Tales > 孤高の青

Damn it! How the hell can he make these moves (クソが!奴の動きは化け物か!)!」

渓谷を飛ぶF-10戦闘機の中で、ゲインズはがなり立てていた。

≪平静を失うな、イレブン![*1]慌てれば、相手の思い通りだぞ!≫

地上管制から飛行隊長が何か怒鳴っているが、ゲインズには聞こえていない。

背後から迫る「悪魔」の狙いを外そうと、F-10は必死に左右に揺れる機動を繰り返すが、「悪魔」はまるでそれを予期しているかのように追尾してくる。何度も背後を振り返るが、ぴったりと張り付く「悪魔」の機体と、コックピット内に鳴り響く警告音は、彼の恐怖をさらに煽り立ててくる。

Break the restriction! I'm gonna get away! (制限解除!奴を振り切る!)

≪待て、G-Limitterの解除は社則違反だ!≫

聞こえるが早いか、ゲインズはコンソールに並ぶ膨大なスイッチ群の中から、迷わず赤色のスイッチを押した。

──"G-Limitter" have been removed.

無機質な人工音声が機内に響くと同時に、ゲインズは右手の操縦桿を勢いよく引いた。外に見える景色が、断崖絶壁の谷から、開けた大地に変わる。

「グッ……!」

機体の急上昇に伴って、強烈なGが彼を襲う。たまらず、ゲインズは呻いた。

コンソール・モニターには、「9.0G」の表示が燦然ときらめく。自身の体重の9倍の重力が彼の身体には掛かっているのだ。耐Gスーツを着ていても、その重さは地獄の責め苦と等しい。

But this should have gotten him off (でも、これで奴からは逃れ)──」

掛かるGが一瞬下がる瞬間、ゲインズは後ろを振り向いた。そして、信じられないものを目にした。

<最後まで残った。そうだな、筋はいい、それは認めよう。だが、戦いは最後まで続けるべきだろうよ>

右翼端と垂直尾翼に描かれた、黄色の識別帯。所属を表す、「幕府空軍」の表示。「悪魔」の機体──F-6Eは、ゲインズ機の背後に、ぴったりとくっついていた。

「シッ──」

彼の悪態は、地上管制の評価判定員の声にかき消された。

≪グレイス11、撃墜。グレイス隊は全滅。演習中の全機は速やかに訓練空域を離脱し、帰投してください≫

ゲインズはやけくそ気味に酸素マスクを外すと、右方向に目をやった。

右方向には、いつの間にか追いついたのか、「悪魔」がぴたりと並んで飛んでいる。

<最後の上昇以外はいい動きだった>

無線交信で、「悪魔」が褒める。しかしゲインズは、それを称賛と捉えられなかった──むしろ、悪魔による皮肉と捉えていた。

ゲインズは何も言えなかったが、その代わりに、キャノピー越しに見える「悪魔」を、憎々し気に見つめた。

F-6Eは翼を振ると、やがて機体を傾けて、並行飛行から離脱していった。先に帰投するのだろうが、ゲインズは着いて行く気にはなれなかった。






また (●●)やったな?」

帰投し、格納庫に戻った「悪魔」を待ち受けていたのは、こめかみをヒクつかせたグレイス隊飛行隊長──宮地幹正だった。

「フライト後のチェック中で申し訳ないが、お説教は聞いてもらうからな」

宮地は同意を得ずに、まだF-6Eのコックピットから降りてすらいない「悪魔」を相手に、長々とまくし立てた。

「『アグレッサーのアグレッサー』としてお前を呼んだのは正解だった!選りすぐり中の選りすぐり、更なる精鋭であるグレイス隊のクソどもの、長く伸びた鼻っつらを叩き折ることができるのは、確かにお前だけしかいないだろうよ。だが、考え無しに部隊を全滅させろという指示は出してない!相手のどこが至らないか、それを考えさせなければアグレッサーの任を果たしたとは言えないだろ」

宮地はそこまで言うと、ふぅ、と一拍置いて続けた。

「なぁ、これで何回目だ?いい加減現実を見てくれ、ローンウルフ──いや、管野」

管野と呼ばれた「悪魔」は顔も向けず、手を動かして機体停止の手順を消化しながら、きっぱりと答えた。

「戦場では考えている暇はない」

宮地は首を横に振ってそれを否定した。

「その戦場に送りだす前の関門がアグレッサーだ。ここはまだ平時で──かつてのお前が飛んだ空じゃない」

その言葉に、管野は手を止めて、しばし悲しい目をした。宮地は触れてはいけない一線に触れたかと、一瞬躊躇ったが、迷いながらも続けた。

「お前の指導のせいで、優秀なパイロットたちの精神状態はどんどんと悪化しているんだ。中には辞表を書いてる奴だっている。誰が奴らを引き留めてると思ってるんだ?社長か?作戦司令部長か?いや、部下の説得なんて飛行隊長の俺がやるしかない。勘弁してくれよ、そろそろお前を特別待遇で迎え入れたことを後悔し始める時期に──」

「戦場では考えている暇はない。何度も言わせるな」

宮地の言葉を遮り、管野はぴしゃりと言った。そして、続けた。

「ピボット──いや、宮地。現実を見るのはお前の方だ」

やっと此方に顔を向けた管野の目には、光がなかった。それを見て宮地は、ふと過去を思い出していた。

──星雲から生まれた『一番星』の輝きは、今はもう消え去ってしまったのか。

最終更新:2023年09月20日 00:06

*1 グレイス隊11番機、つまりゲインズへの呼びかけ。