館シリーズ(綾辻行人)

登録日:2012/03/12(月) 15:41:27
更新日:2025/02/08 Sat 06:30:27
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館シリーズとは、ミステリー作家・綾辻行人の著作である、作品名が『○○館の殺人』となっているシリーズの通称である。
綾辻の代表作であり、「新本格」と呼ばれる近年の推理作品をも代表するシリーズである。



概要


中村青司という変人建築家が手掛けたキテレツな館で発生する殺人事件を、探偵役の島田潔が解決するというのが基本的な流れである。

但し、この作品の主役はあくまでも「館」そのものであり、探偵役の島田潔ではない。
そのため、探偵役なのに数ページで島田の出番が終わることもザラである。
余談だが、「島田潔」という某先輩作家と彼の代表作主人公を足して二で割ったネーミングを、後で作者は後悔したとかしないとか。

また、シリーズを通して「中村青司の手掛けた館には必ずなんらかの隠し部屋・隠し通路が設置されている」という設定を前提として話が進むので、密室殺人が起こっても多くの場合「はいはい、ワロスワロス」で流せることもシリーズの大きな特徴である。

新書版の表紙は中央に配置されたスライドフィルム、文庫版の表紙は油絵風に描かれた館の遠景が特徴。
長らくデザインを担当していた辰巳四郎氏が『暗黒館』の発売前に亡くなったこともあり、『暗黒館』以前の6作品の文庫版は一部加筆修正した上で表紙デザインをリニューアルした新装改訂版が発売されている。
(表紙は旧デザインを踏襲しつつ、暗黒館以降の表紙と同様に髑髏のモチーフがどこかに隠された隠し絵的なギミックが盛り込まれている)

現状、『奇面館の殺人』まで9作が刊行されている。
作者によれば、エラリー・クイーンの「国名シリーズ」に従って、本作も全10作となる予定。
即ち、今後刊行される次作が最終作となる。
ただし現在の調査で、一作品は邦題を付ける際に国名シリーズと扱われただけであり、実は国名シリーズは9作品だったとされている(よりによってその作品は日本を題した『ニッポン樫鳥の謎』)。
綾辻氏もこれには面食らったらしく、「ならばもう9作で良いのかも」とTwitterでボヤいたりしていた。
…が、2023年に遂に10作目の連載を開始した。

本シリーズの作品は、「文章から想像しててっきり○○だと思っていたら実は××だった」といういわゆる「叙述トリック」が使われた作品が大半であるため、基本的に映像化不可能。
『十角館』については、企画は何度かあったそうだが、「どうやってトリックを映像で実現させるのか?」と作者が質問しても、ちゃんとした答えが返ってきたことが無かったという。
読んだ人なら確かに「そりゃそうだ」と思う。
…が、2024年3月よりHuluにおいて実写ドラマが配信された。

なお「十角館」から「時計館」まではゲーム、それも「剣と魔法のRPG」になっている。詳しくは項目参照。

ちなみに「動物のお医者さん」作者の佐々木倫子とタッグを組んだ漫画「月館の殺人」は“館”と付くが、館シリーズではない。
が、後半(下巻)は激レア鉄道グッズで埋め尽くされた『鉄道館』と呼ばれるキテレツな館が舞台となり、「鉄道館の殺人」という章タイトルまである。
原作者曰く「最後に残された謎は『この館に中村青司が関わったかどうか』」

作品


十角館の殺人

記念すべき最初の館。綾辻行人のデビュー作。
舞台は大分県の孤島・角島に建つ十角形の屋敷、「十角館」。家具や食器までもが十角形。相当な偏執ぶりである。
角島を訪れたK**大学推理小説研究会のメンバーが事件に遭遇する「島」パートと、不審な手紙を受け取った推理小説研究会の元会員・江南が過去の事件について探る「本土」パートが同時進行するような形で物語が進む。
「島」パートに登場する推理小説研究会の面々が【エラリイ】【アガサ】など、海外の著名ミステリー作家の名前で呼ばれていることも大きな特徴。

新装改訂版だと真相の種明かしが、ちょうどページをめくったすぐ後に来るようになっているので、未読の人はそちらを買うとより一層楽しめるだろう。
この作品がミステリー界に与えた影響については綾辻行人の項目を読んでもらいたい。
ちなみに『長門有希の100冊』に選ばれている。

新書版のスライドフィルムは紙束入りの小瓶、文庫版の隠された髑髏は館の背後に浮かぶ月。

「YA! ENTERTAINMENT」版では表紙絵を「天才柳沢教授の生活」等で知られる山下和美氏が担当。
孤島に集まった推理小説研究会員の面々が描かれているが、ある意味「公式での映像化」という非常に珍しい事態とも言える。

前述の通り、映像化不可能と思われてきた作品であるが、2019年より「Another」のコミカライズを手掛けた清原紘氏によって漫画版が連載(全5巻)。
物語の流れは原作を踏襲しつつも時代設定が現代に変更され、一部登場人物の性別等にも変更が見られる。
原作の叙述トリックをコミックで成立させるための細やかな工夫や終盤に挟まれるオリジナルの展開など、原作既読者でも大いに楽しめる作品に仕上がっている。

また、こちらも前述のとおり2024年3月よりHuluにて実写ドラマが配信された(全5話)。
こちらの時代設定は原作と同様。
監督は綾辻氏と有栖川有栖氏がタッグを組んだ犯人当てドラマ・安楽椅子探偵シリーズの内片輝氏が努めた。
テーマソングは、ずっと真夜中で良いのに。の「低血ボルト」。
地上波放送や映画ではなく配信用のドラマとして製作されたことで、無理に引き延ばしたり描写を削ったりすることなく仕上がっている。
原作の叙述トリックを映像で成立させるための工夫も漫画版に負けず劣らず凝らされており、スタッフへのインタビューや、とある重要人物のオーディションの様子などをまとめた映像(もちろんネタバレ全開なので原作未読勢は注意)が無料配信されている。
漫画版ほどではないがオリジナルのシーンも追加されており、登場人物の心情面がより細かく描写されている。
2024年〜2025年の年末年始には、日本テレビ系の深夜で地上波放送もされている。
ちなみに、2024年時点でwikipediaのドラマ版のキャスト欄を見てみると、ある意味でメタ推理できなくもない状態になっている。
まぁ、時間の経過と共に解消される可能性も十分あるものだが……今後に期待である。

水車館の殺人

岡山県北部の山中に建築された、三連水車とエレベーター付きの屋敷・「水車館」。
仮面の主人と幼妻が住んでいる。現在と過去、二つの視点が交差して物語が語られる。

反則スレスレの心理トリックが多く使われる館シリーズには珍しく、物理トリックがメインとなる。
「嘘の記述をしてはならない」というミステリーのルールに基づいた、割と大胆な叙述トリックも仕掛けられているが、謎自体はシリーズ全体からしても難易度は高くない。
ただ、その分「全ての真相を正確に」解明することを求める、本格ミステリーらしい作品とも言える。

新書版のスライドフィルムは水車館が描かれた絵画と彫像、文庫版の隠された髑髏は川の水面。

十角館同様に「YA! ENTERTAINMENT」レーベルでも刊行され、山下和美氏の手による探偵役の島田潔や館の主人とその幼妻が描かれている。
残念ながら「迷路館の殺人」以降はこのレーベルでの刊行はされていない。


迷路館の殺人

京都府・丹後半島に存在する、隠居したミステリー作家が住む屋敷・「迷路館」。
その名の通り廊下が迷路になっている不便極まりないおうち。各部屋にトイレ設置していて良かったとは作者談。
本作は作中人物、鹿谷門実【ししやかどみ】のデビュー作として作中作の形で収録されている。

この作中作は、講談社ノベルスのフォーマットを意識した奥付とかも作られていて、凝ったものとなっている。
綾辻氏も、この部分は作っていて結構楽しかったのだとか。
(熱心な綾辻ファンには、「発行者」の名前の正体に気付いて吹いた人もいるのでは)
当たり前だが、文庫版も扉や奥付は新書フォーマット。気分に浸りたい方は親本で。

但し、作中で鹿谷門実は「鹿谷門実」というペンネームで呼ばれることはないので、犯人当ての他に「誰が鹿谷門実なのか」を探る楽しみも含まれている。
ちなみに『時計館の殺人』以降の作品では「鹿谷門実の本名」がオープンになっているため、読む順番によってはネタバレになるかも知れない。というか、館シリーズの特集記事とかでもネタバレされる。

屋敷に集められた推理作家たちが自らの作品のように殺されていく様は読者の現実と虚構を強く揺さぶる。
ちなみに、登場人物の一人がかつて所属していたという劇団は、綾辻氏の作品である「霧越邸殺人事件」に登場しており、「元劇団員が作家として活躍している」という形で名前も触れられている。
ぶっちゃけ館シリーズ史上、一番映像化しづらい作品。
実写でやろうものならそれこそハリウッド映画で仕事してるCGクリエイター呼ばないと無理なレベル
アニメ化の方が難易度が低いと断言できる。それか宝塚でやるとか。
ちなみに、ネットが発展した現在、館シリーズで特にネタバレに注意が必要な作品でもあり、Googleの検索ワードでも「あるもの」が平気で引っかかったりするので、未読の方には事前調査を積極的に行うことはお薦めできない。
トリックに日本独自のモノが用いられているため、英語圏の読者にもフェアかつ同様の驚きを与えられるよう、翻訳者が綾辻から許可を得たうえで英訳版では一部が改変されている。

前述のRPGでも構造こそ原作小説と異なるものの、「迷路の廊下」という悪夢のような再現がなされている。しかも、一階層追加されている
また、各作家は小説では本名でしか呼ばれてないが、ゲームではペンネームが登場する。みんな死んでるけど。

新書版のスライドフィルムは鹿谷門実著による『迷路館の殺人』の表紙*1、文庫版の隠された髑髏は茂みの右下部分……なのだがミスで講談社文庫のロゴに隠れてしまっている(その後増刷時に訂正)。


人形館の殺人

京都府京都市左京区の貸しアパート、緑影荘。通称「人形館」が舞台となる。

館の立地場所やトリックなどあらゆる意味で異質な巻であり、評価は賛否両論
館シリーズって何?と思わずにはいられない一作。
ちなみに綾辻本人はこの作品を特に気に入っている。

新書版のスライドフィルムは腕が欠損したマネキン人形、文庫版の隠された髑髏は中央の大木の中。

本作の原型となったのは「遠すぎる風景」という、綾辻氏がデビュー前の京都大学推理研究室在籍中に執筆した作品だが、なんとコチラも「0番目の事件簿」という作品集*2で読むことができる。やっぱり「館シリーズ」じゃないんじゃ……

直接の後日談として「赤いマント」という短編がある。
同作の登場人物が「人形館の殺人」の事件後に遭遇した、「都市伝説」が本当に発生したかのような「ある事件」が描かれている。
タイトルになっている「赤いマント」とは、どこからか聞こえる「赤いマントかぶせましょうか?」の声に「はい」と答えてしまうと、首を切られて殺され、流れ出る血によって死体が赤いマントをまとったように見える……。という有名な「都市伝説」。
都市伝説として類似した話も多く、某ホラー漫画では「赤いちゃんちゃんこ」として登場する。
長らく単行本には未収録状態だったが、2017年に「人間じゃない 綾辻行人未収録作品集」にて、めでたく単行本収録となった。
ちなみに解説によると「僕の短編では多分唯一の、ごく普通の推理小説」。普通でない短編の推理小説は「どんどん橋、落ちた」でどうぞ。


時計館の殺人

神奈川県鎌倉市に建つ、108個の時計が飾られている屋敷・「時計館」で起こる連続殺人を描いた作品。
屋敷の外と中、二つの視点で話が繰り広げられる。登場人物紹介欄の多さに身構えるが、大半が既に故人である。

トリックも文量も充実した内容から、館シリーズの中でも特に人気が高い一作。「安楽椅子探偵シリーズ」の原作者として綾辻の相棒も務めている盟友・有栖川有栖も本作がお気に入りとのこと。
第45回日本推理作家協会賞受賞作品。
双葉文庫の日本推理作家協会賞受賞作品全集からも出版されている。
そしてここから読んで「迷路館」の存在を知る前から鹿谷門実の正体がネタバレされる。

新書版のスライドフィルムは針の存在しない時計塔、文庫版の隠された髑髏は背後の雲(上巻)と手前の木箱(下巻)。

また、シンガー・ソング・ライターの谷山浩子作曲、綾辻行人作詞による同名の楽曲が存在。
この歌が収録されたアルバム「歪んだ王国」には他にも綾辻作詞・谷山作曲の歌が一曲、綾辻がサイドボーカルを担当した歌が一曲収録されている。


黒猫館の殺人

記憶を失ったという老人の手記には、中村青司が設計した屋敷の1つ・「黒猫館」で起こった殺人事件が記されていた。
『迷路館の殺人』で一躍ミステリー作家として名を挙げた鹿谷門実が、「自分の正体を知りたい」という老人の記憶解明と手記の謎に挑む。
別に猫が108匹出るとか、そういうわけではない。
「くりいむれもん」も関係ない。

黒猫館はおそらく中村青司の経歴史上、最も事前準備に時間がかかった館であろう。
綾辻曰く「消える魔球を試みた」とのことだが、シリーズ最強かつ卑怯スレスレなトリックのせいで、読者的にはジャコビニ流星打法と言った方がしっくりくる

新書版のスライドフィルムは黒猫の顔、文庫版の隠された髑髏は中央の植え込み。


暗黒館の殺人

熊本の山奥に建つ屋敷、「暗黒館」。その外装は漆黒で塗り潰されていた。
光よりも闇を好む浦登一族が住む屋敷で起こる連続殺人に「私」こと中也(中原中也によく似ていることからそうあだ名された青年)が挑む。

やたら長い(原稿用紙換算の枚数は約2500枚。新書版は凄まじく分厚い上下巻であり、文庫版は全四巻に分割された)上にBLのような雰囲気が漂っており、賛否両論が激しい作品。
綾辻の『オカルトとミステリーを混ぜたがる病』が館シリーズ中で最も色濃く発病している作品であり、その点でも賛否が分かれる。
ただし、過去の作品に登場した人名が登場したりとシリーズ愛読者には堪らない描写も多く、壮大なラストとそれに伴うカタルシスは一言で言い表せないものがある。

新書版のスライドフィルムは湖に浮かぶ館のシルエット(上巻)と炎(下巻)、
文庫版の隠された髑髏は湖面(一巻)、十角塔脇の木立(二巻)、「惑いの檻」の左脇(三巻)、赤い空に浮かぶ黒い雲(四巻)。

ちなみに「リトルバスターズ!」の西園美鳥/美魚の名前はこの作品の双子から取られている。

びっくり館の殺人

神戸近郊にある、壁に設置されているびっくり箱を特定の順番で開くことにより隠し通路が出現する屋敷・「びっくり館」で起こった殺人を描く。

元々は、子供向けを目指したレーベル「講談社ミステリーランド」向けの執筆依頼が綾辻氏にも来たことで制作された作品。
つまり他のシリーズ作品とは違い、講談社ノベルスが初出ではないのだが、結局「自分が持ってるシリーズの一作として書いてしまおう」となったのだとか。
そのため、導入が本編の事件の数年後に鹿谷門実の『迷路舘の殺人』を見つけた事から始まる等、大人になっても楽しめる子供向け作品を目指して作られている。

半ばギャグのようにも見えるカオスなトリックに目を奪われがちだが、実は一読しただけでは分からない悪意に満ちた仕掛けがされているところがポイント。

新書版のスライドフィルムは金髪の少女*3、文庫版の隠された髑髏は館の背後の枯れ木の枝。


奇面館の殺人

東京都下の田舎に、とある仮面の収集家が建てた「奇面館」が舞台。
年に一回誕生日や背格好などが似た人物が招待されるのだが、招待主である館の主人は奇妙な仮面を被り、客人に対しても仮面を被ることを強いるのだった。
鹿谷門実はその催しに後輩作家の替え玉として参加するが、大雪に閉ざされた館で殺人事件に遭遇する。

『黒猫館』以来実に20年ぶりにオカルト要素のない館シリーズの作品となった。
20年ぶりって言っても間に2作だけしかないけどさ

新書版のスライドフィルムは黄金の仮面、文庫版の隠された髑髏は積もった雪の右下(上巻)と左下(下巻)。

ちなみに短編「フェラーリは見ていた」*4で、「黒猫館の殺人」の次作として名前があげられながら、「暗黒館」と「びっくり館」が先に出ることとなった。

双子館の殺人

講談社の雑誌「メフィスト」にて2023年夏より連載開始。



シリーズ物なので基本的には順番に読むことをオススメするが、
「そんなにたくさん読んでられないよ!」
という人は、『十角館』、『迷路館』、『時計館』のどれかを手にとってみるといいだろう。







「ほほう。あなたの仕事は項目を読むことだけですか」

警部は調子に乗って尋ねた。

wiki籠りはひくりと眉を動かしながら、いいえ、と呟いた。

それから、口許にふっと寂しげな微笑を浮かべたかと思うと、やや目を伏せ気味にして声を落とした。




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最終更新:2025年02月08日 06:30

*1 この「迷路館の殺人」の表紙も、スライドフィルムを中央に配したデザインで、フィルムは「牛(ミノタウロス)の頭部」。また、作者の名前が鹿谷門"美"となってしまっている。

*2 綾辻氏だけでなく、有栖川有栖氏、安孫子武丸氏ら総勢11人のミステリ作家の「デビュー前」の原稿を集めた作品集である

*3 元はミステリーランド版表紙絵

*4 「どんどん橋、落ちた」収録