深見東州 (ワールドメイト) 情報事典
明るくて楽しい「宗教」って何だ? 深見東州を私なりに考えてみた
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人はなぜ宗教に狂うのか
一年の計は元旦にあり。新年を迎えると、神社仏閣に参拝してその年の幸福を願うのは日本古来の習わしである。それは宗教が日本人の生活に深く根づいた表れとも言えるが、時に宗教は人を惑わせ、狂わせる。なぜ人は宗教にのめり込むのか。2017年、iRONNAはこのテーマと真正面から向き合う。
理解を超えた男
鈴木邦男(「一水会」元顧問)
「燕雀(えんじゃく)安んぞ鴻鵠(こうこく)の志を知らんや」という諺がある。つばめやすずめのような小さい鳥には大鳥(おおとり)や白鳥の心がわかるはずがないということだ。まさに僕はすずめだった。その辺のすずめやつばめのことなら分かる。でも、余りに大きな鳥のことは分からない。なぜ、こんな大きな鳥がいるのか信じられない。また、何を考えているのかも分からない。

日本屈指の実力派オペラ歌手である深見氏。 この日も鍛え上げ
られた見事なバリトンを披露した=2015年8月26日
られた見事なバリトンを披露した=2015年8月26日
深見東州氏はまさに「鴻鵠」だった。その存在も、やっていることも信じられなかった。どう見たらいいのか、どう理解していいのか、分からなかった。
有名な人だから昔から名前は知っていた。ただ、変わった宗教の代表。というくらいの認識だった。僕の友人にワールドメイトに入っている人がいた。また、深見氏の本を愛読している人もいた。「これは面白い」「楽しい本だ」と言われても、正直、関心がなかった。「明るく楽しい宗教」というのが信じられなかったからだ。マスコミに大きく取り上げられるのも胡散臭いと思っていた。宗教家ならば、もっと深刻な顔をして山の中で苦行しているはずだ。「明るく楽しい」なんて、おかしい。そう思い込んでいた。
でも、新聞を見ても、電車に座っても深見氏の情報が目につく。こっちは関心がないのに、どこまでも追っかけてくる。そんな感じだった。宗教家だと思ったが、どうもそんな枠は飛び越えているようだ。絵を描き、書を描き、オペラまでやる。と思うと世界の大政治家たちを呼んで、一緒になって世界平和を論じている。一体、この人は何なんだと思った。僕の理解なんか、とっくに超えている。まあ、いいや。どうせ僕には理解できない人だ。遠い世界の人だと思っていた。どうせ接点などないんだし。と思っていた。
ところが、この小さなすずめが巨大な大鳥に出会ったのだ。今から6年前の2010年(平成22年)の1月14日、僕が属している一水会の勉強会(一水会フォーラム)に深見氏が来た。ワールドメイトリーダーの深見東州が講師で、演題は「中村武彦とワールドメイト。そして人生の本義」だった。これにはビックリした。一水会は新右翼と呼ばれることが多い。だから一水会フォーラムも講師は右翼的な先生や政治運動をしている人が多い。それなのに何故、ワールドメイトなのか。何故、深見氏なのか。
世界の一水会になった
一水会は1972年、右翼の学生運動をしていた人間が中心になってつくられた。僕もその創設メンバーの一人だった。だが、最年長というだけで代表にされた。一水会代表は1972年から1999年まで30年近くも続いた。ただ、余りに勝手なことを言い、勝手なことをやるので右系の内外から顰蹙を買い、大変なバッシングを受けた。それで、一水会は組織を一変し、生まれ変わりを計った。
木村三浩氏を新代表にし、僕は顧問に退いた。2000年から木村新体制がスタートした。21世紀の右翼・民族派運動だ。僕と違い、木村氏は国際的な視野を持ち、世界中を回り、各国のナショナリストとの連帯も拡げていった。反グローバリズム、反米の闘いも進め、イラクには何度も行った。僕も初めて行った。現地で反戦集会、反戦デモに参加した。
2003年、木村氏が団長になり36人でイラクへ行った。でも、ここに参加したのは右翼だけではない。元赤軍派議長の塩見孝也さん。ミュージシャンのPANTAさん。お笑い芸人の大川豊さんらも参加していた。この1カ月後の3月18日~21日は、木村氏に連れられてフランスのニースに行った。フランス国民戦線30周年大会に木村氏が招待され、僕もついて行ったのだ。
この年はタイや北朝鮮にも行った。1970年に日航機「よど号」をハイジャックして北朝鮮に渡った人々とはぜひ会ってみたいと思い、それが実現した。「よど号」グループの一人・田中義三さんはひそかにカンボジアに脱出し、日本帰国への資金作りをしていた。しかし逮捕され、タイで裁判を受けていた。タイでニセ米ドルを使ったという容疑だった。「これは冤罪だ。田中を釈放しろ」という運動が宮崎学さんたちを中心に起こり、僕も何回かタイに行き、田中さんにも面会した。
木村氏が代表になって一水会は急に「世界の一水会」になった。おかげで僕も海外に出る機会が増えた。木村氏はほかにも、ロシア、インドなど世界をまわり、世界のナショナリストとの連帯を深めていた。僕も、必死に勉強し、なんとかついていこうとした。そんな国際化の中で、深見氏の講演会は行われた。深見氏も木村氏も日本を飛び出して世界で活躍している。その中で二人は知り合ったのだろうか。
新右翼とワールドメイトの接点は?
また、一水会幹部の中に、以前ワールドメイトに入って運動していた人もいる。その関係で来てくれたのか、僕も不思議に思っていた。当日集まった満員の人々も面くらっていたようだった。「新右翼」とワールドメイト、深見東州氏、まったく接点はない。でも、どんな関係があるのか、なぜ一水会は深見氏を呼ぶのか。この何故、何故があって、推理小説を読むような気分で来た人も多かったようだ。僕自身もそうだ。

歌唱中の深見氏=2015年7月5日
深見氏の講演会が始まると、まずはじめに歌をうたう。皆の度肝を抜く。うまい、凄い声量だ。オペラを歌い、さらに、何と「君が代」を歌う。実に感動的だった。よくサッカーなどの国際試合が始まる前に歌手が君が代を歌う。しかし、みんなうまくない。それだけ「君が代」は難しい歌なのだ。それなのに堂々と歌う。うまい。多芸多才な人なんだと思った。深見氏の演題の「中村先生」はもう亡くなられたが、右翼の先生だ。僕らも大変お世話になった。一水会を作るずっと前から知っていて、お世話になっている。その中村先生に、深見氏もお世話になったという。中村先生の集まりにもよく行っていたという。だとしたら、その頃、僕らは会っていたのだ。あれ、こんなに近いところにいたのか、と思った。我々は中村先生の「教え子」だ。その点では同じ「弟子」だ。昔の同級生に会ったような気がした。木村氏は深見氏とはいろんな分野で会い、お世話になっているようだった。
深見氏は「中村先生にはとてもお世話になった。その恩返しをしたい」という。でも、中村先生は亡くなっているし、だから同じ中村先生の弟子たちにご恩を返すという。一水会や、そこに集まる人たちは(古い人は)、皆中村先生の教え子であり、弟子だ。その人たちが今、頑張っているので、お手伝いしたいという。それからしばらくして、「伝統と革新」という雑誌が、たちばな出版から出された。今の右派の人たちが書いて主張する場をつくったのだ。
一水会フォーラムで深見氏が講演してから7カ月後、誰もがアッと驚くイベントが行われた。(2010年)8月12、13日に東京のフォーシーズンズホテル椿山荘国際会議場で行われた「世界平和をもたらす愛国者の集い」だ。来日したのはフランス、イギリス、スペインなど欧州8ヶ国。20人の国会議員、欧州議員だ。これには本当に驚いた。僕が一水会代表をやっていた時なら全く考えられなかったことだ。それに20人の議員を外国から呼んで会議を開くなんて、いくら頑張ってもできないことだ。それも、右派議員だけが集まって話し合っているのではない。どうしたら戦争のない世界をつくることができるか、それを話し合うのだ。この大会には莫大な金がかかったらしい。深見氏にもスポンサーの一人になってもらったという。こんな奇抜なことを考えるなんて、多分、このプラン自体から相談してたのだろう。そうじゃないととても出来ない。
遊就館を訪れて
それに、宗教的なものを感じたからだ。集まった20人の議員は、ほとんどがキリスト教徒だ。だからEUを作ったり、欧州議会を作る時にも共通の基盤として、それがプラスに作用したのだろう。宗教があることによって対立するのではなく、寛容になり、対立を乗り越えるバネになっている。そんなことを感じて、8月12、13日の全体会議の時にもそれを感じたが、終わった後に特に感じた。14日に靖国神社参拝、15日は明治神宮参拝、そして16日からは京都、奈良を回り、京都御所も訪れた。
靖国神社は日本側からは何も言ってない。日本人が参拝しただけで外国から抗議がくるぐらいだから、日程には入ってない。ところが外人議員の方から、ぜひ靖国神社に行きたいという強い要望があって実現したのだ。中まで入り、昇殿参拝もした。宮司さんから、参拝の方法を聞き、それを厳守して参拝していた。ほとんどの人がキリスト教徒なのに…と驚いた。
この日は日本のマスコミも大勢取材に来ていた。フランス、イギリスなど、さきの大戦での「戦勝国」だ。それなのになぜ、敵国の神社に参拝するのか。それにここはA級戦犯が祀られているのに…という質問があった。これに対し、フランス国民戦線のルペン氏はこう答えていた。「国のために亡くなった人に敬意を示すのは当然ではないか」と。どこの国に行っても、その国のやり方に従って、敬意を表している。ユダヤ教の国ではユダヤ教のやり方で、イスラム教の国ではイスラム教のやり方で敬意を表し、慰霊しているという。これには驚いた。日本人でも宗教が違うからとか、理由をつけて靖国神社に行かない人はいる。それなのに「戦勝国」のキリスト教の議員たちが参拝してくれた。
さらに遊就館に案内した。ここはかなりイデオロギー的な説明が多い。フランスやイギリスなど西欧列強はアジアを侵略し、それに危機感をもって日本は自衛のため、アジア解放のために立ち上がって戦争したと書かれている。英文の説明もあるし、英語でも説明していた。この説明や時代背景は「戦勝国」の議員にとっては愉快ではないはずだ。「歴史の偽造だ!」「とり外せ」と文句を言われても仕方ない。ところが彼らは「そう思われても仕方ない」「そんな面もあった」「我々がアジアを侵略したのは事実だし」と言う。日本人よりも彼らのほうがずっと寛容だ。
宗教か右派運動か
また、会議の中ではEUに対する不満やグローバリズムへの危機感などが話し合われた。移民によって自国の文化がなくなるのでは…という心配もあった。愛国者の人たちがまず、これを考え、そして他国と話し合う。それが戦争を防ぐものになる。だって戦争が起こる時、「国難」に対してまず愛国者が声を上げ、立ち上がる。そしてメディアが応援し、戦争が始まる。誤った判断や情報に基づいて、戦争になることも多い。
普段から「愛国者」同士が連絡をとっていれば、こうした誤った情報に基づく戦争を阻止することができる。では愛国者の努力にかかわらず戦争が始まった場合、どうなるのか。この話も出た。「その時は国のために闘う」「いや、非国民と言われてもいいから戦争に反対する」と。もし戦争を阻止できなかったら、「国と国」という全面戦争にしないで、「愛国者」と「愛国者」の戦いにとどめることを考えてもいいのではないか。という人もいた。これは凄いと思った。「愛国者」というと、各国の中で最も戦闘的で、いつも戦争をアジっていると思っていたが、違うのだ。それに、この集会は「愛国者の大会」ではない。「世界平和をもたらす」愛国者の大会だ。随分と取材も来ていた。「これは愛国者インターナショナルだ」とか「反戦平和の集会だ」と書いたところが多かった。これはかなり前の段階から深見氏の理想や哲学が入っているのではないか、と思ったほどだ。

2015年3月に開催した個展でテープカットする深見氏(写真中央)
初めに「宗教団体」ありきで、そこに集まる数多くの人と多くの資金がある。その上で深見氏は、オペラ、ゴルフコンペ、政治家とのトーク、などをやってきたのだろうと思っていた。でも、この考えは間違っていた。しょせん「燕雀」の考えに過ぎなかった。むしろ、「深見東州」という才能がまずあって、そこからいろんな動きが生まれてきた。
ライブやトークや出版や、その一つとして「宗教」もある。だからそこに集まった人からの金でいろんな活動をしているわけではない。そのことが分かった。いろんな人たちに聞いて分かったのだ。だから、「宗教部門」はなくとも構わないのだろう。そして思った。そうか、そういう方法があったのか、と。
学生時代、僕は「生長の家」の運動をしていた。それを基にして右派学生運動をつくった。大学を卒業してから、プロ的な活動家になるか、あるいは「生長の家」の本部に入り宗教活動をするか、迷った。宗教活動にもひかれたが、「自分」を出せない。すでにある「教義」を人々に知らせることに専念し、自分の解釈や自分の考えを出してはいけない。それでは、自分の生きる意味もないと思った。だから、少しでも自分の考え、自分を出せる右派運動の方を選んだ。
でも、今、考えると、そうか、この方法があったのかと思ったのだ。深見氏のやり方を見て、同じように悔しがっている人は多いと思う。もちろん、これも「燕雀」の考えだ。深見氏はその余りある才能があったので初めてできた。それなのに「もしかしたら俺たちだって出来たのかもしれない」などと一瞬でも考えた自分が愚かだったと思う。ただ、深見氏に対する理解が少しだけ進んだような気がする。
iRONNA編集部