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事象の上滑り

じしょうのうわすべり

Dies Entelecheiaの用語。

アカシャアーシェ)に生まれつき備わった体質で、彼に都合がいい形で世界が滑る。彼は事象はすべて自分の表面を上滑りする茶番と表現した。言わば「勘違いされやすい」体質で、これは輪廻転生を経ても拭うことのできない彼の業。

これは常に起こるもので、誰も彼もがアカシャの気持ちや行動を何か深い意味はあるのだと曲解し、何か好意的な解釈をしてしまう。
対人戦では適当な行動をしてもアカシャは勝利できる。何故か相手は頭に血が昇って短慮な行動をするとか、本来の性格や特性を無視し起承転結の起結をそのまま繋げたような状況に持っていく。
アカシャの事象の上滑りは機械に対しても効果があり、武器などで死ぬような目に合わない。

滑る深度は個人差があるようだが、最後は決まって「さすがです、アカシャくん」となり、とても都合の良い好意を向けられる。例え明らかにおかしい、適当すぎる形であっても違和感なく受け入れられてしまう。
真実を打ち明けても、お前たちはおかしいと怒っても正しくは伝わらず、勘違いが加速する。
彼は正しく評価されない、成功を得ることはできない、何もしなくても勝手に周りが盛り上げる。誰も自分を理解してくれない、他人と分かり合うことも出来ない。

しかもアカシャ本人にコントロールできるわけではなく、上滑りがどんな形で起こるのかわからない。そして上滑りは必ずしもアカシャが好ましいと感じる展開になると限らず、テロリストに祭り上げられてしまう可能性もある。

アカシャは公正な評価を得るために戦場や災害の起きる場を求めた、ただモブのように散るのが救いになると信じて。自暴自棄にもなり、善悪関係なく何とか正当な評価を得るために色々と試していったが、もはやアカシャは何も期待していない。第五神暦12025年における彼は怒りすら超えて深い諦観を抱き世界全てに失望しきっている(彼は輪廻の一番初めの人生の時点から既に上滑りで自暴自棄になっていた)。
このようなコミュニケーション不全の状態で皮肉な経験を積み重ねているため、輪廻転生の世界でも彼は正しく成長することができない。
しかしそんなアカシャも回帰の蛇の力を借り、自らの前世から人生をやり直していく中で失敗と向き合い、転生を伴う正しい成長を一歩ずつ進めていくことになる。

長年悩まされたアカシャにとっては苦痛の一言だが、視点を変えれば得な立場でもある。ゆえにアカシャはこの特性を利用すれば花冠の姉妹たち(神の子どもたち計画の娘)にマシな人生を歩ませることが出来るではと考えた。例えばキリクなど身体を差し出さなくても好意を向けてもらえるだろう。
具体的な方法としてはアカシャの記録を神座核から引き出し骸装してもらうというもの。

上滑りの例外

上滑りに幻惑されないのは神などの超越者たち。アカシャは特異だが、それでも神の視点からすれば有象無象(みんな)の一つに過ぎない。

そして神の影響を受けたもの(求道神サハスラーラを由来としたコウハ神座核などの神域のテクノロジーなど)はその上滑りを軽減できる。
アカシャがコウハを介し、かつ随神体を操縦している時は大体50%は抑えられるような感じ。
コウハが普及している第五神暦502年における一周目のアカシャは、もうやる気をなくしており、その状況を活用できなかった。

また、テレサはその覇道の性質上幻惑される確率が低かった(それでも黄金の獣覇道の影響を受けるまでは酷かったようだが)。

異常に異常をぶつけても無効化されるという理屈で、シャガ病の罹患者には事象の上滑りが効かない。当然、シャガ病の原因であるナーロウにも効かない。

ダヌワンタリでは、冒険者ギルドで強力なスキルを有するA級冒険者たちには上滑りが通じない。その理屈は不明だが、アーシェがまともに成長できた一因である。

原因

アカシャは極小ながら輪廻の法に綻びが生じたことにより発生した、本来この宇宙に招かれるべきではない。上滑りは女神権能が及ばぬところに彼が存在する結果であり、誰かが悪意を持って彼をそうしたわけではない。突き詰めれば単に運が悪かっただけ。

サハスラーラの推測では宇宙を編み上げる膨大な活字や色彩である我々(“みんな”)の中から孤立した者は、例えば誰からも認識されなかったり、曲解や不協和音を招くだけとなるだろう、とした。本来なら個々は取るに足らない欠片でも、真に無意味で無価値な存在はゼロのはず、なのだがアカシャには世界に対する役割とやらがなかった。
そんな彼も自身の死をもってサハスラーラ求道神にするという重大な役を果たした結果、アカシャの最期は回帰転生をしたとしても非業の死で終わり、それが基本かつ限界になってしまった。彼はもうそういう形でしか世界に関わることができず、そういう時になって上滑りは発生しなくなる。

アカシャが零の時代に関係するのかどうかは未だ不明ではあるが、のシステムありきの世界においては、零に類するものやそれに近い存在は、個という形では歪ながらも成立する、という話がある。

第五神暦502年のアカシャの終わりは非業の死とは言い難い。二周目のアカシャの選択と経験が何かしらの影響を与え始めているのかもしれない。


備考

例えるなら「またオレ何かやっちゃいました?系主人公」になってしまう体質である。
主人公は強大な力を持つが、一般的な常識を持たないがゆえにその力に無自覚であり、無自覚に無双して周りを振り回しすごいすごいと持ち上げられる。そんなチート系主人公の一種である。

さすがですアカシャくんの元ネタはネットミームの「(さすおに(流石ですお兄様)」だろう。とあるラノベ作品のキャラのセリフを少し改変して広まっている。さすアカ。


関連項目



コメント

  • 作成感謝。やりたくないのに、またなにかやっちゃった事になるのは怖いな… -- 名無しさん (2025-12-20 10:33:56)
  • さすおにの方のお兄様も本人的にはめちゃくちゃ好ましくない生き方する羽目になったしな… -- 名無しさん (2025-12-24 23:12:21)
  • ↑妹が予想を超えてキモウトだったのはホント哀れだと思う。 -- 名無しさん (2026-01-26 16:48:31)
  • マグサリオンが事象の上滑り持ってたら地獄だったろうな、とふと思った。 -- 名無しさん (2026-04-10 15:47:03)
  • ただでさえ勇者の弟、真我の実践者と看做されることでの拷問状態なのにさらに悪化する…… -- 名無しさん (2026-04-18 22:54:04)
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最終更新:2026年04月18日 22:54
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