深見東州 (ワールドメイト) 情報事典
宗教法人「ワールドメイト」とその代表深見東州にあらぬ中傷
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worldmatementor
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犯罪への加担意識が希薄すぎる「週刊新潮」の劣情記事
創刊以来、一貫して“カネと女”にまつわるスキャンダルを売り物にし、数多くの名誉棄損事件を起こしてきた「週刊新潮」がまた新たな事件を作り上げ、物議をかもしている。
今回、標的となったのは、「ワールドメイト」なる宗教法人。
新聞広告をやり玉に挙げ、肝心な部分を伏せた上で、一部のみを針小棒大に同教団の代表者を誹謗中傷。まさに「新潮」のお家芸ともいえる劣情記事の見本だが、このような報道姿勢がまかり通ること自体、自らの媒体の品位を貶めることになるのではないか。
●ジャーナリスト小林圭一郎
今回、標的となったのは、「ワールドメイト」なる宗教法人。
新聞広告をやり玉に挙げ、肝心な部分を伏せた上で、一部のみを針小棒大に同教団の代表者を誹謗中傷。まさに「新潮」のお家芸ともいえる劣情記事の見本だが、このような報道姿勢がまかり通ること自体、自らの媒体の品位を貶めることになるのではないか。
●ジャーナリスト小林圭一郎

新聞広告をネタに批判報道
マスコミは、時には「公器」、あるいは「第四の権力」、「社会の木鐸」、「正義のベン」などと持ち上げられてきた(皮肉もあるが)。しかし「第四の権力」以外はみなウソ、虚妄である。「公器」といっても、運営・経営しているのはNHKを除いて、みな株式会社である。株式会社は利益追求を第一義とするから「私器」になる。いまや「社会の木鐸」も「正義のペン」も株式会社の範囲内の自己陶酔的表現にしかすぎない。
「第四の権力」は本当だ。「人は言論の是非より、それをいう人の多寡に左右される」からだ。マスコミは紙爆弾、電波銃で「多くの人」の代言を装う。これが高じて「三百代言」という妖怪に化けるから始末が悪い。
ストーカー規制法の端緒となった「桶川ストーカー殺人事件」は、一義的には警察の怠慢・書類改ざんが原因だが、殺された被害者の親族を二重に苦しめたのは、マスコミによる「ブランド品依存症の女子大生」との大合唱だった。これは警察のリークと犯人達の中傷ビラに乗ってのキャンペーンでもあった。
きれい事をいうつもりはないが、「破邪顕正のために書くというのはうそである。劣情であるがそれには気がつかない。いまマスコミが最も用いる手段である」(コラムニストの故・山本夏彦氏)との自覚はマスコミ人にあるのだろうか。
劣情の対象となったのは、深見東州(本名:半田晴久)及び宗教法人「ワールドメイト」。1977年に創始された神道系の団体で、静岡県に本部を置き、信者は七万四千人。
リーダーの半田は、作家の長谷川幸延の親戚で、兵庫県西宮市出身。関西気質と言うべきか、講話はギャグやジョーク満載だという(これは伝聞)。ただ、半田命名の全国190カ所の支部名は、「大江戸八百八町オイラの夢が花咲くのさ支部」「わてら陽気な岡山県人冷蔵庫を開ければドッと幸運飛び出す支部」「雲か嵐か稲妻か平和を愛するなまはげ支部」「長崎ばってんカステラ食べて幸せ満足あふれる支部」と、確かに型破りだ。暗いイメージや閉鎖的な宗風にならぬように、だという(公式サイトより)。
そう言えば戦前、信徒800万と言われた大本教の教祖・出口王仁三郎も、豪放磊落にしてユーモア溢れる人物であった。半田も大本の流れを汲むそうだから、共通点があるのかも知れない。
このいかにも平和な教団のリーダーが、週刊誌のマトにされたのは昨年末。『週刊新潮」(2013年12月5日号)の「復活の日」というワイド特集の一つに「浄霊ほったくりが生業だった「半田購久」を文化人にした新聞広告」という記事が載った。読売、朝日、日経、東京の各新聞に「世界オピニオンリーダーズサミット」の広告が載ったことを取り上げ、噛みつく内容だ。新聞広告をネタにして、「『週刊新潮」特有の劣情が展開される。
「世界オピニオンリーダーズサミット」とは、NPO法人「世界開発協力機構」(WSD:半田が総裁)が主催した国際会議。2013年に2回開催され、クリントン元米国大統領はじめ、パウエル元米国務長官、ブレア元英国首相が出席している(その他著名人多数出席)。
「のぞき趣味」が編集方針?の「週刊新潮」、噛みつくのは良いとして、ウンと分かっての確信犯的記事はいただけない。というより、名誉毀損・信用毀損・営業妨害にあたる。
おそらく相手が訴訟しないと踏んでのことだろうが、被害者は詮ずるところ人間であり、その人生を考慮しない報道は「凶筆」以外の何物でもない。
おそらく相手が訴訟しないと踏んでのことだろうが、被害者は詮ずるところ人間であり、その人生を考慮しない報道は「凶筆」以外の何物でもない。

悪意を込めて事実を伏せる
あまり細かく「事実誤認」(意図的も含む)を指摘すると散逸的になるので、記事の問題表現を箇条書きにし、新潮流「マスコミ手法」を併記する。
①「浄霊ぼったくり~」→レッテル貼りのでっち上げ手法
ワールドメイトは文部科学大臣所轄の宗教法人であり、神道の流れを汲む。そこにはそもそも「浄霊」という言葉はない。世界救世教と間違えているのではないか?
ワールドメイトは文部科学大臣所轄の宗教法人であり、神道の流れを汲む。そこにはそもそも「浄霊」という言葉はない。世界救世教と間違えているのではないか?
②「ワールドメイトの幹部にあたる「九頭龍師」に認定されるには一千万円近くの費用がかかった」→針小棒大手法による悪者イメージ作り「九頭龍師」は、約5日間の合宿によって最終的に許される階位だが、かかる費用は約15万円。15万を一千万と書くのでは、針小棒大にも程がある。「九頭龍師」が「幹部」というのも事実でないそうだ。確信犯的に書いたなら悪質だし、事実誤認ならちょっと恥ずかしい。
③「会員の家族から”息子が家に戻ってこないので脱会させたい”との声が上がった」
→空気を醸成する手法
閉鎖的な宗教団体でよく指弾された「出家主義」は、ワールドメイトでは排除されており、「在家主義」を採って社会との融合を目指している。
そもそも、宗教でこの手の苦情があれば、すぐに弁護団が動くはずだし、場合によっては刑事事件にもなろう。しかし実際、そんな訴訟も起こされておらず、刑事事件の1つもない。調べれば調べるほど拍子抜けだが、叩く必要ある人々がいるのだろう。
→空気を醸成する手法
閉鎖的な宗教団体でよく指弾された「出家主義」は、ワールドメイトでは排除されており、「在家主義」を採って社会との融合を目指している。
そもそも、宗教でこの手の苦情があれば、すぐに弁護団が動くはずだし、場合によっては刑事事件にもなろう。しかし実際、そんな訴訟も起こされておらず、刑事事件の1つもない。調べれば調べるほど拍子抜けだが、叩く必要ある人々がいるのだろう。
マスコミがレッテルを貼ると、そのレッテルが一人歩きして、また他のマスコミ、ワイドショーでキャッチボールが行われ、対象を取り巻く「世間の目」(その流動化したものが空気)を形成していく。この怖さをマスコミは自覚すべきなのだ。
日露戦争から太平洋戦争まで、戦争に反対した新聞は『平民新聞』だけだった(1年強で発禁)。他紙は行け行けドンドンと戦争を煽っていた。これが空気の醸成の典型例。戦前戦後と社会は変われど、マスコミ手法だけは脈々と生きているということか。
日露戦争から太平洋戦争まで、戦争に反対した新聞は『平民新聞』だけだった(1年強で発禁)。他紙は行け行けドンドンと戦争を煽っていた。これが空気の醸成の典型例。戦前戦後と社会は変われど、マスコミ手法だけは脈々と生きているということか。
④「関連会社が64億円もの所得隠しを国税当局から指摘されてニュースになっている」→悪意ある黙殺手法
完全なるでっち上げだが、最後は「ニュースになっている」という第三者然とした記述で名誉毀損を避けようとしている。ニュースになったのは事実でも、むしろ、「後で全く無実と分かり、濡れ衣が晴れた案件なのに、そこを伏せて書くのはなぜか」という問題の方が重要ではなかろうか。
東京国税局査察部(マルサ)が入ったのは平成5年12月のこと。しかし何の不正も見つからず、マルサの調査は完全に空振りに終わった。マルサが入れば共同作業で立件するはずの東京地検も手を引いた。「戦後マルサ最大の失敗」と、当時を知る記者は述懐する。
完全なるでっち上げだが、最後は「ニュースになっている」という第三者然とした記述で名誉毀損を避けようとしている。ニュースになったのは事実でも、むしろ、「後で全く無実と分かり、濡れ衣が晴れた案件なのに、そこを伏せて書くのはなぜか」という問題の方が重要ではなかろうか。
東京国税局査察部(マルサ)が入ったのは平成5年12月のこと。しかし何の不正も見つからず、マルサの調査は完全に空振りに終わった。マルサが入れば共同作業で立件するはずの東京地検も手を引いた。「戦後マルサ最大の失敗」と、当時を知る記者は述懐する。
ところがそれではメンツ丸つぶれだ。平成8年5月、別動隊・荻窪税務署が、周辺の別会社に対し34億7800万円の課税処分を課した。同社がワールドメイトと組んで脱税したというのだ。
この問題は法廷闘争に発展し13年後の平成18年5月、東京高裁は「課税処分取消」の判決を下した。根拠なき「違法な課税」だったと認めたのだ。その瞬間、ワールドメイトの無実が確定し、13年にわたる満れ衣も晴らされた。半田は、公式サイトで次のように述懐する。
この問題は法廷闘争に発展し13年後の平成18年5月、東京高裁は「課税処分取消」の判決を下した。根拠なき「違法な課税」だったと認めたのだ。その瞬間、ワールドメイトの無実が確定し、13年にわたる満れ衣も晴らされた。半田は、公式サイトで次のように述懐する。
「この13年の間、ワールドメイトが被った被害は、甚大なものがありました。ワールドメイトの当時の代表者、職員、関係者らは、何度も国税当局に呼び出され、深夜まで過酷な取り調べを受けました。体を壊す者、机を叩いて恫喝された者、無理やり供述書にサインさせられた者など、一人ひとりの体験は克明に記録として残してありますが、いま読み返しても慄然とするものばかりです」
この事実を知った上で「週刊新潮」を読むと、記事の意図を勘ぐらずにはいられない。何しろ、「所得隠しを国税当局に指摘された」とのみ書き、それが濡れ衣で「無罪」だったという「結果」は敢えて伏せ、黙殺しているのである。
「悪意ある黙殺」は、稀に記者の取材・判断能力の欠如から生じる場合もあるが、出版社・新聞社には過去情報の資料センター(過去ログ)があり、裁判結果を照合することができる。まさか「知りませんでした」では通るまい。
なにより、平成8年にも同誌は、あたかも教団が脱税したかのように書いて名誉毀損に問われ一番敗訴、「誤解を招く記載」をしたと「遺憾の意」を表し、「再びこの様なことがないようにする」と明記して和解している。こういう過去があるのに「再び」やったのだから、「悪意ある黙殺」と言われても仕方がないだろう。
好みを排して正当な評価を
⑤「脛に傷持つ」人物が「新聞に広告を載せるのは社会の公器にふさわしくない」(こう直接は書かれていないが、1行で書けばこうなるだろう)→都合によっては「社会の木鐸」「正義のベン」を持ち出す手法「脛に傷持つ」とは半田のことを指しているのだが、どういう意味の言葉か、分かって使っているのだろうか。半田もワールドメイトも犯罪歴などない。前述の国税査察ニュースだけである。それも実際は無実だった。だから「ニュースになったこともある」との表現でぼかしている。
結局「宗教法人の代表が新聞広告を打つのはけしからん!」といっているだけだ。
結局「宗教法人の代表が新聞広告を打つのはけしからん!」といっているだけだ。
ところが、新聞に広告したのはワールドメイトではない。前記の通り全く別のNPO法人だ。広告内容も、クリントンやパウエルも討議に加わる国際政治会議である。法人が異なる上、宗教活動でもない。異なる法人を意図的に混合・交叉させているのだ。
要するに、同記事は「初めに結論ありき」。半田が関わっていれば全て叩くと言わんばかりに見える。各新聞社に「なぜ世界オピニオンリーダーズサミットの広告を載せたのか」を質問し、「想定内」の答え(例えば、「答えられません」など)を得るくだりも、各紙の広告掲載理由に食い下がった形跡が全く感じられない。「取材しました」という「アリバイ作り」に見えて仕方ない。
要するに、同記事は「初めに結論ありき」。半田が関わっていれば全て叩くと言わんばかりに見える。各新聞社に「なぜ世界オピニオンリーダーズサミットの広告を載せたのか」を質問し、「想定内」の答え(例えば、「答えられません」など)を得るくだりも、各紙の広告掲載理由に食い下がった形跡が全く感じられない。「取材しました」という「アリバイ作り」に見えて仕方ない。
松本サリン事件の被害者:河野義行さんがいっている。
「マスコミはたとえば私を極悪人にも描けるし、あるいは美化して英雄にもできるんですね。私は、たとえば事件前と事件後、そんなに変わってはいないわけです。ところが、事件が起こって ”こいつが悪い” という一つの路線、そういう方向性が出てきた時に、とてつもない悪いヤツになってしまうんですね」(「報道と被害」のネットから)
「マスコミはたとえば私を極悪人にも描けるし、あるいは美化して英雄にもできるんですね。私は、たとえば事件前と事件後、そんなに変わってはいないわけです。ところが、事件が起こって ”こいつが悪い” という一つの路線、そういう方向性が出てきた時に、とてつもない悪いヤツになってしまうんですね」(「報道と被害」のネットから)
「週刊新潮』はだいたい新興宗教(最近は新新興宗教)嫌いのようだ。マルキストが編集しているのならば「宗教はアヘン」で、少しは前時代的ロマンを感じさせるが、そんな気配はない。
「新興宗教は詐欺商法」「信者は騙されている」との前提で取材を組み立てていくから、「結論ありき」になる。都合の悪い事実は切り捨て、針小棒大、あるいはでっち上げ、を重ねていく。ここまで書いてハタと思った。これは有罪率99%を誇る検察の手法とそっくりじゃないか、と。
「郵便不正事件」で不当に逮捕された村木厚子(現厚労省次官)さんは、その著「私は負けない」でこう述べている。
「それに対して、私は一生懸命反論します。長時間そういうやり取りをした後、私の話の中から検察側が使いたい部分を、都合のいいような形でつないでいきます。彼らにとって都合の悪いことは、いくら話しても調書には書かれないのです」
「それに対して、私は一生懸命反論します。長時間そういうやり取りをした後、私の話の中から検察側が使いたい部分を、都合のいいような形でつないでいきます。彼らにとって都合の悪いことは、いくら話しても調書には書かれないのです」
昨今の「マスコミ手法」の氾濫を危惧していたところ、タイミング良く?ステレオタイプな「マスコミ手法」の宗教叩き記事が出たので、『週刊新潮』にはお気の毒ながら縷々指摘させて頂いた。同誌について言う訳ではないが「宗教叩き」記事には、往々にして記者の差別意識、雑誌の偏向姿勢のみならず、どの団体を叩くと得する人がいるかまで、実に分かりやすく顔を出すケースがあり、その視点で各誌を見るのも興味深い。心当たりの向きはご用心。
ところで前述の「世界オピニオンリーダーズサミット」だけでなく、昨年7月、有村裕子(マラソン)、ホリフィールド(ボクシング)、清水宏保(スピードスケート)など錚々たるメンバーで開かれた「スポーツ平和サミット東京大会」も、半田が各界に呼びかけ開催したものだった。
半田は福祉やスポーツ振興に熱心で、会長を務める「国際スポーツ振興協会」は目下、障害者ゴルフをパラリンピックの正式種目にと目指しているそうだ。何しろ1980年代、ブラインドゴルフ(視覚障害者によるゴルフ)を日本に初めて紹介したのが半田で、以来その普及と定着に尽力してきたというから、昨日今日の話ではない。率直に驚いた次第。
宗教の好みはさておき、息の長い福祉活動は、正当に評価されてしかるべきものではなかろうか。宗教者であってもなくても、良いものは良いものとして声援を送る度量と見識をマスコミ人は持ちたいものである。
TIMES 14.4