2022年第166回天皇賞・秋

登録日:2024/03/10 Sun 03:05:04
更新日:2025/04/23 Wed 14:30:41
所要時間:約 4 分で読めます



24年の時を超えて、大逃げでの天皇賞制覇という結末を分かち合おう!
~ラジオNIKKEI 大関隼アナウンサーによる実況~


2022年、府中・2000mで開催された第166回天皇賞・秋。
さまざまな思いが重なりあい、各頭が競いあった、2020年代屈指の名レースにまで至った決戦である

【馬柱】





馬名 性齢 騎手 人気
1 1 マリアエレーナ 牝4 松山弘平 6
2 2 カラテ 牡6 菅原明良 9
3 パンサラッサ 牡5 吉田豊 7
3 4 ポタジェ 牡5 吉田隼人 8
5 ダノンベルーガ 牡3 川田将雅 4
4 6 ジオグリフ 牡3 福永祐一 5
7 イクイノックス 牡3 C.ルメール 1
5 8 シャフリヤール 牡4 C.デムーロ 2
9 ジャックドール 牡4 藤岡佑介 3
6 10 ノースブリッジ 牡4 岩田康誠 11
11 レッドガラン 牡7 横山和生 14
7 12 バビット 牡5 横山典弘 12
13 アブレイズ 牡5 T.マーカンド 13
8 14 ユーバーレーベン 牝4 M.デムーロ 10
15 カデナ 牡8 三浦皇成 15


【前夜】

3歳の優駿たち

近年の長距離軽視の流れもあってか、2022年の天皇賞(秋)には3頭の3歳馬が参戦した。その筆頭格がイクイノックスである。2歳時代からその才能を認められながら、春二冠はいずれも2着と苦杯を舐めさせられており、また体質が弱いということもあったために、直行での秋天挑戦となったため、その点を不安要素として挙げる者も少なくなかったが、古馬相手でもその才能は通用すると見込まれ、2.6倍の1番人気に推されていた。
さらに、皐月賞でイクイノックスを破っており、中距離適性の高さをしっかりと示していたジオグリフ、春二冠はともに4着だったものの1着馬とはそれほど差はなく、またハーツクライの血からも府中への適性が示されていたダノンベルーガも5番人気、4番人気に推されており、3歳馬が総じて高い人気を集めるという構図になっていた。

迎え撃つ古馬勢

一方、若駒たちに立ち塞がる古馬の中で代表格だったのは2番人気のシャフリヤールである。2021年にエフフォーリアとの死闘の末にダービーを制した彼は、2022年も海外レースであるドバイシーマクラシックを制し、前走であるプリンスオブウェールズステークスでも4着と海外でもその力が通用することを示しており、まさしく「王の中の王」として秋の盾を狙うことになった。
もう1頭の注目馬はジャックドール。「逃げて溜めて逃げる」溜め逃げを操る彼は、その毛色もあってあの逃亡者の再来と目されており、実際にその歴史を追うように金鯱賞を逃げ切り勝ち。大阪杯こそ5着に破れた(尚、その大阪杯を制したのが本レースにも出走しているポタジェである。)ものの、札幌記念では同じ逃げ馬であるパンサラッサに勝ち、このレースでも3番人気に推されていた。

「誰がハナをきるか」

このレースの展望を予想する上で、重要となっていたのは「誰が先頭を走るか」と言う点だった。先ほどジャックドールが逃げ馬であるという話をしたが、このレースにはそのジャックドールと札幌記念で戦い、春にはドバイターフを制していたパンサラッサだけでなく、バビットノースブリッジなどといった逃げ馬が揃い踏みしており、これらの逃げ馬がどんどん馬群を引っ張っていくハイペースな展開になることも予想されていた。
ただ、府中の長い直線と坂は決して逃げ馬に易しくはない。その中で一体誰が先頭を取るのかが大きく注目されていたのである。
とはいえ各馬のレーススタイルを鑑みるとパンサラッサが先頭を取りに行く可能性は高かったが、出遅れ癖があるためどうなるかは展開次第。
しかし天皇賞秋に大逃げのレーススタイルの馬というこの状況。長年の競馬ファンや、直近のウマ娘ブームに触れた人々には、あるレースを想起した者は少なくなかっただろう。
本馬場入場ではパンサラッサは、本記事冒頭のようにその事について言及した紹介が為されていた


【レース】

前半-いつも通りの一番手-

レースが始まると早速パンサラッサとノースブリッジが先頭を争う構図になり、パンサラッサが先頭の位置を獲得。向こう正面に入る頃には予想通りパンサラッサ・バビット・ノースブリッジ・ジャックドールが先行する形となり、次第にゆっくりと先行勢と後方勢の距離が詰まっていく…

ただ1頭、パンサラッサを除いて。

他馬をどんどん突き離していくパンサラッサ。2馬身、4馬身、6馬身…ついにはレース中継からも見切れてしまい、東京競馬場は華麗な大逃げに歓声とどよめきが起こり始める。
リードが10馬身に至った頃、パンサラッサはレースの半分となる1000mに辿り着いていた。そしてターフビジョンに1000m通過時のタイムが写し出された瞬間、競馬場は驚愕と歓声に包まれた。


最初の1000m、57秒4!! 57秒4という超ハイペース!

パンサラッサの大逃げだぁっ!!!( )


なぜならそのタイムは57秒4。このタイムはただハイペースなだけではない。
逃げ馬の代名詞・サイレンススズカが大欅の影へと消えた1998年天皇賞・秋に叩き出した1000mタイムと全く同じだったのである。
後方を我関せずと突き放して第3、第4コーナーをただ1頭だけ駆け抜けるその姿は、本馬場入場のフラグを見事に回収したのである。

後半-大海の果てに人々が見るは逃亡者幻影か、闘士の残像か-


さぁパンサラッサ、もう既に欅の向こう側を通過して、これだけの逃げ!これだけの逃げ!!

"令和のツインターボ"が!逃げに逃げまくっている!!

“沈黙の日曜日”を思いだす者、あまりの大逃げに歓喜する者、さまざまな声が飛び交うなか、パンサラッサは単騎で欅の向こうを越え、第4コーナーを回って直線に入ってくる。

さぁ後ろは届くのか!?後ろは届くのか!!?このまま、逃げ切るのか?!"ロードカナロア産駒"パンサラッサ!

"世界のパンサラッサ"の逃げ!!残り400mを通過しています!!

自身の馬生を表現した熱い実況と共にパンサラッサは突き進む。直線に入った時点でのリードはなんと20馬身を越えており、さすがにパンサラッサも体力は尽きかけていたが、持ち前の根性と鞍上吉田豊の必死のムチに応えて1400m、1500m、1600mと、後続勢とのリードが詰まる中でも、パンサラッサは決して垂れず一番手を譲らない。逃げ切り成功かと思われた刹那…

届くのか、届くのか、逃げ切るのかパンサラッサ!外からイクイノックス、イクイノックス届くか!そして、ダノンベルーガ届くのか!イクイノックス、

届いた届いた!最後は、『天才の一撃』!!

パンサラッサを大外から強襲した青鹿毛の馬体。そう、イクイノックスである!
上がり3ハロン32秒7という極限の末脚*1を繰り出し、イクイノックスはゴールする約1秒前、完2歩ほどの地点でついにパンサラッサを捉えた。まさに大海を切り裂く宝刀のように…

パンサラッサはあれほどの大逃げを見せながら3ハロンを36秒8と粘り切っての2着。3着はイクイノックスと上がり3ハロンがコンマ一秒違ったダノンベルーガ、4着はジャックドール、5着はシャフリヤールという結果となった。

【レース結果】


1着 イクイノックス
2着 パンサラッサ
3着 ダノンベルーガ
4着 ジャックドール
5着 シャフリヤール
6着 カラテ
7着 マリアエレーナ
8着 ユーバーレーベン
9着 ジオグリフ
10着 アブレイズ
11着 ノースブリッジ
12着 カデナ
13着 ポタジェ
14着 レッドガラン
15着 バビット

勝ち時計 1:57.5
上がり4F 48.5
上がり3F 36.7

払い戻し

単勝 7 260円 1番人気
複勝 7 130円 1番人気
3 470円 7番人気
5 220円 4番人気
枠連 2-4 1680円 6番人気
馬連 3-7 3330円 12番人気
ワイド 3-7 1210円 12番人気
5-7 320円 3番人気
3-5 2260円 25番人気
馬単 7→3 4930円 18番人気
三連複 3-5-7 4400円 13番人気
三連単 7→3→5 23370円 68番人気

【レース後】

入着した馬

イクイノックスは前年のホープフルステークスから続いていた一番人気馬の中央平地GⅠの連敗記録を止め、父であるキタサンブラックに初GⅠ制覇をプレゼントした。
また、後にイクイノックスは国内外で様々な伝説を築く事になったため、このレースをイクイノックス覚醒の舞台として挙げる人も少なくない。

パンサラッサは惜しい2着だったが、その派手なレースぶりと過去の名馬との重なりもあって、勝者であるイクイノックスと並び讃えられた。そしてパンサラッサもまた、翌年にサウジアラビアの地で、日本競馬の蹄跡に名を残す偉業を果たすことになった。

3着のダノンベルーガはこれでGⅠを4・4・3とすっかり善戦マンイメージが定着してしまった。その後もドバイターフで2年連続複勝圏内など勝ちきれないレースが続いているが、間違いなくGⅠ級の能力はあるだけに、これからの活躍に期待したいところである。

4着のジャックドールは「溜めすぎた」事が敗因のひとつだったのではと考えられている。だが彼もただでは倒れず、後に名手・武豊を鞍上に、大阪杯を制覇する。

5着のシャフリヤールは今一つ伸びが足らなかったか。ただ、そんな中でも掲示板に入るのはさすが「王の中の王」である。これ以降は残念ながら勝利はなかったが、GⅠでは全て掲示板に入り、BCターフ2年連続3着、6歳になってからもドバイシーマクラシックやラストランの有馬記念で2着に入るなど、21世代のクラシックホースでの最後の生き残りとして果敢に挑み続け、意地を見せた。


【余談】

各所での反響

このレースは大きな反響を呼び、カンテレ競馬公式チャンネルの動画は285万再生、JRA公式チャンネルの動画は122万再生を越えている(2024年4月現在)。
特に大欅の先を乗り越え、あの日の続きへと至ったこの結末には本レースを見守る多くの者が胸を撫で下ろすと共に、喝采を送ることとなった。ファンにとって、あの日曜日の沈黙はこの日ようやく破られたのかもしれない。

他にも、ウマ娘 プリティーダービーにおいてもパンサラッサと思われる存在がツインターボの育成ストーリーにて仄めかされるなど、各方面に影響を与えている。なおこのレースから実装まで4ヶ月足らずだった為サイゲには予言者がいてこのために2年目まで実装を遅らせていたと言われることに

また海外では、競馬メディアのWorld Horse Racingが本レースの直線をマリオカート風にパロディし、スターを取ったイクイノックスが一気に他馬をごぼう抜きする映像をSNSにアップロードしている。

ただ、イクイノックスの鞍上だったルメールはレース後あまりにもパンサラッサの話題で持ち切りだったため、そのことをパンサラッサの鞍上の吉田豊に「僕が勝ったのに、なんでみんなパンサラッサ、パンサラッサ言うんだ」とボヤいていたとのこと。

実はあわや

本レースは全馬無事で終わったものの、2コーナーでノースブリッジが制御を失いマリアエレーナを押し出すことになった結果内ラチに2頭とも激突しかけるというトラブルが起きていた。そのためノースブリッジ鞍上の岩田康誠は翌々週の2日間騎乗停止の処分を受けている。

生き字引

このレースの12着を最後に現役を引退・種牡馬入りしたカデナはかつて2017年にイクイノックスの父であるキタサンブラックが天皇賞・秋を制した所を見ており、親子制覇を見る形となった。カデナが現役であった2016年~2022年はウマ娘という競馬ファン以外にも広まった新たな競馬コンテンツの登場・アーモンドアイやクロノジェネシス、ラッキーライラック、グランアレグリアといった女傑達の華麗なる覇道・コントレイルとデアリングタクトという、無敗三冠馬無敗三冠牝馬の誕生・白馬のアイドルソダシ…そして今回の天皇賞・秋と、競馬界が目まぐるしく変わるその渦中であり、そのなかでしたたかに現役を続けたカデナは生き証人と呼ばれることもある。
また、パンサラッサの鞍上である吉田豊24年前のあの時、2番手で追走していたサイレントハンターに騎乗していた。あの悲劇を2番目に近くで見ていた*2であろう騎手が時を経て大逃げ馬に同じレースで挑み、同じ様な展開になるのはなんの因果であろうか。

有識者視点では

多くの喝采を浴びた一方で、本レースの結果は本来パンサラッサを自由にさせるべきでない立場であった先行勢が、(要因は色々考えられるとはいえ)*3パンサラッサを自由にさせすぎたミスであるという厳しい指摘もある。
実際、パンサラッサ以外のラップは天皇賞・秋のペースとしては取り立てて優秀とも言い難く、面白さはさておきレースレベルはどうなのかと疑う有識者がいないわけではない(一応、勝ちタイムは例年と比べても決して見劣りはしない。)。ただ、だとしても勇気あるパンサラッサの大逃亡劇とこれを最後方から貫いたイクイノックスの脚力は誰も否定できるものでは無い。また、このペースで逃げる馬を自由にさせなかった場合果たしてどうなるのかを、翌年、他ならぬイクイノックスが恐らく誰も想像だにしなかった結果をもって証明するのだがそれはまた別のお話。

ただし、パンサラッサを追走する馬がおらず後続を大きく突き放した逃げになったことについては、実はパンサラッサ陣営の作戦通りの展開だった。
というのも彼を管理する矢作芳人調教師は『逃げ馬に不利な東京2000mでは他の馬は追いかけてこない』『前半1000mを57秒、後半を1分切れば勝てる』と事前に予測しており、まさにその予測通りに近い完璧なレース展開を作り上げていたことになる。つまり、前述したように逃げ先行勢がパンサラッサを警戒して競りかけず、彼が楽にハナを切れるであろうことは織り込み済みだったのである。パンサラッサの好走は展開に恵まれた故の結果であることは確かだが、その展開を作り出したのは他ならぬパンサラッサ自身であり、それを運が良かっただけで片付けるのは適切な評価ではないだろう。
後半のタイムをわずかにオーバーしたことと、20馬身以上の差を詰めてきたイクイノックスの豪脚の2点のみが想定外であったと言える。もしパンサラッサが予定通りのタイムで走っていた場合はパンサラッサが勝っていたという、その「わずか」が勝敗を決したのも興味深い。ゆえに、ほぼ完璧なレースをしながら惜敗というこの結果に、矢作師は相当悔しかったらしく、負けた瞬間に思いっきり椅子を蹴っ飛ばしたという(しかもそれをファンに見られたらしい)

レース後、netkeiba公式はパンサラッサがまさかの逃げ切り勝ちを果たした場合のコメントとして「24年越し大逃げ成就」という文言を準備していたことをTwitter(現X)にて明かしていた

もし、「最近競馬を知ったけどレースを見たことがない」という人や、「しばらく競馬を見ていなかったがまた見たいな」という人には、この天皇賞・秋を見ることをお勧めしたい。
まず普通に見ても楽しいし、背景を知ると、より楽しくなるからだ…

実況担当者


追記・修正は24年の時を越えてからお願いします。


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  • 勝者は1頭、主役は2頭
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最終更新:2025年04月23日 14:30

*1 2010年にエイシンフラッシュダービーで発揮した上がり3ハロンと同タイム。

*2 1番近くで見ていたのは他ならぬサイレンススズカ鞍上の武豊

*3 主な逃げ・先行馬のうちバビットは屈腱炎明け2走目で強引なレースが出来ない、マリアエレーナは前述通り2コーナーでのトラブル、ジャックドールはデキが悪かった等