パプリカ(2006年の映画)

登録日:2021/08/24 Tue 09:55:00
更新日:2024/01/27 Sat 14:43:53
所要時間:約 10 分で読めます





私の夢が、犯されている―


パプリカ』は、同名のSF小説を原作とする2006年公開のアニメ映画。
本項では一部原作小説に関しても追記しつつ映画の解説を行う。



■映画概要


代表作の癖に作風としては例外気味な時をかける少女』『七瀬ふたたび』などで知られる日本SF界を代表する文豪、筒井康隆
その本領を『虚構船団』『文学部唯野教授』などに代表される「人の業と狂気を黒い笑いに昇華した多層構造のスラップスティック」で発揮する彼が
1993年にをテーマとして執筆したSF長編小説『パプリカ』は、
ただでさえテーマが超現実的な所にふんだんにぶち込まれた筒井流表現により奇怪極まる作品に仕上がり「映像化不可能」と称されてきた。
しかし、筒井御大はその不可能を実現してしまえる人物と接触、対談を好機とし自ら映画化を依頼する。

その人物こそ『PERFECT BLUE』『千年女優』を代表作とする、マッドハウスの誇る天才。
虚実ない交ぜになった渾沌たる演出を高い写実性を維持しながら実現して見せるアニメ監督、今敏である。

監督自身も熱狂的なファンである唯一無二のミュージシャンにして『千年女優』以来の今敏作品の相棒、ヒラサワこと平沢進も加わった企画は、2年半の時を経て遂に完成。

超現実的テーマ×筒井康隆の物語×今敏の映像×平沢進の音楽夢の共演にして悪夢の饗宴(進化型電子ドラッグ)

と化した本作は、90分とやや短めな作りの中に圧巻かつ没入感に満ちた世界観・難解なれども緻密な伏線描写・しかしてエンタメ性に満ち爽快なシナリオを完備し映画界を席巻。
今監督の名を不朽のものとして映画史に刻み込んだ。



■あらすじ


装着すれば相手の夢を共有できる装置、DCミニ
天才研究者時田浩作が生み出したこの装置を活用し、
サイコセラピスト千葉敦子”夢探偵”パプリカという別人格の姿で患者の夢に潜入、治療を果たしてきた。
しかしDCミニは研究所から盗み出され、悪用された装置により悪夢を流し込まれた人物たちが次々と発狂。
果たして犯人の正体と目的は?徐々に曖昧になる夢と現実の最中を、千葉/パプリカが駆け抜ける……



■登場人物



(最近、あたしの夢を見ていない)
「敦子があたしの分身だって発想はないわけ」
本作主人公。DCミニを通じて夢を共有することで悪夢の原因を探り、患者を治療するサイコセラピスト。
千葉としてのパーソナリティは才色兼備にして冷静沈着な黒髪の麗人なのだが、
夢も含めて患者の前に現れる際は、天真爛漫で無邪気な赤髪の美女”パプリカ”としての仮面を纏う。
但しあくまでパプリカは千葉の無意識=「夢」に近い存在であり、時に千葉への助言者として勝手に顔を出すことも。
他人の夢に潜ってばかりいたために自分の夢を忘れて久しかったが、
一連の事件の中で自分が表に出せずにいた願望を自覚することとなり……
千葉とパプリカ、意識と無意識……現実と願望の擦り合わせは本作の主要テーマの一つと言えるだろう。
二つの顔を持つクールビューティ研究者だがおかしなもの呑んで縮んだりはしない。むしろ膨らむ。


「総天然色の青春グラフィティや一億総プチブルを私が許さないことくらいオセアニアじゃあ常識なんだよ!」
  • 島寅太郎(堀勝之祐)
DCミニ開発担当者を兼務する初老の研究所所長。
物語序盤でDCミニによる悪夢の照射を受け発狂、上述の内容などを含む全力の筒井節を演説しながら窓をぶち破り転落する
……も、パプリカの治療により悪夢から帰還、事件の犯人を追うべく尽力する。
精神の復活はパプリカの実力として肉体が頑健すぎるが、墜落耐性はこの研究所の場合彼に限ったことではない
夢での姿は豪奢な衣装に身を包んだ権力者……だが、誇大妄想患者の夢を照射された状態のものなので
本人の姿と言えるかは疑問。


「モラルとか責任とか、大人の話はよくわかんないけど、もう一回話してみようじゃないか。友達だろ」
DCミニの開発者である天才科学者。エレベーター扉につっかえる肥満体が圧倒的存在感を示す。
良くも悪くも子供同然の精神の持ち主で、DCミニに関する危機感の欠如から”あっちゃん”こと千葉から激しく叱責される。
だが自由に夢を描きそれを現実にしてのける技術力、そして邪気の欠片もない人間性に対しては千葉自身の信頼も深い。
千葉の叱咤を経て、DCミニ窃盗の実行犯氷室を旧来の友人として説得するべく夢に飛び込むが……
夢での姿は黄色い塗装が眩しいブリキロボット。かつて氷室と通った遊園地のイメージが反映された模様。
ほぼほぼ完全に某エンジニア気質の天才ロボット乗り。というか肥満体男性の演技に悩んだ演者がスタッフに了承貰ってわざとやってた模様。

ちなみに原作と同時期に執筆された筒井作品『朝のガスパール』にも登場。本作後の様子(時期的にはエピローグの予告)とDCミニのノウハウを生かした新作への着手が記されているそれが知らない所で同作の鍵になったのは別の話


「酷く怖かった」
悪夢に悩み、旧知の島の紹介でパプリカの治療を受ける刑事。本作のもう一人の主人公。
強面だがどこか抜けたところも多いコミカルな男。
初めのうちは悪夢の原因を解決のめどが立たない取り扱い中の事件だと思っていたが、
蠱惑的美女パプリカに惹かれつつ夢を反芻するうちに、徐々に自分が無意識の中に追いやってきた過去を思い出していく。
そしてDCミニを巡る陰謀に現実でも夢の中でも巻き込まれていき……
夢での姿は……色々な”役柄”に扮する粉川自身、というべきか。


「唯一残された人間的なるものの隠れ家 それが夢だ」
  • 乾精次郎(江守徹)
研究所の理事長を務める老人。半身不随のため車椅子で行動する。
夢と現実の境界を突き崩すDCミニを、開発中止も考慮すべき危険な技術である、と主張しているが……
夢での姿は基本的に蠢く大樹。動かない肢体への鬱屈が反映され極めて怪物的。


「言うな!いくつもの顔がある。それが人間だ!」
研究所の職員。一部からは「彫像のごとき」との印象で受け止められる美男子で、本作がR指定な主因。
千葉に好意を抱いているが彼女からは相手にされておらず、
時田に対し研究者としての実力と千葉との距離感の双方で嫉妬心を抱えている。
実のところ時田とは別の意味で”幼い”男であり、それ故に千葉を最も追い詰める敵と化す。
夢での姿は美しさの中に毒を潜ませるモルフォ蝶の群れ。
夢の中の蝶は小山内の象徴であることを踏まえて視聴すると、犯人一同の関係性が早い段階から示唆されているのが分かる。


「夜に花咲く木の下闇は、月夜の民が憩う場所。真昼の人は通せんぼ!」
旧友である時田への劣等感を拗らせ、DCミニを盗み出した実行犯。
夢の内から都都逸調に乗せて現実世界の住人を嘲笑うが、
いざ発見された時にはDCミニが頭部と融合した異常な状態で昏睡状態となっており……
夢での姿は日本人形。……だが、徐々に日本人形は彼個人から逸脱した悪夢へと転じていく。


「続きはどうするんだよ」
粉川の悪夢に決まって登場する謎の男。
「映画」「17という数字」「殺されている粉川自身」という要素と共に、粉川の無意識に封じ込められた苦痛を象徴する存在。
その正体は……粉川がかつて夢を諦めた時、置き去りにされてしまったモノ。


⊂二(^ω^ )二⊃<| し な い さ せ な い 暴 走 は |>⊂二( ^ω^)二⊃
  • 玖珂(筒井康隆)
  • 陣内(今敏)
パプリカが患者との連絡に利用するネット上のバー、「RADIO CLUB」のバーテン二人組。
迷える粉川が夢と向き合う道行きに寄り添い、最終盤の夢の氾濫の中ではパプリカの救援のため駆け付けた。
しっかし楽しそうだな企画首謀者ども。



■キーワード


「DCミニは精神治療の新地平を照らす太陽の王子様です」
  • DCミニ
本作の主要ギミック。時田により生み出された、カチューシャを思わせる形の小型装置。
装着状態で睡眠に入ることで相手と夢を共有する……というのが精神医療機器としての本来の機能。
外部に共有した夢を映像データとして出力する機能も保持している。
分かたれているはずの「自分の夢と他人の夢」「意識ある現実と無意識の夢」の垣根を越えるまさしく”夢”の科学は、
陰謀の果てに「現実と等しくなる妄想」を生み出してしまうことになる。




■原作との主な相違点

  • DCミニの開発者。原作では時田と千葉の共同開発であり、千葉も天才技術者としての側面を持つ。
  • 原作でのDCミニは小型化された実験機であり、基本的には据え置き機を主人公側は利用。DCミニの形状も異なる。
  • パプリカの抱える患者の設定。映画の粉川は原作における二人の患者の要素を統合したキャラクターである。
  • 黒幕の設定。「男性至上主義を掲げるカルト信者」という設定は映画版では抹消された。男色家設定は残った。
  • 登場する夢のイメージの整頓。
  • 千葉/パプリカを巡る官能的関係の大幅な縮小。そこまでやってもアメリカ国内ではR指定。
  • 玖珂と陣内の設定変更。元々がデウス・エクス・マキナ気味なところあったんで……


■余談

本作は日本だけに留まらず米国でも高く評価され、19週を超えるロングランを経て(当時の円換算で)興行収入1億円突破を実現した。
アメリカ国内ではR指定に区分されたが、それでも日本産アニメ映画が興収1億を突破した事例は、当時時点で本作を除くと『COWBOY BEBOP 天国の扉』以外にはないという快挙である。
なおキャッチコピーの時点で"This is your brain on Anime."(コレはアニメキメてる時の君の脳だ)と電子ドラッグ認定を避けられなかった模様。*1
一説にはクリストファー・ノーラン監督作『インセプション』に大きな影響を与えたとも言われている。

本項目でも散々筒井節と表現してきた悪夢に囚われた者の妄言であるが、台詞を作ったのはあくまで脚本兼監督の今敏。
筒井御大の方は「ここの台詞書いて、って言われたら書いたんだけどな(要約)」とのコメントを残しているとか……あ、あれぇ?
少なくとも二人が完全に世界観を共有していたのは間違いないのだろう、多分。

作中に登場する映画館のシーンには『PERFECT BLUE』『千年女優』『東京ゴッドファーザーズ』ら今敏監督作品に加え、
最新作として『夢見る子供たち』が登場する。
残念ながら『夢みる機械』へと改題されたそれは監督の早逝により最早我々には見ること叶わないが、
期せずして『パプリカ』は今敏監督最後の映画作品となり、代表作にして記念碑として彼の事績を後世に伝え続けている。





「パプリカは生きているよ。多くの人気項目たちと同じで、ここにいるWiki籠りたちの胸に永遠に生きているよ。少なくとも僕は忘れない」


「俺たちの追記・修正を地でいったんだ、お前は。だから項目になった」




「アニヲタ1枚」

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最終更新:2024年01月27日 14:43

*1 文面が反ドラッグ啓発CMのパロディ。もっとも、1991年公開の『エルム街の悪夢 ザ・ファイナルナイトメア』で同じCM自体がパロディされるシーンがあることから、本記事冒頭にも記載した日本版キャッチコピーに対して”お前を犯す悪夢”というダブルミーニングを仕掛けたものとも解釈できる。