて政治体制の一大変革・国家規模の再編さえできる。
確かに純粋に軍事だけを見れば無意味かもしれないが、政略的には活かす手はあった。もちろん勝つことができればであるが、戦力的に勝算もなくはない。
そんなリアル政治家のビスマルクもビックリの辣腕な政治家が当時の同盟にいたかは別として

開戦後、ミッターマイヤーがヤンに出鼻を挫かれたことで、ラインハルトも遠距離射撃により牽制攻撃に出ており、戦いは一進一退であった。

そこへビッテンフェルトが割り込んでいく。

進め進め!勝利の女神はおまえらにその下着をちらつかせているんだぞ!

側面からかけられたこの猛攻に、最初の標的となった第13艦隊はかろうじてかわすが、その先には第8艦隊が・・・。

私はいい・・・

機関部に被弾した旗艦クリシュナは動力を失い、恒星アムリッツァへと落下していった。
アップルトン中将は総員退避を命じ、自身はクリシュナと共にアムリッツァへ沈んだ。
なお、この描写はあくまでOVA版で描かれたものであり、原作ではアップルトンが戦死したという直接の記述はない。

しかしそこで調子に乗るのがビッテンフェルトの悪い癖であり、背後に第13艦隊がいるにもかかわらず回頭を行ったため、その隙を突かれ甚大な被害を被る。
そんな中、奇襲を任されていたキルヒアイス率いる別動隊が同盟軍の背後に出現。
後方に設置されていた機雷群を、指向性ゼッフル粒子で撤去されてしまう。
これにより同盟軍は瓦解。勝利は完全に帝国軍の手に渡った。

撤退する同盟軍に帝国軍は追撃を敢行するも、またもヤンの作戦が功を奏し、無事に全軍はアムリッツァ星域からの撤退は成功した。
各媒体によってその展開はそれぞれ異なり、
  • 原作・OVA
ラインハルトの10万隻の大軍に対してヤンの第13艦隊が殿を務め、一点集中砲火で敵軍を牽制。
したたかに痛めつけられて手薄になっていたビッテンフェルト艦隊を突くことで戦域からの離脱にも成功する。
  • 道原版
会戦開始前にヤンはアムリッツァの恒星内にレーザー砲台を搭載した無人の太陽ボートを仕掛けており、帝国軍に奇襲を仕掛ける。
さらにヤンの艦隊も手薄になっていたビッテンフェルト艦隊に集中攻撃を仕掛けて一点突破を図り、他の残存艦隊も続いて脱出に成功する。
  • 藤崎版
キルヒアイスが開いた機雷群の通路を利用し、大軍では一気に追撃できず包囲もできない中でその通路を通って戦域を脱出する。
  • Die Neue These
採掘の小惑星を盾に布陣していた同盟軍は推進装置を取り付けた採掘惑星を、巨大な質量兵器にしてビッテンフェルト艦隊を蹴散らしながら強行突破する。

いずれでもビッテンフェルトは玉砕覚悟で死守しようとするが、副官のオイゲンに宥められたことで辛うじて全滅は免れた。


怯むな! 反撃だ! 我が艦隊に退却の文字はない!!

閣下! もはや手遅れです! ここはお退きください! 再戦の機会を、再戦の機会をお待ちください!!

【戦後】

この戦いの後、帝国・同盟共に大きな政権交代があった。

帝国では皇帝フリードリヒ4世が崩御し、その後継者争いが起きたのである。
最終的には国務尚書リヒテンラーデ侯爵とラインハルトが擁立した、ルードヴィヒ皇太子の遺児であるエルヴィン・ヨーゼフ2世が第37代皇帝として即位した。さらにリヒテンラーデ侯爵は公爵・宰相へ、ラインハルトは宇宙艦隊司令長官グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー元帥の勇退に伴い、侯爵・宇宙艦隊司令長官へ上った。
これに反発したのが、門閥貴族筆頭のブラウンシュバイク公爵とリッテンハイム侯爵である。彼らはフリードリヒ4世の娘を娶っており、自分たちの娘を皇帝に即位させるべく画策していたのである。
エルヴィン・ヨーゼフの即位は、外戚としての門閥貴族たちの力をそぐものであり、これに反発した彼らは帝国最大の内戦リップシュタット戦役を起こすこととなる。


一方同盟では敗戦の責任を負い、最高評議会はロイヤル・サンフォード議長以下出兵に賛成した議員全員が辞任、レベロ、ルイ、そしてトリューニヒトが残り、暫定議長にはトリューニヒトが就いた。
ウィンザーら賛成派は『人命より尊重するべきものがある』と主張して、2000万人の遺族の非難に反論するが『本音が軍上層や政治家の保身』とマスコミに切り替えされ、『辞めて責任をとった』と逃げていく醜態を晒していた。
軍部では元凶のロボス元帥は辞任し、シトレ元帥も巻き添えを食う形で辞任に追い込まれる。同じく元凶のグリーンヒル大将は国防委員会査閲部長へ左遷、最大の元凶のフォーク准将は今回の遠征を不正に政府に持ち込んだという罪状にもかかわらず発作が治らないまま予備役に編入され、精神病院に入院となった。

そして、明らかに非がないにも拘わらず、補給計画の失敗を取らされたキャゼルヌも左遷される事となった。

軍人が処罰されるのは、処罰されないことよりは正しいんだ。

多くの命や財産を預かる軍人に無責任があってはならない。
「仕方がなかった」で責任を取らない事態が正当化されてしまうなら、結果責任の方がよいし、軍人になるならその時点で結果責任も覚悟しなければならないのである。

統合作戦本部長には第1艦隊司令官のクブルスリー中将、宇宙艦隊司令長官にはビュコック中将、そして最前線となるイゼルローン要塞と駐留艦隊の司令官にはヤン中将がそれぞれ大将に昇進して就任した。
またキャゼルヌは後にイゼルローンの要塞事務監としてヤンと合流し、その事務面を支える大黒柱となった。
この大敗で同盟の宇宙艦隊は作戦に不参加だった第1艦隊と第11艦隊、第8艦隊や第10艦隊の残存艦隊を編入する形でイゼルローン駐留艦隊に再編された第13艦隊しか残らず、辛うじて残った第5艦隊なども各星系のパトロール艦隊に解体され、たった二度の戦いで同盟は保有していた12の宇宙艦隊の内、10個を失ってしまったのである。主だった提督たちのほとんどを失い、出征した兵士3000万人の内、実に2000万人つまり全将兵の四割を失った自由惑星同盟は、癒せぬ傷を負い…、


そしてトリューニヒトの台頭を招いた…

この一連の惨状は当事者達からは『アムリッツァの愚行』もしくは単純に『アムリッツァ』と呼ばれ、後世の歴史においても同盟の最低最悪の愚挙として語り継がれることとなる。


高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に追記や修正をお願いします。

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最終更新:2024年03月21日 21:25

*1 第1艦隊は首都直衛艦隊であり投入不能

*2 第2、第4、第6艦隊はアスターテ会戦後の残存戦力を第13艦隊へ再編・吸収され欠番状態