"I WILL CAST ABOMINABLE FILTH AT YOU,
MAKE YOU VILE,
AND MAKE YOU SPECTACLE."
'NAHUM 3-6
“私はあなたに汚物をかけ、
あなたを辱め、
あなたを見世物にする。”
旧約聖書 ナホム書3-6章
登場動物
演:テリー・ノタリー(モーションキャプチャー)
1996年に放映のシットコムドラマ『ゴーディ 家に帰る』の主人公を演じたチンパンジーの一頭。
チンパンジーは本来同種との群れで生活して人格を形成していくのだが、人間の都合によってドラマ出演を強いられ、人間のまねごとをさせられ不自然な暮らしを強いられたことによって彼のストレスは溜まっていった。
そして1998年、ある撮影の日に小道具の風船が割れたショックで暴走し、人間達に殴り掛かってしまう。
ゴーディは共演していた役者を次々と殺害したが、駆け付けた警官により射殺される刹那
ジュープだけは襲わずに、彼と「グータッチ」をしようとした。
……ゴーディ暴走の一連は生存者であるジュープの主観で描写されるが、実際のところ
彼は荒れたスタジオに偶然生成されたかかとを上に向け直立する靴を無意識ながら注視していたためゴーディの目を「見て」おらず、ゴーディもちょうど目線の高さにかかるテーブルクロスのせいでジュープの目がしっかり「見えて」いなかったためにジュープは襲われなかった。
とどのつまり、もしも彼らの目が合っていたらジュープは襲われていた可能性が非常に高い。
さらに、ゴーディは撃ち殺される寸前に落ち着きを取り戻し「いつものように」ジュープとグータッチをしようとした。それどころかしっかりと目も合わせていたため……ジュープはこの壮絶な「最悪の奇跡」を心の中で消化するために
「自分は凶暴な動物と心を通わせられる」という想いを抱いてしまう。
演じたテリーは『猿の惑星』新シリーズでも猿のモーションキャプチャーを務めた。
OJが牧場の中で一番大切にしている馬。
撮影に使うためハリウッドに連れてこられたが、機材のミラーに映る自分の姿に興奮して女優を蹴飛ばしかけてしまい、それによってOJは職を失う。
その後ラッキーはジュープに売られかけるが、物語後半の円盤撮影作戦でOJの相棒として活躍する。
未確認飛行物体JEAN JACKET【Gジャン】
学名:Occulonimbus edoequus
ヘイウッド牧場の上空に出現した「円盤の形をした怪生物」。
「Gジャン」という名称はOJが兄妹の思い出の馬から名付けた。
カウボーイハットのような外観の真ん中に円形の穴の空いた形をしているが実は穴に見えるものは口であり、そこから地上の「獲物」を吸い込み捕食する。
穴の大きさは直径75mもあり、その全身は直径数百mにもなる地上にも存在しないサイズの巨大生物である。
吸引の際周囲の砂がまるで竜巻のように巻き上がっていることから吸引力の強さがうかがえ、人間は複数人はもちろん数百kgある成馬も平気で吸い上げるため、人間の力で何かにしがみついているくらいでは到底抵抗できない。
範囲も75mということで相応に広大で、自分が捕食対象でなくてもその近くに捕食対象がいるなら巻き添えで吸い込まれかねない。
とはいえ頑丈な建造物を破壊できるほどの力はさすがに無いようで、きちんとした建造物のある街中なら逃げ隠れできる可能性は高いが、
映画の舞台となった見渡す限り遮蔽物のない荒野等で遭遇した場合脅威度は桁違いに上がる。
普段は雲に擬態し上空にとどまり、食事、つまり狩りの際はほぼ無音で下降移動しながら音を頼りに獲物を探し、地上にいる生物(の形をしたもの)の「視線」を認識して襲い掛かる。
さらに、獲物を逃さないためでもあるのかそういう生態なのか周辺の電磁波を妨害して電気が止まるため、その撮影はとても困難となっている。
雲に擬態している際は、他の雲が風に流されている中で全く動かず静止している雲と言う不自然極まりない雲なので、見た目は雲だがその行動様式を理解して見比べてみれば一目瞭然。
電波妨害の届かない距離に定点カメラなどを設置して長時間撮影をするとより分かりやすく、主人公たちもこの方法でその存在を気付くことができた。
獲物の上に舞い降りたら力強い吸引力で吸い上げ、いわゆる「咀嚼」をせずに丸呑みして体内で押しつぶし体液を啜る。そのことからわかるように口は開きっぱなしの体構造であるため先に飲まれた犠牲者が消化される悲鳴丸聞こえで舞い降りることが多く、何も知らない者が「何の音だ?」と思って視線を上げようものなら即捕食対象としてロックオンというハメ技を仕掛けてくる。
もしかしたらこの捕食した存在の音を聞かせる体の構造自体が、他の獲物をおびき出す疑似餌の役割のためのものと言う可能性もある。
ただし旗や風船といった無機物は消化出来ないため、しばらくすると吐き出していく。OJの父、オーティスの死亡時に降り注いだ金属片やコインは犠牲者の「食べ滓」を超高空から吐き出したものであり、カウボーイハットの穴は口であると同時に排泄器官でもある。クラゲかな?
出自や起源に関しては一切不明だが、ひとつ確かなこととして「自分を『見る』者に対して危害を加える」という習性はチンパンジーを始めとする既存の野生動物と同様であり、彼もまた立派な生き物である。
半年前、Gジャンはジュープの目の前に突然出現して調教していた馬を捕食。前述のゴーディ事件を経験したジュープはこれを見てGジャンを飼いならして見世物とすることで再びスターになろうと東宝特撮の悪役辺りが考えそうな金儲けを思いつく。
ジュープはどうにか「調教」しようとヘイウッド牧場から買い付けた馬を次々と与えるが当のGジャンはそんな思惑などつゆ知らず、与えられるがままに馬を食らっていた。そのうち周囲を自分の縄張りと認識しOJの牧場まで足を伸ばし、UFOを撮影しようと監視カメラを設置したヘイウッド兄妹に電磁波攻撃を加えながら悠々と馬を捕食する。
しかしエムがジュープのテーマパークから盗んだ馬の像と「視線」が合ったためそれを吸い込み、運悪くその瞬間をOJに見られたため存在を勘づかれてしまう。
……そしてジュープはテーマパークのイベント「星との遭遇体験」を開催し、記念すべき1回目に際し初恋の人を含む観客を大々的に招待。OJから買い取ったラッキーを餌にしてGジャンの姿を披露しようとしたが………
Gジャンは大勢の餌から「見られた」事により馬には目もくれず、
イベントに来ていた人間を全員捕食。
一通り餌を食いつくしたGジャンは同じ縄張りの中にある餌場ことヘイウッド牧場に体内でもがき苦しむ人間の悲鳴を撒き散らしながら向かっていく。エムとエンジェルが立てこもる家の真上に陣取り、馬の像を食わされた報復とばかりに消化できなかった無機物を落下させたり捕食した獲物で血の雨を降らせるうんこ攻撃を仕掛けるも、OJの手引で逃げられてしまう。
「視線を向けると襲われる」「無機物は消化できず吐き出す」ことに気付いたヘイウッド兄妹とエンジェル、そして「失踪事件は動物の仕業である」ことに興味を示したホルストによって本人はただ飯が食いたいだけなのに最後の対決に引きずり出される。
彼らの作戦はよりによって電動バイクでスクープを撮りに来た記者が乱入して無事捕食されるハプニングもありつつ成功はしたが……
実は重度の捕食フェチだったホルストが暴走。
雲に遮られていた太陽が見えたことで照明があるから最高の場面が撮れると言い出し、IMAXカメラを抱えながら自らをGジャンに食わせながらの撮影を行った。
無論、ここでおとなしく引き下がるGジャンではない。
ホルストの近くにいたエンジェルも食おうとするが、彼は転がっていた有刺鉄線やブルーシートを自分に巻きつけることによって無機物と誤認させて吐き出させ脱出に成功してしまう。
そして、散々腹の足しにならない無機物を食わされた事に遂にキレたGジャンは視線を認識したエムへと向かい……
JEAN JACKET【Gジャン】第二形態
Gジャンが円盤の形から本来の姿に戻った状態。
見るからに金属質の空飛ぶ円盤のようだった姿から一転し、絹のような質感の体表とイカやクラゲなどの海洋生物じみた様相を持つ異形へと変形した。
周囲に繊毛のような触手を付けた正方形の目を持ち、それで視線を認識している。
バカ記者が乗ってきた電動バイクでなんとか逃げようとするエムを捕食しようと電磁波を流しながらにじり寄るも、妹を救うべく駆け付けたOJに視線誘導させられてしまい、無電地帯の外に出たエムはそのまま逃亡。
その後Gジャンはエムを追ってテーマパークに向かっていくが、彼女が放ったジュープの巨大バルーンに「見られた」ことで反射的に捕食してしまい、吐き出すこともできずにバルーンの破裂に巻き込まれて爆散。
テーマパークにある記念撮影装置でバッチリ全体像も撮影されてしまうのだった。
人間に振り回された凶暴な野生動物は、奇しくも哀れなチンパンジーと同じく風船に脅かされてあっけなく最期を迎えた。
解説
ジャンル映画として
今作の宣伝やジャケットを見たならば、多くの人が『未知との遭遇』のようなSF映画、あるいは『
エイリアン』『サイン」』ようなSFホラーかと思うかもしれない。
しかし、後半に円盤の正体が判明してからはジャンルが一転する。
今作は「円盤に擬態したモンスター」をテーマにしたモンスターパニック映画なのである。
クリーチャーである「Gジャン」は、日本の特撮ファンなら
円盤生物を連想するだろうし、「特に超人的力を持っていない一般人が怪獣に立ち向かう」作風は『
ウルトラQ』を彷彿とさせる。
また、同じような作風として「ハリウッド版『
戦慄怪奇ファイル コワすぎ!』」という声もある。
そして、ジョーダン・ピール監督は「Gジャンのコンセプトは日本のTVアニメ『
新世紀エヴァンゲリオン』の「
使徒」から影響を受けた」と明言している。
確かに、「幾何学的な変形」は
こいつ、「布のような肉体」は
こいつを連想することも多い。
さらに、同じユニバーサル映画製作作品として元祖モンスターホラーである『
トレマーズ』、ひいては永遠の名作である『
ジョーズ』の影響も大いに受けている。
「陸の『ジョーズ』」の『トレマーズ』に対する「空の『ジョーズ』」の『NOPE/ノープ』ともっぱらの評判である。
スペクタクル(見世物)映画として
ジョーダン・ピール監督は製作にあたり影響を受けた映画として上記の『未知との遭遇』『エイリアン』『サイン』の他に
『
キングコング』『
ジュラシックパーク』そして
『オズの魔法使い』を挙げている。
今作では繰り返し「見る」「見られる」という行為が象徴的に描かれている。
現代においてはSNSの隆盛により注目を浴びる、すなわち「見られる」ことに悦びを覚える人々がいる一方で、「見られる」という行為にはかつてより被虐性を含んでいた。
それは好むと好まざるとに関わらず演じることを強いられた俳優や、コメディリリーフとしてもの笑いのタネとされたマイノリティの人々……そして動物たちである。
『動く馬』においては世界初の俳優であるにも関わらずその名さえ知られない無名の黒人騎手。
『オズの魔法使い』においては薄給で雇われた小人症の演者や役柄のために異常なダイエットを強いられた女優。
なにより15歳の若さながら周囲の大人からぞんざいに扱われ、搾取され、恥辱を受け、果てには過酷な撮影から薬物の過剰摂取に頼り、後に47歳の若さで死に至ったドロシー役のジュディ・ガーランドが物語っている。
今作において、かかとが上を向き3回打ち鳴らせない靴が示すように、搾取され捨てられ壊れてしまったジュープが示すように、一度壊されたものはもう戻らない。
『オズの魔法使い』の事例はもはや過去のことと言えども、ハリウッドの映画の歴史は俳優の搾取とともにあったのだ。
その一方で、それは単純な搾取とも言い切れない。
人間には生理的な物質的欲求のほかに、他者から認められたい、自己を顕示したい、自己実現をしたい…といったような、精神的欲求を持っている。
かつて搾取が多く存在した俳優業は、昔も今もスターとして称えられている面を普遍的に持っている。
それは劇中においても、先祖がただ見世物として消費されたにも関わらずUFOを撮影し有名人になろうと画策したヘイウッド兄妹、
かつてステレオタイプなアジア系として消費され捨てられたにも関わらずまたスターとして帰り咲きたいジュープ……むろん、SNSに日々の徒然を書き綴る我々も同じである。
生理的な欲求が満たされ飽和され、今度は精神的な満足をみな得たがる人間社会においてはこの搾取的とも言える「見る」「見られる」という行為について、奇妙な相互関係が成り立っているのだ。
だが動物たちは違う。
自然界では繁殖におけるディスプレイなどの特殊な事例を除き、注目を浴びるということはすなわち死を意味する。
それを人間の尺で無造作に当てはめられ、その上彼らの土俵に上げられた動物たちはいったいどうなるのだろうか……
見世物として髑髏島から連れ出されたコング、見世物として古代から無理やり復活させられた恐竜、
そしてジュープ事件のモデルとなったチンパンジー「トラビス」の凄惨な事件が如実に物語っている。
その枠から外れようとした存在がGジャンであった。
Gジャンの姿を登場人物たちと同じように下から見上げた際の姿がどう見えるかと言うとこんな形→⦿に見える。
白い丸の中の黒い丸を見て連想される物の中に目があるだろう。
Gジャンこそ手の届かない距離からこちらを一方的に見る目であり、一方的に搾取=捕食する側の存在として描かれているのだ。
そんな人間社会の悪しき部分を暗喩している生物が、主人公たちの手によって白日の下に引きずり出され、
最後は本当の姿(いわゆる第二形態の姿)を映画と言う形を通して大勢の人たちに見られることになり、そして物理的にも破滅したのである。
ここからわかるように今作は悲観的な搾取のみを描いた映画ではない。
主人公たちの知恵と努力でGジャンを見返してその姿を撮影してみせたように、
ハリウッドの映画史も常に試行錯誤と発明、そして努力の結晶があった。
馬の動きを連続する写真に収めたことで映画という概念を生み出した『動く馬』
テクニカラーを用いた画期的な手法で撮影され美しい物語を紡ぎだした『オズの魔法使い』
今なお使われる多くの特殊効果を用いて芸術的な価値を残した『キングコング』
コンピュータグラフィックスで文字通り映画の歴史を変えた『ジュラシックパーク』
『NOPE』はハリウッドの負の面を描くと同時にこれらの偉大な映画が残したレガシーを紐解き、新たな黒人の映画史の一幕として再び描き直している。
作中でヘイウッド兄妹は、寄せ集めのチームを結成しUFO撮影作戦を開始する。彼らは創意工夫し、逆境に立ち向かい、一つの大きな目標に向かって邁進する。
それは、映画作りのプロセスそのものである。
そのプロセスの中において作中でレズビアンと示されたエムが、そして有色人種のヒーローたちがその属性に付随するキャラクター性を持つことなく真っ当に活躍し、
『NOPE』が搾取を扱った社会派映画ではなくUFOモノの大作スペクタクル映画として存在すること自体が
『動く馬』より続く黒人の映画史における輝かしい一幕であることは、もはや疑いようがない。
過去作との関係
監督の前作『Us/アス』で登場した架空のハンバーガーチェーン「コッパーポット・コーブ」が今作でも登場しており、当人も同一ユニバースのつもりで描いていると公言。
どうも作中のアメリカには円盤生物の他にも、老いた白人の脳みそを健康な黒人の肉体に移植して永劫の時を生きながらえようとするKKKもビックリの秘密組織や、政府の実験によって市民のDNAを使って勝手に作られたが失敗作として放置され、地下に潜みいつの日か地上征服を企むクローン軍団が同時に存在するらしい。
もう終わりだよあの国。