人斬り抜刀斎

登録日:2011/06/29(水) 03:43:53
更新日:2020/03/12 Thu 23:48:11
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…巴の幸せは俺が守る。
昨日誓ったばかりなんだよ。







るろうに剣心』の主人公、緋村剣心の幕末時代の呼び名。
当時まだ14歳と若年だが、元々剣才が優れていた上比古清十郎の下で修行をしていたため、すでに達人クラスの強さだった。その力をフル活用し、要人暗殺を行う人斬りとして暗躍する。
本編の常にニコニコしている優男な剣心と比べ、生活が荒んでいたため目付きが悪く、また無口で根暗で無愛想。
無論、「おろ?」とか「ござる」とか言わない。ヒロインに殴られたんこぶ作って目を回す?…問答無用で斬られます。とにかくシリアスなキャラクター。
…お陰で周りのボケに振り回されてるが。

この頃はまだ"不殺"の信念を掲げていないため、なんの躊躇いもなく人を斬る(志々雄とは違い斬りたくて斬っているわけではないが)。刀も逆刃刀ではなく普通の日本刀。
ダークヒーロー的な要素が強く、その強さも相まって剣心とは別のキャラとして人気が高い。
以下この項目では、「剣心」と「抜刀斎」とで区別して表記する。


■来歴
貧農の生まれであり、本当の名前は「心太(しんた)」。幼いころに両親をコレラで亡くし、人買いに拉致られた。
そんな中、一行が山賊に襲われ絶体絶命の所を比古清十郎に助けられる。
最初は近くの村に身を寄せるよう言われたが村には行かず、 山賊含めた犠牲者全員の墓を作っていた ところを話を聞いた比古清十郎と再会。
墓を作っていた真意を尋ねられ、同じく人買いに連れられていた数人の女性を指して「命をかけても守らなくてはと思った」と答え、感銘を受けた比古清十郎に心太では優し過ぎると「剣心」という名を貰い、以後彼の下で飛天御剣流の修行をする。
が、14歳の頃に維新の動乱の事を知り、「飛天御剣流を以ってすれば、動乱を終わらせられるはず」と考え、京都の町に下りることを決意。
しかし「飛天御剣流は特定の勢力に属さない自由の剣であるべき」という比古とは意見が合わず、奥義天翔龍閃(と九頭龍閃)の伝授を残して喧嘩別れしてしまう。

その後長州藩に訪れて奇兵隊への入隊を希望し、入隊試験の際に双龍閃を披露したことで配下の人斬りを欲していた桂小五郎の目に留まることになる。
桂との面談で彼から「飛天御剣流で、人を斬れると思うか?」と訊ねられた際

「…自分の汚れた血刀と犠牲になった命の向こうに、誰もが安心して暮らせる「新時代」があるんだったら…」

と、血と犠牲にまみれる覚悟を語る。

以降、要人暗殺を請け持つ人斬りとして幕末の京都で暗躍、抜刀術の全てを極めているその強さと冷徹さから

人斬り抜刀斎

と恐れられるようになる。

ある晩京都所司代を暗殺する際、その従者とも手合わせすることに。この時に左頬に切り傷をつけられる。
この従者は、抜刀斎と比べると大した腕前ではなかったが、生きようとする意志は抜刀斎よりも強かった。
かすり傷とはいえ抜刀斎に一太刀入れられたのは、このためである。
また丁度この頃、「平和な世を作るという理想」と「大義のために他者を殺め続ける現実」、矛盾する自分の姿に激しい落差を感じ始め、抜刀斎の精神は不安定になっていた。

しばらくした後、謎の刺客に襲われたところを返り討ちにし殺害するが、その現場を雪代巴に見られてしまう。
直後に酔いつぶれて昏倒した巴をとりあえず自分の宿に連れ帰る抜刀斎だったが、以後居着かれてしまう。
殺害現場を見られたとはいえ、抜刀斎は「刀を持たない人は、たとえ敵であっても斬らない」と決めていたため、巴には手を出さなかったが
その巴本人に、「では私が刀を手にしたら、あなたは私を斬りますか?」と問われる。抜刀斎はこの問いに即答できなかった。

それからしばらくして、抜刀斎はうたた寝していたところに毛布をかけてくれた巴を「寝込みを襲いにきた刺客」と勘違いし、刃を向けてしまう。
すんでのところで思い止まった抜刀斎は「刀を持たない人は斬らないと言っておきながらこの様」、
「いつか本当に斬ってしまうかもしれないから、早く出ていってくれ」と告げるも、
巴は「あなたには鞘となる人が必要だから」と言って、殺されそうになったにもかかわらず抜刀斎のそばにいることを選んだ。
この言葉を聞いた抜刀斎は「巴だけは何があっても絶対に斬らない」という答えを出し、この頃から半ば恋人同士となった。

一方、長州内では宮部鼎蔵による藩勢を立て直すため京都に火を放ちその混乱に乗じて帝を連れ出す計画が立てられていた。
が、その矢先内通者により長州内の情報が漏れ、新選組が長州藩による京都大火を阻止するべく動いたため池田屋事件が起こる。
長州藩の志士の多くが斬殺され、さらに禁門の変が勃発し長州藩は敗北。各地で幕府による志士狩りが始まり、長州派の旗色が悪くなる一方だった。
ちなみにこの時抜刀斎は戦いに間に合わなかったが、凱旋中の新撰組を一目見ようと現場に赴き、そこで斎藤一と目が合う。

桂は自身が持っていた全ての勢力を失うこととなり、同時に抜刀斎も居場所がなくなった。
そこで抜刀斎は、桂が用意した滋賀の大津の里山にある家屋にて、世間から怪しまれることのないように巴と夫婦として暮らすこととなる。
本来形だけのものであったが、本当の夫婦になる事を望み巴もそれを受け入れる。この時抜刀斎は15歳、巴は18歳だった。

15歳で所帯持ちの主人公。掲載紙は週刊少年ジャンプである。
まぁ、作中の時代ではさほどおかしくはないのだが。

左之助(19歳)「女も18歳って言ったら当時は結婚適齢期後半だったし、なあ」
恵(22歳)「……何が言いたいの?」


その後は薬売りの「検心」を名乗りつつ巴とささやかながらも幸せな日々を送るが、ある日巴の弟である雪代縁が現れ、つかの間の幸せは終わりを告げる。
巴に弟がいたことを初めて知った抜刀斎は、それ以前に巴のことをほとんど何も知らなかったということに気付く。
ある晩抜刀斎と巴はお互いの想いの丈を打ち明け、そこで抜刀斎は、巴には京都で斬殺された許嫁がいたこと、
その許婚が来月の祝言を前にして動乱に巻き込まれて死んだことを知ることとなる。
巴が過去に愛しい人と死別したことを知った抜刀斎は、巴の幸せは自分が守ると決意。ここで初めて、巴は抜刀斎に笑顔を見せた。

しかし翌朝目を覚ました時には、巴の姿はなかった。
縁が寄越した文により巴が家屋の先にある、「闇乃武」の一味が待ち受ける山奥の御堂に向かっていることを知る。
抜刀斎は巴を追うべく、久しく握っていなかった刀を持ち、すぐさま闇乃武が待ち受ける山へと向かった。

森の中で3人の刺客と戦い、第六感、聴覚、視覚を潰されて行きながら満身創痍になる抜刀斎。しかし巴を守るという一心で、闇乃武の頭領である辰巳のもとまでたどり着いた。
ボロボロの身体で戦うも、極寒のために触覚も潰され、普通に戦って勝ち目がないことを悟る抜刀斎。
普通に戦って勝てないのなら、せめて相打ちをすれば巴は助かる……そう考え、目を閉じて役に立たない視覚を完全に封じ、死を覚悟して向かってくる辰巳へ全力で斬りかかった。
しかし刀を振り下ろした瞬間に、潰されていなかった嗅覚によって巴が愛用していた白梅香の匂いに気づき、目を開けた抜刀斎の前にいたのは外ならぬ巴だった。
巴は抜刀斎を助けようと、二人の間に割って入り、辰巳を押さえ付けていたのだ。
その結果、抜刀斎は辰巳を、巴ごと斬ってしまった。この時巴が持っていた短刀が、抜刀斎の左頬に二つ目の傷をつけた。
そして、その光景を縁が見ていた……

守るべき最愛の妻を自らの手に掛けてしまった悲しみに暮れる中で、抜刀斎はふと巴の日記を開く。


…清里…

巴の許嫁の名前か…

…どこかで聞いたことがある…

確か…あれは


俺が殺した!!!

そして自分が巴の許婚こと京都所司代従者・清里明良を殺して彼女の運命を狂わせた事を知り、自らの罪を悟り、さらに深い傷を負った。

その後家屋に訪れた桂に、暗殺稼業を志々雄真実に譲ることを告げられる。これは巴とその許婚を斬殺してしまった抜刀斎のことを考えてのことだった。
自分が隠居生活を送っていた間にも新撰組と京都見廻組が競って志士狩りを強化されたため、京都では先陣を切って、幕臣達と戦う「遊撃剣士」として京都で働いてほしいと依頼する桂。
その桂の依頼を「今自分が戦うことをやめてしまえば、これまで殺めた命がすべて無駄になってしまう」「巴との生活で知った幸福な生活を人々が享受できる新時代がくるまで自分は戦い続ける」と「遊撃剣士」の任を引き受ける。
しかし同時に、「新時代が来たら、もう二度と人を殺さない」とも宣言。
桂は抜刀斎を人斬りの道に引きずり込み、その人生を狂わせた事を深く悔やむのであった。

それからしばらくして、京都に一人の剣客が姿を現すようになった。
左頬に十字傷を持つ赤い髪のその剣客「人斬り抜刀斎」は、新選組の隊士にすら恐れ慄かれ、「最強」と呼ばれる伝説を築き上げる事になった。
「左頬に十字傷」の人斬り抜刀斎が有名になったのは、この頃の活躍から。

数年後、鳥羽伏見の戦いの終焉を見届けた抜刀斎は桂の許可を得た上で維新志士側から離脱。
京都の巴の墓に日記を置き、傷付いた心を抱えながら戦場に刀を捨て、刀を持たずに京都を去ろうとした。
しかし幕末の刀匠である新井赤空に諭されて、逆刃刀を携えて旅をすることに。
その日から"不殺"の信念を掲げ、「抜刀斎」ではなく「緋村剣心」として、流浪人となり放浪の旅をしながら人々を守る為に剣を振るうことを決意した。



余談だが14歳という若さで人斬りをやっていたのには、
「本当は剣心は30代半ばくらいの設定だったのだが、担当に『少年漫画の主人公の歳が30代半ばってどうよ?』と言われたため、
ギリ20代にした」という理由からである。

以下、作中の行動の略歴。


元治元年(1864年)
2月頃…清里(巴の許婚)斬殺
4月4日…巴が清里の死を知る
5月半ば…剣心と巴が出会う
6月5日…池田屋事件
6月20日…剣心15歳の誕生日
7月18日…禁門の変
7月下旬…剣心と巴が祝言をあげる、以降里山で慎ましい生活を送る
12月30日…縁来訪
12月31日…巴斬殺
翌年
1月15日…桂が迎えに来る

まさに激動の一年である。


なお本来ならば志々雄と同様に影の存在だったのだが、上記のとおり維新志士を守る遊撃剣士となって表に出るようになったため
明治の世にも名前が残るようになり、詳細不明なのをいいことに偽物も出てしまっている。

遊撃剣士になった後の活動については劇場版『維新志士への鎮魂歌』において、桂と西郷隆盛、坂本龍馬が薩長同盟のために会談していた際に護衛として居合わせていた事がわかっている。

ちなみによくネット上などで「剣心と抜刀斎、どちらのほうが強いのか」という話題が出ることがあるが、
剣心は東京編での斎藤や京都編での修行の際の比古から「腕が鈍っている」と指摘されていることから、流浪人としての十年で多少実力は落ちていたようである。
ただし「生きようとする意志」を見出し奥義を習得してからは「抜刀斎を超えた緋村剣心」と評されるまでになっており、京都編以後は殺傷能力はさておき技量面では剣心のほうが上になっていたようである。



再筆では本編中の剣心よりも荒っぽい感じになっている。

また使っている刀が「全刃刀」という殺人奇剣になっている。
よく「これじゃ龍翔閃できねぇwww」とか言われるが、これで龍翔閃が出来ないような抜刀斎は逆刃刀でも龍翔閃できないであろう*1
髪も黒く染めている設定に変更された。


ジャンプSQで連載されたキネマ版では、「天翔龍閃」を既に会得している。
ただし奥義ではなく、飛天御剣流最速抜刀術という技で、名前の読みも「てんしょうりゅうせん」
尤も、キネマ版のラストで剣心が飛天御剣流奥義として「九頭龍閃」を使ったので、比古との喧嘩別れ前に奥義を伝授された事になる。
(ちなみに剣心自身の口から比古は存命である事が語られているのでキネマ版の奥義伝授は本編とは違い、師の命と引き換えになるものではない模様)
また、キネマ版の抜刀斎は無茶苦茶口が悪い。



昔…幕末の動乱期 京都に「人斬り抜刀斎」と呼ばれる志士が居た…

修羅さながらに人を斬ったその男は、やがて動乱の終焉と共に姿を消した―


そして時代は流れ、明治十一年―――――

構わん。どんな追記でも好きなだけ使え。
だが、俺が修正すると言った以上お前の編集は絶対だ。

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