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井上一樹

登録日:2026/05/22 Fri 03:00:00
更新日:2026/07/19 Sun 15:06:08
所要時間:約 5 分で読めます





俺の好きな選手になれ!



井上一樹(いのうえかずき)とはは日本の元プロ野球選手及びプロ野球監督。


プロフィール


生年月日:1971年7月25日
出身地:鹿児島県霧島市
身長:184cm
体重:93kg
投打:左投左打
ポジション:投手→外野手(主に右翼手左翼手
プロ入り:1989年ドラフト2位
血液型:A型
背番号:3899(選手時代)8999(首脳陣時代)
出身校:鹿児島商業高校
選手歴:中日ドラゴンズ(1990~2009)
監督歴:中日ドラゴンズ(2025~)
主な獲得タイトル:日本シリーズ敢闘賞(2004)
通算成績(野手):現役20年:1215試合出場、863安打、打率275、79本塁打、349打点、13盗塁(野手)
通算成績(投手):9登板、0勝1敗、防御率6,75(投手)
愛称:『ピンキー


概要


日本のプロ野球球団、中日ドラゴンズ一筋で活躍した外野手。現役時代は勝負強いバッティングと強肩が売りだった。2025年から中日ドラゴンズ一軍監督を務めている。

来歴


・現役時代


1971年7月25日生まれで鹿児島県霧島市出身。鹿児島商業高校時代は高2の時に投手兼外野手で甲子園に出場している。1989年オフのドラフト会議で2位指名され投手として入団。大型サウスポーで将来のエース候補と期待されていた。

だが制球難を克服できず1軍通算9登板に終わるなど投手としては芽が出なかったため、1993年シーズン途中に打撃センスを買われ外野手に転向。

1998年から一軍に定着。翌1999年には背番号が「99」であった事から、監督の星野仙一に「今年はお前の年やぞ!」とハッパを掛けられたのもあって奮起。開幕から21試合連続安打を記録し、130試合、打率296,10HR,65打点,OPS781とキャリアハイの成績を残し、右翼手のレギュラー&『恐怖の七番打者』として同年の中日リーグ優勝に大きく貢献した。ちなみにこの年が最初で最後の規定打席到達であった。

2000年は打率281,11HRとまずまずの成績を残したが、2001年~2003年までは低迷。

翌2004年に落合博満が監督に就任すると復活し、当時の中日外野陣は右翼手に福留孝介、中堅手にアレックス・オチョアと不動のレギュラーが2人いたため左翼手に転向。主に勝負強い代打の切り札、スーパーサブとして活躍した。

2006年には阪神との優勝争いの佳境となる一戦で、当時無敵だった藤川球児から9回2死2ストライクと追い込まれた中、値千金の代打同点ホームランを放っている。

以降2008年までは代打として結果を残していたが、2009年は打率065と大不振に陥りこの年限りで引退した。

・引退後・指導者時代


2010年~2013年まで中日で一軍打撃コーチや二軍監督を務め、2014年~2019年までは野球解説者&評論家として活動した後、2020年から2022年までは当時監督であった矢野燿大に誘われ、阪神で一軍ヘッドコーチや一軍打撃コーチを務めた。

2024年からは中日に復帰し二軍監督に就任。このシーズンオフに前任の立浪和義が3年連続最下位と結果を残せず辞任したことから、立浪の後を引き継ぎ一軍監督に就任。

2025年の監督就任一年目は4位とCSには出れなかったが、最下位脱出には成功したことから翌2026年は周囲の期待も高く中日を上位予想する球界関係者も少なくなかった。

が蓋を開けてみれば、2026年シーズンは主力の怪我や不振もあり、交流戦終了時点で22勝41敗1分で借金19で最下位、CS出場可能な3位までも12ゲーム差で2026年のCS出場は現時点で絶望的と言える状況で、非常に苦しいシーズンを送っている。


プレースタイル


強肩強打の外野手。現役時代の監督で球史に残る大打者である落合博満も『パンチ力は球団でもトップクラス』と井上のバッティングには一目置いており*1、代打でも安定して結果を残せる勝負強さを兼ね備えていた。

元投手ということもあり、かなり強肩で右翼守備は堅実だった。走塁・盗塁面は三塁打が多いなど走塁は上手かったが、盗塁は通算13盗塁に終わり成功率も5割強と不得手としていたのが特徴で、単純な走力自体は可もなく不可もなくという感じであった。


監督としての特徴


上記の通り、選手としてはかなり活躍した井上であるが、監督としての評判は現時点では芳しいとは言い難く、不可解な点も多く不満を漏らす中日ファンも少なくない。

その主な一例をあげると
  • 2025年のシーズン中盤、当時は中継ぎ陣が充実していたというチーム事情があったとはいえ、実績も経験も豊富なベテラン中継ぎである岩嵜翔を、「このままうちのチームにいても、あいつの野球人生の為にならないから」という理由でオリックス金銭トレードで放出してしまう。後に岩嵜はオリックスで抑えとして大活躍したのとは対照的に、翌年の中日の中継ぎ陣は壊滅状態に陥ってしまうという皮肉な事態に。

  • 打力に難がある上に、守備・走塁面でのケアレスミスが目立つ尾田剛樹に二軍に落とさず、俊足ではあるが盗塁技術が特段高いわけでもない尾田にグリーンライト*2を与えるなど重用している。

  • 対右投手の打率が著しく低い(打率1割台)オルランド・カリステ(対左投手打率は3割後半と得意)を相手投手が右投手にも関わらず代打で起用する。

  • 投手交代も後手に回ることが多く、チグハグな継投が目立ち試合終盤で逆転を許す。

  • 不振の外人野手(カリステ&ボスラー)等を重用し、好調な日本人選手を使わない…。等。

特に2026年シーズンはリリーフ陣が逆転を許し、絶対に勝たなければならない試合を落とすケースが非常に目立ち投手起用に関してボロが出ることが多いのは否めなく、OBやファンからも批判を浴びることが少なくない。

エピソード・余談


  • 愛称はピンキー*3。現役時代は見かけによらず可愛いピンクのリストバンドを愛用していたことと本人の名前(ピン=一、キー=樹)から。本人もこのピンクのリストバンドはかなり気に行っていた模様。

  • 書道三段で実はかなりの達筆。現役時代は当時の主力選手を自身が書いた字でを漢字一文字で表す宣伝ポスターを作製し、これがファンから好評だったから、ナゴヤドームの主催試合ではこのポスターを基にしたポストカードをファンサービスの一環として入場者に無料配布された。



追記、修正はピンクのリストバンドを装着してからお願いします。


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最終更新:2026年07月19日 15:06

*1 シーズン最多本塁打は11本であったが、練習ではいつも豪快なサク越えを連発しており、それを見た外国人選手が「アイツが去年のホームラン王か、一体何本打ったんだ?」と通訳に尋ねるのが慣例となっていたとか。

*2 走者自身の判断で自由に盗塁してもよい権限

*3 現役時代の2chでは「帳尻戦隊ウテンジャー」というスレがあり、その中で井上はこれにちなんで『ピンクゴリラ』と呼ばれていた。ちなみに残りのメンバーは『レッドチョージリ』立浪和義、『ブルーポップ』関川浩一、『イエローゲッツー』山﨑武司、『ブラックチキン』中村武志。