東武8000系

登録日:2021/09/09 Thu 00:32:07
更新日:2025/03/26 Wed 21:00:15
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東武8000系電車とは、東武鉄道の通勤型電車である。

概要

高度経済成長期に沿線人口の増加に対応すべく、乗客増への対応と旧型車の置き換えのために開発された東武鉄道の主力車両である。
(良くも悪くも)ミニ国鉄と言われるほどの広い路線網を持つ東武鉄道の一般型車両として練り込まれた車両である。
数の多さや長い製造期間から、私鉄の103系という異名も持つ。
その製造両数、実に合計712両。

製造メーカーはナニワ工機(現:アルナ車両)、富士重工(現:SUBARU)、日本車輌製造東京支店、東急車輛(現:総合車両製作所)、汽車製造(現:川崎車両)。
なお、汽車製造で作られたのは初期車2本だけで、日本車輛への東武車の発注はこの形式を最後に途絶えている。

仕様

車体 普通鋼製20m4ドア
軌間 1067mm
電気方式 直流1500V
制御方式 抵抗制御(超多段バーニア抵抗制御・日立製作所VMC)
主電動機 直流直巻電動機 TM-63(4両編成/ユニット)・TM-64(2両編成/ユニット) 定格出力130kW
駆動方式 中空軸平行カルダン
ギア比 16:85(1:5.31)
起動加速度 2.5km/h/s(冷改前)・2.23km/h/s(冷改後)
最高運転速度 110km/h

全長20m級、4ドアのステレオタイプな通勤型電車。
但し、広域に路線網を展開させる東武鉄道という私鉄の特性に応えるべく練り込まれた設計の車両である。

まず、東武は都内の駅間距離の短い線区から、埼玉群馬栃木の駅間距離が非常に長い線区まで存在している。
駅間距離が短ければ最高速度よりもスタートダッシュを重視したほうが理にかなっているし、逆に駅間距離が長ければ多少スタートダッシュが鈍くても高速域でもスムーズに加速できる性能が重要になってくる。
…まあ、並の私鉄じゃこんな条件が要求されるケースは非常に少ないし、そもそもそこまで異なる性能があれば、普通は「短距離ダッシュ重視の電車」と「高速走行重視の電車」の2種類を作るって発想になるだろう。
体力のある国鉄なら。
だが、東武は私鉄である。性能の異なる車両を作り分けるなんてのはちょっと効率が悪いので、1種類の車両でやった方がいい。
となると、当然「短距離でのスタートダッシュも、長距離での高速走行も可能な車両」という、設計部門からすればちょっと何言ってるのかわからないですねような電車を作るという発想に行き着く。
そのために、1960年代当時の狭軌用モーターとしては超高出力の部類である130kWのモーターを採用した。
…この時代は電車用のモーター、特に狭軌用なんて、75kWとか100kWなんてのがザラだった、といえば、どれだけ頭のおかしいモーターを採用したかがわかるだろう。
このモーターにもひと工夫がなされている。
4両編成用のTM-63と、2両編成用のTM-64では、端子電圧、つまりモーターに掛ける電圧を変えることで、特性を揃えてある*1
これにより、4両と2両のユニットを混在させることが出来、ローカル線では2両で、東上線のような高密度輸送区間では10両(後述の仕様からすると機構的にはおそらく4+4+2両)でと、柔軟に編成を組むことも実現できた。
さらに高い走行性能を支えるべく、車体は鋼製ながら当時としては限界まで軽量化が行われた。
当時の関東私鉄の電車では珍しく戸袋窓が無いが、これは車体を軽量化する際に強度を確保するためである。
前面形状は当時頻発していた踏切事故に対応するため、高運転台の貫通扉つき3枚窓となった。この形状は快速用の6000系や後述する更新車にも採用され、名実ともに「東武の顔」となった。

一方、車体を軽量化すると満員時と空車時の重量差が大きくなる。
要するに、「通勤ラッシュですし詰めのとき」と、「休日昼間でがら空きのとき」では、車体の合計重量の変動が大きくなって、通勤形では安定性や車体の浮き沈みなど様々な影響が出てくるのだ。
このために通勤電車ながら空気バネ台車を採用している。空気バネ台車であれば、空気圧の変更でバネの圧力を調整することができるので、激しい重量変化にも柔軟に対処できる。決して乗り心地とか見栄ではなく、合理性でこの仕様になっているのだ。
軸箱支持方式は、軸箱の左右に伸びた板バネで支えるミンデンドイツ式を採用。
ミンデンドイツ式は製造時に高い工作精度を要求される、メンテナンスの際に専用の治具を必要とするなど導入コストは高いが、その一方で軸箱守(軸箱のガイドレール)などのすり減る部分が無いため長期的に見ればメンテナンスコストを減らせる。

ブレーキに関しては、電気ブレーキは搭載されておらず、空気ブレーキのみとなっている。
但し、制輪子には強力な制動力を有するレジンシューを採用しており、110km/hからも空気ブレーキのみで停止することができる。その反面、ちょっと焦げ臭いが。
…だがこのことが特に日光線の山岳区間にとっては仇となり、下り坂などで長時間ブレーキをかけていると制動力が弱まることも。
ドライバーの方々なら、教習所で「フェード現象」、つまり長時間ブレーキを踏んでいるとブレーキが熱くなって制動力が弱くなる(だからエンジンブレーキも併用しよう)という話を聞いたことがあるだろう、要するにあれと同じことである。
このため、長い勾配がある区間を走行することはあまりない。
なお、1986年に野岩鉄道が開業した際には想定以上の利用者数が押し寄せたために車両が不足となり、臨時列車用に8000系を借りてきたが、乗客からすればロングシート・トイレ無しでおよそ180kmの長旅をせねばならなかったために嫌がられ、空気ブレーキのみで日光線の下り勾配を下るために運転手も嫌がったというものがある。

座席はロングシートであるが、長距離乗車も考慮し柔らかい座面のものを使用している。
また、群馬や栃木の冬季での車内保温のため、中間の2ドアを締切にできる機能も搭載されている。
登場時はクーラーは搭載されていなかったが、1972年以降の車両から集約分散型のクーラーを搭載している。
なお、これに際し搭載スペース確保のため、パンタグラフは菱形から下枠交差形に変更された。
ちなみにこのクーラー、同時期の同クラスの車両が一台あたり8000Kcal級だった中、10500Kcalという高出力のものを採用している。何だこの動く冷蔵庫。

素人目線での考察

これは飽くまで素人である本記事の作成者の勝手な想像、ということを付け加えておくならば、8000系を含めた東武車両は設計思想としては「2M2Tの4両が最短の編成」というものではないか、と思える。
東武の設計思想は恐らく2M2Tの4両が基本であり、1M1Tの2両編成はその「最短のユニットの4両」を半分にした特殊な仕様という位置づけ、となっている可能性がある。
8000系のモーターは、2両編成のものは電圧を変えることで4両用のものに特性を揃えてある。
補機類に関しては、例えばコンプレッサーは一部を除いて2両編成でも4両用の高出力機をそのまま使っている…など、4両用の仕様を基本としていると思わしき面がいくつかある。
このことから、あくまで主体となっているのは4両の方である…と推測することができる。
補機類の仕様を見る限り、「1M1Tの2両が多数連なって長編成を構成している」という設計思想の見える名鉄や近鉄などとはある意味対照的な思想と言えるかもしれない*2

211系と音が似ている理由

時々、東武8000系の走行音はJRの211系に似ていると言われる事がある。
これには理由がある。
東武8000系の4両編成のほうが使用しているTM-63形モーターと、211系が使っているMT61形モーターは、電機子のスロット*3の数が同じなのだ。
さらに電車の走行音を決める要素の一つと言われるピニオンギア(モーターの方の歯車)の歯数も、東武8000系は16:85、211系は16:83で、どちらも16である。
モーターの構造、ピニオンギアの歯数が東武8000系と211系ではたまたま一致したため、似たような音が出るというのが真相なのだ。

車体修繕

1986年~2007年にかけて、経年による陳腐化の解消のため車体の修繕工事が行われた。
…とはいってもこの「修繕」は、他社で言えばもう「車体更新」とされるレベルの割とガチなものである*4
主な内容としては、腐食した外板の張替え、側面の行き先表示の新設、座席のモケットの色の変更、車内の化粧板の変更、前面形状の変更、車椅子スペースの増設、行き先表示のLED化、自動放送の搭載など。
当初は20年かけて全車両に修繕を施す予定だったが、情勢の変化によって2両編成3本を含む16両は未修繕のまま廃車されている。
この修繕工事は、一説にはJRグループ各社や営団地下鉄(現:東京メトロ)、京急など各社の延命工事の手本ともなったとされている。
広島のニュータイプ軍団などの大先輩でもあるのだ。

800型・850型

この修繕工事の際に生まれたバリエーションの一つで、端的に言うなれば3両編成の8000系。
東上線などで使われていた8連から中間のサハ2両を引っこ抜き、残った4M2T6連を2M1T×2に分割したものである。
機器の構成の違いから800・850型に分類されている。
2M1Tとモハの比率が高まったためか、起動加速度は非冷房時代の2.5km/h/sに戻っている。
伊勢崎線系統の末端区間で運用中。
前パンで撮りづらい

運用

東武の電化された旅客路線全部、以上。
いや、こういうしか無い。だってそうなんだし。
旅客営業で使われたことがないのは、非電化の熊谷線(現在は廃止)とスカイツリーラインの曳舟~押上間、地下鉄直通系統くらいである。
登場から40年以上に渡って廃車が発生しなかったが、上記の800・850型の登場により余剰となったサハ2両が廃車されたことで初の廃車が発生。
その他でも50000系列の増備、30000系や20000系の地上転用、そして最後の牙城だった野田線でも10000系列の転属や60000系の投入により数を減らしている。
練り込まれた設計故に現在でも十分通用する車両であることは、未だに支線区で活躍していることで証明されているが、それでも既に半世紀以上も前の設計の車両であり、徐々に終焉の時は迫っている、とも言えるだろう。
幹線からは2010年代までに撤退し、以降は野田線、伊勢崎線の館林以北および支線区に活躍の場を移している。
大師線は自動運転に対応した新造車両の導入計画があり、野田線は2025年から80000系の投入、それ以外の各線でも10000系リニューアル編成の転属によって置き換えられる予定である。
伊勢崎線の単線区間(伊勢崎~館林)と東上本線(寄居口・越生線)は置き換えの目処が立ってないからはよ乗れ

これ以外には初期に修繕工事を実施した8111Fが落成当初の前面形状で最後まで残ったことから、2012年に東武博物館へ売却され、同博物館在籍で動態保存されている。
車体塗装は初期のオレンジツートン→セイジクリーム→オレンジツートンと変遷しており、2023年11月からは野田線の定期列車で使用されている。

なんか変なやつがいるぞ(いたぞ)!?

さて、東武線ユーザーの中にはこんな経験をしたことがある方はいないだろうか。

あ…ありのまま今起こったことを話すぜ!
 『おれは いつもの東武の白くてボロい電車に乗ったと思ったら 発車するときに"グオオオオオーン"とものすごい音が鳴った』
 な…何を言ってるのかさっぱりわからねーと思うが、俺にもわからねえ
 頭が変になりそうだった
 ジェットエンジンとか、竹槍マフラーとか そんなチャチなもんじゃ断じてねえ
 もっと恐ろしいものの片鱗を味わった気分だ…」

見た目は8000系だけど、発車する時に吊り掛け駆動の轟音が鳴る謎の電車に遭遇した経験のある方、たぶんいるんじゃないかな。
こいつの正体は「5000系」という車両である。
平たく言えば、吊りかけ車両である7800系の更新車である。
見た目は8000系だが(但し内装は当時の最新鋭だった10000系に準じている)、中の人もとい電車は7800系なので、当然吊り掛け駆動。
鉄ちゃんからも「今じゃ貴重な吊り掛け駆動」という声と、「見た目だけ新しいボロじゃないか(怒」と割と評価が分かれていた電車である。
現在は全車引退済み。

ちなみに、8000系にはもう一つサヤ8000という珍車が存在する。
画像検索していただければと思うが、こちらはまんま旧型車である。
え、なんで8000かって?
実はこの車両、1974年に当時実用が開始されていた電機子チョッパの試験用に制作されたもので、8000系の4両編成に組み込んで試験運用されていた。


模型

私鉄における路線長最大の会社で数的主力を張ってきた車両だけあり、鉄道模型でも複数のメーカーから製品化されている。
古くからグリーンマックスが塗装済みキットや完成品を出していた。もちろん、修繕の前後双方を製品化している。自分の手で組み上げる・カスタムする楽しみを味わうのに向いているが、いかんせん最古の製品なのでディテールなどが物足りないという声も。
続いてトミーテックの鉄道コレクションから断続的に様々なバリエーションが展開。こちらも修繕前後を製品化しているが、基本的に再生産がないことと、ライト類はサードパーティキットを用意しないと原則点灯しない点に注意。
最後に、鉄道模型の老舗KATOからも発売。現時点では修繕以降のみの展開だが、最後発の優位と老舗の技術力を生かした良品だとの評判。

追記・修正は東武8000系に乗車してお願いします。


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最終更新:2025年03月26日 21:00

*1 4両編成では8個1セット、2両編成では4個1セットで使うため、同じ仕様にするには電圧を変える必要がある。

*2 近鉄や名鉄の車両は、コンプレッサーはC-1000などの小型機が主体、補助電源は2両分を供給する出力に留まっているなど、2両を最低の単位としていると思われる要素がいくつかある。

*3 電機子のコイルに電気を供給する端子のこと。

*4 東武で「更新車」は車体を載せ替えた旧型車の呼称として使用している。