ミダス王(ギリシャ神話)

登録日:2020/04/02 Thu 22:50:17
更新日:2025/05/01 Thu 23:31:39
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ミダス王とは、ギリシャ神話に登場する人物。ミダース、マイダスとも言われる。


【概要】

ミダスと呼ばれる通り、彼は王様である。フリギア/プリュギア(現在のトルコのあたり)を治めていたとされている。プリキュアではない
それと同時に良くも悪くも正直者かつ快楽主義者であり、自分の欲望や感性を優先して損してしまうというある意味人間らしい男として描かれている。
とはいえ自らの言動を反省できるという美点も持つため決定的な破滅には至ってない。
またギリシャ神話において彼自身は神に振り回されるだけの哀れな人間という役割に過ぎないのだが後述の能力、そして童話、もう一つある意味では非常に人間らしいキャラクターのお陰で、人間の登場人物にしては妙な知名度を誇っている。
なお「バラの庭師」としても優秀らしい。



【ミダスの手/ミダスタッチ】

ある日ディオニュソスは、自分の年老いた養父が行方不明であることに気付く。
酒好きでしょっちゅう酔っ払い何処かに行く養父を探していたら、なんと彼はミダス王によっておもてなしされていた。
その事に感謝したディオニュソスは彼に対し好きなものをやろうと言い、そしてミダスは要求した。

「触ったもの全てを黄金に変える力がほしい」

その能力を手に入れたミダスは早速色々と触り、全てが黄金になることに狂喜乱舞する。
しかしその能力によって手に持った食べ物や飲み物も黄金になってしまい、それは滅びの能力と察する。
彼は自らの欲深さを反省し、ディオニュソスに頼み込んでこの能力を破棄する方法を教えてもらう。
無事能力から開放された彼はこれ以降、富すらも怖がるようになってしまったのであった。

また、能力を捨て去る方法としてディオニュソスが提示したのは
「パクトロス川(パクトーロス川とも)」という川で行水することであった。
ミダスがその通りにすると、身体から黄金の力は抜けて流れる川に移り、川砂は金色に輝き始めた。
お陰でこの川は砂金が多く取れるのだとか。

……ミダス個人の財布はともかく、国庫は大いに潤ったことだろう。
めでたしめでたし。*1

ちなみにこの話は「さわると黄金になるお話」としてイソップ寓話にもまとめられている。
そちらはディオニュソスをもてなしたからではなくアポロンを馬鹿にしたらその仕返しとして黄金の手を手に入れたという話になっている。
人の世話をしたのに破滅の力を持たされてしまったのは教訓的に良くないと考えられた為だろうか。
なお犯人がアポロンになっている理由は下のロバの耳のエピソードにも繋げられやすい為と考えられる。

【王様の耳はロバの耳】

というわけで富や贅沢にすっかり懲りたミダスは田舎でスローライフを送ることにした。
その頃彼はエロ神田園の神「パーン」の崇拝者となっていた。
なおこの変貌については「ミダス本人も好色家だった」という説がある。
原典では実際に女性に熱がある描写はないが、上記の短絡的な欲深さを見せた後では妙な説得力がある。

さてそんなある日パーンはあろうことかオリュンポス十二神にして芸術の神でもあるアポロンに音楽対決を挑んだ。
アポロンの竪琴と、パーンの角笛の対決の勝敗は、その演奏を聞いたトモロスの審判で決定することとなった。
だが相手が悪すぎた。流石にトモロスはアポロンの方が優れていると判断し、パーン本人も完敗を認めた。
しかしそれに意義を唱えたのが、偶然通りかかったミダスである。
彼はあまりにもワンサイドゲームだった事をやり玉に挙げ、この投票は不正ではないかと大胆にも問い詰めたのだ。もう一度言うがパーン本人は負けを認めているところにこれである
このあたり、単純に「ミダスが崇拝するパーンを贔屓した」とも、「贅沢を嫌うミダスにはアポロンの洗練された演奏よりパーンの素朴な演奏の方が心地よく聞こえた」とも言われることがある。
どうあれ、文化・芸術の感性は人それぞれ。音楽で対決する以上そういう意見が出ることもあるだろう……
……が、これを流せるほどアポロンが大人だったら、ギリシャ神話世界は平和である。
いきなりやってきて不義だと言われたアポロンは当然激怒。

「芸術を理解しない堕落した耳め!」
「お前の耳は人間のものじゃない!」

とかなんとか言ってミダスの耳をロバの耳に変えてしまったのであった。

こうして(多分)人類最古の獣耳属性を手に入れてしまったミダス王。
勿論そんな耳では噂になってしまう。最悪、全国民の笑いものである。
ミダスはターバンなどでできるだけ隠していたが、流石に髪を切る時はその耳を出さざるを得ず、それを理髪師に見られてしまう。
勿論口止めを頼むミダスであったが、理髪師は我慢できず植物に向かって「王様の耳はロバの耳」と呟いてしまう*2
しかしその植物は意思を持つ植物だった為、木々にその噂は広がり、やがてミダスの家来すらそんな噂を言い出してしまう。
その事に激怒したミダスは噂を広めた犯人を探し出そうとするも、よくよく考えたら事の発端は自分だということに気付き大いに反省した。
その反省が認められたのか、アポロンは彼を許し普通の耳に戻したのであった。


…とまぁ、自分の欲望や主張を隠すことなく神に見せたせいで散々な目にあうものの、
最終的には許されて元に戻る事となる天丼芸を繰り返していている。
しかし神に喧嘩を売りつつも、最終的には潔く自分の愚かさと向き合い認めた為、無事に返される等、決して人間性に劣っているわけではない。
特にロバの耳のエピソードは「自分が悪いのに周りに責任を押し付けてあーだこーだ慌ててしまう」という誰にでもある失敗を書いている。…のだがそこから「やはり悪いのは自分だ」と反省できる人間かどうかは話が別。
そういう意味ではミダス王はやらかしはするし八つ当たりもするものの、最後には大人となって物語を終わらせている。
彼はほんの少し欲深く、そしてほんの少しプライドの高い、だが心優しい王なのである。
彼の一連の物語にはもしかしたら「失敗は誰でもする、そこから反省できるかどうかが問題だ」という教訓があるのかもしれない。


【親子関係】

≪父親≫

ミダス王は子供の頃にゴルディアス王(ゴルディアース)の養子になったとされている。
このゴルディアス王も神話・伝承の持ち主で、フリギアの君主を決める際に

「神託を聞いた者が最初に出会う『車に乗った者』を王にすべし」

という神託を受けた預言者の前に牛車に乗って現れたことから王になり、王都「ゴルディオン」を建てたとされている。

ゴルディアス王は神託を与えてくれた神に感謝を示すため、自身の乗ってきた牛車を神に捧げた。
更に、この牛車を丈夫なヒモで複雑に柱に結び付けて「この結び目を解くことができた者こそ、このアジアの王になるであろう」と予言した。
多くの人間がこの「ゴルディアスの結び目」に挑戦したが、誰も解くことができないでいた。
そうして長い時が過ぎ去ったある日、この地まで訪れたのは遠征中のアレキサンダー大王
彼は剣を持ち出すと、その結び目を一刀両断に断ち切ることで、結び目を解いたと言われている。
「手に負えないような難問を、誰も思いつかなかった大胆な方法で解決してしまう」という故事の一つである。

ところで、そんなモノを養父が残していた以上、当然ミダス王も結び目にチャレンジしたと思われるが…………。
駄目だったのだろう。まあ、仕方ない。

≪娘≫

話によってはミダス王の娘も登場する。
名前は「ゾエ」もしくは「マリーゴールド」ここではマリーゴールドとして話を進める。
ある日黄金化を手に入れたミダスは、彼女の大好きな薔薇に触り「黄金の花」に変えてしまう。
しかしマリーゴールドはあくまで「植物の薔薇」が好きであり、変わり果てたお気に入りの花を見て泣いてしまう。

「こんな金ぴかのバラ、ちっともきれいではないし、香りだってしないわ」

ミダスとしては能力を見せびらかしたかったのもあるかもしれないが、一番ほしかったのは娘の笑顔だった。
だが彼女には悲しい顔をされてしまう結果に終わったのだった。
ここで気付いていれば良かったのだが、なんとミダスはその後、娘に触れてしまう。
パンや水、薔薇ですら黄金に変えるその能力、人間の少女も例外ではない
ある日ミダス王は、食べ物が食べられず悲しんでいる自分を慰めようとする娘に感動し、抱きついてしまう*3
気付いたときには既に遅く、マリーゴールドはそのまま美しい黄金の彫像に変貌。
「花を黄金にされて泣く娘」の心を理解できなかったミダスは「娘を黄金にされて泣く」事になってしまったのだ。
そして物言わぬ黄金像になってしまった娘を見て、ミダスはようやく自分の過ちに気付くのであった。

というふうの娘を黄金像にして過ちに気づくというのは、現在のミダス王の物語のテンプレであるが、
実は彼女の存在は前述のイソップ寓話「さわると黄金になるお話」が初出。
その後、1800年代のアメリカの小説家「ナサニエル・ホーソン」の語るバージョンでもギリシャ神話上で初登場した。
つまり初出のギリシャ神話では娘までは黄金にしていないのである。
だが「人間が別の物質になる」という展開は当時物語を知った人たちに衝撃を与え、このシーンを題材とした絵画がいくつか書かれている。
こうして「娘を黄金にして過ちに気付く」という現在のパターンが定着するのであった。

なおこの時黄金にされたマリーゴールドちゃんだが、この後どうなったかは不明である
また「娘」というが年齢層も不明であり、絵画では完全な幼女だったり年頃の乙女だったり様々である。
ただしそのままだと余りにも彼女が可哀想過ぎる為か、後年の作品ではパクトーロス川の水を掛けられ元に戻ったとされる事が多い。
どちらにせよロバ耳騒動の際には登場せず、史上初のケモ耳少女にはならなかった。

≪リテュエルセース≫

息子。
刈り入れ競争を強いて旅人を殺したらしいが、ヘラクレスに殺された。
一説ではヘラクレスはダプニスの為にリティエルセースを殺し、死後その領地をダプニス夫妻に与えたという。


【創作文化におけるミダス】

…と言いたいが、触れたものを黄金に変える欲深く邪悪な能力を持ちながらも
本人は欲深いながらも善良かつ反省し能力を捨て去った真人間であるミスマッチからか創作文化における彼本人の出番は非常に少ない
ギリシャ神話のストーリーをなぞる作品では比較的採用率が高いものの、そこから離れた場合は一気に出番がなくなる。稀に名前が使われるくらいか。
しかし「触った物全てを黄金に変える」という欲望全振りの能力だけは、悪役として非常にわかりやすい為かよく使われている。
ちなみにもう一つの特徴ロバ耳も、現在ではエルフ耳とか獣耳とかが普通に使われている為か尚更出番がない。


≪主な本人の登場作品≫

  • オリンポスガーディアン
海外のアニメ。名前の通りギリシャ神話を扱っておりミダス王も19話にて登場。
原点通りに黄金化能力を得たミダスの前に娘が現れ、つい癖でハグしてしまう。
気付いたときには手遅れで、娘は黄金像となってしまった。
…ここまでは原作通りだが、なんとその後ミダスは黄金になった娘を背負いながら、呪いを解く旅に出かける事となる。
町の人たちに怪訝そうな目で見られたり娘が盗賊に盗まれそうになったり災難にあうものの、最終的には前述の通りパクトーロス川に飛び込むことで、力が解除され娘も元通りとなった。
ちなみにこの娘ちゃんはかなり可愛く描かれており、原点と違い黄金になった城に大喜びであった。
ただし娘は助かったもののミダス本人は能力が無くなる代わりにロバの耳となってしまうオチであった。

  • 絶対やれるギリシャ神話
第8話に登場。
こちらでは娘は未登場で、黄金化する人間は全裸の側女
まずおっぱいだけが金になり、その後全身が固まるという妙にフェチい描写がなされている。
そして王は自らの性器もキンキンにしてしまい、能力を捨てる決意をするのであった。
なおロバの耳の話も収録されている。

ソウル*4「ロバ耳の王ブロウ」として登場。
他のメディアでは基本的に無視されやすい「王」という要素が強調され、「民の叫び、この耳しかと聞きつけた!」と勇ましい台詞と共にキャストを助けてくれる。
…のだがほぼ上位互換がいる事から採用率は低い。
他にもサポートカードに娘のマリーゴールドを思わせる黄金になりかけたドレスも登場している。

  • Idle Cave Miner
放置採掘ゲーの本作には鉱夫「Midas」として登場。
ミダスタッチで掘った鉱石や宝石を片っ端から金鉱石に変えてしまう。一人で食事を楽しめないのが悩みらしい。とっとと行水しにいけ
他の特殊能力を持つ鉱夫は採掘したアイテムを増やしたり、特定のアイテムを確率で追加ゲットできるのだが、彼の場合メリットにもデメリットにもなりうる。*5
ただ金自体は序盤から手に入る何の変哲もない素材でありながら、各種宝石精製や時短アイテムの作成の為に大量に必要。
またキャラの加入・強化・スキンの購入に使うアイテムも全て金だが、他のキャラはそれらに手間のかかるアイテムを要求してくる。
ということで意外や意外(?)、触るだけで金を入手出来てかつフル強化が楽なMidasは本作では便利な強キャラだったりするのだ。

【余談】

ギリシャ神話には「触ったものをオリーブ油、穀物、ワイン」に変えてしまう「オイノトロポイ」という女性たちも登場している。
こちらはミダスと違い「食料品」に変える為か飢え死にはしなかったが、トロイア戦争の際にギリシア軍の食糧補給のために拉致されてしまう。
後にディオニューソスによって鳩に姿を変える事で逃げることができた。
だが別の話では触ったものではなく「オリーブ・麦・葡萄を大地より芽生えさせる力」を持っているともされる。



≪余談、触ったものを黄金に変える能力の登場作品≫

触った物を金にするという能力はインパクト抜群だがミダス王自体が善人よりの為か本人は登場せずとも能力だけが使われる事もある。
以下はその一例である。


追記修正は、家族を黄金像に変えた方がお願いします。

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最終更新:2025年05月01日 23:31

*1 実際にここの砂金のお陰でサルディスという地域にて貨幣が発明され、交易を発達させることができたという伝承もある。なおその川は何処にあったかは不明とされている。

*2 話によっては地面に掘った穴に向かって秘密を話したところ、そこから生えた植物が喋り始めた、或いは植物で笛を作ったら「王様の耳はロバの耳」と鳴るようになったとも。

*3 単にその辺の情婦を黄金にしてしまったり、スキンシップの為に頭を撫でたりハグしたりするパターンもある。

*4 童話の登場人物の魂を封じ込めたカードで、常にプレイヤーにバフを与えてくれるだけでなく一定条件で強力な巨人を召喚してくれる。ただし1枚しか装備できない。

*5 「Jord」という鉱夫もランダムで採掘能力が変化するという特殊能力持ちだが、流石に掘ったアイテム自体を別の物に変えてしまうという能力ではない

*6 任意でなければ、マカール王しかいない時に自身を金に変えてしまう憐れな光景が見られただろう。間抜けな光景かもしれないが……。