気持ち悪い(THE END OF EVANGELION)

登録日:2019/08/31 Sat 09:09:06
更新日:2025/04/25 Fri 14:34:41NEW!
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気持ち悪い…



終劇



気持ち悪い」とは、『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』の第26話「まごころを、君に」における惣流・アスカ・ラングレーの台詞。
同作のラストシーンを飾る最後の台詞であり、旧世紀版『新世紀エヴァンゲリオン』シリーズのトリとなる台詞である。

あまりに端的かつ前後の脈絡から突拍子もない台詞だったため、多くの議論を呼んだ。


目次


台詞が出るまでの経緯

ゼーレの計画によってエヴァンゲリオン初号機とリリス、そして碇シンジの欠けた自我による人類補完計画は成立してしまい、全人類はLCLの海に溶けてしまった。
しかし、シンジは補完の果てにあるものは「自分」も「他人」も存在しない空虚な世界であることに気付く。
自分を取り戻すため、たとえ傷付いてでも再び他人のいる世界へと戻ることを決意した彼は、補完計画を否定し、自分の身体を取り戻した。
そんな彼の成長を初号機のコアにいた母・ユイは認め、彼に別れを告げ、初号機ごと宇宙の彼方へと消えていった。

母に「さようなら」を告げたシンジは、ようやく前に進むことが出来たのだった…。


…そして。







𝐓𝐇𝐄 𝐄𝐍𝐃 𝐎𝐅

𝐄𝐕𝐀𝐍𝐆𝐄𝐋𝐈𝐎𝐍
ONE MORE FINAL:
         𝐈 𝐧𝐞𝐞𝐝 𝐲𝐨𝐮.






リリスの血=LCLによって真っ赤に染まった海と、そこに浮かぶリリス=巨大綾波レイの真っ二つに割れた首。
大地には、大量の杭と物言わぬ石と化したエヴァシリーズが刺さっている。空にはリリスの流した血が赤い条線として残り月に重なっている。
ある場所には葛城ミサトの形見のペンダントが打ち付けられた杭があった。まるで墓標のように。

そして、どこかの波打ち際には、二人の少年少女が横たわっていた。
一人は碇シンジ。そしてもう一人は惣流・アスカ・ラングレー。
アスカは全身傷だらけで、目の眼帯をはじめとして至る所に包帯が巻かれている。
並んで横たわっている二人だが、触れ合うことはない。

ぼんやりと、リリスの血によって月にかかった条線を見ていると、赤い海の方から水音がした。
音がする方向へ、生気のない目で振り向くシンジ。
そこには、かつて第三新東京市に初めて来た時に見た、あの少女の幻影があった。
少女の幻影はすぐに消えてしまった。
…赤い海からは誰かが上がってくる様子はない。「自分自身の形をイメージできれば誰もがヒトの姿に戻れる」とユイが言ったこととは裏腹に。

起き上がったシンジは、微動だにしないアスカを見下ろす。
へし折れた電柱。赤い線の入った月。そこでもぞもぞと動く音が。

…そしてシンジは、アスカの体に馬乗りになって彼女の首を絞め始めた。
荒い息と共にシンジの手に力が込まれ、苦しそうに顔を歪めるアスカ。
だが彼女は抵抗せず、包帯が巻かれた右手をシンジの頬に持っていく。

優しくシンジの頬を撫でるアスカの右手。
呆然とするシンジ。次の瞬間、シンジの手の力が緩み、彼の目から零れ落ちた涙が、アスカの顔を濡らす。
アスカの手が離れると、シンジはその場で泣き崩れた。


…だが、そんなシンジを冷ややかな目で一瞥するアスカ。

そして、これ以上なく冷たい声でこう呟くのである。


気持ち悪い…


この台詞と共に、白地に「終劇」のテロップが表示され、『新世紀エヴァンゲリオン』の物語は幕を閉じる。


反響

このアスカの「気持ち悪い」には、好評とか不評とか以前に寄せられたのは、「不可解」という感情だった。
何しろ、このアイキャッチ以前でシンジは「散々他人に傷つけられたし傷つけてしまったけど、他人がいないと自分が始まらないから他人との共存を望む」という結論に至り、ハッピーエンドとまではいかないにしても前向きな結末へ着地しそうな雰囲気だったのである。
にもかかわらず、ほとんどの人間は帰って来ず、シンジは唯一LCLの海から復活したアスカの首を絞め、その挙句殺すことも出来ずに頬を撫でられると泣き出すのである。
さらにそのアスカもシンジに対し優しい態度を取ったと思いきや「気持ち悪い」という侮蔑の言葉を投げつけ、人々がLCLの海から戻ったのかという疑問に対する答えすら出ないまま、物語は唐突に終わる。

TV版最終回での「おめでとう」という前向きなんだか後ろ向きなんだかわからない結末から一転、「気持ち悪い」と拒絶されて終わりという結末に、観客は唖然とした。
このやり取りで唐突に『エヴァ』の物語が終わり、ただでさえ高カロリーな映像表現かつ難解なストーリー展開だった旧劇場版はいよいよもって「意味不明」の評価を得たのだった。
しかも、スタッフロールは第25話と第26話の間に挟まり、このシーンの後は「終劇」のテロップと共に本当に終わってしまい、劇場には明かりが戻る。観客は文字通り「放り投げられた」ように終わってしまう。
映画館の中には、「気持ち悪い」と言い終わるか終わらないかで緞帳が閉まり、唖然としたまま放り出される観客もいたとか。

旧劇場版は公開20年以上経った今でも賛否両極端に分かれる作品であるが、このラストシーンの意味不明さがそれに拍車をかけたことには間違いない。


経緯

この「気持ち悪い」、実は当初の台本に無かった台詞である。
当初の台本に書かれていた本来の台詞は、「あんたなんかに殺されるのはまっぴらよ」だった。
この台詞が「気持ち悪い」へと変化した経緯については、アスカ役の宮村優子NHK BS2の番組『BSアニメ夜話』の2005年3月28日の放送でこう説明している。

最後のセリフは本当は「気持ち悪い」じゃなくて、
「あんたなんかに殺されるのはまっぴらよ」だったんです。けど、最後何回もそれをいったんだけど、
「違う、そうじゃないんだ、そうじゃないんだ」って長い休憩になって、
私も緒方さんも「どうしたら監督の思うようなことが表現できるんだろうね」とかいって、
あの首絞められるところなんて本当に緒方さんが私にまたがって首絞めたぐらい本当に監督からの要求がすごい難しくて、
リアルを求めてたのかな、その最後のセリフに関してはですね、これは言っていいのかどうかわかんないんですけども、
「もし」、アスカとかじゃないんですよ、いつもいわれることが、
「もし宮村が寝てて部屋で、自分の部屋で一人寝てて、窓から知らない男が入ってきて、それに気づかずに寝てて、
いつでも襲われるような状況だったにもかかわらず、襲われないで、私の寝てるところを見ながら、
あのさっきのシンジのシーンじゃないですけど、自分でオナニーされたと、それをされたときに目が覚めたらなんていう?」
って聞かれたんですよ。前から監督は変な人だなって思ってたんですけど、
その瞬間に気持ち悪いと思って、「気持ち悪い、ですかね」とかっていって、そしたら、「はぁ・・・やっぱりそうか」とかいって。
「やっぱりそうか」っていうか。

そう、「気持ち悪い」とは、庵野秀明監督から宮村優子への「何をするまでもなくオナニーされるだけだったことへの生の感想」だったのだ。
もっとも、宮村女史的には監督に対する感情だったのかもしれないが…。


台詞を発した理由

メタ的な理由は以上の通りだが、実際、作中でアスカは何故こんな言葉を吐いたのか。
公開当初は様々な推測がなされた。
「単純に首を絞められて気持ち悪かった」説や「妊娠のつわり」説など様々。
しかし、庵野監督と宮村女史の間のやり取りから、アスカの心情はこのように推測できるのではないか。
そもそも旧劇場版におけるアスカは、シンジに異常なまでの執着心と愛憎を抱いていたことが判明している。
補完計画の精神描写で、キスをしようとするシンジに「何もわかってないくせに私の側に来ないで」と言い放ち、さらには自分がオナニーのオカズにされていたことを指摘。
そして「あんたが全部私のものにならないなら、私、何もいらない」とまで言い放つ。
さらに

あんた、誰でもいいんでしょ!?
ミサトもファーストも怖いから! お父さんもお母さんも怖いから! 私に逃げてるだけじゃないの!
ホントに他人を好きになったことないのよ! 自分しかここにいないのよ!
その自分も好きだと感じたことないのよ!

とシンジを罵倒。彼の助けを求める懇願すら拒絶し、彼に首を絞められる。
結果的には、彼が他人という存在に絶望したのは彼女の徹底的な拒絶が直接的な原因ではないかと穿ちたくなる。
そして、補完計画の果てにすら、彼女は「あなたと(融合すること)だけは絶対に死んでもイヤ」と拒絶し、結果的に、彼女はLCLの海から復活する。
シンジが補完計画の否定後、初めて出会う「他人」こそが、自分を完膚なきまでに否定するアスカなのである。
結局、シンジは「他人の恐怖」に負けてしまい、彼女の首を絞める。
だが、アスカはここでシンジを受け入れた。殺されてもいいと思い、彼の頬を優しく撫でた。
それを受け、彼は他人の優しさに触れて涙を流した。
しかし、それはアスカにとってはせっかくシンジに殺されることを受け入れたのに、勝手に他人に恐怖し他人を受け入れて感激する完全な独り善がり、オナニーでしかなかった。
その様子に心底軽蔑した彼女が言い放ったのが「気持ち悪い」という端的な感想だったのだ。

また、「あんたなんかに殺されるのはまっぴらよ」もまた、彼に対する完全な拒絶でありそれ以上の意味はないと考えられる。
とまあ、シンジが精神世界で「僕はここにいてもいいんだ」と自分を認め、改めて他人と向き合う決意を固めても、結局待っていたのは拒絶の言葉だった。
他人と向き合うためには、ここから始めなければ関係は進まないにしても、彼の前途が多難であるとうかがえる台詞だろう。

ちなみに補完計画発動の最中、実写の映画館と「気持ち、いいの?」というテロップが出るシーンがあり、また第壱話で初めてLCLを飲んだシンジが「気持ち悪い」と言うシーンがある。
これらのセリフを踏まえた上での台詞として聞くと、より「補完の拒絶」や「前途多難(他者との戦い・共存の始まり)」というニュアンスを感じ取れる。


その後

アスカに「気持ち悪い」と言われた後のシンジのその後については、公式では全く言及されていない。
プロデューサーの大月俊倫は
あまり言うとネタバレになっちゃうんですが(笑)12年前の『エヴァ』では、あの頃の社会状況や庵野さんの内面の問題があったりして、 特に劇場版は世界が破滅して、シンジとアスカだけ生き残るという破滅的な形で終わりましたから、あの続きはありえないんですよ。

出典: 雑誌「サイゾー」2006年11月号
と語っており、製作側としては「人々はLCLから戻ってくるかは不明で、アスカによるシンジの拒絶でエヴァの物語は終わり」というのが共通の認識の模様。

なお、漫画版ではシンジとアスカの仲はそこまで険悪になっておらず、アスカもLCLの海に溶けてしまっている。
その後、一巡し、平和になった世界で他人となった二人が再会するところで物語は終わっている。

そして、では……


脚本検討稿段階では

まごころを、君に』の脚本は決定稿に至るまでに何度も改定が行われ、第6稿の段階ではラストシーンのパターンは2パターン存在していた。
その内のA案は完成した映像版に近い物で、アスカが発した最後の台詞もやはり「あんたなんかに殺されるのはまっぴらよ」となっている。
もう一方のB案はLCLの海から帰還したのはシンジのみでアスカは登場しておらず、《代わりにシンジとの隣には、握られれた白い腕だけが見える。(胴体他はない)》とある。
この白い腕が誰の腕なのかは脚本の中では明示されていないが、完成した映像版に近いA案や前後の状況を踏まえると、ロンギヌスの槍によって引き裂かれたアスカのものではないかと推測される。
つまりこのB案ではアスカはLCLの海から帰還せず片腕だけが再生して遺されたという本編よりもさらに救いのない状況だったと考えられる。
この脚本の中でもシンジが「もう、みんなには会えないんだよ」「そう思った方が、いいんだ」とLCLの海から人々の帰還を絶望視する台詞を発しており、その後に「まだ、生きてる、だから生きてくさ」と続き、地の文でシンジの握る手に少し力が入る、とある。
シチュエーションとしては完成版よりも絶望的であるが、こちらはまだシンジに生きる意欲が遺されているという、幾ばくか前向きな終わり方になっている。

またA・B案ともにシンジの作った墓標が登場している。
この墓標は完成版のフィルムにも1カット映っている。顔が半分に割れ崩れて海に浮かぶリリスのアップが映し出されたカットで手前の地面に突き立てられた幾つもの黒っぽい木の板がそれである。
これは原画集『新世紀エヴァンゲリオン 劇場版原画集 Groundwork of EVANGELION The Movie 2』において《黒っぽい木の板(墓標)、シンジが建てた》とコメントが書き込まれており、映像版においてもシンジが補完された人々の生還を絶望視してみんなの墓標を建てたことが窺える。
また真ん中のはくの字に折られており、絵コンテには《ケラれてる》というコメントが書き込まれている。
そしてA案脚本の段階において、《アスカの墓標。を、蹴り倒す、アスカの脚がIN 。(プラグスーツで)》とある。
A案においてシンジとアスカが赤い海の浜辺で横たわるシーンが来るのはこの後である。

このラストシーンのA案を踏まえると、本編でシンジがアスカの首を絞めるに至った前後の状況が見えてくる。
補完を否定したシンジが帰還した世界にはシンジ以外誰もおらず、シンジは自分以外を除いて人類が滅んだと認識して弔いの為に幾つもの墓標を建てた。
そこにLCLの海から死んだと思われていたアスカが帰還を果たした。直前までシンジが見ていた海の上に浮かぶ制服姿の綾波の姿が急に消えると言う心霊現象じみたことも相まってパニックに陥ったシンジは思わずアスカを首を絞めてしまい、アスカの反応によってようやく彼女の生還を確信し、彼女の首を絞めるのを止めて安堵の涙を流したのだろう。つまりシンジはアスカの首を絞め、彼女の手が自分の頬を撫でるその瞬間まで、目の前にいるアスカの存在を幽霊だと認識していた可能性が高いのである。

勿論この脚本は決定稿の前の段階のものであり、完成したフィルムとシーンの意図が異なる可能性は否定できない。
だが、この脚本案に準じれば、難解だったあのラストシーンも飲み込めてくるのではないだろうか?




あんたなんかに追記・修正されるのはまっぴらよ。


終劇

まだ、生きてる、だから生きてくさ

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最終更新:2025年04月25日 14:34

*1 総監督・庵野秀明氏の出身地が山口県宇部市である。