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vol.3-1②Winner

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taka18r

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vol.3-1②Winner


 そのとき、天が裂けた──。
 雷鳴が轟いた──。
 ドォンという地鳴りのような音に続き、耳障りな甲高い音が、辺りに鳴り響く。バチバチと鉄を焼き切るような音。
 輝線が走り、一点に収束する。波打ち、震える輝線は立方体を形作り、それがうねうねと形を変えていく。
──人だ! それも見たことのあるNPC。
「私はリョース」
 どこからか聞こえる冷徹な声。
「ザ・ワールドのシステム管理者だ」
 そんな重々しい空気をブチ壊しにする声が、ぼくの隣から発せられた。
「イヨっ、係長!」
「課長だぁぁぁぁっ!」
 ご丁寧にも、こめかみには怒りを表す血管が浮き出ている。
(あんなモーション、仕様にないはず。リョース、自分専用につくったんだ…)
 リョースはこちらを睨みつけ、いかにも憎憎しげに話す。
「はねっかえりめ! ブラックローズといったな。後で目にもの見せてやるっ」
 そんな言葉にひるむ彼女ではなかった。あっかんべぇをしながら、
「へんだっ。返り討ちにしてあげるわよ~だ」
 必死に怒りをこらえるリョースは、深呼吸をして再び口を開いた。
「まあ、いい。ごほんっ。ザ・ワールドに集いし諸君。本日、復活するイベント『モンスター街侵入』にご参加いただき感謝にたえない。とびっきりの高レベル設定モンスターでもてなさせていただく。それでは、グッド・ラック」
 そんな挨拶など、ぼくにはどうでもよかった。
「ブラックローズ。あんな喧嘩売るようなこと、言っちゃまずいよ」
「いいじゃん、べつにぃ」
 まったく気にしていない。完璧にブラックローズをロールしている。
(女って、やっぱ怖い…)
 そのとき、急に辺りが暗くなってBGMがやみ、一瞬の間を置いてドラムロールが鳴り響く。
 イベント開始だ。


 暗くなったのは、空に浮かんだ妖魔の仕業だった。巨大な塊に幾つもの目玉を持ち悪魔の翼を広げたモンスター。色の違いで3種類いるのが確認できた。そいつらがびっしりとマク・アヌ上空を埋めていた。
「ナガメルモノ、ミツメルモノ、それにニラミコロスモノ!」
 大勢のプレイヤーがパニックを起こしている。これだけ多くのモンスターが一度に出てくることなどないから、それもしようがない。だが、右往左往するPCが、戦闘態勢をとった上級者たちの妨げにもなっていた。あちこちで悲鳴や怒声が飛び交っている。
 ぼくたちは人の波から外れ、冷静にモンスターデータを思い出しながら、装備する武器を決める。
「ヤツら、火属性だったよな。魔法耐性もついてたっけ」
 それなら、とダイイング+15の追加スキルを持つ『楚良の双剣』を装備、パートナーに情報を伝える。
「ブラックローズ! 敵は火属性だ」
「了解!」
 答えつつ、ブラックローズは手にしていた最高レベルの両手剣ながら火属性の『神捨て去りし光剣』から、レベルはやや劣るが万能型日本刀タイプの『都牟刈』に持ち返る。
 久々のザ・ワールドだというのに、2人とも戦闘時に迷いも戸惑いもない。ゲーム勘はほとんど衰えてはいなかった。それが妙にうれしいドットハッカーズだった。
「よ~し、行くわよ!」
 というブラックローズの声が終わるか終わらないかというタイミングで、モンスターどもがいっせいにスキルを発動する。
 火属性の魔法攻撃、バクドーン系最強のファバクドーンが強烈な光と音を伴って落ちてきた。さすがにダメージは深く、HPが一気に削られている。回復魔法ファラリプスで2人のHPを全回復させる。
「くっ、ナガメルモノ、ミツメルモノまでファバクドーンを使うのか…」
 慌てはしないものの、心の態勢を整え直さざるを得ない。周囲を見回すと、PCがどっと減っている。約半数のパーティーが一瞬でけし飛んでいる。
「攻撃力もイベント用に強化されてる?」
 そこに勝ち誇ったようなリョースの笑い声が降ってくる。
「ぐぅふふふふ、あぁっはっはっはっ。どうだ、イベント専用の高レベル設定モンスターは。べつに3種類も出すことはないのだが、イベントには彩りが必要だろう、ん~?」


 リョースは得意げに続けて言う。
「2人ともおっ死んだパーティーは、ここでイベント終了。パーティーが全滅した時点で失格となる決まりだ。ついでに言っとくが、蘇生は1人2回までしか使えない」
 いやなルールだ、と思いながら、
「それなら…」
 と口に出すと、ブラックローズが同じ思いを口にする。
「やられる前にやってやるっ! いくわよ、カイト!」
「おう!」
 互いに快速、活力、気迫のタリスマンを使用。さらに焼けつく獣油で火属性のパラメーターをアップさせる。敵を目の前にして、できる準備はここまでだ。さあ、戦闘開始! 全速力で走りだす。
 次々に襲いくるファバクドーンの炎を巧みに避けながら、最初の標的ナガメルモノをターゲットした。
「うぅぅりゃあぁぁぁあっ!」
 ブラックローズの大剣が振られる。その影から跳躍した赤い双剣士がトドメをさす。
「ひとつっ!」
 着地と同時に右手に浮かぶニラミコロスモノにアタックする。
「ぃやぁぁぁあっ!」
 双剣が交差し閃光を伴ってモンスターを切り裂く。ダイイングが発動し瀕死となった敵の息の根をブラックローズがあっさり止めた。
「ふたつっ!」
 水属性のスキルを持つ武器が装備できない双剣士と重剣士のパーティーだが、そんなことはものともせずに目覚しい戦果をあげていく。
 3体を撃破したときだった。運河の瀬戸際まで追い詰められたパーティーから悲鳴が上がった。
(水の中から襲われているのか?)
 三つ首の大蛇たちが上陸を開始する。行きがけの駄賃とばかりに近くにいたPCを血祭りにあげながら…。
「ジェラシーコブラ、ネプトメデューサ、ヴリトラマスター!」
 不意を衝かれたパーティーたちが逃げ惑う。立ち向かうものには容赦ない攻撃が加えられた。色違いの頭が打ち振られるたびPCが減っていく。


 すでにパーティーは、エントリーした数の3分の1を残すのみとなっていた。
「まだ、『ふるい』をかける必要がありそうだな」
 ニヤリと不気味な笑みを浮かべて、高みからリョースがつぶやく。すると、快速ゴブリンのマルチナⅩが登場。生き残ったパーティーの集中力をかき乱すかのごとく駆け回る。さらに蛇と人間を融合させたモンスターが襲いかかった。
「あれは…ラミアハンター。レベル23のヤツまで出てくるのか…」
 しかし、イベント用に強化されているため元のレベルは関係なく、殺傷能力はかなり引き上げられている。
「このモンスターどもの構成は…」
 蒼海のオルカがいらだちを隠しもせずに大声でひとり言を口に出す。
「ああ、よくわからんっ」
 蒼天のバルムンクが吐き捨てる。それを聞いたリョースがうれしそうに笑いながら、
「ほぉ~。フィアナの末裔にも見破れないとは、な。我ながら、いい出来栄えだ、今回のイベントは」
「くっ…」
 歯噛みするオルカとバルムンク。
(見破れない? ということは、やっぱり何か仕掛けがある? なんだろう…あっ!)
 モンスターのデータを思い出し、ようやく気がついた。同時に、
「ブラックローズ、これっ」
「な、なによっ! 戦闘中にプレゼントって」
「いいからっ」
 強引に『気付けソーダ』を20個、押し付ける。
「ん~? 何、このアイテム?」
 あからさまに不満そうなのは、昔と変わっていない。
「とにかく、持ってて。絶対、役に立つはずだから」
「あ、うん。いいわよ」
 上空のリョースがぼくの行為を目ざとく見ている。
「そこの坊主。そうだ、お前だ。赤い双剣士の坊主。気がついたみたいだな。自分は心耐性がマックスだから大丈夫、とか思ってるだろう? ふっふっふ。まあいい。答えはモンスターどもが出してくれるからな」


「心耐性…?」
 リョースの言葉を聞き逃さなかったオルカがつぶやく。
「そうか!」
 バルムンクがついに気付いた。間を置かずオルカもハっとする。そして、
「まずい。俺たち、剣士は心耐性が低い…」
 焦りがにじむ。が、バルムンクは逆に闘志をかきたてられたようで、
「ならば、先手必勝、といこうか」
 と手にした業物を一閃。手近にいた大蛇のモンスターが3体、一瞬で消え去った。
 もうマク・アヌには数えるほどのパーティーしか生き残っていない。それも、ほとんどがカイトと関わりを持ったことのあるパーティーだ。さすが、歴戦のつわものたちだけあって、それぞれが持ち味を出して戦っている。
 モンスターの数も激減している。しかし、勝利はいまだ見えてこない…。
「そろそろ、仕上げといくか」
 リョースが不気味に宣言する。そして、モンスターどもが魔法スキルを発動した。
「きたっ!」
 ミュウレイ、魅了のスキルだった。そう、このスキルを持つモンスターは希少なのだ。おまけに2人パーティー編成だから、回復役を加えていなかったら最悪だ。しかも…、
「ただのミュウレイだと思うなよ! イベント専用スキル──、生き残ったことを後悔するがいいっ!」
 サディストの笑みが中間管理職に浮かぶ。さも楽しそうにプレイヤーの苦境を笑う。
 そのとき、リョースの後方にカオスゲートが出現! そこから、意外なPCが姿を現した。
「ヘ、ヘルバっ!」
 うろたえるリョース。その哀れな姿を見下ろして、闇の女王が重々しく口を開く。
「リョース! 自分で仕込んだ効果、自ら味わうがいい」
 そう言って、リョースの背中を蹴飛ばした。NPCの商人の格好をしたリョースがマク・アヌにドスンと背中から落ちる。
「うわっ…、あっ、あああああ…」
 うろたえるリョース。そこにニラミコロスモノ、ヴリトラマスターが忍び寄り、ミュウレイを放った──。


 すでに、何組かのパーティーに魅了の効果が現れていた。いや、ただの『魅了』ではなかった。もちろん、本来の効果である味方に対しての攻撃も行われてはいる。しかし。
 至近距離からミュウレイを浴びせられたリョースが叫ぶ。
「うお~! 中間管理職なんて大っ嫌いだぁぁぁぁっ。上司はアホだし、部下は使えないヤツらばっかり。どーして、オレだけがこんなに残業続きなんだぁぁぁぁっ!」
「リョース…」
 何がどうなったのか状況がつかめないでいると、背後からヘルバが解説する。
「どうやら、催眠状態にして普段は口に出せない『本音』や『隠しごと』をしゃべらせるのが狙いね、このミュウレイは」
「本音? 隠しごと?」
 振り向いて聞き返す。
「そう。パートナーには決して聞かせられないような内容も含めてね。フフっ」
 フェイスマウントディスプレイの下で青ざめる。
(ひっ! なんてイベントだ。こんなの、死んだほうがまし、になっちゃうかも…)
「あ~ぁ、リョースったらぁ。あとで今回のログを調べられたら、減棒は確実ね」
 まるで他人事のようなブラックローズ。快速ゴブリンを3体まとめて真っぷたつに切り裂きつつ口ずさむ。
(女のほうが度胸が据わってるっていうけど…)
「ブラックローズは他人に本音や自分の秘密を聞かれるの、ヤじゃないの?」
 双剣を『天井天下唯我独尊』に持ち替え、三つ首の蛇に木属性の物理攻撃スキル、疾風荒神剣をたたき込みながら聞いてみる。
「べっつにぃ~。ま、魅了されたら、アンタがすぐに回復してくれるっしょ」
 信頼がずしりと双肩にのしかかる。ところが、
「でもぉ、アタシはどーしよっかなぁ。アンタの本音とか秘密、聞いてみたい気もするな」
 ニッコリ笑いながら、怖いことを言う。
「ブ、ブラックローズ。頼むよ。だから、気付けソーダ、渡したんだよ?」
「ふふっ。ジョーダンよ、冗談! さ、モンスターどもをやっつけちゃおっ」
「うん!」
 橋の上と奥の広場、その2か所からはモンスターの姿がすさまじい勢いで消えていく。ドットハッカーズとフィアナの末裔、噂に違わぬパフォーマンスだ。


 生き残っているパーティーには、ある共通点があった。それは、カイトとメンバーアドレスを交換しているPCということだった。これもまた"腕輪の恩恵"なのか…。
 周囲に敵がいないと見るや、2組の伝説のパーティーは掃討戦に移った。
「おらぁっ! かかってきなさいよぉ!」
 ブラックローズは熱くなっている。その背後を守りながら、冷静に回復し、敵にダメージを加え、とどめを刺すカイト。コンビネーションは完成の域に達している。
 カオスゲート前を制圧したモンスターたちが、獲物を求めて橋に殺到する。橋の突端にいたカズ&はる、Syua&マックのパーティーはじりじりと押されている。そこにカイト、ブラックローズが加勢する。
「カズ! マック! 彼女はちゃんと守りなさいよっ!」
 2組4人の横を疾風のごとく駆け抜けながら、ブラックローズはウインクしてみせる。なんという余裕!
「はる! Syua! 死ぬなよっ!」
 戦闘のさなかだというのに、知り合った者への気遣いは忘れないカイト。なんというやさしさ!
「アンタっ! 女性PCには甘いんだからっ!」
 振り向いたブラックローズに睨まれる。首をすくめながら、
「一番やさしくするのは、ブラックローズだよ」
 しれっと言う。
「あったりまえでしょおおおおっ! ぃっやあぁぁぁあっ!」
 モンスター群に向き直って叫びながら攻撃スキルをぶちかますブラックローズ。その後ろから高々とジャンプし、2体の目玉の化け物、3体の三つ首の蛇に断末魔の悲鳴をあげさせる。
「つぎぃ!」
『楚良の双剣』を振りまわして走る。ダイイングの追加効果が連発し、瀕死のモンスターが列をつくって死を待っている。そこにブラックローズが大剣を横薙ぎにする。その一画が明るくなるほど、一瞬の大量虐殺だ。
「す、すごい…」
 カズが目を見開いてつぶやく。ほかの3人は言葉もない。
 そこに一瞬の油断があった。討ち漏らした目玉1体と人型の蛇2体が、2組のパーティーに音もなく忍び寄っていた。
 怪しげな光が交錯する。イベント専用ミュウレイが放たれている。


「!」
 カイトとブラックローズがそれに気づいたときは、もう手遅れだった。
 急ブレーキをかけると同時にUターン。しかし、間に合わない。悲しく、つらい言葉がマク・アヌに響く。
「カズ! なんで? どうして? なぜ、なにもしてくれないの? 私のこと、どう思ってるのよぉ」
「はるぅ…。ボク、きみのこと、好きなんだ。好きだから…」
 カズの言葉は最後まで語られることはなかった。カズの白く細い首には大蛇の牙ががっしりとくい込み、みるみるHPを削っていった。血の涙を流しながら悲しげにはるを見やるカズ。
 はるにファバクドーンが落ちる。
「きゃあ─────っ」
 1組のパーティーが舞台から消えた。
「よくもっ」
「殺してやる、殺してやる、殺してやるっ!」
 カズとはるのPCが天に召された次の瞬間、そこにいたモンスターは切り刻まれて消えうせた。だが、その場所に戻ったことで、より悲しい現実を突きつけられることになった。
「この、スケベ! 短小! 早漏! ヘタクソ! ちっとは私のこと、満足させなさいよぉぉぉぉっ」
 Syuaの剥きだしの本音がぶつけられる。マックは絶句したまま立ち尽くしている。
 と、そこに階段からマルチナⅩがカルテットで出現。いっせいに2人に飛びかかり、餌食にしてしまった。
 目前で弟を、そのガールフレンドを、さらにクラスメートを血祭りにされたブラックローズの怒りはすさまじかった。
「カイトっ。アンタは手を出さないでっ! こいつらはアタシが殺るっ」
 言い終わるか終わらないかのうちに、すべてのマルチナⅩの首と胴が分かれて消えていった。
「カズ…、はる…、Syua…、マック…」
 2人に怒りが湧き上がってくる。敵を求めて階段を駆け下り、妖精のあずかり屋の前に躍り出る。狭いところに目玉5体、三つ首蛇4体、人型蛇2体、ゴブリン6体がひしめいていた。
 2対17。数的には圧倒的な差だ。しかし、そんなもの、怒りに燃える2人にはあってなきがごとき、だった。
 敵を全滅させるまでに要した時間、わずか50秒。1分もかかっていない。いや、それどころか、1体を倒すのに3秒かけていないのだ。
 しかし、攻撃ばかりしていたわけではない。費やしたアイテムは気付けソーダ4、尊酒シーマ6、帝の気魂4、そして蘇生の秘薬2、だった。


 同じころ──。
「うりゃうりゃうりゃああああ!」
 蒼海のオルカの雄叫びが響き渡る。気おされるモンスターたち。腰の引けた相手に
「フンっ」
 と静かな気合を一閃させる蒼天のバルムンク。
 フィアナの末裔が階段を駆け下り、武器屋前の戦闘に加わる。ここではミストラルと砂嵐三十郎が奮戦していた。さすがに後の物語にまで登場するPCだけのことはある。
 魔法耐性を持つ目玉の化け物に対しては、三十郎がもっぱら肉弾戦を挑み、ミストラルは回復役に徹している。余裕があるときは『魔獣の封印』を使用して耐性を解除し、一気に水属性の召還魔法を放って殲滅。大人の頭脳戦で善戦健闘していた。
「ニャッハ~ン☆」
 緊張感のない変な掛け声ながら、威力抜群の攻撃魔法でモンスターに深手を負わせるミストラル。
「敵はどこだぁ! まだまだ斬り足んねぇぞぉぉぉぉ」
 三十郎はさながら血に飢えた刺客といったところか。そこに新手が加勢したのだから、モンスターたちは標的を絞れず右往左往している。
「スキありっ!」
 袈裟懸けに切り裂く三十郎。
「バルムンク! オルカ! 助太刀無用…と、言いたいところだが、助かるぜ」
 一息つく三十郎にミストラルの回復魔法が降り注ぐ。
「ウチら、もう2回ずつ蘇生しちゃってんだよぉ。後がな~い!」
 ミストラルがオルカに自分たちの状況を叫ぶようにして説明する。
「よしっ、まかせとけっ」
 ぶ厚い胸板をどんとたたく蒼海。
「下がっていろっ。三十郎、ミストラル」
 蒼天がずいと前に出る。


 カイトとブラックローズは階段を駆け上り、メインストリートを横断。階段を下って道具屋の前に馳せ参じる。そこには1組のパーティーが戦っていた。
「ヒラメじゃないぜっ、カレイだぜっ!」
 ぼくは前のめりに、ブラックローズはのけぞってコケる。
「ニューク…兎丸」
 ザ・ワールドではそれなりの槍の使い手であるのだが、その口から吐き出されるギャグの寒さから、実力以下に見られてしまう悲しいキャラクターだ。
「カイトっ!」
 呼ばれた方向に目をやると、レイチェルが瀕死の状態で目玉と対峙している。
「レイチェルっ」
 名前を呼んで向かおうとした瞬間、すぐ横をだれかが風のように駆け抜けた。
「おっとぉ。いっくら頼りない相方だからって、そりゃないぜ、ベイビー」
 颯爽とモンスターに立ち向かうニューク兎丸。レイチェルの前に出て彼女をかばう。そうして顔だけ振り返り、
「愛してるぜ」
 と決めゼリフ。ところが、レイチェルは、
「なんや、あんた。もうミュウレイ、効いてるんかいな?」
 いい雰囲気、ブチ壊し…。
「あ、あのなぁ…。ないすつっこみぃ」
 ニューク兎丸の最後の言葉。悲しすぎる…。2人にモンスターの攻撃を受け止めるだけのHPは残っていなかった。また1組、パーティーが脱落した。
 怒りが湧き上がってくる。もしかしたら、最後に残ったパーティーが一番つらいんじゃないか、そう思えるほど、悲しいイベントだった。
(もう、終わらせよう)
 決意して、ブラックローズに向かって叫び、同時に目の前のモンスターに双剣を振るう。
「ボスを、ボスを倒すぞっ!」
「おうっ!」
 威勢よく答えるブラックローズだが、実は途方に暮れていた。


「一体全体…、ボスは、どこなんだ?」
 オルカが苦々しく言葉を絞り出す。それは、いま、ここにいるすべてのPCに共通する思いでもあった。
 イベント『モンスター街侵入』には、約束事がある。出現するモンスターどもの構成によって、ボスが決定されるのだ。例えば、ゴブリン系、ハーピー系にコウモリが混じれば、その首領たるモンスターはデーモン系の大物となる、といった具合だ。
 ところが今回のイベントでは、『ミュウレイ』というスキルを有するモンスターという、特殊な条件で構成されているため、ボスがなんであるか予想するのは不可能といってよかった。
 となると、PCたちに残された手段は、敵をすべて倒す以外にない。
「これは、イベントというには無理がありすぎるっ!」
 珍しく感情をあらわにするバルムンク。もしかするとこのときが、彼の心の中に、プレイヤーに楽しめるイベントを提供する、という使命感のようなものが芽生えた最初かもしれない。
 武器屋前にモンスターが殺到する。いや、カイトとブラックローズの苛烈を極める追撃戦から逃れてきた、といったほうが正解だろう。
「ぬぉぉぉっ! 新手か…。いよいよ、終わりのときがきたかな」
 三十郎が絶望的な言葉を口にする。
「まだ、終わってないよっ」
 強がるミストラルだが、ログに顔文字を入れる余裕はすでにない。
 消耗戦のゴングが鳴った。あまりにも敵が多く、空や背景が見えなくなるほどだ。回復は魔法スキルでは間に合わなくなっている。尊酒シーマ、完治の水が文字どおり湯水のごとく使われ、帝の気魂が乱れ飛んだ。
 しかし、攻撃は回復の合い間に散発的に行うのみだ。
「2人パーティーとは、こういうとき厄介だなっ」
 オルカが吐き捨てる。誇り高き剣士2人のパーティー、それが"フィアナの末裔"なのだが、つい愚痴がこぼれてしまう。自分の回復は自分でする決まりだ。どちらかが言ったわけでは、もちろんない。
 今回のイベントでは、回復スキルはパーティー内でしか有効でなかった。手の出せないもどかしさに、ミストラルがほぞを噛む。
「んもぉ~! 3人と自分の回復くらい、なんてことないのにぃぃぃぃ」
 地団駄を踏みながらも、三十郎に完治の水、気付けソーダを矢継ぎ早に浴びせ、自分には気魂を使う。


 少し時間は戻る。
 カイトとブラックローズは橋に戻り、そこにいた敵を蹴散らしながら橋を渡りきった。そして、右に90度曲がって、モンスターどもが我がもの顔でたむろしていた魔法屋前に躍り出る。
「っりゃあぁぁあっ!」
 楚良の双剣と天井天下唯我独尊を相手によって持ち替えながら、敵の前衛すべてに瀕死のダメージを与える。そこにすかさずブラックローズが大剣を振るう。
「っらぁぁぁっ!」
 2ケタのモンスターが一瞬で姿を消した。だが、敵もさるもの、数にまかせて2人を包囲するように陣形を整える。
「こいつら、学習してるっ?」
「んなこたぁ、どーでも、いいっ!」
 怒りに燃えるブラックローズが斬りかかる。カイトはまずパートナーに、続いて自分に尊酒シーマを使う。
「ありがと!」
 彼女の声が耳に心地よい。修羅場にあっても、2人の絆はゆるぎない。
 ブラックローズの物理攻撃スキルによって大ダメージを負ったモンスターどもに、今度はカイトが断末魔の悲鳴をあげさせる。
「次っ!」
 走りだすカイトを追いかけようとしたブラックローズだが、ちょうどそのタイミングでアプドゥの効力が切れた。
「あっ、待って」
 叫びながら快速のタリスマンを使うが、2人の間に距離ができてしまう。
「ちっ」
 舌打ちしながら全速力でパートナーを追いかけるブラックローズ。カイトは裏路地に駆け込んでいった。
「カイト?」
 ほんの少し遅れて裏路地に進入したブラックローズはパートナーの異変を目のあたりにして立ち止まる。
 ブラックローズの目に飛び込んできたのは──。


 カイトはだれかと何事か話していた。体を前後にゆすり、手のモーションも大きい。感情をあらわにするなど、普段のカイトにはなかなかないことだ。
(だれと話してるの? ねぇ…)
 ブラックローズにはカイト一人の姿しか見えない。不安が黒く巨大な塊となって襲ってくる。胸が締めつけられ、たまらない気持ちになる。
 そのとき、まったく無防備だったブラックローズの背後からモンスターが一撃を加えた。瀕死のダメージ!
「なぁによぉ」
 ゆっくりと振り返ったブラックローズから立ち上る怒気、殺気、そして闘気。感情のないモンスターが、それなのに、たじろぐ。
 ずいと一歩進むブラックローズ。ゆっくりと尊酒シーマを取り出し、頭から浴びる。途端に目に力が宿る。次の瞬間、
「いっやぁぁぁぁあ!」
 裂ぱくの気合もろとも大剣が空を真っ二つに切り裂いた。全滅、だった。そこにいたモンスターがすべて消え去った。
 カイトは戦っていた。しかし、その相手はカイト以外には見えない。そう、これまでのモンスターとの戦闘とは違う、精神の戦いを強いられていたのだ。
「アタシとひとつになりたいの?」
「晶良…さん?」
 一糸まとわぬ姿でやさしく微笑む晶良が、そこにいた。と、晶良が揺らいだように見えた。息を飲み込む。
「な、なつめ?」
「わたしとひとつになりたいの?」
 全裸のなつめ。とろけそうな表情は眼鏡では隠せない。瞬きをしたカイトが次に見たものは、
「あたしとひとつになりたいの?」
「レイ…チェル?」
 包み込むような明るい微笑みをたたえ、豊満な肢体をさらすレイチェル。
「これは…夢? 夢を見ているのか、ぼくは…」


「だれか一人を選べ…というの?」
 いつの間にか、リアルの姿で仰向けに寝ている。服は着ていない。
「ぼくの気持ちは決まってるよ」
 一人の女性がぼくの体にまたがっている。両手を差し伸べながら、彼女の名前を口にする。
「晶良さん…」
 その瞬間、ブラックローズにも敵の姿が視認できた!
「な~に、やってんのよぉぉぉぉ!」
 ブラックローズの怒声が聞こえたのと同時に、気付けソーダが浴びせられる。はっとして正気に戻ると、目の前を眩い光が横に走った。
「えっ?」
 女性が前のめりに覆い被さってくる、いや違う、首だけがゆっくりと落ちてきた。
「ウィッチ…の…首…」
「ったくぅ~! らしくもないっ」
 ブラックローズに叱られるが、なかなか状況が理解できない。
「いまのウィッチがボス、だったのよ。ほら、マク・アヌが元どおりになってる」
 そう言われて、やっと得心がいった。
「それじゃあ、ぼく…、魅了されてたのか…」
「そーよ。幸せそうな顔しちゃってさ、ウィッチに微笑んでるアンタなんて、他のPCには見せらんないわよ」
 なんとも恥ずかしくて、のろのろと立ち上がる。ブラックローズはぼくの肩をポンとたたいて、
「やったねっ! このイベントの勝者はアタシたちよ」
 と言って、とびっきりの笑顔を見せつけてくれた。そこに、
「カイトっ」
「ブラックローズっ」
 数人のPCがぼくたちの名前を大声で呼びながら走り寄ってくる。
「オルカ、バルムンク、三十郎さん、それにミストラルっ」
「無事だったんだぁ」
 生き残ったぼくたち、とりわけMVPに輝いたブラックローズを祝福するように、マク・アヌの鐘がひときわ大きな音を響かせた。

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