深見東州 (ワールドメイト) 情報事典
【独占インタビュー】謎多き宗教家、深見東州とは何者か『iRONNA編集部』
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深見東州(ワールドメイト代表)
宗教というのは暗くて地味なものではなく、特に神道は明るく、楽しい、面白いものだということを皆さんに知ってもらいたいんです。宗教が暗くて閉鎖的で反社会的というイメージは、本当の宗教を知らない無知な人の観念なんですよ。
我々の宗教法人「ワールドメイト」が各地の支部を「バッチバッチグー・千葉エリア本部」、「宇宙戦艦トヤマ支部」なんて名前にしたり、私自身がコスプレをやったり、至る所にギャグをちりばめているのも、暗い閉鎖的なイメージを払拭したいという強い思いが理由の一つです。日本ではこうした偏見が強い傾向がありますから、そのアンチテーゼなんですよ。

「神道は明るく、楽しい、面白いものだということを知ってもらいたい」と語る深見東州氏
今日の宗教というのは国際的で、自由経済の一端を担い、民主的なものになってきています。こうした宗教がこれからの時代の宗教なんですよということを少しずつでも知ってもらうために、時間をかけてさまざまな活動をしてきました。
例えばビジネス。予備校運営は38年、高級時計の輸入販売も36年、今、オーストラリアの観光会社、ヨットのマリーナと牧場も持っています。さらに、イギリスにホテルと観光会社もありますよ。日本にももちろん観光会社と出版社、ファーマシーと公益財団などがあり、計13社ぐらいの社長をしています。
それゆえにビジネスの範囲は限りなく広がり、国際的な活動も何でもできる基盤ができた。カンボジアには大学も作りましたからね。さらに、テレビ局とラジオ局を持っています。病院もあります。そういう基盤っていうのは日本人の誰もができるわけではないからこそ、宗教的世界の日本代表としてやれているわけです。
では、なぜビジネスに取り組むかというと、その時代、時代の優れた宗教者は人々と共に生き、その苦しみや悲しみを共有してその中から救済の法を説きました。現代は、武家社会の鎌倉時代でもなく、貴族社会の平安時代でもありません。労働者の8割がサラリーマン、OLの時代だからこそ、自らビジネスの世界に身を置くわけです。無論、これは歴代の宗祖たちと同じように、天啓によって行っているのです。
そうすることで金銭の尊さを日々実感しているんです。ビジネス社会で、人々が何を大切にし、何に苦しんでるのか。それを、いつも肌で感じるからこそ、多くの著作に説得力を持たせ、人々に共感してもらえるのではないでしょうか。
宗教とビジネスは矛盾するものではない
時代は変わり、社会は変わっても、人々と同じ立場に身を置き、痛みを実感し、 説く教えの大切さは変わりません。そして、時代を反映すると同時に、時代を超えた普遍性があるのが、本当の宗教者であり、そこから生まれる教えが、本当に生きた教えだと思っています。
とはいえ、 これらのビジネスを信仰と混同することはありません。ワールドメイトが予備校を布教に使うこともない。それは「聖と俗を区別して共存させる」という、神道古来の特質に由来しているからです。

宗教とビジネスについて語る深見氏
著名なカリスマ経営者は普遍的な神仏への信仰を持ち、ビジネスと区別して共存させているじゃないですか。出光興産創業者の出光佐三氏は宗像大社の熱心な崇敬者です。 西武グループ創始者の堤康次郎氏は箱根神社の熱心な崇敬者。「経営の神様」と呼ばれた松下幸之助氏は会社の敷地内に「根源の社」を建立し、 自身は辮天宗の総代も務めていましたよ。東芝の社長・会長を歴任した土光敏夫氏は、熱心な法華経崇敬者でした。
また、京セラ創業者の稲盛和夫氏や、協和発酵の創業者である加藤絣三郎氏、エスエス製薬の創業者の泰道照山氏も、熱心な仏教者ですね。特に泰道照山は、 天台宗の僧侶で、出家得度した人物として知られます。そして「Canon」(キャノン)が「観音」から来てることは、あまりにも有名でしょう。角川書店の社長だった角川春樹氏は、群馬に宗教法人「明日香宮」を創設した教祖で、宮司でありながら、角川書店の社長もしていた。
どの経営者も、信仰を自身の拠り所としつつ、信仰と経営を混同させず、はっきり区別して共存させたのです。これらは、聖と俗を区別して共存させる好例なんです。ですから、宗教とビジネスは矛盾するものではありません。
また、こうした活動をすることによって、さまざまな雑誌などのメディアに取り上げられるようになり、私がやっていることを知る人が多くなったのは良いことだと思っているんです。雑誌や本を見て我々のワールドメイトに入りたいという人はそれでいいし、嫌だと思う人は他の宗教に行けばいい。
ワールドメイトは、神道がベースです。神道の思想は、神社を見れば分かりますが、「来る者拒まず、去る者追わず」で、本来強制がない。だから、ワールドメイトも神道の伝統に則り、社会性を大切にするわけです。
信仰がないよりはある方がベター
「新日本宗教団体連合会」(新宗連)というのがあって、アンチ創価学会でつくった立正佼成会が中心となった新興宗教の集まりがあります。現在60団体ぐらいが加盟している。その新宗連には4つの柱があります。
一つは政教分離。これは創価学会へのアンチテーゼで、宗教と政治を分離すると憲法にありますから。それから信教の自由。あとは宗教協力。宗教団体が協力して世界平和を実現しなければならない。もちろんWCRP(世界宗教者平和会議)もそうなんです。WCRPは、現在「Religions for Peace」に名称変更してますが。最後は、「国民皆信仰」という考え方です。

「ワールドメイトがいいなと思う人だけ来ればいい」と語る深見氏
その国民皆信仰という概念が、新宗連の4番目の柱ですが、我々も国民皆信仰に賛同しています。どんな考え方かというと、一つの宗教団体がすべての人を賄うことはできないということなんです。日本人といってもたくさんいますから、一つの宗教団体が、すべての日本国民を変えることはできないと考えるのです。
ならば、どこかの宗教団体に入って、それが嫌ならどこか別の宗教団体に移ればいい。要は自分に合うところに行けばいい。無神論で信仰を持たないよりは、どこか信仰を持っていた方が、信仰がないよりはベターだという考え方、これが国民皆信仰です。信仰がまったくない人間よりも信仰がある人間の方が、孤独とか不安に強くなり、安心立命が得られる。つまり、最終的に自分の力で自分を救っていく力があるわけです。それが、宗教の持つ社会的役割でしょう。
ワールドメイトもそうなんです。だから、はっきりと宗教団体としてのカラーを打ち出して、それでいいなという人が来てくれたらいいわけです。どの道、カラーに合わない人は辞めますから。入退会は自由、強制もしない。
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もちろん、暗くて閉鎖的でまじめな宗教がいいという人は、そういうところへいけばいい。日本だけでもたくさん宗教団体があるので、創価学会へ行ってもいいし、立正佼成会に行ってもいい。ワールドメイトだけで全てのニーズは賄いきれませんから。だから、ワールドメイトに合う人だけ来ればいいし、嫌なら辞めたらいいんです。
この考え方は運営している予備校「みすず学苑」も同じ精神です。はっきり言うと、合う人だけ来たらいい。予備校は予備校らしくあらねばならないという人は、そういう予備校に行けばいいわけなんです。
新興宗教は閉鎖的?だからこそ逆を行く
新宗連の4本目の柱の「国民皆信仰」という概念は、非常に重要だと感じています。それが、今の新しいこの時代の宗教性だと思っているからです。私は新新宗教の御三家と言われたんです。それはワールドメイトの私と大川隆法氏、オウム真理教の麻原彰晃氏です。宗教学者の島田裕巳氏は、麻原彰晃と深見東州は平成の宗教改革者だと言っています。
ただし、「あまり社会の軋礫を恐れすぎたら伸びないですよ」っていうような ことを、皮肉っぽく書かれています。でも、まあおっしゃった通りになりましたよ。かたや死刑囚、かたやこのように世間の軋礫を恐れず、明るく楽しくやる神道ですから。島田氏はそれだけ宗教のことを研究しているので、島田氏にいくら言われても全然うれしいですね。宗教のことをよく知っている人ですからね。
オウム事件なんかがあって、特に新興宗教は先ほども触れたように、閉鎖的で排他的で怪しいというイメージが先行しているんです。テレビなんかは宗教団体が撮影してはダメだとかいうところを、意図的に撮ろうとして怪しい雰囲気を醸し出すものです。
だからこそ、我々ワールドメイトはその逆を行くんです。テレビが来たら、もう何でも取材してもらう。どうぞどうぞって。フレンドリーで明るくて、そんな場面ばっかりだったら、面白くないからテレビは放映しないんです。
ワールドメイトも、かつて「ビジネスと宗教が一緒になってるのではないか」と疑われて、マルサが来たこともありました。でも、結局何の問題もなかったことが証明され、かえって私たちの活動の正しさを知らしめることができたんです。反社会的でも閉鎖的でもなく、要は叩かれようがないんです。元は神道、生業と家とコミュニティーを繁栄させる精神や教えですからね。

マルサの強制捜査を受け、七福神のコスプレで記者会見を行う深見氏(左から3人目)ら=平成6年10月8日
時代を超えた、普遍的な宗教性を貫くことは、旧態依然とした活動を続けることではありません。社会が変容してる以上、その時代の、社会に即した救済方法が必要だと思っています。それは、旧時代から見れば、異端や革新的に見えるものです。
やはり、強調したいのは普遍的宗教性ですね。これがないものは、やっぱり閉鎖的になりがちです。宗教の殻に閉じこもっているわけですから。宗教は神の一部なのに、宗教家が一番神の事を知っていると思う傲慢さがある。
宗教は宗教にしかできない役割と働きがあります。しかし、「美」の要素の芸術も、神の一部だし、「真」である科学も神の一局面ですね。経営も社会科学ですからね。そして、「善」は宗教そのものであり、教育や福祉、スポーツもそうです。それだから、「真・善・美」を全部やってるわけです。真善美を全部やって、初めて神を正しく受け取れるし、神を正しく実行できると思っているんです。
だからこそ、私は宗教やビジネスだけでなく、作詞や作曲、文芸全般、絵画、オペラ、ジャズ、ロック、能楽、京劇、パントマイム、演劇など、あらゆる芸術文化に積極的に取り組んでるわけです。感性の極みである芸術が、最も神に近いと思うからです。
信者じゃない人から敬われてこそ本当の宗教家
宗教団体というのは、そこの宗教に入っている人にとっては、派手な着物を着たおばさんの教祖なんかに額衝(ぬかず)くでしょ。外から見たら、このおばさん何を言ってんだってことにしかならない。重要なのは、その宗教の信者じゃない人からも、敬われるのが本物だということです。
お釈迦様って別に仏教徒じゃなくても、皆尊敬するでしょ。イエス・キリストもクリスチャンじゃなくても尊敬する。マホメットも、マホメットの価値はイスラム教徒でなくても認めますよね。孔子とか老子とかも、別に儒者や道教の信奉者でなくても学びますよね。
信者じゃなくても尊敬するし、生きるヒントにするわけです。それが、やっぱり普遍的な本当の宗教性を持ってる人と言えます。だから、その信者は敬うけども、信者じゃない人からは変な目で見られ、全く相手にされないっていうのはダメなんですよ。
信者からも敬われ、信者じゃない人からも敬われてこそ、本当の宗教家だと思うわけです。要するに、普遍性が大切なのです。真理とは何かと考えたら、いろいろと定義はあるでしょうが、普遍性というふうに置き換えられると思っています。
だからこそ、ワールドメイトの活動は、どこよりも斬新で現代的である一方で、その中には宗派や宗教の枠を越えた、普遍的な宗教性を持たせようとしている。そして、あらゆる誤解を乗り越えて、会員の幸せを第一に考え、法的にも人道的にも、社会的にも信頼に足る宗教団体をめざしているのです。
(聞き手、iRONNA編集部・溝川好男、松田穣)
ふかみ・とうしゅう 本名は半田晴久。1951年、兵庫県生まれ。同志社大学経済学部卒。武蔵野音楽大学特修科(マスタークラス)声楽専攻卒業。西オーストラリア州立エディスコーエン大学芸術学部大学院修了(MA)。中国国立清華大学美術学院美術学学科博士課程修了(Ph.D)。中国国立浙江大学大学院中文学部博士課程修了(Ph.D)。現在は神道系宗教法人「ワールドメイト」(静岡県伊豆の国市)の代表を務める傍ら、企業経営や芸術、福祉活動などに取り組んでいる。