1990年第35回有馬記念

登録日:2022/12/23 Fri 15:35:02
更新日:2025/03/13 Thu 20:05:35
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90年 有馬記念

オグリキャップ復活、ラストラン。


神はいる。そう思った。


有馬記念が、くる。

200を切って、オグリキャップ!オグリキャップ!
さあ頑張るぞオグリキャップ!!
オサイチジョージ!ホワイトストーン!そしてメジロライアン!
オグリだ!オグリだ!オグリキャップ!オグリキャップ───
──2011年 JRA CM 有馬記念編




1990年第35回有馬記念とは同年12月23日に中山競馬場で行われたレース。
日本競馬の在り方を大きく変えた第二次競馬ブームの代表的な名馬オグリキャップのラストランであり、同馬を伝説にした今もなお語り継がれるレースである。


【時代背景と本番までの動き】


当時は第二次競馬ブームの真っただ中。その盛り上がり方は凄まじくこの頃に競馬自体がギャンブラーの賭博から大衆向けの娯楽へと変化したとまで言われる時代である。
オグリキャップはそんな時代の馬なので当然人気があった……どころかおそらくそのブームの中心で火を付けていたとされる立役者でありその人気は現代の感覚では語れないだろう。

産まれた時は自力で立つ事すらままならなかった馬が地方の笠松から始まり、葦毛の現役最強古馬との死闘、平成三強との熱い闘い、第9回ジャパンカップでの激走、少年漫画もびっくりな軌跡を歩み数々の名勝負を繰り広げてきたオグリキャップであったが、その年の安田記念をピークに衰えを隠せず直前のジャパンカップでは11着ともはや見る影もなかった。
人気だった事もありファンの間では「もうこれ以上オグリが負けるのを見たくない」とという声も目立っていたようで、しまいにはJRAや馬主に『引退させないとお前の家や競馬場を爆破する』と爆破予告の脅迫状が届く事態にまで発展。
そんな背景もあったが陣営は引退レースとして有馬記念への出走を決定し、ファンもオグリキャップをファン投票1位で送り出した。

この既に落ち目の馬のラストランを見るために収容人数17万人の中山競馬場に18万人弱*1が詰めかけたのだから凄い人気である。

【馬柱】



1990年中山5回8日9R 第35回有馬記念 中山芝右2500m
4歳以上オープン 4歳55kg、5歳57kg、6歳以上56kg(牝馬2kg減)


馬名 騎手
1 1 オースミシャダイ 松永昌博
2 ヤエノムテキ 岡部幸雄
2 3 オサイチジョージ 丸山勝秀
4 ランニングフリー 菅原泰夫
3 5 メジロライアン 横山典弘
6 サンドピアリス 岸滋彦
4 7 メジロアルダン 河内洋
8 オグリキャップ 武豊
5 9 キョウエイタップ 柴田善臣
10 ミスターシクレノン 松永幹夫
6 11 リアルバースデー 大崎昭一
12 エイシンサニー 田島良保
7 13 ホワイトストーン 柴田政人
14 ゴーサイン 南井克巳
8 15 カチウマホーク 的場均
16 ラケットボール 坂井千明

平成三強の内スーパークリークイナリワンは既に引退、
この年の牡馬クラシック三冠レースを制したハクタイセイ(皐月賞)、アイネスフウジン(日本ダービー)、メジロマックイーン(菊花賞)がいずれもこのレースに出走しなかったということもあり、

1番人気はクラシックで好走し前走ジャパンカップでも日本馬最高の4着だったホワイトストーン。
2番人気は前走天皇賞(秋)で2着と好走したオグリの同期メジロアルダン。
3番人気はこれまたクラシックを好走した4歳馬メジロライアン
そして4番人気はオグリキャップであり、この年の宝塚記念馬オサイチジョージ、88年皐月賞とこの年の天皇賞(秋)を制したヤエノムテキらがこれに続くという形のオッズとなった。
フジテレビ実況の大川和彦はオグリ贔屓で、解説の大川慶次郎はオグリは既にピークは過ぎていると見做し、メジロライアンを本命に推していた。
なお他にも、日本競馬史上に残る大波乱を引き起こした1989年エリザベス女王杯馬サンドピアリス、この年のオークス馬エイシンサニーとエリザベス女王杯馬キョウエイタップ*2、重賞三勝の老兵ランニングフリー等が参戦している。


ファン投票は1位だが4番人気。
落ち目のオグリキャップが勝つことは無いだろうと思われる中スタートは切られた。

逃げると思われていたミスターシクレノンが出遅れ、オサイチジョージが押し出される形で先頭となる。これによってレースはかなりのスローペースとなる。

このスローペースはオグリが最も得意なマイル戦を思わせ、手綱を握る天才武豊、大川慶次郎氏が本命から外す等、勝利の舞台が整いはじめていた。


さぁ…澄み切った師走の空気を切り裂いて最後の力比べが始まります さぁオグリ、オグリが上がって行った


第4コーナーに差し掛かりオグリキャップは外目から先頭集団に並びかける。
そして最終直線、オグリがオサイチジョージを交わして先頭へ上がると内からホワイトストーン、外からメジロライアンが追い上げに掛かる。


第4コーナーを回って直線、大歓声です! さぁオグリキャップ先頭に立つか、先頭に立つか、オグリキャップ先頭に立つか
さぁ内で頑張った、オサイチ頑張った オグリキャップ、オグリキャップ先頭か、オグリキャップ先頭か!
「りゃいあん!りゃいあん!」
オグリキャップ先頭! オグリキャップ先頭!


しかし最後の力を振り絞ったオグリキャップが真っ先にゴール板に飛び込み決着となった。


オグリ1着! オグリ1着! オグリ1着! オグリ1着!!
右手を上げた武豊! オグリ1着! オグリ1着!
見事に引退レース、引退の花道を飾りました! スーパーホースです! オグリキャップです!!


武豊は実際にはこの時左手を上げていたのだが、実況の大川氏は完全に涙ぐんだ絶叫混じりの実況であり、どれだけ興奮していたのかがわかる。

ゴール直後から中山競馬場はお祭り騒ぎとなり、大観衆からオグリコールが巻き起こった。
日本競馬が始まって以来、騎手へのコールこそ有ったが、勝ち馬へのコールは初めての事だった。


1着 オグリキャップ
2着 メジロライアン
3着 ホワイトストーン
4着 オサイチジョージ
5着 オースミシャダイ
6着 ランニングフリー
7着 ヤエノムテキ
8着 ミスターシクレノン
9着 ゴーサイン
10着 メジロアルダン
11着 リアルバースデー
11着(同着) カチウマホーク
13着 キョウエイタップ
14着 エイシンサニー
15着 サンドピアリス
16着 ラケットボール

勝ち時計 2:34.2
上がり4F 47.2
上がり3F 35.4

払い戻し

単勝 8 550円 4番人気
複勝 8 250円 4番人気
5 160円 2番人気
13 140円 1番人気
枠連 3-4 720円 3番人気

【レース回顧】


凄まじい反響があり社会現象まで巻き起こし、日本競馬史上に残る伝説の名"場面"であるこのレースだが、レース内容に目を向けるとお世辞にもいい物とは言えない。
前半がきわめてスローペースの展開になったために、勝ち時計は同日同場同距離で行われた条件戦のグッドラックハンデ(勝ち時計2:33.6)よりも遅かった。
ライアンコールをターフに響かせた評論家の大川慶次郎からは「お粗末な内容」と評されてしまっているほど。
このスローペースによってオグリキャップが最も得意とするマイル戦のような競馬になったことが勝因ともされている。

こうなった理由の一つに18万人弱の観客が挙げられる。
大観衆による声援はそれこそ地響きのようだったと言われておりこれが馬に少なくない影響を与えていたのではないかという話である。
実際、競走前にヤエノムテキが大観衆に驚いて鞍上の岡部幸雄を振り落として放馬してしまうハプニングがあり、また競走中も異常なまでの大歓声に折り合いを欠く馬も出たほど。
しかしオグリキャップにとって歓声は日常であり、場数も多く踏んでいたという事情もあってか落ち着いた走りを見せていた。
観客の声援が追い風となったのであれば、その観客を集めてみせたオグリキャップが負けるはずもなかったのかもしれない。


【余談】

  • 武豊は本レースで有馬記念初制覇。また、2023年終了時点でも最年少有馬記念勝利の騎手であり、同時に2023年の有馬記念をドウデュースで勝った事で最年長有馬記念勝利の騎手としても記録を残すことに。
  • 武豊は先んじて父・武邦彦が管理するオースミシャダイの騎乗依頼を受けていたのだが、オグリキャップの騎乗依頼が来たことを父に報告すると「オグリに乗れ」と促されたという。
  • 調教助手辻本光雄は、オグリキャップが不振を極める中で同馬が負ける夢をよく見ていたが、レースの数日前に勝つ夢を見た。
  • レース当日の昼休みにイナリワンの引退式が執り行われていたが、オグリキャップの厩務員の池江敏郎は当日の朝にイナリワンの厩務員の五関保利に「天皇賞6着、ジャパンカップ11着というのは去年のうちの馬とそっくり同じだから、きっとオグリキャップも今日の有馬記念は1着になりますよ」と声をかけられており、その通りの結果になった。
  • この時の単勝馬券を換金せず持って帰ったファンは多く、当時単勝・複勝馬券に馬名の記載はなかったが、この事象を受けJRAは翌1991年の馬番連勝導入によるシステム変更を機に単勝・複勝馬券に馬名を記載することを始めた。また、馬券のコピーサービスも行うようになった。
    • これ以降もスーパースター的な競走馬の馬券を「記念購入」「ファンアイテムとして購入」するケースが多かったことから、2006年*3には応援馬券*4のシステムが追加で導入。現在でも本レースの影響は非常に大きいと言える。
  • このレースの馬券売り上げ480億3126万2100円は当時の新記録である。現代からするとそこまでには見えないかもしれないが、このレースは馬連導入前有人窓口発売のみという時代背景からするととんでもない売り上げだった。91年以降の有馬記念は軒並み89年以前とは隔絶した売り上げを出している中では突出しているといえる。


最後に武豊による証言をもってこの記事の締めくくりとしよう。
「もう、毎年、あの有馬記念の話を聞かれますね。
そのとき生まれていなかった人からもよく聞かれます。
初めてお会いした人からも、あのレースの、その人なりの思いとかストーリーをよく聞きますし」

「みんなオグリキャップが好きですからね」

──Number 917・918号

追記・修正はオグリコールを叫びながらお願いします。


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  • 神はいる。そう思った。
最終更新:2025年03月13日 20:05

*1 正確には177,776人とされる

*2 余談だが、この有馬記念に参戦しなかった90年時桜花賞馬こそ、後にアグネスフライト・アグネスタキオン兄弟の母となるアグネスフローラである。

*3 著名馬で言えばディープインパクトのシニア1年目

*4 一口で200円と倍額かかる代わりに、勝馬投票としては1枚で単勝と複勝がセット・チケットとしては馬名に加え「がんばれ!」の文字が印刷される。例えば5番ウィキコモリ号で購入した場合、単勝だと「[5]ウィキコモリ」と印刷されるところが「がんばれ!」「[5]ウィキコモリ」の二段に文字が印刷されることになる