2009年第34回エリザベス女王杯

登録日:2021/11/13 (土) 03:57:35
更新日:2025/02/12 Wed 20:59:38
所要時間:約 7 分で読めます






「これが競馬だ!これが競馬の恐ろしさ!!」

──馬場鉄志(関西テレビ)



2009年第34回エリザベス女王杯とは、2009年11月15日に京都競馬場で行われたある意味伝説のGⅠ競走である。


出走馬

枠番 馬番 馬名 性齢 騎手 オッズ 人気
1 1 ウェディングフジコ 牝5 菊沢隆徳 217.9 17
2 メイショウベルーガ 牝4 池添謙一 19.6 6
2 3 チェレブリタ 牝4 岩田康誠 119.8 13
4 ジェルミナル 牝3 福永祐一 21.7 7
3 5 リトルアマポーラ 牝4 スミヨン 12.4 4
6 ピエナビーナス 牝5 古川吉洋 130.0 15
4 7 クィーンスプマンテ 牝5 田中博康 77.1 11
8 カワカミプリンセス 牝6 横山典弘 15.1 5
5 9 ブラボーデイジー 牝4 生野賢一 125.9 14
10 シャラナヤ 牝3 C.ルメール 10.4 3
6 11 テイエムプリキュア 牝6 熊沢重文 91.6 12
12 ブロードストリート 牝3 藤田伸二 7.7 2
7 13 サンレイジャスパー 牝7 難波剛健 236.7 18
14 ニシノブルームーン 牝5 北村宏司 66.6 10
15 ミクロコスモス 牝3 武豊 24.2 9
8 16 ブエナビスタ 牝3 安藤勝己 1.6 1
17 ムードインディゴ 牝4 田中勝春 23.6 8
18 レインダンス 牝5 藤岡康太 204.9 16

前評判~絶景への期待

一番人気はなんと言ってもスペシャルウィークビワハイジの仔にして阪神JF、牝馬二冠(桜花賞、オークス)馬のブエナビスタ単勝1.6倍というオッズからも期待の程が見て取れる。

二番人気は秋華賞2着(3着入線後ブエナビスタの降着により繰り上げ)のブロードストリート

三番人気にはフランスのGⅠ「オペラ賞」を制した海外からの刺客シャラナヤ。なお同レースの海外馬参戦はこれが初。

他にも一応前年度覇者のリトルアマポーラ。かつて無敗でオークス、秋華賞の牝馬二冠を達成したカワカミプリンセス等も参戦。

しかし2番人気のブロードストリートの単勝オッズは7.7倍で、ブエナビスタが圧倒的支持を受けていた。
これは直前の秋華賞でブエナビスタを負かしたレッドディザイアがいないこと。そしてブロードストリートがブエナビスタに先着したのは上記の通りあくまでも降着によるものだからだろう。
完全にブエナビスタ1強ムードで迎えたエリザベス女王杯。これがフラグだと誰が思っただろうか

全頭がスムーズにゲートインし、第34回エリザベス女王杯…そのゲートが開いた。

発走~大波乱の大逃げ

レースはまずクィーンスプマンテとテイエムプリキュアが互いに逃げを打つ。しかしこれは想定内。
そもそも2頭ともに逃げ馬で、レース前にはクィーンスプマンテの調教師である小島師が「逃げれば粘る馬だから、競り掛けられても譲らずに行け」と田中騎手に指示を出していた。
そのため、この展開は事前に予想されていたものであった。

序盤は、スタートから逃げを打ち合うクィーンスプマンテとテイエムプリキュア、2頭に付き合わず後方待機のブエナビスタ…と、誰もが予想していた構図となった。
…ここまでは


だが、レースはどんどん想定外の方向へと展開していく。
引き続き逃げる2頭だが、なんだかペースが落ちているような。それもそのはず、1000m通過タイムは1分00秒5……あれ?
普通である。実に平均的なペース。この時点で3番手リトルアマポーラと2頭の差は10馬身以上。前は逃げ潰れると踏んで、後ろの馬を牽制していたのだろうか。
だが流石にこのペースで10馬身以上ともなると逃げ潰れる前に逃げ切られてしまうのではないか?
どよめく観衆、上がっていくカワカミプリンセスとブエナビスタを嘲笑うかのように差は広がり続け、気付けば20馬身でも収まらない程の大差となっていた

最終的に後方集団のコーナーを映すためにカメラが切り替わった瞬間に前2頭がフレームアウトしてしまう程にまで広がってしまった差。
まるでかのツインターボが2頭いるかのような、あるいはメジロパーマーダイタクヘリオスのコンビの再来のような光景に、観衆はもう笑うしかない。

そして最終直線。後ろを置き去りにしてなおも逃げるクィーンスプマンテとそれに続くテイエムプリキュア。


「ブエナビスタは届くのか!?」

「これはとんでもない波乱になるのか!?とんでもない波乱になるのか!」


息を切らしながらも粘る2頭を上がり3ハロン32.9秒という凄まじい豪脚で猛追するブエナビスタ。
後続を完全にちぎり捨てるばかりか、なんと圧倒的だった差が見る見るうちに縮んでいくではないか。これが単勝1倍台の力…!


「ブエナビスタ猛追!ブエナビスタ猛追!」

「しかし、しかし、クィーンスプマンテ~!!」


…だが、やはり最初についた差が大きすぎたか、2番手テイエムプリキュアにクビ差まで詰め寄るのが精一杯。
こうして、第34回エリザベス女王杯はクィーンスプマンテがまんまと逃げ切り、よもやよもやの大勝利を収めた。

「田中博康やりました若武者!」

レース終了後、無数の馬券が宙を舞ったり、観客が騎手に怒号を浴びせたり大爆笑したりと、京都競馬場はしばし混沌としていた。

レース結果

着順 馬名 タイム 着差 後3F コーナー
通過順
1着 クィーンスプマンテ 2:13.6 - 36.8 1-1-1-1
2着 テイエムプリキュア 2:13.8 1.1/2 36.9 2-2-2-2
3着 ブエナビスタ 2:13.9 クビ 32.9 15-15-9-3
4着 シャラナヤ 2:14.5 3.1/2 33.4 7-7-9-8
5着 メイショウベルーガ 2:14.6 1/2 33.3 10-8-11-12
6着 ブロードストリート 2:14.8 1.1/2 33.2 10-12-15-14
7着 リトルアマポーラ 2:14.9 1/2 34.0 3-3-3-3
8着 ウェディングフジコ 2:15.2 2 33.4 15-15-18-17
9着 カワカミプリンセス 2:15.2 ハナ 34.3 14-14-3-3
10着 ニシノブルームーン 2:15.2 クビ 33.9 8-8-11-11
11着 チェレブリタ 2:15.3 クビ 34.2 4-4-6-8
12着 ムードインディゴ 2:15.3 ハナ 33.6 17-17-15-17
13着 ジェルミナル 2:15.3 クビ 34.2 6-6-6-8
14着 ミクロコスモス 2:15.4 1/2 33.8 17-18-15-14
15着 サンレイジャスパー 2:15.4 クビ 34.0 10-12-13-12
16着 ブラボーデイジー 2:15.6 1.1/4 34.7 5-5-3-3
17着 レインダンス 2:15.6 ハナ 34.6 10-8-6-3
18着 ピエナビーナス 2:15.7 クビ 34.2 8-8-13-14

払い戻し

単勝 7 7,710円 11番人気
複勝 7 1,410円 11番人気
11 2,150円 15番人気
16 110円 1番人気
枠連 4-6 4,590円 18番人気
馬連 7-11 102,030円 97番人気
ワイド 7-11 23,310円 98番人気
7-16 2,730円 25番人気
11-16 4,910円 44番人気
馬単 7→11 250,910円 190番人気
三連複 7-11-16 157,480円 208番人気
三連単 7→11→16 1,545,760円 1,378番人気

回顧~どうしてこうなった

勝ちタイムは2分13秒6。見ての通り、ブエナビスタの複勝以外かなりの高額馬券である。

それもそのはず、そもそもこのクィーンスプマンテという馬、それまでの主な勝ち鞍が2走前の「みなみ北海道S(OP)」、それも格上挑戦。
…つまり少し前まで条件馬であり、要は絶対来ないはずの馬だったのだ。

テイエムプリキュアも、2歳時に阪神JFを勝った一端のGⅠホースではあるが、故障があったとはいえそこから3年1ヶ月もの間勝ち鞍がなかった。
そこで、この年の1月の日経新春杯で引退させる予定だったのだが、圧巻の逃げで久々に勝利したため、急遽現役続行。
しかし、それ以降はまた惨敗続きだったのだから、人気薄も致し方なしである。

何よりこの2頭、大逃げからの逆噴射というお決まりのパターンで揃って惨敗した「前科」がある。
それも前走の京都大賞典(GⅡ)において……当然その記憶は新しく、ジョッキーたちが全く警戒しなかったのも妥当と言わざるを得なかった。

にもかかわらず2頭は逃げ切った。
大惨事となった原因としては、前述のように前2頭が全く警戒されていなかったことともう一つ、圧倒的最有力馬ブエナビスタの存在である。
一般的に、競馬はレースの全体的なペースが速いと先行していた馬はラストスパートに余力が残らず、結果として脚を溜めていた差しや追い込みに有利な展開になりやすい。
そしてブエナビスタが序盤は後方につけて最後にごぼう抜きする追い込みスタイルの馬。
よって、このレースの場合、自ら動いて逃げ馬を潰そうとすると共倒れになってしまう可能性が高かったのだ。
故に、ブエナビスタに勝とうとすると他の馬たちは安易に動くことができず、前2頭の大逃げをより軽視する一因となった。

また、最後方にいたブエナビスタの安藤勝己騎手も「前の2頭が見えなかった」と語るように、あまりにも距離がありすぎて最後の直線まで先頭にいる両者の存在を認識することができず、仕掛けるのが完全に遅れてしまう始末であった*1
それでも上がり32.9という異次元的なタイムをたたき出して後続を3馬身半ちぎって格の違いを見せつけ、また勝ち馬たちにもあと一歩まで迫ったブエナビスタは負けてなお強しといえる競馬ではあった。
アンカツはこのせいでブエナの主戦から降ろされる憂き目に遭ったが

…とまぁこのレース、「21世紀のバカ逃げコンビ」「ふたりはプリキュア」「お笑いクソレース」などネタにされることが多いが、馬場アナウンサーの「逃げた2頭を舐めたわけではありませんがこれが競馬の怖い所!」という言葉からも分かる通り、逃げ馬の恐ろしさを語る上でツインターボのオールカマーやメジロパーマーの有馬記念等と並びよく話題に上がる。
何より、「競馬に絶対はない」という格言の真髄をファンに思い知らせたレースのひとつとして、記憶に深く刻まれている。

ちなみに関東馬のエリザベス女王杯優勝は1999年のメジロドーベル以来であり、鞍上の田中博康騎手は最初にして最後のGⅠ勝利となった。
だが、大体話題になるのは勝ったクィーンスプマンテよりも名前のインパクトでテイエムプリキュアの方である。
あと一番悲惨だったのはこのワンツーの2頭のエリザベス女王杯前の最後の勝利をどっちも鞍上で決めたのに本番は降ろされてた荻野琢真騎手な気もしなくはない。

余談

人気薄の逃げ馬は買い

競馬における格言であり、今回のように後方に有力馬がいる展開では、どうしても前方へのプレッシャーが弱まるため警戒の薄い逃げ馬がらくらく逃げ切りを決める事が多々あり、穴党に重視される買い方だが、まさにそういうレースとなった。上述した通りに警戒されなかったのは無理も無いが、なんせ上り3ハロンのタイムは勝ったはずの2頭がブービーを決めている。

そして実況の馬場鉄志アナはレース決着後にこう述べている。

「ヨーロッパで競馬が行われて三百有余年、日本に伝わって百年以上は経ちますが、
大穴というのは得てして、“先行・人気薄”が残る場合でありますが、
こんなケースはしかし滅多にありません。
これが競馬の怖い所、面白い所、恐ろしい所です。」

このレースの、ひいては競馬の面白さを凝縮したような語りは、馬場鉄志アナの“名演説”の一つとして今でも有名である。

その後の2頭

クイーンスプマンテは暮れの香港カップに挑戦するも最下位(10着)に敗れその後引退した。
テイエムプリキュアは暮れの大一番である有馬記念に参戦するも14着。その後も二桁着順が続き翌年(2010年)のエリザベス女王杯の17着を最後に引退した。
2頭は繁殖牝馬となったがこれといった産駒は出せず現在は2頭とも繁殖牝馬を引退している。

若武者・田中博康のその後

エリザベス女王杯の後は自身に騎手として重賞初勝利(2009年ユニコーンS)をもたらしたシルクメビウスと2009年ジャパンカップダートに挑んで2着に入り、翌年には東海Sとブリーダーズゴールドの重賞2勝をあげた。
2011年にフランスに遠征して年内いっぱいまで武者修行するも帰国後は結果は残せず。
2016年に調教師試験に合格して、2017年に騎手を引退、調教師に転向した。

管理馬では、レモンポップが2023年に根岸Sで厩舎の重賞初制覇、同年のフェブラリーSで厩舎のGⅠ初制覇、さらにはチャンピオンズCも制してJRAダートGⅠ同年制覇で2023年JRA賞最優秀ダートホースを受賞、ラストランの24年チャンピオンズカップを連覇で有終の美を飾りGⅠ級6勝を挙げた。
レモンポップの脚質は逃げ・先行であり、マイルCS南部杯とチャンピオンズカップの両方を23年24年に逃げ切り勝ちで連覇した。クィーンスプマンテが見せたような大逃げは流石にしていないが、23年南部杯では後続になんとタイム差2.0秒の大差をつけて逃げ切っている。道中ではなくゴールで大差をつけるとはこれ如何に

この他にも重賞馬では23年セントライト記念を始め重賞3勝のレーベンスティール、23年オールカマーでタイトルホルダーを破りレーベンスティールと合わせて管理馬の2週連続重賞制覇となった重賞2勝のローシャムパーク、24年レパードSを制して24年ジャパンダートクラシックでフォーエバーヤングの2着に入ったミッキーファイトを管理している。
ちなみに、クィーンスプマンテが産んだ仔を管理していたこともある。

カワカミプリンセスの受難

本レースで9着だったカワカミプリンセスはエリザベス女王杯にこれまでこのレース含めて3度出走しているのだが
1回目(2006年第31回) 自身の降着によりフサイチパンドラが繰り上がり勝利。
2回目(2008年第33回) スタート直後、3番人気のポルトフィーノが躓いて鞍上の武豊が落馬。
その後、カラ馬になったポルトフィーノが1着のリトルアマポーラよりも先にゴール。
3回目(2009年第34回) 本項目のレース。
と全部何かしらの事件が起きている。なんというトラブルメーカー。
ちなみに同馬はこのレースを最後に引退している。よりによってラストランがこんな滅茶苦茶なレースになるとは…。
鞍上の横山騎手もちょくちょく奇策を打って逃げ切りをかますタイプのジョッキーであるため、途中でペースの異変・前2頭が大きく突き放していることに気付いて上げたのだが、カワカミの能力の衰えにより捕らえることができなかった。

スミヨンのトラウマ?

このレースで最も大逃げの被害を受けたリトルアマポーラの鞍上スミヨン騎手だが、2010年6月19日、フランスの障害GⅠ「オートゥイユ大ハードル」でマンダリに騎乗すると果敢な大逃げを打ち、大差でゴール。障害GⅠ初勝利を上げた。よっぽどあの大逃げが脳裏に焼き付いてたんだろうか…。
なお3番手、後続先行集団の先頭にいながら大逃げ2頭を追わずスローペースのままいたことで後続馬を蓋した戦犯と非難されることもあるが、これは彼が外国人騎手であるが故に前2頭をラビット*2と誤認してしまったのではないか、とも言われている。

実況の馬場アナ

項目中にもある実況は、当時関西テレビに所属していた馬場鉄志アナウンサーが担当した。
おっさんの叫び声で有名なブゼンキャンドル&クロックワークの秋華賞や、開始直後のノーリーズンの落馬からヒシミラクル&ファストタテヤマのワンツーフィニッシュとなった菊花賞、とある二人の少年の憧れとなったイングランディーレの春天等、彼が担当する京都開催のGⅠレースは何故か荒れやすいことに定評があり、本人もそれを自覚していた様子。
そしてこのエリザベス女王杯もご覧の通り大荒れとなったわけだが、放送終了直前に「私が実況すると荒れるらしいので最後にぶちかましてやりました」とジョークで〆ている。
ちなみに最後というのは、これが京都での最後の実況という意味であり、翌年の桜花賞をもって定年退職となった。

フィクション作品での扱い

漫画『馬なり1ハロン劇場』の『2010春』「オタクの心意気」にて題材となった。
…が『馬なり』世界のテイエムプリキュアがコスプレイヤーなせいで、日仏オタク女子のコスプレイベントになってしまった。
本作屈指のカオス回。本編だけだとレース結果が分かりづらいのはご愛敬


追記・修正はふたりでプリキュアショーを大逃げを決めながらお願いします。

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  • まるで意味がわからんぞ!
  • 第168回天皇賞・秋の対義語
  • どういうことなの…
最終更新:2025年02月12日 20:59

*1 もっとも、これは安藤騎手の責任というよりこの展開をまんまと許した前目の騎手の責任あるいは追込馬の宿命ともいえるが。

*2 ある馬を勝たせるために、壊滅的なペースで逃げて後続馬のペースを乱す囮のこと。語源はドッグレースで、先頭を走って犬を追わせる役割の兎から。日本競馬では「勝つ意志の無い馬を出走させてはならない」という規則のもと禁止されているが、海外の競馬では戦術のひとつとして普通に使われている。