民間語源

登録日:2016/2/17 (水) 12:49:00
更新日:2024/05/10 Fri 09:59:24
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民間語源とは、事実とは違う、もしくは事実であるという根拠に乏しいにもかかわらず、一般社会に流布している語源説のことである。民衆語源、通俗語源、語源俗解とも。

特徴として、

  • 一見するとまことしやかに思える
  • 具体的なエピソードや、歴史的な逸話と共に語られることが多い
  • 言語学歴史学民俗学の成果を参照していないため、実際には矛盾が多く見つかる

などがある。

特に語源にまつわるエピソードに歴史上の有名人が登場するものや、日本語の語源を英語やヘブライ語などの外国語で説明しようとする語源説には、眉に唾を付けて聞くことをお勧めする。
(もちろん正しい語源である場合もある。念のため)

他方、民間語源には語源が辿れなくなった単語同士の意味を繋げ、新しい単語を作る力があるため、後述のように創作でも用いられることがある。

なお、語源が間違われて定着することを異分析と呼ぶ。



主な民間語源


●漢字・日本語


神無月、師走


それぞれ旧暦の10月・12月の異称。

「日本中の神が出雲に集まるので、他の土地からは神がいなくなる月なので」
「師(この場合は僧侶)が忙しく走り回る月なので」

などと言われることが多いが、どちらも後世のこじつけである。
民俗学者の柳田国男などは、田の神⇔山の神という民俗学における基本的思想から「収穫を終えて田の神が山の神となり人里からいなくなる=神無」という仮説を立てている。
実際の語源は kami₂ の被覆形 kamu- + 連体助詞「な」で、早い話が「神の月」である。助詞「な」は港(みなと)、眼(まなこ)、水無月(みなづき)など少数の例が存在する。
なお、「神有月」もこの民間語源からの派生である。


馬鹿


秦の二代目皇帝胡亥の時代、奸臣の趙高は他の家臣の中で自分に従う者を見極めるため、鹿を馬と称して皇帝に献上した。流石の皇帝も「いやいやこれは鹿でしょう」と言ったが、趙高は「いえいえどう見ても馬ですよ」と強弁し、周囲の者の反応を見極めた。ここから馬と鹿の区別もつかないものを馬鹿というようになった。

……という長ーい語源説(出展は史記の「指鹿為馬」の故事)があるが、この故事がそのまま語源であるとする説は信憑性が低いとされる。
何しろこの故事の出所であろう中国では「馬鹿」という文字はエルクの中国名として普通に動物名に使っているし(読みは「マールー」)。
そもそも本来は「馬鹿者」という三文字熟語だったものが、いつからか「馬鹿」の二文字だけ独立して使われるようになったという説が有力。
もしくは、サンスクリット語の「無知、蒙昧」を意味する「莫迦」に馬と鹿の漢字を当てたものという説も有力であり、いずれにせよ語源ははっきりとはわからない言葉である。


山勘


武田家の軍師山本勘助が語源という説が流布しているが、年代的な問題や語義の問題などから信憑性は疑問視されてる。

実際には「山師の勘」の略、もしくは単に「山(この場合は「山を張る」「山を狙う」などと同じ意味)を狙う勘」だとされる。


人(漢字)


「人と人とが支えあっているさまを表している」というのは俗説。
実際には「一人で立っている人間を真横から見たもの」であり、真逆の語源である。
金八先生の名言として有名だが、演じた武田鉄矢氏も後に間違いだと気付いたそうで、
金八完結後に出演した番組で「ウソついてました」と謝罪している。

たわけ

近代以前の農村で、子どもを複数産んで田畑を複数の子どもに分けて相続させると、どんどん零細化してやっていけなくなる。
このことから、「田分け」は愚かな行為と判断され、やがて「たわけ」で愚かなことをすること全般を指すようになった…という民間語源。

零細化を避けるために分割相続を制限させるような法令が江戸時代にあったのは確かだが、実際は古語に「戯く(たわく)」という言葉がしっかりあった。

東京ヤクルトスワローズ


当初は「コンドルズ」という名前にしようとしたが、親会社が電鉄会社だったため「混んどるず」はまずいということで「座ろうず」、つまり「スワローズ」になった
というのは、元々は漫才のネタであり事実とは全く異なる。
こちらも「ガセビアの沼」で紹介された。
実際は親会社が日本国有鉄道(現在のJR各社の前身)だったことから、国鉄のシンボルであるツバメと球団設立時に唯一運行されていた特急つばめ号に因んだもの。

ジョークが民間語源になった例と言えよう。


オタク


初期のコミックマーケットが開催されたのが大田区産業会館だったから、大田区→おおたく→オタクというのは俗説。
実際には、初期のオタクが上流階級の真似をして互いに「お宅は~」などと呼び合う遊びをしていたため。
(現在でも、アニメなどに出てくる有閑マダムがよく言う『お宅のぼっちゃんは~』とかいうアレ)。
後述の「ツンデレ」や「萌え」とは違い、語の発祥過程が明確にわかっている言葉である。


ツンデレ


民間語源というよりは、語義自体が変化した例。

2000年代初頭に作られた言葉で、もともとは
「人前ではツンツンしているが、二人っきりになるとデレデレするキャラ」
を指す言葉だったのが、
「出会った頃はツンツンしているが、親しくなると徐々にデレデレするキャラ」
を指すようになったとされる。

しかし、テレビアニメ「らき☆すた」の11話では逆の見解が述べられており、
「時間経過による心境の変化を表す言葉」から「キャラクターの二面性(表面上はツンツンしているが、本心はデレデレ)を表す言葉」に変化したとしている。


萌え(アニオタ的用法)


複数の語源説があり、

少女漫画「太陽にスマッシュ!」の高津萌*1
アニメ「恐竜惑星」の鷺沢萌
美少女戦士セーラームーン」シリーズの土萠ほたる

などが候補としてよく上がるが、いずれも年代的に成立しないという指摘がある。
現在のアニオタ的用法が広まったのは1990年前後である可能性が高く、その場合上記のキャラは1993年以降に登場するため矛盾する。

ちなみに「恐竜惑星」の萌のフルネームが「鷺沢萌」というのも俗説で、公式の苗字は不明*2
本人役で出演したてれび戦士・山口美沙のバーチャ空間名なので、今でいうハンドルネームのように、最初から苗字が存在しないのかもしれない。
「鷺沢」なる苗字の出所も判然としないが、実在の女流作家「鷺沢萠(さぎさわめぐむ)」と混同された可能性が指摘されている。


童貞を殺す服


項目参照。


あかぎれ


「足(あ)+かぎれ(ひび割れる)」だったが、「赤+切れ」と異分析された。


めっぱ


ものもらいの意。「目端」が語源だが、新潟県糸魚川市では「目が張る」と解釈され「めっぱり」と言われるようになった。


ガス


冬の初めに田面や道に張る薄い氷のこと。「カス」が語源と思われるが、糸魚川市では「ガサガサするもの」の略であるとして「ガサ」と呼ばれるようになり、更にそれが「薄いガラスの略」であるとして「ガラス」と呼ばれるようになった。


トンメテ


東京都伊豆諸島にある八丈島の方言で「朝」の意味。古語の「つとめて」が語源だが、「東明天(とうめいてん)」という民間語源が、島に漂流した学者経由で広まった由緒ある語源であると語られている。ちなみに格助詞「-ン」がつくとトンメテン「朝に」となり、より近づく。


銀ブラ


「銀座の街をぶらぶら散歩すること」の略で、銀座が商業地として発展し始めた大正時代の造語。
平成になって、正しくは「銀座でブラジルコーヒーを飲むこと」の略であるという説を、あるコーヒー店の経営者が提唱、「世界ふしぎ発見!」で取り上げられたことで話題になった。
しかし根拠は何もなく、店を宣伝するための創作と考えられている。
ちなみにそのコーヒー店でブラジルコーヒーを頼むと、「銀ブラ証明書」がもらえるとか。


ムショ


刑務所の隠語。「ムショ暮らし」「ムショ返り」等といった使われ方をする。
ケイムショの前半部分を略してムショ、というのが民間語源だが、実際は監獄が刑務所に名前を変える前から使用されていた言葉でありこれが誤りなのは間違いない。
「監獄は蟲が集まる不潔な“虫寄せ”場だからムシヨセ→ムショ」「牢屋が虫かごに見える事から虫所、ムシショ→ムショ」「監獄の食事は麦と米の比率が6:4だから、ムとシ→ムショ」といった説があり、どれが正しいというよりか、これらが混ざって形成されたと思われる。


●外国語


カンガルー


「白人がアボリジニにカンガルーを指さして『あれは何だ?』と聞いたら、『(何を言っているのか)わからない』という意味のカンガルーと答えられたので、それをその動物の名前と勘違いした」

という説。
実際には「跳ぶもの」を意味する言葉「gangurru」から来ている。

民間語源の中でも最も有名なものの一つで、「間違った語源説の例」として引き合いに出されることも多い。

この語源説の由来こそ「わからない」…と言いたいところだが、一説には
最初にカンガルーをヨーロッパに紹介した探検家クック船長が探検したのは北東のクックタウン、
ヨーロッパからの移民が到着したのは南東のポートジャクソンで、アボリジニの言葉が違った
(加えて動物相も違い、おそらくクックが見たのはワラビーで移民が見たのはオオカンガルー)
のが原因ではないかとも言われている。

余談だが、2018年の冬、韓国の平昌にてこの都市伝説と似たような出来事があった。


サンドイッチ


1700年代にサンドウィッチ伯爵が、トランプゲームをする時に手を汚さず食べられるよう考案した
という語源説が広まっているが、これもあまり根拠がないようである。
具材を挟む料理自体は1世紀頃から存在する上、当時のサンドウィッチ伯爵ジョン・モンタギューは多忙を極め、トランプをする暇など無かったと言われている。
ただ、「サンドイッチ」という名前自体はサンドウィッチ伯爵由来でほぼ間違いないとされている。


NEWS


英語の東西南北の頭文字をくっつけたもので、東西南北から集めた情報であることを示すというのは民間語源で事実ではない。
トリビアの泉」の「ガセビアの沼」でも取り上げられた。
実際は、「新しい」を表す単語「neue」に複数形の「s」を付けた「neues」が変化したものである。
英単語の民間語源では最も有名な例であろう。


island


英語で「島」を意味するこの単語、実は民間語源のせいで綴りが変わってしまった。
12世紀頃まではilandと表記していたのが、ラテン語の「insula」がilandの語源である。という俗説が広まった結果、綴りにsが含まれるようになったのである。


hamburger


ハンバーグや野菜などをバンズと呼ばれるパンで挟んだもの。
ドイツの都市ハンブルグ(hamburg)に接辞-erがついてできた単語である(Wiener「ウインナー」も都市名のWien「ウィーン」に接辞-erがついている)。
しかし、ham(豚肉の加工品、ハム)-burgerと異分析され、burgerでひとつの接辞となった結果、cheese burger(チーズバーガー)などの単語が作られた。
とはいえこの頃には語源は明らかだったはずなので、誤解というより類推に近いかもしれない。


Archer


英語で「弓使い」を意味する名詞。
Fateにも登場したイランの英雄、アーラシュ・カマーンギールが語源という説がちょくちょく語られる。

イラン空軍の作戦名「カマン99」に名を残し、中東の一般名にもなっているが、
上のリンク先にもある通り弓使いの代名詞ではあっても語源ではない
正しい語源はArcher(弓使い)←Arch(弓状)+er(人)←arcus(弓)←h₂erkʷo-(弓の)。

Wikipedia英語版の「カマン99作戦」の項目にある「It was named Iranian mythological hero Arash Kamangir(それ(カマン99作戦)にはイランの架空の英雄アーラシュ・カマーンギールの名が付けられた)」という一節を、
FF11用語辞典が「It」を「カマン(弓)」と取り違える形で引用し、それが広まったと考えられている。


Vradimir


ロシアの人名。「支配において絶大」の意味で、mirは-meers(ゴート、偉大な、絶大な)から来ているが、Vladej mirom(世界〈mir〉を支配しろ)と解釈され、さらにそれがVladej Vostokom(東方を支配しろ)>Vladitostok「ウラジオストク」という都市名に。


コラ


コラージュ(collage, 【仏】「糊付け」の意)の略。
主に複数の画像等を組み合わせることを意味し、略される場合はネタ画像等に用いられる言葉だが、Youtube等でしばしば「コラボレーション」の略だと勘違いされる。


スカンダ/韋駄天


項目参照。
どーやったらイスカンダル(紀元前3世紀ごろ)がサンスクリット(紀元前5世紀ごろ)の成立に関わるんでしょうね?



創作における民間語源


  • 君の名は。」に登場する糸守町では、黄昏時(たそがれどき、誰-そ-彼-時)の意味である「誰は彼時(かはたれどき)」の子音が交替して「片割れ時(かたわれどき)」と呼ばれている。作中での民間語源を物語の伏線に使用している例。




語源を探ったのは、すなわち、語の成立のもとを明らかにしようとしたのは、まず民衆自身であって、言語学者ではなかった。ーー固有名詞学の草分け、言語学者エルンスト・フェルシュテマン





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最終更新:2024年05月10日 09:59

*1 厳密に言うと、彼女に対する「萌~!」というファンコールが語源であるという説

*2 ただし初期設定の段階では「結城」という苗字が付いていた