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vol.3-3⑥Entanglement

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taka18r

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vol.3-3⑥Entanglement






  この場所を出て歩く道のことを考える
  空はまだ早い夕方、雲の色を残して
  隣の子供は同じ歌 もう三度も歌ってる
  終わる言葉 思い出せず 最後だけずっと繰り返して


  始めも終わりもいらなかった、きみの目がつぶやいた
  どんな記憶を探したら胸の奥へ届くのだろう
  長すぎた、きみの言う日々は一夜の夢のようで
  終わる言葉 信じられない 目覚めのときはまだ遠い


  千の夜を消せないで まだここを立てない

                    <千夜一夜>





 文化の日。もともとは日本国憲法が公布された日、という話だ。でも、高校生にとっては「文化『祭』の日」というほうが身近。ニュースでやってたとおり「晴れの特異日」で、この年の11月3日も秋晴れだ。
 自分の高校の文化祭も、もちろん同じ日だった。しかし、開催は土曜と日曜の2日間。
 ぼくはクラスメートに頼み込んで、3日の土曜日は抜けさせてもらっていた(その分、日曜日はめいっぱいこき使われることになっていたが…)。
 前日きた晶良からのメールには「昼ごろにきてね」とあった。遅めの朝ごはんを食べ、シャワーを浴びた。まじめ過ぎず、それでいて崩し過ぎない服装をして、神奈川の朝陽高等学校に向かった。
 駅で晶良に「いま、着いたよ」とメールする。間をおかずに届いた返信メールを目にする前に、ぼくは見覚えのある女性に声をかけられた。
「お久しぶりね。私のこと、覚えてる?」
 切れ長の目で見つめられると心臓の鼓動が速くなる。
「翔子さん、ですよね」
「そーよ。覚えていてくれて、ありがとう」
 艶やかに微笑む大人の女性の顔にドギマギしてしまう。そんな態度の変化を気取られないように、ぼくはケータイのメールをチェックする。
「晶良から、でしょ? 私が連れていってあげるわ」
 ケータイと翔子の顔を交互に見て、
「あっ、あの…、ありがとうございます」
 と言うのが精いっぱいだった。素早く読んだ晶良のメールは「翔子が駅前にいるから、一緒にきてね」だった。
「私は就職組だし…、あんま、やることないんだ、3年の文化祭って」
「へぇ…、そーなんですか。翔子さん、頭、良さそうなのに」
「家庭の事情、ってヤツ。うちさ、母子家庭だから…。母さんには苦労かけたからね」
 明るい表情で軽く話す翔子。そんな深刻なことを、さも当然のようにしゃべっている。
「やさしいんですね、翔子さんって」
 感動を伝えたくて、わざと大げさに言う。翔子は意味深な微笑を浮かべてぼくに振り返って言った。
「そーでもないよ? フフフっ」
 ドキっとする。晶良と同じ2つ上の女性だが、艶っぽさは比ではない。
(晶良さん…、しっかりしてるときの晶良さんと比べても全然おっとなだなぁ、翔子さんって)
「翔子さん、ほんとに晶良さんと同じ年ですか?」


 冗談めかして言ってみる。と、
「あ~ら。私、そんなにふけて見える? っていうより、晶良が子供っぽすぎるのかな?」
 そう返されて、ぼくは真剣に考えてしまった。
「う~ん。たしかに晶良さん、年上らしくないところあるし。でも、そこがかわいいっていうか」
 声を出してのひとり言。翔子にはまる聞こえだ。くすくすと笑っていた翔子が、やがて声をたてて笑いだす。
「くっくっくっ、あは、はははは。…きみ、あはは、…カイトくん、面白すぎっ。あは、あはははは」
 どうやらツボに入ってしまったみたいだ。そのツボがなんなのかわからない身としては困るしかない。そっぽを向いた顔を赤らめ、ぽりぽりと頭をかくしかない。
「あはは…、はぁ。さ、行きましょ。晶良が待ってるわよ」
「あ、はい。…あの、翔子さん、さっきの、そんなにおかしかったですか?」
 ぼくの質問に翔子は足を止めて答えた。
「うふふ。晶良ときみ、お似合いよ。晶良がきみのこと、照れくさそうに話すのを思いだしたら、おかしっくって」
 答えになっているような、いないような…。
「はあ…」
 ぼくは首を傾げつつ、歩きだした翔子のあとを黙ってついていった。しばらく歩いたとき、翔子が振り返って、ぼくに聞いてくる。艶やかな長い黒髪が舞った。
「ねぇ、晶良のクラスの出しもの、なにか、聞いてる?」
「いえ。きてからのお楽しみ、ってメールには書いてあったんですが、なにやってるんですか?」
 翔子はちょっと考え込んでから、
「それじゃあ、教えないほうがいいわね」
 含み笑いをしながら言った。
 学校に近づいているのだろう、徐々に道行く人が増えてきた。やがて校舎が見え、ほどなくして「朝陽高等学校 文化祭」と書かれたアーチのかかる校門をくぐった。
 初めての文化祭。校内は祭りの賑わいであふれ、そこにいるだけで心が躍った。
 きょろきょろと見まわしながらも、翔子の背中を常に視界に入れて校内を歩く。階段を上っているとき、
翔子が晶良と同じくらいの身長だと気がついた。
(翔子さん、大人っぽいっていうか、すごく落ち着いているから、大きく見えたんだな)
 じっくりと観察する。学校独特のにおいのなかで、翔子の『女』が香っていた。


 翔子のことをずっと眺めていたら、何階まできたのかわからなくなってしまった。翔子が廊下のほうに曲がり、ある教室の前で止まって振り返った。ぼくの顔を見ながら指で「ここ」と合図している。
「え…っとぉ…、m、a、i、d、c、a、f、e…。メ、イ、ド…、メイドカフェぇぇえ!?」
 ボー然とするぼくを見て、翔子はお腹に手をあて声を押し殺して笑っている。
(ぼくの高校でも喫茶店をやるクラスはあるけど…。晶良さん、メイドのコスチューム着るのかな!?)
 見てみたい、と思った。翔子が手招きをしている。緊張した足を動かし、メイドカフェに入店した。
「お帰りなさいませ、ご主人さまぁ」
 5~6名ほどの黄色い声が出迎えてくれる。そのなかから晶良の声を聞き分け、その声が発せられた方向を凝視する。頬を赤らめた晶良が上目づかいに視線を絡めてくる。
 翔子のエスコートで暗黙の了解ができていたのだろう。かわいいメイドたちの列から晶良がすっと前に出て、ぼくたちを席に案内してくれる。椅子に座るなり、晶良が顔を寄せてきて、
「ちょ~恥ずかしいんだよね、このカッコ」
「よく似合ってる! すっごくかわいいっ」
 小声でささやき合う2人に、翔子が咳払い一つして、
「メイドさん、私もお客さんなんですけど」
「あっ、翔子…、じゃなくって。ご主人さま、失礼いたしました。あの、ご注文は?」
 マニュアルどおりにしゃべる晶良がおかしくて涙が出そうだ。それは翔子も同じだったようで、手で口を押さえ必死に笑いをこらえている。
「ぼくはアイスコーヒー。翔子さんは?」
「ロイヤルミルクティをくださいな」
「かしこまりました。しばらくお待ちください」
 ペコリとお辞儀をした晶良は、大きくタメ息をついてからぼくに顔を寄せ、
「あと1時間で交代だから。学校、案内してあげるね」
 小声で言ってウインクし厨房のほうに行ってしまった。晶良がいなくなって、
「あはははは。まったく、晶良のクラスも変なことするよね~。笑いをこらえるのって大変」
 ぼくは晶良のメイド姿にあてられて少しぼんやりしていた。翔子に愛想笑いを返す。
「ほんとに、そうですね」
「きみ、コスプレも好きなの?」
 いきなりの質問に、口まで運んだ水を吹きだしそうになる。
「ぶっ。え、翔子さん、な、なんて!?」


「コスプレ。好き?」
 翔子にたたみかけられる。バカ正直に「したことはないけど、うん! 大好きっ!」と答えられるはずもない。
「え、いやぁ、あのぉ、そのぉ、う~ん、好き、かも」
 口ごもり、つっかえながら答える。
「あの衣装ね~、自前だから。文化祭が終わったら、晶良はきみだけのメイド、かな」
 ボンっと音をたてたんじゃないだろうか。爆発したように顔が熱くなるのがわかった。そこに、
「お待たせいたしました。アイスコーヒーとロイヤルミルクティでございます、ご主人さま」
 うやうやしく頭を下げて飲み物をテーブルに並べる晶良。ぼくにウインクして
「あとで、ね。…ん~!? アンタ、顔、真っ赤だよ。どしたぁ?」
 と話しかけてくる。答えられずに口をもごもごしていると、晶良は翔子に向かって、
「もう少し、コイツにつきあってあげてね。よろしく」
 拝むように手を顔の前にもっていき頼んだ。翔子は晶良の目をまっすぐ見て、
「はいはい。晶良の大事な人だもんね。まっかせなさぁい」
 ぽんっと胸をたたいた。
 晶良が目の前からいなくなると、翔子は頬杖をつき謎めいた微笑みをぼくに向けてくる。影がありながら、とてもきれいな翔子の顔に、心臓の鼓動が大きくなった。
「これ…、きみでしょ?」
 いきなり、だった。翔子は自分の携帯電話を出してボタンを操作。ある画像をディスプレイに写しだして、ぼくのほうにそれを向けた。
「! …」
 息を飲み絶句した。驚きで言葉が出てこない。そこには…。
「私ねぇ。バイトしてたんだ、あの日、その場所で」
 目の前の翔子がぐらりと歪む。息が苦しくなるほど動転していた。翔子の言葉が続く。
「相手は…晶良じゃないよね? ふふふ、浮気?」
「ち、ちがう…」
 やっと声が出た。翔子はぼくの言葉を受け流し、
「見かけによらず悪い男のコ、なんだね。きみは」
「そんなこと!」
 思わず声が大きくなってしまう。店内はそれなりに賑わっていて、だれも気にしていなかった。翔子は平然と言い放つ。


「そんなこと、なくはないよね。このあとの写真はないけど、私は全部見てたのよ」
 また黙ってしまう。なにを言っても、もちろん無駄なのはすごくよくわかっていた。
「あの日、大さん橋で、きみは、この娘をやさしく抱いて…」
 うつむいたぼくの目に飛び込んできたのは、したたり落ちる自分の汗だった。翔子の『証言』が続く。
「兄妹…、には見えなかったなぁ。もちろん姉弟にも、ね」
 年からいったら姉弟なのだが…、そんなしようもないことが頭をかすめる。
「あの娘がだれか…、なんて私には興味はないわ」
 顔を上げる。翔子の目をきっと見つめて、ようやく言葉が、意味を持つ言葉が出せた。
「その写真、晶良さんに見せるつもりですか?」
 抵抗のできない獲物がじたばたと悪あがきをする、それが楽しくって仕方がない。翔子の顔はそう語っているかのようだ。
「ふふふ。そうね、どうしようかしら。晶良は私の大切な親友。できれば幸せになってほしいわ」
 この場で土下座をしようか…。いや、そんな目立つことはできない。同じ教室には晶良だっている。きっと怪しまれる。真実は、言えない、言えっこない。
「そんなに怖い顔しないの。私はきみの敵ではないわ」
 恐怖におののき、それが憎悪に変わっていた。微笑む翔子のきれいな顔が冷たく見えた。
「ぼくは…、どうすれば、いいんですか?」
 その言葉を待っていたかのように、翔子の表情が変化する。
(獲物をがんじがらめにして、むさぼりつく瞬間の雌蜘蛛)
 冷や汗とともに頭に浮かんだイメージだ。ぼくは蜘蛛の巣にかかった獲物…。
 翔子は目だけで晶良の位置をうかがい、それからぼくの目を射抜くように見て言った。
「2時間後。校門のところで待ってるわ。もちろん、くるよね」
「あ、晶良さんは…」
「ふふ。それは大丈夫よ。晶良の次のシフトくらい頭に入ってるわ」
「それで…。それで、あの写真、消去してもらえるんですか?」
「それは、あなた次第。それじゃあ、2時間後にね」
 そう言って翔子は、ロイヤルミルクティを一口だけ飲んでレシートをもって出て行ってしまった。
 取り残されたぼくに、だれかが話しかけている。
「…ねぇ! こらっ」
 思うように動かない首をなんとかまわし、声の主に顔を向ける。


「どーしたのよ? アタシさぁ、これから2時間、休憩だから。学校、案内してあげる」
 メイドさんがご主人さまに命令してる、さぞや変な光景だろうな。
「あ、あぁ。うん。い、行こう、晶良さん」
 なんとか平静を装おうとして、かえって声が裏返ってしまう。
「きょうのアンタ、変! さっきは真っ赤になってたし、いまは真っ青よ。体調、悪いの? 寝不足?」
 お姉ちゃん気質を全開にして晶良が聞いてくる。
「いや、そんなことないよ。晶良さんが、その、あんまりかわいいからさ。ちょっと緊張してる」
 2時間後になにが起こるのか、想像もつかない。いまはただ、目の前の晶良に気の利いた言い訳が言えたことにただホっとする。
「ばか…。いくわよっ」
 顔を赤らめて言う晶良。なんとか急場はしのげたようだ。
「お腹、すいちゃったなぁ」
 黙っているわけにはいかない。2時間後のことが気になって食欲どころではないが、晶良を安心させるために無理をする。
「そっか。じゃあ、テニス部の後輩がやってる模擬店、いってみようか」
 階段を下りる晶良の背中が遠く感じられる。心の中で「ごめん」とつぶやいた。
「実はさぁ、アタシもお腹すいてたんだよねぇ。ホットケーキとかクレープ、食べたいな」
「お疲れさま。きょうは、ぼくがおごるよ」
 罪の意識を少しでも軽減したい気持ちがそう言わせた。晶良は素直にうれしがる。
「やったぁ。…ほんとはね、年下に甘えちゃいけない、って思うんだけどさぁ。アンタにやさしくされるの好きだから…。ごちそうになるね」
 人目も気にせず晶良は腕を組んできて言った。うれしくないわけはない。しかし、後輩の教室が近づいたら、晶良はすっとぼくから離れる。ぱぁっと晴れた気持ちに雲がかかる。
「ごめんね。やっぱり恥ずかしいから…」
「うん」
 そう言ってくれる晶良の気使いがうれしい。だからこそ、浮気を「見られた」自分が情けなかった(勝手なもので、浮気をした自分、ではない…)。
 いろいろ食べ、飲み、おしゃべりをしたが、全部うわの空。かろうじて晶良に怪しまれない程度に笑顔で会話できた。笑いは多少引きつり気味ではあったが。
 あっという間に2時間がたった。この日の文化祭が終わってからの待ち合わせをして、晶良はメイドカフェに戻っていった。

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