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第501特別試験中隊「シプリペジウム」とは、旧瑞州連合(OLZU)連邦軍のLS部隊である。

目次 第501機動打撃中隊
1.概要
2.戦歴
-1.舞原女子高等学院での会敵
-2.新京撤退戦
3.所属パイロット
-1.79年戦線に参加
-2.補充人事
3.運用兵器
-1.79年戦線に参加

創設  不明
所属政体 
旧瑞州連合
所属組織 
連邦軍
プライムオーダー
略称  501MSC
通称  シプリペジウム
上級単位  統合幕僚監部直属
ベースコード 
概要

画像。

原部隊はE.F.65年までに、ダイバー計画の実験のために浜沫基地で設立されたと推定されている。ダイバー計画は失敗に終わり、テストパイロットに死者が出た67年に計画は凍結。その後機材は封印され、部隊は実験から得た知見を細々と整理する閑職へと変化。合わせて新京近くの舞原駐屯地へ移駐し、部隊規模は小隊にまで縮小された。
E.F.79年1月、アスタロト51-D衛星の活性化によるMOBの大量投下と新京における一連の戦闘を受け、舞原駐屯地の部隊は南部への撤退を命じられるが、MOB群に捕捉されたため、当時の隊長である目黒シンイチロウ一尉が、ダイバー計画の試作二号機であるXLS-78-02[ES]「シーボーグ・プレクス」に搭乗し殿を務めた。しかしシステム適性なしのまま乗った結果、デスポーン現象を引き起こし、目黒一尉はMIA、のちにKIAと推定された。

一方でプレクスは制御を失って、付近の「舞原女子高等学院」に墜落。そこに逃げ遅れた女子生徒である三沢アヤナが居合わせていたが、彼女にMOBの大群が迫っており、進退窮まった三沢はプレクスのコックピットに逃げ込む。するとプレクスは三沢の適性を認め自律的に起動。ダイバー計画の本懐である、適性者の脳波受信および動作変換が成功し、三沢の思いのままに動くようになったプレクスは瞬時にMOB群を殲滅し、その後駆け付けた他部隊機に保護された。
貴重な適性保有者を確保したため、ダイバー計画は計画凍結前に残されていた実戦テストを、対MOB戦への投入という形で継続することが決定される。なおこの時、プレクスの援護や三沢の精神安定のために、彼女の幼馴染にして軍人となっていた新田原マサキらがLSパイロットや整備員として他部隊から転属し、部隊は中隊へと再編された。
この後、79年の一連の戦闘において、同隊は鬼神じみた活躍を見せ、瑞京における戦闘では全員がエース級の撃破数を数えることになる。星墜とし作戦では「第501特別任務中隊」として司令部直属の部隊となり、最大の目標・アスタロト51-D衛星の撃破に成功する。

戦歴
舞原女子高等学院での会敵
E.F.79年1月10日、スポナー衛星のうち「ゴルト群」に分類される一群のスポナー衛星は、その全ての再活性化が確認された。これらのスポナー衛星は一週間程度の間沈黙を守っていた。1月21日13時18分、ゴルト群に属するアスタロト51-D衛星からMOB「エンダードラゴン」の超大型種個体が排出されたことを皮切りに、ゴルト群の各衛星からMOBが猛烈な勢いで生産、射出された。この事実を知った連邦軍は、20分には全軍にデフコン1を発令し、落下するMOBの迎撃準備態勢を取らせると共に、宙兵隊の軌道監視団に落着予想地域の特定を急がせた。30分には特定作業が完了し、落着地域は首都・新京を中心とする一帯と予測され、OLZU上層部が近辺に非常事態宣言と避難命令を発した。同時刻、ミッドコース段階での迎撃や地表防護のため、執行機(LS)の部隊が各基地から出撃を始めている。13時46分、最初の接敵が降下中の天州同盟(LSS)第509降下猟兵隊機によって報告された。また50分、他のMOB群に紛れる形で、飛翔型MOBに分類され超大型種でなくとも対処が難しい「エンダードラゴン」の通常種個体が数体降下中であることも報告されている。時間が経つに連れMOBの総数は増加し続け、空中では殲滅しきれなかったMOBが地上に落着し、侵攻を始めるようになった。

この時舞原駐屯地に駐屯していたシプリペジウム隊などの小規模部隊は、迎撃よりも撤退・民間人避難の護衛に当たるよう命じられ、南部への撤退オペレーションが準備された。しかし14時51分、まだ民間人の避難が終わらないうちに舞原近辺にMOB群が出現したため、当時の隊長である目黒シンイチロウ一尉が、ダイバー計画の試作二号機であるXLS-78-02[ES]「シーボーグ・プレクス」に搭乗し殿を務めた。しかしシステム適性なしのまま乗った結果制御を失い、機体は付近の「舞原女子高等学院」に墜落した。ちょうどこの時墜落現場には、逃げ遅れた女子生徒である三沢アヤナが居合わせていた。彼女にはMOBの大群が迫っており、進退窮まった三沢はプレクスの近くに逃げ込み、生存確認を兼ねてコックピットを叩いたが、反応がないために緊急開放レバーを引いた [*1] 。しかしコックピットハッチが開いた瞬間、デスポーン現象が引き起こされ、目黒一尉は三沢の目の前で消失した [*2] 。未知の現象に怯える三沢に、しかしプレクスは自律的に再起動。コックピットを閉じ、起立状態に戻ったため三沢はもんどりうってコックピットシートに座る形となった。

三沢は事態を認識していなかったものの、センサーアイから投影される周囲状況からMOBに包囲されたことを察知し、逃げることを思考した。しかし対人レーダーから、学院のいたるところに逃げ遅れた同級生たちが隠れていること、および彼女らにMOBが迫っていることを見て取ったため、彼女が戦う決意をすると、プレクスは頭部ビームCIWSを起動し瞬く間に通常種MOBの群れを殲滅した。残るは学院のグラウンドを闊歩していた大型種ゾンビであったが、プレクスはビームCIWSでゾンビを牽制しつつビームレイピアーを起動し、刺し穿ってこれを鎮圧した。15時14分、プレクスの墜落を察知した連邦軍の捜索救難LSが墜落現場周辺に急行したが、彼らは大型種ゾンビを仕留めて脱力したプレクスを発見。通信にて乗っている人間が正規パイロットでないことを確認すると、連邦軍LS共通のOSシャットダウン方法を伝達し、三沢はそれに従いプレクスを無力化した。

所属パイロット
79年戦線に参加 (階級は当時のもの。)
・百里シンジ/CYPRIPEDIUM 01
隊長。舞原事件前は二等陸尉で副隊長を務めていたが、目黒一尉の戦死に伴い昇進し一等陸尉。乗機はGLS-62[CN] シーボーグ・キャノン(チェイサー)、のちELS-71C[AS] シーボーグII・アサルト。三尉時代までは機甲科にいたため長距離砲撃に長じ、乗機には砲撃兵装を搭載していた。

・ディアナ・E・ナハ/CYPRIPEDIUM 02
副隊長。欧州系難民と瑞州人の混血。階級は二等陸尉であり、舞原事件直後に援護要員として他部隊から転属。79年戦線が始まるより前から他部隊で大型種6のキルスコアを有するエースパイロットだった。射撃および近接格闘に長けていた。乗機はGLS-71C-GX ガンナーシーボーグII、のちEGLS-71C-GX ガンナーシーボーグ改。

・小牧カズマサ/CYPRIPEDIUM 03
階級は三等陸尉。舞原事件前からテストパイロットであるがゆえにLSの運用に精通しており、隊内における戦術指導教官を務めていた。乗機はGLS-71C-GX ガンナーシーボーグII(テストベッド)、のちEGLS-71C-GX ガンナーシーボーグ改。

・三沢アヤナ/CYPRIPEDIUM 04
階級は陸曹長待遇(臨時)。ダイバー計画適性者であることが場当たり的に判明し、一学生の身分からXLS-78-02[ES] シーボーグ・プレクスのパイロットに転身。いわゆるお嬢様学校である「舞原女子高等学院」に通っていることから分かる通り、彼女の父親はOLZUの幹部の一人。ただし瑞京閥に属しており、主流派ではない。

・新田原マサキ/CYPRIPEDIUM 05
階級は准一尉。ノブレス・オブリージュを家訓とする政治家一族の出身であり、三沢の幼馴染。舞原事件直後に、援護要員として、また彼女の精神安定のために他部隊から転属。乗機はELS-71C シーボーグII。

・松島ユウイチ/CYPRIPEDIUM 06
階級は准二尉。舞原事件直後に援護要員として他部隊から転属。乗機はELS-71[EW] EWACシーボーグII。

・各務原ヒカル/CYPRIPEDIUM 07
階級は陸曹長。舞原事件直後に援護要員として他部隊から転属。乗機はGLS-71 陸戦型シーボーグII、のちEGLS-71C-GX ガンナーシーボーグ改。

・オードリー・G・エルメンドルフ/CYPRIPEDIUM 08
階級は陸曹長。北米系難民の出自。舞原事件直後に援護要員として他部隊から転属。乗機はELS-71C[AS] シーボーグII・アサルト。

運用機体
79年戦線に参加
・GLS-62[CN] シーボーグ・キャノン(チェイサー)
砲撃戦仕様の機体。舞原事件前から運用されていたチェイス機。部隊内では後衛を担当。

・GLS-71 陸戦型シーボーグII
陸戦機。部隊内では遊撃を担当。

・GLS-71C-GX ガンナーシーボーグII
高精度センサーを搭載し、手持ち火器の長距離射撃を得意とした現地改修型。舞原事件後に増強要員として他部隊から数機が転属。後にEGLS仕様に改装。部隊内では次鋒を担当。

・GLS-71C-GX ガンナーシーボーグII(テストベッド)
性能試験用として501中隊で改造され、他部隊の同仕様の母体となった機体。一般機と同様に、後にEGLS仕様に改装。部隊内ではパイロットの小牧の戦い方ゆえに前衛を担当。

・EGLS-71C-GX ガンナーシーボーグ改
ガンナーシーボーグIIを改装し宇宙戦に対応させた機体。前衛、次鋒いずれも担当可能。

・ELS-71C シーボーグII
全領域対応型。部隊内では前衛を担当。

・ELS-71[EW] EWACシーボーグII
電子戦仕様。部隊内ではオペレーション管理および電子妨害を担当。

ELS-71C[AS] シーボーグII・アサルト
強襲仕様。爆装し露払い、火力支援を担当する。

XLS-78-02[ES] シーボーグ・プレクス
舞原事件前から501中隊内でテストされていたが適合者が見つからず試験は行き詰っていた。しかし三沢アヤナが適合者であることが場当たり的に判明し、また戦力化されたことで部隊が再建される。


+ ...
戦歴
新京撤退戦
東風作戦
数の差に押され新京首都防空戦に事実上失敗した結果、1月下旬頃には新京東部にネストが形成されつつあった。OLZU上層部はネストの形成途中段階での強襲を行うことでMOB群の一掃とネストの破壊を図る「東風作戦(Operation Eastern Wind)」を策定しており、ネストを包囲する形で続々と戦力が集結、作戦開始を待ちつつあった。

1月25日05時00分、作戦の実行命令が下され、配置についた全部隊が攻撃を開始した。地上部隊は前衛の支援機が通常種MOBを掃討しつつ主力の格闘・射撃機が超大型種MOBを相手にし、空挺部隊は特に連邦陸軍第301機動支援小隊 [*3] などの空挺強襲機がロケット砲でネスト構造物の上空からの破壊を狙った。しかし、想定以上に配置済みの拠点防衛型MOB「シュルカー」の数が多く、シュルカーの対空射撃に妨害される形で空挺強襲はほとんど失敗に終わり、また地上部隊もネスト中央部までの進撃を阻まれていた。攻撃は2日間続いたものの、さしたる成果を挙げられることなく、消耗しきったLSが一機ずつ屠られていく状況にあった。

目論見が外れた司令部は作戦続行か撤退かで割れるも、現地部隊から「MOBの総数が増えている」という報告を受け、ネストは既に地上スポナーを擁するほどに成長しきっていると判断。27日13時12分には新京地区からの戦略的撤退が正式に決定され、東風作戦は撤退戦へと切り替わった。

東風作戦の作戦司令部である新京戦闘団司令部は、作戦前から既に新京地区住民の避難誘導を行っていたが、避難の性格が作戦の付随被害防止から侵攻からの逃避に変わると、誘導待ちの避難対象者が焦燥に駆られ暴動を起こすなど、事態は一層混迷化していた。軍の輸送ノードによる避難民の収容、後送能力には限界があり、新京西部郊外には東部から逃げてきた住民や、避難命令でしぶしぶ自宅を放棄せざるを得なくなった西部の住民が混ざり合う避難キャンプが乱立する状況にあり、連邦軍やLSSの正面部隊はこれの防護の必要性に迫られていた。

撤退戦
交戦地域は徐々に後退していく中で、いくつかの避難キャンプは後送成功により消滅していったものの、28日正午時点で、残置された避難キャンプはいまだに2000人程度の避難希望者を抱えていた。戦闘団司令部は後送車列などにも部隊を割いていたが、一方でこれらの避難キャンプにも中隊規模、もしくは下位部隊や消耗した部隊を組み合わせて即席の大隊規模としたLS部隊を割り当てている。

避難キャンプは、東より迫るMOB群を前に、最西部にある1号キャンプ、中央北部にある2号キャンプ、中央南部にある3号キャンプ、そして最東部という最も危険な位置にある4号キャンプに分かれていた。シペリペジウム隊には、第745機動狙撃小隊 [*4] と共働した4号キャンプの支援、援護が命じられていたが、自分たちが最後尾であるという認識から、4号キャンプの避難民たちの雰囲気は最悪であった。

しかし4号キャンプより、3号キャンプの方が先に苦境に陥った、防衛担当部隊の敷いた南方の防衛ラインにMOBによる苛烈な攻撃を受けたのである。防衛部隊は掩護要請を出していたものの、自部隊の管轄に押し寄せるMOBの対処に追われているのはどこの部隊でも同じであった。松島ユウイチ准陸尉(シペリペジウム07)や各務原ヒカル陸曹長(シペリペジウム08)らによる多少の援護はあったものの、3号キャンプは蹂躙という最悪な形でMOBの群れに飲み込まれ、ごくわずかに1号キャンプに逃げ延びた十数人を除き多大な犠牲を出した [*5]

避難キャンプ防衛
3号キャンプの陥落により苦しい立場となったのは、それより東に位置する4号キャンプである。西に逃げたいが南西部のキャンプがMOBの波に埋もれたため、東部からの攻撃に晒されていた4号キャンプはほとんど挟み撃ちの状態になっていた。西から押し寄せる3号キャンプを蹂躙したMOBの群れと、東部集団からの苛烈な攻撃を前に、4号キャンプ割り当ての部隊を指揮していた三沢一尉は、これ以上の同キャンプの防衛は不可能と判断し、使える車両からMCのコックピットに至るまで総動員した敵中突破作戦を講じた。西部を包囲しつつあったMOB群を、中央に避難車両、外周を護衛機で固めた陣形で強硬突破したのである。果たしてこの作戦は成功し、17時51分には4号キャンプの避難民たちを1号キャンプにまで送り届け、防衛線が敷き直された。しかしこの過程でデニス・E・ナハ三尉機(シペリペジウム03)や松島機、オードリー・G・エルメンドルフ陸曹長機(シペリペジウム10)が撃破されている(三名とも脱出には成功)。

輸送部隊の必死の後送作業により、20時までには各キャンプの避難民たちは当初の人数の5分の1まで減っていた。この間、防衛部隊各機は出撃、弾切れ、補給、再出撃のサイクルを繰り返していたが、この中でいくつかの機体はMOBに取り囲まれて撃破されており、徐々に消耗ペースは早まっていった。シペリペジウム隊などは新京首都防空戦からずっと戦い続けていたため、21時までには三沢機と百里機以外が脱落していた [*6] 。同中隊は戦闘前には8機のLS定数を満たしていたのだが、ここに至ってもはや3機しか残っていないという有様であった。

21時14分、最後の避難民を乗せた輸送車両が出発すると、それに合わせてMC部隊の撤退も始まった。しかしこの状況下で「ブレイズ」の超大型種など多数のMOBが出現、退却中のMC部隊に襲い掛かった。「ブレイズ」超大型種個体の火炎放射により他部隊のLSの3機ほどが撃破された一方、三沢一尉はこの個体が追撃してくるMOB群の指揮官と看破、相討ち覚悟で火炎放射中の同個体に突撃し、機体を大破しつつもこれを仕留めた。同個体の撃破により追撃してくるMOBは格段に減り、これ以降の損失なしに、MC部隊や避難民たちは安全圏まで後退した。

結果
MC部隊の獅子奮迅の活躍により、新京に取り残されていた避難民は半数以上が脱出に成功した。一方でMC部隊の損失は甚大であり、撃破されずとも損傷がひどすぎて長期修理に回さざるを得ない機体もあった他、武装の使い過ぎで火器管制システムがオーバーフローしていたり、携行兵装の銃身が焼き付いてしまったりという事態も頻発した。またOLZUや連邦軍としては新首都として設定した新京を放棄、「9号生産坑 キャンサー」の形成を許すという不甲斐ない結果に終わり、これ以上の人類の生存権の保持のため、同ネストの撃破および新京の奪回を最優先事項として作戦計画を練るようになる。

新京における一連の戦争の中で、最も戦果を挙げたのはシペリペジウム隊とみなされている。三沢一尉は大型種のMOBを21日に7体、25日から27日に4体、28日の撤退戦で2体、そして超大型種を1体撃破しており、また指揮下の百里二尉、新田原准一尉も生還するまでにそれぞれ4体の大型種を撃破、2体を共同撃破している。部隊の半数以上が撃墜され、本来シペリペジウム隊は人員を他部隊に割り振って解散させられるところであったが、OLZUはこの戦果をこの部隊でしか出せないものだと判断し、欠員は随時補充するものとして存続を決定した。

また撤退終了後、三沢機は僚機に牽引されるほどの大破状態、百里機が小破であり、また検査後に三沢機は修復不可能であると判断された。途中で出撃不可になり長期修理が必要となった機体や、前線で撃破された機体もあり、シペリペジウム隊の稼働LSは百里機しか残っていなかった。このためシペリペジウム隊にはLSの補充の要が生じたが、大規模な作戦に失敗した連邦軍にその余裕はほとんどなかった。

碧懐基地への移動
新京の戦いで多大な損失を負った連邦軍は、態勢を立て直すため、大規模な配置転換を実施した。2月1日、シペリペジウム隊には静駿州古片鎮台から参河州碧懐前線基地への移駐が命じられた。この際、機材補充の目途は立っていなかったため、シペリペジウム隊員はしばらくの間、他部隊の複座機での兵装運用などの役割を務めることになった。

2月末、重傷を負って戦線を離脱した小牧三尉や松島准尉の補充人員として、府中ヨウイチ三尉、小松ナオフミ准尉の二名が配属。それぞれシペリペジウム11とシペリペジウム12のコールサインが与えられた。また同時に機材補充の目途が立ったものの、必要とされていた7機のシーボーグIIのうち集めることができたのは4機でしかなかった。しかし、上層部は三沢一尉を指定して、XLS-62FX-2 シーボーグ・プレクスへの搭乗を命じた。本機は一世代前のLS-62 シーボーグをベースに開発された試作機であり、試験評価終了後に倉庫の肥やしとなっていた機体である。本来の性能的には第2世代機相当の型落ち品であり、実質的には厄介払いとしての配備であった。現在の連邦軍での主量産機であるシーボーグIIでさえ第2.5世代LSであり、これを不服としたシペリペジウム隊員たちは三沢一尉の機種転換と並行してプレクスのチューン作業に取り掛かった。

3月中旬までに作業および機種転換訓練は終了し、シペリペジウム隊はなんとか戦力の再建にこぎ着けた。

79年2月の補充人事 (階級は当時のもの。)
・府中ヨウイチ/CYPRIPEDIUM 11
階級は三等陸尉。CYPRIPEDIUM 04の補充。

・小松ナオフミ/CYPRIPEDIUM 12
階級は准四尉。

運用兵器
・LS-48 ナンブ
E.F.50年代の部隊標準機。

・LS-62M シーボーグ
E.F.60年代の部隊標準機。

・LS-71G シーボーグII
E.F.70年代の部隊標準機。

・XLS-62FX-2 シーボーグ・プレクス
新京戦で乗機を喪失したシペリペジウム01に回された機体。近接格闘戦寄りの調整を施されている。

戦果・表彰
・LS-48 ナンブ
E.F.50年代の部隊標準機。

・LS-62M シーボーグ
E.F.60年代の部隊標準機。

最終更新:2025年07月30日 02:00

*1 裁判での発言から。

*2 目黒一尉はMIA、のちにKIAと推定され、二階級特進した。

*3 隊長:工藤イオリ二尉。

*4 隊長:宅間カズオ二尉。

*5 陸軍第229機動狙撃小隊、第146機動支援小隊、LSS第995降下猟兵小隊が同キャンプに割り当てられていたが、同日15時に確認された時点で、229小隊は損耗率8割(生存者はパイロット1名)、146小隊は生存者なしで文字通り消滅、995小隊は撤退護衛を担った1機以外全滅であった。

*6 例えば各務原機は、補給直後の動力部オーバーヒートによる再出撃不能状態に陥っている。