武蔵丸の悲劇(CCさくら)

登録日:2014/07/10 Thu 20:17:34
更新日:2025/04/01 Tue 02:23:39
所要時間:約 9 分で読めっぞ




武蔵丸(むさしまる)悲劇(ひげき)とは、2000年3月21日火曜日のNHK-BS2(当時)で放送していた大相撲春場所 十日目が4分間延長され、18:00に行われた当時横綱の武蔵丸と先場所で関脇から大関に復帰していた貴ノ浪の結びの一番の取り組みのこと。

【概要】

制限時間いっぱい。行司が軍配を返し、取り組み開始。この時には2分が経過していた。
左四つになって上手を取った貴ノ浪。その後均衡が続くが一歩も引かず、勢いそのままに武蔵丸を土俵へと出した貴ノ浪が勝利する。
決まり手は寄り切り
すでに1敗していた武蔵丸は痛い2敗目を喫してしまう。
優勝争いに加わっていた横綱が敗れた影響は大きく、その場所で優勝争いのトップを走っていた兄弟子である貴闘力は春場所を幕尻で優勝する快挙を達成した。
春場所の行方を決定づけたターニングポイントである事に加え、貴ノ浪や貴闘力の弟弟子である横綱若乃花がこの場所で力尽きて引退していた事もあり、ハイライトでもある名勝負となった。
しかし、既に6敗を喫していた貴ノ浪は翌々日に大の苦手である横綱に敗れて7敗に。
それでも合い口の悪かった大関千代大海を破るなど、何とか持ち直して7勝7敗で千秋楽までこぎ着けたものの、大関出島には力及ばず最終的には7勝8敗の負け越しでこの場所を取り終えることとなり、来場所を角番で迎える羽目になってしまった。
また、横綱に敗北の二文字は許されない。それほどまでに強く神格化される横綱、しかも当時の地力ナンバーワンだった武蔵丸が敗れたため、武蔵丸の悲劇と呼ばれている。

当時の番付には貴乃花や雅山、千代大海に曙といった歴史に残す程の強さを誇る力士たちが名を連ねていた。
しかも、ここで挙げた4人は全員がその日の取り組みで勝利している。





衛星アニメ劇場は6:04から放送します。










































……といった具合に、スポーツ面での悲劇は大体こういう内容。
さて、本題に入ろう。


目次


【大相撲の裏側の悲劇】


───来たる2000年3月21日火曜日の18:00!!

この日は、あのカードキャプターさくらがついに迎える、最終回の放送日。
原作に先駆けての最終話なので、どんな結末になるのか全国の一部の層の人たちは固唾を呑んで見守っていた。
学校や仕事の帰宅時間と重なるため、この日はタイマー録画をしていった人も多いだろう。

だがここで緊急事態が発生。
先の相撲取り組みによる延長が大きく響き、いつも通り録画していた人は最終回のラストシーンが見られなかったため、先の取り組みの結果と合わせて悲劇となった。
いつもの時間というのは、衛星アニメ劇場でのアニメ本編放送時間である18:02~18:28に設定するというもの。
18:00からの2分間、そして終了からの2分間は司会のお姉さんのお話があるため、カットするのが一部では常識となっていた。


ここで当時の録画を巡る状況を説明しよう。アニメ作品ひとつ録るのも、毎回が半ば博打めいた勝負だったのだ。

DVDやBlu-rayにスマートフォン、或いは見逃しネット配信やパソコンへの動画保存など多様な録画・視聴手段が存在する令和の現代とは違い、当時はビデオデッキで録画をする時代。
DVD-RやRVと違い、当時のビデオテープは約6時間、アニメ1話分を三倍録画しても約11~12話ぐらいしか録ることができない。
更にビデオテープはランダムアクセスできないため、頭出しのための早送りや巻き戻しだけでもいちいち時間がかかる。
頭出し位置が微妙にずれていることもあり、その場合更に少し手間がかかる。
極めつけに一から上書きするのでもなければ、録画前には一度録れた内容を確認し、どこから記録されるかをうまく前後調整しておかなければいけない。
そのため、1分ですら余分と考える人は多かった。

肝心のビデオデッキも、デジタル番組表から番組選んでボタン1つで予約とはいかない。
デッキのタイマーをリアルタイムと手動で同期させた上で、新聞のテレビ欄に記載されている最新の放送予定時間を確認し、AM・PM設定を間違えないよう注意しながら分単位で個別に録画開始・終了時間をセットしなければならない。
無論、自動でCMを編集してカットしたり、スポーツ録画延長に即座に対応したりなどの、あまりにも便利すぎる機能なんてものは一切存在しない。
チャンネルロック機能も無い機種が多く、もし録画中にチャンネルを変えられると変更先の番組を延々と録り続けてしまうため、同居人がいる場合は録画中はチャンネルを変えないよう口を酸っぱくして毎週言い含めておくことも忘れずに。
……と、番組1つ録画予約するために人事を尽くすだけでも、ここまで複雑な手順をミスなく正確に行う必要があったのである。

「見逃したとしても動画サイトで見ればいいじゃん」と思う人もいるだろうが、当時はまともな動画サイトはほぼ存在せず、サブスクや一週間見逃し配信などという概念微塵も存在しなかった。


これらの側面から、この頃のアニメ放送は一期一会的な側面もあり、一度でもリアルタイムの放送を見逃してしてしまえば最後、あとは
  • 理解あるテレビ局が1話から再放送してくれるのを祈る
  • レンタルビデオ屋にビデオが並ぶのを祈る
の2択。どちらも相応の長い期間は必須な上、どちらも確定ではない。
テレビ局にとってアニメの再放送とは、基本的に余剰な放送時間枠の穴埋めでしかなく、一定の視聴率を見込めればいいので、わざわざ1つの作品に固執する理由はどうしても薄くなってしまう。
さらにビデオは現代のデータ配信などと比べて、遥かに制作・流通コストが嵩む代物だった。
なので流通元に「ソフト化するコストに見合わない作品」と判断されればシリーズ途中でも容赦なく打ち切られ最終回付近だけソフト化されてない作品なんて当時はザラにあったのである。
よってアニメファンが自分で録ったお気に入りアニメはビデオテープが擦り切れ、壊れるまで大切に保管し使い続けるものだったのだ。
そのため、録画に失敗した時のショックは令和の現代とは比較にならないレベルで非常に大きかった*7
他の実例を挙げると、歴史的ヒットアニメの『機動戦士ガンダム(1979年)』のTV版のビデオやLDが出たのは 約20年後 の1998〜1999年で ガンダムWの方が先にビデオ化されている。
TV版のガンダムを見たければ本放送や再放送を見る以外は個人で録画したビデオテープを借りるしかない状態が1999年まで続いたのだ。
さすがに古い作品だし劇場版は早い段階でビデオ化されたからそっちでいいだろうと判断したのかもしれないが、ガンダムですら商機を逸したら20年商品化されなかったという時代である。

最終話の展開に心を躍らせてビデオを見ると、最初に始まるのが例の取り組みのガチのぶつかり合いであり、画面上には「4分からアニメが始まる」小さな予定変更の字幕が…
どうなっているのか?その心境はハラハラしながら、いつもは見ていない(と思われる)お姉さんの会話が始まった。
最終回ということもあり、今日のゲストはさくらちゃんの大親友である知世ちゃんの中の人
トークでは「幸せ絶頂ですわ~」「素敵ですわ~」を披露する大盤振る舞い。
しかも、中の人も最終回を録画していたという逸話があるらしい。

なんだかんだありながらも、ついに始まった最終回のOPが流れるころには、すでに録画開始から6分が経過していた。
まさに「筋斗雲よ もっと…もっと 急いでくれーっ!!!!」という状況に。

本当の気持ちをお互い伝えられないまま、遠い香港に帰るなんて悲しすぎる。
さくらの心境が視聴者とシンクロする稀に見る神展開……!この時点で録画から25分。もう時間がない!
録画の時間はあと1分!しかも場面は空港に。
全力で走るさくらはついに空港へたどり着き、間一髪で間に合った。そして、ついに想いを告白する――


小狼君!!


振り返る小狼…………    


ザーザーザー……


まさにクライマックス直前に28分を経過し、無情にもタイマー録画は終了。
録画に失敗したアニヲタ達のビデオテープには、肝心要の最終回のラストシーンだけ録画されていないという生殺しに等しい惨状と化したのである。

【悲劇が終わって】

中断 or 再放送期間を挟み、アニメ本編は2年間で全70話。
特撮でも1年50話前後、深夜アニメにすると6クール分という超ボリューム。
セル画時代の本気、新しい魔法少女ものに飛び込んで成功するの時…
そして、NHK放送と地方局・深夜といった事態に遭遇しないの利を得て…
さらに、さくらの中の人も桜と同じ名前で、実力で掴んだ奇跡が話題も読んで大ヒットを果たすことになり、まさに時のの登場…!

天地人の全てが揃ったばかりか、NHKは数ある本気作品の中でも、さくらに関しては総力をかけて予算を投資して作り上げたといわれている。
原作者自ら脚本を手掛け、アニメオリジナルにありがちな原作を蔑ろにする展開もなく、登場人物たちはほぼ毎回私服や髪型が全て変わり、その全てが手書きの制作難易度。

当時における原作作品のアニメ化は本当に選ばれた人気作だけだった。
アニメ化の際にはBSの契約が増えたほどで、それでもファンは脱落することなくついていった。
数々の伝説を打ち立てた作品のアニメの最終回は、良くも悪くも偶然性が舞い降りた。

こうして見続けたクライマックスのラストシーンが全く見れなかったという泣くに泣けない状況に陥り、当時まだ黎明期だった2ちゃんねるのCCさくら板は、言葉通りの阿鼻叫喚の感情をぶつける非常事態となってしまったらしい。
勝者は
  • リアルタイムで手動録画していた者
  • 後続の『装甲救助部隊レストル』込みで予約していた者*8
  • ゲストの岩男潤子さん込みで録画していた者*9
  • 貴ノ浪
だけであった…

「スポーツ延長とはなにか?」を考えさせる一幕でもあり、例えばプロ野球中継は当時決着がつかない場合は21:25当たりまで延長させて、できるところまで放送するというのが主流だった。
特にCCさくらは高校野球中継の延長との戦いもあり、リアルタイムでビデオデッキとにらめっこして手動録画をしていた程である。
大相撲中継は野球と異なり18時きっかりで終わることが多く、延長することはほとんど無いのだが、逆に言えばだからこそ油断していた人が多かったのかもしれない。

スポーツ中継の延長による遅れは、初期のらき☆すたでは複数にわたってネタにされている。
また数年後には、深夜で更なる悲劇も起きることになった。

【余談】

現在のデジタルテレビ放送には、「マルチチャンネル」というシステムが導入されている。
これは、一放送局で複数の番組を編成することで、スポーツ中継が延長になっても通常番組と並行して放送することが可能となり、録画失敗や遅延のリスクが大幅に縮小されるというもので、デジタル放送開始時には特徴の一つとして大きく宣伝されていた。

…ところが、このマルチチャンネルには大きな欠点があった。それが画質の大幅な低下である。
これは使用できる帯域幅に制限があるもので、並行放送すると両画面ともHDなのに画質がSDレベルに落ちてしまうのだ。
画質については技術向上である程度改善が図られたが、それでも単一放送よりも落ちるのが事実。
また、民放ではCMの出し方やスポンサーの確保、クロスネット局における取り扱いといった問題が生じるようになった。

2025年現在、マルチチャンネルの使用例はNHK(地上波・衛星とも)、民放では独立放送局とローカルセールス枠に限られており、国民に負担(=買い替え、つまり地デジ)を負わせながらマルチチャンネルを活用しないのは宝の持ち腐れとして、現在もスポーツ中継の延長が話題になると本件に言及することがある。





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最終更新:2025年04月01日 02:23

*1 なおYouTubeの開設は5年後の2005年。

*2 FLASHへのActionScript搭載が2000年からで、普及はもう少し後。そのため複雑なプログラミングは難しかった。

*3 Asymmetric Digital Subscriber Line:非対称デジタル加入者線。最大で下り50.5Mbps、上り12.5Mbps。不安定だったりしたが従来の回線よりも概ね速度が速く、通信費も定額制というメリットは大きかった。

*4 Integrated Services Digital Network、サービス総合ディジタル網。要は電話回線を利用したネット通信専用回線。同じ電話回線利用でも接続時に独特な音がするダイヤルアップ接続とは別物で、少し高速且つ音声電話やFAXとの同時利用という違いがある。基本的に通信費は従量制だが、ある時間帯だけ定額制になるテレホーダイのようなサービスも存在した。

*5 テレホーダイはすでに存在していたが、フレッツ・ISDNの登場はIP接続サービス名義だった1999年11月から。

*6 上記の関係で当時はネットワーク全体が現在よりかなり低速(もちろんサーバー周辺の回線も低速)だったのでなおさら遅かった上に混雑にも弱かった。ついでに有線LAN事情もこの頃なら100BASEは普及していたが10BASE使用環境もそれなりにあった。1000BASEは標準化されたばかりで普及速度は速かったがもう少し後に普及。

*7 と長々と解説したものの、この項目で話題になっている「カードキャプターさくら」に関しては1年遅れ(中断や総集編がなかったため、最終的には9ヶ月遅れ)で地上波のNHK教育 で放送されていたため、次のチャンスがあるかわからない他のアニメよりはマシな状況だった。

*8 もちろんこれだとレストルの方が途中までしか録画されないので、「CCさくらだけでなくレストルも楽しみたかった」というアニヲタにとっては明確な勝者とは言い難い。

*9 この場合は、岩男さんとのトークが途中で終わる。