深見東州 (ワールドメイト) 情報事典
ワールドメイトの噂の嘘ホント
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worldmatementor
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ワールドメイトについてのネット上の噂や批判について会員の声を拾ってみたよ
ワールドメイトの会員は、みんな幸せになっているの?
幸せとは本人が決めること
「ワールドメイトの会員はみんな幸せになっていない」などと書き込んだ人に聞いてみたい。
「いったい、何人の人に聞いたんですか? 全員に聞いたのですか?」
幸せとは、本人が決めること。
私の周囲には幸せじゃないなんて言ってる人はいない。
「ワールドメイトの会員になってみんな幸せになっていない」などと書いた人は、みんなに聞いたわけじゃなく、端から見た印象で言ってるだけなんだろうけど、まったく、勝手な決めつけとしか言いようがない。
登山家は登山で死ぬかもしれないし、幸せそうじゃない?
勝手な憶測で、「なんだか幸せそうじゃない」とか書いた人は考えてみてほしい。
たとえば、ゴルフは、最初は楽しいもの。
しかし、シングルプレーヤーともなると、「ここ10年楽しいと思ったことはない」などと言う。ある程度までいったら、楽しいというのを乗り越えて、「勝つか、負けるか」というストレスを抱えながら、時間を使い、神経を使って、「うーん」と言いながら勝負をする。これが、その人のゴルフの醍醐味。
たとえば、登山家がエベレストに登るとき、いったい何が楽しいのだろう
か?
か?
苦しいことはいっぱいで、生きるか死ぬかの世界。登山家は「そこに山があるからです」と言うかもしれない。登山の醍醐味というのは、そう簡単に言葉では説明できないだろう。頂上へ到達する一瞬の至福の幸せのために、苦しみと葛藤、ストレス、筋骨の痛み、呼吸が困難な苦しみを折り越えていく。
それを端から見て、
「ゴルフのシングルプレーヤーはいつも渋い顔をしていて幸せそうじゃない。」とか、「登山家は死ぬかもしれないのだから、幸せそうでない。」などと言うのは、勝手な憶測以外のなにものでもない。
徹夜でお疲れのようだから幸せそうじゃない?
「深見先生が徹夜でお疲れのようで、幸せそうじゃない。」とか、これも、勝手な憶測に過ぎない。
深見東州先生は、楽しいという情感の世界、面白さ、ジョイフルという世界に生きているのではない。
困難があっても、意義を見出して飛び込んでいき、達成したときの喜びという、次元の高い幸せに生きているのだ。
ベテラン会員も、深見東州先生のように、進歩向上を目指している。
だから、「新会員の相談に乗って、ぐったりくたびれていて、幸せそうじゃない。」とか、「出品するから、徹夜で作品を仕上げるなんて、なんの意味があるの。幸せそうじゃない。」などというのは、勝手な憶測なのである。
そのベテラン会員は、意義を見出して、困難に飛び込み、達成したときの「やったー!」という喜びに向かって励んでいるのだ。達成するまでの闇をトンネル状態という。トンネルを抜けたら、自分が一段と向上する。
そういう魂の喜びを求めているのである。
宗教や神社参拝にお金を使うのはへんだ?
趣味は人それぞれ
たとえば、日舞に興味をもって一生懸命やる人は、大変な費用がかかる。
バイクが好きな人は、借金をしてバイクを買ったり、アルバイトをして買っている。
フィギュアの収集家は家がフィギュアだらけ、サッカーファンはワールドカップを海外まで見に行ったりする。
また、登山が好きな人は、何百万円もためて、死ぬかもしれないのに、山登りに行く。
「何で、山に行くんですか」と聞いても、「そこに山があるからだ」と言う。
それを見て、「遭難したら、家族に迷惑をかけて、捜索隊のお金を出させて、迷惑をかけ心配させることになる。なんと愚かなことだ」という人いるのかな?
山の魅力を知り、山に命をかけている人には、山登りが喜びであり、幸せなのだ。
山登りの魅力を知らない人にはわからないからといって、登山家を批判するのは、気持ちはわかるけれども、筋違いの話である。
同様にワールドメイトの活動に価値を見いだしている人もいるのだ。
本人が好きで、「自分にとって本当に価値があるもの」にお金を使っているのは、趣味を共有しない人にとっては、理解できないのは、しょうがない。
だからといって、たとえば、神社が好きな北海道の会員が、全国の神社に行きたいと思ってお金をためて、支部の仲間と一緒に九州の神社にいって、旅費をたくさん使ったからといって、「お金がなくなっちゃって、本当に神様がいるなら、神様が救ってくれないの?」などというのは、まったく、筋違いの話なんだが。
大事なのは、本人が好きで納得して、いいなと思って、そのことにお金や時間を使うことだ。
それを横から見て、「間違っている」などというのは、古着好きの若者がぼろぼろのビンテージを買うのを、横からみて、「間違っている」というのと同じようなものなのだ。
ましてや、ワールドメイトがお金を搾り取っているとかということは一切ない。
みんな好きで神事に参加し、日本の経済の繁栄や国民の幸せ、世界平和などを祈願しているのだ。
その寄付金は、国内の孤児院のクリスマスプレゼント代となったり、カンボジアの救急医療病院の運営資金になったりしている。
みんな、会員はそれを知っているし、好きでやっているんだ。
趣味が違う人には、理解してもらえないのはしょうがないけれども、ワールドメイトほど社会にたくさん還元し、弱者や障害者を救済し、文化、芸術をサポートしてる宗教はほかにないと思う。
このことは、全てのワールドメイト会員が誇りに思っていいことである。
宗教(霊能者)は無料で取り次ぐべきだ! お金がかからない宗教でないと信じられない!!
神職、住職、神父さんに、ただでご祈祷をしろと言いたいの?助けてくれと言いたいの?
神社の神職、お寺の住職、キリスト教の神父や牧師が、全員、ただでご祈祷をしたらどうなりますか?ただで一日中相談に乗り、時間を使えばどうなるのか?
神社やお寺や礼拝堂の修繕費も運営費出せず、聖職者の生活費も出せなくなります。
宗教はタダで行えという人は、ご祈祷や葬式も無料でやれと言うのでしょうかね?
こんな常識的なことに疑問を持つ方がいるのも、伊勢ー白山道の悪しき影響でしょうね。
ワールドメイトを退会したら祟りがある?悪いことが起きるのか
ワールドメイト会員の「奇跡的に助かった」という話をよく聞く。だったらワールドメイト会員をやめたら災いにまきこまれてしまうのか。
ワールドメイト会員をやめても、祟りや、神様が怒ったりしない。災いが起こることはない。
会員を辞めたり、支部に来ないからといって、たたりが起きたり、災いが起こることもない、絶対にない。
たとえば神社で「受験合格」のご祈祷があるけれども、「受験合格」祈願に行かなければ、受験に落ちる、・・・なんてことがないのと同じことだ。
ワールドメイトの支部は、神社と同じだと思う。
ワールドメイトの会員に在籍しているだけでも、毎日、毎月、総本部や支部で、全会員の幸せや、世界平和のご祈祷をしているから、神のご加護ご神徳があって、奇跡的に助かったり、良いことが起きたということはよくある。
でも、会員を辞めても、ご祈祷を受けていない状態になるだけで、別に、なにも悪いことが起こる、ということはない。
無形の加護が弱くなるので、何となく、どこか寂しくなるということは、あるかも知れないが。
一度退会すると、それを感じるらしく、また再入会をする人がいるのはそのためだろう。
ワールドメイトは郵送物が多い
「ワールドメイトのボランティア精神が良いと思って入会したが、チラシが多い」
「チラシをもっと、ボランティアに回したほうがいいのでは?」という人は、一面的な面しか見ていない。
ボランティア精神がどんなに素晴らしくても、それを支える人材や財源が続かなければ、世の中で継続し、実行し続けることは不可能。
たとえばチラシの印刷や郵送にかかる経費をけちって、その費用をボランティアに使ったとしよう。
すると、人々への認知度は極端に低くなり、ボランティアにまわせる浄財も減ってしまう。
テレビでも、いろんな寄付の呼びかけのCMをやっているが、同じ理由だ。
郵送物やCM減らしたら、結局、寄付も減るわけだ。
それから、戦争を経験した人たちなどの、「郵送物を捨てるのがもったいない」と思う気持ちはわかる。
ただワールドメイトには若者も多いから、時代と価値観が違うと思う。
カメラもコンタクトレンズも、ホッカイロでも、何でもというわけではないが、今は使い捨てのものも増えている。
チラシにしても、もったいないから、後生大事にとっておく必要はない。
何よりその都度、タイムリーにお知らせをするというやり方は、とても民主的でもある。
家を訪問されたり、電話でしつこく寄付を強要されることもない。
自宅に寄付の集金が来るとかというやり方より、自由意思が尊重されるとても良いやり方だ。
ワールドメイトの予言が変わることがあるのはなんで?
まず、深見東州先生は巷でいうところの予言者ではない。
先のことがわかりすぎると、努力をする意欲がなくなるケースも出てくる。
目の前のことに、日々、精進努力するためにも、予言というものは、最低限度の方向性を、神様が示そうとするものだけで良いとされる。
それに、その予言にしても、そもそも良くない内容であれば、それは当たらないほうがいいのでは。
たしかにワールドメイトでは、予言がピタリ当たるのはめずらしくはないが。
でも、そもそも、悪い内容であれば、それが良い方に少しでも変わってほしいし、良い予言であれば、さらによくなれば良いと思う。
良くない内容の場合は、ワールドメイトではなんとか弭化されるよう、神事で祈願をするんだよ。
それで、良い方向に変わった時は、必ず何かの証が出るから、本当に御祈願をして良かったと納得がいく。
それから神様がなさることは、全て深い神慮があって、予言も例外ではないことを知る必要がある。
ご神示(予言)が降りたから、その方向性に向かって、努力する。
しかし、最後の最後に、仕組の神のどんでん返しで、「予想外のことが起こっちゃった。でも、結果として一番良かったな。」
こういう人智を越えた神仕組をされるのが菊理姫様だ。
たとえば伊勢の神様の予言も、諏訪大神の予言も、間違いではないけども、最後の一厘は、すの神様や菊理姫様しかわからないものなんだ。
だから、いろいろな神様からご神示(予言)が降りたとしても、それは、その神様の視点で、だいたいの方向性を示しているにすぎないんだ。
最終的には、もっと次元の高い仕組の神様が判断され、どうなるかわからないもの。
だから、あらゆる予言は、100%とは言えないんだよ。
大本の出口直は、そのことをお筆先で「神は今の今まで言わんぞよ」と言っている。
だいたいの方向性が出されたら、人はそれに向かって、謙虚に努力すれば良いと思う。
予言にどういう意味があったのかとかいう理屈は、全てが終わってからでないと、よくわからないことも多い。
素直に精進していれば、必ず良い結果になることを信じていればいい。
実際に、多くがそうなっているし、長いスパンで考えなければいけないものに関しては、結果はすぐには出ないが、いずれ良い形で出てくると信じている。
「感動や情熱がなくなった」「やる気がしなくなった」?
素晴らしいもの、高貴なものでも、そればかりを探求していくと、必ず、反作用、反動がくる。
たとえば毎日、フカヒレスープばかり食べていたら、「フカヒレスープだけはもういい」と思うことになるだろう。
毎日トンカツばかり食べていたら、「トンカツはしばらく見たくない」となる。
ワールドメイトも、素晴らしいものだが、極端に活動に熱中すると、必ず反動が来たりするものだ。
ワールドメイトは社会良識に基づく誠実な対応を心がけて運営されているので、10万円を超える高額寄付を原則お断りしているが、寄付のやり過ぎによる反動を防ぐ意味もあると思う。
会員は仕事や家庭など、社会生活との調和を重んじ、社会常識に基づいた活動を心がけるべきなのだ。
仕事と両立できるボランティア活動をしましょうね、ということだと思っている。
それから煩悩というものは、生かさず殺さず付き合っていくものと言われていた。
煩悩にハマりすぎると身を滅ぼすし、かといって殺してしまうと、人間のパワーとか魅力もなくなってしまうのだ。
そもそも煩悩の逆である高貴なものばかりを求めていると反動がくるものだ。
高貴で素晴らしい夢や理想ばかりを求めて頑張ることは素晴らしいことだが、必ず反動がくることも知っておいた方がいい。
その場合は、冷静に振り返ってみよう。
今は、人間の煩悩の部分が大暴れしたいときなのだ。
では反動がきたらどうするべきか。
まず、少し休んでみる。この少し、というのがけっこう重要である。
登山でも、15分くらいの休憩がちょうどよいと言われている。
休みすぎると体が冷えて動けなくなるからだ。
少し休んで、また始めてみると、リフレッシュされ、楽しいことや喜びもよみがえってくるものである。
ワールドメイトでの活動も、こうした反動が来ることがあるが、その時に虚しく感じ感動がなくなったと、勘違いしないことだ。
ボランティア、奉仕活動を長く続けていると、こうしたプロセスは、誰にでも訪れるものなのだ。
ワールドメイトは退会は自由だ。退会しようとしても一切妨害されることもない。
ただ、ちょっと考えてみてほしい。
支部には仲間がいる。
年をとったり、病気で苦しんだり、精神的に行き詰まったりしたときに、相談に乗ってくれたり、お見舞いに来てくれたり、人形形代を書いてくれたり、ご祈願をしてくれる仲間が支部にはいるはずだ。
支部には仲間という「宝」がある。長年支部でやっていたら、みんな助けてくれるのに、反動でなにもかもやめてしまったら、またゼロから出直しだよ。
一生懸命やったら、必ずその反動で、体が動かなくなるとか、意識も動かないとかいうことはあるものだ。
そのメカニズムを知って、自分を洞察し、煩悩ともうまく付き合ってやることを覚えれば、きっと、感動が戻るに違いない。
また、やる気が湧いてくると思う。
ワールドメイトの支部でノルマと言われた?
ワールドメイトには、一切何もしなくても、なんの罰則もないし、ただ在籍しているだけ、メルマガを読むだけ、という会員もたくさんいる。
子育てや仕事、学業で忙しい人も、自分のペースでやっている。
だから、ノルマとか強制なんて一切ないはずなんだ。
支部で自主的に、「いい支部にしようよ」ということで、目標を決めることはあるだろう。
これは、よりよくなるための目標だから、ノルマではない。達成できなくても、なんの罰則もない。
ただ、支部に来る人が少ないとか、そういうところは、お家賃もかかるから、いったん閉鎖してとなりの支部と合併しましょうか、とかいう調整はあるのはしょうがない。
お家賃は会員の会費から出ているわけだから、無限にあるわけでないし。
支部で自主的に決めた目標が、きついな~と思った人がいたのかもしれないが、それは、ノルマとはいわないよ。
たとえば、朝6時から夜中の2時まで、駅で、「手かざしさせてください」といって、手かざししないといけないとか、子供をつれて勧誘しなければいけないとか、そんなことは、ワールドメイトではありえない。
ワールドメイトは、民主的な運営を行っているから、会員の自主性を尊重されるし、無理なことを無理やりしろなんて言われない。
支部に人の悪口を言う人がいた。がっかり。なんでそういう人が支部にくるの?
ワールドメイトは、「来る者拒まず、去る者追わず」精神だから、井戸端会議的な噂好きの人や、性格に問題がある人が支部に来る場合もあるだろう。
ワールドメイトには温厚で優しい人が多いから、徐々に感化されていくとしても、もともと性格がゆがんでいる人が、ワールドメイトに入会しただけで、いきなり性格が完璧になる、ということは考えられない。
それを見て、「許せない」と思った人は、少し考えてみてほしい。
一切、愚痴を言わない、性格のいい完璧な人だけが、支部に来られるようにするとしたら、いったい、何人の人が支部に来られるのだろうか?
片目をつぶってあげることが、人間理解に基づく愛なのではないの。
たとえば、OLがお昼どきに、ランチしながら、
「あの人はこーなのよー。」と噂話に花が咲いたり、芸能ゴシップの話をしていたとする。
そして、「お昼休みが終わった」と言って、何事もなかったかのように戻って、仕事をする、なんてよくある風景を思い浮かべてほしい。
世間一般の人は、こうしてストレスを発散し、バランスをとっている。
本当の愛情とは人間理解のこと。
家族であっても、会社であっても、どこかの趣味の会でも、人が複数集まれば、いろんな人がいるもの。
人の性格はまちまちでばらばら。人の性格の良し悪しは人間側の問題だから、神様が悪いわけでも、組織が悪いわけでもない。
ましてや、深見先生が悪いわけではありません。
にぎにぎしい和の精神とは人間理解であり、人間理解とは、つまるところ、辛抱と寛容なんだ。
人間理解ができている人は、「あの人は人徳があるね。人格がすばらしいね。」とみんなに慕われる。
誰に対しても、忍耐と寛容がもてないということは、本当の愛がないということだよ。
本質的な理解が不足しているから、「許せない」という気持ちにもなる。
コミュニティを形成していると、いろんな人たちとの出会いがあり、ぶつかり合いもあるだろう。
だけれども、ぶつかり合いがあるからこそ勉強にもなる。
それが、コミュニティのよさだ。
人間理解と比例して、本当の愛情も育っていく。
ワールドメイトの物実がすぐに届かなかったよ。なんで?
ワールドメイトでは、ご祈祷をして、ご神徳が込められた後に、下賜品が送られてくる。だから、ご祈祷が終わっていない場合は、すぐには届かない。
これは、素晴らしいことなんだよ。
ワールドメイトは、ご神徳が込められてからでないと、物実を下賜することはないんだ。
物実は、何千人というたくさんの会員が集まってご祈祷をし、祈りの誠がきわまった特別なタイミングで、ご神徳のお取り次ぎをされる。
こればかりは、人間の都合で、できることではない。
物実というのは、単なるモノではなく、神社のお札と同じようなもの。
しかも、ワールドメイトの場合は、何千人もの会員と深見先生が、真心をこめてご祈祷をしたときに、お取リ次ぎされた物実なんだ。
たとえ、物実が届かなかったとしても、深見先生も、スタッフの人も、全国の支部でも、毎日、会員の幸せと健康、運気向上を祈っている。
もちろん、国民の幸せや世界平和の祈願も行っている。
だから、ご下賜の物実が届く、届かないにかかわらず、ご加護は授かっているんだよ。