ヤシオリ作戦

登録日:2017/04/02 Sun 00:35:31
更新日:2025/02/02 Sun 18:41:04
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巨大生物による破壊を経験していない映画『シン・ゴジラ』の世界にはかつてのようなスーパーXシリーズメカゴジラ&モゲラなどといった超兵器*1は存在しない。

ゴジラ打倒のため、現実の延長線上にある兵器や装備しかない中で実行されたのがヤシオリ作戦である。





人類文明終焉の危機


11月7日、鎌倉から上陸したゴジラ自衛隊は多摩川防衛ラインで総力を挙げた迎撃を試みるが、足止めにもならなかった。

唯一効力があった核シェルターをも突き破る米軍の地中貫通爆弾MOP2は、負傷したゴジラが「体内のエネルギーを転用して口や背中から『放射線流』として照射する」という新たな能力を獲得したことで無力化。

不幸中の幸いというべきか、放射線流は一度撃つとエネルギーが尽きるまで撃ち続けるしかないという性質を有しており、米軍航空機を全滅せしめた上で閣僚11人を失う大惨事になった東京を火の海に変えた後、ゴジラ東京駅で活動を停止。

日本政府は、生存閣僚などにより内閣総理大臣臨時代理が立つことで何とか体勢を立て直す時間を得た。

だが、東京駅で鎮座し、自身に近付く航空物体を自動で撃墜するゴジラに航空攻撃は通用せず、野放しのまま。
一連の事態で見せた驚異的な進化速度や環境適応力を考慮すれば有翼化して大陸間飛翔したり、無性生殖によって無限増殖したり、小型化したり…
そうなれば、人類文明が終焉を迎えることになりかねないと恐怖を覚えた国連安保理は決定を下す。



東京駅で眠るゴジラに対し、戦略原潜からの熱核兵器(水爆)で攻撃する。その際の復興に関して諸外国から融資などで支援する。

核兵器の使用を容認すれば東京は死の土地になる。
核攻撃決定から避難までに残された2週間余り、いかにピストン輸送しようと避難民の生命を犠牲にする可能性も高い。

このままゴジラを放置しておくのと比べれば決して悪い提案ではないが、内心ではこんな提案を受け入れたい閣僚など1人もいなかった。
それでも、代案を出せない日本政府は泣く泣くこの案を受け入れる他なかった。

だが、かねてより準備していた巨災対(巨大不明生物特設災害対策本部)の「矢口プラン」の目処が立ったことで状況は変わっていく。

熱核攻撃が迫る状況で実行可能段階までこぎつけるには、巨災対メンバー各々や協力者各位の並々ならぬ努力と熱意があった。

  • 国内のスーパーコンピュータを総動員した上、ドイツなど海外からスーパーコンピュータを借りた。
  • 必要な薬剤をかき集めるために日本中の民間科学会社を動員、上海からも協力を取り付けた。
  • 日米による独占的な権益の確保の思惑なども絡み、在日米軍が志願者続出で再度力を貸してくれることになった。
  • 高圧ポンプ車やホイールローダーといった必要な重機も多くの民間協力者からかき集めた。
  • 国連安保理常任理事国であるフランスへの根回しを行い、実行のために僅かに足りない時間を稼いだ。

これらのシーンでは胸が熱くなるような展開や台詞の応酬が繰り広げられているので、是非とも本編を見てもらいたい。


原理~ゴジラは自ら凍り付く~



矢口プラン(巨災対メンバー命名)」の作戦にあたって前例とした原理は以下のようなものである。

  1. 原子炉のような体内器官で熱エネルギー取り出すと考えられるゴジラはどうしても高温になる*2
  2. 生命維持のためには体の表面からの放熱に限らず、体内に何らかの形で冷却する機能があるはず。
  3. 冷却機能が止まればゴジラは生命維持のために自ら原子炉を止めざるを得ない。その過程で急速な冷却を必要とするため、自ら凍り付いてしまうだろう。凍り付かずにメルトダウンするとかは禁句。
  4. 陸上に上がったゴジラの冷却機能を担っているのは血流である可能性が非常に高い。血が流れなければ原子炉関係なく動物なら死ぬというのも禁句。
  5. 血液凝固剤を経口投与して血液の流れを止めれば、ゴジラは凍り付くはずだ!!
  6. 血液凝固剤を無力化しかねない細胞膜があったが、働きを抑える微生物を同時に投与すれば大丈夫!!

綿密に計算されているとはいえ、下手に刺激すれば更に耐性を得てしまうリスクもあるため実験ができず、半ばぶっつけ本番の決して分がいいとは言えないこの大博打である。
自衛隊により「巨大不明生物の活動凍結を目的とする血液凝固剤経口投与を主軸とした作戦要綱」と名称変更。
さすがお役所、あまりに長いと感じた巨災対副本部長にして内閣府特命担当大臣の矢口蘭堂が「ヤシオリ作戦」と命名する。


ヤシオリ作戦実行


11月26日。
本部はゴジラから1.5キロしか離れていない科学技術館屋上。

放射線流の流れ弾や墜落航空機の破片、急性被爆の危険があったが(ヘリコプターや無人偵察機なども撃墜されるのであてにできない)、政治的判断のために副本部長の矢口自らが立ち、自衛隊・民間・在日米軍が力を結集してゴジラに立ち向かう。

天気は晴れ。雨や強風といったハプニング要因となる天候の問題はない。風も、ゴジラの発する放射性物質を海に運んでくれそうだ。
まだ都民の避難は完了していないが、どのみち時間がない。残っている都民には屋内待機を求める。








1・無人新幹線爆弾突撃


ヤシオリ作戦の第一陣を飾るは、架線や線路は突貫工事で整え、遠隔制御された無人のN700系新幹線2便による突撃。

自衛隊の総力戦にはほとんどびくともしなかったゴジラが、この無人新幹線爆弾にはたまらず覚醒し、よろめく素振りも見せた。

航空攻撃には鉄壁といっていい防御力を誇るゴジラにダメージを与えた無人新幹線爆弾の威力については、また後で。





2.無人爆撃機による攻撃

ゴジラ放射線流を何とか封じなければ、血液凝固剤の投与などできるわけがない。

第二陣は、在日米軍の無人爆撃機。
自らを危険に晒さず一方的に相手を傷つける無人兵器は国際社会では人道的に問題があると批判されることもあるが、相手がゴジラなら人道云々は関係ない。

第4波までは次々撃ち落とされていくが、ゴジラが放つエネルギーは比較的簡単になくなってしまうと考えられるので、エネルギー切れを狙って無駄打ちさせるのだ。

狙いどおり、第5波で放射線流が止まったゴジラ。無人爆撃機からの航空爆撃がゴジラに次から次へと刺さっていく。
爆撃はあまり効いていないようだが、それでも対空攻撃をやめないゴジラは、口と尾の先端の放射線流で第5波を全滅させた。

第6波の航空攻撃でついにゴジラの対空攻撃は尽きた。


3.ビル群破壊による攻撃


この過程でゴジラは攻撃地点(キルポイント)に誘導されていた。

放射線流の流れ弾で上部を切断されていたゴジラの近くのビルを自衛隊がここで爆破したので弊社も御社も木っ端みじん
更に房総沖に控えていた米海軍のミサイル駆逐艦ヒューイのミサイル攻撃で、更にビルを崩す。

ドミノ倒しの要領でゴジラよりはるかに巨大なビルの倒れ込みを受け、大きく体勢を崩したゴジラはもんどりうって転倒した。


4.特殊建機小隊による経口投与

100mを超える巨体に反して自転車より遅く*3、瓦礫に埋もれてなかなか動けないゴジラの頭部に、特殊建機第1小隊「アメノハバキリ」が接近。

倒れたゴジラの口中に高圧ポンプ車の管を突っ込み、血液凝固剤や抑制剤の投与開始。
捕食などの用途を想定しない進化を遂げたゴジラは、口を閉じることができず、押し返せる舌が口腔内に存在しない。

作戦はこのまま順調に進むと思われたが、目標の30%が投与された所で、ゴジラ放射線流を吐き、第1小隊は残らず吹き飛ばされてしまった。

凍結にまでは至らなかったとはいえ、ゴジラは明らかにふらついていたが、時間が経てば再度エネルギーを溜め込む可能性もある。
日本中の民間科学会社のプラントを動員、海外への働きかけを行って時間稼ぎまでして製造した血液凝固剤の予備はない
つまり、ここで撤退すれば全てが無駄になってしまう。


矢口たちは作戦の続行を指示した。


5.無人在来線爆弾

ゴジラを凍結させる最低量の75%(作中発言で672㎘)にはまだまだ足りず、なにより核攻撃まで時間がない

東京駅の線路構内をよろめくゴジラめがけ、左右から勢いよく突進した列車爆弾の第二陣、およそ10本の無人在来線爆弾がゴジラに絡みつくようにダメージを与える。

ゴジラは再転倒、東京駅の駅舎の上に頭部を載せた。


6.決着

残っていた特殊建機小隊第2陣・第3陣を投入。
抵抗できないゴジラに血液凝固剤の全量が投入された。

表皮の凍結が始まり、休眠していようと不気味に屹立していた尾が地面に力なく横たわる。

矢口「やったか!?


なおも立ち上がるゴジラは特殊建機車両を咥えて咆哮を上げた……………まま炉心温度が零下196度にまで低下。

ゴジラが凍り付いて沈黙したことにより、作戦終了。


さすがに死んだとまで確認できず、ゴジラが再び動き出そうものなら核攻撃が始まる。

核攻撃までの残り時間は58分46秒

一時的とはいえ、東京を核攻撃する事態は回避された。









余談

撮影時にエキストラに説明しているとおり、現代日本のような怪獣文化が根付いていないシンゴジ世界観には、創作の『核を武器にする生物に核兵器攻撃は強化フラグ』が存在しない可能性が高いと、念頭においてほしい。

名の由来

作戦名『ヤシオリ』特建小隊の名前とそのエンブレムにあしらわれている『ヤマタノオロチ』『アメノハバキリ』の由来は、
日本神話でスサノオノミコト八岐大蛇に飲ませた酒『八塩折酒』と、オロチの首を撥ねた剣『天羽々斬*4
つまり、日本史上最初の怪獣退治伝説にて、英雄が怪獣を倒した時に使ったアイテムに因んでいる。
勿論『怪物に液体を経口摂取させて倒す』という点にも引っ掛けているのだろう。
ちなみに監督のことだからこっちも意識していた可能性が高い。

東宝の要望を蹴りまくった庵野監督も、複数の頭が生えるあまりに極端で異形な原案段階に難色を示したことは聞き入れたが、作中の頭部が多数あるかのように放射線流を放つゴジラの撃退は、まさに平成のヤマタノオロチ退治といえよう。



過去作とのつながり

過去作では血液凝固剤を打ち込んで倒す作戦を結城晃*5が考案し、その経口投与には権藤吾郎の名台詞「薬は注射より飲むのに限るぜ、ゴジラさーん」を思い出した人も多かった。

血液凝固剤であるため飲むよりも注射の方が効果はあったと思われるが、自衛隊の総力戦でゴジラの皮膚を破れなかったため、本作では経口投与しかない。

ついでに高須クリニックの高須克弥氏いわく、口より尻の穴から注入した方が効くらしいが、肛門があるかどうかすら怪しいゴジラの尻を探るのは相当困難だろう


無人新幹線爆弾・無人在来線爆弾の威力

鉄道模型が趣味の矢口という設定が影響した………かもしれない新幹線・在来線の車両には、地中貫通爆弾の倍ほどの爆薬を積める

一両辺りにTNT爆薬を30トンほど積める在来線の全車両に限界まで積むと仮定すると、戦略爆撃に匹敵する

地中貫通爆弾で傷が付くなら、それだけ積める無人新幹線爆弾・在来線爆弾がダメージを与えられるのは何もおかしくないのである。



で、核攻撃でゴジラは倒せるの?

熱核攻撃は数百万度のプラズマを発生させる人類の最大攻撃。
最も沸点の高い元素タングステンでも6000度あれば気体と化すが、10万度の熱線を受けても平気で戦い続ける怪獣や超兵器とそれに慣れたファンが非科学的なのである。

気体やプラズマになっても生きているならともかく、たぶんゴジラを倒せる熱核攻撃を使わない手はないだろう。

ただし、迎撃されるかもしれないが。

それが数百メートルならいざ知らず、絶対に飛翔体倒すマンと化したゴジラが数千メートル単位の遠距離で迎撃すれば電磁パルスで本州は壊滅する。

これに対しては、「米軍はヤシオリ作戦が失敗しても、同作戦に提供した無人爆撃機の迎撃でエネルギー切れになっているであろうゴジラに核ミサイルを打ち込む予定だったのでは」とする説がある。




その他

  • 宇宙大戦争マーチ』と先陣を切ったのは新幹線爆弾
    インパクトが強すぎてweb上で有名な無人在来線爆弾は2陣でBGMは『Under a burning sky』。

  • 使用されたビルの多くは三菱地所レジデンスの管轄だったため、三菱地所アタックと呼ばれるようになった。
    なお、倒壊したビルには映画公開時点で2027年に開業予定の建設されていないビルが含まれている。

  • 凝固剤を飲ませている間、発声可能上映では「イッキ!イッキ!」のコールが沸き起こっている。

  • 作戦に登場したアーレイ・バーク級イージスミサイル駆逐艦と考えられる駆逐艦・ヒューイは架空の駆逐艦
    なお、一部では「実在するアーレイ・バーク級55番艦『デューイ』の誤記ではないか」とも言われていた。




追記・修正はフランスに頭を下げてお願いします。

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最終更新:2025年02月02日 18:41

*1 有効打を与えた地中貫通爆弾「MOP2」は、米国が現在所有している地中貫通爆弾の改良型という設定であり、一応「超兵器」と呼んでいいかもしれない

*2 現に、初上陸の際、ゴジラの周囲の海水は沸騰していた

*3 午後4時半ころに武蔵小杉駅付近で攻撃を受け、午後6時30分頃に東京駅到達する程度なので、時速10キロ程度

*4 劇中では明示されないが、公式設定で明示されている

*5 結城を演じた柄本明は本作では東竜太官房長官