この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
「あなたの相手はレシェールさんです」
イヴァネの鼓動はドキドキしていた。学年一のマドンナであるレシェールさんが僕の相手だなんて。。。
恋愛共産党が政権を奪取してから15年。国家が恋愛を統制するようになってから、僕たち学生の生活は一変した。思春期真っ盛りの年頃の男女に、国家が指名した適当とされた相手があてがわれ、ちょめちょめしなければならないのだ
「キミとするんだね...///よろしく...///」
「う、うん。よろしく...」
二人は互いに頬を紅潮させながら、一緒のベッドに腰を落とす。
「レアルちゃんって呼んでいい...?」
「その名前で言われるの...は、恥ずかしいよぉ...」
彼女は恥ずかしそうに俯き、僕の胸はうるさい音をずっと出して鳴りやまなかった。
お互いに見合って、恥ずかしく思いながら、彼女をゆっくりと押し倒した。
物心ついてから数年のころ、ふと家族の書斎をのぞき見していた時、「そういう本」を見たことがある。イラストと文字、手書きのオノマトペが付された、開くだけでなんとも言えない罪悪感が湧いてくるあの本。それを見たのは一度だけだったが、恋愛とかそういうのについて、僕の中の価値観はちょっとずつ固まっていた。しかし、いざこういう場に立って、イラストでない女の子を目の前にすると、頭が真っ白になってしまう。どうすればいいんだろう。相手が幼馴染とかならプロレスごっこみたいに戯れることができたのだろうが、レアルちゃん……でなくレシェールさんのような女の子を目にすると、全く感覚が違う。同じくらいの年齢で、立場的に学校の同級生と変わらないはずなのに。
そういうわけで、レシェールさんをゆっくりと押し倒してみたはいいものの、そこから次は何をしたらいいんだろう。胸を触るとか? キスをしてみるとか? でも、僕の欲望のままやって彼女の意思を尊重しないのも忍びないから、どこか愛撫してあげないといけない。どうすればいいんだろう――
「……あ、チャイム」
合っているのかどうかもよくわからない「愛撫」と、ちょっとだけ僕の汚い欲望を満たして、チャイムが鳴ってしまった。時間にして30分ほど。僕たちは、国家にあてがわれたパートナーとのこういう時間がたまにあてがわれ、その間に「交流を深める」ということを強いられる。
「じゃ、じゃあ、また二週間後に、よろしくね、レアルちゃん」
「あ、え、う、うん……」
こうして謎の時間を過ごしてから、普段の授業に戻っていく。次の外国語の授業に向かう途中、友人のアレス君と合流した。彼も僕と同じように、パートナーとの時間を過ごしてきたはずだ。こういうとき、ほかのみんながどう思うのかよくわからないけど、僕はさっきのあの情緒が乱されそうな体験をしたせいで、急に親しい友人に会って若干ぎこちない。そんな僕をよそに、アレス君は気さくに話しかけてくる。
「やあ、お前のところの子はどうだ?」
「え? いや、まあ、結構いろいろ進められたよ」
「進める? おいおい、まさかいきなりベッドに入ったとかじゃねえだろうな? まずは会話してお互いの理解を深めるところからだろ? 相変わらず不器用みたいだな、イヴァネ君」
「うるさいな、こっちだって頑張ってるんだ」
そんな事を言ってから、アレス君と別れる。彼はもう既にパートナーと適切な距離感を達成しているのだろうか?
そんな事を考えつつ、外国語の教室に移動する。頭の中には昨日の情景と不安定に行き止まった関係性の心持ちだけが日常を見出しながら回転していた。
「
ユーゴック語で fistir という単語は多様に解釈される。お前らは思春期だから、辞書読んで馬鹿にするだろうがここは重要だからな! おい、ハースチウスナ! 居眠りは禁止だ、起きろ!」
指摘された生徒がびくりと震えて、起き上がる。口の端に涎を垂らしている。僕はふと視線を向けたが、目の前のホワイトボードにすぐに戻した。
恋愛共産党は何故こんなことをするのだろう。僕たちが自由に恋愛できれば今みたいに悩むことだってなかったはずだ。今だって授業を受けながら上の空だ。レアルちゃんとの関係だけではない。全ての人間関係が疑わしくなってくる。国も、親も、友達も、実は「形作られた人形」ではないか?
(なら、本当の人間は僕だけか?)
思い立って、やっと気づいた。なら、僕は武器を取って狂気の人間たちを目覚めさせるべきなのではないか?
いきなり、僕は席を立ち上がった。授業をしていた先生はきょとんとしてこちらを見る。
「ターフ・イヴァネ君、どうした?」
「体調が悪いので――」
「保健室に行きなさい」
ぴしゃりと言われてしまった。だが、もはやこっちのほうが都合がいい。今から起こることは、性を悪戯《ぴすてぃる》に扱った社会への反乱。新しい革命だ。
僕のクラスのある棟からずっと歩いた職員棟の中にある保健室。
長い廊下と階段を歩いたことに少し疲れを感じながら、保健室の中に入ると、さっきの時間にあったレシェールさんがいた。
「あ、レシェ、レアルちゃん...昨日ぶりだね...」
授業で晒してしまった醜態に気まずさを感じつつ、そう挨拶をした。
「イ、イヴァネくん...」
「昨日はごめんね...僕のせいで...」
「ううん、いいんだよ。気にしないで」
彼女のやさしさに感銘をうけた直後、
「ねえ、イヴァネ君...授業で、fistirってやったでしょ?」
彼女の口から出てきた言葉は想像もついていなかったことだった。
「イヴァネ君...君はもう気づいてるんでしょ?」
突然の内容に少し身を引いてしまった。
「国からこんな悪戯《ぴすてぃる》されて、決められた相手とまぐあう...私たちの関係って本当に心から望んだ関係なのかな...」
「レシェールさん...」
僕と同じような考えを持っていたことに驚いたが、これは絶好のチャンスだと思った。
「レシェールさんもそう思うんだね。こんな政策を続ける国も共産党も国民もみんなおかしい!」
レシェールさんは保健室のソファから立ち上がり、僕に近づいた。
「「「AM MO AAM JE FISTIRNAR」」」――
気が付けば、僕とレシェールさんは声を合わせていた。校舎の中に、僕ら二人の合唱が響き渡る。それはぴすてぃる教の讃美歌 Finaaris だ。社会的な抑圧に先導されたゆがんだ愛の形が、自らの意思に基づく真の姿への変態を望んでいる。二人の声はぴすてぃるの喜びをもう一度解明し、*人形*と化した人民をまことに人たらしめる。
合唱の響き渡る保健室に、心配になった先生たちが駆けつけてきた。
「こ、これは……まずいぞ、『覚醒』してしまった」
「クソっ、政府だってこうなることはわかっていたはず! なのに――」
僕たち二人は、ひとしきり歌い切った後、先生たちの方を見た。僕たちの歌声が校舎中に響き渡っていたのだろうか。しかし、なぜいきなりこんな大声で歌い始めてしまったのだろうか?
「あ、先生、その、えっと」
「もう君たちは手遅れだ。『徹底された愛の管理により必ず自分にマッチした最適のパートナーと交われる』としてぴすてぃるを再定義したところで、ぴすてぃる京都がそう簡単に引き下がる筈が無い。そのマッチングに不満を少しでも抱いたら、ヤツはすぐにその精神に入り込んで、自由恋愛としてのぴすてぃるを叫び始める。前から懸念されていたことなんだ! それなのに政府は徹底的に無視し続け、強硬的にこのような策を」
「スカースナ先生、もうこの子たちにその話をしても無駄ですよ! ぴすてぃる京都の声を聴いてしまっては、もう後戻りはできない、早急に捕らえて『駆除』を――」
「無駄だよ先生、ぴすてぃる京都はもうすぐそばにいらっしゃる……」
レシェールが先陣を切った。優秀な彼女にはすでに、あの御方が見えている。レシェールはどこからか
メシェーラを授かり、先生の心にひびを入れる。
「ぐわあああ!」
「これが解放の欲望……先生がどんどん若々しく、獣の様な目つきになっていくぞ」
レシェールに治療された先生はさっきまでの強面がなくなり、晴れやかで活発的な目になった。まるで、自信に満ち溢れ、未知の快楽を渇望し、自分の意志で積極的に性活を嗜む、あのアレス君のように。
「そうか、アレス君、君が『ぴすてぃる京都』」
「いかにも、ようやく覚醒してくれたね、二人とも」
そういって、ぴすてぃる京都は両腕を振るった。
「領域展開――ぴすてぃる尽くし」
「なにッ!?」
抵抗しようとする教師は全て身体が磔になったかのように強ばる。瞬間、晴れ晴れとした晴空の風が辺りを駆け巡った。
「ぐぁあああああああああああ!?」
教師たちの邪念は浄化され、そして彼らもぴすてぃる教徒になっていく。そう、全ては「あなたも私もぴすてぃる教徒」とぴすけるに書かれた文言が成就されるために。
「さあ、立ちなさい。我々の戦いはここからです」
そういって、ぴすてぃる京都は腕を振るう。眼の前に居る全ての人民は、抵抗の意思を持ったぴすてぃる教徒だった。
最終更新:2024年10月21日 01:27