概要
歴史
スレテアの暦は転移の年を境に二つに割れ、港の時代を業暦で、島に移ってからを共立公暦で数える。
星間時代
転移前のスレテアは、複数の恒星系にまたがる星間社会で名の知れた港湾都市であった。各星系の自治政府が緩やかに手を結ぶ中、星系を行き来する貨物は港で積み替えられ、巨大な軌道ステーションと地上の施設群に、物流の太い流れが集まった。港の実権は早くから企業連合体の手にあり、公権力は後ろから追いかける立場に甘んじてきた。治安の維持さえ民間の傭兵組織に請け負わせる慣行が根付き、通りの警備も貨物の護衛も、金で雇われた者たちが受け持った。利権を巡る企業同士の諍いも、傭兵の銃火で片付く例が多かったという。業暦152年(共立公暦978年)、
時空間異常が都市圏を丸ごと呑み込み、港は
共立世界のファーレリア本島に運ばれる。星系を結ぶ航路は一夜で途絶え、入港の予定表を埋めていた船の名は、行き先を失ったまま帳面に残された。
ベルリン戦争
ベルリン戦争が始まった同978年、企業評議会は星間交易で鍛えた情報網を張り巡らせ、情勢を他の転移勢力に先んじて掴むと、首都圏サー・フォスとの交渉にも真っ先に乗り込んだ。市の部隊は
大江戸をはじめ、
相模原連合の軍勢とも砲火を交えている。星間仕込みの技術水準を前に、両勢力の攻勢はたびたび押し返された。評議会が警戒の目を向けていたのは、むしろ
ユピトル中央の出方である。
リンベルーク市の呼び掛けた臨時同盟に加わったのも、中央の介入に備えて足場を固める算段からであった。他の転移者の行く末は評議会の勘定の外にあり、取り込める相手は取り込んで、かつての覇権を取り戻す腹づもりも、同盟の席に着いた時から胸の内にある。戦後の再編では、連合議会の議席配分と自治権の範囲を巡って学際連盟との折衝が長引いた。同985年、一定の自治を認める条件で話がまとまり、市は発足したばかりの
聖ツォルマール連合学区の構成自治体の列に加わった。
社会
評議会への忠誠や郷土への愛着を育む土壌は、星間時代から市内に欠けたままであった。
階層
星間時代のスレテアでは、企業が人を雇ってから使い潰すまでの一切を企業の裁量が占め、下層の市民が人間らしい扱いを求める機会もほぼ閉ざされていた。比べる相手を欠いた閉じた競争社会において、過酷な待遇を疑う声が運動に育つ契機は稀で、貧困層は黙ったまま世代を重ねてきた。住まいの区画にも階層の線は引かれ、富裕層の居住区は企業の警備網に囲まれ、下層の街区では傭兵組織が通りを仕切る。両者の境には検問の門が立ち、企業の発行する通行証を持つ者だけが向こう側に通される。門の前には夕刻ごとに列ができ、居住区で働く下層の使用人たちが、身分証を手に順番を待つ。下層の住民は自衛の手段を身に帯びて暮らしており、腰に銃を提げて朝の街路を歩く姿は、街の風景の一部になって久しい。身を守る備えは親から子に手渡され、雇い主に守られる者と自分で守る者とを、腰の得物の有無が見分けている。
社会保障政策の流入
公的扶助の考え方がスレテアの労働者に届いたのは、
聖ツォルマール連合学区への編入を経てからである。
ユピトル全土で運用される
社会保障制度の存在が市内に伝わると、国の手で暮らしが保障される仕組みそのものが下層の市民に衝撃を与えた。関心は瞬く間に街区を越えて広がったものの、受け止め方は人ごとに分かれている。制度を足掛かりに技能を身に付け、企業社会で正当な地位を得ようとする者がいる。制度の隙間を突き、犯罪に手を染める者が現れた一方、自らの腕だけを頼みに、傭兵として独り立ちする道を選ぶ者もいる。同じ通りの並びに、堅気の暮らしを望む者と稼ぎのために一線を越える者が軒を連ねる。人権の観点から地道な支援を続ける市民団体も街区に入り込み、利潤を目当てに乗り込んできた企業と同じ困窮世帯の玄関先で鉢合わせては、どちらが面倒を見るかで揉める光景も、街区の見慣れた一幕となった。
主な企業
評議会の議席を分け合う企業のうち、五つの企業グループが市の経済と政治の大半を押さえ、傘下の会社を通じて暮らしの隅々に根を張っている。
バースキア・S・アストロインダストリーズ
造船と航空宇宙の最大手にあたる。転移を境に、港湾の旧主から主座を奪い取った新しい覇者として知られる。航路が途絶えて貨物の流れが止まった後も、宇宙船の建造技術は値打ちを保ち続け、評議会の議長職は今も同じ陣営の手にある。新造艇の部品の発注は、議長の座を保つ票の数に見合う形で他社の下請けへ割り振られ、受注の台帳は議場の勢力図の写しとも読める。本社の重役は傘下の三社の長を兼ねる慣わしで、役員会議は造船廠の船台を見下ろす管制塔の最上階で開かれる。創業家は技術者の家系を誇りとし、跡継ぎには経営の席に就く前に船台で工員として働く年季が課される。転移の直後、評議会が中央との交渉に差し出した手土産の多くは同社の技術資料であり、取引の窓口に立った功績が主座への足掛かりとなった。造船の大手に勤めることは市の若者にとって出世の証とされ、社員寮の窓辺に干された作業着の数は、景気の良し悪しを測る目安として街区で語られる。
バースキア軌道造船廠
軌道上に浮かぶ船台群を本拠とする。主に輸送船と高速艇の建造を引き受けて久しく、企業集団の中核として知られた。船体は無重量の作業区画で組み上げられ、完成した艇は地上の試験場を素通りして軌道から直に引き渡される。工員の多くは船台の脇に設けられた居住区画に寝泊まりし、地上に降りるのは月に数度の休みの日に限られる。発注元には市防衛隊のほか、連合学区の他の自治体と島外の商社も名を連ねる。船台の数は議長の座を保つ力の目安とも見なされ、増設の噂が流れるたびに他社の株価が揺れる。工員の間には、初めて自分の手で組んだ艇の識別番号を作業着の裏に縫い付ける習わしがある。軌道と地上を結ぶ連絡艇は日に何度も往復し、交代の工員と資材を載せた便は、港の旧主の管制局が割り当てる時間枠に従って飛ぶ。造船の大手にとって軌道の拠点を保つことは、旧主の手綱に繋がれたまま働くことでもある。
S・ケルマード推進機関研究所
推進機関の設計を受け持つ。企業集団の技術の心臓部にあたり、新型艇の性能は、ここで描かれる図面に懸かる。所員の多くはミラストン工科大学の研究所の段を経て採用された技術者で、大学側の研究室と所内の実験室は同じ廊下で繋がっている。試作機の噴射試験は港の外れの試験場で夜を徹して続き、試験のある夜には、近隣の街区に警報の鐘が響く。研究成果の多くは社外秘の扱いを受け、連合学区の技術当局に届け出る書類も、肝心の数字を伏せた形で提出される。所長の椅子は、議長職の後継候補が一度は座る席とされ、研究所で挙げた実績は評議会での発言の重みに直に置き換わる。研究所の正門には守衛の詰所に加えてグレイマントル警備団の分遣隊が詰め、出入りする所員は入構のたびに持ち物を改められる。他社の諜報を警戒する空気は濃く、所員同士の雑談に図面の話題が上ることはまれである。
テルヴァスケル工廠
市防衛隊に高速艇と兵装を納めており、企業集団の中で最も評議会に近い位置を占める。発注は評議会を通じて下されるものの、仕様を決める会議には工廠の技師長が必ず同席し、軍の要望と工廠の都合が同じ机の上で擦り合わされる。工廠の敷地は市防衛隊の基地と塀一枚で隔てられており、整備の手が逼迫する夜には、工廠の工員が塀を越えて格納庫に駆り出される。議長を出す陣営が市の武装まで抱え込む構図に、他の四社は警戒の目を向けてきた。東部諸侯に贈られる武器の手入れ用の部品も、工廠の倉庫から積み出されている。工廠の工員には市防衛隊の予備役を兼ねる者も多く、有事の召集では、組み上げた艇に自ら乗り込む手筈が整えられている。納入の遅れは議長の失点として議場で突かれるため、工廠の工程表は、評議会の会期に合わせて毎期組み直される。
パルクシオ・オービタルズ商環公司
転移以前の世界では、船の出入りそのものを支配していた。今は、議場の片隅で主座の奪還を窺う立場にある。転移で航路が途絶えると、軌道ステーションの使用料で潤った本業は一夜にして痩せ、議長の座も造船の大手に明け渡した。手元に残ったのは埠頭の管制権と倉庫の網であり、旧主はこの二つを足場に生き延びる道を探っている。本社の金庫には星間時代の航路図と寄港の権利証が今も収められ、いつか航路が戻る日に備えて、権利の更新手続きは毎年律儀に繰り返されている。主座を失った日の評議会の議事録は、本社の役員室の壁に額装されたまま掛かる。重役の顔ぶれは港の時代から続く数家の世襲で占められ、若手の登用を求める声が社内で燻り続けている。傘下の会社は港湾の権益と陸の物流の二本を柱に据え、旧主の看板を辛うじて保っている。株主総会では毎年、航路の復旧に備えた積立金の扱いが議題に上り、取り崩しを求める声と守り抜く声が拮抗する。
環港管制局
市内の発着を捌く管制局は、旧主の手元に残された権益の中で最も重い一枚である。高速艇の離着陸も輸送船の入出港も、管制局の割り当てる時間枠に従って動き、枠の配分は造船の大手に掛ける唯一の手綱となっている。管制塔の当直は星間時代の流儀を守って三交代で回され、交代の際には、航路が途絶えた日の最後の通信記録を読み上げる習わしが今も続く。枠の割り振りに便宜を図った見返りとして、他社からの贈り物は管制局の幹部の机に今も届く。受け取りの台帳は、本社の金庫の奥で航路図と並んで眠っている。管制局の職員は港の時代の制服を着続けており、袖口の擦り切れた紺の上着は、旧主の誇りの名残として街でも目を引く。造船の大手が独自の管制施設を軌道上に設ける構想は幾度も持ち上がり、構想が浮上するたびに、旧主は時間枠の割り当てを渋って揺さぶりを掛けてきた。
グリスカ陸運
航路を失った旧主が転移後に興した。島内の陸路に荷の流れを付け替える役目を負う。創業の際には、埠頭で余った牽引車と荷役用の車台を改装して車列を組み、舗装の途切れた土地にも足回りを強化した車で乗り入れた。今では市内の物流の大半を担い、
ユウメラ自治領に向かう荷の多くも、同社の車列に載って運ばれる。運転手には武装市民の出身者が多く、荷台の脇に銃を据えた車列は、道中の追い剥ぎに睨みを利かせる。陸運の稼ぎは本業の痩せた旧主にとって貴重な収入源となり、社内では、港に代えて道に未来を見る若手が勢いを増している。車庫は旧い埠頭の倉庫群に置かれ、出発前の点検では、運転手が車列ごとに荷の目録を読み上げる。島の東へ延びる道は路面の傷みが激しく、車輪の交換に要る部品の調達は、会社の帳場を常に悩ませている。運転席の窓辺には、道中の無事を願う手製の飾りが下がる。
遠環荷役合作社
荷役人の組合を母体とする。東部諸侯へ荷を運ぶ道を押さえており、技術支援の品も、旧主の手を経てようやく城門に届く。組合員の多くは港の時代に軌道ステーションで働いた荷役人の子孫で、重い荷を担ぐ技と荷崩れを防ぐ結び方を、親から子に伝えてきた。諸侯の領地へ向かう隊列には品の扱いを教える技師が同行し、城に着いた荷は、技師が組み上げを見届けてから諸侯に引き渡される。合作社の帳場には諸侯から届いた礼状と注文書が積み上がり、追加の部品を求める書状の数は、年ごとに増え続けている。組合員は出資の額に応じて配当を受け取る一方、組合長の選挙では組合員一人に一票を割り当てる決まりが今も守られている。荷役人の結束は旧主の重役会にとって頼もしくも厄介な存在であり、運賃の取り分を巡る交渉は、年の瀬ごとに長引く。帳場の壁には、技術支援の品を初めて運び込んだ日の隊列の写真が掛かる。
メルジア・フィスカーラス・ルフィア
両替商の店先から興った金融集団は、市の資金の流れを帳簿一冊で見渡す立場を占める。議長職を争う造船の大手と港湾の旧主の双方に資金を貸し付け、勝負の行方を利息の勘定で天秤に掛ける手口は、両替商の時代から受け継がれている。貧困層の訓練事業に流れた資金は、数年後に育成契約を結んだ社員の名簿へ姿を変え、各社の人事部門に売り戻される。重役会議は今も月末の締めの日に合わせて開かれ、議題は前月の利回りの高い順に並ぶ。創業家の当主は代々表に出るのを嫌い、議場で口を開くのは雇われの代理人に限られる。本店は旧い両替町の石造りの建物に構えられ、正面の扉の上には、元の世界の幾つもの言語で利率を記した古い看板が今も掲げられている。取引先には市内の企業に加えて連合学区の他の自治体の公社も名を連ね、市の外で集めた預金が市内の投資商品に流れ込む経路を担う。
フィスカーラス清算銀行
企業間の決済を捌く清算銀行は、市内の資金がいったん集まる大きな溜め池にあたる。五つのグループの決済口座はいずれも同行に置かれ、取引の締めの刻限になると、各社の経理担当が窓口に列を作る。企業から集めた徴収金も同行の口座をいったん経てから市の会計に移り、評議会の金庫番の役回りまで兼ねる格好となった。融資の審査では、帳簿の数字に加えて、借り手の傭兵契約の履歴まで洗われる。金庫室は旧い港湾地区の岩盤を掘り抜いた地下に設けられ、扉を開く鍵は三人の行員が別々に預かる。口座を同行に置くことは五つのグループの取り決めで定められ、口座を引き上げる動きは、評議会に対する宣戦の布告に等しいと受け取られる。決済の締めに遅れた企業には延滞の利息が日割りで課され、遅れを繰り返した企業は翌月の融資枠を削られる。行員の制服には預かる鍵の数を示す刺繍が施され、刺繍の多い者ほど行内での格が高い。
メルジア取引所
主に市の証券取引を引き受ける。旧い倉庫街の一角に建ち、取引の開始を告げる鐘が鳴ると、仲買人の怒声が天井の梁まで響く。上場の銘柄には五つのグループの株に加えて、傭兵の契約札を束ねた証券も並び、札の相場は交換所の値と連動して上下する。株価は議場の力関係に直に響くため、議長の座を巡る噂が流れた日には、取引の量が一気に膨らむ。不正の摘発を受け持つ監視部門も置かれているものの、部門の長は取引所の役員を兼ねている。摘発の手は、外様の仲買人から先に及ぶ。取引時間の外にも、立会場の裏手の酒場では仲買人同士の相対の取引が続き、帳簿に載る前の値がそこで決まることも多い。仲買人の資格を得るにはイルヴォーン記念商学院の課程を修めるのが近道とされ、合格者の名は年に一度、立会場の壁に貼り出される。鐘の音は倉庫街の外まで届き、近隣の店の主は、鐘で昼時を知る。
メルジア相互保険
傭兵の契約に掛ける保険で、稼ぎを伸ばした。命に値を付ける商いを市で最も手広く営む。契約札の値が動くたびに保険料の算定表も書き換えられ、算定課の机には、交換所の相場を刻々と伝える端末が並んだ。保険金の支払いを巡る査定は厳しく、戦死の認定に要る書類が揃うまで、遺族は何か月も窓口に通い続けることになる。加入者が出資者を兼ねる相互の仕組みのもと、古参の傭兵の中には、配当を老後の蓄えに充てる者も多い。保険の加入は錨鎖士官学校の卒業時に小隊ごとにまとめて結ばれる例が多く、同期の小隊は、保険証書の上でも一つの名簿に並ぶ。傭兵のほかに、造船廠の工員と陸運の運転手も主な加入者に数えられ、危険の多い職ほど保険料の等級は細かく刻まれる。本社の窓口の隣には遺族向けの相談所が置かれており、請求の手続きを手伝う職員は、組合の古参の未亡人が務めることが多い。
ブラッドスクリップ・ギルド
傭兵の元締めにあたる組合の帳場を、市内で結ばれる傭兵の契約はほぼ全て通っていく。組合は武力を五つのグループのどこにも同じ値で売り、どの陣営とも等しく距離を保つ。組合を敵に回す企業が現れれば、翌日には、その企業の警備契約に付く札の値から先に跳ね上がる。組合の長は傭兵の互選で選ばれ、任期の間は特定の企業との個人的な契約を断つ決まりがある。本部は旧い港湾地区の酒場の二階に置かれ、組合員の出入りは昼も夜も続く。組合への加入には二人の古参の推薦が要り、推薦人は新入りの不始末の責めを共に負う。組合の印章は血の色の封蝋で押され、封蝋の欠けた契約書は、交換所でも警備の現場でも偽物と見なされる。組合員の死は帳場の黒板に名を書き出して告げられ、名が消されるまでの間、本部の酒場では弔いの杯が回される。新入りの腕は、組合の帳場が選んだ最初の一件で見極められる。
グレイマントル警備団
富裕層の居住区を囲む警備業を主とし、組合の稼ぎの土台を成す。灰色の外套は検問の門の内側を見回る者の目印となり、外套の襟に縫い込まれた番号で、雇い主は警備員一人一人の勤務の記録を照会できる。警備の契約は年単位で結ばれ、更新のたびに配置の見直しが行われる。居住区の住人に顔を覚えられた古参の警備員は、雇い主の家族の送り迎えまで頼まれる間柄となり、契約書の外で結ばれる信頼は、警備団の評判を下支えしている。下層出身の警備員が門の内側を守る皮肉は、街区の酒場で好んで語られる笑い話の種でもある。警備員の採用では腕前と並んで口の堅さが重んじられ、雇い主の屋敷で見聞きした事柄を酒場で漏らした者は、即日外套を剥がれる。外套の灰色には夜の街路に溶け込む色合いが選ばれ、居住区の住人は、見回りの足音で警備員の居場所を知る。
赤錆闘技会
主に
闘争競技の興行を仕切る。無名の傭兵が、名を売る舞台も兼ねた。闘技場は港の時代の貨物倉庫を改装した建物で、剥き出しの鉄骨には赤錆が浮き、観客席の手すりも錆で赤茶けている。試合の組み合わせは闘技会の番組編成係が決め、札の値が動きそうな対戦ほど、夜の看板の位置に据えられる。闘技場で挙げた戦績は交換所での札の値に跳ね返り、一夜の勝ち星で契約の格を一段上げた傭兵の噂は、翌朝には街区じゅうに広まる。賭け金の胴元も闘技会が兼ねており、試合のある夜には、客席の通路を札束の詰まった鞄を提げた集金係が行き交う。観客席の最前列は企業の人事担当の指定席となっており、試合の合間には、目を付けた傭兵の名を手帳に書き付ける姿が見られる。負傷した選手は闘技会の医務室で手当てを受け、治療費は次の試合の賞金から差し引かれる。
スクリップ交換所
組合の帳場の表の顔にあたり、命の値段を刻んだ契約札が売り買いされる。相場の上下は、組合が抜く手数料の厚みを日ごとに変え、夜半にも書き換えられる掲示板の前は、札の値を確かめに来る傭兵で終夜の賑わいを見せる。札の売買は企業の人事担当と傭兵の代理人が向かい合う競りの形で進み、競り落とされた札は、組合の印を押されて初めて契約の効力を持つ。錨鎖士官学校を出た同期の小隊には、新顔でありながら上位の値が付く例も多い。過去の札を綴じた古い台帳は交換所の地下に積まれ、引退した傭兵が若い頃の自分の値を確かめに訪れることもある。競りの立ち会いには組合の記録係が付き、落札の値と買い手の名は、その日のうちに台帳に書き写される。札の値が急に下がった傭兵については組合が理由を調べ、病や負傷による値崩れであれば、相互保険への加入が勧められる。
聖ガルトリジア・コンツェマトリクス
転移直後の評議会に、交渉の材料を届けた。島の情勢を誰より早く掴んだ手腕を武器に、今も市の裏方に座り続けている。報じる話と伏せる話を選り分ける手際こそ、情報屋稼業の稼ぎの源といえる。他の四社の弱みを帳面に控えているとの噂も根強く、議長でさえ、告解線を使う通話では言葉を選ぶ。経営の頂に立つ者の顔と名は社外に伏せられ、評議会の席に着くのは、毎回顔ぶれの入れ替わる代理人である。社屋は市内の各所に散らばっており、本社と呼べる建物の所在を巡っては、社員の間にも幾通りもの噂が流れる。社内の役職には修道会に倣った名が付けられ、部長は院長、平社員は修士と記される。入社の儀式では、新入社員が社外秘の誓約を声に出して読み上げ、立ち会った上役が署名欄に黙って印を押す。社内の連絡は口頭を嫌い、指示の多くは封をした紙片で手から手に回される。
告解線通信
市内回線の大半を運営する。回線を流れる言葉を、通信の便宜と引き換えに胴元の耳に届ける。交換局は市内の地下に散らばっており、局の所在を知る者は一握りの幹部に限られる。料金は市内で最も安い水準に据えられ、安さに惹かれた下層の住民の通話も、富裕層の密談も、同じ交換局の機械を通る。通話の記録は一定の期間を過ぎると消去されると約款に記されているものの、消去の手続きが実際に行われているかは、胴元の幹部だけが知る。回線の故障を直しに来る保守員は、住人の間で愛想の良さと口の堅さを同時に噂される存在であり、戸口に立つ姿を見て、家の中の会話を控える者も多い。回線の契約者には、故障の際に駆け付ける保守員の名札の番号が通知され、番号を照会する窓口は電話一本に限られる。交換局で働く技師は、家族にも表向きの勤め先を名乗って暮らす。
グレイリード調査局
調査・信用情報業務を主とし、採用と取引の裏で静かに働く。応募者の経歴を照会する依頼は各社から日々舞い込み、調査員は街区の酒場で聞き込みを重ねて、育成契約を破って街区に戻された学生の行方まで記録に残す。洗い出した素性は、紙面に載る前に値札を付けて当人に買い戻させる例もあり、記事の差し止めは裏の商品の一つに数えられる。調査員の身分証は社名を伏せた偽装の名刺と対になって支給され、身元を明かす場面は、局の内規で細かく定められている。調べ上げた記録の写しは、胴元の帳面にも必ず一部が回される。依頼主の名は調査員にも伏せられ、報告書は番号だけを記した封筒で、指定の私書箱に届けられる。資料室には市の主だった人物の身辺を綴った冊子が年ごとに積み増され、冊子の厚みは、綴られた人物の市での重みを物語る。
ワイヤーサイド・プレス
市内で最も読まれる報道社の紙面には、胴元が公にしてよいと判じた事柄だけが載る。朝刊は市の公示を兼ねており、評議会の議決も企業の人事も、まず同社の紙面で市民の目に触れる。記者の多くは聖ネリスガード情報学院の卒業生で、紙面に回る話は取材で得た話のごく一部にあたり、残りは調査局の帳面に流れ込む。
共立英語で綴る連合学区向けの版も刷られ、市の言い分を学区の外に届ける窓口の役も担う。印刷所の輪転機は夜明け前に回り始め、刷り上がった束を積んだグリスカ陸運の車列は、朝一番に街区の売店を巡る。社説は無署名で掲げられ、筆者の名は編集局長の金庫に収められる。売店の店主には部数に応じた手当が支払われ、他紙を並べる店には、配達の順番を後回しにされる報いが待つ。号外が刷られる夜には、評議会の議決の報せより先に編集局の電話が鳴り始めると噂される。
学園
市内の学校は、学区制度に応えて建てられた公の大学と、企業グループが抱える系列校の二筋に分かれ、いずれも企業社会への入口を兼ねている。
スレテア市立総合大学
今日のスレテア市内において、最も大規模な学園組織である。学園自治の受け皿づくりは編入直後の急務となり、成立した。評議会は五つの企業グループに出資を募り、
ユピトルの学園制度に沿う公の大学を市の名で建てている。運営資金は国から交付される学園助成金に各グループの出資を上乗せして賄われ、理事の席も出資の比率に従って配られた。講義棟には旧い港湾地区の倉庫を改装した建物が多く、天井の高い講堂の梁には、荷役用の吊り具を外した跡が今も並ぶ。付属機関の都市政策研究所は、評議会の諮問を受けて市政の実務を調べ上げる。答申の草稿は、議場に届く前に出資元の机を一巡りするのが常である。学位記には評議会議長の署名が添えられており、卒業の季節になると、各社の採用窓口に学位記を抱えた若者の列が伸びる。
スレテア市立総合大学付属カレッジ
大学の付属校にあたるカレッジは、教育区分のカレッジの段を受け持ち、市の若者の多くが最初に学籍を得る学び舎となっている。校舎は富裕層の居住区と下層の街区の境に建ち、下層から通う生徒は、学生証を通行証の代わりに掲げて毎朝検問の門をくぐる。同じ教室には企業の重役の子弟と育成契約を結んだ下層の子供が肩を並べ、昼休みの食堂では、座る卓の位置にまで出身の差が表れる。校内に置かれた生徒会は、学区制度の上で市の教育行政を預かる立場にあり、予算の要求書も行事の計画も、形式の上では生徒会の名で評議会に提出される。書類の文面を整えるのは出資元から派遣された事務官であり、生徒会室の机の引き出しには、各グループの社名入りの便箋が揃って収まっている。門の検問所では生徒の通過が時刻ごとに記録され、遅刻の常習者は、学校より先に警備団の帳面で名を知られる。
ミラストン工科大学
付属スクールに始まる教育区分の梯子を構内に揃え、船を造る人間を一貫して育て上げる。研究所の段を担う軌道工学研究所は親会社の開発部門と一体に運営され、学生の論文が新型艇の図面に化ける例も多い。構内の付属造船実習場には退役した高速艇が並び、学生は実物の船台に立って、外板の張り替えも推進機関の分解も手で覚える。卒業設計の審査には工廠の技師長が招かれ、合格した図面の持ち主には、その場で工廠の採用札が手渡される。工科大学の研究室には造船廠から不具合の部品が持ち込まれ、原因の解明は学生の卒業研究の題材に回される。構内の食堂の壁には、歴代の卒業設計から採用された艇の写真が年代順に掛かっており、新入生は入学の週に、写真の前で先輩の手柄話を聞かされる。研究室の扉には、解決した不具合の部品が勲章の代わりに吊るされる。
ミラストン工科大学付属スクール
工科大学の付属校にあたる。教育区分のスクールの段を受け持ち、梯子の最下段から船造りの道を歩ませる。生徒の多くは造船廠と工廠で働く親を持ち、放課後には親の職場の見学が許される日も設けられている。算術と製図の授業に早くから時間が割かれ、卒業までに一隻の模型艇を自分の手で組み上げる課題は、創立の頃から引き継がれてきた。生徒が実習場を見学する日には、船台の周りに小さな見物の列ができ、将来の技師を数える工廠の人事担当も、列の後ろから品定めの目を光らせる。段を一つ昇るたびに作業着の袖章が一本増え、袖章の数を競い合う子供たちの声は、構内の朝の名物となった。教員には造船廠を退いた古参の工員が多く、教室の黒板には、図面の線と並んで現場の符丁が書き込まれる。卒業の日には、組み上げた模型艇が造船廠の展示棚に並べられ、出来の良い一隻には工員たちの拍手が送られる。
イルヴォーン記念商学院
金融集団の系列に属する。創業期の両替商の名を冠した学舎で、帳場の作法と数字の教育を重んじる。付属の市場分析センターは日々の相場を教材に変え、学生は取引所の値動きを追いながら、顧客勘定の写しを使って損益を弾き出す。学舎の中庭には両替商の時代の秤が据えられ、新入生は入学の週に、秤の皿に一枚の硬貨を載せて商いの誓いを立てる。講堂の正面には創業者の肖像が掛かり、入学式では新入生が一人ずつ、肖像の前で最初の帳簿に自分の名を書き込む習わしがある。卒業生の多くは清算銀行と取引所に職を得る。成績の上位に名を連ねた者は保険部門の算定課に引き抜かれ、傭兵の契約に掛ける保険料の計算に配される。試験の答案は帳簿の書式で提出させる決まりがあり、一桁の書き損じも減点の対象となるため、学生の指先には朱墨の染みが付いて回る。
イルヴォーン記念商学院付属夜間課程
昼夜の勤めを終えた社員に、学びの場を開いた。商学院の付属校として、教育区分の段を昇ろうとする大人を受け入れる。授業は終業の鐘の後に始まり、教室には清算銀行の窓口係も取引所の仲買人も、勤め先の制服のまま席に着く。上の段に昇って昇進の資格を狙う中年の銀行員は、昼の課程の若い学生と同じ答案用紙に向かい、採点も同じ基準で下される。受講料の多くは勤め先の企業が肩代わりしており、修了の成績は翌年の人事査定の書類に綴じ込まれる。夜更けの廊下では、試験を控えた受講生が互いの帳簿の写しを見比べ、職場で覚えた勘定の近道を教え合う。校舎の一角には子供を預かる部屋も設けられ、廊下の奥からは、講義の終わりを待つ子供たちの寝息が聞こえてくる。修了の日には、受講生の家族が講堂の後ろの席に招かれ、学位を受け取る父や母の背中に拍手を送る。夜間課程を経て管理職に就いた者は、後に続く受講生の推薦人を務める習わしがある。
錨鎖士官学校
主に傭兵の育成を手掛ける。同じ年頃の者で学年を組む流儀を守り、教育区分の梯子とは別の筋で人を育てる。付属幼年学校から上がってきた同期の顔ぶれは、卒業の日まで一つの小隊として固まったまま進む。教官の多くは組合の古参で、戦地で失った指の数を冗談の種にしながら、生き残る手管を教え込む。授業の多くは小隊単位で行われ、試験の点数も演習の評価も小隊ごとに付けられる。一人が落第すれば小隊ごと補習に回されるため、遅れた仲間を引き上げる工夫は、生徒同士の間でこそ磨かれてきた。付属演習場は旧い港湾地区の外れに広がり、崩れかけた倉庫街を舞台に市街戦の訓練が繰り返される。卒業した小隊は同じ名簿のまま契約に出ることが多く、同期の絆を売り物にする傭兵の評判は、学校の流儀に根を持つ。入校の日に小隊ごとに授かる錨の徽章は、卒業後も軍装の襟に留められ、同期の印として戦地まで連れて行かれる。
錨鎖士官学校付属幼年学校
同じ年に入学した子供たちを一つの小隊に組み、士官候補への道を幼い頃から歩ませる。入学者の多くは傭兵の子弟であり、親が戦地で命を落とした子供は、組合の積立金で学費を賄われる。寮では小隊ごとに一つの部屋を分け合い、食事の支度も洗濯も当番を回して自分たちで片付ける。演習場の土埃にまみれて育った子供たちは、そのまま士官候補の列に進む。年に一度の小隊対抗の行軍では、上級生の小隊が下級生の荷を担いで坂を登る習わしがあり、同期の外に広がる縦の絆も、行軍の道で少しずつ結ばれていく。入学の日には親に代わって組合の古参が付き添い、校門で子供たちの名を一人ずつ読み上げる。休暇の日に帰る家を失った子供たちは寮に残って小隊の仲間と過ごし、教官の家に招かれる年もある。朝の点呼は小隊長役の子供が受け持ち、号令の声の張りは、一日の評価の最初の項目に数えられる。
聖ネリスガード情報学院
情報の胴元に連なる。傍受と暗号の技を教える学び舎で、入学の際には、在学中に知り得た事柄の口外を禁じる誓約書への署名が求められる。付属の信号解析室では、市内の回線を模した訓練網に流れる符号を学生が読み解き、腕の立つ者は在学中から告解線の交換局に実習生として送り込まれる。付属記録写本庫の棚は市内外の文書の写しで埋まり、写本の整理を受け持つ学生は、閲覧を許された棚の範囲で力量を測られる。講義室は回廊に囲まれた石造りの建物に収まっており、沈黙を守る作法は廊下の歩き方にまで及ぶ。食堂の雑談さえ符号交じりで交わされ、聞き耳を立てた部外者は、数字の羅列に首を傾げて席を立つ。入学の選抜には筆記の試験に加えて、偽の機密を渡された受験生が数日のあいだ口を閉ざしていられるかを見る試しが組まれる。卒業生は親会社の各部門に散り、回線の向こうで交わされる言葉を、今夜も黙って書き留めている。
教育区分
市の構成機関のうち、
教育区分(エデュクレート)を採るのは、大手の一部と残り半数の学園群である。年齢の代わりに能力で段を昇る仕組みは、実力で人を選り分ける企業社会の物差しとよく噛み合い、企業は社員を学生として送り込み、上の段に昇らせてから昇進させる慣行を育ててきた。昼は工場の制服に身を包み、夜には学生証を首に提げる中年の技師も、構内では見慣れた顔に数えられる。福祉の技能訓練を足掛かりに入学する下層の大人も、同じ梯子の下段から昇り始める。段を昇る速さは人ごとにまちまちで、父と子が同じ段の教室で答案を書く日もあり、試験の結果を巡る親子の張り合いは、市内の酒場の定番の話題となった。段の認定を受けた社員には昇給が約束され、各社の給与表は教育区分の段の名で区切られており、段を一つ上がるごとに給与の等級も一つ上がる。
序列と雇用
学校の内でも外でも、
序列は企業が人を雇う際の物差しとして使われる。見込みのある下層の市民には、企業が学費と暮らしの費用を肩代わりする育成契約が持ちかけられ、卒業後に勤める年数が代価に充てられる。契約書は保護者(または保証人、代理保証業者)の署名と引き換えに各社の人事部門の金庫に収まり、途中で契約を破った学生は、肩代わりされた費用の全額を背負って街区に戻される。学生同士の決闘も、後援する企業の看板を背負った代理戦の色を帯び、勝敗の報せは翌朝には契約の相場を動かす。福祉で学業の時間を取り戻した下層の学生が序列を上げ始めてからは、各社の人事担当が街区の教室まで足を運び、有望な名前を巡る取り合いを繰り広げるようになった。契約の条件には企業ごとの癖があり、造船の大手は技術職の年季を長く取る一方、傭兵の元締めは前金を厚く積んで若い腕を引き寄せる。
政治
司法は企業間の紛争調停を主眼に据える仲裁機構が担い、取引上の係争を裁く場の色合いを濃く帯びる。
企業評議会
市政の行方を握るのは、大企業が送り込む評議員たちの合議であり、評議員は、それぞれ自社の利益を背負って席に着く。議席は出資額と市場占有率に応じて配られ、帳簿の上で強い企業ほど、議場でも大きな声を持つ。市長にあたる評議会議長は主要企業の合意で選ばれるものの、人事の行方は、たいてい五つの企業グループの力関係で決まる。市場で勢力図が塗り替わるたびに議長も入れ替わり、議場の顔ぶれは相場の浮き沈みを映して移ろう。立法と行政の分離は形の上で残るとはいえ、両方の権限を合議の場が握っており、権力の集中を危ぶむ声も上がってきた。選挙も株主議決権に準じて行われ、持ち株の多い者ほど一票が重い。株を売れば票も一緒に手放すため、市民の政治参加は、資産の出入りに連れて増えたり減ったりする。
連合学区の定めにより、株主の外にいる市民にも地方選挙の票が限定的に認められた。とはいえ、議場の勢力図を動かすには、市民の票はまだ軽い。
学園自治
学区制度の上で市の教育と学園自治を預かるのは、市立総合大学の理事会と生徒会である。理事の席は五つの企業グループの出資で埋まり、理事会の顔ぶれが評議会と重なるため、学園は実態として評議会のもう一つの議場にあたる。評議会が学園に目を付けたのは、
ユピトルの学園自治を、中央の手を押し返す盾に使える点であった。
学生理事会の上級委員会が市内の騒ぎに介入を図れば、評議会は大学自治を掲げて門前で押し返し、取り締まりの権限を学園の側、すなわち自らの手元に引き寄せる。中央の側も、盾の正体が学園の看板を借りた評議会であると承知のうえで、表立った衝突を避けて様子を窺ってきた。付属カレッジの生徒会長選挙では、系列ごとの学生が票を奪い合い、選挙の季節には各グループの宣伝車が構内の通りを埋める。
連合議会
聖ツォルマール連合学区の議会では、学区の代表を兼ねる評議会議長が市の席に着き、市はスレテア・グループの名で独自の会派を形成している。
自由運動党が長らく院内の最大勢力を占めてきた議場で、
転移者の地位向上を掲げる会派の台頭は勢力図を揺さぶった。しかし、社会福祉が政治の争点に浮上すると、会派は意外な方向から追及を受ける。転移者の権利擁護を旗印に掲げながら自市の貧困層を放置する矛盾が議場で突かれ、会派は対応を迫られた。追及の余波は評議会の内部にも及び、福祉制度の流入を体制への挑戦と見る勢力に、商機を見出して取り込もうとする勢力が拮抗する。一枚岩の意思決定は揺らぎ始め、是非を論じる段階はとうに過ぎて、議論の中心は事業の主導権を誰が握るかという実利の争いに移りつつある。
経済
市の歳入の大半は、企業から集める徴収金と取引に課す手数料で賄われ、市民に広く課される税の比重は小さい。
産業
市の稼ぎ頭は、航空宇宙産業である。星間時代に蓄えた宇宙船の建造技術と航法の知見は、
共立世界に移ってからも競争力を保ち続けた。市内に拠点を構える造船企業は輸送船と高速艇を手掛け、部品の製造も最終組立も市域の内側で済ませてしまう。関連産業の裾野は広く、市民の働き口の多くを造船の系列企業が抱えており、下請けの工房が造船所の周囲に密集する。技術の集積は
聖ツォルマール連合学区で随一とされ、連合の内側で市が強気に出られる拠り所にもなった。
闘争競技にも、市の企業は早くから手を伸ばしてきた。興行収入と賭け金が生む収益は相当の規模に達し、選手を育てる企業も興行を仕切る企業も現れている。貧困層の出身者が腕一本で名を上げる舞台でもあり、下層の若者にとっては、企業に雇われる貴重な入口となった。
金融財政
金融部門は、規制の緩さに乗じて独自の発展を遂げた。他の学区では認可の壁に阻まれる高リスクの投資商品が日常的に売買され、複雑な派生金融契約を求める資本も、学区の外から流れ込む。活況の裏では不正行為が横行しやすく、出資者は利回りの高さと引き換えの危うさを承知で、市場に資金を投じる。公共支出は、かつて必要最小限に抑えられてきたが、学際連盟の福祉政策が市域に及んで以来、財政の構造は転換期を迎えた。連盟が上位学区から集める徴収は市にも課され、新たな支出項目として帳簿に定着している。出費の増加を嘆く企業が多い中、投資志向の資本家は福祉の現場にビジネスの余地を見つけた。貧困層向けの技能訓練と
生活支援者派遣サービスの受託は、労働力の質を引き上げつつ新しい客層を掘り起こす商いとして注目を集める。受講を経て技術職に就く労働者が現れる一方、事業の質は収益に従属しがちで、採算の合う層から順に支援が届く実態も指摘されてきた。
対外関係
連合学区
聖ツォルマール連合学区の構成自治体に名を連ねながら、市は
リンベルーク市を盟主とする学際連盟の主導権を巡って、一貫して独自の立場を取ってきた。市の指導層は将来の自治権の完全確立を見据えて水面下で手を打ち続け、連合体制を一時の妥協と捉えている。リンベルークとの関係は表向き協調を保つ一方、統治権の帰属を巡る立場の違いが常に燻る。連盟が連合全体の安定を優先する中、スレテアは経済力と軍事力を背景に相当の発言権を求め続けた。紛争の回避に向けた調整は両都市の穏健派が担っており、首都圏サー・フォスに置かれた大学付属の
カレッジが今も維持されているのは、同じ顔ぶれの働きによる。市内の貧困層に連合寄りの傾向が強まると、リンベルーク側は評議会の強硬姿勢を牽制する材料を得た。反面、市の企業が福祉事業を通じて築きつつある独自の影響圏は、連盟の警戒の対象に加わった。
ユウメラ自治領では、領内のスレテア派が市の企業群と取引を深め、航空宇宙技術を伴う資本の流入が自治領の政局に波紋を投じている。
島内
ファーレリア本島の内側では、
ベルリン戦争で敵対した勢力との対立が戦後も続く。
大江戸とは接触の時から今日まで銃口を向け合う間柄にあり、
相模原との関係は、戦後の折衝を経ても冷え切ったまま推移してきた。
大坂との確執も根深い。多方面に抱えた緊張を逆手に取り、市は島内東部の諸侯に技術支援を講じた。剣と騎乗生物で領地を守ってきた諸侯にとって、星間の工業品は降って湧いた力であり、贈られた品々は瞬く間に城の守りと領内の暮らしに入り込んでいく。手入れの部品も扱いを教える技師も市から届く以上、諸侯の手にした新しい力は、スレテアの蛇口一つで止まる仕組みの上に成り立つ。東部の諸侯は、市が裏から動かせる駒の列となった。市は
転移者の地位向上を掲げる運動にも肩入れし、島内各地の転移者団体を焚きつけて、連合の内側で勢力基盤を厚くしてきた。
軍事
市の戦力は三層に分かれ、層どうしの牽制によって、一つの勢力による権力の独占に歯止めが掛かっている。
市防衛隊
市の正規軍にあたる部隊は、企業評議会の直轄組織として編成され、市域の防衛と重要施設の警備を管轄する。指揮系統は評議会議長のもとに一元化されている。ただ、実際の運用には主要企業の意向が色濃く反映される。兵員は傭兵上がりの者に武装市民からの志願者を加えて充足され、職業軍人としての専門教育を経た精鋭の集団を成す。装備の面では、星間時代の宇宙船技術を応用した航空戦力が際立ち、高速艇に強襲降下ポッドを組み合わせた機動戦術を得意とする。企業が独自に開発した個人携行兵器も地上部隊の手に渡り、車両にも同じ系列の技術が注ぎ込まれた。航空戦力の整備には市内の造船企業が自ら携わり、工廠で組み上げた高速艇を試験飛行の後に部隊へ引き渡す。
ベルリン戦争で積んだ実戦の経験は戦後の訓練課程に組み込まれ、隊員は基礎教育の段階から、軌道降下を前提とする強襲の手順を学ぶ。
傭兵組織
市の戦力に厚みを加えているのは、各企業が個別に契約を結んで私兵として雇う武装集団である。少数精鋭の小隊もあれば大所帯の組織もあり、請け負う任務は施設の警備に始まり、破壊工作にまで及ぶ。実績に裏打ちされた評判が次の契約を左右するため、組織間の競争は苛烈を極め、戦闘技術の研鑽も休む間もなく続く。腕の衰えた者は、更新の時期を迎えるたびに契約の名簿から消えていく。契約の期間も報酬も案件ごとに取り決められ、長期の警備契約を得た組織ほど、装備の更新に回せる資金に恵まれる。昨日までの雇い主を、契約を乗り換えた組織が襲う例さえある。無名の組織は
闘争競技の舞台で戦績を積み、大口の契約を結べる企業の目に留まる機会を求める。雇い主の企業が傾けば契約もろとも宙に浮き、行き場を失った戦闘員は別の組織に移るか、下層の街区で用心棒を始める。
武装市民
非常時に召集を受ける予備戦力は、日頃から得物を携えて暮らす市民で成り立つ。企業の指揮系統から離れ、契約の縛りからも自由な立場を保つ点で、この層は正規の部隊とも私兵とも性格を異にする。応じるかどうかは各人の判断に委ねられ、評議会は平時の付き合いと有事の報酬を当てにして、動員の頭数を読んできた。携える武器は各人の持ち物で、弾薬の補給のみを市防衛隊の倉庫が引き受ける。召集の合図は街区ごとの顔役を通じて回され、呼び掛けに応じた者から隊列に加わる。社会保障の浸透は、層の顔ぶれを少しずつ塗り替えつつある。訓練所に通い始めた者が武器を手放す傍ら、企業体制への不信を募らせ、連合側の方針に共鳴する者も散見されるようになった。肝心の顔役が福祉の窓口の側に回る例も現れ、評議会の読みは年を追うごとに外れ始めている。
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最終更新:2026年04月02日 22:42