シヴァ星域会戦

登録日:2020/01/20 Mon 00:31:30
更新日:2024/12/22 Sun 13:25:26
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銀河の歴史も、あと1ページ…


シヴァ星域会戦とは、SF小説『銀河英雄伝説』の中で行われた戦役の一つ。
ローエングラム王朝銀河帝国と、イゼルローン共和政府の最後の戦いにして、ラインハルト最後の戦いである。

●目次

【背景】

◇オーベルシュタインの草刈り

宇宙暦801年/新帝国暦3年2月、第11次イゼルローン要塞攻防戦で、帝国軍に対し、ささやかな勝利(いわく『皇帝の脛に蹴りを入れてやった』)を得たイゼルローン共和政府軍。その勝利は帝国支配下の旧同盟市民たちを沸かせ、敗北したアウグスト・ザムエル・ワーレン上級大将が衝突を恐れて艦隊をバーラトではなく、ガンダルヴァに駐留させることを決めさせるほどだった。

この旧同盟領の混迷に対し、皇帝ラインハルトは自ら親征してことを収めようとするが、そのさなか謎の体調不良に襲われて断念。代わりに軍務尚書オーベルシュタイン元帥を、ミュラー、ビッテンフェルト両上級大将とともに派遣することにする。

しかし、これが新しい動乱の引き金となった。
ハイネセンに到着したオーベルシュタインは、3月20日に旧同盟の政治・軍事の重要人物を政治犯としてことごとく逮捕し収監。彼らを人質にイゼルローン共和政府に降伏を迫る、という非情な策をとったのだ。(ビッテンフェルトにこのことに問われた時、オーベルシュタインは『噂で判断されるとは心外』としながらも、明確に否定はしなかった)
だがこの策の実施は、それを良しとしないビッテンフェルトとミュラー、ガンダルヴァから帰還したワーレンの三将と重大な対立を生むことになってしまう。(この時オーベルシュタインは『大層なことを言っているが、卿も皇帝も、ヤン・ウェンリーに何度も苦渋を飲まされてきたではないか』と批判したため、激高したビッテンフェルトに掴みかかられている。その後引き離された後も態度は改まらず、『帝国の将兵は皇帝の私兵ではない』『皇帝の(くだらない)誇りのせいで多くの将兵が散っていった』『皇帝の誇りのせいで多くの将兵を死なせる。それと門閥貴族どもとどんな違いがあるのか』と、ラインハルトを批判までしている。正論ではあるが)。この暴行事件によってビッテンフェルトは謹慎を余儀なくされたが、黒色槍騎兵艦隊(シュワルツ・ランツェン・レイター)将兵の怒りは大きく、4月6日にはダウンディング街で黒色槍騎兵艦隊の将兵とオーベルシュタイン直属の憲兵隊が乱闘騒ぎを起こす事件(ダウンディング街騒乱事件)まで起きた。

イゼルローン共和政府に対する出頭命令は4月10日に届き、これに対し主席であるフレデリカ、軍司令官であるユリアンと将官からシェーンコップ、アッテンボローと「佐官以下は残留する」という命令を無視したポプランがハイネセンへ向かうこととなった。
なお余談だが、オーベルシュタインからの出頭命令が出された時、イゼルローン共和政府では、オーベルシュタインに対する罵詈雑言が10ダースほど飛び出したり、地球教対策に帝国軍に護衛を依頼するという提案に、アッテンボローが『オーベルシュタインに自分たちの命運をゆだねるのか!?』と驚き、ユリアンに『帝国軍の全員がオーベルシュタイン印の製品ではありませんよ』と言われて胸が寒くなったり、シェーンコップが「行くのは将官クラスでいい。佐官以下は留守番していろ」と言ったところに、その佐官以下のポプランやリンツが自分たちも行かせろ、と言い出したり、一緒に行くと言い張ったポプランに対し、ユリアン(「ポプランらしい言い草」)、アッテンボロー(「危険とはポプラン自身のこと」)、シェーンコップ(「黙ってついてくればいいものを。色々言うのが未熟さの表れ」)と三者三様の感想を持ったり、キャゼルヌが、多数決という民主主義にのっとった方法により残留と決まったり(誰も賛成に手を挙げなかった)と、微笑ましいエピソードが展開していた。

この混迷にラインハルトは今度こそ自ら親征することを決断し、ミッタマイヤーとアイゼナッハ両艦隊を率いてハイネセンへと向かった。

◇血と炎の四月一六日事件

そんなさなかの4月16日、政治犯たちを収監しているラグプール刑務所で暴動が発生し、5,000名の政治犯の内4,200名が死傷する結果となった。これは暇を持て余した黒色槍騎兵艦隊の陸戦部隊が勝手に鎮圧に加わったことで、元来の鎮圧にあたるはずだった憲兵隊が不手際を責められることを恐れて政治犯の射殺もいとわない強圧姿勢で臨まざるを得なくなったこと、鎮圧部隊と医療部隊を率いていた軍務省官房長アントン・フェルナー少将が同士討ちで負傷したことで、負傷者の救助活動が遅延したことが大きな原因となった。

この事件をラインハルトは激怒したが、5月2日にハイネセンに到着後は皇妃ヒルダから提案されていた『政治犯たちを解放したうえでイゼルローン共和政府に会談の場を持つこと』を命じた。
この呼びかけに、四月一六日事件を知り逡巡していたユリアンたちイゼルローン共和政府首脳たちも、『現状ではこれが最善』と、会談に応じることにした(これを拒否することがあれば、逆に共和政府側に責任が生じることになることも一因。ユリアンは、こうなることもオーベルシュタインの計画のうちではないかと疑っていた)。
ラインハルトの到着に先立つ4月29日、潜伏していた旧フェザーンの自治領主であり指名手配されていたアドリアン・ルビンスキーも逮捕され、これで平和が訪れ……

柊館(シュテッヒパルム・シュルス)襲撃事件

……るわけがなかった。
5月14日皇帝やその身内を狙う地球教徒たちが、突如出産のために皇妃ヒルダとラインハルトの姉であるグリューネワルト大公妃アンネローゼが居留していた皇宮・柊館(シュテッヒパルム・シュルス)を襲撃したのだ。
アンネローゼとフェザーンの留守を任されていたウルリッヒ・ケスラー上級大将ら憲兵隊の活躍によってヒルダは守られ、無事に皇子を出産することができたが、館はこの襲撃で焼け落ち、その前後の地球教徒の暗躍によって、フェザーンは少なくない被害を受けるのだった。
なおそんな中、ケスラー「大佐」は、地球教徒への対処の中、後に自らの夫人となる皇妃付の侍女マリーカ・フォン・フォイエルバッハと出会うのだが……それはまた別の話。読者からはロリコン疑惑を持たれた

柊館襲撃事件がひと段落したころ、帝国からの亡命者を乗せた民間宇宙船新世紀(ニューセンチュリー)号が、イゼルローン回廊の入口付近で故障し、救難信号を発した。
これに呼び寄せられた帝国軍と共和政府軍の間で起きた小競り合いが、皇帝ラインハルト自らの出陣に発展した。
5月29日シヴァ星域において戦闘が始まろうとしたが、この宙域が宇宙歴640年/旧帝国歴331年のダゴン星域会戦から始まった帝国と共和主義者の160年もの長きにわたる戦争、その最後の戦場になると予期した者はいなかった。


【登場人物】

◇新銀河帝国軍

ローエングラム王朝銀河帝国皇帝。旗艦はブリュンヒルト
ヤン・ウェンリーとの最後の戦い、回廊の戦い以来1年ぶりの会戦に臨むが、その体には異変が…。

元帥。宇宙艦隊司令長官。旗艦は人狼(ベイオ・ウルフ)

元帥。軍務尚書。「オーベルシュタインの草刈り」を主導した。
治安維持の為ハイネセンに残留。

上級大将。黒色槍騎兵(シュワルツ・ランツェンレイター)司令官。旗艦は王虎(ケーニヒス・ティーゲル)

上級大将。ミュラー艦隊司令官。旗艦はパーツィバル。

  • エルネスト・メックリンガー
上級大将。大本営幕僚総監を務め、ブリュンヒルトに乗艦。

  • エルンスト・フォン・アイゼナッハ
上級大将。アイゼナッハ艦隊司令官。旗艦はウィーザル。

  • アウグスト・ザムエル・ワーレン
上級大将。ワーレン艦隊司令官。旗艦は火竜(サラマンドル)
先の戦闘の損害が大きかったため、ハイネセンに残留。

◇イゼルローン革命軍

  • ユリアン・ミンツ
中尉。イゼルローン革命軍二代目司令官。旗艦はユリシーズ。
共和主義者の矜持を示すべく、帝国軍との戦いを決める。
戦いの直前には、それまでの事態への対処で消耗していたのか、「歴史家たちは流された血の量を効率という価値基準で判断する」「もし統一されるまでに一億人が死んだとしても、歴史家たちは『一億人しか死なずに統一は達成された。大いなる偉業だ』と言うだろう」と毒舌を吐き、シェーンコップにたしなめられている。

中将。イゼルローン要塞防御指揮官。
出頭命令に際しての随員として艦隊に同行していたことで、重要な役割を担うことになる。

  • オリビエ・ポプラン
革命軍中佐で空戦隊長のエースパイロット。最初はスパルタニアンに乗っていたが、ある情報を入手したことで戦局を一変させる。

客員提督にして分艦隊司令官。旗艦はヒューベリオン。
元ゴールデンバウム朝銀河帝国軍上級大将。

  • ダスティ・アッテンボロー
中将。「伊達と酔狂で戦争をしている」公言する事実上の副司令官。旗艦はマサソイト。
ブリュンヒルト突入に際しては、ユリアンから(自分に何かあったさいの)革命軍の次期総司令官に任命されてユリシーズに残留。

  • ルイ・マシュンゴ
少尉。ユリアンの副官。
ユリアンのフェザーン駐在武官時代から付き従い、地球教潜入や第10次イゼルローン要塞攻防戦などでも奮戦した。
シェーンコップが認める白兵戦の強者で、第10次イゼルローン要塞攻防戦では帝国側死亡フラグの代名詞柱をぶん投げて大暴れしたほどの力量を誇る(まあ中の人戦闘力53万の人だし…)


【影響】

ラインハルトとユリアンの会談により、イゼルローン要塞の返還と引き換えに、惑星ハイネセンを含むバーラト星系を共和制による自治領とすることが決定された。

しかし、死の淵にあったルビンスキーはハイネセンに到着したラインハルトを道連れにせんと悪あがきし、「ルビンスキーの火祭り」と称される首都全土を巻き込む大火災テロを巻き起こす。

大本営の国立美術館で病の床にあったラインハルトは死を覚悟したが、ビッテンフェルトの機転により辛くも窮地を脱した。
この功績は芸術家提督ことメックリンガーに評価されると同時に、他の美術品の搬出に興味を示さず全て焼失したため嫌味を言われている


皇帝(カイザー)の身命が無事であったのは、ビッテンフェルトの功績であったが――」

「彼が芸術、ことに美術造形にまったく興味がなかったからこそ、すべてが迅速に処理されたのであった」

「もし美術品の焼失を懸念したら、万事が遅滞して重大な結果を生じたであろう。まことに幸運というべきである……」

6月27日、ラインハルトはユリアンらと共に皇妃ヒルダと皇子アレクが待つフェザーンへと向かう。

◇ヴェルゼーデ仮皇宮襲撃事件

最後の地球教徒残党が、ヴェルゼーデ仮皇宮に居留するローエングラム王家を襲撃した事件。
これに先立つ7月8日、ハイネセンで逮捕されたレオポルド・シューマッハの供述により、地球教徒の残党が未だラインハルトを狙ってフェザーンに潜伏していること、残党は30名を切っておりそれらを殲滅すれば再起することはないとの情報が得られた。

この情報を得たオーベルシュタインは、7月26日ラインハルトの容体が急激に悪化したことを受け、この機に地球教徒を殲滅すべく「カイザーの容体が回復した」との偽情報を流し、仮皇宮を襲撃させるよう仕向けた。
当然このことは諸将の怒りを買ったのは言うまでもない。メックリンガーからも「それが臣下のすることか!」と批判された。オーベルシュタインは「地球教徒を根絶するために、ご協力頂いただけ」と平然としていたが。今にも殴り掛からんとしていたビッテンフェルトをミュラーが全身で抑え(最もミュラー自身もオーベルシュタインへの怒りを充満させていたが)、「今はケスラーの指示に従って奴らに対処しよう」と言わなければ、草刈りの時のような騒動になっていたであろう。

20時ごろから地球教徒が仮皇宮に潜入し、ケスラー率いる憲兵隊が応戦する形で戦いが始まった。この時ユリアンたちも仮皇宮に呼び出しを受けており、銃声を聞きつけて動き出した。途中教徒の死体から武器を調達したユリアンたちは、爆発音を聞き駆け付けたところ、逃走する地球教徒を発見しその中に首魁であるド・ヴィリエ大主教を見つけた。ローエングラム王朝打倒のためにも自分の力が必要だとうそぶくド・ヴィリエに対し、


勘違いしないでほしいな。僕にはローエングラム王朝の未来になんの責任もない。


僕がお前を殺すのは、貴様がヤン・ウェンリーの仇だからだ。それが聞こえなかったのか!


それだけじゃない。パトリチェフ少将の仇、ブルームハルト中佐の仇、他のたくさんの人たちの仇だ! 貴様一人の命でつぐなえるものか!

取り戻すことなどできようがない過去の栄光を取り戻さんとして、狂信者たちを操り謀略張り巡らせて来た男も、養父の仇を取らんとした青年の激情を見図ることもできず射殺されたのだった。

一方地球教徒たちがラインハルトが居たと思っていた部屋にはオーベルシュタインが居り、爆発により腹部が裂けるほどの重傷を負っていた。


ラーベナルトに伝えてもらいたい。私の遺言状はデスクの3番目の引き出しに入っているので、遺漏なく執行する事。

それと、犬にはちゃんと鶏肉をやってくれ。もう先がないから好きなようにさせてやるように。それだけだ…

ラーベナルトは我が家の執事だ…



軍務尚書が見えないようだが、あの男はどこにいる?

軍務尚書はやむを得なかった理由で席をはずしております。

ああ……そうか。あの男のすることには、いつももっともな理由があるのだったな。


結果として自ら囮になる形で地球教徒殲滅の謀略を成し遂げたオーベルシュタインであったが、自らの死が計算されたことか、予想外のことだったのかは永遠の謎となった…。
そして、

宇宙を・・・手に入れたら・・・みんなで・・・


23時29分、ローエングラム朝銀河帝国初代皇帝ラインハルト・フォン・ローエングラムは、25年の短くも激しい生涯に幕を閉じた。


皇帝(カイザー)は病死なさったのではありません。
命数を遣い果たして亡くなったのです。病に斃れたのではありません。
どうかそのことを、皆さん、忘れないでいただきとう存じます。

かくして、ヴェルゼーデは聖なる墓となった (エルネスト・メックリンガー)

ユリアン達もミュラーからラインハルトの逝去を知らされ、同時にバーラト星系の内政自治権の承認とイゼルローンの返還が改めて同意を得た。

思想や立場に関わりなく、この時代に生きた者として、カイザーラインハルト陛下のご逝去にお悔やみを申し上げます。ヤン・ウェンリーも同じ思いでおりましょう。

ヤンがまだ存命であれば同じ事をいったであろうとほぼ確信していたユリアンはミュラーに返した。そして、カリンはバーラト星系が民主主義の手に戻ったこと………ヤンが求めた民主主義の芽が残ったことを確認するが。

たったそれだけなのね、考えてみると。

そう、たったこれだけである。たかが一つの星系を民主主義での内政自治を認める。これだけのためにルドルフ・フォン・ゴールデンバウムの銀河連邦主席への就任と銀河帝国の建国、アーレ・ハイネセンの長征一万光年と自由惑星同盟の建国、そして双方による150年以上の戦争を続けた。思い返せばあまりにも馬鹿馬鹿しく、むなしいものであった。

ユリアンもまた理解した。これは、銀河連邦末期に市民が政治への関心を持たなくなったがために起きてしまったこと。銀河帝国正確にはゴールデンバウム王朝と門閥貴族の暴虐は過去の歴史から独裁者に無制限の権力を与えることがいかに危ういかを理解していなかった彼らの祖先の罪である。

政治はそれを軽んじる者に必ず復讐するんだ。

市民の権利よりも国家ひいては運営する政治家だけの利益を追求する政治……帝国と同じく自由惑星同盟もまた地球時代と同じ過ちを繰り返していた。

だが、まだ終わらない。民主主義の芽を守る軍人になる決意をユリアンは改めて固める。そしてもう一つ……歴史家としてヤンの事績を後世に残す決意をする。後の世代に多くの判断と考察の機会を与えるために。

そして同じ日、ローエングラム王朝による銀河の再統一は達成され、平和と安定の時代が幕を開けたのだった。

民主主義の英雄ヤン・ウェンリーが求めた、たかだか数十年であろう平和………専制政治の英雄ラインハルト・フォン・ローエングラムの手によってそれは実現した。彼らが存在し得なければ、銀河帝国と自由惑星同盟は遠からず滅亡していたことは想像に難くないだろう。



伝説が終わり、歴史が始まる




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最終更新:2024年12月22日 13:25