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更新日:2025/03/27 Thu 11:42:44
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民主主義もたいしたことはありませんぞ。
私をご覧下さることですな、元帥、私のような人間が権力を握って、他人に対する生殺与奪を欲しいままにする。
これが民主共和政治の欠陥でなくてなんだと言うのです。
ヨブ・トリューニヒトは『
銀河英雄伝説』の登場人物。
銀英伝最大のテーマ「最悪の民主主義vs最高の専制政治」の、最悪の民主主義側を担当する名悪役である。
ただし民主主義はおろか、専制君主も、法も、彼を排除・抹殺することはできず、それらに対してはほとんど勝ち逃げに等しい最期だったが。
以後、銀英伝本編のネタバレを容赦なく含むので注意。
略歴
※巻数表記は本編10巻構成のものを使用※
- 宇宙暦755年2月13日:自由惑星同盟領にて出生(道浦版コミック設定)
- 777~780年頃:自由惑星同盟の最高学府・国立自治大学を主席卒業。兵役(後方勤務)後に政界へ
- 788年(外伝・螺旋迷宮):この頃、若手の代議員・国防委員として頭角を表わす
- 790~795年:この頃、同盟最高評議会の国防委員長(現代日本ならば防衛大臣)に就任
- 796年2月(原作第1巻):アスターテ星域会戦の敗戦を政治利用し、好戦派からの支持を集める
- 同年10月:帝国領侵攻作戦が失敗。トリューニヒトはこれに反対していたので国民から支持され、評議会総辞職後の暫定政権首班に就任
- 797年3月~8月(2巻):救国軍事会議のクーデターが勃発。クーデター中は地下に潜伏して難を逃れ、鎮圧後に再登場。評議会最高議長に就任
- (3~4巻)この後一年ほど、反対派を陰で徹底的に弾圧し、周囲をイエスマンでほぼ固める
- 798年8月20日(4巻):銀河帝国正統政府を承認
- 799年1月(5巻):ラグナロック作戦発動。フェザーンを占領した帝国軍が同盟領に侵入。職場放棄して雲隠れする
- 同年5月:首都ハイネセンを敵艦隊が包囲したころにしれっと再登場し、ほぼ独断で降伏を宣言。「バーラトの和約」調印後に最高議長を辞任
- 同年5月~6月:「自分を襲う同盟市民からの保護」を求めて帝国に亡命
- 同年7月(6巻):キュンメル事件に関与した地球教一派の情報を帝国軍憲兵隊に提供し、存在をアピール
- 800年6月(9巻):ヤン・ウェンリーが暗殺された後に新銀河帝国皇帝ラインハルト・フォン・ローエングラムに仕官を願い出る。旧同盟領の総督府高等参事官職を言い渡され、これを承諾。再び同盟領へ
- 同年10月:ウルヴァシー事件発生。旧同盟領総督オスカー・フォン・ロイエンタールがラインハルトに叛乱を起こすが、トリューニヒトは危険視され軟禁される
- 同年11月:鎮定軍に敗北し命からがら帰ってきたロイエンタールと面会、射殺される。享年45歳
人物
自由惑星同盟の政治家で、物語開始時点では41歳。軍を管轄する立場にある、同盟最高評議会・国防委員長の座についている。
原作では「長身と端正な眉目」「俳優にたとえられる美顔」「演説に必要な美声」を持つ、と記されている。
OVAではブロンドの髪を持つ立派な体格の白人男性として描かれ、
石塚運昇が声を担当する。
道浦かつみ版コミックでは何故かバラの花と共に描かれるなど、ナルシズムに偏った描写が多い。
藤崎竜版コミックでは黒髪にヒゲのダンディな親父(OVA版ネグロポンティの髪型をしたOVA版バグダッシュ)に描かれ、明らかに胡散臭さが増している。
DNTではフジリュー版とは逆に胡散臭さが漂白され、後々メインキャラの一角になるとは思えぬ原作序盤のイメージに忠実な外見。担当声優は安斉一博。
性格的にはふつーのおっさんそのもの。テレビ取材に爽やかに答え、気に入らないものには顔をしかめるが、本気で怒鳴ることは少ない。
ただし、自分の能力には絶対の自信を持ち、自分(だけ)の成功のためには努力を惜しまない自己中の極みでもある。
自分の地位や権力が高まるなら喜んで支持者に媚を売り、反対勢力の弾圧も(合法的な活動になるように仕組んだうえで)喜んで行う。
基本的に他人を見下しており、とりわけ「こんな自分」の本性に気付かず、呑気に支持してくれる大衆のことはクズカス程度にしか思っていない。
タカ派
(を装っていた)故に制服軍人や軍需関係からの支持は厚く、金や地位で釣って、賄賂や女性関連の弱みを握った多くの政治家を手駒としていた。
また、末期の同盟では暴力行為も辞さない過激な右翼グループ「
憂国騎士団」が幅を利かせていたが、実は彼らはトリューニヒトの情報支援を受けて動く事実上の私兵。
更に、今や銀河の辺境と化した人類発祥の星・地球を復興させようとする
地球教ともコネクションを持っており、彼らに裏で便宜を図る見返りに、隠れ家や私兵の提供を受けていた。
彼の本性を知る敵対派閥の政治家からは「巧言令色の徒」と罵倒され、一部の聡明な高級軍人からも唾棄すべき存在として疎まれていた。
ヤン・ウェンリーは生理的な嫌悪感さえ抱いており、式典で何度か対面した時には露骨に不貞腐れた態度をとっている。
「
私はあいつのスピーチを聞いていると心にじんましんができるんだよ」「
いい知らせかな? 『議長が死んだ』とかならいいんだが」
簡潔に言うと「めちゃくちゃ権力欲と悪運が強いナイスミドル」。
国の舵取りをする首相や大統領などの「統治家」としてはぶっちゃけ無能もいいところ(異説アリ・後述)なのだが、
自らの名を売って大衆の支持を集める「扇動政治家」(アジテーター)としての能力は非常に高い。
そして一番恐ろしいのは、「政治的な保身」に関する才能と運に異常なまでに恵まれている所。
総評~劇中の軌跡から
本編開始時の自由惑星同盟における国防委員長。だがその直後に
アスターテ会戦で同盟は大敗。
普通ならリコール等の政敵による突き上げでその座を失ってもおかしくないが、上手い具合にぼやかして「悲しみと怒りに震える愛国の徒」を演じてみせる。
その後ヤンが
イゼルローンを無血占拠してにわかに沸き上がった帝国領侵攻計画の失敗を予期して消極的に反対し、バリバリのタカ派なのに次の政権でも続投。
さらに普通なら政治生命を断たれてもおかしくない
クーデターの発生をも独自の諜報網で事前に察し、地球教の手を借りて寸前に脱出、無傷で復帰。
トリューニヒトが最高議長に就任するまでに起こった事件の数々は、並の政治家ならまず間違いなく失脚コースまっしぐらの代物だが、何故か本人はそれらのことごとくを無傷で切り抜け、前より高い地位に進んでいる。
最高議長に立ってからは戦時下の空気を利用し、政府内や軍上層部を自分のシンパで固めて戦争を積極的に推進する。
彼の政権下で行われた5000人規模の反戦デモ行進は、警官達にルートを変えられ、追い込まれた路地では待ち構えていた憂国騎士団にフルボッコにされ、騎士団が立ち去った後に警官達が「デモ行進者の内部分裂による騒乱罪」の名目で手錠をかけていくという有様。
権力を握ってしまったので、最早情報統制も思いのまま。民衆が自分たちの手で選んだ首長が事実上の独裁者と化した、衆愚政治の最もたるものである。
ちなみに軍は人手不足だったので、良識派のクブルスリー本部長、ビュコック提督、ヤン提督は挿げ替えることが出来なかった。
しかし、ヤンは首都ハイネセンから遠く離れた最前線の
イゼルローン要塞の指揮官として放り出し、ビュコックは軍内で完全に孤立させる。
クブルスリーは負傷がぶり返したこともあって遂に辞表を出してしまったため、ただでさえクーデターで弱体化した軍はますます衰えていった。
イゼルローン艦隊を率いるヤンに関しては「何時かは軍閥化して反乱するのでは?」と常に危険視しており、腰巾着に命じてヤンをハイネセンに呼び戻し、「査問会」という名目で不当に軟禁する政治的リンチにかけたこともあった。帝国軍がイゼルローンに襲来したことで急遽中止となる、なんともマヌケな結末に終わったが。
そうして政府内をほぼ掌握したある日、第37代銀河帝国皇帝であるエルウィン・ヨーゼフ二世(当時7歳)を誘拐して亡命してきた反ラインハルト派の貴族たちを受け入れ、彼らが設立した「銀河帝国正統政府」の擁立を認めて援助を宣言する。
「簒奪者ラインハルトに国を追われた幼帝を守り、悪しき帝国を倒す」という宣伝は民衆を熱狂させるが、これは言うまでもなく、帝国軍の同盟領侵攻の大義名分(皇帝奪還と裏切り者の粛正)になる。頭を抱えたのはビュコックやイゼルローン艦隊など、同盟軍には最早帝国軍を迎え撃つ戦力が無いことを理解している人物だけだった。
ただしノイエ版では民衆の世論が二分化した様子が描かれ、そこでは皇帝受入賛成派はトリューニヒトに任せればいいと完全に政治に無関心なおば様や、なんであれ民主政治を以て専制政治の悪政を打破し民衆を解放しようという反論しがたい主張で反対派の意見を押さえつける評論家などがいた。
一方で反対派は正統政府のいるビル前に集って追放のデモ活動を行ったり、そもそも打倒すべきゴールデンバウム王朝の末裔を保護する理由が無いと意見する者、更にはこれを帝国が同盟領に侵攻する大義名分とされるのではないかと危ぶむ女性など、この時点でトリューニヒトら政治家に対し不信感を覚えている者も僅かながら存在していた。
表面上はこの事態に対し激怒して政治的交渉の一切を受け付けないと宣言したラインハルトに対し、トリューニヒトとしては「イゼルローン回廊は要塞で塞がれているから大丈夫だろう」と考えていたのだろうが、何と中立領のフェザーン回廊を電撃作戦で制圧し、そこから同盟領に雪崩れこんできたのだった。
空前の事態にトリューニヒトは職務放棄して雲隠れし(地球教を頼っている)、腰巾着のウォルター・アイランズが必死になって職務を代行する。当然このような大侵攻に対して市民は危機感を覚えトリューニヒトに弁明を求めたが、彼は消失していたのでようやくここで彼の恐ろしさに気付いた者が多かった。
アイランズとビュコックのなけなしの支援を受けるヤン艦隊は帝国軍の足を止め、遂に防御が薄れたラインハルトの本営艦隊に正面決戦を挑むことに成功する。だが同時刻、イゼルローン回廊からハイネセンに直行してきたミッターマイヤー、ロイエンタールの両艦隊が、同盟軍の無条件降伏を勧告した。
拒否すれば無差別攻撃も止む無しだが、降伏すれば最高指導者(=トリューニヒト)の罪は問わない――という条件が伝えられると、これ幸いとばかりに同盟軍本部に舞い戻ったトリューニヒトは会議を招集。反対する閣僚やビュコックを地球教の私兵で脅迫する逆クーデターを実行し、あっさりと降伏を宣言してしまう。
この時、トリューニヒト達が全滅覚悟でもう少し粘っていれば、ヤン艦隊はラインハルトの乗艦をほぼ確実に沈めていたところだった。
……それが良かったのかどうかは別として。
その後、事実上の不平等条約の「バーラトの和議」に率先して調印した後は「責任を取って」辞職し、失踪。
ようやく目が覚めた同盟市民は怒り狂い、帝国軍の駐留部隊をガン無視してトリューニヒト派への攻撃を始めたのであった。
トリューニヒト自身は家族を連れ、なんとつい数日前まで(厳密には今も)敵同士だったラインハルトに「暴徒からの保護」という名の亡命を要請。
「会わぬ!」
「できることなら奴のようなくずは、復讐心にたけりくるう過激派の群のなかに放りこんでやりたいくらいなのだ、私は」
しかし「最高責任者の身の安全は保障する」という条件だったので無下に出来ず、結局ラインハルトは怒り狂いながらも亡命を受け入れた。
帝国に移った後はおとなしくしていたが、
キュンメル男爵が起こした皇帝暗殺未遂事件を知ると、キュンメルの手引きをしていた地球教帝国支部の情報を憲兵隊に売った。
同盟にいた時はあれほど世話になっていたのに……。
そして帝国軍の再侵攻で完全に同盟政府が取り潰され、ビュコックもヤンも死に絶えたところで、ラインハルトに仕官を求める(ラインハルトはやっぱり会おうともしなかった)。
丁度ロイエンタールが新領土=旧同盟領の総督としてハイネセンに向かう所だったため、ラインハルトは「ロイエンタールの下で行政を補佐する高等参事官なら空きがある」と回答。自分を目の仇にする民衆がうようよする旧同盟領に行きたくは無かろう、断ればそれを理由に2度と公職につかせないつもりだったのだが……。
「承知しただと?」
「どの面さげて、奴は、自分が売った国にもどるというのだ。奴の神経は巨大戦艦の主砲の砲身より太いらしいな」
トリューニヒトを権力の座につかせた民主共和政治を一貫して否定的に見てきた「最高の専制君主」ラインハルトが、最悪の政治家に見事に一本取られた瞬間だった。
これまで臣下に常に公明正大に接してきた皇帝自らが持ちかけた約束である。今更反故にしてしまっては皇帝自身の権威に関わる。
なにより自分本位で好き勝手に命令を変えてしまっては、ラインハルト自身が何より嫌悪してきた旧王朝の貴族と変わらなくなってしまう。
変に遊ぼうとせずに最初からきっぱり突っぱねるか、ヒルダ嬢の言うとおり辺境に飛ばせばよかったのだ(辺境にいったらそれはそれで復活しそうだが)
帝国の官吏服に身を包んでハイネセンに帰ってきたトリューニヒトは、表面上は大人しく職務を果たしていた。
しかし余りに出来過ぎたその人事は、他の要因と重なって、ロイエンタールとラインハルトらの間の疑心暗鬼を増大させていく。
そして遂に、ロイエンタールはラインハルトに叛乱せざるを得ない状態に追い込まれてしまう。ロイエンタールは不穏分子の排除を兼ねて、帝国内戦に不干渉の立場をとるイゼルローン共和政府に「ラインハルト軍のイゼルローン回廊通過を妨害すれば、旧同盟領全域の自治権(とトリューニヒトの身柄)をくれてやる」と打診するが、結局イゼルローン共和政府はラインハルト軍を素通りさせた。
そのまま軟禁されていたトリューニヒトだったが、戦いに敗れ、ハイネセンに命からがら帰ってきたロイエンタールの前に引き出される。
死にかけのロイエンタールを見て「勝利(=自らの身の安全と政治材料の確保)」を確信したトリューニヒトは意気揚々と得意の弁舌をふるう。
しかし、ここで最初で最後の致命的ミスをやらかしてしまう。ロイエンタールへの同情のつもりでラインハルトを貶める発言をしてしまったことが、逆鱗に触れたのだ。
次の瞬間、トリューニヒトの胸にブラスター・ビームがクリーンヒットする。
「きさまが民主共和政治を愚弄しようと、国家を喰いつぶそうと、市民をたぶらかそうと、
そんなことは、おれの感知するところではない。だが……」
「だが、その穢らわしい舌で、皇帝の尊厳に汚物をなすりつけることは赦さん。
おれは、きさまごときに侮辱されるような方におつかえしていたのではないし、背いたのでもない」
法制度と世論と倫理をフル活用し、いかなる状況でも処罰や制裁を免れてきたトリューニヒト。
その彼に引導を渡したのは、主君と臣下の間のみに存在する、余人には推し量ることの適わぬ理不尽極まりない感情論だったのである。
再評価
最期だけを見ると「悪手を打ちつづけて国を滅ぼしたばかりか、自分も失言でくたばった無能」と思われてしまうかもしれない。
だが、決してこの男は無能ではない。いかに末期の同盟が腐りきっていたとはいえ、無能が委員長になれるほど甘い世界ではないのだ。
後にイゼルローン共和政府のユリアン・ミンツがハイネセンを訪れ、戦慄とともに知った事実。
それは、トリューニヒトが帝国に民主主義の制度=議会制度を根付かせ、自分は「民主主義の父」としてそれを牛耳ろうとしていたというものだった。
ロイエンタールの怒りで射殺されていなければかなりの確率で実現できていたのではないか……という所まで根回しが進んでいたらしい。
政治家としてはまだまだこれからの45歳だったのだ。
それを踏まえてみると、あえて自由惑星同盟を滅ぼすような行動をとり続けてきたことも、全ては計算の内だったのではないか……という推察も出来ないことはない。
何しろトリューニヒトが政治家となった時期は、そもそも同盟の国家機能は疲弊しきっていた時代だった。
学生時代から政治活動をしていたと言われる彼はそのことにちゃんと気がついていた(目をそらしていた政治家も多かったのである)。
出し殻のような国の頂点に立つことで、この権力欲の塊が満足するだろうか?
そうした物を別にしても、政治的ピンチをチャンスに変えてしまう……というより、勝手に変わったタイミングを見逃さないずば抜けた出世センス、そしてあらゆる方便や法律を駆使して「合法的に権力の座を追う」状況を回避し続けた保身のセンスは脅威そのものである。
リコールしたり、スキャンダルを糾弾して政治生命を断つ「正攻法」は、巧みな弁舌スキルと情報操作力の前に阻まれ、
暗殺やクーデター、暴動といった暴力行為による「搦め手」も、憂国騎士団や地球教といった私兵、そして常に脱出先を確保しているのでかわされてしまう。
そしてなにより、「帝国に民主主義の制度を根付かせる」というのはその結果だけ見ればヤンおよびその跡を継いだユリアンが目指したものとほぼ同一であった。
ヤン、そしてバーミリオンを生き残った同盟の将帥たちがその命を散らしてたった一つの星系だけ勝ち得たものを、トリューニヒトは舌先だけで、それも全宇宙規模で実現しようとしたのだ。
むろんその動機は自分の栄誉という欲望であり、決して高尚なものでないわけだが……もし道半ばで斃れなければ、ヤンたちが成し得たものよりも遥かに大きな民主主義の萌芽を後世に残していたかもしれない。
民主主義を信奉していたヤンと、民主主義を道具としてしか見ていなかったトリューニヒトという対比を見れば、これはとてつもない皮肉と言える。
個別的な対応を見ても、同盟の政治家として必ずしも無能だった、私利私欲一辺倒で動いていた、と評価するには疑問点を指摘する意見もある。
●同盟市民に対する煽動
同盟は本編開始時点で帝国軍に対して優勢ではなく、国家的なまとまりがなければ分裂し、最終的には帝国に併呑される危険もあった。本編ストーリーはまさにそうなってしまっている。
民主主義という条件の中で国家をまとめようとすることは、同盟の国家的存続、ひいては民主主義の存続のためには悪い対応とは言えない。
帝国が開明的な方向に舵を切ったのも、リップシュタット戦役に伴ってラインハルトが実権を握って以降のことでそれ以前は門閥貴族の横暴がまかり通っていた。それ以前の帝国は民主主義の存続という見地からは和平の余地すらなかった。
特にトリューニヒトの煽動家としての才覚は確かなものなので、自らの才覚を利用して国家をまとめようとしたとも言える。
そして、そのためには憂国騎士団などによる言論統制に近い対応もある程度やむを得なかったという意見もある。
また、憂国騎士団との関係は媒体によって異なるが、原作だと実は関係は噂が囁かれるだけで真相は不明。
●アスターテ会戦
同盟軍が準備した兵力は帝国軍を上回っていた。
敗北しかけたのはラインハルトの指揮と、同盟軍前線将官の判断ミスが原因。
少なくともトリューニヒトら評議会や国防委員会が失策を打ったとは言えない。
OVAの劇場版に限るなら、むしろヤンからのアドバイスをしっかり聞いた上で兵力を整えさせている。
●帝国領侵攻作戦
侵攻作戦には反対票を投じており、この見立て自体は全く正しかった。
政治家の多数派が勝てると勝手に信じていた中で、戦局の見込みをしっかり立てる能力があったことになる。
また、いざ侵攻が実施されると帝国軍を上回る規模の艦隊を準備させており、国防委員長としての仕事はしっかりこなしていることが窺える。
●救国軍事会議のクーデター
逃げ隠れして事態が解決してから表に出てきた行為は一見すると汚いが、万一同盟元首であるトリューニヒトが救国軍事会議に確保されれば、救国軍事会議がトリューニヒトの名でヤン艦隊ら軍部に命令を出す可能性が高い。
ヤンなど、後のバーミリオン星域会戦でラインハルト討伐一歩手前まで行きながら政府からの停戦命令に応じており、トリューニヒトの名で命令が出ればヤンは動けなくなってしまった可能性が高い。
クーデターは少なくともトリューニヒトがのこのこ出て行ってどうにかできる状況にはなく、まず身の安全を確保するのは同盟全体のためにも悪くない対応であった。
●クーデター後の軍部掌握&査問会におけるヤンのリンチ
当時は軍部が大規模クーデターを起こして未曾有の国家的危機が生じた直後であり、同盟の文民統制が根本から揺らいでいた状況にあった。
再度クーデターを起こさないよう、軍部の手綱をしっかり取るというのは、同盟の国是としてはむしろ当然のこととも言える。
また、救国軍事会議の面々はもちろんだが、彼らに与しなかった軍部良識派も、実は評議会や国防委員会に対してはまずい態度を取っている。
ヤンは、クーデターの可能性を感知しながらそれを評議会には全く伝えなかった。
准将にすぎない
アンドリュー・フォークでさえ、評議会に私的なルート使用とは言え案を持ち込んでいるし、大将にまでなっていたヤンが評議会はおろか国防委員会に警戒を呼びかけることができなかったはずはない。
にもかかわらず、ヤンが伝えたのは宇宙艦隊司令長官のビュコックのみで、またビュコックも評議会や国防委員会に伝えなかった。
ビュコックなりのクーデター阻止の努力も効果が無く(ビュコックは捜査のプロではないし各艦隊以外は管轄外である)、両者が内々で処理しようとした結果として、救国軍事会議のクーデターは大規模で修復不可能な傷を同盟に与えるものになっていた。
察知していたのに文民政府に伝えない時点で、ヤンもビュコックも何らかの関与を疑われたり、あるいは処分の対象になっても仕方の無い行動である。
そんな両名をそのまま地位に留任させたのは(人材の余力が無いからであるにせよ)トリューニヒトがなんだかんだ守っていた可能性が高い。
そして、両名以外の軍上層部の手綱を取るべく同盟政府の息のかかった人事を実施した結果、トリューニヒトへのイエスマンで固めたという評価に繋がった可能性がある。
ヤンに対する査問会も、ヤンにも釘を刺す必要があるからとも言えるし、失策になったのはこのタイミングでイゼルローンに帝国が攻めてきたという偶然の事情があったからにすぎない(帝国すらイゼルローンにヤンがいないことは知らなかった)。
●銀河帝国正統政府の樹立
帝国の侵攻に大義名分を与えるという大失策になったことは否定しがたい。
しかし、正統政府が帝国の実権の奪還に成功すれば帝国を民主化させるという約束を取り付けさせている。
つまり、成功すれば大きな影響を与える可能性があったのも確かであった。
また、全く見込みのない方法だったかと言うと、必ずしもそうではない。
当時の帝国はリップシュタット戦役に伴って国内が疲弊しているだけでなく、旧貴族勢力が急速に駆逐され、ラインハルトによる改革が実施されていた所である。
そうすると、ラインハルトの改革によって既得権益を奪われる旧貴族勢力(彼らは膨大な私兵も抱えていた)の残党などが自由惑星同盟側につく可能性なども考えると、ハイリスクなのは確かだが、まるで見込みのない作戦であったとまでは言えない。
むしろラインハルトの内政改革や残党狩りなどが進めば、微かな成功の見込みも乏しくなってしまう危険性があった。
作中においてそう言った勢力を取り込めた形跡はないが、そのような見込みを立てることは間違っているとは言いがたい。
また、ヤンが望んでいたであろう帝国との和平という理想に関しても実の所、先に潰してきたのはラインハルトの側であるという一面もある。
帝国は、たった3ヵ月前に
要塞で丸ごと攻めてきたばかりであった。
この侵攻は帝国内でもその意義に反対意見が多数出る有様で、そのような相手と和平交渉してもどのような条件をのまされるか、仮に和平ができたとしていつ反故にされるか分かったものではない。
それよりも、そんなことをしてくるだけの力のない正統政府に恩を売るというのは一理はある。
正統政府が万一にも政権奪還に成功すれば、当然帝国は弱り切っていて同盟からの圧力に抵抗できない状況である可能性は高いからだ。
また、イゼルローン駐留軍が大勝利を収めたことで、同盟内ではまたイケイケムードが漂っていた可能性もある(正統政府に対する同盟市民の支持も、こうしたイケイケムードが形を変えたものとも考えられる)。
トリューニヒトとしても、そのような状況下で和平を実施しようとすれば、政治的混乱の発生による同盟の弱体化を懸念せざるを得なかった可能性がある。
●ラグナロック作戦時の雲隠れ
トリューニヒトが出てきたところで問題が解決したとは言えない。
むしろ、それまで軍部の手綱を握ろうとしてきたトリューニヒト率いる同盟評議会よりは、軍部に任せて政府は後援に徹するアイランズに任せた方がこの場面では適確な対応を取りえたとも言える。
また、暴徒と化した市民にトリューニヒトが攻撃される危険は否定できなかった。
実際、後日トリューニヒトはそのような市民から身を守ることを理由として帝国への亡命を申し出ている。
●帝国への降伏
決断時はミッターマイヤーやロイエンタール艦隊がハイネセンを急襲し、10億もの市民が人質となっている状況であり、市民の生命を救うためには他に打つ手はなかった。
降伏に反対していたビュコックやアイランズも、降伏以外に「ハイネセンの市民を守る」案は何ら示せていない。
ヤンの戦略は「ラインハルトを討てば帝国軍は帝国に帰る」という見通しであったが、既に防衛戦力のないハイネセンに敵艦隊が襲来している状況では、たとえ帝国軍が帰っても「帰りがけの駄賃」としてハイネセンが壊滅しかねない。
ミッターマイヤーやロイエンタールも一般市民虐殺を好む人物ではないが、ラインハルトの命がかかっているとなれば「そんなこと言ってられない」となる危険性は高かった。
それどころか、怒り狂った帝国軍がハイネセンは愚か他の星系まで攻撃対象にする危険性さえ否定できない。
こう言うときに頼りになるはずのアルテミスの首飾りは、他ならぬヤンが破壊してしまった。
ヤンは、トリューニヒトが大嫌いではあったが、降伏という選択だけは妥当だったと評している。
●帝国への仕官とその後の行動
帝国に仕官してはいるが、少なくとも政務において不正行為を働いたという形跡はない。
また、帝国の民主化のための裏工作をかなり進めていたことが判明している。
単に私利私欲のためなら、仕官後に帝国にバッサリ転向するという手もあった。
ラインハルトとて、公務をしっかりこなしている限り、どれほどはらわたが煮えくり返っていようとトリューニヒトを罰せないことは、トリューニヒトの仕官要求に職を提示し仕官させた時点ではっきりしている。
そんな中で民主化工作は危険な行動であった可能性があるが、にもかかわらず民主化運動に踏み切り、もう少しで芽を出す所まで行っていた。
「私に力を与えてくれるなら、今度は専制主義が私の恩人になる」とうそぶいたが、民主主義という思想そのものにはトリューニヒトなりに忠実だったとも取れる。
むろん、上記はあくまでもトリューニヒトに非常に好意的な見方を抽出した一つの解釈に過ぎない。
単なる私利私欲で動いていた、無能故に先を見通せなかったと解釈することも全く問題なく可能である。
ちなみに、彼と対立するにしろ支持するにしろ、関わった人物や組織はそのほとんどすべてがトリューニヒトより先に死亡・壊滅あるいは逮捕され社会的に追い込まれている。
●シドニー・シトレ
ヤンの士官学校時代の師の一人にして物語開始当時の統合作戦本部長。トリューニヒトとは軍の主導権を巡って緊張関係にあった。
アスターテの敗戦という軍の失態をイゼルローン要塞の奪取という大戦果で回復することができ、自らの地位安定としばらくの平穏な日々を期待していた。
しかし
一人の自意識過剰なワガママ士官が同盟政府の政治家に持ち込んだ稚拙な作戦案に低支持率に悩む政権の思惑が乗っかる形で行われた
帝国領侵攻作戦が大失敗に終わってしまい、
軍幹部としての責任を取るためにほぼ巻き添えの形で辞任に追い込まれる。
シトレは諸条件から失敗を予知していたものの、議会から降りてきた作戦のためにシビリアンコントロールの原則もあって表立って反対することができず、
一方のトリューニヒトは政治家として決議時に明確な反対票を入れていたために逆に国民からの支持を受けて最高評議会議長にまで登り詰める。
後に同盟滅亡後、シトレはグエン・キム・ホア広場の集会に参加していた際に起きた暴動に巻き込まれて逮捕・拘禁されるが、
トリューニヒトは祖国を自ら帝国に売り渡した裏切り者であるにも拘わらず、ラインハルトの同盟併合時の約束によって裁かれないまま新領土総督ロイエンタールの部下としてのうのうと帰国してきた。
●救国軍事会議
腐敗した政治家を倒し、対帝国の軍国主義政権を樹立しようと目論むも、当時の政権トップであったトリューニヒトはフェザーンやスパイのベイ大佐から漏らされていた情報で事前に察知しており、地球教の助けも借りて雲隠れに成功。
さらに民主制を愛するヤンに阻まれ鎮圧される。
リーダーのグリーンヒルは帝国の手先となっていたリンチに射殺され、エベンスやブロンズ、ルグランジュ等の幹部も死亡あるいは逮捕され表舞台から退場。
トリューニヒトは事態収束後にいけしゃあしゃあと歓声を浴びながら出てきた上、祝賀式典を開きヤンと握手までする始末。
●ジェシカ・エドワーズ
最大の政敵。
救国軍事会議のクーデター中に反対デモを主宰するが、強硬手段に出たクリスチアン大佐に撲殺される。
トリューニヒトは地球教の地下教会に潜伏し、ぬくぬくと機を窺っていた。
●ネグロポンティ
後任の国防委員長で腰巾着その1。
トリューニヒトの指示でヤンの査問会を主宰するが、帝国軍が襲来してきたことで「戦時に不用意な査問会を開き対応を遅らせた」扱いになり、辞任を余儀なくされる。
トリューニヒトは一応天下り先を提示はしたがその後は知らんぷり。ネグロポンティは自らヤンに頭を下げにいく羽目になった。
●ドーソン
クブルスリーの後任の軍本部長でトリューニヒト派。
バーラトの和約に伴い、軍事上の最高責任者としてただ一人監獄にぶちこまれた。
トリューニヒトは前述の通り、一切の罪に問われなかったばかりか、身の安全まで保障された。
●ウォルター・アイランズ
ネグロポンティの後任の国防委員長で腰巾着その2。
三流の政治業者だったが、同盟の危機に際して覚醒し、役立たずのドーソンにかわって奔走する。
恩人であるトリューニヒトを売国奴に貶めたくないという思いもあったのだが、見事にガン無視されショックで昏倒。
廃人同然の状態で病院に担ぎ込まれる。
トリューニヒトは前述の通り、一切の罪に(略)
●憂国騎士団
同盟における自称「真の愛国者」である国家主義集団。事実上、トリューニヒトの私兵であり自分の反対者や邪魔者を暴力やテロによって始末していた。
帝国領となった旧同盟領で頻発する暴動やテロの責任を全部押しつけられ(実際やっていたものもあったが)、憲兵隊に殲滅された。
トリューニヒトは当然知らんぷり。
●地球教
憂国騎士団に並ぶ私兵の一つである宗教団体。
クーデターや帝国侵攻時に地下教会に匿われたり、無条件降伏を決める会議でビュコック達を武力制圧するなど役立てておきながら、帝国移住後は恩知らずにもキュンメル事件のテロ首謀者であることを密告したため、テロ組織と認定されて地球の本部を帝国軍に壊滅させられる。
しかし、ド・ヴィリエ大主教を筆頭とする残党とはその後も秘密裏に接触しており完全に関係が絶たれていた訳ではない。
●アレクサンドル・ビュコック
同盟宇宙艦隊最後の司令長官。
民主主義を愛するがトリューニヒトには反対しており、無条件降伏を決める会議にのうのうと現れたトリューニヒトには真っ向から反発した。
自由惑星同盟の消滅が決定的になった際に最後の意地を示すべく、残存兵力を束ねてマル・アデッタ会戦に赴き、空しく散った。
トリューニヒトはこの間、帝国でのほほんと静養中だった。
●ジョアン・レベロ
物語開始時から同盟政府の財政委員長を務めており、無能な政治家や汚職まみれの政治家ばかりの同盟政府にあって、数少ない政治家としての能力と良識を持った人物だった。
バーラトの和約後トリューニヒトが政権を投げ出したため、滅亡に瀕した同盟政府の議長に就任。
責任感あっての行動であったが、帝国優位な不平等条約下での国家運営であり、政治的な緊張状態が続いたことで次第に精神的に追い詰められていく。
歴史の悪役となる覚悟を持って功労者のヤンを生贄にしてでも同盟を守ろうとしたが、逆にこれがラインハルトによる自由惑星同盟完全併合の引き金となってしまう。
マル・アデッタ会戦で同盟軍が敗れ、帝国軍がハイネセンに迫る中で政治家としての矜持を取り戻すも、保身を図った軍部によって殺害されてしまった。
なおトリューニヒトはこの間、帝国で(略)
●ロックウェル
ドーソンの後任の軍本部長で有名なトリューニヒト派。
同盟滅亡が迫って切羽詰まった末、帝国高等弁務官レンネンカンプの首席補佐官フンメルに扇動されて上司のレベロ議長を見限り同僚と殺害。その首をラインハルトに差し出す形で降伏。
裏切り・非武装人の殺害という卑劣な方法に対面したラインハルトが嫌悪感を示す中、自己弁護のために謁見の場に居合わせていた
ファーレンハイトが敗軍の将から取り立てられた例を引き合いに出したことが決定的となり、そのファーレンハイトに任せる形で処刑を言い渡される。
「新雪」(原作小説)/「山の清水」(石黒OVA)と評されたビュコックに対し、ロックウェルらは「下水の汚泥」とまで酷評された。
トリューニヒトはこの間、(略)
●ウィリアム・オーデッツ
元TVキャスターでトリューニヒト派に属する国防委員会委員。
バーラトの和約を破棄して侵攻してくる帝国軍へレベロに特使として派遣されるも相手にされず、あろうことかラインハルトを侮辱する挑発までしてミッターマイヤーの部下に銃殺されかける始末。
その後、フェザーンでもラインハルトに無視されるが、ルビンスキーにそそのかされてロイエンタール叛意の噂を流して帝国を混乱させ後の騒乱の火種の一つを生み出したが、そのまま用済みとして口封じに始末される。
トリューニヒトは(略)
●ヤン・ウェンリー
イゼルローン艦隊指揮官。
ビュコックと同じくトリューニヒトのことを嫌っており、扇動演説をボイコットしたり反抗的な態度も本人の前で堂々と行うほど。
トリューニヒトの側もいずれヤンとその一味の軍閥化を危惧していたが、
内心ではヤンの能力自体は認めた上で「
他の飼い犬なんかと違って、できれば協力し合える仲間にしたいものだ」と思っていた様子。
実の所、シビリアンコントロールでヤンを使いこなすことができた政治家はトリューニヒトとアイランズだけであった。
同盟滅亡後、回廊決戦を経てラインハルトとの和平交渉に向かう途中、地球教によって暗殺される。
トリュー(略)
ある意味で、最後の最後まで「政治家としてのトリューニヒト」を完全に消し去ることは誰にも出来なかったと言える。
一方、『銀河英雄伝説』をラインハルト・ヤン側の視点で描かれた「後世の歴史家による大河小説」として見てみると、また違った考察も出来る。
ヨブ・トリューニヒトは決して無能ではないにせよ、客観的に見れば「最後の同盟最高責任者であったが国を滅ぼし、亡命後は一官吏にしかなれず、叛乱の中で命を落とした」人物で、最高議長となった以外に政治的な結果はほぼ出せていない。
ラインハルトとヤンは敵対する人物を(良くも悪くも)過剰評価する傾向があること、特にヤンが思想的に異なる人物(愛国的人物)をひどく嫌悪していることも考慮に入れた場合、『銀英伝』本編におけるヨブ・トリューニヒトは「悪役として過剰に演出されている可能性も少なくない人物」とも言える。
銀河帝国が将来立憲制に移行することも考えられ、その場合にはハイネセンで種子が残された…つまりはヤンが守った民主制が参考にされる可能性が高い。
そうすると、ハイネセンで種子が残された民主制の擁護者であるヤンを攻撃した人物…すなわちトリューニヒトが悪く書かれるのは避けられなかったと言う考察もある。
もしかしたら、彼は混迷する銀河で生き延びようと懸命に足掻いていただけの人物かもしれない。
あるいは、最後まで彼なりに民主主義思想に忠実だった政治家だったかも知れない。
本当に後世へ警鐘を鳴らすための殉教者として行動していたのかもしれない。
『
三国志』における
曹操のように、ヨブ・トリューニヒトの視点で外伝が描かれる機会があれば、銀河の歴史はまた違った1ページを我々に見せてくれることだろう。
田中先生、外伝の第6巻まだですか(残念ながら、田中先生は、本編10巻、外伝5巻、それで銀英伝は全て、と言われているので無理です。ご愁傷様)
「
両陣営の主人公ラインハルトとヤンに加え、2人の側近たちからもことごとく嫌われながら、言論とルールと悪運を味方に終盤まで生き延びた化け物じみたタフネス」に加え
原作が小説とはいえ、アニメでは意外と珍しい「
戦闘能力を持たない純粋な政治家の悪人」という点もあり、ファンの間でも特に人気が高い登場人物でもある。
ちなみに亡くなるまでにはベテランに数えられていた石塚氏ではあるが、1988年の第一部当時は出演者陣の中ではほとんど新人状態だった。
見事に悪辣な中年政治家を演じているが、『
マクロスプラス』で声優業にふっきれた後に参加した96年の第四部(原作9巻以降)では、更に不気味な魅力を増したトリューニヒトを以前にも増して好演している。
名言
「私はあえて言おう。銀河帝国の専制的全体主義を打倒すべきこの聖戦に反対するものは、すべて国をそこなう者である。
誇り高き同名の国民たる資格をもたぬ者である!」
初登場場面の戦没者追悼演説より抜粋。読んでいて恥ずかしくなるくらいにナショナリズムを煽りまくり、しかもクソ長い。
この後にジェシカ・エドワーズから糾弾され、慌てて彼女をつまみ出させたことで、単なる小物の為政者かと読者に思わせていたのだが……。
「私は愛国者だ。だがこれはつねに主戦論にたつことを意味するものではない。
私がこの出兵に反対であったことを明記しておいていただこう」
帝国領侵攻作戦に反対票を投じ、他の議員から驚愕の目で見られた時の発言。
彼は「勝てない」ことを悟っていたが、会議の中では一切の異議申し立てをしていなかった。
「ずいぶんとえらそうなことを言うものだな、アイランズくん。君は忘れたかもしれないが、私はよく憶えているよ。
どうにかして閣僚になりたい、と、私の家へ、高価な銀の食器セットを持参してきた夜のことをね」
「それに、きみがどういう企業からどれだけ献金やリベートをうけとったか、
選挙資金を分配された時、そのうち何割をためこんで別荘を買うのに回したか、
公費を使った旅行に、奥さん以外の女性をつれていったことが何度あるか、私はみんな知っているんだ」
奇妙に危機感も悲壮感も欠落した機械仕掛けの人形のように、帝国への無条件降伏を受け入れることを告げたトリューニヒト。
「同盟2世紀半の歴史をこんな形で終わらせるのか」と静止するアイランズに対し彼が投げかけたのは、卑しい悪意に満ちた言葉だった。
「地球教という宗教団体があることを、閣下はご存じでしょう。
私は旧職にある当時から彼らと関係がありました。彼らのなかで陰謀がたくらまれ、私の知るところとなったのです。
このことを人に告げれば生命はない、と脅迫されましたが、陛下に対する私の忠誠心が……」
「わかっている」
ケスラーに面会して地球教を売り渡すトリューニヒト。
同僚達と同じくこの男を好きになれないケスラーは必要な情報だけを聞きだした直後、即座に事態解決までの軟禁を決定した。
「民衆というものは、気流に乗る凧です。実力もなく高く舞い上がるだけの存在です」
ハイネセンで多発する暴動・小競り合いはヨブ・トリューニヒトが裏で糸を引いている――
総督府宛の投書の事実確認で呼び出されたトリューニヒトは、ロイエンタールの会話の中で臆面もなくこう言い放った。
「ところで、以前からたずねてみたいと思っていたことがあるのだが、卿はこう主張するのではあるまいな。
自分がこれまで他人の非難をこうむるような行動をつづけてきたのは、民主共和政治の健全な発展をうながすため、
後世にたいして警鐘を鳴らすためだ、と……」
「さすがはロイエンタール元帥、私の本意を見ぬいていただけるとは、ありがたいことです」
「なに……?」
「冗談ですよ、私には殉教者を気どる趣味はありません。私が行動してきたのは、残念ながら自分自身の福祉のためにです」
「このどぶねずみを適当な場所に監禁しておけ。ねずみの分際で人間の言葉らしきものをしゃべりたてるが、耳を貸す必要はない。
餓死させるのも、あまり後味のよいものではないから、餌をやるのは忘れぬようにしろよ」
叛乱前夜、ロイエンタールはトリューニヒトをイゼルローン共和政府への交渉材料として利用しようとする。
ふと思い浮かんだ問いかけへの返答で、ロイエンタールは眼前のこの男が、民主主義政治を食い物にし、そして将来は帝国をも枯死させようとする寄生木だと確信する。
「民主主義もたいしたことはありませんぞ。私をご覧下さることですな、元帥、
私のような人間が権力を握って、他人に対する生殺与奪を欲しいままにする。
これが民主共和政治の欠陥でなくてなんだと言うのです」
「奇妙だな、卿は民主主義を憎んでいるように聞こえる。
卿は権力を欲して、それを獲得するのに、民主主義の制度を最大限に利用したのだろう。
民主主義こそ卿の恩人ではないか。悪しざまに言うこともあるまい」
「専制主義が私に力を与えてくれるなら、今度は専制主義が私の恩人になるでしょうな。
私は民主主義を賛美する以上の真摯さをもって専制主義を信奉しますとも」
敗北し、重傷を負って戻ってきたロイエンタールとの対面にて。
流石のロイエンタールも得体の知れないその欲望と生命力を「エゴイズムの怪物」と評した。だが、その直後……
「私は何でも利用します。宗教でも、制度でも、皇帝でも。
そう、あなたが叛旗をひるがえした、あの皇帝、才能はあっても、人間として完成にほど遠い、未熟なあの坊やもね。
金髪の坊やの尊大な天才ぶりには、ロイエンタール閣下もさぞ、笑止な思いをなさったことでしょうな」
末期の台詞。やむを得ず背いたものの、皇帝ラインハルトへの敬意自体は捨てていなかったロイエンタールの心は、完全な部外者たるトリューニヒトに理解できるはずがなかった。自身の死刑執行書に舌で署名してしまったトリューニヒトは、直後にブラスターで射殺される理不尽極まりない最期を遂げた。
床に倒れたものは、もはやトリューニヒトではなかった。死んだからではない。口がきけなくなったからだった。
舌と唇と声帯を活動させえなくなったトリューニヒトは、すでにトリューニヒトではなくなっていた。
死の直後のナレーション。口先で同盟を操り帝国で生き残ってきた彼は、己の口先で死を招き、何も喋れなくなった。
……銀英伝は遠い未来の伝説にすぎません。おとぎ話から教訓を得ることはあっても、それを現実と同じにしてしまうのは愚行です。
余もヤン提督に同意する。よもやこのようなくずを引き合いに出して政治を語ろうとする世間知らずなど、いるはずもないだろうが……。
あえて余は卿らに命ずる。以下のコメント欄にて、実在の世界の国家や人民、団体を貶める発言を行うことは赦さぬ。
度が過ぎる場合はコメント欄自体の撤廃もありうると思え。
最終更新:2025年03月27日 11:42