アットウィキロゴ

坂本勇人

登録日:2025/12/14 Sun 00:00:00
更新日:2026/06/08 Mon 18:04:53
所要時間:約 10 分で読めます





準備をしなければ不安しかない、不安を打ち消すために練習している。



坂本(さかもと) 勇人(はやと)とは、読売ジャイアンツに所属するプロ野球選手である。



【プロフィール】


生年月日:1988年12月14日(いわゆるハンカチ世代
出身地:兵庫県伊丹市
身長:186cm
体重:86kg
投打:右投右打
ポジジョン:二塁手遊撃手三塁手
プロ入り:2006年高校生ドラフト1位
選手歴:読売ジャイアンツ(2007~)
プロ通算年数:19年(2025年時点)
血液型:AB型
背番号:61(07~08)→(2009年以降)
出身校:光星学院高
主な獲得タイトル:MVP1回(19)、首位打者1回(16)、最高出塁率1回(16)、最多安打1回(12)、ベストナイン7回(09,12,16,18~21)、ゴールデングラブ6回*1(16,17,19~21,24)
通算成績*2:2272試合出場、2447安打、打率287、298本塁打、1060打点、163盗塁。


【概要】


セ・リーグ・読売ジャイアンツ(巨人)に所属している日本のプロ野球選手。2007年に巨人に入団して以降、巨人一筋のフランチャイズプレイヤー(生え抜き選手)で巨人どころか球界を代表するスター選手の一人。


【来歴】


小1から野球をはじめ、地元伊丹の少年野球チーム『昆陽里(こやのさと)タイガース』で投手兼遊撃手としてプレーしていた。後に楽天に入団し、MLBでも活躍した田中将大(現・チームメイト)と同郷*3で同じタイガースでバッテリーを組んでいた。


高校生になった坂本は光星学院高校に進学。1年秋から遊撃手のレギュラーとなり甲子園にも出場。当時は同期の堂上直倫(現中日コーチ)の方が評価が高かったが、当時担当スカウトであった大森剛は坂本の素質を見抜き、自身の進退をかけて坂本を球団に猛プッシュしたことが大きなきっかけとなり堂上を外した場合巨人は外れ1位で坂本を指名する方針に固まる。2006年オフのドラフト会議で、大森の思いが通じたのか巨人は堂上を阪神・中日との3球団競合の中クジで外して、予定通り外れ1位で坂本を高校生ドラフト1位で指名して坂本は巨人に入団することになる。


2007年の新人時代からファームでは主軸として活躍して、シーズン終盤には一軍の公式戦にも出場して当時守護神だった上原浩治の代打としてプロ初安打と同時に延長12回の末、その試合での決勝点となる打点も挙げている。ちなみにこの試合は中日との首位攻防戦であったため巨人にとって価値のある大きな1勝であった。

2008年は松井秀喜以来の10代での開幕スタメンに8番・二塁手して抜擢される。その後も一軍での試合に出続け、当時正遊撃手だった二岡智宏の故障&不倫スキャンダルもあり首脳陣は坂本を遊撃手のレギュラーに抜擢する決意を固める。坂本もその期待に応えて、全143試合にフル出場し打率257、8本、43打点、10盗塁と高卒2年目の選手としては立派な成績を残した。新人王こそ同僚の山口鉄也に譲ったが新人選手特別賞を受賞した。この年以降、巨人の不動のレギュラー遊撃手として長らく活躍することになる。


2009年は1番遊撃に完全に定着し、打率306、シーズン打率3割も達成しベストナインも初受賞した。

2010年も引き続き1番遊撃手としてシーズン30HRも記録。巨人の遊撃手としてシーズン30HRを記録したのは坂本が史上初である。

2011年は全試合に出場したものの、やや不振でプロ入り初の減俸も経験。

2012年は持ち直し全試合に出場して打率3割を記録。この年は巨人が現時点では最後となる日本一も経験している。

2013年もリーグ優勝し、楽天との日本シリーズで田中将大とも対戦したが、3勝4敗で敗れ楽天に球団初の日本一を許す。シーズン成績は打撃面ではやや不振であったが、24盗塁とキャリアハイの盗塁数を記録している。

2014年は当時25歳で通算1000安打を達成し、これはNPB歴代3位となる最速記録であった。同時に通算100本塁打も達成。この年のオフに阿部慎之助の後任として主将に就任した。


2015年は初めて4番も経験。この年は打撃面はやや苦しんだがこの年以降遊撃守備は飛躍的に上達し、以後ゴールデングラブを巡るライバルだった鳥谷敬の遊撃守備での衰えもあり、ゴールデングラブの常連となる。

2016年は打率343で初の首位打者と最高出塁率のタイトルを獲得。守備負担の大きい遊撃手として首位打者を獲得したのはセ・リーグ史上初の快挙であった。同時にゴールデングラブ遊撃手部門としても初受賞。ポストシーズンでも周りが不振に沈む中唯一、孤軍奮闘しておりこの姿は『坂本個人軍』とも揶揄されていた。

2017年はWBC日本代表にも選出され、シーズンでは通算1500安打を記録して2年連続ゴールデングラブ賞も受賞。この年が現時点で二桁盗塁を記録した最後の年である。

2018年は、打率345とキャリアハイの打率を残したが当時中日所属のダヤン・ビシエドが打率348で首位打者になったため、2回目の首位打者とはならなかった。

2019年は、この年はバントをしない攻撃型の二番打者としてシーズン40本塁打を記録。このシーズン40本塁打は巨人の生え抜き右打者では最多記録で、あのスーパースターであった長嶋茂雄もできなかったとんでもない記録なのである。遊撃手としても主に中日で活躍した宇野勝に次ぐ2人目の快挙である。チームもリーグ優勝し、当然のごとくシーズン最優秀選手(MVP)を受賞した。だがチームは日本シリーズでソフトバンクに全く歯が立たず0勝4敗と完敗してしまった。


2020年は、榎本喜八に次ぐ2番目の若さでの通算2000安打を達成した。この年もチームはリーグ優勝したが、前年と同様にソフトバンクに全く歯が立たず0勝4敗と完敗。この2年の結果は野球ファンから0-8とも呼ばれることも

2021年は、同姓同名の坂本勇人(捕手)が入団*4したこともあり、スコアボードの表記がフルネームの坂本勇人になった。この年は東京五輪野球日本代表にも選出され、日本の金メダル獲得にも貢献している。この年に通算400二塁打も達成しており、この通算400二塁打という記録というのは2000安打よりも達成困難な記録*5で、本人も2000安打以上に価値があると語っている。

2022年は、度々故障離脱することが多く、レギュラー定着以降初めて規定打席に到達できずシーズン出場試合数も100試合を割り込んだ。この年あたりから加齢のためか『遊撃手としてはそろそろ厳しくなってきたか?』との声が周囲から聞こえるようになっていく。

2023年は、ルーキーの門脇誠が高レベルの遊撃守備を見せたため、首脳陣も坂本と話し合い、シーズン終盤には長年守り続けてきた遊撃を門脇に譲り*6、三塁として出場がメインになっていた。打撃面は規定打席に到達して打率288,22本,60打点とまだまだ健在であることを証明した。


2024年は、完全に三塁手にコンバートして、遊撃手の経験値や元々の守備センスもあって高レベルの三塁守備を度々披露し三塁手としてゴールデングラブを獲得。打撃面でも史上2人目*7となる450二塁打も達成して阪神とのシーズン終盤の首位攻防戦でも代打で決勝タイムリーを放つなど要所では結果を残した。しかしトータルでの打撃成績は打率238,7本,34打点とレギュラー定着以降キャリア最低の数値に終わってしまった。


2025年は、打率208,3本,22打点と前年よりさらに成績が下降してしまう。スタメンを後輩に譲ることが増えてきたが、それでも代打の切り札として結果を残すことは多く、まだまだチームには必要不可欠な戦力として首脳陣やファンの期待も大きい。長らく共にチームを支えてきた長野久義が2025年限りで引退したことで2012年の日本一を知る最後の一人となった。


【選手としての特徴】


全盛期は、走攻守三拍子揃った遊撃手で、打撃面では特に内角打ちの名手で、どちらかといえば外角球の方が苦手としているためか死球が非常に少ない。遊撃手としては特に長打力は歴代でも1、2位を争うパワーの持ち主でシーズン30本塁打以上記録した遊撃手は坂本の他に松井稼頭央や宇野勝など歴代で数える程しかいない。


一時はペース的に張本勲の通算安打記録更新も狙えると言われていたが、近年の結果や坂本自身の年齢も考えると達成は困難だと言われることがOBやファンに言われることが多いのは否めない。だが、まだ可能性は残されておりどこまで安打を積み重ねられるか注目されている。


走塁・盗塁面では、全盛期はシーズン20盗塁以上複数記録し成功率も高いなど盗塁技術も高く、トリプルスリーも夢じゃないと言われることも多かったが、現時点で30盗塁以上記録したシーズンはない。


守備面では、若手の頃に宮本慎也に弟子入りして守備技術を磨いていった。特に全盛期の遊撃守備は強肩で守備範囲も非常に広かった。その守備範囲の広さで追いつける打球が多い故に失策も少なくなかったが、本人は守備率より守備範囲を重視しており、『消極的に守ることはしたくない』と語っていた。また若手の頃は当時の左翼手のレギュラーが守備難のアレックス・ラミレスだったことからラミレスのカバーをする所謂『ショフト』として守ることが多かった。三塁手にコンバート後も元々遊撃手だったこともあり高レベルな三塁守備を度々披露している。


巨人という名門球団の生え抜き遊撃手スター、右投右打とMLB・ニューヨーク・ヤンキースのスーパースターであったデレク・ジーターと共通する部分が多い。坂本本人もジーターを尊敬し目標の存在としており、ジーターも坂本が通算2000安打を達成した際には祝福のメッセージを送っていた。東京五輪の際には『日本のジーター』と海外メディアから評されていた。


【エピソード・余談】


  • 前述の通り、田中将大とはリトルリーグ時代(小学生)のチームメイトでバッテリーも組んでいた。当時は仲は悪くもないが、つるむグループが異なっていたため特段仲が良かったわけでもないという普通の関係だったとのこと。何の因果か田中が2025年に巨人に入団したため、25年の時を経てプロ野球という舞台で再度同じチームに所属することになった。

  • 野球選手としては右投右打だが、実生活では左利きである。

  • 打席でのテーマソングはGReeeeNの『キセキ』。彼の打席を見たことがある人でこの曲を聞いたことがない人はいないであろうと言える程の代名詞と言える曲となっている。

  • 子供好きで子供には優しく、母子家庭や児童養護施設の子供達を東京ドームに招待する『坂本勇人シート』を設けるなど社会貢献活動を積極的に行っている。後輩からも慕われており、同じ巨人の若手選手は勿論、他球団の後輩も坂本に弟子入り志願をすることは多く、オフに多くの若手と共に自主トレを行っている。その反面、女性関係についてはお察しください

  • 2008年ではなんと2年目ながらオールスターゲームにファン投票で選出され初出場を果たした。……のだがベンチに座っていたらその後ろで原監督、中日落合監督阪神の岡田監督が談笑を始めてしまいなんとも微妙な表情をしている写真がちょっとしたネットミームになっている。とはいえ今ではその3人に匹敵するくらいの成績を残しており、件の写真は「大物4人の邂逅」となっている。


追記・修正するならするで早い方がいいやろ?


この項目が面白かったなら……\ポチッと/

最終更新:2026年06月08日 18:04

*1 2024年は三塁手部門、それ以外の年は遊撃手部門

*2 2025年終了時点

*3 田中は当時捕手であった。

*4 尚、捕手坂本勇人は2002年生まれと坂本が中2の頃に誕生しているため、完全に偶然である。

*5 2000安打は2025年シーズン終了時点で坂本をいれて56人いるが、400二塁打は坂本を入れても歴代15人しかいない。

*6 しかし門脇は打撃で結果を残せず、後に入団した泉口友汰に遊撃手のレギュラーを奪われてしまう。

*7 後1人は通算二塁打記録歴代1位の立浪和義