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vol.1②Recollection

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taka18r

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vol.1②Recollection


「いっただっきま~す!」
 テーブルに盛り付けられたご馳走に舌鼓を打つ。ニンニクが利いた料理が多いのは気のせいか。
「でもさぁ、アンタの会社って、ひっどいよねぇ~」
「ん~、そうだね。でも、新人で新婚じゃ文句言えないよぉ~」
「だっけどさぁ~、結婚式の翌週に出張って、なによ、それ~」
「仕方ないよ」
「いっくら、こんな若くてかわいいお嫁さん、もらったからってねぇ~」
 無意識に右手がショートカット・キーの(笑)を押している。
「ん~? なによ、その右手?」
「えっ!…と、んとね、なんでもないよ…」
「…あ~っ、わかった! アンタ得意の『(笑)』でしょ~っ。失礼しちゃうなぁ。そりゃあ『ザ・ワールド』じゃ、いちいちそんなのするのって、律儀だなって思ってたけどさ」
「………」
「てんてんてん、じゃないっちゅーの!」
「あはっ。でもね、人手不足なんだよ、うちの会社。それに妻帯者いないし」
「そ~だよねぇ。普通、ダンナさんの上司に仲人って頼むじゃん。なのに私たちってば、『ザ・ワールド』関連だもん」
「まぁ、いいんじゃない。それよりさ、料理の腕、上がったよね」
「えっえっ、そうかな? そう言ってくれると、うれしいな」
「ほんと、ほんと。最初に食べさせてくれた…」
「スト~ップ。…あのころは…。もぉ~、思い出させないでよ~」
「あはっ」
「あっ、あのさぁ。九州はどぉだった?」
「うん。それがさぁ、大変だったんだよ~」


 2019年6月9日、日曜日、大安。梅雨入り直後とは思えない、すっきりと晴れ渡った初夏の一日。
 この日、2人は8年という長い恋人期間に終止符を打ち、晴れて夫婦になった。社会人1年生、とてもじゃないが生活は楽であるはずがない。それでも待ちきれなかったし、これ以上待たせたくなかった。
 と、カッコつけてはみたものの、式に臨むにあたって破滅的なスケジュールをこなしたものだから、後悔しなかったといえばウソになる。披露宴までは緊張感が残っていたものの、2次会でダウン寸前。
 トドメの一撃となったのは、親友ヤスヒコと義弟の文和くんが演じた『イシキフメーズの結婚はオレたちのおかげ!』とかいう漫才だ。笑い過ぎて、残っていたHPが瀕死のところまで削り取られてしまった。
 式を挙げたホテルのスゥイートルーム。お姫さま抱っこで晶良をベットまで運びキスをした…ら、眠っていた。新婚初夜も何もあったもんじゃない。翌朝の晶良の機嫌の悪いことといったら。
 謝り、なだめ、すかし、褒めあげ、いろんな約束をさせられ…。ルームサービスの朝食の後、SPのすべてを使って晶良を何度も絶頂にいざない、やっとのことで大好きな笑顔を見ることができたのだ。
 水曜日までホテルで甘い時間をすごして帰宅。翌木曜日にはもう出社だ。なにせ土曜日には九州出張が待っている。金曜日は終電で帰って、自宅で資料整理。SEXもしないで、ほとんど寝ずに荷物をまとめ、15日早朝に出発、帰ってきたのは22日だ。
(う~、何日してないんだろう)
 健全な若い男が10日間も禁欲すれば、ケダモノになるのも仕方がないではないか。風呂あがりのビールを飲みながら、自分のしたことを正当化してみる。
(でもまあ、晶良、飲んでくれたから。あ~、すっごくよかったぁ)
 そんな思いはおくびも出さず、食事の会話を楽しむ。
「ぴろしさんにも会ったんでしょ?」
 無邪気に晶良が聞いてくる。"あの"事件が解決した直後、CC社の九州支社に左遷…、いや異動した重斧使い。九州出身だから故郷に錦を飾るのだ、と強がっていたぴろしさん。
「着いた日の夜に会ったよ…。うん、死ぬかと思った」


「え~っ、なんでよ~?」
「フルコース、付き合わされた。あのテンションで…」
「ぷぷっ。わ~、それは大変そうだ」
「おいしいものは食べに連れて行ってくれたんだ…」
「ふ~ん。じゃあ、よかったじゃん」
「関アジ、馬刺し、地鶏…。でもさ! それって夜の12時過ぎなんだよ!! しかも、それからカラオケで演歌だのアニソン、たっぷり聞かされてさ」
「あははははっ、おっかしぃ~。で、アンタはなんか歌ったの? SeeSowとか?」
「それが…、さ。1曲も歌ってないんだよ~」
「なにそれぇ、じゃあ、ぴろしさんの独演会なわけぇ」
「そう…」
「じゃあ、さあ。アタシたち結婚したって、知ってた?」
「う~ん。どうかなぁ。メールにはそう書いたし、読んでいるのは間違いないんだけど…」
「まぁ、ぴろしさんらしいっていえば、らしいけどねぇ」
「しかもさ、それから屋台でラーメン。ぎっとぎとのとんこつラーメン」
「あらら」
「いや、うまかった…と思うんだけどさ。朝の5時だったんだ…」
「ア、アンタ! 日曜日って休みだったっけ?」
「仕事。9時半から思いっきり仕事」
「どおりで、メールも携帯メールもこないわけだぁ」
 そう言って、目じりを下げてニコッと笑い、
「浮気、してたわけじゃなかったんだ~」


「ひどいなぁ。ご主人さまが必死に働いてるのに」
 ふくれっ面して、にらんでみる。"お姉ちゃん気質"の晶良は、年下っぽい態度に弱いのだ。
「冗談よ、ジョ~ダン」
 片目をつぶり、顔の前で手を合わせる晶良。だけど、もうしばらくスネたふりをしておこう。
「晶良だって、わかったはずだろ。浮気なんかしてないことくらい」
「? なんでよ。どうして私にそれがわかるっていうのよ?」
「さっき、お風呂で確かめてたじゃん」
「なっ! そんなの、わかんないわよ!」
 赤らめた頬がプっとふくらむ。そんな表情も愛しい。
(食後の会話は、もういい。晶良を味わいつくしたい…)
「ふふふっ、晶良はかわいいなぁ」
「なによぉ、年下のくせに…」
("あの"ときは年上なんて、吹っ飛ぶのに)。視線に力を入れ見つめ返す。
「な、なによぉ。…好きなんだから、しようがないじゃない…」
 ぷいっと横を向く晶良。そんな、恥ずかしげな仕草もたまらなく、かわいい。
「晶良もきょうは疲れてるよね。料理、頑張ってくれたもんね。後片付けはぼくがしとくから、さきに寝室で待ってて」
「えっ、いいよ。アタシがやるよ。アンタ、疲れてんでしょ?」
「だいじょぶ! だから。待ってて」
「…ん。…あした片付けるから…。それより、ね。早く、きて」
「わかってる。ぼくだって…」
「…何?」
「我慢できないよ!」


 テーブルの上の油汚れした食器をシンクに運び、洗剤をかけて漬け置きする。そうでないものは水洗いして水切りに。ついでに、食器棚からワイングラスを2つ取り出す。さっとテーブルをふいて、きょうの仕事はおしまい。
 パジャマに着替え、鞄から小さいビニール袋を出す。中には5ミリほどの黒い錠剤が2つ。それを胸ポケットに入れる。晶良の好きな少し甘めの赤ワインを右手に、グラスを左手に持って、いざ寝室へ。
 ダブルベッドの横に置いたソファで女性誌を読んでいる晶良。ペアのパジャマ姿だ。
「お待たせ」
「ううん。ありがとね」
「飲むでしょ?」
 と言ってワイングラスを渡す。ソファに並んで座り、コルクを抜く。半分ほど注ぎ、視線を絡ませつつグラスを軽くぶつけ、グラスを傾ける。一口飲んだだけで晶良の瞳は潤み、頬はほんのり赤く染まっている。
 ポケットのビニール袋を出し、錠剤を1つ飲み込む。もう1つは口に入れワインを含んで晶良に口移しで飲ませる。
「なに、これ?」
「寺島良子さんにもらったんだ。彼女、空港まで見送りにきてくれたんだよ。あっ、もちろん、だんなさんと一緒にね」
──寺島良子。『ザ・ワールド』で知り合った重斧使い。方向音痴で、無鉄砲で、世間知らずな、お嬢様。
晶良とは同志、というより恋敵。勝利したのは晶良だが。
 肉体関係は、なかった。そう、なかった。あれは、高校2年の冬休み、クリスマス。突然、彼女から「会いに行きます!」とメールが入り、羽田まで迎えに行った。初めて会うというのに、すぐにお互いを認識したっけ。叫ぶように発せられた彼女の第一声は、
「良子は、良子は! 結婚、します!」
 だった。


 詳しい話を到着ロビーで聞いている時間はなかった。すでに追っ手が放たれているのは間違いない。手に手を取り合っての恋の逃避行、といえば聞こえはいい(?)が、この時は何がなんだかわからなかった。
 モノレールで浜松町、そこから山手線に乗り有楽町へ。会話はほとんどない。彼女の東京での常宿、というインペリアルホテル。
「寺島様のお嬢様ではありませんか。よくぞ、おいでくださいました」
 古株のホテルマンの挨拶に、ふと我に返る。部屋はすぐに用意されたが、本能で身の危険を察知してラウンジに場所を移した。
「寺島さん、どうしたの? あのメール…」
「政略結婚、ですの。相手は地元のあまり大きくない商社の専務。2代目ですから、いずれは社長になる人なのですが…。45歳なんですよ! ひどい、でしょう? 良子はまだハタチだというのに…。ふた回りも上の殿方にオモチャにされてしまうのです」
「お、玩具って…。でもさ、人の幸せなんて、どこでどうなるか、だれにもわからないよ。…おめでとう! 良子さん、苗字が変わるんだね」
「えっ? 苗字は寺島、ですわ」
「???」
「だって、お婿さん、ですもの。お父様があの方の会社の危機を救ってあげるのですから」
「じゃ、良子さんが社長なわけ!?」
「そうですよ。当たり前じゃないですか」
 きょとんとする表情を見て、冷静に考える。
(う~、寺島さんとどうにかなったとして、どうにかなるんだろうか、ぼく。何もしないというのは、う~ん、もったいないほどの美人なんだけどなぁ)
 すでにオンナを知っている、そんな余裕が一瞬不埒な考えを起こさせたが…。ふぅ~っと息を吐いて、意を決する。
(だけど、ぼくには速水晶良を裏切れない…)


「良子さん、よく聞いて。ぼくには」
 そのとき、背後から
「良子。帰るぞ」
 落ち着いた口調が、かえって迫力を醸し出している。
「お父様! どうしてここが…」
「大切な娘だ。良子のことなら何でもわかる」
 恐る恐る振り返る。背は低いが、がっしりとした体躯の紳士が立っている。その背後にはサングラスをした黒ずくめの大男が2人。
「きみが、良子の話していた…」
「お父様、お願いです。せめて、きょう一日、見逃してください」
「ダメだ」
 低い声でぴしゃりと言いきる。と、周りを見回し、
「ここでは他のお客様の迷惑になる。良子。部屋はとってあるんだろう。そこに行こう」
「はい…」
 もともと白い良子の顔が、透けてしまいそうなくらい蒼白になっている。
(じゃあ、ぼくはこれで失礼…できるわけないよなぁ)
 案内されたのは最上階。
「スゥイートか…。まあ、良子らしいが。さて、良子から話は聞いたと思うが…」
 広すぎて落ち着かないその部屋で、最初に口を開いたのは良子の父だった。
「お父様。良子は観念いたしました。でも、5分だけ2人きりにしてください」
「3分。5分といえば10分かかる。3分のつもりで5分なら上等」


「…さきほど、言いかけたのは…」
 許された3分の半分がすでに過ぎている。重い沈黙に耐えかねて口を開いたのは良子のほうだった。
「うん…。ぼくには、心に決めた人がいる、んだ」
「それは…」
「良子さんも知っている人。リアルではそうじゃないけど、ね」
「では…、あなたと仲が良い…」
「そう」
「オルカ、さん?」
 ズルっ! 思わず椅子からズリ落ちそうになる。
「ち、違うよ。ヤスヒコは…、オルカは男だよ」
「あらっ。し、失礼しました。…それでは、ヘルバさん?」
 再びズルっ。
「違う、違うよ。あの、その…ブラックローズ、だよ。リアルの名前は、晶良。ぼくにとって、一番大切な存在」
「あっ! そ、そうだったんですか…。『激怒する 合わせ鏡の 聖女』で、妙に私に突っかかってくるので、なにかおかしいとは感じていたのですが、…そんな…そんな…」
「ごめん」
 そこでドアが開き、重い声が響く。
「時間だ、良子」
「はい…」
 うちひしがれている良子。
「帰る前に。そちらの男性と、サシで話がしたい」
 目がすぅっと細まり、鋭い光が放たれる。


「なんですか?」
「単刀直入に聞こう。良子に…、何か、したか」
「いえ。良子さんと会うのは、きょうが初めてです。…会って、どのくらいの時間を過ごしたかは、ご承知でしょう?」
「うわぁっはっはっは。うむ。さすが、良子が夢中になるだけのことはある。ああ見えて、良子は…。うおっほん。これ以上は親馬鹿、だな」
「そんなこと。良子さんは、とてもいいお嬢さんです。ゲームのなかだけだけど、ぼくにはよくわかってます。…お願いです。良子さんを悲しませないでください」
「そうは言うが、良子を泣かせたのはキミだろう? ほんとうなら、それだけで…」
「すみません。でも、自分にウソをつくわけにはいきません!」
「わかっておる…。わかっておるよ。だからこそ良子が惚れたのだろう。だが、あきらめてもらうしかない」
「ひどい、ですね」
「キミには言われたくないが…。まっすぐなんだね、キミは。だから…」
 信じられない光景が目の前に広がる。良子の父が頭を下げている。
「良子のことを好いてくれるなら、頼む。悪役を引き受けてくれんか」
「…わかっています…」
 内ポケットからブ厚い封筒が取り出され、目の前にさし出される。
「何ですか、これ?」
「謝礼だ。手切れ金、込みのな。黙って受け取ってもらいたい」
「…これで、良子さんとは縁を切れ、と?」
「いや。むしろ、これからも友達でいてやってくれぬか」
「こんなもの、もらわなくたって、ぼくたちは友達ですよ」
「そう言ってくれるキミだからこそ、もらってほしい」

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