E991系交直流試験電車

登録日:2020/04/09 Thu 22:01:04
更新日:2020/04/14 Tue 21:53:37
所要時間:約 7 分で読めます




西暦2000年という年、そして21世紀という時代が、漫画やアニメや映画に小説の舞台の未来世界ではなく、現実のものとして近づきつつある1994年、

常磐線に、よくわからないけどなんかスゲエ奴がやってきた。

よくわからないけど、とにかくそいつが「ヤバい」こと、ただそれだけは、
当時ガキだった本項目の作成者でも見ただけでひしひしと感じられた。

電車の車体と言ったら四角い断面が普通のはず、だがヤツのボディは後の500系新幹線宜しく円筒形。
その側面に小さな窓が並ぶ姿は、在来線というより新幹線や飛行機のそれを思わせる。
パンタグラフは菱形が当たり前の当時、異彩を放っていた「く」の字型のシングルアームパンタグラフ。
何より前後で形状の違う「顔」。
片方の先頭車は、鳥の嘴を思わせる形と塗り分けの、三次元曲面で構成された流線型。
運転台の下には、スーパーあずさやスーパービュー踊り子のような「三つ目」のヘッドライト。
そして反対側の先頭車は…
犬の鼻のように突き出た「鼻先」の上に、左右非対称の位置に設けられた運転台。
その形状は電車の運転席というより、戦闘機のコクピットを思わせる。

今ある電車の常識がことごとく通用しない、斬新というよりむしろ「異形」と表現するのが相応しいであろうその外見。
実際、後年に動画サイトなどに投稿された映像には、「カッコいい」だけでなく「怖い」とか「不気味」というコメントも少なからず付いている。
 何より筆者も、最初にヤツの姿を見たときは、恐怖を感じた。

メタリックで無機質、メカニックなカッコよさなら、ステンレスむき出しの東急や南海の電車があるかもしれない。
単純に速そうでカッコいいなら、500系新幹線。
無骨な鉄の塊の国鉄型も、赤やマルーンで統一されたシックな京急や阪急の電車も、それぞれ違ったカッコよさがある。
12連や15連を組んで、120キロや130キロで爆走してくる新快速やE231系の迫力に圧倒されるというのもあるかもしれない。
常識を蹴飛ばしたデザインというなら、鉄人28号呼ばわりされる南海ラピートとか、くちびるのある変なやつ、リゾートサルーン・フェスタというのもある。

だが、アイツは…
カッコいいとか、斬新とか、そんな感想を、速度種別S5であっさりと置き去りにしていった。
そうなれば、人間はむしろ本能的に恐怖を感じるのかもしれない。

ヤツの名は、「TRY-Z」
正式名称「E991系交直流試験電車」

仕様

編成 2M1T 3両
車体 アルミニウム合金製(各車両で異なる構造を採用)
制御方式 VVVFインバータ(新設計のインバータを使用)
主電動機 MT927(クモヤE991)/MT928(クモヤE990) どちらも定格120kW
歯車比 1:4.82(クモヤE991)/1:4.84(クモヤE990)
駆動方式 軽量カルダン駆動
最高運転速度 200km/h
速度種別 S5
備考 3両でそれぞれ違う車体傾斜装置を搭載

ヤツに関する情報で、公開されているものは鉄道車両としてはあまり多くない。
故に、詳細はかなり不明瞭な点も多い。上記のスペックもあちこち漁ってやっとまとめたようなものだ。
でも、これだけでも鉄ちゃんなら「こいつ、なんかおかしい」とか「ヤバいやつ」と、薄々でも感じ取れるはずである。

特に速度種別、この「S5」という数値は明らかに在来線電車のそれではない。
どういうものかといえば、「10パーミルの上り勾配で205km/hまで加速できる」という性能ということだ。
在来線最強候補と言われる789系の青函トンネル時代すら、A75(上り10パーミルで175km/h)。
0系新幹線のA96すら上回っているのだ。

定加速領域、つまり起動加速度を維持できる上限の速度は、120km/h前後とされている。
京成スカイライナーや、東武のモンスターマシン・スペーシアが100km/h程度ということを考えれば、これもおかしい数字だ。

最高運転速度に関しても、ヤツのヤバさは現れている。
在来線で実際に160km/h運転を行っている(いた)681・683系や、京成スカイライナーですら設計最高速度は170km/h。
ヤツらが設計上保証された速度を30km/hも上回っている。

この高速性能を支える台車も異常なまでの安定性を有しており、
機材を使ってのテストでは360km/hでも安定した走行が可能なことが確認されていたという。
FASTECHや、ALFA-Xに匹敵する速度でも安定性が確認されたというのだ。

一応、蛇足としては、当時は…というか、国鉄時代から在来線の高速化のための速度向上試験は活発に行われており、TRY-Zだけが特殊というわけではない。
TRY-Z以外でも、JR東日本は初代成田エクスプレスの253系を使い、埼京線で160km/h走行テストを行っていたと言われる。ちなみにこの試験は、スピードアップではなく試作したレールブレーキのテストが目的であり、253系を使った理由は「160km/hまで加速できる性能を十分有しているから」という、割とトチ狂った理由だったらしい。

JR東日本以外でも、JR北海道は津軽海峡線(青函トンネル)において485系で、
JR西日本は湖西線において221系で、
JR四国も同じく湖西線において8000系で、160km/h走行試験を行っている。
さらに遡れば、新幹線のためのデータ採取用とはいえ、旧型国電を改造したクモヤ93という奴が175km/hの速度記録を達成したこともある。

試運転だけでなく、幾つかの営業用車両でも130km/h以上での営業運転を念頭に置いた設計がなされている。
著名な例ではJR西日本の681系・683系が挙げられるだろう。
その他にも、JR東日本の651系やE351系、JR西日本のキハ187系、JR四国の8000系、智頭急行のHOT7000系なども160km/h運転を視野に入れた設計がなされており、
JR北海道のキハ281系・283系は145km/h運転も可能な設計、JR東日本のE653系・E751系・E257系は140km/h運転にも耐えられる設計とされている。

E991系には、カーブで車体を傾けて高速で通過できるようにする、車体傾斜装置が搭載されている。
バイク好きの方なら、カーブで車体を傾けて曲がるようなものだと思えばいいだろう。
しかし、ヤツが使用している車体傾斜装置は、日本国内では一般的な「振り子式」ではない。
油圧や、空気バネの圧力を変えて、強制的に車体を傾斜させるものである。
振り子式は飽くまで「カーブでかかる遠心力で車体を傾ける」に過ぎず、どうしても振り遅れが生じる。
しかし、動力で傾けるなら、車体を予め傾けることが可能となり、さらなる高速化も可能となる。
実際、目標としては曲線通過速度を本則+45km/h、つまり本来の制限速度を45km/h上回ることを掲げていた。
例えば、60km/h制限のカーブなら、105km/hでクリアするということだ。

ブレーキに至っては、新幹線で使うような車輪ディスクブレーキに加え、
渦電流レールブレーキも装備。
車輪にブレーキを掛けるのではなく、レール自体にブレーキを掛けるため、従来のブレーキよりも遥かに強力な制動力を発揮できる。
…つまり、「160km/h、或いはそれ以上の速度から600m以内で急停止可能」を実現し、踏切区間での160km/h運転すら考慮していたことを意味しているのだ。

221系や381系などの高速試験用編成が強化人間
クモヤ93が高速化のために魔改造を受けたサイボーグだとすれば、
TRY-Zは高速化のためだけに生を受けた、いわば生体兵器とでもいうべき存在である。

余談であるが、交直流機器は中間車に集中搭載されていたが、その大部分は室内に床置きされていたそうだ。
また、車両のデザインは日産自動車の関係者が手掛けたものらしい。鉄道界の悪魔のZというところだろうか。

経歴

1994年にロールアウトした後、基本性能の確認を行う傍ら、わざと歪ませた線路を高速で通過するなどの試験も行われていた。
同年12月、常磐線交流区間で160km/h、翌1995年1月と2月に直流区間で170km/hの高速試験を実施。なお、この時点では実は車体傾斜装置は未搭載だったが、それにも関わらずカーブを本則+45km/hで通過していたと言われている。

その後信頼性の確認のために走り込みを行った後、1998年に中央東線で曲線通過速度の向上試験を実施。

中央東線での試験を終えた後、常磐線に戻りいくつかの試験を行った後、1999年3月に除籍され、解体された。
除籍後の動向に付いては「衝突試験を行って廃車となった」と噂されていたようだが、実際のところは衝突試験ではなく通常通りの解体作業が行われたとも言われており、不明瞭である。

…結局、高速試験では170km/h止まりだったか。そう思っていた。

1998年までは。

1998年にJR東日本がリリースした公式資料に、さり気なく書いてあった「速度向上の流れ」には、

「E991系(180km/h)」

という衝撃的なデータが記載されていた。
こいつ、日本の在来線での公式記録である、湖西線での381系の179.5km/hをもこっそりと超えていたのだ。
ただ、その381系も、一部の情報筋によれば試験で180km/hを超えたこともあったとか。

TRY-Zが残したもの

この異形の怪物・TRY-Zであるが、一見すると後世に残したものは殆どないように見える。
中央東線の特急「あずさ」に、E351系に続いて投入されたのは、E653系の直流専用版とも言える「普通の特急」のE257系であるし、
在来線での160km/h運転も、実現できたのははくたかや京成スカイライナーという、半ば新幹線のような特殊な路線を走る列車だけである。
だが、ヤツの足跡は何も残らなかったわけではない。

E501系以降で採用された、交直流の自動切り替えはTRY-Zで試験していたものである。
また、E653系の座席も、TRY-Zで試験されたものの発展型といわれている。
さらに、E5系新幹線や、中央東線のE351系・E257系の後継機であるE353系には、空気バネを用いた車体傾斜装置が採用されている。これは紛れもなく、TRY-Zで試験していた空気バネ式の車体傾斜装置の血脈に当たるもののはずだ。

アニオタ的には

アニオタ的には、ヒカリアンでTRY-Zをモチーフとしたキャラクター、「宇宙特急トライZ」が登場したことが特筆すべき点かもしれない。
また本形式とは一切関係ないが、セガのシューティングゲーム「ギャラクシーフォース」の自機は「TRY-Z」という名称である。
ダライアスバーストCSにも参戦している。

余談

本形式の廃車後、JR東日本で教習用の機材として、209系に類似した「E991系研修用機械」というものが誕生している。
ただ、こいつは車両ではなく機材扱いなのだが。
また、燃料電池試験用の試作機として、「FV-E991系」という車両も登場している。

上り10パーミルを205km/hで駆け上がれる方は追記修正をお願いします。

この項目が面白かったなら……\ポチッと/