アットウィキロゴ

ジャパンカップ(競馬)

登録日:2026/08/14 (金曜日) 02:44:00
更新日:2026/08/17 Mon 10:31:37
所要時間:約 ? 分で読めます




東京競馬場 芝2400m

世界への、道しるべを。

2020年ジャパンカップ開催告知のポスターより


ジャパンカップとは、日本中央競馬会が主催するG1レース名。
ジャパンカップという名称は競馬に限らず多数の競技大会名で使用されるが、本項目では上記のレースのみを取り扱う。

概要

東京競馬場で1981年以降、毎年開催されている芝2400mの馬齢3歳以上限定のレース。
2002年のみ観覧スタンドの改装によって中山競馬場の2200mで代替開催された。
11月の第4~5週に開催される。

国際セリ名簿基準委員会によって初めて国際G1認定されたレース*1で、更に後述の設立理念によって2026年現在では国内唯一の国際招待競走となっている。
2014年にはスイス発祥の時計メーカー・ロンジンとパートナーシップを締結しており、競馬場に設置された公式計時もメーカー名が併記されたタイマーとなっている。また正式名称も「ロンジン賞ジャパンカップ」となっているけどあんまり広まっていない

後述する様々な理由から、比較的歴史の浅いレースでありながら「八大競走」と同格の扱いであり、厩舎関係者表彰において勝利しなくては資格取得できないレースの1つと指定されている。

国際招待競走としての役割もあって、創立時から常に日本競馬において最も賞金の高いレースとなっている。
ただしダントツというわけではなく、有馬記念とは同額の時期が長く、2026年時点でも同額である。
条件もダービー・オークスと全く同じで王道のクラシックディスタンスであるため、ほぼ間違いなく有力馬が集うビッグレースとなる。

国内では歴史があり1年の総決算も兼ねる有馬記念が最大のビッグレースとして扱われることが多いが、国際的にはジャパンカップの方が評価が高い。
国際競馬統括機関連盟が公表する「世界のトップ100G1レース」では、2018年度格付けで世界7位、2020年は世界3位、2023年は世界1位、2025年も世界1位と近年で高い評価を受けており、2019年のような海外馬0頭の時代を除けば有馬記念より高評価を受けているのが常となっている。

とはいえ秋競馬は他にもビッグレースが多い都合上、全ての有力陣営がターゲットにするというレースではない。
国内では、距離適性の近い10月下旬開催の天皇賞・秋、もしくは3歳なら菊花賞からの連戦が想定されるが、約1ヶ月後には有馬記念も控えているため、負担を考慮してジャパンカップは回避しレース間隔に余裕のある有馬記念に集中するというローテーションも多い。
前週開催なことが多いマイルチャンピオンシップ・2014年から翌週開催となったチャンピオンズカップとは前時代のトチ狂ったローテでなければ基本択一で、2400mが厳しい場合はマイルCS・ダート路線ならチャンピオンズカップになるし、牝馬であれば距離の近いエリザベス女王杯も浮上するので、ジャパンカップに挑むのは牡牝混合で勝ち目がある一握りの実力馬や、その他諸々の都合を考慮しての選択となる。
海外も含めると11月初頭のブリーダーズカップや12月上旬の香港国際競走と競合、また10月初頭の凱旋門賞もレースの負担から連戦は難しいため(連闘経験馬自体は複数存在する)、海外勢にとっては多くの選択肢の中の一つに過ぎないし、日本馬が諸々の条件を踏まえてそちらに向かうこともある。


歴史

設立は1970年代後半から盛んに提唱されてきた「世界に通用する強い馬づくり」を目標としてレース開設が進められてきた。その協議が進められていき、国際招待競走として1981年にジャパンカップが創設している*2
当初は日本という極東で開催する立地面での問題があったものの、遠征費用は日本中央競馬会持ちで賞金6,500万円は当時の賞金としては高額で、更に同時期に並行開催されるG1レースが悉く無かったという時期的都合も相まってその第一回目は当時世界最強と言われたジョンヘンリー*3やジェニュインリスク*4やプレザントコロニー*5が予備登録を行うくらいには注目されていたが、結局来日したのはザベリワンやメアジードーツといったアメリカ勢を筆頭に、カナダやインドから二頭ずつという顔ぶれだった。
対する日本勢は前年年度代表馬のホウヨウボーイ、ダービー馬に勝利経験のあるタクラマカンを筆頭に多数の馬が参戦した。
当日のオッズは海外馬でG1レースを唯一勝利していたザベリワンが1番人気で、日本馬はホウヨウボーイが3番人気とファンも割と冷静な判断で海外馬が優位なレースという見立てだった。
そしてそのレースで勝利したのは5番人気のメアジードーツだった。この馬はザベリワンと比べると成績に見劣りしG2レース級だと言われ、当日も脱水症状を起こし不調気味だったのだが、いざレースが始まれば好位追走し直線で差し切り勝利をしている。しかも2着はカナダ勢のフロストキング、3着にザベリワン、4位にアメリカ勢のペティテートと上位入着が悉く海外勢に独占され、ようやく5着にゴールドスペンサーがいる様相だった。
更に勝ち時計2:25.3秒は当時の日本レコードを0.5秒上回る速さであり、騎手のキャッシュ・アスムッセンは既に実績のある騎手ではあったが19歳の若さであった事などからも、日本のプライドはこれ以上に無いほどへし折られてしまった。もっともこれは短距離の逃げ馬であるサクラシンゲキがレースを引っ張りカナダのブライドルパースがそれを突っつくハイペースなレース展開になったというのもあるだろう。*6
この結果から非常に良い金稼ぎのできる遠征先として都合の良いレースとして認識されたジャパンカップは、1990年代までにBCカップ勝利馬を始めとする優秀な馬が揃いはじめ、2回目以降はヨーロッパやオセアニア方面にも招待を伸ばした事で凱旋門賞やメルボルンを勝利した馬まで来日するという「競馬のオリンピック」と評されるようなレースになった。
またペイザバトラーやファルブラヴ、JCを引退レースに選んだピルサドスキーやアルカセット・1988年JC5着のトニービンのように「ジャパンカップ出走を手土産にして日本で繁殖入り」というケースもしばしば発生していた。

一方の日本は第一回目の敗戦を機に「日本馬は永遠に勝てないのではないか」と思わせるほどの衝撃を受けるが、第4回目ではカツラギエースが逃げ切り勝ちをし、続く第5回目はシンボリルドルフが勝利すると次第に国際競走への機運も高まっていった。

そして競走馬の生産者たちが外国産種牡馬の導入や調教技術の発達など必死の努力を重ねた結果、次第に馬券内への入着も目立つようになり、第12回目ではトウカイテイオーで久々の日本勢勝利を飾る。
そうして1998年のエルコンドルパサー、2001年のジャングルポケット勝利レースでは馬券内入着が日本勢で固まり、2006年のディープインパクト勝利以降は馬券内すら海外勢は入らなくなっていった。
これについては日本競馬の成長もあるが、この頃から日本の馬場管理が近代化するに伴い、スピードを活かす「高速馬場」傾向が強まったのもある。
取り入れられた血の大本であるアメリカはまだしも欧州勢にとっては非常に不利な条件。言うなれば凱旋門賞である。
この両方が重なったことで賞金は高いが、稼ぎ場にするには勝ち目が無さすぎるということでそもそも海外馬の足が遠のき始めて量も質も低下してしまい、逆に招待競走としての本分が危うくなってきてしまった。

2008年に参加奨励を目的にジャパン・オータムインターナショナルという施策を実行。対象の海外競走で好走した競走馬に優先出走権を与える他、エリザベス女王杯やチャンピオンズカップなど対象レースで掲示板内に入着すると追加報奨金を付与するなどの内容だったが、この施策の翌年に香港国際競走が開催された事で事実上の失敗に終わる*7
2019年には同年に死没したディープインパクトの追悼のため副称を「ディープインパクトメモリアル」として開催されたが、同年の出走馬には皮肉にも日本馬連覇の初代が冠するタイミングで初めて海外馬が一頭もいないという事態になった。
しかしレース体制や待遇の整備で次第に海外勢の参加は復活していき、2023年の世界最強馬による競走で「ロンジンワールドベストホースレース」の2023年受賞をきっかけに、翌2024年にはKGVI&QESを制覇したゴリアット、前年のドイチェスダービー制覇馬のファンタスティックムーン、日本競馬史に深い衝撃を遺したディープインパクトの産駒最終世代馬オーギュストロダンが参戦するなど、頭数はあまり増えていないもののビッグネームの挑戦が目立つようになった。
特にオーギュストロダンはラストランを予定していたのもあり、日本競馬では異例の海外馬の引退式を当日開催という待遇で迎え入れられた。

そして翌年2025年。
唯一の海外参戦となったフランスの世界最強馬カランダガン優勝&レコード更新した。
2005年のアルカセット以来20年ぶりの偉業に日本中が驚愕し、日本の天下も盤石ではないことを思い知らされることとなった。むしろ「これがあるべきジャパンカップの姿」と勝利を喜んだ日本競馬ファンも割といた。


出走権

サラ系3歳以上の競走馬。
日本馬はレーティングが、牡馬と騙馬110以上、牝馬は106以上の上位10頭に優先出走権。
その他は「通算収得賞金+過去一年間の収得賞金+過去二年間のG1レース収得賞金」の総計が多い順に出走可能。
海外馬は出走表明を行った馬の他に、

レース名 競馬場・距離 優先出走条件
G1レース キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス アスコット競馬場 芝約2406m 1・2着馬
G1レース 凱旋門賞 パリロンシャン競馬場 芝2400m 1・2着馬
G1レース アイリッシュチャンピオンステークス レパーズタウン競馬場 芝約2012m 1着馬
G1レース バーデン大賞 バーデンバーデン競馬場 芝2400m 1着馬
G1レース アーリントンミリオンステークス コロニアルダウンズ競馬場 芝約2000m 1着馬
G1レース BCターフ 持ち回り制 芝約2400m 1着馬

に優先出走権が与えられている。


歴代優勝馬

開催日 優勝馬 優勝騎手 管理調教師 馬主 備考
1回 1981年11月22日 メアジードーツ C.アスムッセン J.フルトン A.D.シェフラー
2回 1982年11月28日 ハーフアイスト D.マクベス S.ホッフ B.R.ファイアーストーン
3回 1983年11月27日 スタネーラ B.ラウス F.ダン F.ダン
4回 1984年11月25日 カツラギエース 西浦勝一 土門一美 野出一三 日本馬の初勝利
5回 1985年11月24日 シンボリルドルフ 岡部幸雄 野平祐二 シンボリ牧場
6回 1986年11月23日 ジュピターアイランド P.エデリー C.ブリテン タビストック侯爵
7回 1987年11月29日 ルグロリュー A.ルクー R.コレ S.ウォルフ
8回 1988年11月27日 ペイザバトラー C.マッキャロン R.フランケル エドムンド・ガン
9回 1989年11月26日 ホーリックス L.オサリバン D.オサリバン G.W.ド・グルシー この年より一着賞金が1億円を超える。ワールドレコード2分22秒2という事件。
10回 1990年11月25日 ベタールースンアップ M.クラーク D.ヘイズ G.ファラー 騙馬による初勝利
11回 1991年11月24日 ゴールデンフェザント G.スティーヴンス C.ウィッティンガム B.マクノール
12回 1992年11月29日 トウカイテイオー 岡部幸雄 松元省一 内村正則 7年ぶりの日本馬制覇かつ初の親子制覇
13回 1993年11月28日 レガシーワールド 河内洋 森秀行 ㈱ホースタジマ 中央競馬初の日本産騙馬によるG1勝利
14回 1994年11月27日 マーベラスクラウン 南井克巳 大沢真 笹原貞生
15回 1995年11月26日 ランド M.ロバーツ H.イエンチ イットリンゲン牧場
16回 1996年11月24日 シングスピール L.デットーリ M.スタウト H.H.シェイク・モハメド
17回 1997年11月23日 ピルサドスキー M.キネーン M.スタウト ウェインストック卿 パドックで5本足を出した逸話が有名
18回 1998年11月29日 エルコンドルパサー 蛯名正義 二ノ宮敬宇 渡邊隆 初めて上位3頭を日本馬が占める。
19回 1999年11月28日 スペシャルウィーク 武豊 白井寿昭 臼田浩義
20回 2000年11月26日 テイエムオペラオー 和田竜二 岩元市三 竹園正繼 同年に秋古馬三冠を制覇。
21回 2001年11月25日 ジャングルポケット O.ペリエ 渡辺栄 齊藤四方司 ダービー馬による同年制覇は2025年時点では唯一。
22回 2002年11月24日 ファルブラヴ L.デットーリ L.ダウリア スクデリーア・ランカティ
23回 2003年11月30日 タップダンスシチー 佐藤哲三 佐々木晶三 ㈱友駿ホースクラブ
24回 2004年11月28日 ゼンノロブロイ O.ペリエ 藤沢和雄 大迫忍 同年に秋古馬三冠を制覇。
25回 2005年11月27日 アルカセット L.デットーリ L.クマーニ M.チャールトン レコード(2:22.1)
26回 2006年11月26日 ディープインパクト 武豊 池江泰郎 金子真人ホールディングス㈱
27回 2007年11月25日 アドマイヤムーン 岩田康誠 松田博資 ダーレー・ジャパン・ファーム㈲
28回 2008年11月30日 スクリーンヒーロー M・デムーロ 鹿戸雄一 吉田照哉
29回 2009年11月29日 ウオッカ C.ルメール 角居勝彦 谷水雄三 日本勢では初の牝馬勝利
30回 2010年11月28日 ローズキングダム 武豊 橋口弘次郎 ㈲サンデーレーシング ブエナビスタが一着だったが、進路妨害が認められ降着処分を受けている。
31回 2011年11月27日 ブエナビスタ 岩田康誠 松田博資 ㈲サンデーレーシング 馬主のサンデーレーシングは連覇を達成。
32回 2012年11月25日 ジェンティルドンナ 岩田康誠 石坂正 ㈲サンデーレーシング 騎手の岩田康誠は2025年時点で唯一の連覇達成。馬主のサンデーレーシングは3連覇を達成。
33回 2013年11月24日 ジェンティルドンナ R.ムーア 石坂正 ㈲サンデーレーシング ジェンティルドンナは2025年時点で唯一の連覇達成。馬主のサンデーレーシングは4連覇を達成。
34回 2014年11月30日 エピファネイア C.スミヨン 角居勝彦 ㈲キャロットファーム
35回 2015年11月29日 ショウナンパンドラ 池添謙一 高野友和 国本哲秀
36回 2016年11月27日 キタサンブラック 武豊 清水久詞 ㈲大野商事
37回 2017年11月26日 シュヴァルグラン H.ボウマン 友道康夫 佐々木主浩
38回 2018年11月25日 アーモンドアイ C.ルメール 国枝栄 ㈲シルクレーシング 日本馬による2400m世界レコードタイムを初樹立。
39回 2019年11月24日 スワーヴリチャード O.マーフィー 庄野靖志 ㈱NICKS
40回 2020年11月29日 アーモンドアイ C.ルメール 国枝栄 ㈲シルクレーシング 三冠馬三頭による激戦が繰り広げられた。
41回 2021年11月28日 コントレイル 福永祐一 矢作芳人 前田晋二
42回 2022年11月27日 ヴェラアズール R.ムーア 渡辺薫彦 ㈲キャロットファーム
43回 2023年11月26日 イクイノックス C.ルメール 木村哲也 ㈲シルクレーシング ロンジンワールドベストホースレース
44回 2024年11月24日 ドウデュース 武豊 友道康夫 ㈱キーファーズ
45回 2025年11月30日 カランダガン M.バルザローナ F.グラファール アーガー・ハーンスタッド 20年ぶりの海外馬勝利かつ2025年時点でのレースレコード


日本総大将

ジャパンカップにおいて、海外馬を迎え撃つ日本国内馬の代表格を指す言葉である。
なので普通に考えれば毎年相応の馬が指名されると思うのだが、代表格レベルの馬が出走しない年や、海外馬のレベルが低かったり出走馬がいない年には使われなかったりと、歴史上では指名された馬はかなり少ない。
競馬ファンにとってはスペシャルウィークにとっての異名として有名だが、それ以外でもモンテプリンス・キョウエイプロミス・ミスターシービーオグリキャップなど劣勢の中で善戦した日本勢、シンボリルドルフとトウカイテイオーと言った日本に勝利を齎した親子制覇組、テイエムオペラオー・ゼンノロブロイのような後に古馬三冠を果たした英傑、ディープインパクト・ドウデュースの武豊組、消去法で選ばれたうえに当日鼻出血で出走取消したマチカネタンホイザが日本総大将と呼ばれた。

余談

メインレースが11Rになる事が通例となっている日本競馬では珍しく、ジャパンカップは最終の12Rに設定されている。
この理由は明確なものとなっていないが、東京競馬場の年内最終営業日を兼ねているため意図して最終レースに設定しているものと思われる。

略記として「ジャパンC」という表記がよく使われる他、より明確な略称としては「JC」「JCup」などがある。断じて女子中学生・Jカップではない。

トウカイテイオーを主人公とするウマ娘プリティーダービーのSeason2では、第12回ジャパンカップは省略されており、おまけにその次のレースにて有マ記念では11着を取った上に、ブルボンがライスシャワーに「あなたはヒールなんかじゃない、ヒーローなんです。それなのに何なんですか!あの有馬記念8着は!」と発破をかけた際に流れ弾をくらう羽目になってしまった。

追記・修正は日本馬を勝たせてからお願いします。

この項目が面白かったなら……\ポチッと/

最終更新:2026年08月17日 10:31

*1 第一回目の1984年から1991年まではJRAグレード制によるG1レースで、国際判定ではリステッドだった

*2 ちなみにクモハタ記念という重賞が、このジャパンカップの創設とダービー卿トロフィーの開催時期移動によって役目が終わったと見做され終了している

*3 エクリプス賞最優秀芝馬を4度受賞し、G1レースを16勝した当時賞金世界レコード保持馬

*4 史上二頭目の牝馬によるケンタッキーダービー制覇を成しえた馬

*5 1981年のアメリカ二冠馬

*6 ちなみにブライドルパースの潰れたかたを思えばサクラシンゲキはよく粘っている。

*7 この原因は兼ねてより挙げられていた「受け入れ体制が煩雑」「帯同馬の出走レースが限定」も理由としてあったため、前者は検疫厩舎を東京競馬場内に設置する事で対応し、後者は複数レースを国際競走化する事で解決に導いている