登録日:2018/07/11 Wed 04:15:31
更新日:2026/07/23 Thu 12:16:52
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イソップ童話(もしくはイソップ寓話)とは、古代ギリシャの童話作家イソップが作った童話群……だとされるものである。
イソップってどんな人?
多分紀元前6世紀ぐらいの古代ギリシャの奴隷。
生没年は紀元前620年頃~紀元前564年頃で、出身は小アジア(現在のトルコ辺り)のどこか。
ちなみにイソップは英語読みで、ギリシャ語では「アイソーポス」とされる。
……以上
。
いや、本当にそれぐらいしかわかっていないのである。
一応実在したのは確かなようで、奴隷の割には生没年も大体だが判明している。
紀元前400年代に書かれたヘロドトスの『歴史』に記述があるなど、古くから知られてはいたようだが、具体的にどういう人だったのかは全くわかっていない。
『イソップ伝』と呼ばれる伝記も存在するが、10~11世紀頃に書かれたもので歴史的な裏付けは無く、後世の創作と考えられている。
ただ、伝えられているエピソードからすると、頭の回転が速く弁の立つ人物だったのだろう、と想像することができる。
多くの童話を残したとされるが、当然イソップ直筆の原稿が残されているわけではない(というか文字の読み書きができたかも怪しいだろう)。
そのため、現在伝わっているイソップ童話とされるものは、
- 実際にイソップが考えたもの
- イソップ以前にあった話をイソップが翻案したもの
- 後世に書かれたがイソップ童話の中に組み込まれたもの
がごっちゃになっており、現代では区別するのが不可能になっている。
なのでいわゆる「原典(=イソップによる作品集)」は存在しないのだが、
19~20世紀に欧米の研究者たちが纏めた校訂本が多数あり、現代ではこれらを一応の原典として扱っている。
中でもアメリカのベン・エドウィン・ペリーによる校訂本『アエソピカ』の評価は高く、
ロングセラーとなっている邦訳本の1つ『イソップ寓話集』(中務哲郎訳 岩波文庫)も『アエソピカ』の抄訳である。
実は、我が国への渡来時期は意外と古く、なんと安土・桃山時代である。
天正18年(1590年)にスペインの宣教師・ヴァリニャーノによって日本にもたらされ,九州天草で『エソポのハブラス』という題で日本語訳ローマ字で印刷された。これこそが、我が国における最初の西洋文学の翻訳本である。
そうして、江戸時代初期の元和年間(1615年~1624年)に仮名草子『伊曾保物語』として刊行された。
イソップ童話の特徴
短く、わかりやすいストーリーで進む平易な教訓話である。
動物や無機物が平然と話すなど、その世界観は
メルヘン。
現代に伝えられているものは宗教的・差別的な要素の少ないものが中心となっているが、元々のエピソードにはかなり差別的な表現が含まれるものもある。
たとえ話や成句としても広く使われるなど、その知名度は非常に高い。
一方、これのせいで童話・昔話=教訓のイメージを持つ人も多く、他所の童話に「これはどんな教訓を伝えたいんだ?」「話を改変しては子供への教訓にならない」とイチャモンをつける事態も静かに起きている。
代表的なエピソード
アリとキリギリス
教訓:真面目に働くことは美徳である
イソップ童話の中でも特に有名なエピソードの一つ。
夏の間真面目に働いたアリと遊んで暮らしたキリギリスの対照的な運命が描かれる。
実はもともとはキリギリスではなく、アリと
セミ
だったのだが、セミの生息しないアルプス以北へ伝わる際にキリギリスに変更され、そのままセミだらけの
日本に伝わったという複雑な経緯をたどっている。
元々の話では
セミないしキリギリスはアリに見捨てられ、死んで終わり
なのだが、
最近の絵本などではそれではあんまりなので「キリギリスが心の底から謝罪したので、アリは助けてあげました」とするパターンも見られるようになった。
でもアリが巣に他の虫を連れて来るって、それはつまり……。
古代ならともかく、現代では「
生活保護」とか「社会保障」とかと絡めるとなかなかブラックな側面も見えてくるお話。
実は
「年中遊びもしないで蓄財に励んでいる守銭奴は、餓死しそうな人が目の前に居てもビタ一文助けてくれない」
という教訓の話なのではという説まである。
蛇足になるが、セミもキリギリスも成虫は冬に死ぬ虫である。つまり、本来は冬に餌がなくて飢え死にするのではなく、天寿を全うしたから種の寿命で死ぬのである。アリが見捨てなくてもいずれにせよ死んでた
夏に歌っているのは冬に死ぬ自分達の子孫を遺す為のいわば婚活であり、決して怠けているわけではないのだ。
北風と太陽
教訓:物事には厳格でなく寛容な態度で臨んだ方が良い
北風と
太陽の勝負
に巻き込まれた不運な旅人のお話。
旅人の服を脱がせようと、北風が強く吹き付けたが、旅人は服をしっかり押さえてしまったので失敗し、
太陽がジリジリと照り付けると、旅人は暑さに耐えきれず服を脱いだので、太陽の勝ちとなった。
「強引にやるだけではダメで、穏やかな手段こそ相手を動かす」ことの例として語られる。
どっちにしても旅人にはいい迷惑だけど。
ネット上では「北風勝利バージョンもある」という話が広まっており、
Wikipediaにも一時期掲載されていたのだが、2017年に
国立国会図書館が調査したところ、出典らしき資料が一切見つからなかった。
なので現代の誰かが創作した
ガセネタと見ていいだろう。
ちなみに出回っている「北風勝利バージョン」の内容は、
「北風と太陽が旅人の帽子を脱がせた方が勝ち、という条件で勝負し、まず太陽が燦燦と照り付けるが旅人は深く帽子を被って脱ごうとしない。そこに北風がぴゅうっと風を一吹きすると、帽子は飛んで行って北風の勝ちとなった」
というもので、「何かをするならそれにふさわしいやり方がある」というのが本来の教訓であるとされる。
割と説得力があるので、広まってしまうのも無理はないかもしれない。
金の斧と銀の斧
教訓:正直は美徳である
「正直者が得をする」という古代より広く使われてきた昔話のテンプレートの一つ。
ちなみに元々は泉ではなく川であり、女神ではなくその辺を歩いていた
ヘルメス神である。
「泉に何かを投げ込むといいものになって返って来る」というわかりやすさが受けたのか、
『
ドラえもん』のひみつ道具
「きこりの泉」を始めこの話をモチーフにしたフィクションは結構多い。
ガチョウと黄金の卵
教訓:欲張りすぎると全てを失う
貧乏な農夫がある日、黄金の卵を産むガチョウを拾った。
卵を売った農夫は金持ちになったが、農夫はガチョウが1日1個しか卵を産まないことに満足できず、ガチョウを殺してしまう。
金塊が入っていると思われたガチョウの中身は、ただの肉であった……というお話。
「ガチョウ=利益を生み出す資源も考慮した視点が大事」ということであり、ビジネスの世界では時々引用されるエピソード。
オオカミ少年
教訓:嘘をつきすぎると信用されなくなる
「オオカミ少年」で一つの成句にもなっているエピソード。
暇つぶしに「
狼が来たぞ!」と言いまくっていた少年だったが、それゆえに本当に狼が来た時に信じてもらえず……という可哀想なお話。
中国の周にも登場人物こそ異なるが、ほとんど同じ逸話が存在している。
どこの国、いつの時代でも人のやることは変わらない、ということだろうか。
現代でも小学校の非常ベルなんかはこれと似た効果で「どうせ悪戯だろう」と思い込まれてほとんど信頼されていない気がする。
だが、実際のセキュリティ業界においては「どうせ誤報だ」と決めつけてかかるのは極めて危険な行為である。
なぜなら、羊飼いが小賢しい嘘をつこうが「なんだ、うちの犬か…」と見間違いを繰り返そうがそれでも本物のオオカミが来なくなった訳ではないからだ。
ちなみに、ラストは基本的に少年が狼に食べられて終わるのだが、一部では少年は逃げ切れたものの、羊を食べられて主人に叱られるという改変をされる事もある。
かの
ホラ吹きな長鼻の狙撃手の元ネタでもある。
又、この寓話は確率と絡めやすい特徴があり、実際にNewton等の科学誌ではベイズ統計学を直感的に理解するためのモデルとして使われることがある。
ウサギとカメ
教訓:真面目にコツコツと努力することは美徳である/才能に溺れて努力を怠ることは悪徳である
ウサギにかけっこ勝負を挑むカメという無謀にも程があるエピソード。
それにしても、カメに追い抜かれるまで寝ているとか、このウサギ寝すぎではないだろうか(まぁ本来ウサギは夜行性なのだが)。
世界的に認知されている話だけに、ISO国際規格で「機械装置の動作モードで高速と低速を表現する」際に
高速動作にはうさぎ、低速時にはカメの絵で表現することができるようになっている。
酸っぱいぶどう
教訓:人は欲しかったものが手に入らないとそのものの価値を貶めて自分の心の安定を図る
お腹を空かせた狐が葡萄を取ろうとするが、高くてどうしても届かない。
とうとう諦めた狐はこう言う。「どうせあの葡萄は酸っぱいに決まっている」。
社会心理学では「認知的不協和」と呼ばれる現象の例とされ、フロイト心理学でも「防衛機制/合理化」の例として挙がるので、心理学を学ぶなら必ず目にするであろうエピソード。
ちなみに狐はイヌ科の中では珍しく木登りが得意な動物であり、恐らく実際に葡萄を取ろうと思えば取れると思われる。
多分この物語の狐が下手だっただけ。
卑怯なコウモリ
教訓:自分の損得ばかり優先してどっちつかずでいるとどちらからも嫌われる
獣と鳥の
戦争において「私は毛が生えているから獣です」「私は翼があるから鳥です」と両方の軍にいい顔をし、優劣が変わる度に強い方へと乗り換えていた
コウモリ。
しかし戦争が終わった後、そのどっちつかずな態度がバレて両方から見捨てられてしまった、というお話。
コウモリが昼に暗い洞窟で眠り、他の動物が寝静まった夜に外に出る由来話にもなっている。
なお言うまでも無いがコウモリは哺乳類なので、獣か鳥かで言えば当然獣である。
よくばりな犬
教訓:欲張ると損をする/他人の物は良く見える
肉をくわえた
犬が橋の下を見ると、川の中の犬が自分よりも美味しそうな肉をくわえている。犬が脅かしてそいつの肉を奪ってやろうと吠えると、肉は川の中に落ちてしまった、というお話。
残念ながら子供には「水に映った自分の顔もわからないとかバカすぎww」で終わってしまい教訓が伝わらないことが多い。そもそも大抵の動物は鏡に映ってるのは自分だと認識できないので、犬や猫が鏡に映った自分に興味津々だったり威嚇するのはよくある話である。
ロバを売りに行く親子
教訓:周囲の意見に流されてはいけない
親子がロバを売りに市場へ向かう道中、通りすがりの人に「せっかくロバを連れているのに乗らないなんて勿体ない」と言われ、子供をロバに乗せた。
すると今度は別の人に「親だけ歩かせるなんて親不孝な子供だ。」と言われ、子供はロバから降り親が乗る。
すると今度は(ry「自分だけ楽をして子供を歩かせるなんてひどい親だ」と言われ、親子でロバに乗る。
すると(ry「2人も乗るなんてロバが可哀想」と言われ、棒にロバの足を括り付けて2人で担いでいく。
それを見た人たちは「バカな親子だな」と笑った。最後は橋を渡る途中窮屈な体勢に耐えかねたロバが暴れて川に落ちてしまった、という話。
エスニックジョークでも「周りの目を気にする」とネタにされる日本人には身につまされる話。
エチオピア人を白く洗う
教訓:生来の性質は決して変えることができない
現代のイソップ童話の絵本には絶対に掲載できないエピソードの一つ。
愚かな黒人奴隷が自分の肌を白くするために洗おうとするが、結局変わらなかった、というもの。
教訓自体は決して的外れではないが、そこに黒人を絡めてしまっている上、18世紀以降、人種差別的思想を後押しするためにこの童話が使われたという背景があるため、そのままでは絶対に掲載できないものになっている。
ただ、当時の文化からすれば特段イソップ(もしくはこのエピソードをイソップ童話に含めた人)が差別的だったとは言えないだろう(現代の感覚からすると違和感がある、というだけ)。
アリとヘルメス
教訓:自分にできないことを他人に求めてはいけない
マイナーなエピソードの一つ。
ある日、一艘の船が嵐に遭って沈没する。
それを見ていた若者は
神に向けて憤慨する。「あの船には罪人が一人乗っていただけなのに、それ以外の全員も殺してしまうとはひどいじゃないか」と。
と、そこに一匹のアリが現れ、若者の足に噛みつく。
怒った若者は辺りにいるアリを踏み潰して回る。
そこにヘルメス神が現れこう言う。「神のやったこととお前のやったことに何の違いがあるのか?」と。
そして若者は反省した、というお話。
「神は平等ではなく傲慢な存在であり、人間もまた同じという話」「人間は自分達を他の生き物と違う特別な存在だと思っているが、神から見れば所詮は動物の一種でしかないという話」等、人によって解釈が分かれる上、教訓話として扱うには神の行為が理不尽過ぎるという声もあるためか、あまり目にしないエピソード。
ミツバチとゼウス
教訓:人を呪わば穴二つ(?)
ある日ミツバチは
ゼウスに訴える。「我々が頑張って集めた蜜を人間が取っていってしまいます。どうか我々に強力な武器をください」。
するとゼウスはこう言った。「ではお前たちに毒針を与えよう。だが、これを使うとお前たちは死んでしまう。それでもいいかね?」
ミツバチたちはそのリスクを飲んで毒針を持つことを選んだので、ミツバチは毒針を使うと死んでしまうようになった。
どちらかというと教訓話というよりは由来話。それほどまでにミツバチの恨みは強かった、ということだろうか。
しかしこのエピソードからするとなぜゼウスは狂気のバーサーカーである
スズメバチたちに「何度刺しても死ぬことのない毒針」を与えたのだろうか。
三本の棒
教訓:一人でやるより誰かと協力してやればより大きな成果を上げられる
ある父親が三人の子供に一本ずつ棒を渡し、それを折るように言う。当然三人とも難なく棒を真っ二つにへし折った。
それから父親は棒を三本束にしたものを子供たちに配り、それも簡単に折ってみろと促す。すると、誰もそれをへし折ることがままならなかった。
最後に父親が言った。「3人が互いに協力するときこそが一人一人の場合以上に強くなるのだ」
タイトルから想像した人もいるだろうが、日本でもまんま同じような話が
毛利元就の「三本の矢」の逸話として伝わっている。ただし、こちらは長男の毛利隆元が(元就の死の8年前に)40歳の若さで没しているなど矛盾が多いため、後世の創作とする説が有力である。
法螺吹(ほらふき)
教訓:事実による証明が可能なら、言葉は要らない(論より証拠)
海外遠征から帰ってきたオリンピック選手が、現地での自分の成績について大法螺を吹いた。「ギリシャのロドス(ロードス)島でものすごい跳躍の記録を出した。ロドス島へ行って聞いてみればわかる」とのこと。しかし聞き手の1人が「本当にすごい跳躍ができるなら、ロドスに行くまでもない。ここをロドスとして跳んでみろ」と反論し、選手はうろたえてしまった。
「ここがロドスだ、ここで跳べ」という成句が有名なエピソード。
タイトルが示す通り、「嘘ばかりついているといずれ事実を突きつけられて大恥をかくぞ」という教訓話なのだが、
現代では選手の大法螺を「自分の不出来を環境のせいにするための言い訳」と捉え、「今いるこの場所で全力を尽くせ」という教訓として語られるケースも多い。ちょっと無理があるような…「単品になると嫌なタイトルばっかりだな!」
その他にも
太陽とカエル
鍛冶屋と犬
農夫と蛇
ワシとキツネ
アリとハト
小豚と羊「何々と何々って多いっすねー」
カエルと牛
狩人ときこり
木と斧「イソップって人タイトル付けるの下手じゃない?」
ライオンとカエル
ライオンとイルカ
ライオンとクマ
ライオンとウサギ「ライオン多いな!」
ライオンとワシ
ライオンとイノシシ
ライオンとウサギ「あれ?今ライオンとウサギ二つ出たっすよ?」
キツネとヒョウ
キツネとブドウ
キツネと茨
キツネとワニ「今度は狐ゾーンが来た!」「狐と何々、ライオンと何々で作り過ぎじゃない?」
ライオンとキツネ「ついにライオンと狐が出会った!?」
檻の中のライオンとキツネ「それライオンと狐ていうのと別ゥ!?」
ライオンを見たキツネ「イソップゥー!」「ちゃんとタイトル付けろ!」
漁師と小魚
漁師とマグロ
漁師「猟師単品!」 「遂に何々と何々じゃなくなったッス!」
詐欺師
人殺し
内臓を吐く子供「何だそのタイトル!?」
などがある。
『あはれ!名作くん!』のむすびによるとこの中で存在しないタイトルあるらしいのだが…?
追記・修正は教訓を忘れないようにお願いします。
- 漫画でアリキリをネタにするとキリギリスは歌手として大成功、一方アリは働いても働いても暮らしは楽になりませんでした、な展開が多かった -- 名無しさん (2018-07-11 08:07:30)
- ↑こち亀でもあったな。結局は現実はそんなに甘くなかったけど -- 名無しさん (2018-07-11 08:39:37)
- ↑×2即座に「エプロンおばさん」思い出した。 -- 名無しさん (2018-07-11 08:45:47)
- スズメバチは日本神の管轄だから・・・ -- 名無しさん (2018-07-11 08:58:47)
- 日本神「ついでに強靭なアゴもくれてやろう」 -- 名無しさん (2018-07-11 09:21:54)
- イソップ童話ってわりと改変されたりネタにされること多いんだよな、かの有名な星新一も現代風にアレンジした未来いそっぷっての書いたし -- 名無しさん (2018-07-11 10:13:10)
- 実は1発目で死んでおり後は恨みでゾンビ化しているという新説は如何か>スズメバチ -- 名無しさん (2018-07-11 10:20:35)
- ワンピースのウソップの元ネタといえるのかな -- 名無しさん (2018-07-11 10:59:07)
- 元はキリギリスじゃなくてセミだったのか… -- 名無しさん (2018-07-11 13:08:48)
- >どうにも違和感があるのは記事執筆者だけだろうか お前だけだ -- 名無しさん (2018-07-11 15:23:58)
- 原本もなく語り部も判然としない中どうやって現代まで語り継がれたのだろうか -- 名無しさん (2018-07-11 15:37:03)
- セミがヨーロッパにいないためにキリギリスになったとか。初めてアリとセミを読んだ時は、キリギリスを知っているだけに違和感が強かったです。 -- 名無しさん (2018-07-11 16:01:02)
- ここで書かれてる「よくばりな犬」は自分が見た本だと川に飛び込んで溺れ死んでた気がする。 -- 名無しさん (2018-07-11 16:22:04)
- ↑3 大岡越前の名裁きみたいに全く関係ないありとあらゆるエピソードがイソップ童話に組み込まれていった事も大きいと思う -- 名無しさん (2018-07-11 16:31:57)
- ↑7 ウソップのエピソードは明らかに「オオカミ少年」だし、名前の由来に含んでいることは間違いないだろうね。鼻が長いのはおそらくピノキオの「嘘をつくと鼻が伸びる」ということだと思うけど -- 名無しさん (2018-07-11 16:40:30)
- ↑6たしかに独りよがりだな。あとニホンミツバチは「熱に強い体と相手の力量次第で撤退する決断力」を八百万の神から賜ったのかね? -- 名無しさん (2018-07-11 16:52:20)
- >違和感があるのは記事執筆者だけだろうか? 俺も同感。ネット上で巻き添え規制を乱発する傲慢な削除人・管理人と思えば納得した -- 名無しさん (2018-07-11 17:35:08)
- アリとヘルメスは教訓の類ではないんじゃない?神は平等ではなく傲慢な存在であり、人間もまた同じって意味だと思った。 -- 名無しさん (2018-07-11 18:34:47)
- 神と人とアリは立場どころか存在自体が違うのだから、反省とか傲慢とかそういう話ではないと思うのだけどな。 -- 名無しさん (2018-07-11 21:13:15)
- アリとキリギリスだけ妙に改変率が高いのは、やっぱみんな思うところがあるからなのかなあ。 -- 名無しさん (2018-07-11 21:29:43)
- 真面目さはストレス耐性の弱さとほぼ同義だからな。結局は楽しんだ者勝ちの人生よ -- 名無しさん (2018-07-11 22:27:31)
- ↑2超有名どころかつ登場人物が幸不幸分かれたおかげかな。同じメジャーのオオカミ少年よくばり犬など自業自得キャラオンリーは救済改変作る気も起きないし、北風と太陽は既に逆バージョンがありウサギとカメもよくパロディをみかける。 -- 名無しさん (2018-07-12 09:13:59)
- ↑昔見たイソップ童話ごちゃ混ぜアニメだとオオカミ少年が主役だった。 -- 名無しさん (2018-07-12 10:10:51)
- 好きなだけ唄って子孫を残して冬を前に生を全うして死ぬリアルのキリギリスにしてみれば、アリに「どうせあいつは後で苦労する」と言われても関係ないことである。享楽に耽る人がいるから、勤勉家も勤勉でいられるのだから… -- 名無しさん (2018-07-12 12:13:53)
- アリとヘルメスは「人間は自分達を他の生き物と違う特別な存在だと思っているが、神から見れば所詮は動物の一種でしかない」って話かと思った -- 名無しさん (2018-07-12 19:51:25)
- アリをサラリーマン、キリギリスをアイドル歌手に置き換えても違和感がない -- 名無しさん (2018-07-13 01:26:43)
- 確か、あるノストラダムス研究家の描いた本で、『イソップ童話は、実は預言書だったんだよ!』っていうのがあったな。いやマジで。 -- 名無しさん (2018-07-13 11:03:45)
- ファーブル「セミはそもそも冬まで生きないので食べ物を貯め込む必要など一切無い。この話を書いたヤツは昆虫について全くの無知である」 -- 名無しさん (2018-07-13 11:18:29)
- 歌手やアイドルを不真面目に遊んでいた扱いするのもどうなんだろう。むしろ大抵はアリの側じゃないのか。 -- 名無しさん (2018-07-13 20:12:13)
- 星新一の「いそっぷ村の繁栄」シリーズではどれも面白い改変が施されてたっけ。詳しい内容は伏せるけど、例えばキリギリスに懐柔されてしまったアリだったり、斜め上の方法でオオカミを撃退した少年だったり、カメが密かに裏から手を回していたり。 -- 名無しさん (2018-07-15 13:49:46)
- チョコレート工場の原作書いた作者もパロディしてたな、ウサギとカメがある意味星新一版以上にカオスなラストになってた -- 名無しさん (2018-07-15 15:06:10)
- オオカミがキツネをだまして殺したり、鶏のおかげで働かされるので鶏を殺したら雇い主から「鶏が居ないと時間がわからないので朝早くおきて働け」と返ってブラック企業状態になってしまったという嫌な展開のもある。 -- 名無しさん (2018-07-17 09:59:39)
- ありとキリギリス、講談社の絵本では確かにセミだった。あとアリが「でもこのままではかわいそう」とちゃんとご飯を分けてくれる。 -- 名無しさん (2018-09-25 10:00:39)
- キリギリス(セミ)は子孫を残すために鳴いている。一方働きアリは子孫を残す努力をする必要なんかない。結婚して子供が欲しい人とマンション購入と老後の蓄えのために働く独身貴族、に例えてもいいのでは(玉の輿狙いと結婚どころじゃないワーキングプアかもしれないけど) -- 名無しさん (2020-08-25 08:12:11)
- アリとヘルメスの一番不条理な点は若者は船が沈んだことに文句を言ってるのに諌める神はポセイドンではなくヘルメスなところ -- 名無しさん (2021-10-21 08:07:45)
- GTOで「嘘つきなオオカミ少女でもオオカミに喰われちまったら終わりなんだぜ」という言葉があって、『信じない』選択をしたのならその責任を被らないといけないのでは?とも思う。 -- 名無しさん (2022-02-07 16:43:10)
- オオカミ少年は「よく考えて状況に合った嘘を付け」という教訓も感じる。「羊の群れが来たあ!」みたいに、それまでと逆の事を叫んだら村人も異常に気付いただろうし -- 名無しさん (2022-03-22 15:39:06)
- 星新一版は確か『大変だあハダカの美女の大群が攻めてきた!助けるなよ、絶対助けるなよ?』で難を逃れる奴だっけ? -- 名無しさん (2022-03-22 15:50:55)
- ウサギと亀で思い出したけどさ、よくバトル漫画で本気出して戦えば瞬殺できた筈なのに舐めプ、もしくはじわじわなぶり殺す手段をとったせいで格下の主人公に負ける敵キャラってよくいるよな -- 名無しさん (2022-04-13 06:25:07)
- ウサギとカメにはディズニー版があるけど、そちらではウサギが昼寝以外にも別の油断をしたり、カメの逆転方法が首を伸ばしてゴールテープを切る等変な改変点が多かったな -- 名無しさん (2022-06-08 20:48:35)
- オオカミ少年を達川光男伝説の一つとして覚えているカープファン。 -- 名無しさん (2022-06-08 21:05:23)
- ウサギとカメは「カメが卑怯な手を使っていた」というアレンジをされることも多いな。教訓は「相手の得意分野で真っ向勝負なんて馬鹿のすること」 -- 名無しさん (2022-06-08 21:43:03)
- ↑「だからジオンはMSを実用化し、サイバトロンは変形能力を身に付けたのだ」と、その解釈がしっくり来るというロボットアニメファンはそこそこいそうだ。 -- 名無しさん (2022-06-08 21:57:52)
- オオカミ少年が当て嵌るのは、ここ最近の警報か。台風来る来る詐欺や豪雪降る降る詐欺で油断して被災してしまう人が多いような。尤も、自然のことなんて読めないけど、昔と比べると大きな災害が増えてるからなぁ -- 名無しさん (2022-06-08 22:15:58)
- 歌い手文化が広まっている現代ならキリギリスは人気歌手になりましたオチが現実味を帯びてくるな -- 名無しさん (2022-09-17 07:20:25)
- 正直アリとセミのまんまで日本に伝わってたら、セミは歌手になって大成功しましたアレンジにする作家は殆どいなかったと思う -- 名無しさん (2023-03-05 13:48:39)
- イソップ本人の逸話として、自分含めて3人で買い取られて主人から「お前達は何ができる?」と問われて他の二人が何でもできますと答えたのに対しイソップ曰く「前の二人が全部取ったので何もできません」と答えたら頭の回転を買われて優遇だか解放だかされた…というのを読んだ憶えがあるな -- 名無しさん (2023-03-05 14:03:24)
- スズメバチの針の由来、ゼウスではなくアテナかアルテミスが女神の水浴びを覗く不届き者を撃退するために授けた説 -- 名無しさん (2023-07-02 01:42:02)
- 「何故かなかなか立たなかった項目」タグが付けられた最古の記事がまさかこれとは -- 名無しさん (2024-12-14 21:49:30)
- ↑タグ検索は、タグリストの更新順というよくわからない基準と思われるので、あくまで「そのタグが付いた項目の中で一番タグリストの更新がされていない」というだけです。 -- 名無しさん (2024-12-14 22:12:45)
- コウモリって外見の問題なら、卑怯じゃなくてもどちらからも嫌われそうだけど意外とやり手だったのかな -- 名無しさん (2025-01-10 16:20:38)
- ↑各陣営有利なタイミングだからこいつ一匹入れても情勢に影響はないだろうって判断もあるかも -- 名無しさん (2026-04-12 18:03:00)
最終更新:2026年07月23日 12:16