アムリッツァ星域会戦

登録日:2010/06/14 Mon 18:27:21
更新日:2024/12/14 Sat 00:18:32
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アムリッツァ星域会戦とは、「銀河英雄伝説」の中で行われた戦役の一つ。
この項目では、前哨戦である帝国領侵攻作戦も説明する。

重要性の高い箇所では便宜的に同盟軍兵士は緑色、一部例外を除いて帝国軍兵士は青色で表記する。


●目次

【背景】

事の発端は第7次イゼルローン要塞攻防戦で同盟が勝利した事にある。
この戦いで、エル・ファシルの英雄こと魔術師ヤン・ウェンリー中将は帝国と同盟の勢力圏を繋ぐイゼルローン回廊の要衝、イゼルローン要塞を工作員の手で司令官を拘束し、無血占領に成功する。
竹中半兵衛の稲葉山城占領を思い浮かべていただければ分かりやすいだろうか。

ヤンやシトレ元帥と言った面々はこれで帝国と講和し、つかの間とは言っても帝国と本格戦闘をしないで済む方向に進むことを期待していた。
しかし散々辛酸を舐めされられた要塞の制圧という大きすぎる戦果に同盟市民は興奮し、更なる戦果を求めてしまった。
それは同盟軍の一部軍人も同じで、同盟軍の(ある意味)ニュータイプであるアンドリュー・フォーク准将が作戦をコネで提案する。
これが悪名高き【帝国領侵攻作戦】である。

【帝国領侵攻作戦】

宇宙歴796年/帝国歴487年

アンドリュー・フォーク准将(以下フォーク)の発案したトテモスバラシイ作戦。
「大軍をもって帝国領土へ侵攻する」、「高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処する」をモットーに帝国領土へ侵攻するというもの。
投入戦力は下にあるように同盟全軍の6割、具体的には第3、第5、第7、第8、第9、第10、第12、第13艦隊……つまり外征に投入できる艦隊戦力のうち第11艦隊以外全てをぶち込む*1*2大博打である。

一応、建前は専制政治からの民衆の解放。そしてその実態は選挙対策とか停滞した経済に鬱憤している民衆の憂さ晴らしとか機能不全に陥っている政府でよくある無自覚な自滅政策である。

この作戦を持ち込まれた同盟の最高評議会でも、
  • 既にアスターテ会戦の戦死将兵の遺族年金や捕虜を食わせるために同盟の経済に余力はなく、莫大な戦費の負担が生じれば財政が破綻する。通貨発行しようにも財政の裏付けはなく、下手に行えばインフレーションを起こし、紙幣が額面無関係の紙クズとなりかねない。
  • 人的資源にも余力はなく、軍に若い人手を取られて民間の人材の大半が未成年者か70歳以上の老人と化していた。既に練度不足の人員登用による事故が大幅に増加して首都の流通システムすらまともに動かず、残った労働者は過重労働を強いられている。この上軍に人手を取られたら社会構造が崩壊しかねない。
と言った問題点が指摘され、「イゼルローン要塞奪取を交渉材料に講和条約を」という主張はこうした現状認識の下に出されていた。
だが、賛成派の本音は選挙が近いのに支持率が上がらない状況の打破であるため、彼らはそれに対して何らの対案も出さぬまま「大義のある戦争だから」と言う理由ばかりを並べ立て、数の論理で押しきっている状態だった。

迎撃や民心掌握も完全な希望的観測であり、アレクサンドル・ビュコック中将から「行き当たりばったり」と評された。
だが、この作戦が同盟の最高評議会で高く評価されてしまったからには、軍人が勝手に作戦の実行を拒否するわけには行かなかった。

やむなく開かれた軍議においても、ウランフ中将、ヤン中将もまたフォークの作戦に異を唱えたが、脳内お花畑状態のフォークは全く聞く耳を持たず、逆にヤンたちを愚弄する。
更にロボスはフォークの暴言を止めようともせず、グリーンヒルまでもフォークに助け船を出してしまう。
ビュコックがブチギレたりするものの、結局作戦は実行することになってしまった。

なお、この作戦は内容が抽象的すぎること以外にも、軍事的な弱点をはらんでいることを指摘されている。
  • 長蛇の大軍が侵攻することで、艦隊間の伝達が遅れたり、分断されやすくなる。
  • 物資や食糧が遠征軍用に導入することが不可能。
などといった点である。
フォークはご自慢の妄想でこの意見を軽くいなすが、帝国の若き獅子、ラインハルト・フォン・ローエングラムはまさにこれらの弱点を全て看破。
最初から入り込んできたところを倒すというミッターマイヤーやビッテンフェルトの意見を退け、ギリギリまで同盟軍を引きつけて全力で叩くという作戦を立案した。

というかラインハルトでなくても普通の能力があれば誰でも弱点に気づくくらい必敗の作戦である。
ラインハルトほど徹底した戦略は取れないかもしれないが、誰が帝国軍の指揮をとったとしてもやはり同盟軍は撤退に追い込まれただろう。



【登場人物】

◆自由惑星同盟

  • ラザール・ロボス
元帥。遠征軍総司令官。
昔はキレッキレの戦術家だったらしいが、老いてからは全くの役立たずになってしまった。
実績もないフォークの作戦を鵜呑みにして同盟全土を巻き込む戦争を引き起こし、また戦闘中にもかかわらず昼寝をするなど無能ぶりがうかがえる。
後にヤンも「昼寝するから提督が来ても起こすな」をやるのだが、まあ戦闘前だったし…

  • シドニー・シトレ
元帥。統合作戦本部長。
アスターテの敗戦という失点をヤンによるイゼルローン要塞攻略の成功という成果で上回ることができた。
自らの地位強化と合わせてしばらくの平穏な日々を期待し安堵していたのだが、要塞攻略からわずか3ヶ月後に帝国領への侵攻作戦が決定。
「成功したら遠征司令官のロボスに本部長を譲って引退。失敗したら引責辞任」というどちらにせよ辞めざるを得ない状況になる。
諸条件を見て作戦成功は期待できないと見たシトレはせめて被害を最小限にして撤退するという形での結末を望むが…

  • ドワイト・グリーンヒル
大将。総合作戦本部次長兼宇宙艦隊司令総参謀長。
フレデリカの父であり、ヤンのことも高く評価している。
しかし軍議の反論を無根拠な楽観論で抑えたり、一参謀であるフォークの暴走を止められなかったり、前線混乱中に安全な要塞で昼寝をかますロボスのアホな命令にも馬鹿正直に従ってしまう。
流石にロボスらの対応に思うところはあったようだが、思ってばかりでは責任放棄でしかなかった。

准将。帝国領侵攻作戦における最大の元凶。
士官学校を首席で卒業した秀才だが、独善的かつ夢想的な一面がある。
ヤンをライバル視しており、今回の作戦もヤンに対抗して立案し、私的ルートで無理矢理政府へと持ち込んだものだった。
OVAではアムロ・レイ役で著名な古谷徹氏が声を担当するも、氏は後年、「自分が充てた声の中でフォークは最も嫌いな人物」と辛辣なコメントを残している。

  • アレクサンドル・ビュコック
中将。第5艦隊司令官。旗艦はリオ・グランデ。副官はファイフェル少佐。
老齢ながら帝国にもその名を広く知られた宿将。
ヤンを評価している人物の一人で、ヤンからの提案を受けて代わりに本部に会敵前の撤退を進言するが…

  • ウランフ
中将。第10艦隊司令官。旗艦は盤古(バン・グゥ)。参謀長はチェン少将。藤崎・道原両漫画版とノイエ版分艦隊司令官にアッテンボロー准将。
モンゴル系民族の血を引いており、「ウランフ」はフルネーム。
戦術面において高い能力を有する有能な指揮官で、後期の同盟軍を支える中心的存在の軍人。猛将。
ビュコックと同様にヤンの実力を高く評価している人物の一人で、帝国軍との戦闘前に交信が入った際には驚きつつも好意的に対応していた。

  • ホーウッド
中将。第7艦隊司令官。旗艦はケツアル・コアトル。
帝国領侵攻の際、ヴァーリモントに農業の改善を命ずる。

  • フランツ・ヴァーリモント
少尉。第7艦隊の技術士官。
帝国領のある惑星において、人心掌握に勤める。
そこで知り合った女性、テレーゼ・ワーグナーと恋仲になるが、やがて帝国軍の焦土作戦
効いてきて...

  • ルフェーブル
中将。第3艦隊司令官。旗艦はク・ホリン。

  • アップルトン
中将。第8艦隊司令官。旗艦はクリシュナ。

  • アル・サレム
中将。第9艦隊司令官。旗艦はパラミデュース。副司令官はライオネル・モートン少将。

  • ボロディン
中将。第12艦隊司令官。旗艦はペルーン。副司令官はコナリー少将。
作中では詳しく語られないが、ウランフと共に同盟軍の中核を担う司令官であり、ビュコックからの信頼も厚かった。

中将。第13艦隊司令官。旗艦はヒューベリオン。副官はフレデリカ・グリーンヒル大尉。副司令官はエドウィン・フィッシャー少将。参謀長はムライ少将。副参謀長はフョードル・パトリチェフ准将。
イゼルローン要塞攻略の武勲を置き土産に悠々自適の年金生活に入ろうとしたが、帝国領侵攻を控えて辞表を却下されて参加するハメに。
同盟軍の中で唯一善戦した艦隊だが、無益な戦闘であるという認識の下、速やかに撤退を図る。

少将。遠征軍の後方主任参謀としてイゼルローン要塞に留まる。
補給と後方支援のスペシャリストだが、さすがの彼でもあまりに無謀で幼稚すぎる遠征計画は手に余り、さらに無能なロボスとフォークに振り回されて四苦八苦する。

  • ロイヤル・サンフォード
最高評議会議長。帝国領侵攻作戦の元凶その2。
アスターテなどの敗北で支持率が低下していたところに、フォークから帝国領侵攻作戦の私案を持ち込まれる。仔細を検討することなく支持率の上昇が望めるという理由から賛同してしまう。

  • コーネリア・ウィンザー
情報交通委員長。帝国領侵攻作戦の元凶その3。
帝国の圧政から人民を解放するという大義に自己陶酔し、そのためにはあらゆる犠牲もいとわぬと発言し積極的な賛成派として行動する。

  • ジョアン・レベロ
財務委員長。シトレ本部長とは幼なじみ。憎まれ口をたたき合うが仲は悪くなく政治家としては良識派。
ヤンの活躍により手に入れたイゼルローン要塞を交渉材料に帝国との停戦条約を結ぶことを提案するが、主戦論者達に退けられてしまう。
帝国領侵攻作戦に対しても「政権の維持を目的として無益な出兵を行なう権利など自分達にはない!」と全面的に否定して、反対票を投じる。

  • ホワン・ルイ
人的資源委員長。レベロとは旧知の仲。
軍事費の増大や人材を軍に取られることでインフラの維持に支障をきたす現状を鑑みて、帝国領侵攻作戦に反対票を投じる。

国防委員長。
主戦論者ではありホワンの軍縮案は反対するが、同時に帝国領侵攻作戦の無謀も悟っており反対票を投じる。
レベロ、ホワンと違って侵攻作戦そのものに対して何も意見はしていないが判断自体は正しく、トリューニヒトに生理的嫌悪を示すヤンからも評価された。


◆銀河帝国


元帥。帝国軍宇宙艦隊副司令長官。旗艦はブリュンヒルト。参謀長はパウル・フォン・オーベルシュタイン准将。
同盟軍の迎撃を命じられるが、当初は高みの見物を決め込む。

  • ジークフリード・キルヒアイス
中将。キルヒアイス艦隊司令官。旗艦はバルバロッサ。副官はハンス・エドアルド・ベルゲングリューン少将。
ラインハルトの片腕で、ヤンに匹敵する知略と戦術を展開する。

中将。ロイエンタール艦隊司令官。旗艦はトリスタン。副官はエミール・フォン・レッケンドルフ少佐。
黒眼と碧眼を持つ、冷静沈着な司令官。後の帝国軍双璧の一角。

中将。ミッターマイヤー艦隊司令官。旗艦は人狼(ベイオウルフ)。副官はアムスドルフ少佐。
ロイエンタールの親友である若き士官。後の帝国軍双璧の一角。

中将。黒色槍騎兵(シュワルツ・ランツェンレイター)艦隊司令官。旗艦は王虎(ケーニヒス・ティーゲル)。副官はオイゲン少佐。
一射のビームで2隻の艦艇を沈めたことのある猛将。

中将。ルッツ艦隊司令官。旗艦はスキールニル。副官はホルツバウアー准将。

  • アウグスト・ザムエル・ワーレン
中将。ワーレン艦隊司令官。旗艦は火竜(サラマンドル)

  • エルネスト・メックリンガー
中将。メックリンガー艦隊司令官。旗艦はクヴァシル。

  • カール・グスタフ・ケンプ
中将。ケンプ艦隊司令官。旗艦はヨーツンハイム。副官はフーセネガー少将。
ヤンと相見えた司令官。彼を警戒しつつも見事に計略に乗せられてしまう。





【戦後】

この戦いの後、帝国・同盟共に大きな政権交代があった。

帝国では皇帝フリードリヒ4世が崩御し、その後継者争いが起きたのである。
最終的には国務尚書リヒテンラーデ侯爵とラインハルトが擁立した、ルードヴィヒ皇太子の遺児であるエルヴィン・ヨーゼフ2世が第37代皇帝として即位した。さらにリヒテンラーデ侯爵は公爵・宰相へ、ラインハルトは宇宙艦隊司令長官グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー元帥の勇退に伴い、侯爵・宇宙艦隊司令長官へ上った。
これに反発したのが、門閥貴族筆頭のブラウンシュバイク公爵とリッテンハイム侯爵である。彼らはフリードリヒ4世の娘を娶っており、自分たちの娘を皇帝に即位させるべく画策していたのである。
エルヴィン・ヨーゼフの即位は、外戚としての門閥貴族たちの力をそぐものであり、これに反発した彼らは帝国最大の内戦リップシュタット戦役を起こすこととなる。


一方同盟では敗戦の責任を負い、最高評議会はロイヤル・サンフォード議長以下出兵に賛成した議員全員が辞任、レベロ、ルイ、そしてトリューニヒトが残り、暫定議長にはトリューニヒトが就いた。
ウィンザーら賛成派は『人命より尊重するべきものがある』と主張して、2000万人の遺族の非難に反論するが『本音が軍上層や政治家の保身』とマスコミに切り替えされ、『辞めて責任をとった』と逃げていく醜態を晒していた。
軍部では元凶のロボス元帥は辞任し、シトレ元帥も巻き添えを食う形で辞任に追い込まれる。同じく元凶のグリーンヒル大将は国防委員会査閲部長へ左遷、最大の元凶のフォーク准将は今回の遠征を不正に政府に持ち込んだという罪状にもかかわらず発作が治らないまま予備役に編入され、精神病院に入院となった。

そして、明らかに非がないにも拘わらず、補給計画の失敗を取らされたキャゼルヌも左遷される事となった。

軍人が処罰されるのは、処罰されないことよりは正しいんだ。

多くの命や財産を預かる軍人に無責任があってはならない。
「仕方がなかった」で責任を取らない事態が正当化されてしまうなら、結果責任の方がよいし、軍人になるならその時点で結果責任も覚悟しなければならないのである。

統合作戦本部長には第1艦隊司令官のクブルスリー中将、宇宙艦隊司令長官にはビュコック中将、そして最前線となるイゼルローン要塞と駐留艦隊の司令官にはヤン中将がそれぞれ大将に昇進して就任した。
またキャゼルヌは後にイゼルローンの要塞事務監としてヤンと合流し、その事務面を支える大黒柱となった。
この大敗で同盟の宇宙艦隊は作戦に不参加だった第1艦隊と第11艦隊、第8艦隊や第10艦隊の残存艦隊を編入する形でイゼルローン駐留艦隊に再編された第13艦隊しか残らず、辛うじて残った第5艦隊なども各星系のパトロール艦隊に解体され、たった二度の戦いで同盟は保有していた12の宇宙艦隊の内、10個を失ってしまったのである。主だった提督たちのほとんどを失い、出征した兵士3000万人の内、実に2000万人つまり全将兵の四割を失った自由惑星同盟は、癒せぬ傷を負い…、


そしてトリューニヒトの台頭を招いた…

この一連の惨状は当事者達からは『アムリッツァの愚行』もしくは単純に『アムリッツァ』と呼ばれ、後世の歴史においても同盟の最低最悪の愚挙として語り継がれることとなる。


高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に追記や修正をお願いします。

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最終更新:2024年12月14日 00:18

*1 第1艦隊は首都直衛艦隊であり投入不能

*2 第2、第4、第6艦隊はアスターテ会戦後の残存戦力を第13艦隊へ再編・吸収され欠番状態