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vol.3-2③Encounter

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taka18r

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vol.3-2③Encounter


 翌水曜日もアルバイトは休みだ。いつもより2時間よけいに眠ったら、疲れはすっかり抜けていた。
 体を気遣ってくれる母親に、ご飯3杯おかわりすることで答える。ひと休みして、ぼくは駅前にあるフィットネスクラブに行くことにした。ぼくの家族はここのファミリー会員に登録していて、たまに利用していた。
 いくら冷房の効いたトレーニングルームだからといっても、汗まみれになるのは嫌だった。そんなのはアルバイトで十分だ。ぼくは更衣室からまっすぐプールへ向かった。
("マーメイド"に勝ちたいもんね)
 年下の男のコにふさわしい負けず嫌い。ぼくは1レーンを占領して、クロールでがむしゃらに泳いだ。100m、200m、400m…。さすがに疲れてくる。乳酸が体中に蓄積されていくのがわかる。
 いったんプールから上がりベンチで休憩する。きのう2回出したせいか、プールサイドの女性たちの水着姿にも平然としていられた。というより、ちょっと年齢層が高くて、興味の対象外だったせいが大きいが…。
 15分ほど休み、再び泳ぎだす。今度は平泳ぎでゆっくり距離を稼いでいく。25mプールを20往復、ジャスト1000m泳いだところで、ぼくはプールから出た。
 気持ちのよいけだるさが全身を覆っていた。空腹をまぎらすのと暑さから逃避するために、ぼくは途中でアイスクリームを買い、それを口にしながら家を帰った。
 昼のメニューはソーメンだった。大人ってのは、なんで夏バテだとかっていって、あっさりしたものばかり食べるんだろう。
「夜はトンカツにしてね」
 とリクエストして、それを聞いた母親はお腹いっぱいという表情を浮かべた。
 結局、ソーメンでは満足できず、朝の残りご飯を自分でチャーハンにして食べ、デザートにスイカを4分の1たいらげて、やっと満腹感を得られた。
 腹の皮が突っ張れば目の皮はたるむ。お腹はいっぱいだというのに、じゅうじゅうと音をたてるトンカツの夢を見ながら、よだれをたらして昼寝を楽しんだ。
「ご飯よぉ~、起きなさ~い」
 という母親の呼びかけに、寝ぼけた声で返事をして、大きく伸びをしてから食卓につく。夢で見たとおり、トンカツが食欲をそそる音をたてていた。ご飯を大盛りによそい、
「いっただきまぁ~す」
 口の中を火傷しそうになりながら、ものすごい勢いで食べていった。


 腹ごなしに散歩に出るが、きょうも熱帯夜。30分も歩いたら汗まみれになっていた。
 家に戻るなり風呂に飛び込む。といっても、湯船につかる気にはなれず、シャワーですませた。最後に冷たい水を浴びてから部屋に戻った。
 宿題をするつもりでパソコンを立ち上げるが、どうもそんな気にはなれなかった。
(夏休みはまだ2週間もあるじゃないか)
 甘えが顔をのぞかせる。ここんとこ何事につけても甘えてやしないか、と思ったが、現実逃避することに決めた。
 ザ・ワールドにログインする。そこにいけば、そう呼ばれるのに気恥ずかしさはあるものの、"勇者"だった自分を取り戻せるかもしれない。少しばかり期待していた。
 マク・アヌのカオスゲートに転送される。イベント『モンスター街侵入』以来だったから、初心者向けのサーバーにきてしまったというわけだ。
 Δでは物足りない。すぐにΛサーバーに移動する。文明都市カルミナ・ガデリカは多くのPCでにぎわっていた。
 ふと横を見ると、見覚えのあるPCの後ろ姿が目に入った。だれかと待ち合わせだろうか、壁に肘をついて、対岸にある摩天楼の明かりをながめている。
「はる」
 呼びかけると、小柄な女性剣士はるは振り返り、ぱーっと弾けるような笑顔を見せた。
「カイトさん! あ、あの、お久しぶりです」
「久しぶり。元気だった? カズくんと待ち合わせかな?」
「はい。私たちまだ中学生なので、おこずかいも少ないし、アルバイトも禁止されてるんで、あんまりリアルで会えないんです。だから、ここでのデートばっかり」
 はるはそう言って少し寂しげに微笑んだ。
「それに、姉弟そろって受験生だもんね、速水さんち」
「あの~、カイトさんも晶良お姉さんとデートできないんですか?」
「うん。夏休みに入ってすぐに、彼女から勉強に集中したいって言われて…」
「かわいそう…」
 自分だって恋人とあまり会えないというのに、ぼくのことを気遣っている。ぼくはにっこりと微笑んで、
「はるはやさしい、いい娘だね。カズくんがうらやましいや」
「そんな…」
 はるは恥ずかしそうに下を向いてしまった。


「カズ、遅いなぁ。どうしたんだろう」
 心配そうにつぶやくはるに、
「ぼくでよかったら話相手になるよ」
「えっ、いいんですか。うれしい!」
 両手を胸の前にもっていき、目をきらきらさせている。こげ茶色のツインテールが揺れる。
「カイトさん、カズとリアルで会ったことありますか」
 無邪気に聞いてくるはる。カズ、速水文和とブラックローズ、晶良がリアルでは実の姉弟であることはお互い了解事項だ。そして、ぼくが晶良と恋人同士だということも。
「いや、リアルではまだなんだ。その…彼女の家にも行ったこと、ないんだ」
「そうなんですか。私はこの間、招待されたんですよ。晶良お姉さんとも会いました。とっても素敵な女性ですよね」
「そうだね。あっ、写真は見せてもらったっけ。晶良さんと文和くんが近所に住んでいた双子の兄妹と写ってるやつ」
「私もそれ見せてもらいました。カズ、あの写真より、ずっと大人っぽくなってるんですよ。体もがっしりしてきたし」
 体、と聞いて、
(もう経験したのかな、この2人)
 などと考えてしまう。
「はるはカズくんのこと、本当に好きなんだね」
「うん! カズ…すごいやさしいんですよ! カズとはいろんな話したんです。カズに話してから、自分のこと少しだけ好きになれたんです」
「自分のこと、って?」
「私、お姉ちゃんがいるんです。その姉にコンプレックスがあって…。お姉ちゃん、頼りになるし、なんでもできるし…。それなのに、私は…」
 足元の石畳を見つめながら、いかにも自信なさげに話すはる。
「はるにだって、いいところはいっぱいあるよ。お姉さんと自分を比べたってしようがないよ」
「カイトさん、やさしいですね。ありがとうございます」
 はるはお礼を言ってぺこりと頭を下げた。と、カオスゲートに白い呪紋使いが転送されてきた。はるがうれしそうに、そのPCの名を呼ぶ。
「カズ!」


「ごめんっ、はる。遅くなっちゃって…」
 肩で息をするモーションをつけて、カズは大慌てでインしてきたことをアピールする。
「ううん、いいの。カイトさんが相手してくれたから、待ってるの、苦にならなかったわ」
 カズはこちらの存在を確かめるように顔を横に向ける。
「あっ、ねぇちゃんの彼氏の…。ど、ども…こんばんは」
「こんばんは。元気そうだね、カズくん」
「いやぁ、元気じゃないっすよぉ。ねぇちゃんときたら受験勉強のストレスで体力あり余ってて、オレのこと、そのはけ口にしてるんですよぉ」
 なんとかしてほしい、と救いを求めるように訴えるカズ。
「まあ。カズ、大丈夫なの?」
 はるが心配そうに問う。彼女に対してはいいところを見せたいのか、カズはちょっと得意げに、
「えへへっ、ま、オレ、逃げ足は速いからさ。でも、さっきは逃げらんなくて…」
「ひどい目に遭った?」
 ぼくがそう聞くと、
「いやぁ、彼氏に聞かせちゃっていいのかなぁ」
 言いにくそうに口ごもるカズだったが、頭をかきながら
「ねぇちゃん、食後の運動よってSTF仕掛けてきて」
「エスティーエフ、って?」
 はるが首をかしげながら聞く。
「ステップオーバー・トーホールド・ウィズ・フェイスロック。プロレスの絞め技」
 カズが説明すると、はるはびっくりした顔で絶句してしまう。それを見てカズは
「あっ、手加減してくれるから大丈夫なんだ」
「そうなの? よかったぁ」
「いつもはね…」
「えっ?」
 ぼくとはるはユニゾンで声をあげた。
「きょうはさぁ、オレ、『あれ、ねぇちゃん、胸おっきくなったんじゃないの?』ってつい言っちゃったんだよねぇ。そしたら、ねぇちゃん、キレちゃって、チョークスリーパーに移行して…」
「絞め落とされた?」
 ぼくの問いにカズはこくんとうなずいた。はるは沈黙したままだ。


「お父さんに活を入れてもらって、ようやく息を吹き返してインしてきたってわけ」
 ぼくは申し訳なくてカズと視線を合わせられず、そっぽを向いたまま聞く。
「えっと。それで、晶良さんは…?」
「下でお父さんとお母さんに説教くらってる。『もう少し女のコらしくできないのか!』とか言われてたなぁ」
 それで少し溜飲が下がったのだろう、カズはニコニコしながら話している。それから、まじまじとぼくを見て、
「でもさあ、よくねぇちゃんみたいなのと付き合ってられるよなぁ…。オレ、姉弟じゃなかったら付き合いきれないよ…(笑)」
 半ば感心するように、半ばあきれるように言った。
「晶良お姉さん、そんなことする女性には見えなかったけどなぁ…」
 はるがつぶやく。カズはタメ息まじりに
「まあね。ねぇちゃん、外面はいいってゆーか…。あれで、やさしいとこもあんだけどね」
 はるに対してか、ぼくに対してか、それとも自分も姉のことが好きだからなのか、フォローを忘れないカズ。
(心根のやさしい弟なんだな、カズくんって)
 などと目を細めていると、突然カズが、
「あっ、ねぇちゃんが呼んでる。ちょっと行ってくるから。ごめん、はる、待ってて」
 目の前のカズのPCが動きを止める。AFK──アウエー・フロム・キーボード、だ。
 残されたぼくとはる。かなり気まずい。
「カ・イ・ト・さ・ん」
 はるが上目遣いでにらんでいる。
「はい! なんでしょーか!?」
 返事をしながら直立不動の姿勢になる。怖くて目は合わせられない。
「自分の彼女のしつけくらい、ちゃんとしてください! カズがケガでもしたら、どうするんですかっ」
 PCの身長差が逆転したように感じられるほど、ぼくは小さくなる。
「あの、その、えっと、…ごめん」
「な~んて、ね。うふふ。冗談ですよ」
 顔を上げると、そこには笑いを一生懸命こらえているはるがいた。


「晶良お姉さんとカズ、それに幸太くん、お父さんとお母さん、速水家はみんな仲いいの知ってますから。あっ、プレーリードッグのハナちゃんも」
 一気に脱力。はぁ~と深く息を吐き、
「でもまあ、はるがカズくんを心配する気持ち、よくわかるよ」
(なんといっても、カズくんが絞め落とされた原因、晶良さんの胸を大きくしたのって、ぼくだもん)
 そこにカズが戻ってきた。
「ね、聞いて聞いて。ねぇちゃん、こっぴどく叱られたみたいで、『ごめん』だって(笑)。しかもさ、幸太とハナの後ろで小さくなってんの」
 くっくっくっと笑いを漏らしながら話す。ひとしきり笑ったカズは真顔になって、
「あっ、いまの話、全部ねぇちゃんには内緒だからね! ねぇちゃん、本気で怒ると手がつけられないからさ~…(笑)」
 口に手をあてて小声で話す。ぼくは苦笑しながら
「うん。わかってるよ」
 と答えた。それを聞いてカズは安心したようで、
「何か言おうものなら『あんた、まだ懲りてないの!?』って、すごい形相でさぁ…。自分は楽しんでるくせに(T^T)」
 顔文字入りで不満を表す。
「楽しんでるって?」
 ぼくが疑問を声に出すと、カズは冷やかすようにニヤっと笑みを浮かべ、肘でぼくをつんつん突く。
「最近のねぇちゃんの話ときたら、あなたと花火を見に行ったとか、新宿で遊んだとか、あなたのことばっかりですよ…」
(うわぁ~、晶良さん、そんなことまで話してるのぉ!?)
 自分の秘密をのぞかれたみたいな気になって動揺してしまう。そこにはるが
「いいなぁ~。ねぇ、カズぅ、私もいろいろ連れてってよねぇ」
「あ~、うん…。でも、今月、小遣い、ピンチなんだよなぁ。ねぇ、はる、も少し待ってて」
 カズはかがんで顔の前で手を合わせて懇願する。
「もぉ! 無駄遣いばっかしてないで、私とのデートに使ってよね」
「ごめん! 月末にはなんとか…」
「そんなこと言って。宿題に追われてデートできないなんてなったら、私、怒っちゃうから!」
 はるの剣幕に押されて反論できず、カズはひたすら小さくなっていた。


「あっ、そうだ、はる。約束してたフィールド、行こ? ね」
 名案を思いついたかのように喜々として誘うカズ。
「うん。そうね。カズが遅れるから遊ぶ時間が短くなっちゃったじゃない」
「ごめんってば。でも、困ったな。ほんとに時間がないや。どうする? また今度にする?」
「イヤ。私は時間、大丈夫だもん」
 はるに振りまわされてオロオロするカズに助け舟を出すことにする。右手を上げて発言を求め、
「えっと。もし、よかったら、お手伝いしようか?」
「いいんですか? 勇者カイトとパーティー組めば、攻略なんかあっという間だっ」
 飛び上がらんばかりに喜ぶカズ。はるも丁寧に頭を下げて
「よろしくお願いします」
 と言ってくる。
「こちらこそ。で、どこに行くの?」
 ぼくの質問に2人は声を合わせて答える。
「Λ悩ましき 誘惑の 別れ道、です!」
 3つのワードを組み合わせて生成するザ・ワールドのエリア名。偶然できた言葉の意味など、これまで考えたことはなかったが、リアルでいろいろな経験をしてきたせいか、一瞬固まってしまう。
(悩ましき誘惑の別れ道って…なんか意味深)
「? どうかしましたか、カイトさん」
 はるが不思議そうに聞いてくる。
「い、いや、べつに…。じゃあ、行こうか」
「はい!」
【カイト>>パーティー編成希望!】と送ると、すぐにはるとカズが入ってくる。カオスゲートの前に立ってワードを入力すると、そのフィールドに転送された。
 夕闇に包まれた腐葉土のフィールドに降り立つ。リアルならなんとも蒸し暑そうな場所だ。すぐにエリアのデータをチェックする。
(レベルは…34、木属性か。どおってことないな)
「何があるの? ここ」
 ぼくが聞くと、カズが答える。
「アイテム神像にレアな剣があるかもっていう噂がBBSに書き込んであったんですよ」
「そーなんだ。よしっ、じゃあ、ダンジョンに行こう!」


 妖精のオーブでマップを表示させると、ダンジョンは左後方、すぐのところにあった。
「行くよ!」
 と2人を促してフィールドを駆け抜け侵入を果たす。途中、炎の燭台を3つ見つけて発動させていた。リグセイム(HP回復)、アプコーブ(物理攻撃力UP)、アプコーマ(魔法攻撃力UP)を得られ、
「さすがぁ」
 とカズに感心してもらえた。
(大丈夫。勘は鈍ってない)
 そう思うと余裕の笑みがこぼれる。
 ダンジョンの階段を下りるなり、妖精のオーブを使用。
「こっちだ」
 と先頭にたって最短距離を進む。魔法陣からは、冷や水老、インビジブル、エノキング、グリーンウィルム、バルキリーといったモンスターが出現した。
 魔法陣が開くたび、ぼくははるの前に出て彼女を守る位置から攻撃に移った。何度目かの戦闘を終えたとき、はるがぼくに話しかけてきた。
「あーゆーふうにされると、うれしいな」
「えっ?」
「姫を守るナイト、みたい。頼りになる男性って素敵」
 はるは瞳をキラキラさせている。もちろん悪い気はしないが、カズの気持ちを考えると喜んでばかりもいられない。
(ま、まずい。ぼくがお姉さんの彼氏だってわかってるとは思うけど…、フォローしとかなきゃ)
「でも、パーティーの命綱を握ってるのは回復役だよね。さっき、はるが状態異常にされたとき、カズくんがすぐに気付けソーダを投与してくれたじゃない?」
 はるは後ろで得意げに胸を張るカズをちらりと見やってから、
「それはそうですけど」
 と少し不満そうにつぶやき、聞こえよがしに言い放った。
「女のコはね、自分を盾にしてまで守ってもらえるってシチュエーションに弱いの!」
 困った顔をして肩を落とすカズ。ぼくは考え込んで、そして思い出した。だれにともなくつぶやく。
「ブラックローズは敵が現れると、すぐに向かって行っちゃったからなぁ。守るヒマなんてなかった…」
 少しの沈黙のあと、その光景を思い浮かべたのだろう、プっと吹きだすカズとはる。雰囲気がなごんで、ぼくはほっと胸をなでおろす。


 アイテム神像部屋は地下4階にあった。カズとはるはゆっくりと宝箱に近寄っていく。開ける直前に、2人は振り返ってぼくを見た。ぼくは無言でうなずき返す。
 はるが宝箱を開けた。そのまま立ちつくしている。こっちが不安になるほどの長い沈黙の後で、
「これじゃない…」
 はるはがっくりと肩を落とす。カズもどう声をかけていいかわからず表情を曇らせている。
「たぶん、その書き込み…デマだと思うよ…」
 ぼくは遠慮がちに2人に言った。こういうとき、ぼくが言うとソフトに聞こえるみたいだった。
「しようがないよ。今度はちゃんとした情報、仕入れてくるからさあ」
 なぐさめるように話しかけるカズ。振り返ったはるは、もう立ち直っていた。
「そーだね。でも、楽しかったぁ」
 と笑顔でカズに答え、それからぼくのほうを向いて
「きょうは、その…ありがとでした」
 と言ってペコリとお辞儀をした。
「いいよ、いいよ。ぼくも楽しかったよ」
 社交辞令でなく本当にそう思った。自分より年若いカップルが楽しげにプレイする姿を見せられ、無我夢中でザ・ワールドの謎を追っていたころの自分を取り戻すことができた気になっていた。
 見つめ合うカズとはるに向かって、ゴホンとせきばらいを一つして、
「とりあえず、タウンに戻ろう」
 2人はユニゾンで
「はいっ!」
 と元気よく返事をし、カズが精霊のオカリナを使ってダンジョンを脱出、タウンに帰還した。
 カルミナ・ガデリカに戻るとすぐ、カズが上ずった声を発する。
「あっ、お母さんが早く寝ろって怒鳴ってる! ま、まずい」
「大変! カズ、あしたメールするね。おやすみ」
 まだ一緒にいたいはずなのに、はるはカズを思いやってサヨナラを告げる。カズは
「うん。はる、またね。おやすみ」
 名残惜しそうにはるに手を振る。それからぼくのそばにやってきて一礼し、なにやら口ごもっている。ぼくはじっとカズの言葉を待った。
「……………ねぇちゃんのこと、よろしくね(笑)」
 そう言ってカズはログアウトしていった。


 ぼくはてっきり、はるもすぐにログアウトするものだと思っていた。ところが、
「あの…、カイトさんももう落ちちゃいますか?」
 はるが寂しそうな、それでいて甘えたような声で聞いてくる。
「いや…。あしたもアルバイトはあるけど、30分くらいならここにいられるよ」
 そう答えると、はるの表情がパーっと輝いた。
「やったぁー! うれしい」
 PCだとわかっていても、そばにいてあげたくなる。いや、男は女に弱いのだ。
「はるのPCって、かわいいよね」
「えへ。リアルに似せたら不格好になっちゃいました」
 はるは照れ笑いしながら話す。
「不格好なんてことはないよ。リアルに似せたんなら、きっと実際のはるもかわいいんだろうね」
 後半は社交辞令。
「そんなぁ」
 はるは恥じらって身をよじる。そうして、少しの沈黙のあと
「会ってみませんか?」
 不意をつかれたぼくは慌ててしまい、
「えっ、えっと、あの、その、あ~」
 返答に窮してしまう。そんなぼくにかまわず、はるは
「この間のイベントのときのこと、覚えてますか?」
 静かに聞いてくる。とっさには思い出せない。
「私、『相談に乗ってほしいこと、あるんです』って言いました」
 忘れてしまっているぼくを攻めるでもなく、はるは続ける。
「私の悩み…モンスターに魅了されて殺されたときに聞かれちゃったんですけど…」
(な、なんだっけ?)
 こういうときは黙っているに限る。
(ヘタなことをしゃべってボロを出したら、取り返しがつかないことになる…)
 ギリギリの状態でした最良の選択だった。はるは気付かずに話し続ける。
「実は…」
 ぼくはゴクリと生唾を飲んで聞き返した。
「なに?」


「ここでは…話しづらい、話せない」
 はるは目を閉じて顔を横に振る。
「ぼくで役に立てるなら、あしたにでも会おうか?」
 ザ・ワールドで、と言おうとした瞬間、はるのレスポンスが勝ってしまった。
「ほんとですか!? うれしいっ。やっぱりカイトさん、やさしい!」
「え…っと」
「あ、私は時間はいつでも大丈夫です。…へへへ、不良娘、ですから」
 いたずらっぽく笑って話すはるに、ジョークで切り返すこともできない。
「あ…っとぉ」
「夜、ですよね。アルバイトがあるっておっしゃってましたもんね。何時ごろならいいですか?」
 もう後戻りはできない。いまさらリアルで会うのは嫌だなんて言うのは、男らしくないように思えた。ぼくは楽観的に考えることにした。
(悩みを聞いてあげればいいんだよね。カズくんとの交際は順調みたいだし…、まあ、受験勉強のこととか、だよね)
「う~ん。アルバイトはだいたい夜の7時前には終わるから…。はるはどこなら待ち合わせできる?」
「はい。出ていくのに一番便利なのは新宿です」
「それなら、新宿の東口にあるファストフード店に7時半でどうかな」
「はいっ! 待ってますっ」
「ぼくは赤いTシャツとデニムの短パン、スポーツサンダルを履いて、ホワイトのキャップをかぶって行くから」
「わかりました! 私は、PCと同じ、このツインテールが目印です」
 そう言ってはるは頭を左右に振ってこげ茶色の髪を揺らした。
「それじゃあ、ぼくはそろそろ落ちるよ。おやすみ」
「私もログアウトして、もう寝ます。カイトさん、あした楽しみにしてます。おやすみなさい」
 フェイス・マウント・ディスプレイを外したぼくはパソコンと部屋の明かりを消し、そのままベッドに倒れこんだ。
(考えてもしようがないことは考えない)
 開き直って、あしたに向かうことにした。


 3軒目の配送先で、ぼくは不意にあることを思い出し、
「しまったぁ!」
 と声をあげていた。トラックの運転をしている先輩がいぶかしげな視線をこちらに向ける。
「えっと、あのぉ…、なんでもないっす」
「どーしたんだぁ、彼女の誕生日でも忘れてたのかぁ」
 という軽口に照れ笑いで答え、一目散でトラックの荷台に駆け上がった。荷物を運びながら、
(イベントのログを見とけば、はるの悩みってわかったんじゃ…)
 後悔したが、もう遅い。
 この日の仕事をすべて終え、会社に戻る車中で、
「おまえ、きょうはデートの約束でもしてて、それを忘れてたんだろ?」
 先輩が変に気をまわしてくる。
「い、いや、ち、ちがいますよ」
 慌てて否定するが、言い訳じみていたのか、
「いーって、いーって。で、どこで待ち合わせだい?」
 待ち合わせ、だけは合ってる。
「えーっと、新宿なんです。あ、でも、デートじゃないですよ」
「まあ、そーゆーことにしといてやるよ。新宿ならオレの帰り道だ。会社でシャワー浴びたら、オレのクルマで送ってやるよ」
「いいんですか。ありがとうございます。でも、ほんとにデートじゃないですからね」
「いいって、いいって。にしても、いいよなぁ、若いヤツは」
 ちょっぴり下品な笑いに嫌悪感を覚えたが、普段は面倒見のいい先輩だけに、甘えることにした。
 待ち合わせのファストフード店には7時10分に着いてしまった。それらしい女のコの姿はない。あたりはようやく暗くなりだしたところだ。ぼくは店の前で待つことにした。
 5分ほどが過ぎたとき、横断歩道の向こう側に、小柄な女のコがこちらを見ているのに気付く。信号が青になると、そのコは一直線に走ってぼくの前にきた。
「はる?」
 身長は150㎝に満たないくらい。PCと同じ、こげ茶色のツインテールがかわいらしさを強調する。
 オーシャンブルーのノースリーブからのぞく小麦色の肌、オレンジのミニスカートから伸びた脚はすらりと伸び、ムダな脂肪はいっさいついていない。素足に履いたミュールもキュートだ。
「はい! カイトさん、すぐにわかりました! 思ってたとおり」


「え~、どんなふうに思われてたのかなぁ?」
「やさしそうで、カッコいい!」
「あは。ありがとう。はるもかわいいよ、PCよりずっと」
 そう言うと、はるは頬をほんのり赤らめて
「えへへ。…やっぱり、やさしい」
 うれしそうにつぶやいた。
「さあ、中に入ろう。お腹ペコペコなんだ」
「はい!」
 クーラーの利いた店内。カウンターはどこの列も2~3人が並んでいた。運よくすぐに順番がまわってきて、はるがアップルパイとチョコレートシェイクを、とぼくに告げる。ぼくはそれを店員さんに伝え、
「チーズバーガー2つ、フレンチフライのラージ、10個入りのナゲットをバーベキューソースで、それからコーラのL」
 と注文し、お金を払った。トレイを持って2階に上がり、人の少ない一画のテーブルについた。
「あの、お金…」
 はるが言いかけたとき、
「いいって。おにいさんがもつよ」
「いいんですか。ごちそうさまです」
 ちょこんと頭を下げるはる。
(ん~。礼儀正しいし、かわいいなぁ、はる。妹って、こんな感じなのかなぁ。そういえば、年下の女のコって、これまで出会わなかったよなぁ)
 ザ・ワールドで知り合った女性は、晶良をはじめとして年上ばっかり。だから、というわけではなかったが、年下のはると会うのは新鮮で心弾んでいるのは確かだった。
 話を聞く前に空腹を満たさなければならない。ぼくはハンバーガー2個をあっという間に平らげた。はるはアップルパイを半分食べたところだ。
「すごぉい」
 驚くはるに、
「そりゃあ食べ盛りだし、アルバイトは肉体労働だからね」
 ポテトとナゲットを交互に口に放り込みながら答える。頼んだものをあらかた食べ終えたところで、ぼくは切り出した。
「はる。ぼくに相談って?」


 はるは目だけ動かして周りを見渡してから、テーブルに視線を落とし
「カズ、文和のこと」
(げっ、想定外…)
「とても仲よさそうに見えたけど、きのうは…」
 はるは顔を上げない。
「仲はいい、です。でも」
「でも? でも、何?」
「文和は、まだ…」
 言葉が出てこない。やけに唇が乾くのはクーラーのせいだけではない。はるがこちらを見やる。その目には涙がいっぱいたまっていて、いまにもこぼれ落ちそうだ。
「キスもしてくれないの」
 はるのまっすぐな視線を外して考える。自分を落ち着けるべく気付かれないように深呼吸をする。
(どーしよぉー。恋愛関係の悩みなんて…よくわかんないよぉ)
 はるが悲しげな声でつぶやく。
「私、魅力…ないのかなぁ」
「そんなことないよ!」
 反射的に答えていた。はるは、すがるような目で見つめてくる。もう一度深く息を吸ってから、
「はるはとってもかわいいよ。文和くんが何もしないのは、それだけはるのこと、大切に思っているからだよ」
 諭すように話すが、はるはよほど悩んでいるのだろう、ぼくの言葉だけでは納得しない。
「そうでしょうか…」
「きっとそうだよ。それに文和くん、気がやさしい男のコみたいだし、強引なことってできないんじゃないかな」
 今度ははるが少し考え、それから
「やさしい…。そう、文和はとてもやさしいの。…でも、もっと私のこと、引っ張ってほしい」
(あぁ、そーゆーのってあるよね)
「晶良さんも年上だけど、そんな感じのとこあるなぁ」
 ザ・ワールドでの図式は、慎重派のカイトをブラックローズがぐいぐい引っ張っていった。だが、リアルでは逆が求められたわけだ。
「文和とカズはイコールなの。やさしいカズのまま」


「はる。それは悪いことではないよ」
「わかっています。わかってるんだけど…」
 ぼくはこくんとうなずいて、はるの言葉を促す。
「私、自分に自信がないんです。だから、言葉がほしい、それ以上に行動がほしいの」
「だれだって自信なんてないよ。好きな相手に嫌われたくない、まずそう考える。ぼくも、文和くんも」
 はるは黙り込んでいる。ぼくの言葉を一生懸命理解しようとしているようだ。
(なんとかわかってもらえそうかな)
 そう思ったぼくは話を続ける。
「それに、きみらにはまだ時間がたっぷりあるじゃないか。焦らなくても大丈夫だよ」
 納得がいかないのか、はるは下を向いてしまう。
(ダメか…)
 うまく話せない、はるの役に立つことができない自分がもどかしい。
 はるが顔を上げる。次の瞬間、ぼくは自分の耳を疑った。それほど衝撃的なはるの言葉だった。
「私がヴァージンじゃないから…」
 息を飲んで、ぼくは言葉を失った。そして脳ミソまでパニックを起こしている。
(ウ、ウソ…、はるって中学生…だよね。い、いや、きょうびの中学生は進んでるから…。い、いやいや、はるって童顔だから、そんなことしてるなんて全然見えないし)
「だから…、だから文和、私に何かするの、ためらってるんじゃないかって…」
 ぼくはまだ立ち直れない。頭は言葉がつくれず、喉はダムになってうめき声を通さない。
「男って、やっぱり、処女じゃなきゃダメなんですか」
 はるが問いかけてくれたおかげで、ぼくはようやく言葉を取り戻した。
「そんなことはないよ。自分が好きになった女性は、自分の目の前にいるひとなんだから」
「ほんとに?」
 ぼくは大きくうなずいてから、
「人それぞれだろうけど、過去は気にしない、なんてことは無理だよ。でも、それは時間が解決してくれる、と思う。だって、好きなんだから。愛しているんだから」
 はるの頬に涙の筋ができる。だが、はっきりと笑っていた。うれしそうだった。
 透明のビニールでできたトートバッグからハンカチを出し、涙を拭ったはるは、
「ありがとうございました!」
 と元気に言った。


 喉に刺さった魚の骨が不意に除かれたように、はるは明るい表情を取り戻した。
「あのぉ、カイトさんはぁ、晶良お姉さんとどこでしてます?」
 話は延長線上ながら、声から深刻さは消えている。ただ、ぼくの心臓は鼓動を速くした。
「げ、げほっ。し、してるって?」
 はるはいたずらっぽく目尻を下げて、
「あぁ~、いま、いやらしいこと、考えたでしょ」
「い、いや、いやらしいことなんて…べ、べつにぃ」
「うふふ。カイトさん、かわいい。…キスです」
「えっ、キス!?」
 すっかり年下の女のコに振りまわされている。
「はい。晶良お姉さんと、どこでキスしてるんですか」
「えっとぉ。とある公園の死角になってるポイント、とか。ホテルとか」
 思いっきり小さい声で言った。
「ふ~ん。私も文和も、どっちも自宅だからなぁ…」
「ぼくたちだって同じだよ」
「でも、私たち、お金あんまり持ってないし、中学生だし…」
「そうだけど、これから時間はいっぱいあるよ。我慢も大事」
 はるはちょっぴり不満そうに、
「それは、『してる』人の余裕ですよぉ」
「そんなことないって。ぼくだって晶良さんと、もう1月…会って…ない…。はぁ」
 現実を思い出し、ぼくはタメ息をつく。うなだれたぼくを気づかうように、はるは、
「あの…、ごめんなさい。私ったら、自分のことばっかり…」
「あっ、いいんだよ、はる。気にしないで」
 晶良とは1月『してない』が、2日前になつめとセックスしていた。それも2回出していた。だから、(ひどい話ではあるが)性欲面では満たされてはいた。
 場が落ち着いて、ぼくは思う。
(話、聞いてほしかったんだよね、はる。ふぅ~、一時はどうなることかと思ったよ)
 空気がまったりとして、はるが
「あの、出ません?」
 と聞いてくる。もちろん異論はない。きょうはゆっくり眠れそうと思っていた。いま、夜の8時過ぎ。

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