アットウィキロゴ
18Rの鷹SSまとめサイト
掲示板 掲示板 ページ検索 ページ検索 メニュー メニュー

18Rの鷹SSまとめサイト

vol.3-3②Yokohama

最終更新:

taka18r

- view
だれでも歓迎! 編集

vol.3-3②Yokohama


 なんでだろう、どちらもが口を閉ざしたまま歩いた。重苦しい空気に耐えるのは、かなりつらい。
 といって、話をしようにも話題の持ち合わせはなかった。黙ったまま、ただ歩き続けていた。そうこうしているうちに、いつの間にか大さん橋に着いてしまった。
 巨船の甲板を思わせる板張りを、なぜか急ぎ足で歩き、ついに突端まできた。
「風が冷たくって、気持ちいい」
 髪を潮風に泳がせながら、なつめがつぶやく。でも、言葉とはうらはらに表情に翳りがさしているのを、ぼくは見逃さなかった。
「ねぇ、なつめ。なにか心配ごとでもあるの?」
 手すりに両手を乗せ、顔だけなつめのほうに向けて核心をずばりと突いてみた。
「えっ? ぃぇ…、その」
 なつめは口ごもって目を伏せてしまう。
(やっぱり…、ぼくとの関係で悩んでいるんだろうな…)
 かける言葉も見当たらない。話を振っておきながら、ぼくは途方に暮れた。
「写真、絶対だれにも見せません。だから…、だから、きょうはいっぱい写真、撮らせてください」
 いきなり、なつめが一途な目で訴えてくる。ぼくは心の中で息を吐いた。
(なんだ、そんなことを気にしてたのか…)
「もちろん、いいよ。きょうはさ、めいっぱいなつめに付き合うよ」
 ニッコリ笑って答えた。うれしそうな笑顔が返ってくる。
「カイトさんもいります? 写真」
 それは持っているわけにはいけないもの。
「ぼくは、心のアルバムに張っておくよ」
 なつめの表情はみるみる曇っていった。
「…ですよね。ばかですよね、わたし、調子に乗って。わかっているのに…。わかりきっているのに…」
 また2人の間を沈黙が支配した。真摯な目をぼくに向けてなつめが話す。
「わたし、自分の気持ちを確かめたかったんです」
「え…っと。よく、わかんない…」
 また沈黙。なつめは話そうかどうしようか、迷っているようだ。
 少したって、なつめが打ち明け始めた。
「…夏休みに、図書館で男の人に話しかけられたんです…」
 うなずく。ただそれだけの単純な動作なのに、なぜかぎこちない動きになってしまった。


「大学院生。学生証、見せてくれました。あやしいものじゃない、って言って。すごくまじめな人なんです。身なりも、話し方も」
「ふぅ~ん。そうなんだ」
 その人とどうかなったんだろうか。話を急かしたい気持ちをぐっと押さえ込み、なるべく平静を装って相槌を打つ。
「わたし、ほとんど毎日、図書館に行ってて…。その人も、毎日きていたので、いつからか、あいさつするようになっていたんです」
「うん」
「夏休みの最後の日です。喫茶室に誘われて『もう会えなくなっちゃうのかな。できれば図書館ではないところで会いたい』って、言われたんです」
「うん。…それで、なつめはなんて答えたの」
「はい。…い、いえ、いまのはカイトさんへの返事です!」
 変にうろたえるなつめ。続けて、
「お断りしました。でも、はっきりと言えなかったみたいで…。その人、ちょっと思い違いしちゃったみたいで…。携帯電話のナンバーとメールアドレス、渡されたんです」
 そこまで聞いて、ぼくには変な感情が湧き起こっていた。いや違う、変な、ではない。自分勝手な感情だ。嫉妬、ジェラシー、だった。
(なんか、おもしろくない。なつめは、ぼくが好きなんじゃないの!?)
 思いが顔に出る。なつめがぼくの表情の変化に気づく。涙をいっぱいにたたえた瞳をぼくに向け、
「ごめんなさい! わたし、わたしは…カイトさんが好き!」
 涙が頬を伝ってあごでたまり、重力に耐えきれず落ちた。
「いや…、その…、あの…、ごめん。なつめ、泣かないで、お願い」
 なつめはぼくのお願いを聞いてくれなかった。胸に飛び込んでくると、周囲を気にもせずに泣いた。
「ごめん…なさ…い。ごめんなさい」
 嗚咽に混じって聞こえてくるなつめの言葉。ぼくにできることは、そっと抱きしめることだけ。
 きょろきょろするわけにはいけない。目だけ動かして周囲をうかがう。
(なんか…、だれも見ていないなぁ)
 安心するより拍子抜けだ。しかし、きょうは休日で、ここは横浜赤レンガ倉庫。恋人たちが集う場だ。
(そっか。みんな、自分たちだけの世界に入っているんだ)
 ほっとしたぼくは、なつめの気がすむまで抱擁を続けることにした。


 しばらくして、なつめは静かにぼくから離れた。
「落ち着いた?」
 ぼくの問いに、なつめは言葉ではなく、うなずくことで答えた。それから顔を上げたなつめの目は泣き腫らして真っ赤になっていた。
「なにか、飲んでいかない?」
 目のことには触れずに誘う。返事はまた聞かれず、なつめはこくんと小さく顔を下げた。
 少し戻ってカフェに入る。実際、喉はからからだった。席に着くと横浜の名所が一望できた。2年前の大火災の傷跡は、そんなことがあったなんて信じられないほど、すっかり癒えている。
 なつめが遠くの景色をじっと見ている。徐々に表情から緊張が抜けていくのが読み取れた。
「素敵…」
 つぶやくなつめ。
「いいところだね。きてよかった。なつめ、ありがとう」
 素直な気持ちでお礼が言えた。でも、考えていたのは、
(今度は晶良さんときたいなぁ)
 だった。ふと、自分がひどい男に思えてきた。動揺しかけたところで、ウエイトレスさんがオーダーを取りにきてくれ、ほっとする。
「アイスコーヒーを」
「わたしは紅茶、オレンジペコをください」
 飲みものがくるまで、どちらも話せないでいた。ぼくは運ばれたアイスコーヒーにガムシロップとミルクを入れ、ストローを使わず半分ほどを一気に飲んだ。
 なつめが頼んだ紅茶は少し遅れて運ばれてきた。カップにティーサーバーからオレンジペコを注ぎ、ミルクと砂糖を入れて、ゆっくりとスプーンを回しながら、なつめは本当にすまなそうに話した。
「取り乱して、すみませんでした」
「そんな。ぼくこそ、ごめん」
「カイトさんは謝らないで、ください」
 なつめはまた目を伏せ、声を震わせる。
「あ、あのさ。きょうは笑っていようよ、ぼくも、なつめも。そのほうがずっと楽しいよ」
「はい!」
 無理に笑いをつくり明るい声を絞り出すなつめがとてもいじらしい。


 喉の渇きもおさまり、歩き疲れもすっかり回復した。穏やかに会話したせいか、なつめの目もだいぶ平常に戻ってきた。
「ねぇ、なつめ。そろそろ出ようか」
「はい。次に行くところでお昼にしましょう」
「やったぁ。そう聞いたら、なんかお腹がすいてきた」
「でも、あと30分くらい歩いてからなんです」
 申し訳なさそうに言うなつめ。ぼくは自分に笑顔、笑顔と言い聞かせて、
「だいじょぶ。なつめのお弁当、食べられるなら、30分くらいへーきだよ」
 ニッコリ笑って強がってみせた。
 カフェを出て、大さん橋をバックに写真を撮った。近くにいたカップルの男のほうにシャッターを押してもらい、それからぼくがカメラを受け取ってなつめを写した。
 手をつないで歩く。途中、「山下公園」という道標を見て、そこが目的地かなと思ったが、どうやら違うようだった。
「まだ先です。ごめんなさい」
「謝っちゃダメだよ、なつめ。笑顔、笑顔」
「あ、はい。もう少しですからね、お腹すいたでしょうけど、我慢してくださいね」
 なつめはぼくのお腹におずおずと手を伸ばし、円を描くようにさすってくる。その途端、ぐぅ~っ。
「やだっ、カイトさん。無理にそんな音出さなくても、私、楽しいですよ」
「ち、違うよ。わざとなんて出せないって。ほんとにお腹すいてるんだってばっ」
 真剣に釈明するぼくを見て、なつめはくすくすと笑っている。
 なつめの笑顔を見ていれば、空腹なんてそれほど気にならない。上り坂はだらだらと続いていたが、足どりは不思議なくらい軽かった。
「港の見える丘公園、っていうんだ、ここ」
 公園の入り口の前で、ぼくはなつめに話しかけた。なつめは少し息が苦しそうだ。
「だいじょうぶ? 落ち着くまで少しじっとしていよう」
「はい。ありがとうございます」
 なつめはゆっくりと深呼吸を繰り返している。
「運動不足だよ、なつめ。図書館にばっかこもってちゃだめだよ。たまには外の空気も吸わなきゃ」
 冗談めかして笑顔で言う。なつめは小さく舌を出して拳を握りしめ、ぼくをまっすぐに見て答える。
「ほんとにそうですね。体、鍛えなくっちゃ。よ~し、来週からウオーキング、頑張るぞぉ~」


「その話し方、なつかしい」
 目を細めて言うと、なつめも気がついたようで、
「えへへ。でも…、やっぱり、わたしには運動って向いてない気がする…」
「そんなことないよ。最初っから無理するんで長続きしないだけだよ。ゆっくり、自分のペースで、ね」
「はい。なんか、できそうな気がしてきました。だけど、まだ心臓がドキドキいってるんですよ。ほら」
 なつめがぼくの左手をとって自分の左胸にあてる。思わず指を曲げてしまい、心臓の鼓動をさらに速くしてしまった。なつめははっとして、
「いけない。わたしったら…、恥ずかしい」
 両手を胸の前にもっていき、後ろを向いてしまった。ぼくは目の前に左の掌をかざし、わけもなく指を曲げ伸ばしする。
(したい気持ちって、お腹すいてるときのほうが強い気がする…)
 などと考えていた。その時、なつめが笑顔で振り返り、
「さあ、行きましょう。お昼にしましょう」
 ぼくの手をとり、引っ張るようにして公園に入っていくなつめ。そんな行動をとるなつめが、とてもいとおしく思えた。
 展望台に着く。ベイブリッジが白鳥の翼を広げている。立ち止まり息を飲んで見てしまう。
「…本当はここで食べたかったんですけど、人が多すぎますね。ほかに行ってみましょう」
 なつめは残念そうに話す。
「うん。でも、すっごくいい眺め。食べ終わったら、またここにこよう」
 ぼくがそう言うと、なつめは心の底から喜んだ顔を見せてくれた。
 ひとつ空いたベンチで、なつめがバッグからお弁当を出している。ぼくは黙ってそれを見詰めている。
「きょうはおむすびにしてみました。おかずもいっぱいつくっちゃいました。カイトさんのお口に合うといいんですけど」
 言葉とは違って、なつめの口調は自信にあふれている。こと料理に関しては、どこかのだれかさんと違って疑う余地などない。
「わぁ~」
 包みを開くと、俵型のおにぎりが5つ。形も大きさもそろったおにぎりがきれいに収まっている。海苔を巻いたの、ごま塩を振ってあるの、のりたまがかけてあるの、見ているだけで食欲が倍加する。
 ごくりとつばを飲み込み、ぼくは猛烈な勢いでおにぎりに手を伸ばした。
「いっただきまぁ~す!」


 おかずの入ったランチボックスを用意しながら、なつめは母親みたいな笑みを浮かべて言う。
「そんなに慌てなくても、まだまだいっぱいありますからね」
 両手に一つずつおむすびを持ち、どちらも2口で平らげる。喉に詰まらせると、すかさず
「はい」
 と言って、なつめが水筒から冷えたお茶を注いで渡してくれた。ごくごくと一気に飲み干し、
「ありがとう」
 と言って微笑む。なつめはうれしそうに、
「おかずも食べてくださいね」
 と勧めてくる。味がどうかなんて聞いてこない。それはぼくの食べっぷりを見れば明らかだったから。
 ランチボックスをのぞき込む。トリカラ、卵焼き、ハンバーグ…。どこかで見たような、リクエストしたような料理が行儀よく並んでいる。
「おいっしぃ~」
 ハンバーグを頬張り、おにぎりと一緒に飲み込んで、ぼくは目を見開いて言う。うれしそうななつめ。
「カイトさんの食べっぷりを見てたら、なんか、わたしもお腹すいてきちゃいました」
 そう言ってなつめは、おむすびの入った包みを2つ開け、一つをぼくの前に置いて、もう一つから海苔を巻いたおむすびをつまんで食べる。
「この卵焼き、すっごくおいしい! ケチャップなんていらないや」
 なつめはケチャップと聞き、不思議そうに首を傾げている。ごまかすようにトリカラを口に運ぶ。
「くぅ~、この味付け。最っ高~!」
 続けて3つ、ぺろりと平らげた。しゃべる間も惜しんで、ぼくは一心不乱に食べた。
「ふぅ~。おいしかったぁ。ごちそうさま」
 残さず食べつくし、冷たいお茶を飲み干す。ふくらんだお腹を撫でながら、ぼくはなつめに向かって笑顔で言った。なつめは満足そうな笑みをこぼしながら、
「よかった。あんなにおいしそうに食べてもらえると、お弁当つくってきてよかったって思えます」
「なつめはきっといい奥さんになるよ」
 満腹で気が緩みまくっていたせいか、地雷原に足を踏み入れるような軽口をたたいてしまった。それに気がついてドキリとするが、なつめは素直に言葉に反応し、
「そんなぁ…」
 と言って、両頬に両の掌をあてて照れている。
 なつめが後片付けを終えるのを待って誘う。
「じゃあ、さっきの展望台に行ってみようよ」


 展望台ではたくさん写真を撮った。フォトグラファーになったりモデルになったりを繰り返すなつめ。息を切らせて、それでも楽しそうに動きまわっていた。
 36枚撮りのフィルムをすべて撮影したのを機に、ぼくたちはベンチに座って一休みすることにした。
「ほんとは夜、きたかったんです、ここ」
「どーして?」
「夜景がすっごく素敵だって、ホームページで見たんです」
「昼間でもこんなにきれいな眺めなのに、夜はもっとすごいんだ?」
「はい。でも、高校生では夜遊びなんてできませんから、仕方ないです」
 そう言いつつも、なつめはきょうのデートに満足しているようで、穏やかな笑顔をぼくに向けてくる。
 日は短くなったとはいえ、まだ時間はある。
「ねぇ、なつめ。次はどこに連れて行ってくれるの?」
 横浜にはまだまだたくさんのデートスポットがあるはず。期待に目を輝かして、ぼくは聞いた。
「…」
 答えはすぐに返ってこなかった。
(息はとっくに戻っているはずなのに、変だな。どうしたんだろう?)
「…2人きりになりたい…」
「えっ? っとぉ」
「ここからは、カイトさんがエスコートしてください」
 声は小さいが、なつめはしっかりした口調で要求してくる。
(やっぱり…、こうなるんだ…。夕べ、ネットで調べといてよかった…のかな?)
 なつめを抱きたかった。
 デートのお礼に相手の望むことをする、それは悪いことなの? いけないことなの?
 言い訳を繰り返すたび、脳裏に浮かぶのは晶良の笑顔だった。
 必死になって戦う。一生懸命、自分と戦う。八相と戦ったとき以上の労力をはらって戦った。
 勝負の行方は──、自明だ。
「ぼくも、なつめと2人きりになりたい。なつめを抱きたい」
 なつめの目をしっかりと見すえて言う。余裕なんて、これっぽっちもありはしない。潤んだ瞳をぼくに向け、その瞳をまぶたが静かに覆って、なつめの返事が、なぜか遠くに聞こえた。
「はい。どこへでも、あなたが望むところに、連れて行って」
 なつめの手をきつく握って、ぼくは無言で歩きだした。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最近更新されたスレッド
ウィキ募集バナー