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vol.3-2⑩Extreme taste

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taka18r

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vol.3-2⑩Extreme taste


 翔子はもう一度お店の前まで出てきて、ぼくたちを見送ってくれた。
 ぼくの胸の前で晶良が持つケーキの箱が揺れている。
「ねぇ、タクシー捕まえよーよ。アンタ、大変でしょ」
 晶良にそう言われるが、ぼくは歩いていきたかった。
「いいよ、…いいんだ。だって、これから晶良さんの家には何度もくるだろうから、一人でくるときのために早く道順を覚えなきゃいけないし」
 返事はなかった。しばらくしてから、ぼくの後頭部に伏せていた晶良が顔を上げ、ひとり言のように、それでいてうれしそうにつぶやいた。
「うんっ。…これから…、か。そーだね。…これから、かぁ」
 将来のことなんてわからない。でも、いまのぼくには晶良と別々の人生を歩いていくなど考えられなかった。
「あ、そこを右ね。曲がったら、しばらくまっすぐ」
 コントローラーの操作どおりに動くPCのように、ぼくは晶良の言うままに歩く。晶良の暮らす街が興味深くて、ぼくはきょろきょろと辺りを見まわしながら歩いていった。
「そこの角を曲がったところがウチ」
 少しドキドキしてきた。いや、かなり緊張してきた。
(えっ…と、自己紹介からだよね。でも、まさか、晶良さんの彼氏です、なんて言えっこないし…。どーしよー!? いや、晶良さんをおんぶしてる、この状況をなんて説明すればいいんだろう?)
 ここまできて気持ちが右往左往している。われながら情けなくなるが足は勝手に動くし、そうすればイヤでも晶良の家に近づいていく。
 晶良はあっけらかんとして、ぼくの背中越しに右手を伸ばし、人指し指をピンと前に突きだして、
「あ、あそこ! あれがアタシんち」
 いよいよ、だ。こんな気持ちは初体験の日(ちなみに失敗した日だが…)以来だ。ぼくはごくっとつばを飲み込み、深く息を吸い込んで覚悟を決めた。
 ずんずんと晶良の家に接近し、一気に門を開ける。ガラガラガラ…。門扉が動く音がやけに大きく聞こえた。玄関を前に足を止める。インタホンに指をもっていこうとしたそのとき、
「アタシぃぃ~。ただいまぁ~、だれかいるんでしょぉ、ドア、開けてぇ~」
 晶良の大きな声がぼくの鼓膜を激しく振動させた。思わず片目をつぶる。数秒の後、
「こらっ、晶良。女のコなんだから、そんなに大きな声、出すもんじゃないぞ」
 野太い声とともにドアが開いた。


 晶良のお父さんだと、すぐわかった。その男の人はおんぶされた晶良と、おんぶしているぼくの困った顔を大げさな動作で交互にながめ、
「晶良、どしたんだぁ?」
 緊張感のかけらもない、のんびりとした調子で聞いた。つっ立ったままのぼくの背中で
「ちょっと捻挫。テニス部の練習試合でね、後輩のアップの相手しててさ」
 きまり悪そうに答える晶良。お父さんは無言で後ろにまわり、晶良をぼくの背中から引き剥がした。そうして晶良を抱えてスタスタと家の中に入っていってしまった。
 晶良の視線とぼくの視線が絡む。まるで、無理やり別れさせられる恋人同士のように、お互い悲しい目をしていた。ボー然と立ちつくしていたら、
「お~い、きみ。上がって上がって。さあ、遠慮なんていらないから」
 お父さんが顔だけ振り返って、ぼくを呼んでいる。
「あっ、はいっ」
 慌てて返事をして、ぼくは急いで玄関に入りドアを閉めてから靴を脱いだ。家に上がって、お父さんの後を追う。
 さして広くない、というより標準的な日本の家なのだが、ダンジョンを歩いているような錯覚に陥る。と、お父さんが左に折れた。意識が現実に戻り、はっとする。
 そこはリビングだった。数歩遅れてぼくが入ると、お父さんは椅子に晶良を座らせているところだった。そばにいたお母さんが包帯を巻いた晶良の足を見て、心配そうに声を出す。
「晶良っ、どうしたの!? 大丈夫なの?」
 晶良は小さくなって、
「心配かけて、ごめん。捻挫しちゃった」
 両親を交互に見て言った。お父さんはぼくの存在を思い出したようで、晶良に問いかける。
「そういえば、晶良。こちらの男性は?」
「あ、あの…、アタシの、ボーイフレンド、なんだ。ずっと、おんぶしてきてくれた、んだ」
 いつになく歯切れの悪い晶良のもの言い。きっと、ぼくのことは一度も話したことがないのだろう、と想像できた。
 晶良の言葉を聞いて、まずお母さんが大げさに驚いた顔をして、
「まあ、それは。どうもありがとうございました。ったく、ウチの娘ときたら、まったく、お転婆で…。あなたもお困りでしょう? ほんとにもぉ」
 頭を下げながら話す。


 それを聞いた晶良は、
「え~!? お母さん、ひどぉい。そりゃあ、おしとやか、とは言わないけどさぁ…」
 不満そうに頬を膨らませ抗議する。そんな娘をなだめるように、お父さんが口を開く。
「…にしても、晶良が彼氏をウチに連れてくるなんてな。晶良もそんな年か…」
 言って、飲みかけのお茶を口にすると、口元に笑みを浮かべて、ぼくのほうに向き直った。
「なかなか好少年みたいじゃないか、晶良」
 ぼくはドギマギして、一度座った椅子を倒しそうになる勢いで立ち上がり、あいさつをした。
「あの、初めまして。カイトといいます。晶良さんとは、その、いいお付き合いをさせてもらってます」
 うまくしゃべれずホゾを噛む。
(もっと、しっかりした男って印象付けたかったのにぃ。なんか、芸能人の記者会見みたいだ…)
 そんなぼくを目を細めて見ていた晶良が両親に向かって言う。頬が赤く染まっている。
「アタシの大事な人、だよ。アタシより2つ下だけど、ずっとしっかりしてるんだ」
 ぼくは照れてうつむき、頭をかいた。
「そういえば、きょう行った競技場は遠かったんじゃないか。そこからおんぶしてきてくれたのか?」
 あらためてお父さんが聞いてくる。
「うん!」
 なぜか得意げに答える晶良。お父さんはあきれたようにぼくを見て言う。
「さっき、晶良のこと抱えたけど、体育教師をしてるお父さんが、ずいぶん重くなったなぁって思ったんだよ。よくもまあ、ここまでおんぶしてきたもんだ」
「そんなぁ。晶良さんは全然重くなかったですよ」
 晶良のてまえ反論したが、実はバテバテだった。
「そーよ、そーよ。オトメに重いは失礼よ、お父さん。女子生徒から嫌われちゃうわよ~」
(オトメは、違うんじゃないかな)
 などと心の中でツッコミを入れてみる。
「はっはっは。そーか。年頃の女のコに重いって言っちゃまずいか。はっはっは」
 豪快に笑うお父さん。
(ん~。なんとなくだけど、晶良さんって、お父さん似かも)
 そのとき、ぼくのお腹が「GU」と鳴った。
「あら、アンタ。お腹すいてんだ」
「うん。あ、そうだ、晶良さん。お弁当、食べていいかな?」


 ぼくは横に置いた晶良のバッグを見ながら、腹ペコの犬のように目を輝かして聞いていた。
 一瞬の沈黙の後、
「…食べるの? 本当に、食べるの?」
 真面目な顔をして暗い声で念を押す晶良。それを聞いていたお母さんがつぶやくように言う。だれとも視線を合わせないように言ったのは、ちょっと気になったが。
「まあ、私が横についていたから、食べられないようなシロモノにはなってないと思うけど」
「味付けとか、自信ないっ。食べたらキケン、かもよ?」
 これだけ空腹なら、たいていのものはおいしく食べられる。ぼくはそう思っていた。晶良の言葉を無視してカバンをテーブルの上に載せる。
「はぁ~」
 ため息一つついて、晶良はあきらめたようにカバンからお弁当の入った包みを取り出した。
 お父さんは何も言わないが、娘のつくったものに興味津々といったふうに目を輝かせて身を乗り出している。お母さんは無言で冷蔵庫を開け、取り出した麦茶をコップに注いでいた。
「いっただきま~す!」
 アルミホイルにくるまれていたおにぎりを頬張る。お父さんも、
「どれどれ」
 と言いながら、アルミホイルを剥がして口に入れた。
「…」
 目が白黒する、という体験を初めてした。お母さんが入れてくれた麦茶を一気に飲み干す。
「す、すいませんっ、もう一杯、くださいっ」
 コップになみなみと注がれていく麦茶。こぼれそうになったところで、ぼくは喉にぶつけるように麦茶を流し込んだ。はぁはぁと肩で息をしながら横を見ると、お父さんも2杯目の麦茶を飲み終え、
「あ、晶良…。いくらなんでも、塩、効かせすぎだぞ、これは…」
「そっかなぁ」
 腑に落ちない表情をして、晶良は自分で握ったおにぎりを一つ口にした。
「むぎっ! んぐぅぅっ、…うっひゃぁぁぁ。お、お母さん! お水っ、麦茶っ!」
 悶絶しながら、母親の注いだ麦茶を瞬時に飲む晶良。もう一杯おかわりして、それも一気に飲み、
「…いやぁ、塩は殺菌効果があるっていうし…。お腹、壊しちゃ、まずいかな…って」
「だからって、晶良。加減ってものを覚えなさいっ」
 3杯めの麦茶を自分でコップに入れながら、真っ赤な顔で言うお父さん。


 ようやく落ち着いたぼくは、無謀にも(?)おかずに箸を伸ばす。
「卵焼きはどーかな?」
 速水家一同は息を飲んでぼくの一挙手一投足を注視している。
 おっかなびっくりで口に入れる。目をつむって咀嚼すると、
「ん? んん? ん~? あれ、味がしない…」
 ぼくのつぶやきを聞いて、お父さんが卵焼きを指でつまんで口に放り込んだ。
「…おほっ。母さん、ケチャップをくれないか」
 ぼくはお父さんの言葉にうんうんとうなずいた。ケチャップをかけられた卵焼きを最初に食べたのは晶良だった。ぼくも続いて真っ赤になった卵焼きを食べた。
「ん~。なかなかのものじゃない」
 満足そうに胸を張る晶良に、思わず言ってしまった。
「でも、外で食べてたら、ケチャップがなかった…」
「アンタねぇ~。男は細かいこと、気にしないっ!」
「はぁ~い」
 小さくなって返事をしたぼくに、お父さんが顔を寄せてきて
「味なし卵焼きってのは、細かいことじゃあないよなぁ」
 と耳打ちをする。お父さんは小声のつもりなのだろうが、晶良には丸聞こえだ。
「お父さん! 余計なこと、言わないでくれる」
「お~、こわ。どーも、ウチの家系はオンナが強くってなぁ」
 お母さんの目がギラリと光る。
「あなた。なにか言いたいこと、あるんですか」
 首をすくめるお父さん。ぼくまでつられて身を縮めると、お父さんと目が合って笑ってしまった。話をそらすように、お父さんがトリカラに手を伸ばす。途端にお母さんからチェックが入る。
「あなたっ。ちゃんとお箸、使ってください」
「お、おう」
 お父さんはしぶしぶ箸を使ってカラアゲにかじりついた。反応を待ち構えるぼく。そして、晶良とお母さん。数秒後、お父さんは静かに言った。
「母さん。すまないが…」
 口の中に残ったカラアゲを飲み込んで、お父さんは続ける。じっとお父さんを見ていたぼくらはつばを飲み込んでいた。


「ビール!」
 すでに冷蔵庫に手をかけていたお母さんが瓶ビールを取り出し栓を抜いた。
「味付けしてる時間、ちょっと長いんじゃないかなぁって思ってたのよねぇ」
 お母さんは無表情でビールを注ぐ。ぼくは目の前のカラアゲをにらみつけ、ようやく決心がついて一つを口に投げ入れるようにして食べた。
「んぐぅ」
 唇が乾いていくのがわかった。まるで赤道直下の砂漠のように、ぼくの喉はカラカラになった。
「きみも…一杯やるかい?」
 お父さんがビールの瓶を差しだして聞いてくる。戸惑いを飛び越え困ってしまう。ぼくはぶんぶんと頭を横に振った。
「お父さん! 教師が高校生にビール勧めてどーすんの!」
 晶良とお母さん、ユニゾンでお父さんを責めたてる。
「うへぇ。そうか、それはいかんな。母さん、麦茶のおかわり、入れてやってくれ」
 ぼくはまだしゃべれず、麦茶を注いでくれるお母さんにペコリと頭を下げ、一気にそれを飲み干した。
「ふぅー。晶良さん、味、濃すぎ!」
 抗議する。体が塩分を排出しようとしているのか、涙がにじんでいる。
(もし、外で食べてたら…。近くに自販機なかったら…。なんて、考えたくないっ)
「まあ、ビールのつまみにはいい味だがな」
 慰めるようにお父さんがカラアゲを食べ、ビールを飲みながら言う。
 晶良はこちらをじっと見てから、やや口調を強めて言う。
「ハンバーグも食べなさいよね」
(あ、開き直ったな。晶良さん)
 もちろん文句など言えない。直径4㎝ほどのハンバーグを箸で2つにして口に運んだ。
「ん! おいしい、これはおいしいよ! 晶良さん」
 ちょっと焦げてはいたが、ちゃんとハンバーグの味がした。うれしくなっておにぎりを一緒に頬張り、後悔した…。
「なんだ。それならハンバーグから箸をつけるんだったな」
 とお父さん。ぼくたちの言葉につられて、お母さんも試食し、
「あら、晶良。上出来じゃない」


 ようやく晶良の顔が明るくなった。
「えへへ。これで料理に目覚めちゃったりして」
 調子に乗って話す晶良。お父さんはぼくの肩をぽんとたたいて、
「まあ…、頑張ってくれたまえ」
「え?」
「味見役、だろ? きみは」
 お父さんに同情の眼差しを向けられて、ぼくは晶良に救いを求める。
「えっ、えっ? 晶良さん、家の人に食べてもらうんだよね、そうだよね!?」
 さっきまで笑っていた晶良が、一気に不機嫌になった。
「アンタ! なによ、それぇ。アタシの料理が食べたくないってぇのぉ」
 これは脅迫だ。答えの選択肢に「No」は、ない。深く沈んだため息をつき、
「はぁぁぁ。晶良さん、お願い! 早く上達してね」
 命ごいをする絶体絶命の悪者みたいに懇願する。晶良は自信満々に
「まっかせなさぁ~い! アタシが本気になれば、料理なんてか~るくマスターしちゃうわよ!」
 その自信がどこから、どんな根拠をもって出てくるのか、ぼくにはわからない。でも、そんな晶良が大好きなのも正直な気持ちだった。
(しようがないか…。おいしそうなレストランとか連れてって、味覚を鍛えてもらうしかないか…)
 心の中であきらめのため息一つ、それから決意も一つ。
(そのための軍資金稼ぎ、バイトしよっと)
 そんなことをつらつら考えていると、晶良が思い出したように大きな声を出した。
「そうだっ! ケーキ、買ってきたんだった。アンタ、まだ入るでしょ? ねぇ、ケーキ、食べようよ」
 晶良のうれしそうな声。
(「口直し」は禁句、「口直し」は禁句)
 心の中でそう繰り返し、ぼくは晶良に同意する。
「そうだね。ケーキは別腹って、晶良さん、よく言ってるもんね」
「んもぉ~、ばか。そんなこと…恥ずかしいじゃないのっ!」
 両親の前では猫かぶっているんだろうな、と思う。くすりと小さく笑う。
「あら、翔子ちゃんのお店のケーキかしら。あそこのケーキ、美味しいのよねぇ。それじゃあ、お紅茶、入れましょうか」
 晶良の本性などお見通し。そんな感じでお母さんはケトルをガス台にかけて、お湯を沸かし始めた。

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