vol.3-2⑦Library
夏休みもあと10日。
「んもぉ~、我慢できないぃぃぃ」
勉強に集中できないまま日付けが変わったころ、アタシは天井に向かって声をあげていた。
「アイツってば、きょうでアルバイトは終わりって言ってたのに、全然連絡よこさないじゃないっ」
頬をふくらませ、鳴らないケータイに向かって不満を吐き出す。いっそ自分から電話すればいいのだが、こんな夜更けにそんな非常識な真似はしたくない。
アタシはパソコンのメーラーを開き、「会いたい!」を100回コピペし、送信してやった。それで少しは荒れた気持ちが静まり、ベッドに寝転がってタメ息をついた。
(送別会とかしてもらってて連絡できなかったんだよね、きっと)
ストレートに感情をぶつけたメールにちょっぴり後悔したが、くよくよ考えないのが速水晶良なのだ、と開き直って眠ることにした。
(あした起きたら、アイツからのメール、きっときてる。きっと、きてるんだから)
自分に言い聞かせ、明かりを消した。
翌朝。いつもより早く目覚めたアタシは、寝ぼけ眼をこすりながらパソコンを立ち上げる。
「きてたっ!」
左手で小さくガッツポーズをしながらマウスを操作し、メールを開く。文面を見るなり、
「ぷっ」
思わず吹きだしてしまった。そこには「ごめんっ!」が100回コピペされていたからだ。
「な~にやってんだか」
そう言いながら自然と笑みがこぼれる。「ごめんっ!」が途切れ1行開けて、アタシが待ち望んでいた言葉が紡がれていた。
「んもぉ~、我慢できないぃぃぃ」
勉強に集中できないまま日付けが変わったころ、アタシは天井に向かって声をあげていた。
「アイツってば、きょうでアルバイトは終わりって言ってたのに、全然連絡よこさないじゃないっ」
頬をふくらませ、鳴らないケータイに向かって不満を吐き出す。いっそ自分から電話すればいいのだが、こんな夜更けにそんな非常識な真似はしたくない。
アタシはパソコンのメーラーを開き、「会いたい!」を100回コピペし、送信してやった。それで少しは荒れた気持ちが静まり、ベッドに寝転がってタメ息をついた。
(送別会とかしてもらってて連絡できなかったんだよね、きっと)
ストレートに感情をぶつけたメールにちょっぴり後悔したが、くよくよ考えないのが速水晶良なのだ、と開き直って眠ることにした。
(あした起きたら、アイツからのメール、きっときてる。きっと、きてるんだから)
自分に言い聞かせ、明かりを消した。
翌朝。いつもより早く目覚めたアタシは、寝ぼけ眼をこすりながらパソコンを立ち上げる。
「きてたっ!」
左手で小さくガッツポーズをしながらマウスを操作し、メールを開く。文面を見るなり、
「ぷっ」
思わず吹きだしてしまった。そこには「ごめんっ!」が100回コピペされていたからだ。
「な~にやってんだか」
そう言いながら自然と笑みがこぼれる。「ごめんっ!」が途切れ1行開けて、アタシが待ち望んでいた言葉が紡がれていた。
──ぼくも晶良さんに会いたいっ! 会いたいよ。
──夏休みが終わるまでなんて、とても待てない。
──晶良さん、きょう午前中に電話しちゃダメかな?
──晶良さん、愛してる。
──夏休みが終わるまでなんて、とても待てない。
──晶良さん、きょう午前中に電話しちゃダメかな?
──晶良さん、愛してる。
顔が熱くなったのは、残暑のせいばかりではなかった。
すぐに返信メールを打つ。
──もちろん!
──電話、待ってる。
──電話、待ってる。
送信ボタンをクリックして、ようやく気持ちが落ち着いた。彼からきたメールを読み返していると、ふと送信時間が気になった。
(夜中の2時、か。眠かったはずなのに、メールくれたんだ)
そう思ったら、うれしくて少し涙がにじんだ。それを家族に見られるのが気恥ずかしくて、アタシはそそくさと顔を洗い、歯を磨いた。
トレーニングウエアに着替え、入念にストレッチをしてからジョギングに出る。秋の色を含んだ風を胸いっぱいに吸い込み、気持ちのいい汗をかいて帰宅した。
「お腹すいたぁ~。お母さん、ご飯、まだぁ~」
彼からの電話が待ち遠しくて、それまでにやらなければいけないこと、すべてをすませてしまおうと思っていた。なるべく落ち着いた気持ちで話したかった。
「どうしたの、晶良。最近は夏バテで食欲な~いとか言って、朝抜きだったのに」
あきれたように話す母親に、照れ隠しの言い訳をする。
「えへへ。もう暑い夏は終わり。食欲の秋、だもん」
「まだ8月よ」
そう言って母親は軽くタメ息をつき、
「あと15分でご飯が炊けるわよ。シャワー浴びて、汗流してらっしゃい」
「はぁ~い」
元気よく返事して部屋に戻り、着替えを持ってバスルームへと向かった。
キャァキャァ言いながら冷たい水を頭から浴び、シャワーの温度を上げると鼻歌がもれる。最後にもう一度、冷水を浴びてバスルームから出た。
バスタオルで髪をガシガシと拭いていると、
「なにか、いいことでもあったの?」
朝食の支度をしている母親が背中越しに聞いてくる。
「べ、べつにぃ」
うまくとぼけることができなくて、ドキっとしてしまう。
(夜中の2時、か。眠かったはずなのに、メールくれたんだ)
そう思ったら、うれしくて少し涙がにじんだ。それを家族に見られるのが気恥ずかしくて、アタシはそそくさと顔を洗い、歯を磨いた。
トレーニングウエアに着替え、入念にストレッチをしてからジョギングに出る。秋の色を含んだ風を胸いっぱいに吸い込み、気持ちのいい汗をかいて帰宅した。
「お腹すいたぁ~。お母さん、ご飯、まだぁ~」
彼からの電話が待ち遠しくて、それまでにやらなければいけないこと、すべてをすませてしまおうと思っていた。なるべく落ち着いた気持ちで話したかった。
「どうしたの、晶良。最近は夏バテで食欲な~いとか言って、朝抜きだったのに」
あきれたように話す母親に、照れ隠しの言い訳をする。
「えへへ。もう暑い夏は終わり。食欲の秋、だもん」
「まだ8月よ」
そう言って母親は軽くタメ息をつき、
「あと15分でご飯が炊けるわよ。シャワー浴びて、汗流してらっしゃい」
「はぁ~い」
元気よく返事して部屋に戻り、着替えを持ってバスルームへと向かった。
キャァキャァ言いながら冷たい水を頭から浴び、シャワーの温度を上げると鼻歌がもれる。最後にもう一度、冷水を浴びてバスルームから出た。
バスタオルで髪をガシガシと拭いていると、
「なにか、いいことでもあったの?」
朝食の支度をしている母親が背中越しに聞いてくる。
「べ、べつにぃ」
うまくとぼけることができなくて、ドキっとしてしまう。
2つ折りのケータイが電子音を奏でたのは、11時を少し回ったときだった。だれからの着信か、確認もせずにケータイを耳に当て、
「あっ、アタシ」
「久しぶり。元気?」
「うん。元気だよ」
「きのうはごめん。その…先輩たちに12時過ぎまで付き合わされちゃって」
「何してたの?」
「ご飯食べてから、カラオケ」
「ふ~ん。…あのさ、アルバイト、お疲れさま」
「ありがとう」
3日前の土曜日に聞いたばかりの彼の声。だけれども、ひどく懐かしく思えて言葉が出なくなってしまった。数秒の沈黙。
「晶良さん?」
彼に呼ばれて我に返る。でも、まったりとしてしまって焦ったりしない。
「ん?」
アタシはここにいる、どこにもいかないよ。
「ねぇ、晶良さん。夏休みの課題、…数学なんだけど、よくわからないとこ、あるんだ」
「うん。それで?」
「教えてもらえないかなぁ。晶良さん、数学は得意でしょ」
「数学『は』じゃなくて、数学『も』、よ」
「あは。先生、よろしくお願いします」
おどけて言う彼の口調に笑みがこぼれる。最後に一緒だったプリンセスホテルで、デートは夏休みが終わってから、と言ってしまっていたから、会う口実としては申し分ない。
「これから支度するから…、1時にいつものところで待ち合わせ、でどう?」
「やったっ!」
急に彼が大きな声を発した。
「えっ?」
「だって、きょう会えるなんて、最っ高!」
「アタシだって…」
そこまで言って口ごもる。続きはもちろん、会いたかったんだから、だ。
「あっ、アタシ」
「久しぶり。元気?」
「うん。元気だよ」
「きのうはごめん。その…先輩たちに12時過ぎまで付き合わされちゃって」
「何してたの?」
「ご飯食べてから、カラオケ」
「ふ~ん。…あのさ、アルバイト、お疲れさま」
「ありがとう」
3日前の土曜日に聞いたばかりの彼の声。だけれども、ひどく懐かしく思えて言葉が出なくなってしまった。数秒の沈黙。
「晶良さん?」
彼に呼ばれて我に返る。でも、まったりとしてしまって焦ったりしない。
「ん?」
アタシはここにいる、どこにもいかないよ。
「ねぇ、晶良さん。夏休みの課題、…数学なんだけど、よくわからないとこ、あるんだ」
「うん。それで?」
「教えてもらえないかなぁ。晶良さん、数学は得意でしょ」
「数学『は』じゃなくて、数学『も』、よ」
「あは。先生、よろしくお願いします」
おどけて言う彼の口調に笑みがこぼれる。最後に一緒だったプリンセスホテルで、デートは夏休みが終わってから、と言ってしまっていたから、会う口実としては申し分ない。
「これから支度するから…、1時にいつものところで待ち合わせ、でどう?」
「やったっ!」
急に彼が大きな声を発した。
「えっ?」
「だって、きょう会えるなんて、最っ高!」
「アタシだって…」
そこまで言って口ごもる。続きはもちろん、会いたかったんだから、だ。
彼はそんなアタシをスルーして、
「それじゃあ、待ってるね。晶良さん、愛してる」
「アタシも」
ケータイを充電器に戻し、目を閉じて再会できる幸せをかみしめる。
それからアタシは準備を始める。
(きょうは、あいつの課題を見てあげるんだから…)
デートではないんだと思っても、心がウキウキとしてくる。首を2、3度横に振り、自分も少しは受験勉強しようと考え、苦手な暗記モノをバッグに放り込んだ。
それから、衣装ダンスを開けて服選び。花火見物をしたときのイエローのワンピースが真っ先に目に飛び込んできた。
「うん。やっぱり、これね」
つぶやき、それを取り出す。ふと高校の制服が目に入る。
(これ着てったら、アイツ、びっくりするだろうなぁ)
などと考え、彼の驚く顔を想像したら頬が緩んだ。しかし、ある考えが頭に浮かび、顔を赤くして制服から目をそらした。
(もしも…、ホテルに行こうってなったら、さすがに制服じゃ入れないじゃない…)
そんなことを期待している自分にハっとして、ますます顔が赤くなる。
もう一度歯を磨き、火照った顔を冷やそうと顔を洗う。それから下着を履き替え、イエローのワンピースを着て準備完了。麦藁帽子をかぶり、バッグを抱えて玄関へと急ぐ。
「あら、晶良、出掛けるの?」
母親の問いに、
「うん。図書館行ってくる。それから友達と会うんで、きょうは夕ご飯、パスするね」
「あんまり遅くならないのよ」
「はぁぁい。じゃあ、いってきま~す」
時間は十分過ぎるほどあるというのに、彼に会えると思うと歩みが早くなってしまう。
電車に乗る。席はガラガラだったが、座るよりも立っていたかった。窓を流れる景色は見慣れたものだが、この日は何もかもが輝いて見えた。
待ち合わせの駅には15分も前に着いてしまった。電車を降りて、
(きょうはアタシのほうが先にきちゃったかな)
と思って改札を抜けると、彼の姿が目に飛び込んできた。
「それじゃあ、待ってるね。晶良さん、愛してる」
「アタシも」
ケータイを充電器に戻し、目を閉じて再会できる幸せをかみしめる。
それからアタシは準備を始める。
(きょうは、あいつの課題を見てあげるんだから…)
デートではないんだと思っても、心がウキウキとしてくる。首を2、3度横に振り、自分も少しは受験勉強しようと考え、苦手な暗記モノをバッグに放り込んだ。
それから、衣装ダンスを開けて服選び。花火見物をしたときのイエローのワンピースが真っ先に目に飛び込んできた。
「うん。やっぱり、これね」
つぶやき、それを取り出す。ふと高校の制服が目に入る。
(これ着てったら、アイツ、びっくりするだろうなぁ)
などと考え、彼の驚く顔を想像したら頬が緩んだ。しかし、ある考えが頭に浮かび、顔を赤くして制服から目をそらした。
(もしも…、ホテルに行こうってなったら、さすがに制服じゃ入れないじゃない…)
そんなことを期待している自分にハっとして、ますます顔が赤くなる。
もう一度歯を磨き、火照った顔を冷やそうと顔を洗う。それから下着を履き替え、イエローのワンピースを着て準備完了。麦藁帽子をかぶり、バッグを抱えて玄関へと急ぐ。
「あら、晶良、出掛けるの?」
母親の問いに、
「うん。図書館行ってくる。それから友達と会うんで、きょうは夕ご飯、パスするね」
「あんまり遅くならないのよ」
「はぁぁい。じゃあ、いってきま~す」
時間は十分過ぎるほどあるというのに、彼に会えると思うと歩みが早くなってしまう。
電車に乗る。席はガラガラだったが、座るよりも立っていたかった。窓を流れる景色は見慣れたものだが、この日は何もかもが輝いて見えた。
待ち合わせの駅には15分も前に着いてしまった。電車を降りて、
(きょうはアタシのほうが先にきちゃったかな)
と思って改札を抜けると、彼の姿が目に飛び込んできた。
しばらく会っていなかった彼は、いい感じに日焼けしていて精悍になったように見えた。
アタシに気付いた彼が、大きく右手を振りながら走り寄ってくる。
「久しぶり」
「ん。そーだね」
言いながら見つめ合う。彼に飛びつき、太くなった腕で抱きしめられたい、そう強く思った。だけど、気持ちをぐっと抑え込む。落ち着いた、年上らしい口調になるように気をつけて、
「で。きょうはどこに行く?」
と聞いてみる。すぐにでも2人きりの世界に飛び込みたかったが、彼の口から発せられた言葉は、
「図書館、かな。調べものもあるし…。静かなところで勉強に集中したいんだ」
(なんだ。それなら、アタシと一緒じゃなくてもいいじゃないの)
不満が表情に出てしまう。敏感にアタシの気持ちに気付いた彼は、表情を少し曇らせ
「晶良さん?」
と心配そうに聞いてくる。アタシは少し動揺してしまい、
「えっ? っと、ね。うん。アタシも苦手な暗記モノ、頑張るから…。行こっか」
早口でまくしたてた。彼はあくまで優しくアタシの手を握り、出てきたばかりの駅に向かって歩きだす。
目指す図書館は、前に何度か利用したことがある。高校入試を控えた彼の受験勉強(という名目のデート、ではあったが…)に付き合ったことがあった。
電車に乗る。今度は並んで座った。
「アンタさあ、ずいぶん変わったね」
「そおかな? 自分じゃよくわからないや」
「逞しくなった、よ」
「うん。筋肉はついたかな」
そう言いながら腕を曲げて、力こぶをつくる彼。アタシは右手を伸ばして力こぶをそっと撫で、それから思いきり指に力を入れてみた。
「!」
力こぶはへこみもせず、彼は余裕の笑顔を向けてくる。
「へへへ。もう、晶良さんに腕相撲で負けないよ」
付き合い始めたころ、戯れにした腕相撲。男とはいえ中学生相手に本気を出したアタシは、あっさり勝利をものにしてガッツポーズまでしていた。
「そりゃそーよ。アタシはかわいくて、かよわい、オンナのコだもん」
アタシに気付いた彼が、大きく右手を振りながら走り寄ってくる。
「久しぶり」
「ん。そーだね」
言いながら見つめ合う。彼に飛びつき、太くなった腕で抱きしめられたい、そう強く思った。だけど、気持ちをぐっと抑え込む。落ち着いた、年上らしい口調になるように気をつけて、
「で。きょうはどこに行く?」
と聞いてみる。すぐにでも2人きりの世界に飛び込みたかったが、彼の口から発せられた言葉は、
「図書館、かな。調べものもあるし…。静かなところで勉強に集中したいんだ」
(なんだ。それなら、アタシと一緒じゃなくてもいいじゃないの)
不満が表情に出てしまう。敏感にアタシの気持ちに気付いた彼は、表情を少し曇らせ
「晶良さん?」
と心配そうに聞いてくる。アタシは少し動揺してしまい、
「えっ? っと、ね。うん。アタシも苦手な暗記モノ、頑張るから…。行こっか」
早口でまくしたてた。彼はあくまで優しくアタシの手を握り、出てきたばかりの駅に向かって歩きだす。
目指す図書館は、前に何度か利用したことがある。高校入試を控えた彼の受験勉強(という名目のデート、ではあったが…)に付き合ったことがあった。
電車に乗る。今度は並んで座った。
「アンタさあ、ずいぶん変わったね」
「そおかな? 自分じゃよくわからないや」
「逞しくなった、よ」
「うん。筋肉はついたかな」
そう言いながら腕を曲げて、力こぶをつくる彼。アタシは右手を伸ばして力こぶをそっと撫で、それから思いきり指に力を入れてみた。
「!」
力こぶはへこみもせず、彼は余裕の笑顔を向けてくる。
「へへへ。もう、晶良さんに腕相撲で負けないよ」
付き合い始めたころ、戯れにした腕相撲。男とはいえ中学生相手に本気を出したアタシは、あっさり勝利をものにしてガッツポーズまでしていた。
「そりゃそーよ。アタシはかわいくて、かよわい、オンナのコだもん」
冗談めかして言う。彼はにっこり笑って、
「そだね。かわいくて、きれいで、すてきな女性だよ。晶良さんは」
照れもせずに真面目な顔をして言う。その言葉に真っ赤になったアタシは、恥ずかしくなってプイと横を向く。なんとか気を取り直して、
「前にも言ったでしょ? そーゆーことは人前で言わないの。恥ずかしいでしょ」
彼の答えは、やはり前と同じだった。
「うん。ごめんね。2人きりになったら、いっぱい言うよ」
「もう。バカ…」
目を合わせられず、自分の足に向かって小声で言った。
駅を出て図書館までの道、アタシは彼と手をつないで歩く。暦のうえではとっくに秋なのだが、ことしも残暑が厳しい。まだまだ外は暑く、掌にはじっとり汗をかいていたが、彼と触れ合っていたい気持ちが勝った。
いつも思う。図書館って、なんで空気が涼しく感じられるんだろう、と。人の熱気が感じられない気がする。独特の静けさのせいか、本の放つ冷気がそうさせているんだろうか…。
2階に上がり食堂に直行。メニューが豊富で、そこそこおいしく、それでいて安い。お小遣いが少なかったころ、ずいぶんお世話になっていた。
過去、食堂はまた、2人の勉強の場でもあった。それぞれが自分の課題と向き合いつつ、彼が難しい問題に直面したとき(それは数学に限られたが)、アタシが教えたりもした。
つっかえたり、脱線しかけたり、お世辞にも要領がいいとはいえないアタシの説明を、彼は辛抱強く聞いてくれた。
必要なときに話せないのでは2人で図書館にくる意味がなかった。だから、小声でも話せる食堂は格好の場所だった。
「アタシ、ほんとは図書館って苦手」
日替わりランチを食べながら彼に話かける。
「ふ~ん。晶良さんは体育会系だもんねぇ」
スパゲティをフォークでからめながら彼が答える。
「まぁね。学校で図書委員だけは、ぜ~ったいにできないわ」
彼の動きが止まり固まっている。
「どしたのぉ~?」
「えっ…、あ、いや、その…。ぅん、なんでもないよ」
「そだね。かわいくて、きれいで、すてきな女性だよ。晶良さんは」
照れもせずに真面目な顔をして言う。その言葉に真っ赤になったアタシは、恥ずかしくなってプイと横を向く。なんとか気を取り直して、
「前にも言ったでしょ? そーゆーことは人前で言わないの。恥ずかしいでしょ」
彼の答えは、やはり前と同じだった。
「うん。ごめんね。2人きりになったら、いっぱい言うよ」
「もう。バカ…」
目を合わせられず、自分の足に向かって小声で言った。
駅を出て図書館までの道、アタシは彼と手をつないで歩く。暦のうえではとっくに秋なのだが、ことしも残暑が厳しい。まだまだ外は暑く、掌にはじっとり汗をかいていたが、彼と触れ合っていたい気持ちが勝った。
いつも思う。図書館って、なんで空気が涼しく感じられるんだろう、と。人の熱気が感じられない気がする。独特の静けさのせいか、本の放つ冷気がそうさせているんだろうか…。
2階に上がり食堂に直行。メニューが豊富で、そこそこおいしく、それでいて安い。お小遣いが少なかったころ、ずいぶんお世話になっていた。
過去、食堂はまた、2人の勉強の場でもあった。それぞれが自分の課題と向き合いつつ、彼が難しい問題に直面したとき(それは数学に限られたが)、アタシが教えたりもした。
つっかえたり、脱線しかけたり、お世辞にも要領がいいとはいえないアタシの説明を、彼は辛抱強く聞いてくれた。
必要なときに話せないのでは2人で図書館にくる意味がなかった。だから、小声でも話せる食堂は格好の場所だった。
「アタシ、ほんとは図書館って苦手」
日替わりランチを食べながら彼に話かける。
「ふ~ん。晶良さんは体育会系だもんねぇ」
スパゲティをフォークでからめながら彼が答える。
「まぁね。学校で図書委員だけは、ぜ~ったいにできないわ」
彼の動きが止まり固まっている。
「どしたのぉ~?」
「えっ…、あ、いや、その…。ぅん、なんでもないよ」
まさか、彼が動揺した原因が『図書委員』という言葉にあったとは、気が付くはずもない。
彼はスパゲティとカツカレーを脇目も振らずに口に運んでいる。それを見て目を細め、
「ほんと。おいしそうに食べるね」
「ん~。今度さ、晶良さんのつくったもの、食べたいな」
無邪気に言ってくる彼。でも、それはアタシにとっては地雷だった。
「えっ? …っとぉ。アタシ、料理は…、ちょっと自信…ないかな…。えへへ」
照れ笑いでごまかそうとするが、彼は
「ぼく、なんでもおいしく食べる自信あるよ。それに、晶良さんの手料理を食べられたなら、死んでもいいっ!」
「う~、ほんとに死んじゃうかも、よ?」
「あは。だいじょぶだよ。ね、ね、晶良さん。今度のデートのとき、お弁当、お願い、ね?」
…いまは受験勉強だけに集中したい、ってのに…。家庭科なんか、受験にないっていうのに…。
「もぉ~。ほんっとに、おなか壊したって、しらないから…」
困った展開だ…。だけど、次のデートの約束ができるとあれば、文句はない。まあ、毒を盛るわけではないから、とんでもないことにはならないだろう。アタシは気を取り直して、
「じゃあ、9月になったら、アタシの高校のテニス部の練習試合、あるから。一緒に行こ?」
と誘ってみる。彼は満面の笑みで、
「うん! 楽しみっ!」
最後のカレーライスを口に放り込み、そう答えた。
「はぁ~。じゃあ、この話はおしまいにして、勉強、頑張りますか」
「うん。そーだね。ねぇ、晶良さん、ここなんだけど…」
彼はカバンに手を突っ込んで参考書を取り出し、付箋を張ったページを広げてアタシに見せた。
「ん。…これはね。ここを、こーして、んっと、こーすれば、こーなるでしょ?」
「そっか! うん、わかった。さすが、晶良さん」
「へへ~ん。まっかせなさ~い」
ちょっぴり胸を張る。彼は次の付箋をつまんでページをめくり、アタシに問題を突きつける。
「これは、ね。いまやった問題の応用。自分でやってみなさい」
「ん~。えっと、今の問題は…。う~ん…あっ、そっか。これをここに…、ん~違うなぁ…。じゃ、こっち…かなぁ?」
救いを求める仔犬みたいに心細げな目を向けてくる彼。きゅん、と胸が鳴る。
彼はスパゲティとカツカレーを脇目も振らずに口に運んでいる。それを見て目を細め、
「ほんと。おいしそうに食べるね」
「ん~。今度さ、晶良さんのつくったもの、食べたいな」
無邪気に言ってくる彼。でも、それはアタシにとっては地雷だった。
「えっ? …っとぉ。アタシ、料理は…、ちょっと自信…ないかな…。えへへ」
照れ笑いでごまかそうとするが、彼は
「ぼく、なんでもおいしく食べる自信あるよ。それに、晶良さんの手料理を食べられたなら、死んでもいいっ!」
「う~、ほんとに死んじゃうかも、よ?」
「あは。だいじょぶだよ。ね、ね、晶良さん。今度のデートのとき、お弁当、お願い、ね?」
…いまは受験勉強だけに集中したい、ってのに…。家庭科なんか、受験にないっていうのに…。
「もぉ~。ほんっとに、おなか壊したって、しらないから…」
困った展開だ…。だけど、次のデートの約束ができるとあれば、文句はない。まあ、毒を盛るわけではないから、とんでもないことにはならないだろう。アタシは気を取り直して、
「じゃあ、9月になったら、アタシの高校のテニス部の練習試合、あるから。一緒に行こ?」
と誘ってみる。彼は満面の笑みで、
「うん! 楽しみっ!」
最後のカレーライスを口に放り込み、そう答えた。
「はぁ~。じゃあ、この話はおしまいにして、勉強、頑張りますか」
「うん。そーだね。ねぇ、晶良さん、ここなんだけど…」
彼はカバンに手を突っ込んで参考書を取り出し、付箋を張ったページを広げてアタシに見せた。
「ん。…これはね。ここを、こーして、んっと、こーすれば、こーなるでしょ?」
「そっか! うん、わかった。さすが、晶良さん」
「へへ~ん。まっかせなさ~い」
ちょっぴり胸を張る。彼は次の付箋をつまんでページをめくり、アタシに問題を突きつける。
「これは、ね。いまやった問題の応用。自分でやってみなさい」
「ん~。えっと、今の問題は…。う~ん…あっ、そっか。これをここに…、ん~違うなぁ…。じゃ、こっち…かなぁ?」
救いを求める仔犬みたいに心細げな目を向けてくる彼。きゅん、と胸が鳴る。
「そ。それでいーの。わかった? このテの問題は、ね。ぜ~んぶ、この応用」
「ふ~ん。でも、そんなに簡単に考えちゃっていいのかなぁ…」
「アンタねぇ、難しく考える必要、ないじゃん。世の中はシンプルにもっていったほうが、いいことが多いのよ」
「う、ん。晶良さんに言われると」
「そんな気がしてくる、でしょ?」
「いや、逆。心配になってくる」
「こらっ! アンタ、生意気っ」
「しーっ。晶良さん、いくら食堂だからって、声、おっきいよ」
「あ…っちゃ~。いっけない」
周りが見えなくなるのはアタシの短所だ。肩をすくめて反省する。そんなアタシを見る彼の視線は年下とは思えない。それがちょっぴり不満で
「な、なによぉ」
口を尖らせながら言ってみる。
「あっと。ごめんね、晶良さん。いや、晶良先生」
おどけて言う彼。ほんとに憎めない。人を愛するって、こういうことなのか!? 照れ隠しに、
「つ、次、次の質問は?」
と言って彼を促す。彼は小声で
「うふふ。かわいい」
などとつぶやいて、ますますアタシの顔を赤くする。それから、
「数学はOKかな。今の問題だけ引っかかってたんだ。あとは自分でいろいろな問題を解いてみるよ」
「うん。アタシ、アンタの役に立てた?」
「もちろん! 晶良先生、ありがとう。ぼく、少し調べものしてくるね。晶良さんはどーする?」
「アタシはここにいる。暗記モノ、頑張ってやらなくっちゃ」
彼は静かに席を立ち、軽く手を振ってから図書室に入っていった。一人残されたアタシはバッグからノートを出して、苦手な数字覚えに励むことにした。
30分ほどで彼が戻ってきた。没頭していたアタシは、自分の前に座った彼に気付かなかった。しばらくしてから、
「晶良さん」
彼の声。はっとして顔を上げると、そこにはアタシの大好きな彼の笑顔。
「ふ~ん。でも、そんなに簡単に考えちゃっていいのかなぁ…」
「アンタねぇ、難しく考える必要、ないじゃん。世の中はシンプルにもっていったほうが、いいことが多いのよ」
「う、ん。晶良さんに言われると」
「そんな気がしてくる、でしょ?」
「いや、逆。心配になってくる」
「こらっ! アンタ、生意気っ」
「しーっ。晶良さん、いくら食堂だからって、声、おっきいよ」
「あ…っちゃ~。いっけない」
周りが見えなくなるのはアタシの短所だ。肩をすくめて反省する。そんなアタシを見る彼の視線は年下とは思えない。それがちょっぴり不満で
「な、なによぉ」
口を尖らせながら言ってみる。
「あっと。ごめんね、晶良さん。いや、晶良先生」
おどけて言う彼。ほんとに憎めない。人を愛するって、こういうことなのか!? 照れ隠しに、
「つ、次、次の質問は?」
と言って彼を促す。彼は小声で
「うふふ。かわいい」
などとつぶやいて、ますますアタシの顔を赤くする。それから、
「数学はOKかな。今の問題だけ引っかかってたんだ。あとは自分でいろいろな問題を解いてみるよ」
「うん。アタシ、アンタの役に立てた?」
「もちろん! 晶良先生、ありがとう。ぼく、少し調べものしてくるね。晶良さんはどーする?」
「アタシはここにいる。暗記モノ、頑張ってやらなくっちゃ」
彼は静かに席を立ち、軽く手を振ってから図書室に入っていった。一人残されたアタシはバッグからノートを出して、苦手な数字覚えに励むことにした。
30分ほどで彼が戻ってきた。没頭していたアタシは、自分の前に座った彼に気付かなかった。しばらくしてから、
「晶良さん」
彼の声。はっとして顔を上げると、そこにはアタシの大好きな彼の笑顔。