アットウィキロゴ
18Rの鷹SSまとめサイト
掲示板 掲示板 ページ検索 ページ検索 メニュー メニュー

18Rの鷹SSまとめサイト

vol.3-2⑨Tennis match

最終更新:

taka18r

- view
だれでも歓迎! 編集

vol.3-2⑨Tennis match


「次のデートなんだけど…。いつ会えるかな?」
 1回しかできず不完全燃焼だったせいか、気が急いている。帰りに寄ったファストフード店で、ガムシロップとミルクを2つずつ入れたアイスコーヒーを一気に半分ほど飲んで、ぼくは聞いた。
「ん~」
 はぐらかそうとしているのか、晶良は生返事だ。ぼくはことさら真面目な顔をして、
「ぼく、覚えてるからね」
 強く言いきる。晶良は観念したように、
「あ~ぁ。変なことはちゃんと覚えてるんだからぁ。きょう勉強したとこ、ちゃんと覚えた?」
「だめだよ、晶良さん。話、そらそうとしたって。勉強も、お弁当の話も、ちゃ~んと覚えてるもんね」
 あきらめたように2度3度、力なく顔を左右に振る晶良。
「知らないよ? お腹、壊しちゃっても…」
「い~の。で、晶良さん。テニス部の練習試合、いつなの?」
 いつになく往生際が悪い晶良は、この期に及んでまだぶつぶつ言ってくる。
「受験勉強に集中したいってのにぃ。料理の勉強なんて、してる時間ないのになぁ」
「晶良さんはなんでもできる素敵な女性だって、ぼく信じてるから」
 このとき、ぼくは晶良のことを半分も理解していなかった。それを思い知らされるのは半月も先のことではあったが…。いや、これから先、何度も何度も思い知らされることになるのだが…。
 それはともかく、晶良はようやく覚悟を決めたようだ。深く息を吸い込むと、スケジュール帳をバッグから出して広げ、
「試合は来月、秋分の日の次の日。23日の日曜日、ね。会場は横浜。時間は10時から」
「うん、わかった」
 ぼくも自分のスケジュール帳を出して、そこに時間と場所をメモする。
「いい? 会場に入るまでは一緒だけど、中では別行動よ」
「えっ!? なんで?」
「恥ずかしい、から」
「ぼくが? 一緒にいるのがぼくじゃ、恥ずかしいの?」
 悲しい気分になる。が、
「違う違う。普段は厳しい先輩がぁ、彼氏と一緒にいてデレデレしてたらぁ、これから試合する後輩たちにしめしがつかないでしょ」
「まぁ…、そうかな」


 晶良の気持ちもわからないじゃない。もし逆の立場だったら、見せびらかしたい気持ちがある半面、やっぱりどこか照れくさい。
「朝ご飯はちゃんと食べてきなさいよ。お昼は、試合が長びいたら遅くなっちゃうからね」
 人指し指をぼくに突きつけて言う晶良。まるで脅迫だ。
「わかった。で、晶良さん、何、つくってきてくれるのかな」
「う~ん。おにぎり、かなぁ。それならアタシでも失敗しないと思うし…」
「おにぎりだけ? おかずもほしいなぁ」
 晶良は困り果てた顔をして、
「はぁ~。アンタ、何が食べたいのよ」
「ぼくねぇ、卵焼きとトリのから揚げが好き。あと、ハンバーグも!」
「そ、そんなにぃ~!? 徹夜になっちゃうじゃない!」
 真顔で驚く晶良がかわいくて、思わず吹きだしてしまう。
「あはは。だいじょぶだよ。前の晩にちゃんと下ごしらえしとけば、ぼくだって1時間かかんないよ」
「簡単に言ってくれちゃってぇ。アタシの家庭科の成績、知らないから言えるのよ、それ」
 あまりにも真剣に言う晶良。最初は冗談半分かと思っていたが、ちょっぴり心配になってきた。
「えっと、晶良さん。料理、したことあるんでしょ?」
「ぜんっぜん!」
 なぜか胸を張って答える晶良。不安がドス黒い霧となって、ぼくの周囲を包み込む。
「げっ!? ほ、ほんとにぃ~?」
「アンタ。いまさら、アタシのお弁当、食べたくないなんて言わないよね」
「い、いや、そ、それは…。あ、あの、えっと、そうは言わない、けど」
「なに、どもってんのよ。アンタがそんなに楽しみにしてるんなら、って、アタシ、その気になったからね。もう、後戻りはできないわよ」
 まぁ、そんなにひどいものを食わされるわけじゃないだろう。
「うん。楽しみにしてる」
 覚悟を決めて、にっこり笑った。額に汗はにじんできていたが…。
「じゃあ、図書館に逆戻り、よ」
「えっ、なんで?」
「お料理の本、コピーしてこなくちゃ。ん~、卵焼き、トリカラ、それにハンバーグだっけ」
 その気になった晶良が頼もしくもあり、ちょっぴり心配でもあった。


 9月23日、日曜日。天気は秋晴れ。ようやく残暑も消えうせ、すっきりとした空気が気持ちいい。
 高校生になってから、すっかりコーヒー党になった。といっても、砂糖にミルクはたっぷり入れなければ苦くて飲めないけど。トーストを2枚たいらげ腹7分目くらいで朝飯は終了。
(しっかり食べといて、って晶良さんは言ってたけど…、空腹は最高の調味料って言葉もあるし)
 出掛ける前に歯を磨いて、ぼくはスニーカーをつっかけた。
 待ち合わせの駅。この日は晶良が乗ってくる電車のホームの端で待つ。2本、電車をやり過ごす。その次の各駅停車が止まると、ドアから晶良が顔をのぞかせ手招きする。
「おはよう! 晶良さん」
「おはよ」
 視線を絡ませ、あいさつをかわす。こころなしか晶良の瞳が潤んでいるように見える。
(試合を見た後は、ホテルで晶良さんのお弁当食べて、それからデザートに晶良さんを…ごくっ)
 などと不埒なことが頭をよぎる。晶良はフニャっと表情を崩し
「ふぁ~、ん~」
 あくびをしてから伸びをする。
「あは。なんか猫みたいだね」
 そう言うと晶良は、
「猫はお弁当、つくったりしないよ。おかげで寝不足だわ」
 よく見ると、晶良の手にはいくつかの絆創膏。
(わぁ~、ぼくのために一生懸命つくってきてくれたんだ)
 感激する。さらによく見ると、晶良は見慣れないパンツを履いている。
「あれ、晶良さん、きょうはスカートじゃないんだ」
「ん。まぁ、何があるかわかんないからね。アタシが試合するわけじゃないけど、動きやすいカッコのほうがいいと思ってさ。そーいえば、初めてだったっけ、アタシのパンツ姿を見せるのって」
 パンティ姿は見たことあるよ、とは、もちろん言えない。
「よく似合ってる。ボーイッシュな晶良さんもいいね」
「それって、アタシが女っぽくないってこと?」
「そ、そんなことないって。晶良さんはかわいくって、きれいで、素敵だって」
 慌てて言ったら、つい声が大きくなってしまう。
「しっ! 人に聞かれたら恥ずかしいでしょ」
 空いた車内を見回しながら、絆創膏を巻いた人指し指を口に押し当てる晶良。


 目的の駅まで30分ほど電車に揺られる。車内で晶良は試合会場のこと、練習試合のこと、テニス部のこと、いろいろ話してくれる。目がきらきら輝いている。
 この日の試合はどちらかの高校で行うのではなく、秋季大会の舞台となるテニスコートを使うのだという。本番に向けてモチベーションを高めていく目的もあるわけだ。
 電車を降り、駅前からバスに乗る。10分ほどで競技場前という停留所に到着。
「懐かしいなぁ」
 競技場を見ながら、晶良が目を細めている。きっと、選手としてここに乗り込み、テニスコートを駆けまわった日々の記憶に浸っているのだろう。ぼくは晶良の横顔を黙って見つめていた。
「じゃあ、アンタはスタンドに行ってて。アタシは後輩たちに気合つけてくっから」
 そう言って晶良はバッグをぼくに放り投げるようにして渡し、右手を軽く振って行ってしまった。
 さして大きくないスタンドの中段に腰を下ろす。コートでは相手高校の女子部員がアップを終えたところだった。ほどなくして、朝陽高等学校テニス部の面々がコートに姿を現した。
「集合!」
 部長なのだろう、その一声で空気がピンと引き締まった。整列する部員の前に晶良が登場する。空気がさらに緊張したのがわかった。
「速水先輩っ、おはよーございますっ!」
 部員一同の声が響き渡る。ぼくは恋人の存在感に驚かされる。自分の知っている晶良はそこにいなかった。
「おはようっ! きょうは練習試合だと思わず、本番のつもりで相手をブッつぶしてこいっ! 以上」
 かなり離れてはいたが、晶良の声ははっきり聞こえた。
(すごいっ…)
 晶良の檄一発で部員たちの目に炎が灯ったのが見えた、気がした。
 後を次いで部長(らしき女性)が訓示するが、迫力の違いは明らかだ。それが終わり、いっせいにコートに散ってアップを始める部員たち。そのなかの一人が晶良の前に行くと、
「先輩っ、アップ、付き合ってくださいっ」
 と叫ぶように言った。晶良は上着を脱いで承諾の意を相手に伝えると
「よしっ」
 と自分自身に気合を入れるように大きな声を出した。それから晶良はマネジャーらしき女性に上着を手渡し、軽いストレッチをした後、ラケットを受け取ってコートに立った。
 何度か素振りをしてから、構えた相手にものすごいサーブを繰り出す晶良。


 まばたきもできず、晶良の躍動する姿に見惚れていた。しばらく見ているうちに、ようやく目の前で繰り広げられる光景の意味を理解できた。
(晶良さん、すごいっ)
 晶良は相手の打つボールをほとんど同じところに打ち返していた。それに対して相手は同じように打ち返せないでいる。つまり晶良は前後左右上下に振られているのだ。
 にもかかわらず晶良は最小限の動き、まったく無駄のない動きでボールに追いつき、なおかつ相手にとって最も打ちやすい位置に打ち返しているのだった。相手は半歩も動いていなかった。
 ところが…、
「あっ」
 後輩がミスショットして声を出した、気がした。ボールは晶良の右側に大きくそれていく。そのボールにはとても追いつけない、そう思ったのはぼくだけではないだろう。しかし、晶良だけは違った。
「はっ!」
 気合一閃、目にもとまらぬ速さでボールにダッシュしていった。
 次の瞬間、ぼくの目に飛び込んできたのは、倒れこむ晶良の姿だった。ラケットを放し、自分の左足首を押さえてうずくまる晶良。ぼくは我を忘れて走りだしていた。
「待ってっ」
 痛みで顔をしかめた晶良は、右手を上げて駆け寄る後輩たちを制止する。その動きはぼくに向けられたものでもあったはずだ。ぼくは最前列を越えてコートに飛び降りようとしたところだった。
「だいじょぶ、だから」
 上げた顔に微笑みさえ浮かべ、晶良は取り囲んだ後輩たちに言い放った。でも、ぼくにはわかった。晶良が心配をかけないように痛みを我慢しているってことを…。
「ん~、わるいっ。受験勉強で体なまってたかな。さっ、みんな、アップ続けて」
 気丈にも晶良はだれの助けも借りずに立ち上がり、しっかりとした足どりで歩きだす。後輩たちに背を向けた瞬間、晶良はぼくのほうを見てウインクし、出口のほうに視線を送った。
 ぼくは晶良の言いたいことを理解した。座っていた席に急いで戻り、バッグをつかんで一目散で走っていった。
「みんなっ、頑張ってねっ!」
 コートを後にする瞬間、晶良は振り返って両手を口のところに持っていき、大きな声で叫んだ。
「ウォッス!」
 全員が声を張り上げた。でも、ぼくの耳には何も聞こえなかった。ただ、晶良が心配だった。


「えへへ、ごめん、ね。あぃたたた…」
「だいじょぶ? 晶良さん。痛い?」
「よゆー」
 ほんの少し強がった晶良だが、表情に余裕は見られなかった。
「…でもないかな。…古傷、なんだ。1年のときにやったとこ、また捻挫しちゃった、みたい」
 顔をしかめる晶良。その表情で痛みを理解したぼくは、晶良に背を向けてからかがんで、
「はい、晶良さん。おんぶ、するから」
「そんな…。いやよ、恥ずかしいじゃないの」
「恥ずかしがってる場合じゃないでしょ、晶良さん」
 イヤも応もない。そんな場合じゃない。そう思うと急に涙が込み上げてきた。
「晶良さん! ぼく、そんなに頼りにならない? ぼく、晶良さんの役に立ちたいよっ!」
 背中で晶良の様子を探る。しばしの沈黙。晶良は涙声で、
「…ごめん。…アタシ、さ、強いお姉ちゃんでいなきゃ…って無理してた。…ねぇ、アタシを助けて」
「もちろんだよ! さあ」
 背中にもたれかかった晶良から、押し殺したようなすすり泣きが聞こえる。
「晶良さん、痛い?」
「ぅぅん、アンタと付き合ってよかった、って思ったら、涙が出てきちゃったよ」
 ぼくは大切な女性の重さをしっかり受け止め、
「ぼく、2つ下だけど、もっとしっかりした男になる。晶良さんにふさわしい男になるよ」
 返事はなかった。背中に小刻みな振動を感じた。そして、首に回された晶良の掌に力がこもる。
「つっ…」
 晶良の人指し指と中指と薬指の爪が肌の柔らかいところに食い込む。その時、脳裏に声が響いた。
(………………三爪痕(トライエッジ)を知っているか?)
 辺りをきょろきょろと見渡す。だれもいない…。気のせいだと思うことにした。
 晶良をおんぶしてバス通りを歩く。背後から心配そうな声が聞こえる。
「ねぇ、無理しないで。バス停で待ってようよ。バスこなかったら、タクシー拾おうよ」
「うん。でも、歩きたいんだ。晶良さん。愛してるよ」
「…ばか。なんで、こんなときに…そんな…こと、言ってんのよ」
 晶良が泣いているのがわかった。ぼくはなんともいえない幸せをかみしめて、足を前に動かしていった。


 結局、駅まで歩いてしまった。駅前に病院を見つけて、
「晶良さん、保険証、持ってる? 診てもらおうよ」
「うん、持ってるよ。捻挫だと思うけど、早めに治療してもらったほうがいいよね」
 日曜日だったが診察はしてもらえた。待合室には2人いたが、科が違うのか、座って間もなく晶良は診察室に呼ばれた。
 肩を貸してドアのところまで付き添う。入る際、晶良は少し心細げな表情を浮かべ、
「待っててね」
 とつぶやいてドア向こうに消えた。パタンっと乾いた音をたててドアが閉まった。
 ぼくは待合室の長椅子に腰掛け、見るとはなしにテレビの画面のほうを向いていた。天気予報が、きょうはさわやかな陽気で行楽日和の一日になるでしょう、と告げていた。
 晶良を心配する不安な気持ち、晶良のためになれた誇らしい気持ちが入り混じり、考えをまとめられずにいた。時計の音が妙に大きく感じられた。
 20分たったとき、不意にドアが開く音が響いた。左足に包帯を巻いた晶良の姿が目に飛び込む。ぼくはすぐに駆け寄り、心配そうに聞く。
「大丈夫?」
「うん。骨に異常はないって。やっぱり捻挫だったわ」
 お金を支払い、病院を後にした。
「でも、ごめんね。こんなにいい天気なのに」
 ぼくの背中で晶良が本当に申し訳なさそうに言う。
「気にしないでよ、晶良さん。晶良さんをおんぶできるなんて、ちょっと幸せ」
「これがほんとのケガの功名、ね」
 痛みはそれほどでもないのだろう、冗談を言って微笑む晶良に安心した。
 駅のホームに上がると、ほどなく電車がきた。車内は人もまばらで座ることができた。
 規則正しい電車の振動に身をまかせる。晶良が診察室でのことを話してくる。
「レントゲン撮ってね、湿布してもらって、ホータイ巻いて、それで終わり。あとは家の近くの病院に通ってくださいって」
「よかった、骨折とかじゃなくて。晶良さんがコートに倒れたときには心臓が止まるかと思ったよ」
「心配かけて、ごめん。…あ~ぁ、アタシも年かなぁ。はぁ~」
「そんなことないよっ。受験勉強漬けで、運動不足だったんだよ、きっと」
 ムキになって言うぼくに、晶良はうれしそうに笑顔を見せた。


 晶良の降りる駅に到着。当然のように荷物を持って降りようとするぼくに、晶良は
「アンタ。どこまでくる気?」
 びっくりしたように聞いてくる。晶良の言ってることの意味が理解できない。
「どこって、晶良さんの家まで送るよ、もちろん。その足じゃ歩けないでしょ」
「そ、それはそーだけど。でも、だって、そんな…」
 なにを気にかけてるんだろう、この人は? 晶良がなにを考えているのか、なにを言いたいのか、全然わからなかった。言葉を探していると、晶良が口ごもりながら話しだす。
「初めてウチにきてもらうときは、もっと、こう…。ん~! なんか、違うっ」
 やっとわかった。なんだ、そんなことを気にしていたんだ、と思う。女のコらしい晶良の恥じらいに、思わず笑みがこぼれてしまう。
「あは。こんなことでもなければ、いつ家に招待してもらえるかわかんなかったから。ぼくはちょっとうれしいかな」
「んもぉ~。人がケガして痛がってるってのにぃ。ひどい人」
 頬を赤く染めて、上目遣いでぼくをにらんでくる晶良。だが、その目には感謝の気持ちが込められているのが読み取れた。
「だから、晶良さんを大事におんぶしていくよ」
「う、ん。よろしく、お願い、します」
 ぺこりと頭を下げる晶良。
「いやだなぁ、晶良さん。男として、当然だよ」
 頭をかきながら答える。顔が熱くなったのを自覚していた。照れ隠しに晶良に背を向ける。
「さ。晶良さん」
「ん。ありがと、ね」
 晶良を背負い力強く歩きだす。エスカレーターに乗って下に降り、改札をくぐって外に出る。人目なんて全く気にならない自分が、ちょっぴり不思議だった。
 そのとき、
「晶良っ、晶良じゃないっ!」
 叫ぶような女性の声が背後から聞こえた。ぼくは立ち止まり、声のしたほうにゆっくり振り返った。声の主が視界に入る。
「やっぱり晶良だ。どうしたの? その足…」
 きれいな女性だなぁ。それが第一印象だった。


 その女性は駅前にあるケーキ屋さんから飛び出してきたようだった。エプロンに入ったロゴと、後ろに見えるお店の看板の文字が一緒だったから、そう思った。
「翔子! ぃやぁ、実はテニス部の練習試合に応援に行ってさぁ…」
 バツが悪そうに話す晶良の声が耳にくすぐったい。それを聞いた「翔子」と呼ばれた女性は、
「晶良ぁ。彼氏にいいカッコ見せようとして、頑張りすぎたんでしょ?」
 腰に両手を当てて胸を張り、それでいて涼しげな視線を向けてくる翔子。その表情は、あきれているというより、とても温かみのあるものだった。
(晶良さんとすごく仲のいい女性なんだろうな、翔子さんって)
 態度、口調からそんなことが推察できた。
「翔子には、なにもかもお見通しだね。きししし」
「その笑い方、よくないよ」
 晶良がやり込められているのが、なんともおかしかった。ぼくはくすりと笑いを漏らす。
「なに、笑ってんのよぉ」
 背中で晶良が暴れる。慌てて、
「ごめんごめん。ねぇ、晶良さん、友達? 紹介してよ」
「あ~、うん。アタシの親友でねぇ、翔子、ってゆーの。えっと、ほら、こないだ、ザ・ワールドのイベントで会ったでしょ? Syuaよ」
「あ、っと。初めまして。カイト、です」
 ニコっと微笑みかけて、晶良を背にしたままペコリと頭を下げた。顔を上げると、
「翔子です。晶良とはなんでも話す仲よ。ま、…くされ縁、ていうのかな。よろしく、ね」
 魅力的な笑顔を見せながら翔子は自己紹介をした。艶やかな長い黒髪を後ろで束ねている。
「それにしても、やさしい彼氏だね、晶良。ずっと、おんぶしてきてくれたんだぁ」
「えっ、えっ? まあ、そーかな。えへへ」
「なんか、さ。晶良にはもったいない」
 真ん中にいるぼくを無視して、女子高生2人がおしゃべりに興じている。しばらくはそれを黙って聞いていたが、あることに気がついたぼくは、
「あの…、翔子さん? アルバイト、いいんですか?」
 はっとして右手を口にあてる翔子。
「いっけない。そーだ、アルバイト中だったんだ、私。いきなり晶良がそんな格好で前を通るから、ビックリして、つい。…そーだ、晶良、なんか買っててよ。ウチのケーキ、すっごく美味しいのよぉ」


「ケーキかぁ。晶良さんちの人、好きかなぁ」
 これから初めて訪ねる恋人の家に持っていくお土産として、ケーキは申し分なく思えた。
「ウチはみんな、ケーキ好きよっ。もちろんアタシも、ね」
 無邪気に言う晶良にニッコリとうなずき、向き直って、
「それじゃあ翔子さん、とびきりおいしいのをください」
 とリクエストする。翔子も魅惑的な笑顔をぼくに投げかけ、
「あら。ウチのケーキは、どれもあなたたちみたいに甘~いわよ?」
 冷やかしてくる。ぼくも晶良も顔を赤くし沈黙してしまう。
「ふふふっ」
 声を出して歌うように笑いながら、翔子はお店のほうに歩いていった。慌てて後を追う。
 ショーケースの後ろにまわった翔子がさっさと何種類かのケーキを箱に詰めていく。
「翔子ぉ、アタシ、まだ注文してないよ」
 戸惑いながら晶良が小声で翔子に話しかける。
「実は、晶良のお母さん、よく買いにきてくれるんだ。だから、晶良んちの人の好きなケーキ、だいたい覚えてるんだ」
 箱に4種類のケーキを1つずつ入れたところで翔子が答えた。
(4つ、ということは、ご両親と文和くん、それに末っ子の幸太くん、か)
「で、晶良と彼氏はどれがお好み?」
 翔子にうながされて、はっとし、振り返って晶良に聞く。
「えっと、晶良さんはどれがいいの?」
「ん~。アタシはぁ、イチゴのショート!」
「じゃあ、ぼくもそれ」
「あ、そうだ。翔子、それ、もう1つ、入れといて」
(晶良さん、2つ食べるつもりかな。自分に対するお見舞い、とか?)
 首を傾げていると、晶良がささやく。
「言っとくけど、アタシが食べるんじゃないからね。いいから、ね」
「あ、うん」
 納得できずにいたが、返事だけはしっかりする。箱詰めを終わった翔子に
「それじゃあ、レジでお会計してね」
 と言われ、ぼくは財布を出した。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最近更新されたスレッド
ウィキ募集バナー