Tales > アーカイブ:新京首都防空戦


ケース01 元連邦軍軌道衛星監視員 柳澤カズマサの場合

「あの時の記憶ですか?」

「オペレーターだった私に聞いても、いわゆる『映える』記録は取れないでしょうけど……」

「分かりました。――そうです。確かに私は、179年1月21日、軌道衛星監視群の監視員として、司令部に詰めていました」

「その数日前から、ゴルト群のスポナー衛星は活性化していたので、司令部は異様な緊張感に包まれてたのは覚えています」

「次がいつ来るか、どれくらいの規模か、絶対に見逃すな――我々の監視は、重大な情報を掴む必要があり、またそれを義務としていました」

「緊張の糸が切れたのは、13時18分のことです。今でも手に取るように思い返すことができます」

「18分、あの衛星――識別名、アスタロト51-デルタが、エンダードラゴン、それも超大型種個体を射出しました」

「それを検知したとき、私は全くもって何も考えることができませんでした。あのエンダードラゴンが、普通の大きさでも甚大な被害をもたらすのに、超大型種でと」

「でも、体はやるべきことを覚えていました。自身の監視席に据えられた、警報発令スイッチを、瞬時に押していたんです」

「ああ、その後にデフコン1が発令されましたが、私が発したのはMOBの出現警報です。これで手近な連邦軍や宇宙州同盟の部隊に出撃準備命令が発され、また軌道衛星監視群が持つほとんどの探知手段が対象に振り向けられます」

「デフコン1が発令されたのはその後、出現したエンダードラゴンの大きさとか、各衛星から連鎖して排出されたMOBの推定値がはっきりしてからですね。ほんの2分後です」

「判明した超大型種のエンダードラゴンの大きさは、推定17メートル。尋常じゃないです」

「そこから我々は、エンダードラゴンやMOBがどこに向けて放たれたのか、それを特定する作業に入りました。気が気じゃなかったですね。もちろんどこへ落ちたって嫌ですけど、あんなデタラメな――災厄ですかね、そんなのが自分の見知った場所とか、家族がいるところとか、そんなところに落ちてほしくない」

「13時30分には落下方向の予測が立ちました。ご存知のように、我らが首都、新京でした」

「首都への攻撃ですからね。上層部は非常事態宣言と避難命令でてんてこ舞いだったんでしょうけど、私たちは今度は出撃する部隊の指示とか調整でてんてこ舞いでしたね」

MCの登場以後、戦場は三次元空間でさらなる自由度を増したんです。あの時には旧世紀から生き残っている航空機部隊とかにも出撃を掛けたんで、爆撃掃討で同志討ちさせないとか、連携した展開や布陣ができるように指示を飛ばしたりして、効果的な迎撃態勢をものの数分で整える必要がありました」

「エースに頼るという発想?なかったです。軍は一人のエースを好まない。チームでことに当たります。まあ言いたいことは分かりますけども……後知恵だから、我々は彼をエースと認識できるのであって、少なくとも当時は全くもってそんな認識はなかったですね」

「司令部では、誰かが部隊の配置の指示を怒鳴り、誰かが航空管制の指示を飛ばす。後々活躍を重ねることになるあのエースが所属する部隊も、そうやって怒鳴って配置される内の一つにしかすぎませんでしたよ」


ケース02 元LSS第81観測小隊長 <SNAKEPIT 01>デニス・E・マツナガの場合

「あん時、俺ぁ防空レンジ内の目標探知と迎撃管制をやってたな。空挺邀撃ってやつだ、輸送機から降下しながらMOBを殲滅するやつ」

「つっても……即応できる電子戦機が俺たちだったってだけで、本職の管制機じゃなかったから、能力以上の仕事をさせられてたわけだ」

「EWACシーボーグ、良い機体なんだが、突きつけても前線偵察か哨戒用だ。小隊の全戦力、3機フルで突っ込んだが、降ってきたMOBの数はとうてい捌き切れるもんじゃねぇ」

「最初の接敵か?確か……俺らがブースター吹かして前線に到着して、レーダー走査を始めてすぐだったかな、13時45分過ぎぐらいか」

「フォアランナー隊 [*1] が交戦を報告して、そこから他部隊も到着次第会敵って感じだ。ホンットに人手が足りねえ状況だったよ」

「あの場にいた全員が頑張ってるのは知ってるが、それでも俺らは限界を見極めなければダメだった。ダメならダメで、多重防御策を取らなければなんねえからな」

「その点で言えば、5分くらい経って、うちの二番機 [*2] が通常種のエンドラ数個体が降下中なのを探知したのはいいタイミングだったな、もうそのタイミングで、上には『MOBの数が過剰であること』『対応中の戦力では不足している』ことは報告した」

「エンドラについては……元から、超大型種が出現していることは分かってたから、来るだろうなとは思ってた」

「だが実際は通常種だろうが、排除には手間取る。防空レンジの上層にいたスパイラル隊 [*3] が迎撃に向かったが――」

「――ああ、すまん。そう、あいつらの一人 [*4] はエンドラの一体に喰われた」

「今も思うよ、こんな哨戒機より、もっと他に出るべき機体があったんじゃないかって」

「こんな拙い戦闘管制で死なせた人間がいるだなんて、今でも申し訳なさと悔しさで、胸が張り裂けそうだ」


ケース03 元連邦軍野戦防空指揮幕僚 松下アヤナの場合

「――指揮所は上からの指令と、下からの突き上げの板挟みでした」

「どうにかして上空でMOB群を食い止めろという指令と、MOBの数が異常で、到底防ぎきれないという下からの要請」

「現着した部隊を片っ端から邀撃に充てたかったのはそうなんですが、一方で『防ぎきれなかった場合』に備えて、いくつかの部隊は地上で防備を固めさせなければなりませんでした」

「通常種のエンダードラゴンが防空レンジに入った辺りから、空挺邀撃は綻びを見せ始めましたね。エンダードラゴンはただでさえ対処が難しいからそっちに手を取られ、見過ごした他のMOBが地上に落着しはじめるという」

「地上戦の管制までこっちで受け持たされていたので、指揮所はますます混乱しだして、空挺邀撃の方を管制し難くなったのは事実です」

「……言い訳ですね。私たちが彼らを見殺しにしてしまった罪は消えようもない」

「そうです……飛翔型MOBに囲まれて、降下前に何もできないままに撃墜され、全滅した『398部隊 [*5] の悲劇』です」

「ガストによって遠距離から狙撃、動力を喪失し足を止められたところにファントムによる肉薄攻撃、コントロールを失ったところにブレイズが火を放つ、MC輸送機にとっては最悪の事態です」

「激しく揺れて、燃え盛る機体は、既に油圧さえも消失し、せめてMCを投下するだけでも、なんてこともできなかったんです」

「……すいません、また今度来てもらってもいいですか。ちゃんと整理して、向き合いたいですから」


ケース04 元LSS第72降下猟兵中隊員 南部シンジの場合

「空挺邀撃……って言っても、当時のMC技術はタカが知れている。後世のような、全ての機体が常時滞空可能なんてことはなかったから、重力下では当然落下しながら戦って、着陸した後はまた輸送機とかの空に上がる手段をもって上空に戻るわけだよ」

「ただ、新京の戦いのときに、そんな上空復帰なんて行動はできなかった。空挺部隊は、着陸後、今度は陸戦に参加した」

「本業が終わっても酷使されるからオジサンには辛い環境だったよ」

「撃っても、薙いでも、MOBの大群は迫り続ける」

「陸戦が不得意な機体、射撃機とかは対空射撃をして弾幕張ってたけど、やっぱりそれでもMOBの落着を防ぎきるのは無理だったね。数が多いし、後になれば大型種のMOBさえも来襲しだして、射撃が当たっても有効打にならず、落着を許すような状況だったし」

「あの場にいたみんな、薄々分かってたんじゃないかな。もうMOBの殲滅は無理だって、いかに民間人を戦闘地域から避退させ終わるまで持ちこたえられるかが自分たちの任務だって」

「口には出さなかったけど、諦めのため息が無線から何度も聞こえていたよ」

「――でも、そんな状況でも、頭一つ抜けた働きで、活路を開いていた部隊があった。もう予想はついているだろう?501部隊 [*6] がそれだよ」

「あの部隊の働きはすごかった。個々の練度が高い、もはやそれを自認しているのか、前線にまんべんなく部隊員を配置してた」

「互いの距離が広いのに、よくもまあ連携ができるもんだって関心したよ。個々の受け持ち範囲も広いし、高度な相互連携で、MOBの大群相手に一歩も引かず前線を維持してたんだ」

「時折聞こえる無線からは、501部隊の隊長が矢継ぎ早に指示を飛ばしてるのが聞こえた。 早期警戒管制機 (AWACS)にでも乗っているのかっていうくらいの指示精度だったけど、彼、実際は現場で戦い続けてたらしいね」

「そう、自分でも戦ってたんだよ。指揮官機としての性能を高めた、ほとんど専用みたいなシーボーグIIG型の改造機を使ってたらしいってのはあるけど。でも指揮の片手間に、大型種のMOBを相手取ってたのはオジサンドン引きだよ」

「ブースター吹かして、空中で舞うようにMOBを叩き斬ってた姿が印象的だね。後に聞けば、落着前に3体、落着後に4体も大型種を撃破してたそうだよ。当時の、特に大型種のキルスコアはこの7体を加算して13、とか言ってたかな。大型種は5体倒せばエースなのにね」

「そんなやばい人間に指揮されるんだから、501部隊全員もやばい戦果を挙げてた。あの戦いで501部隊は、隊長を除いても5から6体の大型種を撃破してたよ」

「でもまあ……流石に宇宙から絶え間なく送られ続けるMOBが相手だ。物量で攻められると、その戦果でもカバーしきれないのはあるわけで」

「16時57分くらい、指揮所から『東部エリアを失陥した』っていう連絡が来た。東部エリアはもはやMOBに埋め尽くされ、残るのは撃破された人間の文明の破壊痕。特に対MOB戦に特化していない機甲科――戦車とか装甲車両とか、MOBにやられて墓標のように黒煙を上げて放棄されてたよ。いや、放棄ならまだマシか」

「ちらほら大破したMCも擱座してた。そんな地獄を見たら、オジサンももう体に力が入らなかったよ」

「結局、防衛側は宇宙から降り注ぐMOBへの対処と、地上の橋頭保を確保したMOB、どっちにも対処しなきゃいけなくなった。聞けば、東部エリアでは、MOBは(ネスト)を作り出しているって聞くじゃないか」

「その後2時間は持ちこたえたけど、19時手前には直通回線で全部隊に、最上層から――オールズ上層部から、落着MOBの掃討を中止、現地部隊の撤退命令が来たよ。わざわざ直通回線を使ってくるってことは、これ以上の消耗を避けたいっていう指揮階梯をすごく飛び越えてまでの決断だったんだろうね」

「オジサンはその後、直通回線を通じて、上層部が口喧嘩してるとこも覚えてる。幕僚長っぽい人が、軍を撤退させたら、消耗どうこうより、さらに被害が拡大するって叫んでた。う~ん……体に力は入らなかったけど、でも、言葉は悪いけど、『使い潰される』って覚悟はもうしてたから、オジサンも同じ気持ちだった。ここでオジサンたちが退いたらダメだって」

「でも、上層部も考え無しではなくて、巣の形成作業を観測した上で撤退命令を下したらしい」

「なんでも、東部エリアに落着したMOBは、洞窟グモとか、巣を構築するのに重要そうなやつ以外の通常MOBでさえ、戦闘に参加せず巣の建築資材を運んでいたりするなどの現象があったんだって」

「だから、いったん部隊を引き上げることで、全ての落着個体を巣構築作業に集中させ、ある程度まで巣が組みあがった時点で反撃を始めるっていう筋書きがもうその時点でできてたみたい」

「そう言われては、幕僚長も命令を飲まざるを得ないよね。結局オジサンたちも歩兵部隊から順に退いていったよ」

「でもね、これまで『完成した巣を攻略した事例』はなかったんだ。MOBが人間らを見失い戦闘行動を見せない距離まで撤退して、巣を中心とする包囲網を作りながら、避難民間人の援護をしてたとき、着々と組みあがる巣の構造物を遠巻きに眺めて、オジサン思ったよ」

「無理じゃないか、って」

最終更新:2024年09月22日 15:16

*1 記録者注:LSS第59降下猟兵隊

*2 記録者注:<SNAKEPIT 12>松岡ヨシフミ少尉(当時)、後に取材を拒否

*3 記録者注:連邦陸軍第567機動空挺中隊

*4 記録者注:10番機<SPIRAL 25>浦野ゴロウ2尉(当時)

*5 記録者注:連邦陸軍第398機動支援小隊

*6 記録者注:連邦陸軍第501機動打撃中隊